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悪夢の夜に  作者: 赤さん
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第1節 1章 召喚編Ⅲ

こんにちは、召喚編も後半に差し掛かりました。未だほのぼのが抜けないですがこれくらいがちょうどいいですね。

「ゲンジさん!凄いです!」


少し遠くで見ていたサラトガは驚きを隠せないのか少し叫び気味だった。

そのほかにも周りの魔法士団のメンバーたちや、立ち去ろうとしていたシャジャールまでもが振り返っていた。

突然の賞賛の声に照れ臭くなる源二を尻目に、周りの魔法士たちが拍手を送る。

現役の宮廷魔法士団にとってはそれはそれは小さい火の粉に過ぎなかったが、わずか1日での火の魔法使いの誕生に暖かい拍手が贈られた。



「それでは、今日はこのくらいで。ご夕食にしましょう。きっと他の皆様もお待ちです。」



源二は周りの魔法士たちにヘコヘコと頭を下げながらサラトガの後についていく。

再び王城に入り、ドアを開けるとそこにはすでにクラスメイトたちが着席し、食事を始めていた。

その部屋はクラスメイトたち以外には誰もおらず、突然の侵入者にみんなが源二を見ていた。

サラトガは、ドアを開け深々と一礼すると源二を先導するように空いてる席に向かう。


初日にしていきなりのご待遇にクラス中の視線が源二に突き刺さるが、それを察したような人もちらほらいた。

席は龍弥が隣、正面には正吾がおりサラトガは席にたどり着くと、椅子を引いてどうぞお座りくださいと丁寧に手でジェスチャーを送る

源二は苦笑いながらも引かれた椅子の前に立ち、座るとサラトガは椅子を魔法のようにスッと押し、無意識的に座り直す源二の行動を知っていたかのように微調整を行い、席から離れまたドアの方へと何食わぬ顔で戻っていく。

そしてまた恭しく一礼するとドアを開け、向こうに消えていく。

一時的にクラスの目線を支配していたサラトガがいなくなったことで、ブンッとクラスメイトたちの目線が源二に注がれる。


特に正面の正吾は今にも首を絞めてきそうな恨めしさがうかがえる表情を浮かべていた。




「はぁぁぁぁぁああ」



龍弥と源二は2人で湯船に浸かる。

とんでもない1日の疲れがお湯に溶けていくような、そんな極楽な時間が流れる。



「源二、まさかお前わずか1日でメイドを手駒にするとはなぁー。陸上一筋と思ってたんだけど」



龍弥は笑みを浮かべながら、石で組まれた部屋の天井を見る。



「なぁ、もっかいみしてくれよ。お前の魔法」



源二は龍弥に言われるや否やもう一度頭の中にシャジャールの出していた火と自分が生み出した火を思い浮かべながら目を閉じ、願う。

目を開くと目の前にはお湯だす湯気にゆらゆらと揺れる火が生まれていた。



「すげぇ...これが火の魔法なんだろ?じゃあお前は火の属性なのか。」


龍弥も隠れオタクと呼ばれる種族な為、実際に魔法の効力を目の前に見せられると、目の輝きが抑えきれていなかった。



「生活魔法ってのは使えないのか?例えば、あのドアを開けるとか」


「うーん、これしか使えないんだ。シャジャールさんに手のひらの石を浮かばせろっていかにも初歩の初歩みたいなのから始めたのに、なんもできなくてわらわれちゃってさ。

でもみんな見てて恥ずかしかったし、なんとかしたかったからシャジャールさんの見せてくれたやつを真似する気持ちでやったんだよ」




ふーんと龍弥は再び肩まで湯に浸かると、上がるかと言って源二と共に浴場を後にした。

部屋に戻るとすぐに部屋のドアがノックされる。

源二は部屋のドアを開けると、目の前には篠原綾子が立っていた。



「ちょっといいか」



源二は指で自分を指すと、篠原は頷き、少年を外へと連れだした。上には2人をかすかに照らす満天の星空たちにわぁと心が吸い込まれそうになる気持ちに抗いながら、篠原の浮かべる深妙な顔つきに集中するとそれは予想通り、


