第1節 1章 召喚編Ⅳ
これで召喚編は最後になりますが、投稿は当然まだまだ続きます。
宮廷へ戻る頃にはすでに日が沈みそうな頃合いになっていた。
サラトガは宮廷へ戻ると、帰るのが予定より遅くなってしまったのか、別れを告げると走って宮殿へ戻っていく
源二は正吾と鏡花たちと別れると、部屋に戻ると楽しかったのか龍弥は満面の笑みを浮かべている
少年も共感を示す
「確か、今夜は属性?を確定させるんだよったよな」
源二は忘れかけていた記憶を呼び起こすと、確かに朝食の時篠原先生がそんなことを言っていたことを思い出した。
二人は早めの風呂に入ると、そこには正吾と藤田がいた。
正吾は元気よく二人を歓迎すると、四人で浴槽に浸かる
源二は藤田の体調を気にするが、すでに調子も戻っているようで先ほどまでの出来事を話してやると藤田もシャイなりに楽しそうにその話を聞いてくれていた。
入浴を終え、夕食を食べ終わるといつもは解散となるところを呼び止められそのまま待つように篠原に促された。
少しすると、メイド長のベルディアが入ってくる。
ベルディアはいつもの如く深々と一礼すると全員を部屋の外へと連れ出す。
メイドたちの高校生の身に有り余る態度も慣れたようなもので、特に気にすることなく前列についていく。
源二はいつものすでにルーティン化しつつある行動が変えられたからか、それとも自分が選ばれし光の魔法使いだと認められる興奮が湧き上がってくるのか、心臓の鼓動が早まる。
一行は召喚された時の部屋でも無ければ、訓練場でもない部屋へと歩みを進める。
いつもなら立ち入ることのない王城内部の、さらに奥の階段をゾロゾロと登っていくと城の心臓部に近づいているのだと自覚し、どんどん緊張感が生まれてくる。
階段を登り切り、突き当たりの部屋の扉が早く音がするとそこは王の謁見室のような広々とした開放的な空間が存在していた。
その部屋は余程厳重に管理しなければならない部屋なのか、奥の王座らしきものにラインハルト、その近くにシャジャール、宮廷魔法士らしきものまではいなかったものの甲冑を着た兵士たちが中央にある角張った透明な鉱石の結晶を大きく囲むように立っていた。
源二はその雰囲気に圧倒されながらも、前に続く。
一同が整列すると、ベルディアは部屋を後にする。
部屋は夜にもかかわらず明るく、部屋の中央にある結晶には月の光が差し込みその上にはガラス細工なのか、幻想的な雰囲気が漂っていた。
部屋のドアが閉じる音が静寂の中に木霊すると、シャジャールが前に歩み出る。
「異世界より召喚されし、救世主の皆様。これより、属性確定の儀を執り行わせていただきます。」
「この部屋の中央にございますこの石は、皆様の属性を投影する魔法の石にございます。
これより一人ずつ、この石に触れていただきます。
何か特別な魔法を行使する必要はございません。
この石は皆様の御力を見定める為のもので、御手を触れたままお待ちいただければ次期にご自身がお持ちの属性に応じた現象がこの石の周りに発現いたします。」
「それでは、篠原綾子殿からよろしくお願い致します。」
シャジャールはそう言い放つと、再び王座より後ろへと下がる
部屋に再び静寂が訪れると、今度はこちら側からコツコツと足元の石を踏む音が響く。
篠原が生徒達の人垣から離れると、中央の水晶へと歩み寄る。
両手を水晶へと手を伸ばし、触れる
少しの静寂が訪れると、透明だった石が茶色く怪しい光を帯び始め、やがて水晶の足元にある石が音を立てて動き始める
生徒達は声を出すようなことはしなかったが、その場の雰囲気が一気に変化するのを感じる。
篠原は水晶から手を離すと、くるっと振り返り少し足元がおばついているような気もするが人垣の中へ戻っていく
すると次は篠原の隣にいる女子生徒が、終わると隣の女子生徒が水晶に歩み寄る。
女子生徒の列の後に男子生徒が続いているこの状態では源二の出番はまだ少し先のことだった。
火属性は水晶のと生徒の周りを囲うように小さな炎が揺らめく。
水も同様に床から湧き出してきたかのように水が溢れ、本来地面を伝うはずの水が空中に投げ出される
風は生徒と水晶を祝福するように柔らかな風に包まれるしかしそれは決して目に見えない風ではなく、緑色を帯びたような薄らとした実体を伴っていた
