9 真のパートナー
シルヴィアと会ってから3日が経ち、俺達は順調に、とはいかないが確実に亡命先であるフェリスフィア王国に近づいていた。
「俺達は今この辺りにいるみたいだな。まったく、アイツ等のせいで遠回りさせられたもんだ」
このまままっすぐ行けば、明日にはフェリスフィア王国の国境に到達していたのだが、いろんな所でキリュシュラインの兵士達が巡回していて、思う様に前に進めないでいた。特に、村に入ろうとすると兵士達が検問をしていた為入る事が出来なかった。
お陰で遠回りをする羽目になり、現在俺達は草一つ生えていない荒れ地のど真ん中にいた。
「それにしてもすごい地図だね。自分の現在地が分かっちゃうなんて」
「あぁ。エルが裏切る前に教えてくれたんだ」
実はこの地図、魔力を込める事で自分の現在地が分かるというのだ。これを教えてくれたのが、俺がこの世界で初めての魔人の率いる怪物どもとの戦いを終えた後。何となしに地図を広げてみたら、ついでに教えてくれた。
「まったく、たらたら引きずって情けないな、俺」
小声でそんな事を呟いた後、地図を畳んでリュックの中に入れて、すたすたと歩きだした。その後ろを、シルヴィアが付いて歩いた。
「それにしても、連中は余程私や竜次殿を亡命させたくないと見たね」
「シルヴィアはともかく、何で俺まで」
「それはもちろん、フェリスフィア王国にはフェニックスの聖剣が保管されているからだよ」
「それは何となく想像がつく。俺が疑問に思っているのは、何でそこまでして俺が聖剣を手にするのを阻止しようとするのかが分からないんだ」
それだけでなく、フェニックスを悪魔呼ばわりして、そのフェニックスの聖剣士の俺を犯罪者に仕立て上げて殺そうとしている。俺がフェリスフィアと結託して、キリュシュラインを攻め滅ぼそうと企んでいると思っているのだろうか。だとしたらそれは杞憂だ。
俺はさっさとこんな国と縁を切りたいだけで、戦争を仕掛けようなんて考えていない。それを一番よく知っているのは、俺と同じ部活に所属していた上代の筈だが。
「フェリスフィア王国は、キリュシュライン王国を隣接している国の中で唯一、キリュシュライン兵を返り討ちにさせて、兵力を大きく削ぐほどの軍事力を持った大国なんだ。まぁ、そこは私も知らなかったけど、要はキリュシュラインの進行を返り討ちにさせる程の軍事力を持っているのよ」
「あぁ、そんな国と俺が結託されてはあちらさんとしても迷惑って事なんだな」
余程優秀な指揮官がいるのだろう、大陸の西側の大半を占めるこの国の進行を返り討ちにして、更に兵力を大きく削ぐほどの。
「まぁ、フェリスフィア兵がというよりも、レイトという優秀な将の指揮によってキリュシュラインに大打撃を与えたのだけど」
「レイト?誰だ」
「フェリスフィア王家に仕えている執事だよ」
「執事って、ただの執事が指揮を執って国を守ったというのか」
「しかも、エレナ様のお気に入りでもあって、公の場でレイトと結婚するんだって豪語するくらいに」
「何だよ、それ……」
ただの執事でありながら、キリュシュラインに大打撃を与えて返り討ちにさせる程の有能な指揮官――この世界では将と呼ばれている――であり、しかも美しいと評判の王女様から求婚されるって、何者なんだよそのレイトという執事は。しかもエレナ様って、三大王女の一人に選ばれる程の美貌を持ったお姫様なんだろ。何処のサクセスストーリーなんだよ。そんな男が執事のままというのも間違っている気がする。
そういえば、エレナ様が求婚を断っている理由が、既に好きな人がいるからと聞いたが、その好きな人というのが執事のレイトの事だったのだな。
「そのレイトって執事って、一体何者なんだ」
「分からない。女王陛下が言うには、3年前に突然町で発見された所在不明の青年だったらしく、そこを女王陛下が拾って執事として雇ったって聞いたわ。当時は18歳だったって」
