87 最後の決戦 3
彼女達の本心を聞いても全く心が揺れる事もなく、悪びれる様子も見せる事もなく新しい魔王になってしまった石澤に向けて、俺とシルヴィは何度も斬撃を繰り返していった。
けれど、石澤はそんな俺とシルヴィの斬撃を難なく防いでいき、魔法による攻撃も石澤に命中する前にパッと弾けていき、石澤の身体に吸収されていった。
(クソ!魔王の奴!消滅する前にとんでもない置き土産を石澤に残しやがって!)
今の石澤は、俺が今まで戦ってきたどの相手よりも強い力を発揮していて、魔法による攻撃も一切通じない身体になっていて、やむなく斬撃のみで戦わなければならなくなっていた。
「はっはっはっ!その程度なのか!?」
「「調子に乗るな!」」
挑発的な態度を取る石澤に、俺もシルヴィも頭に血が上って恩恵の力を使おうと
『駄目です!少し落ち着いてください!』
したのだが、麗斗が俺とシルヴィの頭に直接訴えかけた事で俺とシルヴィは落ち着きを取り戻し、シルヴィの手を握って一旦石澤から距離を取った。
『お2人が今願おうとした事を発動させる事は、将としてこの私が許可いたしませんし、女王も間違いなく許しません』
どうやら、俺とシルヴィが願おうとした事を知って大慌てで止めに入ったのだろう。
『確かに、お2人が願った事を発動すればこの戦いに勝利する事が出来るかもしれません。ですが、そんな事をすればお2人が犠牲になってしまいます。確かに、命が失われる訳ではありませんが、残酷な代償である事には変わりありません。そんな事は、この戦いに参戦している皆が望みません』
確かに、今さっき願おうとした願いの代償はかなり大きく、俺もシルヴィも間違いなく後悔する事になる。
けれど、石澤の暴走を止め、この戦いに勝利する為にはどうしても必要な願い。
俺もシルヴィも、この願いを発動させるのは怖いけど、本当にどうしようもなくなったら発動させるしかない。
けれど、麗斗も、この戦いに参戦している人全員がこの願いの発動に反対している。
その為、俺とシルヴィはこの願いを発動する事が出来ないでいた。
「オラオラァ!怖気づいたか!?」
顔を醜く歪ませながら石澤は、物凄い勢いで俺とシルヴィに斬りかかってきた。
俺は咄嗟にシルヴィを抱き寄せ、後ろに回す事で石澤の攻撃から守った。代わりに、俺が石澤の攻撃を背中に食らってしまった
「くっ!」
「竜次!?」
「大丈夫だ!」
激痛は走ったが、傷も致命傷も負っていない。背中に当たった瞬間に、金属同士が激しくぶつかり合う音が響いた事と、激痛がすぐに引いていった事で分かった。
「チッ!無敵の力を手に入れても、楠木を殺す事が出来ないなんてな!」
「俺だって、好きでこんな身体になったんじゃねぇ!」
シルヴィを離してすぐ、俺は石澤に勢いよく飛び掛かり、押し倒した後に左手で首を絞めた。
「貴様!」
「死なない事が良い事だなんて間違いだ!痛いわ苦しいわで全然いい事なしなんだよ!」
傷を負う事も、血を流す事も無くても、痛みと苦しみを味わっては何の意味もない。
石澤や魔王は、痛む事も苦しむ事もないなんて言っているが、果たしてそれは本当なのだろうが?
確かに、肉体的痛みや苦しみは味合わずに済むかもしれないが、精神的苦痛は味わう。
それを永遠に味わう事になるんだ。
それが果たして幸せと言えるのだろうか?
