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86 最後の決戦 2

 1万人もの女性を引き込み、無理矢理自分と婚約させただけでも許される行為ではないのに、それを全く悪い事だと思っていないその神経に呆れつつ、俺とシルヴィは聖剣とファインザーを抜いて構えた。


「まったく。お前のせいでどれだけの人達が迷惑をしているのか分かっているのか?」

「負け惜しみか?この俺にたくさんの女がいるから」

「違う。俺はシルヴィさえいれば十分だ」

「はん!そんなブスが良いってのか?ま、負け犬のお前にはお似合いなんだけど」

「貴様!」


 たった1回大恥をかかされただけで、醜い物を見る様な目でシルヴィを見る石澤に俺は怒りが爆発しそうになった。

 いや、シルヴィが制止してくれなかったら間違いなく爆発していた。


「貴様は憐れな男だな。要は、1人に絞れないから全員選んでしまえって投げやりになって。優柔不断な奴の方がまだマシだな」

「黙れブス!」


 石澤にブスと呼ばれても、シルヴィは全く気にした様子もなく、むしろ嘲笑う様な態度で石澤を蔑んだ。




「欲しい物が際限なく湧くから手当たり次第に手に入れ、生涯を添い遂げる女も決められないから全員と結婚しちゃえって、優柔不断なんてレベルじゃないわね。最初から考える事をやめているだけじゃない。ま、10人くらいなら養う甲斐性があれば何も文句は言わないが、1万人も養えるとは到底思えない。ましてや、自分が幸せと感じているのなら相手も絶対に幸せだ、だなんて自分に相手を養う甲斐性も、相手を守るという責任感もない正真正銘のクズが言うセリフね」




「黙れブス!」


 シルヴィの挑発を受けて、石澤は完全に頭に血が上ったみたいで、感情のままに怒鳴りつけた。




「この俺と結婚できるんだぞ!それ以上の幸せがこの世にあると思ってんのか!?しかも、死ぬ事も、痛みを伴う事も、苦しむ事も、老いる事も、飢える事からも解放されるんだ!しかも、いくらやっても病気になる事も無ければ、邪魔くさい金食い虫のガキが出来る心配もない!永遠にこの世界の王たる俺と好きなだけやれて、好きなだけ遊んで暮らせるんだ!これ以上の幸せが何処にあるって言うんだ!?ああぁ!?」




 まるで話にならない。

 というか、言っている事がまるで小学生みたいだ。いや、今時の小学生でも言わないのかもしれない。

 とにかく分かるのは、石澤はもう手の施しようのないレベルまで堕ちてしまったという事だけだ。


「そんな俺の理想郷の邪魔をする貴様等こそが悪であり、この世界に災いをもたらす本物の魔王なんだよ!」

「何が理想郷だ。お前が目指そうとしている世界の事を一般的には、デストピアって言うんだ」

「黙れ悪魔が!」


 感情を全て吐き出しながら石澤は、魔剣で俺とシルヴィに斬りかかってきた。


「「っ!」」


 俺とシルヴィは、そんな石澤の攻撃を聖剣とファインザーで防いでいっているが、魔王と完全に一体になった石澤の斬撃か今までに無いくらいに重くなり、なかなか反撃の隙を見出す事が出来なかった。