概ね予想通りの質問に源二は包み隠さず、昼の罪滅ぼしで見学に行っていたことを伝える。

最初はなぜこんな時間にと思ったものの篠原に魔法が使えるようになったのかと問いかけられると合点がいき、特に包み隠すことなく話した。

篠原は深いため息をつくと頭が痛いのか、片手でおでこのあたりを手のひらで抑えている



「好意を無下にしろとは言わないが、なるべく1人での行動は避けてくれ。本当は私が一番しっかりしなければいけない所だが、まだ状況が掴めん。お前が率先して魔法を習得したのは仕方のないことだが、くれぐれも乱用したり、他の奴らに危害を加えようとしないこと。いいな?」


「先生、その大丈夫ですか?」



源二は篠原を覗き込むようにして問いかける

篠原は大丈夫と答えるが見た目では全く大丈夫そうな顔をしていなかった。

少年の思考がなんとかして元気付けなければと使命感が働き、何かないか思考を巡らせる。



「ほら!先生上!この世界の星、綺麗ですよ!」


上を指差しながら篠原に上を見るように促すと、篠原も上をみる。

感嘆の声こそでなかったものの、少しぎこちない笑顔がその場に生まれた。


「明朝、エイレーネのラインハルトが30人余りの魔法使いを召喚したわ。


もう少し監視をするけれど、もしアレがいたら、また教えるわね。」

表情さえ見ることが許されない深い夜の室内で、妖艶な声の女はニヤリと白い歯だけを輝かせる


「そうだね。今のうちに準備をしていた方が良さそうだ。中には1日に来て火属性の初級魔法を使うやつも居るんだろう?


初級魔法なんてって思うかもしれないが、全くの素人が1日でやるのはなかなかやるよ」


「黙るのじゃこのお喋り、我は先にお主らの到着を待つ。もし危なくなれば私も出る。」


「頼む、ではエマは後方にてその時が来れば、私とフォールンで前に出る。もう二度と、あのような失敗は起こさせない。」






暗闇の中に赫く強い光を放つ双眼はその存在がまるでなかったかのように闇の中へと溶けその姿ごと消失したかのように静寂が訪れる。

唯一部屋に残る女は不敵な笑みを浮かべていた。

やがて女は月明かりから逃れるように部屋を後にした。



源二が目を覚ますと、日はすでに登っていたがまだ傾きが浅いものの、少年が起きたことで龍弥も目を覚ますと、2人して目を擦る。


いつもの癖で龍弥が今何時と問いかけるものの、わかるわけもないがおもむろに部屋の時計を探し始める。

やがて意識が覚醒すると、ここが異世界だったことを思い出す。




「時間わかんねぇよ」



今更とも言える答えに2人して笑うと、2人して部屋のドアを開け、外に出る。


日の傾きとあたりの静けさから言って朝の6時くらいだろうか、あたりにはかすかに霧のような朝独特の雰囲気が立ち込める。

龍弥はおもむろに歩き始めると、源二もそれに続く。

2足のサンダルが石の上を滑る音がリズム良く流れる

特に何も起こることなく、早朝の散歩は終了した。


これが部活の田舎のリゾート地ならどれほどいい朝だっただろうか。

こんな気分がずっと源二の心を支配していた。

日が変わり、昨日起きていた信じられない出来事の数々が大きな時間流れを伴って段々と源二の心にのしかかってくる。

部屋に戻ると、そんな心のうちは迷うことなく龍弥に打ち明けられた。



「俺もおんなじこと考えてた。一回寝て起きればなんかの夢かななんて思ったけど、違うんだよな。


本当に俺らは違う世界に来た。それが今ではなんかわかる気がする。」


源二は俯き、無言の肯定をを示す。しかし、何か言わなくてはならないと源二はゆっくりと口を開く。



「それ以上言うな。」



しかし、それも途中で言葉が静止される。

源二も自分では分かっていながらも言いたくない言葉を言おうとしていたという自覚もあったし、それが最も辛いということも身をもって感じていた。



「源二、俺らは魔法でこの世界に呼ばれた。変える方法はまだないけど、世界さえも飛び越えられるものなら、俺らで頑張って変える方法を探そう。まずは、今日の魔法の訓練から、だろ?」