永遠の命なんて、人間は持つべきでないのだ。
俺の目の前にいる、この男の様になってしまうのだから。
「くたばれ!」
この男は生きていてはいけない。
そう思い俺は、石澤の胸に聖剣を突き刺そうとした。
「竜次!」
「っ!?」
だが、刺さる直前に俺の首に焼けるような激しい痛みが走り、口の中いっぱいに鉄の味が広がった。
「それが楠木の本性か!やはり、あの時の俺の見立ては間違いではなかった!お前は、神であるこの俺が殺すべき害悪だったんだ!」
「くぅ……!」
視線を左に向けると、石澤が俺の首に魔剣を突き刺していたのが見えた。
もちろん刺さってはいないが、それでも痛みだけは普通に感じていた。
右側には、左手に炎を纏わせて短剣にして突き刺そうとしていたが、それはシルヴィが身を挺して守ってくれていた。魔剣の攻撃からも守ろうと手を伸ばそうとしていたのが見えた。だが魔剣は、そんなシルヴィの手を避けて俺の首へと突き立てていた。
「すぐに殺す事は出来なくても、捕らえて寿命が尽きるその時まで死と同等の苦痛を与え続けてやる!」
「テメェごとき捕まると思ったか!」
「そんな事させない!」
石澤に掴まれる前に、石澤の鳩尾に膝蹴りを食らわせてから後ろに下がって飛びのき、シルヴィはファインザーで石澤の左手首を斬り落としてから一緒に飛びのいた。
「竜次、大丈夫!?」
「ああ。シルヴィは?」
「大丈夫。ごめんね、守り切れなくて」
「気にすんな」
咄嗟だったから仕方がないし、そもそも石澤の攻撃がシルヴィの防御を避けたのだから。
それに、石澤の左手を斬り落としてくれたのだからありがたかった。
だが、当の石澤は全く痛がった様子も見せずに、床の落ちた自分の左手を持ち、自分の腕にくっ付けた。
「なるほどな。アイツが必要以上に楠木とブスを排除したがったのが分かった。あの2人に斬られると、不老不死であっても殺されてしまうんだ。まさに、本物の悪魔だ」
納得したように頷いているが、斬り落とされた手を真顔でくっ付ける石澤の方がよっぽど悪魔っぽいぞ。
「致命傷にもならないなんて!」
「首を斬り落とすか、心臓を一突きにしない限り殺せないって事か!」
こんな化け物になり果てても、石澤はまだ自分は間違っていないと思い込んでいるのだろうか?
まだ人間のつもりでいるのだろうか?
首を刎ねるにしても、心臓を一突きにするにしても容易ではない。
一体どうすれば。
『聞こえますか、お2人とも』
「麗斗か」
「えぇ。聞こえるわ」
頭の中に響いた麗斗の声に、俺とシルヴィは小声で返事をして頷いた。
『今からお2人の右側の壁に空いた穴から、外に出てください』
麗斗の事だから何かあるだろうと思うが、それでは石澤から一度逃げる事になるのではと思った。
だが、ここは優秀な将の言葉を信じて、俺はシルヴィの手を握って一緒に空いた壁から外に出た。
そう。飛び降りたのではなく、外に出たのだ。
外に出た瞬間、足下に見えない床のような物が出来上がっていて、俺とシルヴィは今その床の上に立っていた。
そして、視線の先には石澤達の裁判に使われた訓練場があり、そこに秋野とアレンの2人が立っていた。
「2人とも早く!」
「こちらへ!真っ直ぐ駆け降りてください!」
アレンの言われた通りに、俺とシルヴィは見えない床を駆け降りていった。少々急ではあったが、走ってすぐに転んでしまう様な傾斜ではなかった。
「逃げんのかぁ!卑怯者!」