 去年までの俺とシルヴィなら。


「悪いが、俺達だってこの1年間遊んでいた訳ではないんだよ!」

「毎日女遊びに明け暮れた貴様と違ってな!」


 動きが大きく出鱈目で、我武者羅に剣を振り回すだけの石澤の攻撃を、俺とシルヴィは何の苦労もなく避けていった。

 確かに、投獄される前よりも格段に力は上がっていたが、そんなものは所詮誰かから貰った力だけに依存しきっただけの力。

 その力を物にする為の努力も行わず、誰かに剣の指南を受けてもらう事もなく我流で押し通し、漫画やゲームの戦い方を真似ただけで、石澤自身は何の努力もしてきていない。

 与えられた力があまりにも強力すぎた為、その力さえあれば自分は何の努力もしなくても強くなれると思ったのだろう。

 人から教わるのを嫌い、自分のやり方だけでここまで出来るんだぞと虚勢を張らないと気が済まなかったのだろう。

 漫画やゲームで主人公達が使う技を真似るのは、それが派手でカッコいいものだから自分に相応しいと思い込んでしまったのだろう。

 その無駄に高いプライドのせいで、石澤は自分が追い込まれているとも知らずに攻撃を繰り返していた。


「ッタク!地球にいた時のお前の方が努力家だったぞ」


 醜悪な奴ではあったが、それでも成果が出るまできちんと努力を怠らなかった奴だった。地球にいた頃の石澤の方がまだマシだった。

 それなのに、この世界に来てから石澤は醜く変わってしまった。

 召喚された当初、聖剣士としてもてはやされ、その強大な力に酔いしれてしまったのだろう。

 そこへ追い打ちをかける様に、クズ王とクソ王女が必要以上に持ち上げるものだから益々悪い方へと変わっていった。

 その上、一部の国を除くがこの世界では一夫多妻が認められているものだから、女好きの石澤は魔王以外に誰からも止められる事もなく、のべつ幕無しにたくさんの女性達を自分と無理矢理婚約させ、更に呪いで契約までさせた。

 ただでさえ周りに悪い大人しかいなかったのに、その上この世界に来てからも悪い人間に利用され続けてきたせいでここまで歪み切ってしまった。

 まったく、哀れな男だ。

 しかも本人は、利用されていると分かっていても、それで自分の望みが全て叶うのなら構わないと思っているのだから更にたちが悪い。

 それでも、魔王と石澤、2人の中に残された僅かな良心にかけて見る事にした。


「最後に聞く。今のこの世界を見ても尚、お前達は何も間違っていないと言い切れるのか?」

「何バカなこと言ってんだ!俺は何も間違った事なんてしてねぇんだよ!」

「私と同じ苦しみを味わう人間をこの世から無くすことの、一体何が間違っていると言うのだ!」


 石澤も魔王も、どちらも現段階では自分のやって来ている事が間違いだと思っていない様子であった。

 石澤の思考は破綻しているし、魔王も死を極端に恐れすぎるあまり大切な物から目を逸らし続けている。

 全てが、自分の考えを他人に押し付けるものであり、あまりにも自己中心的過ぎている。

そんな2人に現実を分からせる為に、俺はシルヴィの手を握って強く願った。


「本当にそうなのか?」

「これを見ても、本当にそうだと言い切れるの?」


 次の瞬間、俺とシルヴィの紋様が強く輝きだし、同時に俺達の周囲を真っ白い空間が覆った。

 そして―――




『うわああああん!何で!何でこうなるの!シン様あああ!』




 俺とシルヴィ、石澤の間に泣きじゃくるエミリア王女の姿が映し出された。




『返して!私の夢を!竜次と築く筈だった未来を、返してえ!』




 次に、ボロボロのジャージを着た中学生の時の梶原が泣きながら叫ぶ姿が映し出された。


「何だ、これは!?」

「お前達が自己満足を満たす為に傷つけられた、女性達の本心だ」

「私と竜次で、犠牲になった人達の思いが詰まった所を巡り、竜次が恩恵を使って彼女達の思いを集めたの」

「彼女達の、本当の思いを知ってもらう為に」


 この力は、以前恩恵を無意識に発動させてシルヴィが俺の心の中を見た時に偶然出来た願いの応用で、彼女達の強い思いが宿った物から伝えられなかった本心と、彼女達の意志を視覚化させるものだ。

 実はこの技術、青蘭がいた時代から更に100年後の未来の技術で、その人の強い思いが宿った物からその人の感情を読み取り、相手に意思を伝えるというものだ。

 ただし、この技術は死者と会話する事が出来る訳ではなく、その人の意志を伝えるだけのものだ。相手の声と意思は聞く事は出来ても、質疑応答は一切できない為こちらが話しかけても相手は全く反応しない。