龍弥はベッドに腰掛けながら、そう問いかける

源二もなんの根拠もないその言葉に頷くしかなかった。

出来ないかもしれないなんて考えたくもない。ただ今はできると信じて疑わないことが少年たちの心を繋ぐ唯一の処世術だったのかもしれない。


朝食を食べ終え、宿泊している棟の前に集合との連絡により、石造のアーチをくぐるとクラスメイトたちが待っていた。

その先頭では、ヴェルディアが昨日と同じ格好で生徒たちの集合を待っていた。

篠原が指で人数を確認したのち、ヴェルディアに全員集合した旨を伝える。



「皆様、おはようございます。昨晩はゆっくりお休みいただけたでしょうか。本日は魔法の訓練をいたしますので、また私の後について来てくださいませ。」



ヴェルディアは深々と一礼すると、サッと振り返り歩き始めると、ゾロゾロと列が動き始める。


源二たちもそれに続くと、たどり着いたのは昨日の屋外練習場だった。

そこには昨日見たシャジャールをはじめとする宮廷魔法士たちが揃っていた。

魔法士たちは、源二たち生徒に対し膝をつき頭を垂れる。

シャジャールも深々と一礼し、ベルディアもいつの間にか振り返り、一礼したのちシャジャールとアイコンタクトを取ると、この場を離れていく。


去り際に源二と目が合うや否やウィンクを送ってきたのを年頃の男子高校、志乃源二は見逃さなかった。



「皆様、それでは本日は魔法の使い方についてお教えできればと思います。すでに使える人もおりますが、イチからゆっくりお教えいたします。」






長い髭を弄りながら、しゃ大きな声でそう言い放つと、人数分けの為5人1組で指導を受けることとなった。

勿論源二たちの指導者役はシャジャールだった。

源二はこの老人に少し苦手意識を持っていたが、わしが魔法をみるという宣言は守るという律儀な一面も同時に感じていた。



その他のメンバーは、西原龍弥、八千正吾、西宮和、そして西宮と同室の隅田 隆弘だった。

源二は隅田だけでなく、クラスメイトのほぼ全員と交流がありそれなりに顔は広いが、特に仲良くしているわけではない。顔が広いというのも、本人が仲間外れにされないようにというなんとも小心者の思考が功を奏していたにすぎない。



「それでは、まず生活魔法から。まずはこの石を浮かせて欲しいんだが、源二くんが昨日できなかったから、特別にヒントをあげよう。石が浮くように願うというより、石が浮いている姿を想像して見なさい。」






昨日のは少し違う指導内容に少し苛立ちを覚えながらも、昨日魔法を成功させた興奮が頭を過ぎる。

期待に胸を膨らませ、目を閉じ石が手から離れ空中に浮いている姿を想像してみる。


心の中で強く念じ、目を開くと、ほぼその想像通りに石はシャジャールの手元から浮いていた。源二以外の他の4人も負けじと順番にこなしていくと、4周5周する頃にはみんなが少し不安定ではあるが石を浮かせられるようになっていた。


かなりハイペースで進歩していると言われたが、やはりどの程度の凄さなのか実感が湧かなければそれ以上に自分が魔法を使える興奮が正常な思考を狂わせる

訓練は昼食を食べた後も続いた。


魔力の行使には限界があるということだったが、生活魔法レベルの魔法ならほぼ一日中使っても平均で6割から7割ほどの消費にしかならないそうだ。


しかしそれも初めて魔法を使う者たちにとってはそれなりの負担になったようで、訓練が終わる頃にはヘトヘトになっていた。


夕食の最中は疲労が蓄積していたのか、それとも源二のように家に帰れなくなったことを再確認し、思考がネガティブになっているのかあるいはその両方か、かなり静かに食べ物を口に運んでいた。


食べ物は大きめのパンが一つにスープ、焼いた肉や野菜など、前の世界でいう洋食と同じような素材ではあったが味は薄く、スパイスようなものは入っていない。

しかし、疲れている時はそんな微妙な食事もそれなりに美味しく感じられた。


文化形態の違う食事そのものにホームシックを感じるのは避けられないだろうが、まずい料理を食べ続けるのはそれはそれで別の問題が出てくる。

クラスメイト一行は明日に備え、各自の部屋に散っていく中、源二と龍弥も部屋にいたが、この世界の夜は基本真っ暗だ。街の方は煌々と灯が灯っているが、2人の部屋の中は暗闇に包まれていた。