「アンタはお呼びではない!」
俺達を追いかける為に外に出た石澤に、秋野は聖剣を横薙ぎに振った。
その瞬間、石澤の足元にあった見えない床は瞬く間に消えていき、石澤は真っ逆さまになって落下していった。
その間に俺とシルヴィは、見えない坂を駆け降りて秋野とアレンと合流した。
「秋野、アレン、無事だったのか」
「アレンがいてくれたお陰で」
「俺も、沙耶が守ってくれたお陰で攻撃に専念出来ました」
どうやら2人とも、1人も殺す事なくキリュシュライン兵を倒す事が出来たみたいだ。
アレンはともかく、秋野も召喚された当初よりもかなり強くなっていた。
『安心している場合ではありません。今のあの男は、落ちても死にませんし、苦痛に悶える事なんてありません。すぐにそちらに向かってきます』
「そうだったな」
麗斗に指摘されて、俺達はすぐに背中合わせになって石澤の突然の襲撃に備えた。
「それにしても、お2人が苦戦されるなんて。そんなに強くなられたのですね」
「ああ。おそらく、マリアと椿を足して2で割ったくらい強くなったと思うぞ」
「何その例え。でも、怪物クラスの2人と同レベルと考えた方が良いって事ね」
「そういう事ね」
秋野もアレンも、石澤が怪物クラスに強くなった事を聞いて若干頬を引きつらせていた。
「でも、所詮は貰い物の力。石澤自身が努力して得た力ではない」
「そうですね。それに、俺達4人が力を合わせれば倒せます」
だけど、すぐに気を引き締めて、石澤の襲撃に備えた。
その直後に、俺の正面にあった壁を炎で壊し、鬼のような形相をした石澤が訓練場に現れた。
「化け物が!」
そんな石澤の正面に、秋野は不可視の壁を作って進行を妨げた。
「こんな醜い姿に成り下がってまで!アンタは本当に人間をやめちゃったの!?」
「うるせえぇ!俺の邪魔をするってんなら、例え秋野であっても殺す!」
ヒステリーになって獣状態になっている石澤は、秋野が作り出した不可視の壁を殴っただけで難なく壊し、秋野に向かって魔剣を振りかぶってきた。
そんな石澤の攻撃を、パートナーであるアレンが防いだ。
「テメェ!」
「沙耶の言う通りです。アナタはとても醜いです。本能のままにたくさんの女性と関係を持ち、感情のままに行動し、俺達と戦っている。そんなただの獣と成り下がったアナタは、とても醜いです」
「黙れガキが!」
アレンの言葉を聞いて更に逆上し、力任せにアレンを吹っ飛ばす石澤。
そんなアレンを、秋野が魔法で風のクッションを作って助けようとした。
だが
「待て秋野!」
俺が止めようとした時、秋野は既に風魔法を発動させた直後であった。しかしそれは、アレンに届く前に石澤の身体へと吸い寄せられてしまい、吸収されてしまった。
「なっ!?くっ!」
やむなく秋野は、恩恵を使って柔らかめの不可視の壁を作ってアレンを助けてあげた。
「今のアイツに魔法を使うと全て吸収されて強くさせてしまうだ!」
「それを早く言ってよ!」
「すまない!」
「今はそんな事はどうでもいい!竜次も秋野沙耶も、今は目の前の戦いに集中して!」
シルヴィに言われて、俺と秋野は改めて石澤の方へと向き直した。
アレンを吹っ飛ばした直後に、俺とシルヴィは聖剣とファインザーで石澤に斬撃を繰り返していった。
だが、石澤は2体1の状態であるにも拘らず表情を変えることなく俺とシルヴィの攻撃を防いで見せた。
(以前の石澤では考えられないな!)