佐伯が水晶へ近づくと、源二は意識を佐伯へ向ける。
特に深い意味はなかったが、よく交流していた人物がどんな属性を持っているのか気になるという理由もあったし、佐伯は残念ながら他の生徒とは違いこれまで披露されたどの属性も発現させることができなかった。
そのことを鏡花伝いに聞かされていたこともあり、友達ながら気にかけていたのだ。
佐伯が水晶に手を翳すと、やがて水晶は緑色の怪しい光を帯びると、地面の下からツタのようなものが生え始め、植物の成長の過程を早送りで見せられているように赤紫の花や黄色、青といった花が咲き誇る
美しいという言葉をそのまま体現したようなその光景が静かに空中に溶けると、佐伯は振り返り、人垣の中へ戻る
心なしか可愛らしい笑みを浮かべていたのは源二の気のせいではなかった
佐伯の次といえばと言わんばかりに空気が一気に引き締まる。
固い石を靴底が跳ね返す音が、遮るもののない空間に強く響き渡るような幻聴さえ生み出させる。
しかし、その足音の中には金属が擦れる音も僅かながらに含まれていた
愛済鏡花は両手を水晶に触れると、やがて水晶は他の者達のような妖しさを帯びた光ではなく、煌々と照らし始める。
それは火によって照らし出されるというより、日の光が生み出されたようなそんな神秘的な光景だった。
源二は息をすることさえ忘れてしまうような光景に釘付けにされながら、再び魔法という存在に感動を覚えた
その後も生徒達は一人ずつ、前に出ては戻ってくるが源二の心は鏡花の見せた神秘的な光景の余韻が支配していた。
再び現実に意識が帰還する頃には自分の番が目前に迫っていた。
源二の前にいた正吾は地の属性を発現させ、たった今列に加わった。
龍弥が深呼吸をし、中央へ歩いていく。
少しすると水晶は光とは少し異なる黄色の閃光を宿し、水晶を起点とし龍弥の周りの地面に閃光の線が現れては消えていく。
その道筋は雷紋と呼ばれる軌跡を描いていた。
龍弥が振り返り、こちら側へ戻ってくると源二はいよいよ自分の番が回ってくるという実感が湧き上がり、武者振るいか緊張のどちらかあるいはその両方が足の筋肉をチクチクと刺激する
龍弥が列に戻ると、ポンっと隠れるように背中を軽く押す。
源二は前に出ると、歩き方を忘れてしまうほど自分がどのようにしてあの水晶までの道のりを辿ればいいのかを考え直してしまう。
足がこの無音の空間にカクカクとだらしない音を立てるのを必死に堪えながら進むとやがて目前には透明な石の結晶が、天井から降り注ぐ月の光に微かに照らされていた。
間近で見る角張った結晶はその鋭い角の先に細かく光を集結しては拡散を繰り返している。
源二はその光に手を伸ばし触れると、ひんやりした感触が手のひらに伝わる
ゆっくりと目を閉じると再び鏡花の起こした神秘的な光景が現れ、消える。
消える。
消える。
瞼を貫くような光は見えない。
源二は何か誤ったのではと咄嗟に目を見開く。
目前に広がっていた水晶は間違いなく正常に起動していた。
透明な結晶は瞼を閉じていたその時間の隙に光を失い、黒く、深く空気ごと呑み込んでいく。物体としてではない光、未来、栄光、希望が源二の手から放たれたその黒く煌々と光り輝く空間に呑まれていく
驚愕の光景に思わず後ずさる源二はその周りを囲む金属の音が耳に煩わしく響く
なんだ。この空間、視線
微かな変化であったが、源二だけではない、生徒達もその僅かな変化、長すぎる空白の時間を不審に思わないものはいなかった。
しかし、その不安を払拭するようにしてラインハルトという皇帝が大きく笑う。
その声に部屋にいた誰もが驚きつつも、怪訝に思っていた。
「源二といったか。この石も完全ではなくてな、たまにこうおかしなことをするのだ。すまない。少し奥の部屋で待っていてくれたまえ、先に他の者を済ませてから我が直々に見よう。お前には素質があると、聞き及んでいるからな。」
救われた気がした。厳正なこの場で予想だにしなかったことが起きた時、人は動揺するものだ。それは、高校生という若い年齢の子供ならなおのこと、人より少し繊細な源二にはもっと深く刺さっていた。
しかし、自分は特別なんだ。光の魔法使いという特別な力を手にしているからたまにはこういうミスもあるものだと崩れ落ちた余裕の隙間を埋めるように虚構の推理が満たす。
