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85 最後の決戦 1

 突然押し寄せてきた魔人達からジオルグを守り、フェリスフィアに戻って戦いの準備を進めて2日が経ち、全ての準備を整えてから俺達はフェリスフィア城からキリュシュラインの王都の前へと来ていた。

 この2日間、フェリスフィアと同盟国の騎士達は自国の警備を固めた。何故自分の国の警備に就いているのかというと、麗斗が恩恵を使って石澤がフェリスフィアと同盟国の周辺に魔人と怪物達を送り込んだ事が分かた。

 魔人達も押し寄せてくるが、いずれも昨日今日力を手に入れたばかりのずぶの素人。倒す事は出来なくても、追い返す事は可能だという事で、魔法と弩と大砲による攻撃で対処が可能だと言う事だ。怪物達も、各国の騎士達で撃退が可能だ。

 そんな訳で、今この場には聖剣士とパートナー達に加え、選出されたフェリスフィア騎士団300人が配備されている。数は少ない代わりに、魔法を得意とした騎士達が多く配備された。

 ちなみに、マリアも椿も自国の警備についていて、宮脇はイルミドの警備に就いている。

 皆が準備している中、俺は今キリュシュラインの王都が見える丘の上で、上代と秋野、犬坂と麗斗の4人と一緒に王都の前で隊列を組んでいる怪物と魔人の大群を眺めていた。


「あのヤロウ。1週間後に魔人を増やすんじゃなかったんかよ」

「アイツの事だ。どうせ気が変わったとか何とか言って変えたんだろう」


 おそらく、いや、間違いなく上代の予想通りだろう。

 ついでに、面倒な事は全部魔人と怪物達に任せて自分は女遊びの日々を過ごすと言う事だろう。


「まったく、何であんな男にたくさんの才能を与えたんだろう」

「魔王が言ってた。石澤はただ普通の人よりも要領が良かっただけ」

「秋野の言う通り。ただそれだけであって、アイツ自身が決して特別という訳ではなかったんだ」


 そう言えばそんな事を言っていたな。

 だとしても、秋野や上代の言う様にただ要領がいいだけであそこまで周りが石澤を信仰するのか?

 何で周りの人達は、石澤の言う事ばかりを正しいと思い込むのだろうか?

 石澤の家は、特別裕福という訳でもなければ強い権力を持っている訳でもない、俺達と同じ普通の一般家庭だ。

 それなのに何故、あの男の言う事ばかりが正しいと思い込んでしまうのだろうか?何故あそこまで、周りの人達が心酔してしまうのだろうか?

 そんな俺の疑問を見透かしたのか、麗斗がその疑問に答えてくれた。


「楠木殿もご存知だと思いますが、絶対服従能力を使えばどんな相手も必ずあの男の言う事だけを聞いてしまいます」

「それは知っているけど、地球でも絶対服従能力を使ったって言うのか?」

「おそらく使っていたと思います。ただし、本人が自覚している訳ではなく、無意識に使用していたと思います」

「マジかよ……」


 あの馬鹿は、地球にいた時から絶対服従能力を使って周りの人達を洗脳していたと言うのか!?しかも無意識に!?


「確かに、鹿島はともかく、香田のあの異常なまでの石澤に対する信頼もそのせいだとすれば納得がいく。でなきゃ、誰も楠木の言葉を聞かないなんて不自然だった」


 上代の言う通り、香田の石澤に対する信頼感はハッキリ言って異常であった。それなりに高い階級にあった香田が、石澤が嘘を付いている可能性を疑わないなんてあまりにも不自然過ぎた。

 だが、石澤が無意識に香田を洗脳して自分の思い通りに動くピエロに変えたのなら説明がつく。


「無論、周りの悪い大人達が彼を潰したくない一心で事実を捻じ曲げたというのもありますが」


 麗斗の言う様に、石澤があんな性格になったのは、両親と周りの大人達がその類稀な才能に目を付けて、自分達の利益に繋げようと利用したのがキッカケ。

 石澤もそんな彼等の思惑には気付いていたのだが、自分の望みが全て叶い、更に自分こそがこの世界の中心であり全てなのだと小さい事から刷り込まれたせいで、今のような史上最悪の魔王へと成り下がってしまったのだ。