 更に、あくまで姿を映像として見せているので当然ながら触れる事は出来ない。なので、石澤がどんなに手を伸ばして触れようとしても触れられる訳がない。


「一体どういうことだ!何で麻美やエミリアがこんな事を!」

「まだ分からないのか。それが彼女達の本心だ」


 2人の本心は聞こえている筈なのに、石澤はそれがどうしても信じられない様子であった。

 対して魔王は、彼女達の本心を前に言葉が出ず、呆然としている様子であった。

 まぁ、俺から見れば石澤が1人で騒いだと思ったら、突然静かになってボォーとしだした様にしか見えないだが。

 だが当然、集められた意思はこれだけではない。




『嫌だよ!せっかく好きな人に想いが伝わったのに、こんな形で別れさせられるなんて!』




『好きな人の為に頑張って可愛くなったのに、何であんな男に私の全てを奪われないといけないのよ!』




『明日あの人と結婚式を挙げられる筈だったのに!返してよ!私とあの人の幸せな未来を!』




『嫌あああああああああ!どうしてこんな事にいいいいいいい!』




 その後も、石澤によって傷付けられた女性達の悲痛な叫びが映し出された。そのどれもが泣きじゃくり、石澤に対する怨み言を叫んでいた。

 そんな彼女達の姿に、最初は否定していた石澤も次第に声が小さくなっていき、やがて一言も喋る事もなく黙って彼女達の意志に耳を傾けた。


「ここまで集めるの、本当に大変だったぞ」

「えぇ。なんせ、彼女達の意志が宿った道具を探すのに苦労したもん」


 そう。

 彼女達の意志を集めるには、彼女達が生前に愛用していたアクセサリー、もしくは常に持っていた人形やら櫛やらを集めて、そこから恩恵を使って引き出さなければならなかったのだ。

 その為、準備するまでの2日間はいろんな場所を転移して回って本当に大変だった。

 その道具がある場所は、シェーラが全て教えてくれたお陰であまり苦労する事は無かったが、それでも数があまりにも多すぎた為とても大変だった。

 だがそれは同時に、それだけたくさんの女性が石澤のせいで犠牲になったという事にもなる。

そして、集まった意志の中にはこの人の意志があった。




『お願い。もうやめて』




「はあぁ!?」


 その人の映像が映し出された瞬間、石澤、もとい魔王が大きく眼を見開いて驚いていた。

 映し出された女性は、透明感のある長くて綺麗な銀髪は緩やかなウェーブが掛かっていて、常夏の海を思わせるエメラルドグリーンの瞳をした非常に美しい容姿をしていた。


「イリア……」


 イリアと呼ばれたその女性は、まるで魔王に話しかける様にして自分の意志を語った。

 そう。彼女は魔王が不老不死の身体を手に入れようと思い、この世界全てを巻き込んででも手に入れようと決意するきっかけを作った女性で、魔王が生前に強く愛した人でもあった。




『あなたが、私の事を深く愛してくれていた事は知っていたし、あなたが私を生き返らせようと躍起になっていた事も知っていた。

でも、そのせいで何十億人もの人の命が奪われるなんて、私には耐えられないし、そんな事をしてまで生き返りたいなんて思わない。

自分と同じ思いをする人を無くす為と言っているけど、そんな事は誰も望んでなんていないし、叶えてはいけない願いよ。

あなたが一番許せないのは、私を救う事が出来なかったあなた自身よ。

そこから目を逸らして、悪いのは全て死なのだと自分に言い聞かせる事で私を失った悲しみを紛らわそうとしている』




「そんな……イリア……」




『だからもうやめて。あなたの言う不老不死の身体にされても、それで幸せになれる人なんて存在しない。皆が不幸になるだけ。そこにあなたの望んだ幸せな未来は存在しないのよ。これ以上、あなたのせいで多くの人が不幸になるのは絶えられないし、私もそんな未来なんて絶対に望まない』