となると、レイトは今21歳か。それにしても、何処の誰とも知らない男を女王は雇おうと思ったな。
「ちょっと待て。エレナ様は、5つも年上の男に求婚を申し込んだのかよ」
「そのせいか、未だに子供扱いされるって愚痴っていたわ。去年ようやく成人したのにねぇ」
いやいや、俺からすればエレナ様もシルヴィアも十分に子供だから。こっちの世界では15歳で成人して、お酒も飲む事が出来るみたいだけど。
「にしても、本当に大丈夫なのか。所在の分からない男への求婚を黙認して」
「まぁ、フェリスフィア女王が心を許すくらいだから悪い奴ではないでしょう。発見された当初は、見た事もない服を着ていて、見た事もない道具を持っていて、しかもこの世界の言葉とは違う言葉を話していたって聞いた」
「ふぅん」
もしかして、この大陸とは違う大陸から来た外国人なのだろうな。
いずれにせよ、フェリスフィア王国に行けばそのレイトという人物にも会うだろう。
そんな事を考えていると、シルヴィアが俺の前に出て俺の顔をまじまじと眺め始めた。
「何だ」
「そういえば、レイトも竜次殿やヤマト国民みたいに黒髪と黒い瞳をしていたわね。でも、服はヤマトの物ではなかったわ」
「黒髪黒目か。この世界では珍しいのか」
「ヤマト王国以外ではあまり見ないわ。もちろん、黒髪の人ならこっちでもチラチラと見かけるし、ヤマトから移住してきた人だっているわ」
「そうか」
俺みたいな黒髪黒目が珍しいのは分かったから、あまり人の顔をまじまじと眺めないでもらいたい。彼女の髪の毛から良い匂いがするし、半年も地下牢に閉じ込められていたとは思えないくらいに肌には張りがあって、服の隙間からは谷間が見えている。何も感じられなくなっても、性欲は人並みに残っているなんて思わなかった。
「とにかく、こんな国からさっさと出て1日でも早くフェリスフィア王国に行くぞ」
「何顔を真っ赤にしているの?淡々とした口調で喋る割には、意外と顔に出やすいのね。身体は正直みたい」
「ほっとけ」
顔を真っ赤にしている俺を、益々面白そうに眺めるシルヴィア。俺とて健全な男だから、こればかりは不可抗力だ。
それにしても、この3日間シルヴィアはやたらと俺に絡んで来るな。俺なんかに絡んで一体何が面白いのだろうか。自身の事を大人と称している割には、行動が子供っぽいぞ。
(見た目は見目麗しくても、性格がこんなにお転婆でじゃじゃ馬。こんなんでは、求婚してきた男達の神経を疑ってしまうぞ)
大方、見た目の印象だけで勝手に性格を決め付けていたのだろうけど、実際に絡まれるとかなりウザかった。ドキドキしなかった、と言ったら嘘になるけど。
そんなシルヴィアのウザ絡みに付き合いながら歩き続け、日が暮れる前には荒野を抜けて森の中へと入った。
だが、ここで俺達は最悪な事態に遭遇する事になった。
「まったく、何でこんな所にまで来てんだ」
「余程私達をフェリスフィア王国に亡命させたくないみたいだね」
だとしても、あちらさんは変な所で気合を入れ過ぎだろ。俺一人だけに何でそこまで拘るのだ。何でそこまでしてまで、俺を追い詰める必要があるのだ。しかも、石澤やクソ王女まで連れてきて。
幸い、向こうはまだ俺達に気付いていないが、石澤達がいるのならいずれこちらの存在に気付くと思う。
(まったく。いい加減放って置いて欲しいぞ。俺が一体何をしたというのだ)
寝不足による苛立ちを抱きながら俺は、兵士達に見つからないように岩陰に隠れながらゆっくりと進んだ。
だが、この時俺は自分の進行方向をしっかり把握しなかった事を後悔する事になった。
「嘘だろ」
「行き止まり」
いくら苛立っていたとはいえ、自分の進行方向上に何があるのかを確認しなかったなんてとんだ失態だ。目の前にそびえ立つ断崖絶壁を前に、俺はなす術もなく呆然と立ち尽くしていた。