「でも、確かに上代の言う様に、まともな人間なら真っ先に石澤を疑うもの。私みたいに、特に何の疑問も抱かずに鵜呑みにした馬鹿か、犬坂さんみたいな狂信者でもない限り」

「狂信者って……」


 全く石澤を疑わなかった事を反省する秋野と、その秋野に狂信者と言われて消沈する犬坂。

 石澤への信仰心を失った犬坂は、まるで魂が抜けたみたいに生気が無くなってしまった。

 その上崇拝する石澤が、聖剣士ではなく世界を混乱に陥れる最悪の魔王だという事が分かり、麗斗が本当のドラゴンの聖剣士である事が判明した事で完全に生きる意味を無くし、殆ど廃人のような状態になってしまった。


(何とか以前の黄色い服に軽装の鎧を身に着けているから、戦う意思はあるみたいだが)


 正直言って不安でしかない。

 ダンテが出来る限るフォローすると言っているが、こんな状態の犬坂を戦わせて果たして無事でいられるのだろうか?


「そんなに心配しなくても、俺や桜だってフォローに入るんだ。お前と秋野の2人には町に入ってすぐに、パートナーと一緒に城に入ってもらう。石澤を直接倒して欲しい」

「ああ」


 一応数を減らす為に俺達も戦いに参加するが、俺とシルヴィ、秋野とアレンは町に入ると同時に石澤がいる城へと転移する事になっている。

 中に入ってすぐ、シルヴィがすぐにイヴィを召喚して姿を見えなくさせてから石澤に近づき、暗殺するのだ。


「なに。俺だって犬坂を見殺しにはさせないさ。なんせコイツにはまだ刑期が残ってるからな」


 そう言いながら上代は親指で犬坂を指すが、犬坂に下された刑罰は無期懲役である為、死ぬまで独りぼっちで独房暮らしをする事になる。


「どうせなら、一思いに殺して欲しい。残り人生をずっと独房で暮らすくらいなら、いっそのこと死んだ方がマシ……」


 ボソッと犬坂がそんな事を言っているが、石澤を崇拝するあまりに暴走し過ぎてしまった為そういう判決が下ったのだが、石澤程重い罪を犯したわけではないから無期懲役という判決が下った。

 今回の戦いで、面会と仮釈放なしが免除されるが、それでもこの先暗くて狭い独房で過ごさなくてはいけないのだから、犬坂にとっては地獄のような生活が待っている事には変わりはない。


「気持ちは分かりますが、散々迷惑をかけておいて勝手に死ぬ事は許されません。死ぬまで独房で過ごすと言うのが、あなたに課せられた罰なのですから」


 無常とも言える麗斗の言葉に、犬坂は益々落ち込んだ。

 だが、罪を犯した以上はきちんと罰を受けてきっちりと反省しなくてはいけない。キリュシュラインにいた時は、石澤と一緒にたくさんの人達を苦しめてきたのだから。


「まぁ、惚れた弱みなのかもしれないが、犬坂は信じる相手を誤ってしまった」

「そのせいで、自分までも罪人として裁かれる事になって」


 上代と秋野の言う通り、そもそも石澤に出会わなければここまで人生が滅茶苦茶にならずに済んだと思う。犬坂も実は、石澤の被害者の一人だったのかもしれないな。

 だが、それでも自分で判断して選んだ末に起きた後悔だ。秋野の様に抜け出す機会もあった筈なのに、犬坂は石澤の異常さに気付いていても好きでいたいという気持ちが強すぎるせいで、石澤の呪縛から抜け出す事が出来なかった。

 その結果、犬坂は異常なまでに石澤を崇拝する狂信者へとなってしまった。


「本当に憐れな奴だ」


 もっと周りの意見を聞いて、友達や親ともしっかり相談して、間違っていると思ったらすぐに問いただす事が出来ていれば、犬坂の人生はここまで滅茶苦茶にならずに済んだのかもしれない。