それもそのはず、この世界に電気など通ってはいない。雷の属性はあれど、人々の生活を照らす電気など微塵も存在しない。

その代わりと言ってはなんだが、一部屋に一つずつ、ランプが置いてあった。

すっかり電気に頼りきりだった2人がこのランプに辿り着くのには想像以上に時間がかかった。


どうやら他の部屋のクラスメイトは昨日の時点で気づき、廊下にある火を持ってきて火を移したりしていた。

源二はそうだと思いだし、心の中で小さな火が灯るよう念じる。


一日丸々魔法を使っていたこともあり、昨日使えるようになったこの魔法もだいぶスムーズにできるように感じられた。

指先に灯る火をランプの中の蝋燭に近づけると、火が引火し近づけていた指に熱が伝わる。

少し驚きはしたものの、ランプの火をつけることに成功した2人は疲れた様子で2人ベットに座る。


ゆらゆらと部屋を照らす火の暖かさに心まで融解したのか龍弥は唐突に口を開いた


「疲れた。」


「うん。」


「今日、あのあんま美味しくない飯食ってて、米食いてーって思ったわ」


「そうだね」






小さくも悲痛とも取れるその嘆きは部屋の空気を少しずつ重く苦しいものにする




「でもよかった。風呂もあるし、なんだかんだご飯も出るし俺も魔法使えるようになったからさ!」






龍弥は自分に言い聞かせるように、源二を勇気付けるように拳をギュッと握り締める


しかし源二は肯定の言葉を出すことができなかった。


たしかに最低限の生活が送れる状況ではあったし、ある程度日本の生活様式に似ているものもあった。本当は篠原の融通によりなるべく日本の生活様式に寄せていたということはこの生徒たちには知る由もなかった。


だが湯船に体を浸す文化などは日本人にとってはかなり重要な意味を持っていた。近年ではシャワー派もそれなりに存在していたが、龍弥たちは湯船に浸かりたい派閥だった。


源二は脳裏に家族たちの顔が浮かぶ。






「俺ら今頃日本でどうなってるのかな」


「多分集団失踪事件とかなんかで特集組まれてんじゃねぇの。なんかそこら辺の動画で陰謀がとかいってまとめられたり」



「龍弥は平気なの、その、帰れないこと。」


「平気なわけないだろ。俺だって父ちゃん母ちゃんに、家に帰りてぇよ。でも帰れないって言われた以上、頑張るしかねぇ。朝にも言ったけど、今できないことを考えてもしょうがない。」


源二の目は冷めきっていたものの、どこか真剣な眼差しを浮かべながら、龍弥のその言葉は悲しそうな表情の中に目だけは強い光を宿し、源二のヒビが入っていた心を埋めるように染み込んでいく。

2人はそのまま少し談笑をした後ランプの火を消すと、眠りについた。



エイレーネの街の中、とある一件の食事処のテーブル席に女が4、5人座っていた。

赤みを含んだ顔にいやらしい笑みを浮かべサラトガを覗き込むレイラがいた




「まさかサラトガがいきなり男引っ掛けるとはね」


「引っ掛けるとかそんな失礼な言い方しないで!」


サラトガは恥ずかしそうに頭をブンブン振りながら手元のジャッキを傾ける


「サラトガ、顔赤いわよー」






レイラはさらに追撃を試みると、サラトガに逃げられてしまう。


「それにしてもいきなり初級魔法とは結構才能あるよね。まぁでも明日にはあの子達全員初級魔法くらいは使えるようになるでしょ。みんな源二のようにかなり良くできるというか、頭がいいって感じだし、みんなそのうち宮廷魔法士になってたりしてね」