王はこちらに兵士を寄越すと、源二はそれに従い生徒達とは反対側にある大扉に出来た隙間をくぐるように奥へと消えていった。
「源二...」
列の中からひとつの声が漏れ出る。龍弥だった。
奥へと連れ去られていく親友の姿は何とも弱弱しく、流れに飲まれていくようなそんな気配を感じていた。しかし、こんな場ではどうしようもできないと自分自身もこの雰囲気にのまれていたことに初めて気づいたのである。
やがてその背中が消えると、生徒たちのどよめきを心配し察したのか次の人間が呼ばれる。2人もすると感激と喜びの小さな声に源二の存在は次第に薄れていった。
源二が扉の向こうへとくぐるとそこは談話室のような落ち着いた雰囲気の部屋に繋がっていた。
衛兵たちにここで待つようにと言われると、ただ流石に自分に構っている余裕もないのか部屋に取り残されると源二は落ち着かない様子で部屋中を見渡す。
しかし、そこはいたって普通の談話室で高級そうな家具が並べられている以外に特に変わりはない。本当に適当に別室へと詰め込まれたといったほうがまだ理解できるような待遇だった。
「なんだよ、光の魔法使いなんだからもう少し好待遇でも良いだろ。」
不満が口から零れ出るものの、それを笑うものも諭す者もいない。
しかし、そんな時間も扉が開かれる音と共に終了を告げる。皇帝が入ってきたのだった。
ついに、自分の番が来た。皇帝に認められて、元の世界へ戻るべく魔法を極める道が始まるのだ。
正直不安はある者の、この状況はまさに選ばれたもの。自分の心の中に巣食う承認欲求が満たされて溢れる感覚があり身体が喜びに振るえてしまいそうになったのだった。
「志乃 源二。と言ったか。」
「は、はい。そうです。」
「さっきはすまなかったな。」
「いいえ、そんな。不具合だったら全然。仕方ないことですよ。」
興奮が緊張に冷却され、目の前に立つ圧力のある皇帝という立場、威厳を感じさせる男の存在に出来る限りの丁寧を述べつつも、その言葉の裏では英雄になるであろう自分の姿を思い浮かべ薄ら笑いを浮かべていた。
「いや、そういうことではない。あれは正常に機能していた。君が心配を被る事ではない。君が発現させたのは光の魔法ではない。闇の魔法だ。」
その途端、源二は眉を顰める。この男は、あの属性を見極める石が正しく動いているといったのだ。しかし、自分の発現したものとはかけ離れた全くの別物だった。
ラインハルトの背後には何か普通でない兵士たちの雰囲気を感じる。
普通に考えて、一つの部屋に。それもただの高校生一人を迎えに来るのにこんなにも沢山の衛兵を連れてくるのだろうか。
「な...なにするんですか...」
「シノゲンジ、君の名前はこの私が覚えておこう。さらばだ、少年!」
話ながらも少しずつその歩みを進めてきた皇帝の懐からは鈍色に光り輝く鉄塊が伸びていた。
その鈍色の先へと視線を落とす。
男の手から伸びている剣は、一切の迷うなく源二の身体を突き抜け鮮血を弾いて白いワイシャツを赤黒く濡らし始めていた。
その事実に気付いた瞬間。ゆっくりと呼吸が浅くなっていく。視界が歪み、目頭の熱さが少年の思考をどん底へと叩き落す。
心臓の鼓動に合わせて肉を貫いた衝撃がだんだんと途切れた神経の悲鳴を名実に身体中に響き渡らせる。熱く、痛い。
次の瞬間、剣が腹部から引き抜かれた瞬間めまいがするような、神経に直接ヤスリがかけられたような激痛に意識が漂白されかかる。
凄まじい衝撃に身体は言うことを聞かなかったものの、少年は自分の身体を突き刺す男が薄ら笑いを生み出していたのを、捉えていた。
今日、俺は死ぬのだ。心躍る異世界での冒険は大切な友達とのスタートを切ることなくあっけなく終わったのだ。
死んだときは何ともあっけなく、無様だった。自分は特別だと浮かれていた。舞い上がっていたのだ。周囲の人間に一目置かれ、魔法だなんていう扱ったことのないモノを何の練習もなしに使える訳もないのに。
ただ一つ、薄れゆく意識の中である一つの疑問が少年の脳裏を埋め尽くす。視界を覆い尽くした黒一色。意識の消失によるものではなく、魔法の使用によって引き起こされたその現象。そして王宮にいたもの達が言っていた、存在しないはずの魔法の名前だった。
闇の魔法。それが、魔法を初めて発現させてすぐ処刑された少年の最後の記憶。
しかし、せめて最後は...
