第1節 1章 召喚編Ⅱ
こんにちは、質問を頂いて多くの人が疑問に思うかなと思ったのでここに書くと、サブタイトルに第1節とついているのは、第二節やそれ以降が存在するからです。
今回もよろしくお願いします。
愛済鏡花は苦笑いを浮かべながら過剰に自分を擁護する友人を諭す。そんな調子で話の内容は当然この世界に関することで持ちっきりだったが、雰囲気だけはいつも通りの会話をしていると、自分たちが入ってきた大きなドアが開く音が室内に響く
視線がさっとドアの方向へ向けられると、入室してきたものが自分たちの担任の篠原綾子
だとわかり、一瞬で張り詰めた緊張がまた一瞬で解ける。
篠原は、一度入室した後思い出したかのように顔だけ廊下に出したまま何度かお辞儀をしたような素振りを見せる。恐らく、メイドに入室しないようお願いをしているのだろう。
篠原が再び部屋に入り、扉を閉めるとテーブルに歩み寄る。
テーブルまで近寄ると、はぁーとため息をついて口を開く。
「今からみんなに今の状況を伝えたい。」
「えー、私たちはどうやら日本とは別の世界いや、日本やアメリカや中国、韓国とかがある地球とは違うまた別の世界にいるようだ。」
篠原がそう言い放つと室内が一気にざわざわとし始める。それもそのはずだ。確かに教室からいきなりこんな立派な場所に辿り着いて、身の丈に合わない待遇を受けて、挙げ句の果てに異世界だの皇帝だのなれない単語が脳裏に焼き付いているのだ。
こんな状況で状況を理解し、ましてやガッツポーズをしている男など源二の知る限り、隣にいるこの頭のおかしいやつ以外いない。
「みんなが言いたいことはわかるが、落ち着け。ちゃんと説明するから!
えーと、この国の名前は神聖エイレーネ帝国と言って、さっき私たちを歓迎してくれたのは皇帝のラインハルトさんという人らしい。
私たちはこの世界に召喚という形で世界の枠を超えて呼び出されたそうだ。
どうやらこの国は大きな戦争の余波で、国民の生活が苦しいらしく私たちを呼び出すことで、知恵を分けてもらうというつもりで召喚したらしい。
なんとも迷惑な話だが、呼び出したからには帰ることもできるらしいのだが、そこらへんの難しい話に関してはこれから、説明会のようなものを開いてくれるそうだ。
なので帰れないことは恐らくないだろうから、とりあえずは心配しなくて大丈夫だ。」
篠原は生徒達にそう告げ終わると、またドアの方へ歩み寄り、ドアを開け顔だけをドアから外に出す。
篠原が元の体制に戻ると廊下に控えていたであろう3人ほどのメイド達が、恭しくお辞儀をして入室してくる。
「皆さま、申し遅れました。私はメイド長のアンナ・ベルディアと申します。
私の右におりますのがレイラ、左におりますのがサラトガと申します。他にも多くのメイドがございますが、何か御用がございましたら私共メイドにお尋ねくださいませ。
私達はこれから皆様を宮廷魔法士団本部へとお連れいたしますので、机もそのままで結構ですので私共に御同行願います。」
そして再び恭しくお辞儀をする
篠原はメイドを苦笑いで見届けると、生徒たちの方を見る。そして篠原の指示を合図にゴトゴトとそれぞれ立ち上がると、メイド達は振り返りドアを開けたままにする。
ベルディアというメイド長が手を挙げると、振り返り、手を前に重ねながら歩き始める
篠原は生徒に目配せをした後、生徒達はそのメイド長の後を追い始める。
それなりに綺麗な列をなして追いかけているのは元々の国民性なのか、それともここがまだ学校というある程度の緊張感があるのか、純粋に緊張しているのか。
ありがとうございます。とドアを押さえているメイド達にクラスメイト達が挨拶をしていくと、メイド達は驚いた表情を浮かべたものの、すぐにお辞儀をしそのままの形で静止する。
最後尾の源二達が外に出ると、2人のメイドは同じペースでドアを閉め、小走りで列に追いつくと、前に手を重ねて同じ真ような格好で後ろを追ってきている。
妙な緊張感と、大人びた美しい女性がメイド姿でいる光景に源二は激しく心を揺さぶられたが、隣にいる男は周りに聞こえるような鼻息の荒さと、ガン見を敢行しメイド達も困った様子でこちらに苦笑いを向けていた。
「異世界の方々はこのような格好がお嫌いですか?」
「ぜんぜん!ぜぜぜんぜん!そんなことありましぇん!むしろご褒美でしゅ!」
こともあろうに正吾は隠すこともなく、欲望に忠実な変態宣言をした。
せっかく話しかけてくれたメイドの人たちにこともあろうにこの男はなんてことしてくれるんだと源二は心の中で思ったが、話しかけてくれたサラトガという人物はニコッと慈愛に満ちた笑みを送り、感謝の意を述べた。
正吾はその返しに心臓のあたりをグッと握りしめて何かを噛み締めるような素振りを見せていた
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
