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メンズエステ2  作者: みぃ
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いつ頃からだったか、母が家にいない間、若い男が家に残されるようになった。母の恋人のような信者のような若者で、ある日ひょろりとお母さんの後ろからついて来てきて、玄関を入ってきて、同じテーブルで一緒にカレーを食べた。

 お母さんもその人も二人とも何も言わなかったのでこちらも何も聞かなかった。何となく聞いてはいけない事なのかなと思い込んでいたのだ。ただ誰だろうとジロジロ顔を見ていた。

「こんにちは」と言われ、

「こんにちは」と返事した。

結局何の説明もないまま、初めて来た次の日から毎日来るようになりずっといるようになり帰らなくなって、気が付くとこの人は住みついていた。あっという間に家族の一員になってしまった。

母はこの人のことを「ユースケ」と呼んでいたから私も真似して「ユースケ」と呼んだ。

昼も夜も家にいない母とよりもユースケと一緒に過ごす時間の方が長かった。

「帰らないの?」と聞くと、「ここに俺も居て良い?」と聞くので、「良いよ」と許可してあげた。

 お母さんの他のお客さん達とは、ユースケは全然雰囲気が違っていた。大人らしくなくて、威張らなくて。まるでどこかで捨てられてたのを母に気まぐれで拾われてきた、薄汚れたおとなしい犬みたいだった。ひたすら憧れの眼差しでニコニコとずっと私のお母さんの顔ばかり見ていて、何か言いつけられると嬉しそうに言われたことをやった。そして褒めてもらえるともっと嬉しそうに、

「他にする事ない?」とまだ役に立ちたがった。

あまりにも母へのベタ惚れを隠せないみたいで、ちょっと馬鹿なようにも可哀想なようにも見えた。


 お母さんが仕事に行く時は、私達は二人並んで玄関から華奢なヒールを履いて慌てて出て行く母に手を振り、そして一緒に寝室の窓の前に移動して、またアパートから出て行く母に手を振った。二人とも同じ飼い主に置き去りにされた飼い犬と飼い猫みたいな仲間同士だった。

 ユースケは大きいのに大人ではないみたいに、前からこの家に住んでいる私をお母さんの次に偉いと思って、先輩として扱ってくれて、二人きりの間はずっと相手をして遊んでくれた。

「高い高いして」と何度も頼み、肩車もお馬さんごっこもねだれば何でもやってくれるので、すぐ大好きになってしまった。

 この人が夜にも一緒に寝てくれるようになった。布団の中で抱きついていくと髪を撫でてくれ、暖かくて、安心して寝付ける。夜中に目が覚めてももう一人ではないのだと思うと、心の底からホッとした。彼が寝返りを打つとしがみついてどこにも行かさないよう阻止した。無意識に。


 ユースケがたまに大人らしく見えるのは火を使ってご飯を作ってくれる時だった。

彼が家にいるようになると家の中はなんとなく片付いて健康的に回っていくようになった。

洗濯物は溜まらなかったし、冷蔵庫の中で食品が腐る事も、足りな過ぎて食べるものが全然無いということもなくなった。食器もすぐに洗われ、拭き上げてキチンと戸棚にしまわれた。

 私はゴミ袋をかぶってベランダでユースケに髪を短く切ってもらい、頭を洗ってもらってサッパリした。それまではいつも一人でお風呂に入っていたが、頭を洗う時に目を瞑るのが怖くて、多分よく頭が洗えてなかったのだ。お風呂から上がったばかりでも「頭が臭い」と言ってお母さんには怒られていた。

 でもユースケが一緒にお風呂に入って脚の間に座らせてくれるようになると、背中に彼の体を感じるので、オバケはいないと分かり、いつの間にか目を閉じるのも怖くなくなった。


時々は外へも遊びに行けるようになった。服も何着か自分で選び、ユースケが買ってくれた。ヒラヒラした飾りがないすっきりしたものを自分で選んだ。

 スカートよりもズボンが欲しくて、

「こっちがいい」と言った時だけ、ユースケは困った顔をした。

「エマちゃんのお母さんからスカートかワンピースにしてねって言われておカネもらってるんだよ」

「でもこっちが良い」私は自分のサイズのズボンが履いてみたくて、試着室で履いてみてピッタリだったのを意地でも脱ぎたくなかった。

「うー…困ったなぁ…」

試着室のカーテンを脇に寄せた外にユースケはしゃがんでいた。その後ろで店員さんがハンガーに掛かった子供用のスカートをいっぱい手に持って立っていた。

「スカートも1つは選んで。どれでも良いから」

どうせ履くならいくつあってもズボンがいい。スカートは履きたくないから買うのがもったいない。買えば履かされるのも分かりきっている。嫌だなぁという目でジトッとスカートを睨んだ。