「ようやく見つけたぜ。この犯罪者が」
「来ることは分かっていたぞ」
後ろから聞きたくもない男の声を聴き、俺は腰に提げてあるファインザーに手を掛けてから振り返った。
そこには、勝ち誇ったようにこちらを見下す石澤を先頭に、複数の兵士達が俺達を取り囲んでいた。上代達3人は違う所にいるみたいで、この辺りにはいなかった。
「とうとう年貢の納め時だな。その子を解放して、大人しく投降しろ」
「石澤こそ、前の世界にいた時よりも更に傲慢になってしまって」
人間、力を手に入れるとここまで変わってしまうものなのだろうか。いや、石澤は前からクズだったが、聖剣士として選ばれてから更に悪化した感じであった。
「竜次殿、抑えて。こんな奴の言う事にいちいち耳を貸す必要なんてないわ」
ファインザーを抜こうとする俺を、シルヴィアが前に出て制止させた。
「君も何故、こんな男なんかに就くんだ」
「私が竜次殿の味方をして何がおかしい?」
「君だって分かっている筈だ。ソイツはたくさんの女性に性的暴行を加えた上に、俺の仲間を唆した最低な人間なんだぞ」
「エルは最初から貴様の様な外道の仲間になんてなっていなかったわ」
「外道って、あんなんでも一応は聖剣士なんだけど……」
シルヴィアにとっては関係のない事なのだろうけど、聖剣士を外道呼ばわりするなんて。てか、何で俺がツッコんでんだ。
「それに、その情報が誠なら私はとっくに襲われている筈なのに、竜次殿は一度も私に手を出したことが無いわ」
「惑わされては駄目だ。俺は知っているんだ。ソイツに襲われた女の子の悲しみも、その子が今もどんな思いでいるのか」
言うな。何故ここでそんな事を言うんだ。
「5年も前の話だけど、その男は幼馴染の女の子に無理やり関係を迫った上に、反抗すると暴力まで振るってきたんだぞ。そのせいで彼女は、今でも男に怯えていて、中学の間は俺以外にはまともに話す事もままならないくらいに」
何故その話を蒸し返す。
それ以前に、俺は何もやっていない。
なのに、石澤も梶原も俺が悪いみたいに言いやがる。
嘘の情報を振り撒いて、俺を追い詰める。
「それだけではありません」
そんな石澤に便乗するかのように、兵士達の間を割ってあのクソ王女までもが姿を現した。
「その男は聖剣士達に紛れてこの世界に来てしまった、魔人の王となる為に召喚された魔王なのです。生かしておいては、この世界は滅んでしまいます。フェニックスの紋様が浮かび上がっているのが何よりの証拠です」
何時から魔王になった。
何でフェニックスの紋様があるだけで、こんな不当な扱いを受けなくてはならないんだ。
「その男は、この世界の害悪となる存在です。ですから、他所の国に渡る前に何としても殺してしまわないと、この世界を更に危険な状況に追い込む事になるのです」
「そういう事だ。それに、君はそんな男に就くべきではない。君に戦いは向かないし、君にはもっと相応しい男が絶対にいる。だから、俺の所に来い」
イライラする。
何で異世界に来てまで、こんな思いをしなくてはいけないんだ。
そもそも俺は、誰にも触れていない。
何も悪い事をしていない。
そんな俺の苛立ちを無視して、石澤は手を伸ばしながらゆっくりとシルヴィアに近づいて来る。
これでは以前と同じだ。
梶原も、エルも、石澤の言う事を信じて俺を悪者扱いした上に裏切る。
どうせシルヴィア(こいつ)も同じだ。その証拠に、シルヴィアは右手を前に出している。
石澤のように全てを持っている奴に就き、俺みたいな奴を陥れて、口汚く罵り、手酷く裏切る。
本当はシルヴィアだって分かっている筈だ。自分に相応しいパートナーが誰で、俺なんかは自分にはふさわしくないと言って。
もう嫌だ!
こんな思いをするくらいなら、最初から何も望まない方がいい!
何も無い方がいい!
このまま一生、独りでいたい!