「同情するのは構いませんが、情けをかけてはいけません。それでは彼女の為にはなりませんし、何よりもあの男を討つまでは情けは捨てないといけません」

「分かってる」


 レイトに言われ、俺は改めて石澤がいるであろう石澤の城の方へと視線を向けた。


「自分の願望と欲望と性欲を満たす為のだけ、ここまで事を大きくしただけでなく、大勢の人の人生を滅茶苦茶にして」


 死を極端に恐れるあまり、本来の目的も忘れて2000年もの間に億単位の人の命を奪い、そのエネルギーから不老不死の薬を生み出そうとした魔王。

 そんな魔王から貰った力を悪用し、数え切れない程多くの女性を食い物にし、己の欲求を満たす事のみ考えて行動していった史上最悪の女たらし、石澤。

 どちらも許す事は出来ない。

 特に、自分の行動を間違いとも思わずに平気で人の人生を踏みにじる石澤は絶対に許せない。

 一度人としての道を踏み外してしまった以上、あの男の事をもう人間として見る事は出来ない。


「一応最後のチャンスはやるが、それさえも棒に振るならもう容赦はしない。首を洗って待ってろ」


 吐き捨てる様にそういった後、俺はシルヴィの所まで小走りで向かった。


「話はもう済んだ?」

「ああ。あとは開戦を待つだけだ」


『そろそろ準備に取り掛かってください。敵が進行を始めてきました』


「来たか」


 麗斗から念波で指示が入り、俺達は一気に緊張状態に入り、進行を始めた相手に視線を向けた。


「ついに始まったわね」

「ああ」


 俺もシルヴィも剣を抜いて前に出られる様にしたが、敵陣の足元から黒い影がどんどん広がっていき、そこから更に大小さまざまな怪物達がゾロゾロと湧いて出てきた。


「あのヤロウ。一体どれだけの生き物をあんな姿に」


 あまりの数に辟易としている中、突然敵の頭上から大きな火の玉が物凄く大きな爆発音と共に降り注いできた。

 上を見上げると、ファイヤードレイクが敵陣を睨みながら上空を旋回していた。


「ファイヤードレイク!?何故!?」

「違うわ!あのファイヤードレイクは、私が契約しているのとは別個体だわ!」

「クソ!こんな時に!」


 今回シルヴィは、ファイヤードレイクとクラーケンをそれぞれヤマトとイルミドに配置させ、怪物や魔人達に対処しつつ自軍を守るように指示をしてあった。それを抜きにしても、シルヴィなら自分が契約している魔物の区別くらいはつくだろうが、他の人達はそうはいかない。


『皆さん落ち着いてください!あのファイヤードレイクは、シルヴィア様が契約している個体とは別個体です!』


 その為、味方はかなり混乱していたが、麗斗の言葉を聞いてすぐに落ち着きを取り戻した。

 だが、その安心感も束の間。

 そんなファイヤードレイクに続いて、ファフニールやニーズヘッグまでもが飛んできた。

 突然現れた厄竜3体を前に、配置されたフェリスフィア騎士団から不安を感じ取れた。

 そしてそれは、俺とシルヴィとて例外ではなかった。


「最悪だ!」

「こんな時に厄竜が3体も来るなんて!」


 不安がる俺達を他所に、3体の厄竜達は俺達に目もくれる事もなく怪物の群れと魔人達を執拗に攻撃していった。


『皆さん!ぼんやりしている場合ではありません!あの3体も、魔人と怪物軍と戦う為にここに来たのです。我々に危害を加え来たのではありません!』


「「ええっ!?」」


 人間を積極的に襲う厄竜が、俺達に目もくれる事もないなんてあり得るのだろうか?

 そもそも何故、ファイヤードレイクもファフニールもニーズヘッグもあんなにも魔人と怪物達を敵視しているのだろうか?

 厄竜達も、自分達の住処を捨てて逃げるくらいに魔人と魔王を恐れている筈なのに。


『疑問に思うかもしれませんが、厄竜達が魔人と魔王を恐れ、敵視するのは無理もありません。厄竜達も魔人と同じで、2000年前の大襲撃の際に魔王によって人からドラゴンの姿に変えられた人達の子孫なのです』

「なっ!?」

「厄竜達が、元は人間だったって!?」


 衝撃の事実に、俺達の間に動揺が走った。

 詳しく聞くと、ファイヤードレイクも、ファフニールも、ニーズヘッグも、そしてリバイアサンも、魔王が人間だった頃に不老不死の人体実験により巨大凶暴化した人間の姿だと言うのだ。

 しかもそれは、魔人が生まれる前のかなり初期の段階の薬物だった為、不老不死の肉体は手に入っても討伐で普通に倒す事が可能なのだと言う。

 だが、他の魔人達違って魔王の言う事は一切聞かず、本能のままに暴れるようになり、後に厄竜と呼ばれるようになったのだと言う。


「まさか、厄竜共も魔人の一種だったなんて」


『ですが、その一方で厄竜達は魔王に対する恐怖が本能として刻まれ、2回目に魔王がこの世界に現れた時も本来の住処を離れて逃げ回ったみたいです。おそらく、人間だった頃に薬物投与する魔王の姿がおぞましく、それによって恐怖を抱いたのだと思います』


 つまり、厄竜達が魔人と魔王を恐れるのは、人間だった頃に植え付けられた恐怖心が種としての本能として刷り込まれているからだったのか。


『今回魔人達と戦うのは、我々とこの世界を救う為ではなく、世界中に広く展開した魔人達から自分達の住処を守る為です。戦わないと、自分達の本来の住処も、新しい住処も全て奪われてしまうから』