レイラは指で数を数えながら、やな大きな独り言を呟きながらそうぼやくものの、サラトガを囲む他の女性たちも源二がどんな男なのか執拗に聞かれていた。






「もう!源二君はそういう人じゃないって、他の方々はともかく源二君も宮廷魔法士にも入らないと思うよ。源二君は優しいから、人をその、殺すとかは」






「ゲンジ、クン。ねぇ。まぁ救世主様だし、まぁまぁな顔してるから悪くはないんじゃないの。それにしても、サラトガが年下好きだったとは...」


「だからそう言うのじゃないって!ただ私がただのメイドでも普通に接してくれたから嬉しくって」






もじもじとしながら答える同期の姿にジト目を向けるレイラはこいつはマジですかいと言った表情を浮かべる。


サラトガからしてみれば多少仲良くなっただけで恋仲だなんて思ったことはなかった。まして、まだであって二日しかたっていないのに好きになんてなるはずもない。


だが、その可能性がないわけではない。実際に優秀な人間と付き合い、子を成すことができればそれはそれで嬉しくもあり、メイドという職業のロマンな部分でもあった。






「じゃあサラトガも弄ったし、今日のところは帰りますか。」






そう言うと、女達は立ち上がり席を後にすると真剣に考えだした自分が馬鹿らしくなり、サラトガもそれに続いた。


こうして夜が更けていく中、源二は突然目が覚める。あたりはまだ日が上っていないもののうっすら薄明るくなり始めていおり、流石の龍弥も寝息を立てている。

正確な時間はわからないものの3時か4時頃であろうその時間帯に起きたにも関わらず、全く眠気を感じなかった。

それだけ精神的にストレスを抱えていたのかと自分でも驚いたが、少しばかりの好奇心が働き、部屋を後にする。


一人で外をほっつき歩いて時間を潰すなか、手元には生み出された魔法が付いたり消えたりを繰り返す中、思考の世界に没頭していた。それは、いうなれば将来への不安。こうして魔法を勉強すればいつか召喚魔法も使えるのだろうか。

しかしそこで一つの疑問が生まれる。今日に至るまで召喚者はいても、召喚魔法を使ったものはいないのだ。

部屋に戻ると龍弥も起きていた頃だった。


二人とも寝起きがそんなに悪くなかったが、特に会話はなかった。

日を重ねるごとに現実味が増すと言うこともあったのかもしれない。


朝食を食べ、再び屋外訓練所にたどり着くと昨日と同じようにシャジャール達が待っていた。

昨日と同じように班で別れるかと思いきや、生徒達をバラバラにすると、これから見本を見せると言ってまずシャジャールが前に出た。

指を一本前に突き出すと、先端から小さな火が灯るフレアを見せた。

次の魔法士は水の球体を指先に、そしてその次は小石を生み出し、ピリピリと細い糸のような電気を出しているようなものまでいた。


源二にはこれが初級魔法であることがわかった。


篠原と生徒たちは一つずつ試してみるよう伝えられ、各々昨日の容量で魔法を行使しようとする。


源二もそれに倣い、指先に火を点す。ここまでは普通にできていたことだったが、逆にいえばこれは自分が火属性であることの証明でもあった。


他の属性の魔法が使えないことに対する残念な気持ちはあったが、今は誰よりもすんなり初級魔法を使えるようになった自分が誇らしかった。


だがその気持ちも束の間、一人勝手にできるようになってしまった源二は手持ち無沙汰になり、暇を持て余していた。クラスメイトたちは未だ火を出せずにいるものも多く、次の水の魔法を行使しようとしているものまでいた。


そんなくだらない考察を展開していると、源二は逆に他の魔法を使えない感覚というものがどういうものなのかが気になりだした。


どうせできないだろうと思いながらも目を閉じ、本来特定の形を保つことない水が丸みを帯び、空中に出現させた魔法士の姿を思い出しながら念じる

ゆっくり目を開けると、そこには自分が思い描いていたような水の球体が存在していた

源二は当事者にも関わらず、その場の中で最も困惑していたのだった。



宮廷魔法士も目を見開き、シャジャールも面白いと髭を弄りながら怪しい笑みを浮かべる。

しかし、その驚きの視線は自分にのみに集まっているわけではなかった。

源二たちのいる位置とは違う、女子の列の中にもその視線は集まっていた。



「えぇ!?源二君と鏡花さんが光の魔法使い!?」



サラトガは動揺を隠すことなくレイラの肩をガシッと掴む


レイラはハイハイと顔を歪めながら肯定を示す。


それだけ光の魔法使いという絶対数的には全体的に見れば他の属性と変わらないものの、それは血統や家柄に左右されて継承されてきたため一般の人間が光の魔法を発現するのは非常にまれなケースで、遺伝子的な意味でも優遇されているあかしだった。


そして、その吉報は当然皇帝の元へも伝えられた。




「皇帝陛下、本日、志乃源二殿と愛済鏡花殿が火、水、地、風そしてその他の初級魔法を発現させました。」


ラインハルトは視線を移すことなく、暗くなった部屋から下界を見下ろしていた。






「陛下、もしものことがございましたら...」






ラインハルトの前に膝を突き、首を垂れる長い髭の老人は冷や汗を額に滲ませながら慎重に言葉を重ねる






「わかっている、シャジャール。明日、魔法水晶を使って属性を見定める。召喚者たちは皆初級魔法を使えるのだろう。」



「もちろんでございます。このシャジャール貴方様のご命令とあらば、不可能も可能にしてみせます。」




老人の独り言は誰の耳にも届くことなく暗闇の中に溶けていく

源二は夕食と夕食を済ませると、中庭のベンチで昼間のことを思い出していた。

自分の手からありとあらゆる魔法が出現する瞬間、しかもそれが自分だけでなく鏡花までもが同様の魔法が使えたこと。


二人はシャジャールに個別に呼び出されると、二人の属性が光であることを告げられる。

光の魔法は他の魔法を凌駕する力を持ち、一つの願いを叶えることのできる力を神より与えられる。そう説明されてもアニメを多少たしなんでいる源二でもこんなにも恥ずかしくなるような解説はない。ましてそれが鏡花だったらもっと意味が分からなくなっているだろう。