魔法が使えず、斬撃のみでの攻撃しか出来ないと思っていたのだが、秋野のお陰で斬撃以外での攻撃方法を見つける事が出来た。
俺は石澤の鳩尾目掛けて、ソフトボールサイズの風の玉を飛ばして吹っ飛ばした。
「竜次、魔法が!?」
「魔法じゃない。恩恵を使ったんだ」
イメージしたのは空気砲である。
俺のいた時代では人一人を吹っ飛ばすほどの威力はないが、そう遠くない未来ならそれくらい作っていそうだと思い願ってみた。案の定、代償抜きで発動させる事が出来た。
これならいけるかもしれない。
「楠木テメェ!」
「これならお前を追い詰める事が出来る!」
次に俺は、左手を前に出して黒色の小さな鉛の玉を無数に作り、それを目にも止まらない速さで石澤に飛ばした。
「これは!?」
「そうか!魔法は駄目でも、恩恵なら使えるって訳か!」
驚くアレンに対し、秋野は納得した様子であった。
ちなみに今俺が使っている恩恵は機関銃をイメージしている為、代償なしで使う事が出来た。だって、俺のいた時代でも普通に使われている武器だから。流石に銃そのものは構造が分からない為作れないが、恩恵を使って似せて使う事は出来る。
「機関銃を再現できるなら、これだって出来るだろう!」
次に俺は、左手からオレンジ色のレーザー砲のような物を石澤に向けて放った。
大爆発は起こったものの、おそらく石澤を倒せていないだろう。
「なに、あれ……」
「凄い力……」
レーザー砲を見たシルヴィとアレンは、ポカンとした表情を浮かべて爆発した方向を眺めていた。
「今イメージしたのって、もしかしてレールガン?」
「流石秋野。正解だ」
ロボットアニメの世界では定番の武器だったが、どうやら何百年先の未来で作る事が出来たみたいだ。
それにしても、秋野は本当に冷静だな。
「なるほど。楠木君の恩恵を使えば、魔法の代用として使う事が出来るわね」
「俺も1年以上使ってきたが、こんな使い方も出来ただなんて今知った」
「楠木君の恩恵は特殊だから仕方ない。普通は魔法と恩恵は区別して使う」
確かに、俺の恩恵は他の4人の恩恵とは違う。それぞれが、力、防御、スピード、頭脳に特化した恩恵を与えられたのに対し、俺の恩恵は自分が強く望んだものを実現させるもの。
だからこそ、その力を魔法のように使う事が出来る。
だって、この世界には魔法が存在するのだから。
恩恵を使って魔法を再現する事が出来る。
何で今まで気付かなかったんだ。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「でも、お陰でヒントは得られた」
「くぅっ!?」
再びこちらに向かってくる石澤に向けて、秋野は聖剣を横薙ぎに振り、直後に石澤の周囲に不可視の壁が現れて動きを止めた。それも、何重にも重ねて。
「秋野ぉお!」
「いくらアンタでも、これだけ分厚くすればすぐには壊せないでしょ!」
「嘗めんなぁ!」
だけど石澤は、そんな分厚い壁を強引に壊して見せた。
「本当、単純で助かった」
「ありがとう、秋野沙耶!噛み付け、ファングレオ!」
だが、これも作戦のうちの一つで、石澤が秋野の作った不可視の壁を壊そうとしている間にシルヴィがファングレオを呼び、石澤を背後から襲う様に指示を出した。
今のシルヴィなら、わざわざ声に出さなくても考えるだけでファングレオに指示を出す事が出来る。
しかも、ファングレオもシルヴィの武器として扱われる為、不老不死になった石澤を傷つける事が出来る。
「離せ獣!」
背後から襲い掛かったファングレオは、石澤の右肩に犬歯を貫通させて噛み付いていた。
痛みは感じていないみたいだが、それでも石澤の動きを封じる事が出来た。
「お前はもう一言も喋るな!」
「獣はそっちです!」
その間に俺とアレンが、石澤に近づいてまずは両腕を斬り落とした。
更に続けて俺は、石澤が握っていた魔剣を聖剣で真っ二つに両断した。かなり腕に響いたが、似せて作られただけの魔剣であれば斬る事は出来る。
これで反撃される事も、攻撃を防がれる心配もない。
「離れろ、ファングレオ!」
俺のすぐ横にシルヴィの声が聞こえ、彼女の指示を聞いたファングレオが素早く石澤から距離を取り、アレンもすぐに石澤から離れた。
「「終わりだあ!」」
そして、俺の聖剣とシルヴィのファインザーが石澤の首を捕らえ、刃が首に触れた。
「嘗めた真似しやがってぇえええええええええ!」
だが
キィーン!