俺はこの場から何と鳴逃げる為に踵を返そうとした時
「貴様みたいな頭の中がお花畑の人間など、誰が信用するか」
その言葉の直後、シルヴィアの右手の前に何かの魔法陣が浮かび上がった。
「引き裂け!ファングレオ!」
シルヴィアのその呼びかけに答えるように、陣の中から翼を生やした白銀の獅子が飛び出し、石澤達に襲い掛かっていった。
「なっ!?」
石澤は咄嗟に王女を抱えて避けたが、その後ろにいた兵士達が獅子の牙によってどんどん引き裂かれていった。引き裂く時、獅子の犬歯が何倍にも伸びていった。
「嘘だろ……ただの噛み付きだけで」
「バァーカ。だからファングレオって呼ばれているんだよ。噛み付く時、上の犬歯が何倍に伸びて鋭利な刃物のようになるの。しかもこいつは、翼を生やした亜種だから迷わず契約を交わしたわ」
目の前にいた兵士を蹴散らした後、獅子はシルヴィアの横へと飛んで戻ってきた。同時に、シルヴィアの右の手の甲に銀色のフェニックスの紋様が浮かび上がった。
「何故……」
「私は竜次殿の、フェニックスの聖剣士様のパートナーだから」
「パートナー……」
「それに、私は自分が心から信頼する相手は絶対に裏切りたくない。そんなのは、エルディアの誇りに反しているし、私自身も重鎮や民達の裏切りに遭ったから、竜次殿の痛みと苦しみ、そして全てから関心を無くすことで自分が傷つかないように無関心を貫く気持ちも、全てとは言い切れないが私にも理解できているつもりから」
どうしてそんな事を言うんだ。
どうして俺なんかの………………。
「俺がフェニックスの聖剣士だからか」
「違う。私が竜次殿と共に歩みたいと強く願ったからだ。フェニックスの聖剣士がどうとか関係ない。夢がきっかけと竜次殿からすれば幼稚かもしれないが、それでも私の心を掴んで離さかった。例え世界を敵に回そうとも、私だけは竜次の味方であり続ける」
こんな事を言われたのは初めてであった。そして、俺が聞きたかった言葉でもあった。
まさか、この世界に来て初めてこんな俺に歩み寄ろうとしてくれる人が、俺の味方になってくれる人が現れるなんて。
その瞬間、俺とシルヴィアの紋様が一際強く、真っ暗な荒野を明るく照らす程の輝きを発した。同時に、俺の中に何かが沸き上がってくるのを感じた。
その光景に、王女と兵士達は驚きを隠せないでいた。
そんな中、認めようとしない奴が1人いた
「どうして!どうしてそんな男の味方をして、俺達を攻撃するんだ!やめろ!君はその男に騙されているだけだ!」
何処までも往生際の悪い石澤は、必死になってシルヴィアに訴えかけてきた。
「ならその言葉をこっくりそのままお返ししよう。貴様はこの国がここ数年の間に何をしてきたのか知ってるか?」
「え?」
「ちょっ!何を言うのよ!」
シルヴィアが言おうとする言葉に、王女は明らかな動揺を見せた。石澤の方も、何が何だか分からないという感じに呆然としていた。
「この国は周囲にある国に片っ端に戦争を吹っ掛け、侵略して国土を広げていった盗賊国家で、貴様が今使っている聖剣だって他国から奪って手に入れた盗品の一つなんだぞ」
「盗品って……」
「それだけじゃない。この国の王が命令すると、何故か敵対していた人まで掌を返したみたいに絶対服従をする怪しい洗脳術を使ってくる。そんな怪しい術を使ってくるような奴だ、他にも何か隠している事があるに違いない」
「出鱈目を言わないで!口から出まかせもいいところだわ!」
王女から罵声を浴びせられても、シルヴィアは動じる事もなくこの国が抱えている闇を次々に暴露していった。それを聞いた石澤は、呆然と立ち尽くすばかりであった。
「それに、この国ではフェニックスは悪魔の化身と言われているから、フェニックスの聖剣士である竜次を悪者にして、自国の宗教を守ろうと躍起になっているに過ぎない。竜次に活躍されては、この国の体制が揺るぎかねないからな」
「ちょっと待って!?じゃあ、楠木を悪者に仕立て上げたのは、ただの宗教上の問題でしかないというのか!?」
流石の石澤も、この事実には一番の驚きを見せていた。正確には、フェニックスが悪魔というこの国の伝統自体は知っていただろうと思うが、それだけの理由で俺が悪者にされている事までは知らなかったみたいだ。
だが、国の決まりというのは時に恐ろしい物でもある。