「魔人をたくさん作り過ぎたせいで、厄竜達が自分達の住処を守る為に戦いに来たという訳か」

「恐怖心は拭えないかもだけど、それでも抗わないといけないくらいにこの世界は追い詰められているという訳ね」


 シルヴィの言う通り、これは決して良い事なんではない。

 石澤が馬鹿みたいにたくさんの男を魔人に変えたせいで、追い詰められた厄竜達が恐怖心を押し殺して戦いに来たという訳だ。


「窮鼠猫を嚙む、か。石澤はやり過ぎたんだ」

「だけど、これが絶好のチャンスである事は間違いないわね」

「ああ」


『ですので、一旦プランを変えます。騎士団は、厄竜の攻撃が届かない距離から魔法と砲撃を行い、楠木殿達を援護していってください。聖剣士の皆さんとパートナーは、厄竜達の攻撃を避けながらなんと前に進んでください。特に楠木殿と秋野殿、シルヴィア様とアレン殿は』


「結局あの中に入って町を目指さないといけないのか」

「仕方ないわよ」


 麗斗の無茶ぶりには参るが、それしか方法が無いのも事実。

 最初から転移しないのは、石澤の傍にいる女性達を非難させる時間を稼ぐ為だ。

 石澤は、自分が洗脳した女性達を戦わせることはしない。なので、ここで派手に戦って彼女達を安全な場所に避難させてから乗り込もうという事になった。

 あと、魔人の数も出来るだけ減らして欲しいと言うのもある。

 将として麗斗を戦いに出す訳にもいかず、上代や桜様、犬坂やダンテだけでは負担が大きすぎるという事で、俺達も戦いに参加する事になった。


「まだ全ての男を魔人にさせていないなんて、ちょっと意外だったな」

「えぇ。黒い方の事だから、自分以外の男は一人残らず魔人に変えたもんだと思ったわ」


『それは例え、魔王の援助があったとしても不可能です。キリュシュライン王の傍にいたあの傀儡がそうであるように、人を魔人に変えるのにも膨大な魔力が必要になります。魔人からたくさんの魔力を貰っていたとしても、身体への負担はかなり大きい筈です。最悪の場合、折角洗脳した彼女達と楽しい夜を過ごせなくなるかもしれませんから』


 何とも石澤らしい発想だし、麗斗の言う通りだと思う。

 いくら不老不死になったとしても、そんな身体に大きな負担がかかるような真似はしたくない。あの傀儡の様に命を落とす事は無くても、数日間は身体を動かす事は出来ないだろう。

 そんな苦痛を味わってまで、領内にいる全て男を魔人に変えようという発想は石澤にはない。

 だが、それでもかなりの数の男性が魔人に変えられてしまった。


「ッタク!本当に好き勝手しやがって」

「この短期間であんなにたくさんの魔人を!絶対に許さない!」

「ああ!」


 俺とシルヴィは意を決して丘を駆け降り、上代達もその後に続いた。

 それと同時に、頭上から緑色の光の粒子が降り注ぎ、俺達を包み込んだ。その瞬間、身体の奥底から力が湧いて出てくるのを感じた。


「エレナ様の支援魔法か。ありがたいぜ!」

「えぇ!」


 俺達に気付いた怪物共が再び向かってきたが、その前にファフニールのブレスを受けて倒されていった。


「俺達を助ける為じゃないだろうけど、助かるぞ!」

「だったら私も!引き裂け、ファングレオ!」


 シルヴィの呼びかけに答え、召喚陣からファングレオが勢いよく飛び出し、魔力で伸びた牙で怪物達と魔人を攻撃していった。俺とシルヴィの力が上がった事で、ファングレオもシルヴィの武器として魔人達を倒す事が出来るようになった。

 それでだけでなく、力も以前よりも上がっている様にも見えた。


『ファングレオが作った道を真っ直ぐ進んでください。魔人と怪物共は、厄竜達の対処でそれどころではなくなっていますので、今ならほとんど戦う事なく前に進む事が出来ます』


 そいつはありがたい!