源二はフッと笑いが込み上げると同時に一条の希望が、まさしく光に照らされた一筋の道が見えたような気がした。


光の魔法を極めれば、家に帰れる


その力が俺にはある


去勢で賄ってきた壊れかけの心が一つの魔法という存在によりみるみるうちに現実味を帯び始める。



「源ちゃん、隣いい?」



話が終わり、辺りにはすっかり闇が定着した中庭は壁にかかる大きなランプのオレンジに照らされて視覚的な温かさが伝わってくる。

話しかけられるまで気づくことのなかった源二は突然の出来事にビクッと肩を震わせる


「ごめんごめん、驚かしちゃった。」



声をかけてきたのは鏡花だった。


「なんか、凄いことになっちゃったね」



「そうだな。まさか俺たちが光の魔法が使えるなんて」



「なんか火の魔法とか光の魔法って絵本のお話みたいだよね。最初聞いた時はなんかおかしくて笑っちゃいそうだったよ」



「でも、私助かった。光の魔法が物凄い貴重で力のある魔法使いだって聞いて、それが私一人だったらちょっと耐えられなかったかも」



鏡花は珍しく照れ臭そうに笑う

源二は周りのプレッシャーに耐えられないのか?と聞き直すことはなかった。

彼もまた、自分だけが希少な存在となることでプレッシャーに押し潰されそうだったと感じていたからだ


「光の魔法ならお家に帰れるかもしれないんだよね。」


源二は首を縦に振る。やはり、鏡花も同じことを考えていたのだった。


「頑張ろうね。一緒に」


その目には今までにない強い力を宿していた。

絶対に光の魔法を使えるようになると

その言葉を強く心唱えていた


鏡花が源二と別れ、しばらく一人でいると源二も部屋へ戻る。

龍弥はすでに寝ており、部屋の明かりも消えていた。

源二は龍弥の隣に横になるが、目を瞑っても、何度寝ようと試みても全く寝付けなかった。

ベランダに出ると、夜風が心地よい

こちらの空気の清々しさは世界の数少ない良いところの一つだった

しかし、気持ちの良い甘美なひと時はわずかしか訪れない。

源二が眠れないのにはそれなりの理由があった。

それはシャジャールに光魔法について伝えられた時に遡る。


光魔法は他の魔法とはかけ離れた力を持ち一つの願いを叶える

しかし、その願望が強ければ強いほどその代償も大きい。

一体なんの代償なのか。実はとんでもない能力なのではないか。このことは当然鏡花にも伝えられていたが、あの見栄っ張りのことだからわざと話題にしなかったということくらい容易に想像できた。

源二は結局その日は一睡もできぬまま朝を迎えた。


一睡もできなかったにも関わらず特別、朝方眠くなったり頭がぼーっとしたりすることはなくむしろ怖いくらいに常に冴えていた。


「どうかしたか?」



「いや、あんま寝付けなくて。」


「ここんとこお前起きるのも早いし、あんま気負い過ぎんなよ。みんながついてる。」


龍弥はポンと背中を叩くと、朝食を口に運ぶ。不安に苛まれる身体に流し込まれる卵焼きがすこし気持ち悪く感じられた。


「なんせ源二は光の魔法使いだから!俺らとは違ってチート級魔法使いで、可愛いメイドさんを侍らせて、幼馴染もいてハーレムだからな!」



向かいの席の正吾は怒っているわけではないが、わざと怒っているかのように振る舞っていた。

これが彼なりの励まし方であることも、贅沢な悩みだったこともあったため、源二は気を取り直し朝食を口に運ぶ。

2日連続で慣れない魔法を行使していたとのことで、やることがなかった。


クラスメイトたちは王宮から出ない範囲で自由行動を許され、何人かは元気に屋外訓練場で練習をしたりしていた

源二と龍弥は部屋で談笑をしていると、コンコンとドアをノックされる。



源二は立ち上がりドアを開けると、わぁと驚いた顔でサラトガが立っていた。






「すっすいません突然」


サラトガは慌てた顔で謝罪する


自分からノックしておいてなんだこの女はと思っていたが、ふともしかしたらこの世界は離れた場所からドアを開けるのだろうかと思い、率直にサラトガに聞いてみるとやはり思った通りだった。