サラトガという女性はは源二達に向かって問いかけると、2人は快く名前を述べる。心なしかいつもとは違うモテを意識した声がしていたような気もするが、触れたくないので無視することにした。
「しの、げんじ様と、やち、しょうご様ですね!改めまして私はサラトガと申します。よろしくお願いいたします。」
サラトガは再び深々と頭を下げると、源二はそれを静止するように、やめてくださいと声をかける。
メイドは頭の上に疑問符を浮かべながら源二を見つめ直すと、源二は恥ずかしそうにしながら答える
「僕たちはそんな様とかつけられる人じゃないですし、さんとかの方が嬉しい...かな。敬語も抵抗あるし、お辞儀もちょっとびっくりしちゃうからそんなに気を使わないでほしい、かも。」
顔を赤らめながら言い放つとサラトガだけでなく、横に並んであるていたレイラという名前のメイドまでもが驚いた表情を浮かべる。
「へぇー面白いじゃん。ゲンジくん。」
レイラという名前のメイドは驚きの表情を浮かべるとニヤリと少し悪戯な笑顔を浮かべていた。
「ちょちょっと!レイラ!異世界から来た救世主様なんだから、ちゃんとしなきゃ」
「サラトガ、救世主様は敬語もやめて、お辞儀もやめろーって言ってるんだぜ?ここは救世主様の顔を立てるのがメイドのツトメ、だろ?」
レイラは源二の言葉を皮切りに途端に態度が豹変するが、源二の隣の男子生徒からはこれはコレでアリという言葉が微かに聞こえる。
「そっ、それはそうですが。ハァわかりました。では、よろしくお願いします!源二さん!」
営業スマイルであろうが溌溂としていながらも清涼感のあると笑顔を向けると、源二の心は電撃が迸るような興奮を覚える。ナンダコノカワイイイキモノ...源二だけでなく、もちろん正吾の気持ちまでもが完全にサラトガに釘付けにされていることで、源二の背後にジーッと目線が注がれていることに気づきもしなかった。
これは悪いことしちゃったかなぁーとレイラはサラトガに耳打ちすると、そっぽを向く
「さっき、宮廷魔法士?とかなんとかって言ってましたけど、どこに向かってるんですか?」
「宮廷魔法士団だね!宮廷魔法士っていうのは、ここの宮殿を守護したりとか、あるいは皇帝の直接の指示で動くこの国で一番偉い魔法使いさん達のいるとこだよ。」
「魔法?」
「この世界って魔法があるんですか?」
「ええ、ありますよ。光と火、水、地、風とかたくさんありますね」
「それって全部使えるんですか?」
源二はサラトガから、レイラへ目線を移し問いかける
「全部使えるのは光だけだよーん。だから光の魔法使いはものすごく強い人が多いんだよねー。」
「レイラさん達も使えるんですか?」
「まぁね」
「私たちもいざと言うときはこの城だけでもお守りしなきゃいけませんから、残念ながら属性を聞くことは、その...マナー違反ですので、今後ご容赦ください。」
源二は情景反射的に謝罪を述べるものの、向こうも不可抗力と知ってかあまり気にする様子は見せていなかった。それより、カッコいいとぽつりと感嘆の声を源二が漏らすと、サラトガは恥ずかしそうに感謝を述べる。
この世界についていくつか質問しながら歩いていると、列が止まり部屋に入り始める。
胸の前で軽く手を振る2人を後に、部屋へ入室すると、そこは大講堂のような場所だった。
教卓には篠原綾子とメイド長であるベルディアが生徒達の様子を見ている。源二達も階段を登り、空いている椅子に座ると、すぐにまたドアが開くと、長く白い髭を蓄えたお爺さんが紫を基調としたローブに身を包み、教壇へ上がると、ベルディアがお辞儀をする。
お爺さんは長い髭を指でいじりながらもう片方の手で挨拶すると、ベルディアはそのまま部屋を後にする。
篠原がお爺さんと向かい合うと、お爺さんはちょいちょいと手招きして、篠原に耳打ちする。
「じゃあみんな、これから色々と説明をしてくださるそうなので聞くように。くれぐれも騒がないこと。」
篠原はすぐさま教壇を降り、最前列の席へと座ると、お爺さんは教壇に手をつき長い髭を触りながら教室中を見渡す。
お爺さんは髭の奥にある喉に手を当てると、心なしかその喉が光ったように見えた。否、少し光った。
お爺さんは深々と頭を下げ謝罪を述べるものの、それ以上に特別声を張り上げているわけでもないのに大きな鮮明な声が講堂に響き渡っていた。
「私は、宮廷魔法士団 団長のシャジールと申します。皆様どうぞ、よろしくお願いいたします。」
再び深くお辞儀をすると、周りもつられて会釈を返す。
「先程ラインハルト皇帝陛下よりお話を伺いましたところ、この世界についてのご説明をお望みとのことで、この私目がご説明致します。
この地の名前はアトラス アトラスには大きく分けて4ヶ国、小国も含めると10近い国が存在する大きな大陸でございます。