 そう言い残して、イリアという女性は姿を消した。

 消える彼女を見た魔王は、その場で膝を付いて力なく崩れた。


「何で……何でそんな事を言うんだ!私は……私はただ、もう一度イリアと会いたかっただけだったのに……例え悪魔に魂を売る事になろうとも、私自身が悪魔と呼ばれる様になろうとも……それなのに、どうして……どうして!」


 最愛の人にまで自分の考えを否定され、この世界を混乱に陥れた事を悲しんでいた事を知り、魔王は大粒の涙を流し、その場で蹲る様にして泣き出した。

 それと同時に、俺達の周りを覆っていた白い空間は消滅し、石澤の城の廊下へと戻った。


「哀れな奴だ。最愛の人の死を受け入れられなかっただけで、ここまで事を大きくさせるなんて」


 しかし、それを頭ごなしに否定する事は出来なかった。

 愛する人を喪う辛さは、何物にも代えがたい程の苦痛だ。

 大抵の人は、そこから何とか立ち直って前に進もうとするが、中には魔王みたいに何時までも引きずる人だっている。

 ただ、魔王の場合はそれが更に悪い方向へと進んでしまい、今回の事件を引き起こしてしまったのだ。

 このまま改心してくれれば良いのだが、世の中そう上手くいく訳がない。

 涙をぬぐった石澤が素早く立ち上がり、憎悪に満ちた顔で俺とシルヴィを睨み、魔剣を向けてきた。


「卑怯だぞ楠木!俺をかく乱させる為にこんな出鱈目な映像を流し、あたかも本当の様に捏造するなんて!」

「嘘なんかじゃない。それがお前の欲望を満たす為に食い物にされた彼女達の本心だ」

「彼女達がそんな事を思っている訳がないだろ!あの子達は本当に困っていて、俺の助けが無かったら不幸になっていた可哀想な子達ばかりなんだぞ!そんな女の子達を、この俺が救ってあげたんだぞ!」

「コイツ!」

「この期に及んでまだそんな事を!」


 一向に改心する様子を見せず、あの映像を捏造された偽物だと思い込み、頑なに自分の行いの愚かさから目を逸らし続ける石澤。


「お前、彼女達の心の声を聞いてもまだそんな事が言えるのか!」

「彼女達は全員、この俺と結ばれる事に最高の幸せを感じ、この俺と一つになる事に感動を感じ、この俺の物になる事を心の底から願っている子ばかりだ!あんな嘘の映像なんかに、この俺が惑わされるとでも思ったか!」


 この男は、何処まで自分の事だけを考え、何処まで自分に都合の良い事だけを考え、自分がこの世界の中心でないと気が済まず、自分に都合がいいように事が進んでいないと気が済まない。


「お前みたいな奴の為にここまでしてやったのに!」

「俺は騙されないからな!お前さえいなければ、俺の人生は最高に楽しくて、最高に幸せなものになってたんだから!」

「たかが女1人にフラれた程度で、こっちはいい迷惑だ!」


 そもそも、たったそれだけの事で俺の人生は滅茶苦茶にされたんだ!

 そんなしょうもない動機のせいで、人一人をここまで追い詰めるなんてどうかしている!

 思い返せば、こんな奴に最後のチャンスを与えた事自体が間違いだったのかもしれない!

 そんな石澤に対する恨みが込み上がっていくと、俺の隣で再びシルヴィが蔑むような眼差しで石澤を見下しながら言った。


「アンタみたいなゲスに良いようにされた女達が不幸だね」

「あぁあ!?」

「さっきから聞いていれば、貴様は自分と結ばれる事自体が幸せなんてほざいているけど、その先があるの?ちゃんと彼女達の事を考えてあげられてるの?子供が出来た時の事も考えてるの?」

「流石は、楠木みたいなクズを選んだだけの事はある!この俺と結ばれる事がどんなに幸せな事なのかが分からないみたいだな!」

「分かりたくもないわね。彼女達の意思を無視して、拒否権も無しに無理やり結婚させる事の何処が幸せなの?愛する人との仲を引き裂かれたのに、それの何処が幸せだと言うのよ。子供を産めなくされてしまった女の悲しみが、貴様に分かると思うか」