サラトガは引き攣った笑みを浮かべながら説明すると、とんでもないと招き入れると入るや否やすこしもじもじとした様子を見せる。


その様子からもしやデートの誘いかと感激したが、その喜びも一瞬で消し炭と化す

ドアがノックも無しに開かれ、鏡花と佐伯が入ってくる


源二はため息をつくと、そういうことかとサラトガに目線を向ける


「よろしければ、一緒に王都を回りませんか?」


「でも良いんですか?王宮だけにって」


「メイド長に許可をもらいました!大通り限定になりますが、危ない場所ではないので!」



源二はこれを快諾すると、佐伯や鏡花、龍弥も久々の心躍るイベントにわくわくしていた。

サラトガはにっこり笑うと、着替えてくるといって部屋を後にした。

集合場所を宿泊棟前に、源二たちも外に出る


外でサラトガを待っていると、正吾と正吾のルームメイトの藤田徹ふじたとおるも一緒だった。

藤田は源二ともそれなりに交流があったが、肌の色は白く貧弱でいまいちとっつきにくいという印象だった。嫌いではないが、向こうが一歩引いているような距離感だった。


源二は正吾にサラトガとみんなで街に行くことを伝え、藤田は「僕はいいよ」と言って宿泊棟に入っていく。

正吾は藤谷別れを告げると、やがてサラトガがやってきた。


サラトガは控えめなベージュのワンピースに身を包み、後ろで留めていた薄紫色の髪をサイドテールにまとめるとメイド姿のような清楚な印象ではない、大人な女性の色香を漂わせる美人がそこに立っていた。