私どもの国、神聖エイレーネ帝国はアトラス大陸の最大領土を有しております。
この度、皆様をこの世界に呼び出したのは、我が国エイレーネに住む民や、王都だけでない、この国の領土に存在する町や村の民をお救い頂きたかったからでございます。
この大陸は度重なる戦争の歴史、血塗られた歴史の上に今の平和がございます。
そしてその平和はこれから長く続いていかなければなりません。しかしそれには安定した食料、未だ戦後の影響を受ける小さい村や町の援助や未だ開拓さえできていない領土を駆使し、国民に安定した暮らしをしていただかなければなりません。そこで皆さまの力を借りて、この国、果てはこの国に治らず他の国々を巻き込んで平和を築きたいと思っております。
誠に勝手な願望ではございますが、ラインハルト皇帝陛下もその点を案じておられ、人知れず心を痛めておりますゆえ、ご容赦頂けると幸いです。」
シャジールと名乗るお爺さんはそう言い放つと、篠原が手を挙げると、元の世界には魔法というものが存在していないことを伝える。それを聞くとシャジールは面白げに眉を曲げ口角をあげるといかにも老人らしい落ち着いた笑い声をあげ、ひげを弄る
「これは失礼いたしました。魔法とは、この世界に存在する万能の力でございます。生活の中で使う些細な魔法も有れば、僅か一撃にして戦いの決定打を与えることもできる恐るべき力ですよ。」
「魔法は根源と呼ばれるとある概念から解き放たれ、この世界に光と闇の概念を作り出しました。
光の魔法はその後、火、水、風、地そしてその派生と言われる火溶や雷などの属性を生み出し、この世界に多くの彩を与えました。
そしてある時、私たち人類はこの力を神より与えられし力とし、闇の魔法を扱う魔族と呼ばれる獣達と長きにわたる戦争をしてきました。
結果は今皆さんのいらっしゃる人類の勝利となりこの世から闇の魔法を使うものは消え、世界は平和への第一歩を歩み始めることとなりました。
魔法は、根源より生み出されるという性質上、そのコンゲンと言われるモノに近ければ近いほど、優れた魔法使いとして魔法を行使することができます。
魔法には、属性があり、先程説明したように火、水、地、風の魔法をはじめ、雷やカヨウと呼ばれる高熱の溶融体を扱う魔法や蟲や植物と言った特定の生き物に特化した魔法まで存在します。
皆様は見たところ全員が魔法を行使できる状態にあるので、後日皆さまが魔法を使えるよう訓練をしたいのですが、宜しいでしょうか?」
シャジールは篠原に笑顔を向けているた、だが篠原は極めて冷静に問いかける
「訓練に参加するしないはとりあえずですが、その魔法というものは、危ないものなのではないか?私は立場上この子達の安全を守らねばならない。なので、いくら正しく扱えるようにとはいえ、生徒達が怪我をしてしまうようなことをさせられない。」
おぉ...と源二や少数の生徒達が感嘆の声を漏らす、篠原は一瞬ビクッと肩を震わせるも、冷静にシャジールを見つめていた。
「ごもっともでございます。魔法は、属性に関わらずまず最初に生活魔法と言われる極めて低級の魔法から始まります。この時点では属性に関係する力は影響しておりません。
属性が分かれる時、それは私たちの名称でそのまま属性魔法と呼ぶのですが、物によっては危険度は低いです。
例えばこの(フレア)は指先より炎が出ておりますが、指そのものには炎の熱さは伝わっておりません。」
シャジールは実際に人差し指の先から赤く燃える炎を出すと、生徒達が一気に盛り上がる。
篠原も驚きが隠せない様子でシャジールの指先に釘付けになっていた。
「そしてこのフレアは一度私の手を離れ、現実の物体に火が伝わることで初めて熱を持ち、危害を加えるものとなります。
つまり、皆様が明確な敵意を持って自分以外の何かに作用させようとしない限り、自分の手から魔法を放たない限り、害を加えることはありません。
それに、皆様にはこの大陸で1番の魔法士団がつきっきりでお教え致しますし、使えるようになることで、日常生活も大変便利になるかと思います。」
どっと生徒達の興奮が最高潮になる
シャジールという男はどうやら魔法士団の団長としての実力だけでなく、演説の才能まで一級品なようだった。
篠原はハァーっとため息をついて後ろを振り返ると、生徒達はうんうんと勢いよく、そして目を輝かせて篠原に熱い視線を送る。
篠原はもう一度深いため息をつくと、わかりましたと返事をすると。再び行動に歓喜の声が響き渡る。
「ですが、危ないと思ったら、そこで中止にさせていただきます。」
「ええ、それでよろしいかと思います。」
シャジールは顔に笑顔を浮かべながら髭を弄る
そしてそのまま、生徒達の歓喜がおさまるまで、待つとやがて生徒達が静まると、ゆっくりと口を開く。その口どりは重く、今までにない重厚な雰囲気が漂い始める。