「馬鹿な!?」
「全然斬れない!?」
「「なっ!?」」
甲高い金属音と共に、石澤の首は聖剣とファインザーの攻撃をはじき返していた。
そんなあり得ない光景を前に、俺とシルヴィは呆然としている間に、鳩尾から激しい痛みが襲い、俺とシルヴィは吹っ飛ばされてしまった。
「2人とも大丈夫!?」
「化け物が!」
駆け寄ってきた秋野とアレンに起こされ、石澤の姿を見た瞬間に俺はすぐに何が起こったのかを知った。
斬り落とされた筈の石澤の両腕が、新しく生え変わっていたのだ。
だが
「醜すぎる……」
「なに、あれ……」
俺とシルヴィが目にしたのは、全身を倍以上に膨張させ、皮膚も紫色に変色して犬歯を長く伸ばし、額から2本の角を生やした石澤の姿があった。
どうやら俺とシルヴィは、あのとんでもなく太い腕で鳩尾を殴られ、そして吹っ飛ばされたのだろう。
だが、それ以上に俺達は化け物に変貌した石澤に驚愕していた。
それはもう、俺達が戦って来た魔人と殆ど変わらない姿であった。
「結局はあんな姿になって……完全な不老不死なんて絶対に実現出来ないんじゃないか」
魔王は完成させたと言っていたが、人間の姿を保っていられたのは僅か数日だけであって、人間が完全な不老不死を手に入れる事は不可能だったという事だ。
「お前さえいなければ!お前さえいなければぁあああああああ!」
完全に理性を失い、感情のままに叫んで暴れ回るだけの化け物へとなった石澤。
そこにはもう、かつての面影は一切感じられなかった。
『何ボォーとしているのですか!』
「「「「あ!?」」」」
頭の中に響いた麗斗の声に反応し、俺達はすぐに体勢を立て直して武器を構えた。
『下がってください!今のあの男に4人の攻撃は一切通用しません!』
「なに!?」
攻撃が通用しないって、一体どういう事だ!?
だが、確かに俺とシルヴィが首を斬ろうとしても刃が通ることが無かったのだから、確かに今のままでは石澤を殺す事は出来ないだろう。
麗斗もそれを理解しているみたいで、俺達に即時退却を命じた。
だが、麗斗の指示の途中である男の声によって遮られた。
『一旦キリュシュライン城に入って!今の玲人は感情のままに暴れているから、城の中までは追って来ません!』
「魔王。生きていやがったのか」
「何で私達の頭の中に」
突然話しかけてきたのは、石澤に消滅されたと思われた魔王で、俺だけでなくシルヴィや秋野、アレンや麗斗にも聞こえる様になっていた。
『後で説明する!早く城に入って!』
『指示に従ってください!』
「クソ!」
魔王に指示された通り、俺達は一旦旧キリュシュライン城へと避難した。
そんな俺達に気付いた石澤が駆けだそうとしたが、ファングレオが主であるシルヴィを守る為に前に出て組み合うような体勢になった。
しかし、それも長く持つはずもなくあっという間に組み伏せられてしまった。
「邪魔するな!」
「させるか!」
石澤の拳がファングレオを貫こうとした瞬間、俺はすぐに前に出で石澤の首に聖剣を叩き込んだ。
そのお陰で石澤の注意を引く事が出来、ファングレオから離す事が出来た。
その代り、石澤の拳が俺の顔面に
「食らうかバァカ!」
直撃する前に俺は石澤の股の下をくぐり、倒れたファングレオを抱えてすぐにシルヴィ達の所へと走って行った。
「ファングレオ!」
「大丈夫だ、気を失っているだけだ」
重症ではあるが、そこは俺の恩恵を使えば治す事が出来る。これ以上、シルヴィの契約魔物を失わせる訳にはいかない。
「クソォ!楠木何処だあああああああああああああああ!」