黒に染めつつある思考が一つの願望を脳裏に映し出す。
「みんな...みんな!!」
先ほどまでまともに息もすえなかった肺は、熱くなり切った肉壁に冷たい大気が通う。
足は力を受け止めきれず震えるものの、確実に一歩を踏み出していた。
少年は一心不乱に駆け抜ける。一歩踏み出すだけで腹部に凄まじい痛みが走り、踏み出す床の石からは濡れ切った水音が毎歩聞こえてくる。
大きな扉を身体全体を押しつけ、体重だけで押し上げると先ほどまで皆のいた大広間へとたどり着く。
「みんな!みんな!!!!」
その様子を楽し気に見つめていたラインハルトは恐らく自分のことなど視界にも修める余裕などないであろう少年が必至に泣き叫ぶその姿を歩きで追いかけ、果てる様子をずっと見ていた。
衛兵の一人が、槍を握り込み少年に歩み寄ろうとする。だが、男はそれを制止した。
「良い、もう長くない。最後ぐらい好きにさせてやろうではないか。」
「みんな!!どこ行ったんだよ!!」
最後の足掻きだったのか、部屋の中央まで走るとそのまま手を突くこともなく硬い床に倒れこむ。しかし、本来痛いはずのその衝撃は感じることなく、身体が刻一刻と死へと近づいていることを示していた。だが、本人の身体の悲鳴を本人の身体が知覚できる余裕などない。
叫ぶほどに、喉の奥から嗚咽がもれ咳き込む。凄まじい吐き気を抑えられず、反射的に口を通る液体は気味の悪い鉄の残り香を漂わせていた。
「龍弥!!鏡花!!正吾!先生....たす、けて。」
自分の吐き出し、生み出した血だまりにひと際大きな水音を立てると少年はそれ以上、言葉を紡ぎだすことはなかった。
ラインハルトは少年の最後を見届けると不敵な笑みを浮かべる。
男が源二へと歩み寄りながら再び虚空から剣を発現させる。
この期に及んで、男は少年にさらなる苦痛を与えようというのだった。死して尚、源二は二度の苦痛にさらされようとしていた。死して尚、身体を弄ばれるのはこの世界にとっても究極の冒涜だった。ましてそれが紳士的な貴族の世界ならばなおのこと。だが男の歩みが止まることはない。
次の瞬間、源二の赤黒い鮮血を彩るように幻想的な光を落としていたステンドグラスが崩壊し、静寂に包まれつつあった空間に襲撃を告げる。
ラインハルトは天井が突き破られるや否や、煌びやかな破片と共に現れる二つの黒を完全に捉えていた。
男は、空から現れた夜の深い闇をそのまま纏ったような存在に音を置き去りに急迫する。
その軌道は雷のような眩い閃光のような軌跡を描き、寸分の狂いなくその鈍色を黒に向かって振りぬく。
しかし、その鉄塊は軌道の途中で凄まじい威力で弾き返されると静寂の空間を二度破壊する轟音が交差する。
元より万全な攻撃ではなかったものの、それは向こうも同じ。
その衝撃に覚醒を告げたのはラインハルトだけではなかった。
凄まじい金属音が鼓膜に残るまま、硬いものを砕くような鈍い音が響く。しかしその音は、部屋を埋め尽くすほどではない。その時、ラインハルトは思わず顔を顰める。反射的に剣をはじき返された後、新たな襲撃者が身を捩り凄まじい打撃を繰り出してきたのを急所を逸らし腕で受けたのだ。
耳に届く新たな音は身体の中から伝わる悲鳴だった。
だが、そうと気づくまでにかかった時間は刹那にも満たない僅かな時の中。この一瞬の攻防で剣を交えた2人は互いがとんでもない手練れであることを感じ取っていた。
しかし、今回の軍配は襲撃者に上がった。瞬時に切り返し、凄まじい蹴りを叩き込み急所を逸らされたものの、骨をへし折ると殺しきれなかった衝撃が身体全体に伝わり、ラインハルトは遥か後方へと無様にも吹き飛ばされて行った。
「あーあ、死んじゃってるよ。少し遅かったね。」