「ここからは、残念なお知らせなのですが、実を言うと、私達はあなた方を意図してこの世界に呼び込んだわけではございませんでした。
もちろん、召喚自体は故意によるものではございましたが、その場所や世界、人や年齢、性別等を操作するに至っておりません。
これがどういうことかと申しますと、あなた方を呼び出したにも関わらず、あなた方の祖国にお返しするだけの魔法を今の私たちでは実現できないということです。」
突然すぎるその告白に、ありとあらゆる感情が漂白される。
帰れない。という意味さえ理解できなかった。
「それって、俺たちがずっとここで過ごさなきゃいけないってこと...だよな...」
源二の隣に座っていた正吾がそう言い放つ。あんなにも異世界に心躍らせていた正吾でさえも元の世界への道を失った痛みは大きい。所詮は幻想で、創作の世界なのだ。
源二は分かっていても、その一言さえ聞きたくなかった
部活の仲間や学校の別のクラスの友達が、それだけじゃない家族が、父さん、母さん、姉ちゃんまでもが、家にもう戻れないということが分かっていながら理解できない。
この想いは源二だけでなく、クラス全体の空気を未だかつてない重みを生み出していた。
息を吸い込み喉を通すことさえ辛い、ふと頭を抱えると、今までのなんでもない光景が、今朝の会話が、最期の会話が思い出せない。あまりに稚拙で、些細で、大きな意味も持たなかった日常のなんでもない会話だからこそ思い出せないということが返って苦しい。
そんな暗闇が心を覆い尽くす中、行動では鼻水を啜る音さえ聞こえてくる。
その音を皮切りに源二の心が堕ちていく。
昨日の夜ご飯は何を食べたのか、今日の朝ごはんは何を食べたのか、最後のご飯だったのにいらないと分かっていながらわざわざ自分の分まで作ってあったであろうあの朝ごはんを食べられなかったことに、最後に家族との思い出が残せなかったことに段々と視界に熱が籠っていくその時、バタンと音が鳴る
「鏡花ちゃん!」
突然叫ぶ佐伯の声に奥底に落ちかけていた心がふと現実に引き戻される。
その時の行動は情景反射ではあったが、源二は鏡花からすぐ近くの席だったため、走って近づくと、鏡花は気を失って倒れていた。
閉じた目からは涙が溢れていた。
源二は鏡花を抱き起すと同時に篠原もその場に駆けつける。
シャジールは慌てて廊下へと駆けると、ドアを開ける。程なくしてメイドのレイラとサラトガが入ってくると、こちらへ!と源二達を呼ぶ。
源二は鏡花を抱いたまま、2人のメイド達の後を追うと、篠原もそれに続く。
2人に連れられるまま外の連絡通路のようなものを通り、別棟へと入ると一室へ案内される。
その部屋はホテルのワンルームのような場所で、大きなベットに化粧台やベランダ、などの生活に必要な最低限の機能が備わっていた。
その部屋のベットに寝かせると、靴を脱がせ、布団をかける。
源二は咄嗟のことで、女の子としてではなく、幼馴染としてこれまで育ってきた唯一無二の存在として、自分が前の世界に置いてきた記憶を共有するかけがえのない友人として、この少女を気に掛けずにはいられなかった。
サラトガがベランダを開けると、白く透けているカーテンが靡く。
その光景を目にして、源二の早くなっていた鼓動が収まり始める。
むしろさっきまでパニックを起こしていたのは自分だったのだということをここにきて初めて理解した。
突然、篠原はポンと源二の方に手を置く
源二が涙目のまま振り返ると、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら傍にいるように促すと篠原は部屋を後にし、レイラも後を追うようにそれを追いかけた。
「優しいんですね。」
サラトガは窓際に佇みながら、気を失っている鏡花を心配そうに見つめている。
源二は今横で眠る少女との関係を話すとそれを慈愛に満ちた表情でサラトガが聞き取る。こんなにつらい状況だからこそ、その献身的な抱擁が不安を快感に変換する。
幼馴染とは直接関係ないことだったが、幼馴染という自分の記憶を多く共有している存在を前にして、再び今日の出来事が、自分の軌跡が思い返され、再び目に熱が集中し、視界がぼやける。
こんな綺麗な人の前でみっともなく泣いている。そんな羞恥心さえ跳ね飛ばしてしまうほど深く暗い絶望が源二を包んでいた。
サラトガはポケットから純白のハンカチを取り出すと、膝立ちで喋っていた源二の隣にしゃがみ、目元にハンカチを当てる。
源二は男心を射抜かれるようなサラトガの行動に動揺しながらも、感謝を述べ幼馴染の方顔を向ける。
「源二さんは、本当に優しいと思います。私が言えたことじゃないですが、その私が彼女の立場だったら嬉しいと思います。みんなにもお父さんとお母さんはいますし、そんな中で自分に手を差し伸べてくれる人がいるなんて...