俺を見失った石澤は、怒りに任せて周囲の物を手当たり次第に壊し回った。
その間に俺達は、魔王の指示通りにキリュシュライン城の中へと入り、会食場まで走って行った。
そこでファングレオの怪我を治し、シルヴィの指示で召喚陣から住処へと戻してあげた。
「良かった……ファングレオまで失ったらどうしようって思ったわ」
「俺も、ファングレオを失いたくなかったから」
治している間に聞いたが、どうやらクラーケンも魔人達の猛攻を前にやられてしまったみたいで、もうファングレオとレイリィしか残されていなかった。
『ファングレオが無事で何よりですが、まず聞かなければいけない事があります』
『分かっている』
麗斗の問い掛けに対し、魔王はここまでの経緯を話した。
石澤によって一度は身体から分離され、消滅されてしまったようだが、相手は魂だけの存在となって2000年も生き続けた魔王だ。あれっぽっちの攻撃では完全に消滅せず、石澤に気付かれないように密かに俺達と話せるようにしたのだと言う。
魔王って、何気に何でもありだな。
「で、その魔王が今更俺達に何の用だ?」
『勝手な事で済まないが、玲人を止めて欲しんだ』
本当に身勝手な要求だ。
何でも、今の石澤は力が暴走している状態にあり、不老不死の薬が過剰反応を起こして魔人化してしまっているという。原因は、俺に対する激しすぎる憎悪であった。
「楠木君に対する激しい憎悪って、そんなの完全な逆恨みでしょ」
「というか、その憎悪自体がお門違いなんですが」
「そうね。たかが女1人にフラれた程度であそこまで。ダサすぎなんだよ」
3人とも、石澤に対してかなり辛辣な言葉を並べた。
『まぁ、地球にいた時から彼の能力を悪用しようと考えていたり、彼を支援したとして自分も名声を得ようと考えたり、彼の欲しいものを全て与えて自分の願いを叶えようと考えたりと、彼の周りには悪い人間しかいなかったせいであそこまで歪み切ってしまったのでしょう』
確かに、麗斗の言う様に石澤の周りには醜悪で自分勝手なイエスマンしかいなかった上に、魔王から貰った絶対服従能力まで悪用してしまってはもう取り返しがつかない。まぁ、魔王は止める側だったみたいだけど。
「そもそも、魔王が余計な事をしなければ、石澤は今頃刑務所に入れられていたと思うぞ」
『否定はしない。けど、玲人に宿った絶対服従能力があんな形で悪用されるなんて思わなかったし、そもそもあの頃は全く意識しておらず無意識に発動させていた』
「アンタが与えなかったら、それが良かったんじゃないんか?」
『あの頃の私は計画を何としても成功させる事しか考えていなかった。まぁ、だからと言って玲人の違法行為を看過する気なんて無かったんだが、結果的には加担してしまった』
説得に応じなかった石澤も悪いが、そもそもの元凶である魔王が一番悪い。
「で、どうやったら今の石澤を倒す事が出来るんだ?」
『随分と直球な質問だな。まぁいい』
頭の中で溜息を吐かないで欲しい。凄く違和感がある。
『フェニックスの聖剣士の、楠木竜次の恩恵を使って投与された薬を消滅させて、玲人を初めとした彼等を全員人間に戻す事だ。それ以外に玲人の暴走を止める方法はない』
やっぱりそうくるか。
確かに、それなら暴走した石澤を確実に倒す事が出来るし、この戦いにも勝利する。俺とシルヴィが、あの時発動させた願いでもあった。
だけど
『確かに、それなら確実に勝てますし、同時にアナタ自身も確実に消滅させる事が出来ます。しかし、その願いだけは叶えさせてはいけないのです』