「お母さんが働いたおカネなんだから、出資者の言うこと聞かなくちゃ。ね?怒られたくないでしょ?俺も怒られちゃうよ」

「分かった」私はスカートも1着選んだ。

 権力の頂点にいるのはやはり美しくて金持ちな母なのだ。その場にいなくても私達は女王の支配下だった。


 今にして思えばユースケは何度か働こうとしていたかもしれない。うっすらと、彼の脚にしがみ付いて泣きじゃくり一人でどこかに行こうとする彼を困らせたのを覚えている。母にそんなことをすればヒールで蹴飛ばされるからか、母はそんな事ではどうせ止められないと分かっているためか、母をそんなに引き留めた覚えはないのに、ユースケのことは死に物狂いで引き留めた。


 私は優しくて怒らないいつもそばにいてくれるユースケが大好きだった。

 でもユースケは完全に母の虜だった。

夜、明かりを消して私の隣で横になっていても、彼は、深夜か早朝に帰って来る母を待ちわびて深く眠ってないみたいだった。ソワソワ私の隣から起き出しては窓辺に寄って下の路地に送りの車が停まったかしょっちゅう見に行った。

 銀色の月明かりに照らされたユースケの母を待ち焦がれる横顔は切ないくらい寂しげだった。

 下の道に車が停まったように聞こえたのはユースケの空耳だったのか、そっと布団をめくりベッドに戻って来て眠っている振りをしている私を母のかわりに抱き締め、髪を撫でてまた添い寝してくれた。

ユースケが居てくれるようになってから私は深い飲み込まれるような寂しさは感じなくなったけれど、かわりに、複雑な繊細な寂しみを感じるようになった。私はいつもユースケのそばにいるのに、私は彼がいるだけで充分幸せで満足できるのに、ユースケが待っているのは母で、私ではない。私では彼の寂しさを埋めてあげる事ができない。早く大人の女になりたいと思った。お母さんより私の方が一途にユースケだけを想っているのだから。


 母が私に意地悪なのにはもう慣れてしまっていたが、ユースケに冷たく接するのを見るのは腹が立ち、可哀想で、怖かった。優しいユースケもさすがに怒って出て行ってしまうのではないかとヒヤヒヤした。二人は何度かは本当にそういう事態になりかけて、私は死に物狂いでユースケの脚にしがみ付き、泣き叫んだ。

「行かないで!それか私も連れて行って!」

母が私の頭を掴んで引き剥がし、早く行きなさいよと彼の腕を小突くと、

「その子に八つ当たりしたらダメだよ」とユースケは私とお母さんを心配そうな目で見比べた。

「自惚れないでよ。八つ当たりなんかしないわ。」

「どうするの?この子のご飯は?」

「貴方の知ったことじゃないでしょ!?」

「俺も気になるよ。こんなに懐いてるし、この子に情が入ってるし」

「じゃあ連れて行けば?」

「そんな思ってもないこと言ったらダメだ…」

「あんた何様?この子の父親のつもり?」

「そうなりたかったよ。ナナさんさえ良ければ…」

「ヒモが何言ってるの…」

「夜の仕事をやめれば良いよ。働き過ぎなんだよ。俺が夜に働くから…」

「私一人で充分よ。」

「無理だよ。そんな細い体で…俺がもっとしっかりしてれば…もっと支えになりたいよ。もっと頼れる男になりたい…」

「頼ってたわよ…感謝もしてる…この子の事とか…」

「これからも頼ってよ。ナナさんの力になりたいよ。」

「私達このままじゃダメになっていく…」

「そうならないように話し会おうよ。別れたくない。好きだよ、ナナさん…」

 大体いつもカッとなって出て行けと言うのは母の方で、ユースケはとりなすのが上手く、粘り強く、母に惚れ込み過ぎていて、喧嘩している最中にも別れがたく寂しくなってくるみたいだった。

二人は別れる別れると言って喧嘩していても本当には全然別れる気が無いみたいだった。なぜ喧嘩になるのかは知らないが、気が短く飽きが早く疲れ過ぎている母はすぐにどうでも良くなってしまって長い喧嘩を持続している熱意が保てず、二人は最終的には玄関から奥の部屋へと戻る。そして仲直りの儀式を始める。


 二人が喧嘩するたび本気になって止めるのも馬鹿らしくなりそうなものなのだけれど、誰か一人でも手を抜くと均衡が崩れてしまう。その都度全力を出し切るのが私達三人の役者の務めみたいに、定期的にこの芝居は演じられた。まるでこれが一番手っ取り早く三人で一緒にできる真剣なお遊戯みたいだった。

 ユースケは一度は外へ出て行ってしまった事もあったけれど、またいつの間にか戻ってきて一緒に暮らしていた。母が連れ戻したのか、彼が勝手に戻ってきたのかは私には分からないけれど。