すいません...」
サラトガはその場に立ち上がり、まるで自分のことのように涙を流していて、源二に体をを背けながら、涙を拭いていた。
「こいつと俺はもともとあんまりメンタルが強くないんですよ。片方が泣けばもう片方が泣いて、結局両方泣いて。そんなこんなでもうすぐ18になるってのに、こいつはまだしも俺までこんななんて。」
風で顔にかかった灰色の髪を元に戻してやると、ニヘラァと擬音が聞こえてきそうなだらしない笑顔を浮かべる。
「こいつ、普通に寝てねぇか?」
源二は自分の涙を返せと言わんばかりに、だらしない顔で寝始めた鏡花にグーをくらわせてやりたい気持ちを抑えていた。
その様子を見てサラトガはクスクスと笑い出す。
「ほら、きっと源二さんがいたからですよ。
でも驚きました!彼女、源二さんの幼馴染さんだったんですね。てっきり...」
源二は頭の上に疑問符を浮かべながらサラトガに問い直すとサラトガはレイラのような悪戯な笑みを浮かべるとサラトガは源二の反応を気にすることなく、ささっと部屋を後にした。
源二は呆然と閉められたドアを見つめながら、顔を赤らめていた。
「君って...サラトガさん...可愛かったなぁ...」
その独り言は誰の耳にも届くことなく、外から流れる風に運ばれて溶けて行った。
そしてしばらくすると、寝苦しそうに鏡花が目を開ける。
源二はぼーっとベランダから外を見ていた。
ベランダから見える景色は高さの高い建物がないという特徴以外は遠巻きに見る分には現代の住宅街を思わせるような景色だった。
本当に来てしまったのだという現実が穏やかな風に乗ってゆっくりと時間を経過させていく。
奇妙なリアリティーがそれにいかに現実かを語っていた。源二は、正吾の影響でアニメをたしなむ程度で鑑賞していたこともあり知識はある。しかしそのどれもが妙に現実離れした感情、行動を孕んでいて実際に味わってみるとこの落ち込んだ空気に打ちのめされる。
そんな思考にふけっている中、突然の方向に目を見開く。
「ヘッヘンタイ!私の寝顔見てたの!?」
起きるや否や顔を真っ赤にしながら布団を抱き抱え、こちらに指をさしてくる
「突然倒れたのはどこの誰だよ。」
「そう言えば...そうだった。私、突然真っ暗になって」
「わかるよ。俺もお前が倒れなかったら泣いてたと思う。」
鏡花は恐らく脳内でその映像をもう一度再生しているであろう、目の焦点は合っておらず、どこか上の空で話している。
「もう会えないのかな。」
「そうかもね。」
「そこは俺がなんとかするくらい言ったらどうなの!」
「俺だって、帰りたいよ...」
室内が静寂に包まれる。
「源ちゃんは変わんないね。」
「お前だってちょっと明るくなっただけだろ。」
「わかる?」
「何年一緒に育ってると思ってんだ。」
源二はジト目を鏡花に向けると鏡花は戯ける見せる。
「その割には朝も一緒に登校してくれないし、前ほど話さなくなったし。そんなこと思ってたんだ。」
程なくして、ドアがノックされ源二が振り返ると、ドアを開け篠原が入ってくると、鏡花を気に掛ける。
心配そうに問いかける篠原に鏡花は笑顔で答えると、もうだいぶ回復したようだった。
源二の心の中にグッと何かが込み上げてきたが、奥歯でグッと噛み締めそれを再び腹へ収めると篠原は鏡花にそうかと笑いかけ、源二に目を向け感謝を述べると自分のいるバルコニーへ篠原が出てくると、外の様子を眺め始める。
風に乗って篠原綾子のつけていた香水なのか甘い香りが風に乗って、源二の鼻腔をくすぐる。
この刺激は年頃の男子生徒にはものすごい破壊力があるのだと今改めて自覚させられて。
「みんなも今それぞれの部屋割りで部屋に入ってるところだ。
このベットの大きさなら2人横になっても寝れるのと、あまり部屋数がないから一つのベットを2人で一つになってしまうんだが、我慢してくれ。
それにしても、鏡花が倒れた時真っ先に助けに行ったのを見た時には感動した!かっこよかった!」
体が勝手に動いた。あるいはあの場から離れたかった、逃げたかっただけに都合よく幼馴染の立場を利用したにすぎなかった者にとってその賞賛は返って苦しかったが、間近で篠原の笑みを贈られ、しかもかっこよかったなんていうダブルパンチはご褒美に他ならなかった。
源二は照れながら感謝の言葉を返す
「それで、俺のペアは?」
「ん?ああ、龍弥だよ。」
源二はホッと胸を撫で下ろす。修学旅行ではないいつ帰れるようになるかもわからない状況で好きでもない人とずっと過ごすのはただでさえメンタルが弱っちい源二にとっては絶対に避けたいことだった。
「鏡花のルームメイトは?」
「ウチ。」
カーテンの向こうから、聞き慣れた声が返ってくる。
セミロングの金髪に毛先にかけて丁寧にパーマがかけられたいわゆる清楚系ギャルっぽい見た目の少女がそこに立っていた。
「佐伯かぁ」
「どういう意味よ。あんたなわけないでしょ。」
源二は当たり前だろと言わんばかりに苦笑いを浮かべると、篠原もこれまでの緊張が解けたように、笑い出す。
篠原は他の部屋も見てくると伝えると、そう言って部屋を後にしようと歩き始めたところ
ゴッと音を立ててベランダとの段差に足を切っ掛け、バランスを崩して倒れ込むと思わずその姿を見て、胸の奥からため息が漏れ出た。