「ガキが出来ても邪魔だけだし、産むだけでもかなりの苦痛を味わう事になるんだぞ!」

「苦痛を味わってでも、愛する人の子供を産みたいって思うものなのよ」


 そう言ってシルヴィは、スッと俺の手を握ってきた。


「それに、苦痛を味わって産んだからこそ、生まれてきた我が子がたまらなく愛おしく感じるもの。愛する人と子供、愛する家族と共に未来を歩む。それこそが本当に幸せな事なんだ。辛い事も、苦しい事も、後悔する事もあるが、それがあるからこそ今があり、家族とともに乗り越える事だって出来るもの」


 シルヴィが語る度に、俺とシルヴィの紋様はどんどん輝きを増していった。


「そして、子供が成長すると、その子の幸せを強く願い、子供が危ない目に遭えば身を挺してでも助けようとする。自分で育て、本物の愛情を注いできたからこそ、何よりも子供の幸せを願う事が出来るようになる」

「シルヴィ……」


 シルヴィの強い意志と、俺と共に人生を歩む事に対する覚悟など、全てが伝わってきた。

シルヴィがそこまで考えてくれていた事が、俺はすごく嬉しかった。

 そしてシルヴィは、再び石澤を睨み付けた。


「だが、貴様が望む幸せは幸せとは呼ばない。そこにあるのは自分の事だけ。相手の事なんて全く考えず、自分さえ良ければそれでいいと考えている。そんなものは愛とは呼ばないし、その先に幸せなんて存在しない。貴様の都合だけで犯されていく女性達は不幸になるだけだ」

「うるさい!所詮はブスの甘っちょろい考えだ!神に選ばれたこの俺と結ばれること以上の幸せなんて、この世には存在しない!お前のようなブスでは一生理解できないがな!」


 あれだけシルヴィが語ってくれたにも拘らず、石澤は一向に考えを改めようとしない。

 もはや手の施しようが無いのだろうか。

 そんな時、石澤の真紅の片目が元の黒色に戻り、石澤の持っている魔剣の鍔から2つの赤い目玉が浮かび上がった。

 そして―――


「もうやめるんだ、玲人」

「え?」

「「っ!?」」


 何と魔王が、石澤にこんな事はもうやめるように訴えかけてきたのだ。


「何を!?」

「この2人が集めてきた、彼女達の本当の意志に触れて目が覚めたんだ。私はただ、この先私と同等の苦しみを味わって欲しくなくて研究していたのだが、そのせいでさらに多くの人が傷つき、涙を流していると知って私はようやく自分が間違ってしまった事に気付いた。そして何よりも、イリアがそれを望んでいないみたいだから。彼女が悲しむ姿は、もう見たくないから。苦しむ姿をもう見たくなかったからこの研究をしたのに、そのせいでまたイリアが苦しんでいる姿を見て、私は一体何の為に……」


 意外な事に、この事件の元凶たる魔王の方が石澤よりも先に改心し、こんな事はもうやめるように言って来た。

 考えてみたら、石澤の暴走に頭を悩ませて、女癖の悪さを何度も注意してきたな。

 それに、元々は愛した女性を取り戻したい一心で始めた研究であり、その最中に死への恐怖が極限に達した事で目的も不老不死の身体を手に入れるに変わった。そんな魔王が、彼女達の悲鳴を聞いて何とも思わない訳がなかったのかもしれない。