「御託はいい。早く回収するぞ。」
轟音が木霊するなか、漆黒に包まれたベールは繰り出した凄まじい攻撃の反動の勢いに揺れ、その隙間から白い髪、黒く輝く剣が月の光に照らされていた。
誰もが凄まじい衝撃に身をすくみあがらせる中、その大気の咆哮はその部屋にいないありとあらゆる人々に届けられた。それは、召喚者とて例外ではなかった。
「おい、今の聞いたか?」
部屋を後にして、列をなして振り分けられた寮へと戻る一行の中、一つの声を皮切りにどよめきが伝染する。それが先ほどまで自分たちがいた部屋から聞こえてくるというならばまして不気味なことだった。
その時、一人の少年が列から飛び出る。篠原や他の生徒が龍弥と自分の名前を呼んでくる。しかしこの胸騒ぎを確かめられればいくら怒られようとも構わなかった。あの部屋にはまだ源二が取り残されている。
龍弥は列から離れるほどに自分を追いかける存在がいることに気付く。走りながらも少し振り返るとそこには正吾や鏡花、そして鏡花を心配して付いてきたのか佐伯凛も一緒だった。
来た道をすぐに忘れるはずもなく、真っ先に廊下を駆け抜ける。階段を全力で駆け上ると次第に息も絶え絶えになってくるものの、厚いドアへとたどり着くと思い切りこじ開ける。
しかし、少年は何も言わず硬直してしまったのだった。
目に飛び込んできたのは真っ赤に染まりあがった旧友なのだろうか、黒髪を月光に照らした少年。否、後ろ姿でさえ見違えることはない。
そしてそれを脇に抱え上げる2人の黒い存在。片方は暗いこの空間に生える白い髪を覗かせ、もう片方は鴉のような仮面を被った得体のしれない人型のようなもの。
「源ちゃん!!!」
叫ぶ鏡花の声が漂白された龍弥の思考を呼び覚ます。しかし、その声を最後に2人の身体は辺りと同じ景色のように靄のように霞んで黒い霧の塊へと姿を変えていく。
次の瞬間、2人の影は頭上へと飛び上がる。霧の残り香が振り撒かれた鮮血と混ざり雪の結晶のような眩い光を網膜に届けてくる。
もうそこに、さっきまでいたはずの親友の影はなかった。
女は、城の上部を突き破る凄まじい破壊音を聞きつけ、全速力で王城へと駆けていく。走りながらも月に生える城のシルエットを望んでいると、その輪郭に人の存在を見つけた。
移動するスピードは向こうが上、しかしこの城の事を知るのは自分たちの方が上。女は城の上に立つ2人の影を先回りするとその予想は正しく、黒い霧を纏った2人が姿を表す。
その時、メイドは戦慄した。黒の存在達が抱えていたのは自分の見知った存在、志乃 源二のシルエットで間違えない。
心優しい少年が見るも無残な姿にされてしまった衝撃を感じながらも、それを連れ去ろうという非道を許すわけがない。
女は顔を顰め、瞬時に風を纏うとその強烈な風の輪郭を帯びた槍のような発現に留めていた薄紫色の髪が解ける。
「その子を離しなさい!!」
サラトガは名一杯の怒気をその声に孕ませるものの、目の前に立つ人は2人。おまけに体格は自分の方が圧倒的に少なく。脅してもなおビクともしない、身体からあふれる気配を一切感じない不気味さに、2人が相当な手練れだと言うことを本能的に感じ取るとせめて刺し違えても。そんな言葉が脳裏を過る。
次の瞬間、2人の影はお構いなしに虚空に現れた霧となって駆け抜け、通過する。あまりの速さと、風の強さにサラトガは思わず悲鳴を漏らし、身を竦ませる。
咄嗟に出てしまった生理現象も戦場では命取りなはずなのにと、サラトガは疑問と共に咄嗟に振り向くと、闇へと消え入る者たちを力なく見つめていた。
とんでもない感じになってきまして、さっそく主人公が死んだわけですが...
なんで殺す必要があったのでしょうか。