源二は篠原から自室になる場所を教えてもらい、部屋に入ると鏡花と同じような部屋に龍弥がベランダから外を見ていた。
新たな来訪者に気づくなり、爽やかなセットされたツーブロックの黒髪に少し日に焼けた健康的ないい感じのダンシが現れると、龍弥も当然心配していたようで鏡花のことを気にかけている。
心配そうに問いかけるこの男は源二の親友にしてはもったいないくらい良くできた男で、同じ陸上部の長距離だったが、いつも龍弥の背中をついていくだけだった。
そんな俺にも龍弥は毎日部活来るだけでも、とかなんだかんだ付いてくるとか、お前ならできると言った励ましの言葉をいつもかけてくれる、本当にかけがえのない親友だ。
この親友がこの世界に、おんなじ部屋にいただだけでも源二は何故か救われたような、安置を手に入れたような気さえしていた。
「なんかこの宮殿?って使用人ようだけど大浴場があるんだってよ。服ももらえるみたいだしまだ昼ごろだからあれだけど、夜とかになったら入ろうぜ!」
快く了承の返事すると、徐にベットにダイブする。
「まぁ俺とお前は合宿で寝てるもんな、逆にこのベッドデカすぎて余るくらいだわ」
「そうだな」
「そういえばこの後は何をするとかあるの?」
「いや、今日はいろんなことがあったから何もしないって。」
「しっかし異世界かぁ...多分俺らの中世とかそういう世界だよな。俺らも正吾の影響でアニメ見てたし、異世界関係のも何個か見たことあるけど本当に俺らがこんなことになるとは思わなかった...それにあんなの作り物だから普通に見れたし、みんな揃いも揃って家に帰るとか元の世界に帰るとか言ってたけど、今こうしていきなりこの立場になってみると、本当に家に帰りたいなーなんて」
源二にとっては龍弥の何気ないその一言が強く響いた。いつも自分を励ましてくれる龍弥が自分の前で溢した数少ない愚痴、本音である。
その言葉に困惑しながらも、源二は起き上がり龍弥の方を見る
「鏡花も言ってたよ。俺なんて、朝の出来事でさえうろ覚えだし、朝飯も食わないで来た。今になってこんなに後悔するとはおもわなかった」
「でも、あいつだけは楽しそうだったよな」
「あいつメイドにもウハウハしてたし、異世界だってはしゃいで佐伯にドン引きされてたんたよ」
名前は出てこないが2人が誰に対して言っているのかなど伝え合う必要もなかった。
異世界に来て初めて、心から笑みが生まれる
それから2時間か3時間か時計もないその部屋でなんとなく時間の経過を感じると、ふと、立ち上がる源二は気分転換に外を出歩いてくることをルームメイトの返事を待つことなく、部屋を後にする。
高級そうな赤い絨毯の上を歩き、ふかふかすぎてかえって踏み心地の悪い階段を降り、一階にたどり着くと、アーチ状の白い石をくぐり、外に出る。
改めて上を見ると、かなり精巧に切られ積み上げられ、整った形をしている城が聳え立っている。
元いた世界の中世では実現が難しいのではないかという想像さえさせるその見た目は恐らく魔法によるものなのか、否魔法によるものだろうと想像するのは容易だった。
思考の世界に没頭する中、突然自分を呼び止める声に少年の意識が覚醒する。
スタスタと背後から歩み寄る音に振り返ると、そこにはレイラが立っていた。
レイラも鏡花のことが心配だったようで、無事を伝えると安堵した表情を浮かべる。その光景に思わず心臓が高鳴ってしまう。
さっきまでの遡行の悪そうな人相だが、それでも伝わってくる心配そうな顔を浮かべていたからだった。
レイラはそれだけを確認すると仕事に戻るのだろうか、自分たちの泊まるところとは別の棟へ入っていった。
そんな調子で庭や池の周りや、場内の広間をぶらぶら歩いてはあたりを見回していると、気配もしない虚空から突然声をかけられる。
うわっと驚きの声をあげながら、振り返るとそこにはメイド長のベルディアが立っていた。
「はぁ...びっくりした...メイド長さんでしたか...」
ホッと胸を撫で下ろすと、メイド長は深々とお辞儀する
「これは失礼いたしました。源二様、先程はシャジールがご無礼を...」
「いやいや、そんな。僕は何も...」
「ありがたきお言葉」
再び深々と頭を下げようとするベルディアを静止する
「フフッ確か様付けはやめてください。でしたよね?」
ベルディアは少し表情を緩めて笑う。白髪を頭の後ろの一箇所に団子にまとめた彼女は少し控えめな雰囲気を持ちながら、涼しげな顔付きがなんともいえぬ男心をくすぐった。
「罪滅ぼしと言ってはなんですが、よろしければ今から宮廷魔法士団が訓練所で訓練をやるんです。メイドを同伴させますので、よろしければご覧になられませんか?」
「えっ!?いいんですか!!」
つい魔法が見れる興奮が抑えられず、口走ってしまったが慌てて自分の軽率さを反省する。
「でも、僕1人にメイドさんを同伴なんて申し訳ないですよ。」
「あら、そんなことないですよ。1人抜けたくらいで仕事が回らなくなるようでは、我々メイドは務まりません。それに、私達の中にあなたのことを気に入ってる子がいるのですよ。」
まさか、と思ったがその予想は的中することとなる。
「源二くん!私が案内するわ!」
後ろを無理帰るとそこには、サラトガが立っていた。