「騙されないで玲人様!フェニックスというのは、人心を惑わす悪魔の化身!その女も、フェニックスの魔王に心を操られているのです!」
自分に都合の良い事だけを信じて、都合の悪い事を邪道だと言って頑なに受け入れようとしない。国の決まりに縛られると、時にそういう身勝手な発想を生み出してしまう事がある。
「そうか!そうだったんだな!」
アッサリと王女の言う事を信じ、さっきまでの疑心暗鬼を吹き飛ばした石澤。
「そんな訳だから目を覚まして!君はやっぱり騙されているんだ!」
「竜次にそんな力なんてない。自分に良くしてくれて、チヤホヤしてくれる相手の言う事を正しいと思い込み、何の疑いも持たずに信じてしまう。まるで子供だね」
子供のシルヴィアに子供呼ばわりされるなんて。石澤が何だか、ワガママ放題に育てられた金持ちのボンボンの様に見えてきた。
「いい加減に目を覚ませ!そんな男と一緒に行っても、何時かボロボロになるまで戦わされるだけだ!それに、ソイツは君の事をただの性の対象としか見ていないんだぞ!俺を信じて!」
「何処までもおめでたい奴だ。こんな奴を、どうしてドラゴンの聖剣は選んだんだか」
何処までも自分に都合の良い考え方をする石澤に、俺は今にもファインザーを抜きそうになった。
そんな時、シルヴィアが俺の手を握ってきた。
「竜次のパートナーとして、どんなに辛く厳しい戦いであっても付いていくし、竜次と共にいればボロボロになる心配なんてない」
「シルヴィア……」
何処までも真っ直ぐ、俺の事を見てくれる少女に俺は心を大きく動かされた。
「それにもし、竜次が私との関係を望むのであれば、私は喜んでこの身を捧げるわ。竜次と関係を結べるのであれば、むしろ本望よ」
何て高らかに宣言しているが、まだ子供のシルヴィア相手に俺はそういう感情は抱けないぞ。この世界では大人で、結婚適齢期にあっても。
「バカな事を言うな!もっと自分の身体を大切にして!」
「ファングレオ!」
再び白銀の獅子、ファングレオは石澤達に牙を向けて襲い掛かっていった。石澤は、聖剣から炎を出して応戦するが、ファングレオの素早い動きを前に攻撃を当てる事が出来ないでいた。
その間にファングレオは、後ろにいた兵士達を次々に引き裂いていった。しばらくするとファングレオはシルヴィアの所に戻り、彼女を乗せて再び兵士達に襲い掛かっていった。シルヴィアも、剣を抜いて一緒に応戦した。
「クソ!」
倒せないと判断した石澤は、標的を俺に絞って攻撃を仕掛けてきた。俺はファインザーを抜いて、石澤の斬撃を防いだ。
「貴様さえいなければ、彼女は俺のものになっていた筈なのに!」
「自分の思い通りにならないからって八つ当たりするなんて、みっともないぞ」
「うるせぇ!」
石澤は剣に炎を纏わせて力で押そうとしたが、不思議と攻撃が軽く感じた。
「シルヴィアの言う通り。何処までもおめでたい奴だな」
「何を……っ!」
石澤の口答えを最後まで聞かずに、俺は石澤向こう側にある岩まで吹っ飛ばした。その時、不思議な事に全く重さを感じなかった。
「あっ!」
「玲人様!?」
岩に叩き付けられた石澤の所に、王女が慌てた様子で駆け寄っていった。
「乗って、竜次!」
「あっ!」
こちらに近づいて来るファングレオに、俺はジャンプをしてシルヴィアの後ろに飛び乗り、振り落とされないように彼女の身体に腕を回した。
「しっかり捕まって!」
「ああ!」
俺とシルヴィアを乗せたファングレオは、兵士達の放つ矢が届かないくらい高く飛び、そのまま東に向かって飛んだ。
数十キロ先まで飛ぶと、森の中でファングレオはゆっくりと着地した。
「お疲れ様」
シルヴィアが一言声を掛けると、ファングレオの足元に陣が浮かび上がり、ファングレオはその中に吸い寄せられていった。
「私のファングレオは、飛行能力を持った亜種ではあるけど、人を乗せた状態だとあまり長時間飛び続けられないという欠点があるの。元々空を飛ぶ魔物ではないのだから仕方が無いけど、私が使役している魔物の中でも最も信頼の厚い魔物なの」
「使役している中でって事は、他にも何体か使役しているのだな」
「えぇ。ファングレオも合わせて4体いるけど、残りの3体はかなり危険だからあまり呼ばないの」
「そうか」
そんな危険な魔物を、一体どうやって使役しているのだろうか。というか、ファングレオも十分に危険だと思うのだけど。