「だから何だってんだ?」


 だが、そんな魔王の訴えに対し石澤は顔を醜く歪ませて自分の持っている魔剣に目を向けた。


「あんな偽映像なんかに何心乱されてんだ?相手が何を思っていようが、辛い思いをしていようが、泣いていようがそんなものはどうでも良いだろ」

「何を言っているんだ!お前は彼女達の嘆きを聞いても何とも思わないのか!?」




「あんな物全部嘘に決まってんだろ!周りのゴミクズどもが不幸のどん底に落ちようとも、俺にはどうでも良い事だ!この俺が幸せになる為に世界があり、この俺の全ての望みを叶える為に女共は俺の為にその身体を差し出して気持ち良くさせて、俺が彼女達と幸せに暮らす為に俺以外の男は根絶やしにしなければいけない!全てはこの俺が一生幸せに暮らす為に絶対に必要な事であり、彼女達も俺と結ばれる事で一生死ぬ事も、苦しむ事も、飢える事もなく、労働もする必要もなく一生遊んで暮らす事が出来るんだ!これ以上ないくらいに最高じゃねぇか!この世界は、神に選ばれた、いや、神であるこの俺の為に存在するんだ!俺の思い描いた幸せの世界を作る事こそが正義であり、それを邪魔するコイツ等こそが悪なんだよ!邪悪の権化だ!」




「玲人!お前、あの裁判で反省したんじゃないのか!?」




「あれのお陰であのブスと、楠木に就く女共は悪魔の化身だという事を学ぶことが出来たから、別に反省していない訳ではない!むしろ、あの裁判のお陰で俺の決意は強くなった!この世界を正しく導く為に、神であるこの俺が立ち上がらないといけないって!」




「玲人!」


 もはや人間としての感情も、思考も、理性も、何もかも捨て去り、ひたすら自分の欲望を叶える事だけを考え、収まる事のない性欲を満たす事のみ考える。

 その姿もう、人間とはかけ離れた本物の悪魔のように見えた。


「何処まで腐ってんだ、お前は!」


 あんな姿を見ては、もう石澤を人間として見る事なんて出来ない。


「いい加減にしろ!お前の周りにいた人は全員……」

「周りの連中なんてどうでもいい!俺の為に尽くすのが常識であり、アイツ等の行動は何一つ間違っていない!連中が何を思っていようが、俺にはどうでも良い事なんだよ!」

「そこまで腐ってしまったのか!?」


 石澤の落ちぶれようには、流石の魔王も驚愕した様子であった。

 いくら石澤の周りは、石澤の能力を悪用しようと企んだ悪い人間しかいなかったからと言って、あそこまで腐りきってしまうなんて一体誰が予想できるだろうか。


「もういいさ!アナタも神であるこの俺を裏切ると言うのなら、もう貴様には用はない!」

「やめろ玲人!もうこれ以上は!」

「黙れ!」


 石澤が魔剣を強く握った瞬間、魔剣から黒い靄のような物が流出し、出てきた靄に向けて魔剣を横薙ぎに思い切り振った。

 その瞬間、靄から断末魔のような悲鳴が響き、やがて靄は人の形を成した途端に霧散していった。

 どうやらあれが、魔王の魂だったのだろう。


「アハハハハハハハハハ!呆気なかったな!魔王だの、悪魔の王・サタンとも呼ばれたくせに、思いの外あっさりと消滅したな!」

「石澤、テメェ!」


 今まで一緒に歩んみ、時にはアドバイスもして助けてくれた魔王を、自分に意見して反論したと言うだけで何の躊躇いもなく切り捨てるなんて!


「アハハハハハハハハハ!ありがとうよ!アンタのお陰で俺は無敵の身体と、無敵の力を手に入れる事が出来た!ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 完全な存在にとなったと思い込んだ石澤に、俺とシルヴィは今までに無いくらい激しい怒りを感じた。


「竜次、もういいでしょ!私はもう我慢の限界だよ!」

「ああ!俺ももう、石澤には何の感情も湧かない!あの男は自らの意志で人間である事をやめた!」


 自分に酔いしれる石澤を睨みながら、俺とシルヴィはそれぞれ聖剣とファインザーで石澤に斬りかかっていった。

 もう躊躇いはない。

 人間をやめて、新しい悪魔の王・サタンになってしまった男、石澤(いしざわ)玲人(れいじ)を殺す為に、俺は戦う意思を固めた。





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