先ほどまで自分の泣き顔を見られていたという羞恥心が今頃になって襲ってくる中、ベルディアはそれでは。と一礼し、広間を後にする。
「私たちも行きましょうか、宮廷魔法士は国内随一ですから、訓練の様子を少しでも見れるなんて貴重な体験ですよ!」
源二は照れ臭くも、内心楽しみではあったがそれ以上に横にいるメイドの方が楽しみそうな顔をしているのは大きな疑問だった。
「もしかして、俺を利用して仕事サボろうとしてませんか?」
いかにも図星を疲れて狼狽えたような声が聞こえたような気がしたが、聞かなかったフリをしてサラトガの後に続く
「そんなこと言って、源二くんは私に会いたくなかったんですか?真っ赤なリンゴみたいな顔も、泣き顔も見られて、会ってすぐなのに源二くんの色んなこと知っちゃいましたよ?」
笑いかけ、胸元をアピールするように後ろで手を組み、前屈みで源二の顔を覗き込むその姿は男ならば抵抗できない魔力が込められていたに違いない。
源二は瞬間的に茹で蛸のような顔に染め上がる
「源二くんって鏡花さんの前ではあんなに自然なのに、意外とウブなんですね。新しい一面、発見しちゃいました。」
フフフっと笑いながらさらに煽り立ててくる
源二はフンッとそっぽを向いて、サラトガの魅惑の魔力を意識の外に除外した。
サラトガに案内されるまま屋外演習場へとたどり着くとそこは城から少し離れたところに、橙色のレンガを綺麗に並べた円状のフィールドが、周りの森林から2段3段と下に作られており、上の段から見下ろせるようになっていた。
源二はその段差に腰を下ろして足をブラブラと空中に遊ばせる。
サラトガは手を前に組んで、源二を後ろに控えていると源二は振り返り、サラトガを見るとサラトガの頭の上にはてなマークが浮かんでいるのが見てとれた。
源二は円の中央付近に塊になったり、端っこで数人で訓練している姿に目を移す。
少し遠く、顔までは鮮明に見えないがおそらく三十代前後の男性が大半を占めていた。
女性もちらほら見かけられたが、彼女らは他の男性が持っているのと違い、いかにも魔法使いが持ってそうなステッキを持っていたり、本を持っていたり水晶のようなものを持っていた。
もちろん、その中には源二たちにこの世界について説明してくれた長い髭を蓄えたシャジールもいた。
中央の人だかりが、散り散りになるとシャジールは何か手元をゴニョゴニョいじった後、手を口元に当てた途端、火炎放射器でも放ったかのような強烈な業火が訓練所を赤黒く染める
「すっ...すごい...」
「私も、シャジャール団長の上位魔法を見るのは初めてです。」
なんの前触れもなく突然放たれた火炎は源氏だけでなく、サラトガまでもがその光景に目を釘付けにしていた。
「上位魔法...」
「はい、宮廷魔法士の皆さんが持っているあのステッキや剣、弓や槍と言った武器たちは皆上級魔法を使う時に必ず必要になるものなんです。
説明の時、シャジャール団長はまず最初に生活魔法、次が属性力が必要な初級魔法、実は次から中位、上位と難易度に分けてランクがあるんです。
その上位魔法、あるいは上位魔法の上、最上位魔法を使う時に勝手に手元に現れる固有武器と呼ばれるものがありまして、魔法で戦う人たちは、その武器を主に使って戦うんです。
シャジャール団長の場合、確か指輪だったかな」
サラトガは訓練の様子を見ながら淡々と答える。
源二はその様子をほげぇーっといわゆるアホ面で眺めていた
「上位魔法を使う時に現れる武器によっても使用出来る魔法のバリエーションは変わるんですよ。
例えば、あの左端の女性はステッキを持ってますよね、あのステッキは直接ダメージを与えるものではないので遠くから強力な魔法を撃ったり、味方の支援をする人だと思います。
でも、ほとんどの人は剣なんですよ。不思議ですよね!」
「どうして剣?」
「武器ってその人と深く由来しているものが関わってるらしいんです。ですから、昔からよく握られる剣が一番多いみたいですよ!」
「よくそんなことまで知ってますね...」
「まっまぁ...メイドも戦わなきゃいけないですから、そう言う研修が...ね」
メイドも戦わなきゃいけないと言う源二にとっては時代錯誤でしかない単語はともかく、その言い方から察するに、サラトガはおそらく戦闘が好きではないのだろうと容易に想像できた。
「でも、ラインハルト皇帝陛下の光魔法はそれはそれはかっこいいんです!」
「ラインハルト皇帝陛下はなんとなんと、最上位魔法が使えるんですよ!固有武器はトゲトゲの剣だったような気がしたんですけど、その攻撃は目にも止まらぬ神速の一撃で、相手は剣が身体に貫かれていることも気づかせない程らしいですよ。」
サラトガはおもむろに源二の手を離すと、手を合わせ上を向いて妄想に耽っていた。
そして気になっていたいきなり現れたどこの馬の骨かも知らない人間にそんな話をしていいのかと問いかける。
源二はその光景にドン引きしていたが、純粋に気になったことを聞いたのだった。
「え?あー確かに。でも、皆さんとはこれから長い付き合いになると思いますし、逃げたらその...ころされちゃう...かな」
妄想に耽ってきた精神が現実味のある質問とその答えを捻り出したことで、再び過酷な現実に叩きつけられてしまう
