自分以外の力
5-3です。
不思議な感覚だった……素人とは言えナイフを持った女性がそれを振り回しながら襲いかかってくるのだ。
命の危険もあった筈なのだが、俺の心は澄んだ水のように穏やかであった。
その穏やかな心で風子を見ると、何故か彼女の動きがスローモーションをかけたようにゆっくりに見えた。
遅くなる時間の中でも自分の動きは変わらない。
ならばと、風子の腕を掻い潜って懐に潜り込み、鳩尾に拳を入れる。
小学生の力でどれだけの効果があるか分からなかったが、不思議と自分以外の力が後押ししてくれるような気がした。
そのお陰か、俺の入れた一撃で風子はナイフを落とし、前のめりに倒れた。
それを見た俺はドラマで見た経験を活かして、ナイフを遠くの方に蹴り飛ばす。
こうして完全に無力化したところで時間の流れが元に戻る。
風子が完全に気絶するのを確認した時に、セツナさんを突き飛ばした事を思い出した。
「セツナさん、すいません!
大丈夫でしたか?」
突き飛ばされた衝撃で倒れているセツナさんに駆け寄る。
「う、うん、大丈夫。
私の事はいいから……風子は?」
「気絶しています。
キツイのが入ったのでしばらくは目を覚まさないと思いますよ。
そんな事よりも怪我はしていないですか?」
「つっ……膝を少し擦りむいただけだけど全然へい……!?」
そう言って右膝を俺に見せてくる。
そこは確かに地面で擦ったせいで赤く滲んでいて痛そうだった……だが、それは一瞬のことでみるみる内に傷が塞がり、消えていく。
まるで自然治癒する様を早送りで見ているような感覚であった。
「これって……」
「ほぼ間違いなく姉ちゃんの仕業ですよね。
俺もこの人と戦ってる時に自分以外の力を感じました。
こんな不思議なこと……あの人以外にはあり得ないでしょう。
帰ったら何をしたのか聞いときますよ」
「……あ、じゃあ、連絡先聞いておいていい?
その……何か分かったら教えて欲しいかな……って。
……ダメかな?」
セツナさんはそう言いながら不安げな瞳でこちらを見つめてきた。
女性に上目遣いでこんな事を言われて断る事ができる男などいるのだろうか?
俺はセツナさんの提案に了承して連絡先を交換した。
「ところで……こいつはどうします?
警察に突き出しますか?」
未だに倒れて気絶している風子を指差す。
「私の我儘なのは分かってるんだけど……この子は昔は友達で憧れだった。
だから警察はちょっと……」
「分かりました。
ま、後は姉ちゃんが何とかしてくれると思うんで大丈夫ですよ」
そう言ってセツナさんに手を差し出した。
「後少しですけど、最後までエスコートさせてください」
「ひよ君……ありがとう。
今日はひよ君が一緒にいてくれて良かった」
「俺も一緒にお話できて、ちゃんと守れて良かったですよ」
こうして俺はセツナさんをマンションのロビーまで送り届けて家に帰った。
不思議な事に帰り道には倒れていた風子はいなくなっていたのだが……何となく姉ちゃんの顔が浮かんできたので深く考えるのをやめたのであった。