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「人生で一番最初の思い出って何歳?」
同期の女の子が聞いてきた。ミルクちゃんという源氏名で、本名は知らない。
「何歳だったかなぁ。…引っ越した新しい部屋の窓から外を覗いたら、ブランコを漕いでる子達がいる小さな公園があって、楽しそうで、『わぁあそこで私も遊べるんだぁ』って思ったのが多分最初かな。何歳だろう…小学校へも幼稚園へもまだ行く前だから…四歳とかかなぁ。」
「その次は?」
「その次?…うーん」
「二番目に古い記憶」
「難しいな」
ミルちゃんは慌てずに私の返事を待っている。時々横顔を見せて窓から外を見下ろし、お客さんが下の道を歩いてこないか遠い目をして眺めながら。窓枠の外に手首を出して、タバコを吸わない私のために煙がこちらへ来ないようにしてくれている。
私たちは待機部屋の常連だった。今日は特に暇だ。
「お天気は良いのに誰も来ないね」
「割と外が気持ち良いとお客さんって来てくれない感じがするよ。歩いてるだけで気持ち良いからじゃないかなぁ。外が雨降りとかだと雨宿りに来てくれる感じがする」
「ふーん。そうかなぁ…」
実力ではないかなと私は思っていた。ミルちゃんと私は新人とは呼べない時期に差し掛かりそれでいて固定客もまだそんなにはついていなくて、一番暇になるらしい入店三か月目だった。焦ることないよ、とベテランのお姉さんたちからは励ましてもらえていた。焦って安売りすることないから。ゆっくり気が合う優しいお客さん捕まえていけばいいんだから、と。
でも長い目で見ていて良い仕事なんだろうか、長居するつもりはなく短期間で稼ぐためにここに来てるのにと私は焦っている。
「二番目に古い思い出は?」
「え?」私は笑ってしまった。
「まだその話する?」
退屈な話題だなぁと思った。ミルちゃんは?と聞いてみた。私記憶がないんだぁとミルちゃんは言う。
中学に入ってから後の事しか思い出せなくて。友達と昔の話するとみんな結構小さかった頃のことも覚えてるんだなぁって知って。幼稚園のお遊戯会で踊った振り付けがまだできる子もいたり、保育園の友達と再会してお互いに覚えてたって子達もいたり。小学生の頃のことも思い出せないのは周りに私くらいで、あれっ、これって自分が普通じゃないのかなって思って。」
ふーん…と私は相槌を打った。ミルクちゃんの気怠げな目を見つめて。
「それで他の人の思い出話に興味があって。聞いてしまうの、癖みたい。無い物ねだりみたいな」
なるほど、どこかで聞いた事があるなぁと思った。酷い虐待を受けて育った人が思い出したくない辛い時期の記憶をバッサリ抜け落ちたように思い出せなくなるとか…
「記憶喪失?」
そうなのかなぁと当人はのんびりとした口調だ。
ふーん、本当にそんなことってあるんだ…親が酷い人達だったの?
うんまぁでももう死んじゃったけどね。
二人とも?
うん。先週。生きてる間は死んじゃえと思ってたけど死んじゃったらなんか、せいせいするだけじゃなかったな。死んでくれ死んでくれって本気でずーっと思ってたのに。本当に死んだら何かせいせいするだけじゃないんだよなぁ。何かなに死んでんだよって、ムカつくような…呆気な過ぎるような…変な寂しいような悔しいような…生きてる内にもうちょっと見返してやりたかったなとか…もうちょっと何とかならなかったのかなとか考えて…
ミルちゃんは複雑な心境を表そうと掌を上に向け指をモゾモゾさせた。
色々考えるもんなんだね。
かなり気が楽にはなったけどね。
ふーん…ふと思い出した。先輩達がスタッフと話していた、親が時々店に乗り込んで来て大騒ぎしてお給料を前借りしていく可哀想な子が新しく入店して来たらしいよと。それってもしかしてミルクちゃんの事じゃなかったのかな…
彼女はのんびりしていてガツガツお金儲けしようとはしていないが、それは頑張ったところで横取りされてしまってきたこれまでのせいなのかもしれない。諦め癖がつき、投げやりになってしまっているのかもしれない。
お風呂に沈められたとか、気を失うまで殴られたとか、変な物を食べさせられたとか、体に虐待の傷跡が残っていたり今も追いかけてくる親に怯えている子達と知り合って、自分の母はだいぶ優しい人だったなぁと思えるようになっていた。
「二番目に古い思い出か…」
ミルちゃんのために語るほどもない自分の過去を思い出そうと真剣に悩んだ。
「例えばベッドは?誰と一緒に寝てた?」
記憶を誘い出すようにミルちゃんが聞いてきた。
続く