「その、ごめんね。勝手に召喚して、こんな目に合わせて。怖いよね。死ぬのとか」
笑いかけながら聞いてくるものの今までのような笑みではなく、引き攣った表情を浮かべていることは少ない時間しか過ごしていないにもかかわらず、容易に感じ取れた
「その、人を殺すとかは怖いし、死ぬのも考えたことなんてなかったけど、とにかく怖いかな。」
「多分、みんなそうです。皇帝陛下も自分の民が死んでほしくなかったから、皆様に酷い思いをさせてまで召喚したんじゃないかな。」
確かに、自分がもしそっちの立場だったらいきなり異世界からすごい知識を持っている人たちが何十人も現れる魔法があって、それを使えば自分の国民が助かるなら多少の非難も厭わないんじゃないか、そんな疑問が頭をよぎる
「源二くん!源二くんの世界はどう言う世界なんですか?」
サラトガは源二の方に顔を向けながら問いかける。その目には興味津々と言わんばかりの熱い視線が籠っていた。
源二はいざ自分の国がどんな場所なのか、自分たちの世界がどんな場所か紹介しろと言われ思考を巡らせるも、要素がありすぎるのか、むしろ何も無いのか、ひどく説明に困った挙句、全く情報のない説明を敢行した。
2人の会話に花が咲く。やはり異世界というのは目新しいのか全く違う文明に興味津々で、それは少年の纏う服の話にまで至った。
そんなお互いの世界の話をしているうちに、訓練はみるみる佳境に入ったのか、次から次へと剣から雷を出したり、それを地面から石を集結させて守ったり、相変わらず炎を吐いたり、的の人形を風の力で切り刻んだりと見た目からも迫力のある技が増えてきた。
ハァ!と雄叫びをあげて一際大きい雷を纏った剣が的を斬ると、緊張の糸が切れたように訓練していた人たちが周りを囲む石段に腰をかける。
日はすでに傾きあたりをオレンジに照らしていた
紫のローブを着た男が階段を登ってくる。
サラトガは突然パッと立ち上がると、紫のローブの男に恭しく一礼する
「お疲れ様でした団長様」
声をかけられたシャジャールは手で返事を返すと、源二の方へ目を移す
「ん、君は召喚者の...あの少年か
君のところの女の子をあんな目に合わせてしまって申し訳ないね、お名前を聞いてもよろしいかな。」
シャジャールは少年の方へ歩み寄ると、にこりとシワを寄せ、耳を傾ける素振りを見せる。
源二はガチガチになりながらも自己紹介をした。座ったままではあったが、膝に手を置き高校生ながら極力無礼の内容心掛けた挨拶だった。
「ゲンジくんか。君みたいな女の子に手を差し伸べる優しい子が来てくれて、私は嬉しいよ。」
「そうだ、ゲンジくん。君に特別私が魔法を見てあげよう。」
源二は困惑したが、背後から驚きの声と羨ましむ声が聞こえ、断るに断れなくなってしまい。渋々受けることにした。
老人は満面の笑みで源二をしたの訓練所へと促すと、その後に続く
さっきまで凄まじい火炎や雷、風に水に氷などさまざまな物体が飛び交っていたこの場所は異様な焦げ臭いような微かな匂いが立ち込めていた。
シャジャールは源二に向き直る
「では、属性が何かはまだわからないからできないけど生活魔法からやってみよう。
まずは、この石を浮かせられるかな?」
長い髭を弄りながら、試すような視線で源二を見つめる
源二は何をして良いか分からずただ立ち尽くす。
すると突然シャジャールはワッハッハッハッハと笑い始める
何をすればいいのかわからなければ、この老人が笑う意味もわからない源二は頭に大量の疑問符を浮かべていた。
「いや、すまん。魔法の使い方はまず自分自身が使おうとしない限り使えない。
魔法はお主のここから放たれるからな」
シャジャールはそう言いながら源二の心臓を指さす
「さぁもう一度、この石よ浮けと自分を信じて願ってみるのじゃ」
源二はいまいち容量を得なかったが、とりあえず目を瞑り石よ浮け!と心の中で唱える
目を開けると、石は浮いてはいなかった。
源二の中にかすかにあった自分は本当はチートみたいな魔法使いになれるんじゃないかと思ってた自分が恥ずかしくなってくる。
「ホッホッ今お主が願った時、石が少し動いたぞ。上等上等」
老人は石を懐に仕舞うと、髭を弄りながら振り返り歩き始めた。
源二はこの老人は一体なんなんだという気持ちと、それでも魔法を使いこなしてみたいという気持ち、それにこんな場所まで出てきて他の魔法士団の人たちの前で魔法を使うところを見られているそんな羞恥心が、もう一度魔法を使ってみようという気持ちを後押ししていた
源二の脳裏に浮かんだのは教室でシャジャールが使っていた指先から、火を生み出す(フレア)この光景が、初めて魔法に触れた強い印象が思い起こされる。
再び目を閉じると、手を前に差し伸べ人差し指だけを伸ばす。
火よ点け!心の中で強く念じる
辺りから、驚きの声が生まれる。
あたりは暗くなり始めていたが、少年の胸元は、伸ばしていた腕は、指先は煌々と光り輝く火が煌めいていた。
やっと魔法らしい魔法が少し使えるようになりましたね。この世界では基本的にご都合主義は存在しないので、魔法を覚えるのは召喚者にとってはものすごく難しいことなのです。
ですが、自然の摂理として具現化することでもあるので私たちが新しい言葉や数式を覚えるのと感覚的には変わりませんね。