 ユースケの事を母は私の面倒を見させる為だけの目的でこの家に置いているのじゃないかと思える事もあった。

 もともと一晩帰って来なかったり数日帰って来なかったりしていたが、ユースケがいるようになってからはもっと長い期間家を空けるようになった。

 そんな時は私よりもユースケの方が頭を抱えて心配した。

「何処に電話して誰に聞けば良いんだろう?」

と子供の私に聞いて来た。

「放っといたらそのうち帰って来るよ」

と私は言った。

意地悪で大して深くユースケを愛してもいないみたいな母の事を何故それほどまでユースケの方では大事にできるのか謎だった。子どもの面倒を見させられ自分が働きに行く事もできないで何が楽しいんだろう。


 車の停まる音がし、私も起き出して、靴音が上がって来る玄関までユースケと一緒に母を出迎えについて行った事があった。

 酔っ払ってフラフラしながら片足ずつ靴を脱ごうとする呂律の回らない母を支えるため、ユースケは狭い玄関で片腕で母の細い腰を抱き、自分の膝の上に座らせるようにしてレースのブーツを脱がせ、キチンと揃えて玄関に置いた。それなのに母はありがとうも言わずポイと放るようにバックを渡すと、立ち上がり、フラフラ寝室の方へ入って行き、ばったりベッドの上に大の字になって寝てしまった。

普段仕事から帰って来てすぐは母は玄関から一番近い自分の部屋のベッドで寝るのでここでは眠らないのに。

「もう、布団の上に…」と私は腹が立ったが

「仕方ないなぁ」とユースケはあくまでも優しく、甲斐甲斐しく母をお姫様抱っこして持ち上げ、私がその間に布団を引っ張り出した。

母を一番奥に寝かせ、私が一番端に寝た。もうユースケはこちらに背を向けて母の方へ体を向けていた。

明かりを消す前、母の体に触れているというだけで幸せらしい、微笑んでジッと化粧のよれた母の寝顔に魅入るユースケの横顔を盗み見た。自分と二人きりでいる時には見せる事がないほど嬉しそうな顔になっているので私はなんだか寂しく、余計に母に腹が立ち、気分が悪かった。

 明け方に二人がゴソゴソしているので目が覚めた。

「大丈夫かな?起きないかな」

ユースケは私を気遣っているようだ。ひそひそ声の気配がこちらを向いた。私は深く規則正しい息遣いを心掛けた。

「さぁ?起きたら自分でどっか行くでしょ」

母の声は普段通りでひそめていない。

「起きないようにしないと」

「別に…良い機会じゃない。性教育の」

「あっちの部屋でやろっか」

「鬱陶しいなぁもう」母は起き上がりたくないらしい。

「大丈夫かなぁ」もう一度ユースケがこちらを向いたのが分かった。

「別に起きてても良いじゃない…何がダメなの」

母は私に言葉が分かるようになるのと同時くらいから性については教えてくれていた。

 ちょっと馬鹿なユースケは本気で気が付いてないらしいが、私は毎晩事が始まったら目が覚めていた。二人は薄い壁越しに隣の部屋でドタンバタンやっている事もあったが、同じベッドでしている事もあった。それで隠せていると信じられる方がおかしい。


 母の言う性教育とは学校で習うような裸の男女の図を見比べる基礎から始まり「さぁ実際にコンドームを付けてみましょう」と模型を配られる応用へ向かっていくみたいなちゃんとした順番通りの段階を踏んだものとは違い、断片的だった。

とにかく「避妊」。この言葉はほとんど人生で真っ先に教えてもらった言語だ。他の赤ちゃん達がママとかパパとかマンマとかを言わせようとさせられている時、母は「避妊」と言う言葉をとにかくまず私の耳に叩き込んでくれた。意味など理解できなくてもそれがどんなに今後の人生において重要な単語なのかと言う事は子供ながらに分かる。

母は私のオムツを換えたりお風呂に入れたりベビーパウダーをお股にはたいてくれる時など(この子は女の子なんだ)と自分が意識する時にいつも私に言い聞かせてくれたそうだ。

「エマちゃん、避妊は大事よ」

「とにかく避妊、まず避妊よ」

「避妊さえしてればまぁ大丈夫よ」と。


人生で最も大事だと思う事を真っ先に教えようという母のこの本能は自分の痛い経験から学んだ教訓でもあり、思い出す限り、これは母が私にしてくれた中で一番賢い行為だった。

食べることや寝ることと同じくらい人との繋がりを求めるのは当たり前の事だから、性教育に早過ぎるなんて事はないのだ、赤ちゃんから始めて良いのだ、と母は言っていた。




続く

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