やはり麗斗は、この提案に対して否定的な考えをしていたのか。
『何故なんだ?それを使わないと、玲人は手に負えない程に強くなっていくぞ』
『どういう事ですか?』
『流石のドラゴンの聖剣士でも知らないのか。今の玲人の身体は、魔法により発生した魔力を全て吸収して力に変え、一度受けた武器による攻撃を無効化して更に力を倍増させる力も宿っている。楠木竜次の攻撃が玲人に効かなかったのはそのせいだ。あの時、腕ではなくすぐに首を斬っていれば確実に刎ね飛ばせたのに』
「そういう事か」
だからあの時、俺とシルヴィの攻撃が通らなかったのか。
俺とシルヴィも、石澤の腕を斬り落とす時に聖剣とファインザーを使ってしまったから、2度目の斬撃が通用しなかったのか。
しかも、攻撃を受ける度にどんどん強くなってしまうなんて。なんて酷い置き土産なんだ。
『それに、今の玲人は聖剣でも殺せないようになっています』
「「「「なっ!?」」」」
『そんな馬鹿な事が!』
『正確には、他の魔人が1人でも生きている限り玲人も殺せなくなったと言った所だ』
『だから、全ての魔人を人間に戻し、薬物を消滅させなければいけないのか』
なるほど。
確かに、それ以外に石澤を止める方法が無いな。
『それでも、この願いだけは発動させてはいけません。それを発動させると、楠木殿とシルヴィア様に大きな代償が発生してしまいますから』
『代償だと?どういう事だ!?』
「そんなすごい力が、何の代償もなく発動させられるとでも思ったのか」
魔王はどうやら、恩恵の代償については何も知らなかったみたいで、その後俺とシルヴィの説明を聞いた後はしばらく黙っていた。
『そうか。そんな代償があったなんて知らなかった』
「まぁ、命を失うなんて事は無いけど、それでもかなり重い代償である事は間違いない」
『それは承知している。でも、それをやらないと玲人を止める事が出来ない。私のせいで玲人がこれ以上罪を重ねるのは、もう耐えられないんだ!頼む!その願いを発動すれば、私は間違いなく地獄に落ち、地獄の業火に焼かれるだろう!けど、それでも構わない!けど、どうせなら玲人も一緒に連れて行きたい!今のアイツは、本物の悪魔へとなってしまったのだから!』
恩恵の代償の話を聞いても尚、魔王は自ら犯した罪の重さに苦しみ、石澤を歪ませてしまった事に対する負い目を今更ながらに感じていた。
元凶である魔王が改心したというのに、肝心の石澤が全く改心した様子を見せないなんて。
そのせいで俺は、絶対に発動させてはいけない願いを発動させさせられる事を強いられていた。
そんな俺に、シルヴィが手を握りながら寄り添って来た。
今も頭の中では、魔王と麗斗が互いの意見を言い合っていてなかなかまとまらない状況であった。
いくら麗斗でも、この状況を覆すなんて不可能だ。
やはり、皆には俺とシルヴィに関する全ての記憶を無くさせるべきなのだろうか。
確かに、2人とも死ぬ事は無い。
シルヴィとも事前に話し合った結果、本当にどうしようもなくなった時になったら願おうと決めていた。
もうそれしか選択肢がないみたいだ。
だったら
「使って、楠木君」
「秋野!?」
思いがけない人物からの発言に、俺は思わず絶句してしまった。
『しかし秋野殿!それでは楠木殿とシルヴィア様が!』
「大丈夫。そんな代償、払わせない。私がそうさせない」
「秋野?」
「秋野沙耶?」
俺とシルヴィの問いかけに、秋野は一度深呼吸をしてから答えた。
「私の恩恵を使って、石澤と魔人以外全ての人間から、代償を支払わせる赤い光から守ってみせる」