「それとその、ありがとうな。こんな俺の事を信じてくれて」
あの時、シルヴィアは俺の事を信じてくれた。あの状況での裏切りを2度も経験したから、シルヴィアも俺を裏切るのではないかと思っていた。
でも、シルヴィアは石澤の言う事を跳ね除けて俺に就いてくれた。それが、とても嬉しかった。
そんなシルヴィアにお礼を言うと、シルヴィアはゆっくり俺に近づき、そっと両手で俺の頬に触れた。
「言ったでしょ。私はあなたのパートナー。何処までも付いていく」
「シルヴィア」
「それに、最初にあなたの夢を見てからずっとあなたの事が気になっていたんだ。16の誕生日を迎えてから半年後に、こうして竜次に会う事が出来たのだから、今でも胸が熱いわ」
キス出来そうなくらいに顔を近づけ、真っ直ぐ俺の方を見て言った。
「竜次が無関心を貫く気持ちも、理由も私には分かる。私も同じ目に遭った事があるし、夢で何度も竜次触れる事で竜次が感じた痛みと苦しみもそのまま感じたから分かるわ。だから、私だけでも、最初は私にだけでも関心を持って欲しい。独りで良いなんて思わないで。これからは、私がずっと竜次の傍にいてあげるわ」
その言葉は、俺がずっと聞きたかった言葉であった。ずっと仲が良かった幼馴染に裏切られ、死にそうになった所を助けた相手にも裏切られて、全ての事にどうでも良くなった俺の心を優しく温めてくれた。
そう思うと俺の瞳の奥が熱くなり、涙が零れ落ちた。同時に、足に力が入らなくなって膝を付いてしまった。
そんな俺をシルヴィアは、豊満な胸に顔を埋めさせてそっと抱きしめた。
「ずっと、辛かったのですね。だから、傷つかない為に無気力無関心でいようとしたのね」
シルヴィアの言う通りであった。
俺は結局、自分がこれ以上傷つくのが嫌だったから、いろんな物事に対して関心を持たなくなり、全てにおいて無気力でいる事にしたのだ。自分は一生独りきりなのだと、そう自分に言い聞かせる事で俺は自分自身を守っていただけであった。
何かに熱を入れて、それに裏切られるのがもう嫌だから。
剣道をやっていた時も、勝ちたちというよりも仕方なく倒しているだけに過ぎなかった。同時に、ちょっとでも抵抗する力を身に着けたかったというのも無きにしろあった。
「そんな事があっても、私は一緒に悲しみ、一緒に傷つく。だから、これ以上1人で抱え込まないで」
そう言ってシルヴィアは、俺の頭を優しくなでてくれた。
シルヴィアの心臓の音を感じながら、俺はゆっくり意識を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ようやく心を許せる相手に巡り会えて、安心して寝息を立てる竜次をシルヴィアは膝枕をしてあげた。
「可愛い寝顔」
追われる身でありながら、安心しきった顔で深い眠りにつく竜次を眺めながら、シルヴィアは髪を撫でた。
「こうして竜次に会える日を、どれだけ楽しみにしていたか」
最初に竜次の事を知ったのは、13歳の誕生日を迎えた日の夜であった。夢の中で竜次は悲しそうな顔をして、聖なる泉のほとりで座り込んでいたのを今も覚えている。
最初はただの夢だと思ったが、それから何度も同じ夢を見ていた為、シルヴィアはこれが偶然ではなく運命なのだと思った。自分が、聖剣士のパートナーに選ばれたのだと知った瞬間であった。
「きっと、ううん、間違いなく生まれる前から竜次の事を待っていたのだと思う」
何度も夢の中で会う度に、シルヴィアは竜次の悲しみの理由を知りたいと思うようになり、手を触れる事で竜次が抱いている痛みと苦しみを感じる事が出来た。それを繰り返していくうちに、愛おしさも感じるようになった。
その時シルヴィアは初めて知った。これが、恋なのだと。
「もう夢ではない。あなたはこうして現実に来てくれて、私の前に現れてくれた。不謹慎だけど、こういう時エルに感謝してしまう」
エルの行った愚行を許すつもりはないが、エルが竜次を裏切らなければシルヴィアは竜次に出会う事は無かった。エルが、シルヴィアと竜次を会わせてくれたのだと。実際は違うのだけど。
「これから少しずつ、あなたの事を知っていきたい。あなたにも、私の事をもっと知って欲しい」
直に触れられる距離に竜次がいると思うと、胸の内にあった愛おしさが抑えられなくなり、シルヴィアは竜次に顔を近づけた。
そして、唇に軽く触れる程度のキスをした。