その姿に、源二をはじめ龍弥、正吾、鏡花までもが見とれていた。


足元をみてワンピースを見直すと頭に疑問符を浮かべる






「どこか、変ですか?」


サラトガは首をかしげると、源二の横から凄まじい鼻息が聞こえてくる


可愛らしい女性は次第に正吾の姿に苦笑いを浮かべながら後ずさりすると、佐伯からの強烈な蹴りが繰り出される。

しかし、それもまた無理もない。それだけ今のサラトガは男性の広くとらえた趣向を完全に捉え、ただでさえ可愛らしいその見た目をより一層引き立てていた。


正吾は勢いよく転がると、尻のあたりを抑えながら悶えていた


佐伯はフンと鼻を鳴らすと腕を組む

鏡花は苦笑いを浮かべながら行きますかと出発の音頭を取った


宮殿を後にして、町中に入ると宮中とは違いにぎやかな声で彩られていた。

木材と石ブロックを積み重ねて建てられた家が並んでいる街並みが並ぶ中サラトガは、おもむろに振り返る。それは、皆が文字を読めるのかというものだった。


5人は顔を合わせると、近くの看板を見る。


「読め、ますね。」



再び顔を合わせると誰が話す?と日本人特有の何もない時間が流れる。



「なるほど、やっぱ召喚の魔法って凄いんですね...」


その後はサラトガが街を案内しながら、大通りを進んでいく。大通りということもあり、人で溢れかえっている。


服装もサラトガや召喚者5人たちに来させている服装と大差無く、少し顔立ちの違うローカル感が出ていた。

サラトガはあそこは食べ物屋さん、あそこは装飾品で、あっちは服屋さんなど様々なお店を一つ一つ律儀に紹介してくれる。

並んでいる店がそれぞれどんなものを扱っているのか一目見ればわかるが、それでも一つ一つ丁寧に説明してくれるのも出会って短期間ではあるが、彼女らしいとさえ思われた。

そのお陰もあり、一日中暇を持て余すところを大通りだけで半分ほど潰れた頃。


街中で昼食を取ることになった。

サラトガは慣れたように大通りの横にある道にある店に入る。

案内されることはなかったがサラトガは慣れたように奥へと進み、バーカウンターのようなところにいる男に挨拶をし、ポケットから何かを取り出すとテーブルに置く。

恐らく通貨のようなものだろうということは容易に想像できた。


サラトガは「こっちよ」と言ってカウンターの横を通り、突き当たりの階段を登ると下の階が見渡せる明確にスペースが区切られている、いわゆるお高い席に着く。

5人は下の階の様子を見たり落ち着かない様子で、感嘆の声を漏らしていた




「ちょっと大通りから外れてるけど、ここおすすめなのよ。」



サラトガはこのことは内緒ねと言わんばかりに含みのある笑みを浮かべると、正吾が水は出てこないんだなぁと独り言を漏らす

出てくるわけないだろと龍弥は呆れた様子で正吾を嗜める



「えっと、お値段は気にしないで好きなもの頼んでもらって...って言われてもわからないですよね」



サラトガはまたやっちゃったと言った表情を浮かべる。ウェイターの女性がやってくるとこれと、サラトガは呪文のような注文を済ませる。決して言ってることが分からなかったわけではないが、聞いたことのない料理名ばかりだったのだ。

佐伯凛と愛済鏡花は2人で談笑し、龍弥と正吾もさっきの大通りの感想を語り合ったりしていると、源二の話し相手は必然的にサラトガとなった


「どうでしたか?大通りは」



源二は率直に楽しかったと感想を述べる



「やっぱり前の世界とは違いましたか?」


「そう...ですね。俺たちがいた世界では、実際に見たわけじゃないんですけど、中世っていう時代に近かった印象があります。」



続けて感想を述べると、正吾が突然会話に入ってきてその通り!と興奮気味に後押しする

恐らく絵を描いたような異世界そのままの姿だったのだろう。

しかし、源二はこの世界がもとのいた世界とは違って魔法のおかげなのか、街の様子が異なっていることを確かに感じ取っていた。

そしてそれをサラトガがもっと聞きたいという視線を送る




「例えば、鉄とかは僕たちの世界では加工が難しいんですけど、魔法のおかげかよく使われてたりとか、この建物もこんなに綺麗に石を切り出したり間を詰めたりしているのはきっと地?の魔法のおかげなんですよね?」



鏡花はそっかと疑問が解かれたような表情を浮かべる


「確かに、中世くらいの文化レベルにしては技術面が進歩してるような気がする」


「あのね、中世ぐらいの文化レベルとかあんたどの立場から言ってんのよ。これだからキモオタは」



「佐伯の言う通りだ。その言い方だと馬鹿にしてるように聞こえるぞ」


正吾はハッとした表情を浮かべると、慌ててサラトガに謝罪する



「いえいえ、大丈夫ですよ。そういうつもりじゃないことくらい分かってますから。


気にしないでください。えっと、キモオタさん!」

サラトガは正吾を元気付けるように声をかけると、一同は堪えきれずブッと吹き出し笑いに包まれる。



サラトガは困惑の表情を浮かべる一方、正吾は今にも死にそうな干からびた表情を浮かべて、ヨロヨロとしていた。

鏡花は笑うのを無理やり抑える


「サラトガちゃん、キモオタってのは気持ち悪いオタクのことでニックネームとかじゃなくて、むしろ馬鹿にしちゃってるんだよ」



再び堪えきれなくなりクスクスと笑い出す

結果的にお互いがお互いのことを煽り立てるとんでもない社交の場になってしまったが、ちょうどよく料理が運ばれてくる


サラトガは苦笑いを浮かべながらどうぞどうぞと勧める

わざわざ正吾を名指しで気を遣うことでかえって先程の出来事を意識させる

正吾は下を向いてブツブツと何かを呟いている。恐らくこの世の終わりだのなんだのしょうもないことを呟いていることはいつものことだったので特に気にせず、料理に目を向ける

宮廷で食べていたような整った食事では無く、ワイルドな印象を与える食事でこんがりやけ、少しスパイシーな匂いを放つ肉の塊や豆を煮たものなど、美味しそうな匂いが立ち込めていた。






途中、取り分け方がわからないようなものもあったが、サラトガは優しく教えてくれた。

こう言った些細なコミュニケーションもまた異文化ならではだった。

スプーンやフォークなんかは木製かつ形状がほとんど一緒だったのもあり、こう言った利便性の面ではどの世界も共通なのかと言った発見も胸を昂らせた


一同は食事を食べ終えると、暖かい飲み物を片手に談笑していた。

楽しいひと時も束の間、むしろこの世界に来て始めて心から楽しめる出来事は時間を飛ばしてしまったように過ぎて行った。







サラトガちゃんが好きです。かわいいですね。

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