 魔王もまさか、自分がかつて生み出した初期の魔人に攻撃されるなんて思ってもみなかっただろうし、それによって俺達の助けになるなんて想像もしなかった筈だ。


『ただし、あまり長く持ちません。厄竜達も、今回の各地の戦いに出向いている個体で全部です。足止めは出来ても、今いる魔人は聖剣士とそのパートナーでないと倒せません。いずれは押し切られて、全滅してしまいます』

『分かってる!』


 その証拠に、徐々に魔人達が俺達の方へと向かって来た。

 力は確かに強力だが、麗斗の言う通り全員が戦い慣れしていない素人の寄せ集め。

 ハッキリ言って相手にもならなかった。

 魔王の場合は、領内にいる男性の中で特に戦い慣れしている奴を魔人に変え、ソイツの指揮で大襲撃を発生させたそうだ。

 しかし今回は、石澤が領内にいる男を適当に魔人に変えている為、俺達は恩恵も聖剣も使う事無く普通に殴る蹴るで応戦する事が出来た。


「今まで戦って来た魔人達の中でもぶっちぎりに弱いが、容赦はしねぇぞ!」

「でも、だからと言って手を抜く訳には参りません!」


 そんな中で、上代は最初から聖剣を抜いて次々に魔人を倒し、桜様も精霊魔法を使って上代をフォローしていた。その間も、2人の紋様は強い輝きを発していた。


「しっかり周りを見ろ!死ぬぞ!」

「………………」


 剣士の霊を憑依させたダンテにフォローされながらも、犬坂も何とか魔人と戦っていった。だけど犬坂は、言われたから戦っているだけという感じがして、目も死んだ魚の様な目をしていた。ダンテの声にも反応していないみたいだし。当然の事ながら、2人の紋様は一切輝いていない。それどころか、浮かび上がってすらいない。


(無理もないか。今までずっと別々に行動してたもんな)


 しかも、犬坂に関してはパートナーではない別の男の事をずっと好きだったから、ダンテと仲良くしろと言われても無理な話だ。

 何より、あんな廃人同然の今の犬坂ではダンテとの絆を深めるなんて不可能だ。


(まぁ、それでもちゃんと戦っているだけマシか)


「竜次、今は町に入る事だけに集中して」

「ああ」


 俺とシルヴィ、秋野とアレンも、魔人と戦いながらファングレオの後に続いて町を目指した。


『急いでください。石澤玲人は女性達の避難を終えて、玉座に座ってアナタ方の到着を待っています。無論、正面から迎え撃つつもりなんてありません。町に入り次第、レイリィであの男のいる城に転移し、イヴィで姿を見えなくさせてから静かに近づいて暗殺してください』


「分かった」


 上代達の援護をしつつ、俺達は町を目指してひたすら走り続けた。

 厄竜達の襲撃のお陰で、俺達は怪物達と戦う事は無くなり、上代達と協力して少しずつ魔人を倒して数を減らしていった。

 ファングレオの助けもあり、俺達は何とか町に到達する事が出来た。


「シェーラの言っていた通りだな」

「えぇ。皆収容所に入れられた筈なのに」


 町に入ってすぐ、俺達は武装した元キリュシュライン兵に武器を向けられていた。


『予想通りです。向こうは完全に4人で乗り込むものと思っているみたいですが、それはフェイク。秋野殿とアレン殿は、キリュシュライン兵を食い止めてください。その間にシルヴィア様はレイリィを召喚してください。秋野殿とアレン殿も、出来るだけ殺さないようにお願いします。彼等は魔人化していませんので』


「難しい要求ね」

「仕方がありません。お2人は先に行ってください。俺達もすぐにそちらに向かいますので」

「分かった。シルヴィ」

「もう呼んでいるわ」


 シルヴィの方を向くと、既に彼女の足元には召喚されたばかりのレイリィとイヴィの姿があった。

 準備は整った。


「ファングレオは秋野沙耶とアレンの援護をお願い。竜次」


 ファングレオに指示を出してすぐに、シルヴィは俺に向けて手を伸ばし、俺はその手を握った。

 その瞬間に紋様が浮かび上がり、強い輝きを発した。

 それと同時に、俺とシルヴィの周りの景色が変わり、豪華な内装の建物の名家へと変わった。


「転移できたみたいだな」

「えぇ。イヴィ、久々の出番よ」


 シルヴィが指示を出すと、イヴィは全身から虹色の幕のような物を放ち、俺とシルヴィの全身を包み込んだ。


「姿を見えなくさせるのは、アルバト以来だな」

「そうね。なんだかんだ言って、あれ以来イヴィを召喚する機会が無かったもんね」

「そうだな」


 逆に、ファングレオとレイリィは俺が召喚されてからずっと大活躍だったな。


「んっ!?」

「どうした?」

「ファイヤードレイクが、やられたわ」

「ファイヤードレイクが……」


 契約魔物の生死は、契約者であるシルヴィにも伝わる。その為、契約魔物が死ぬとシルヴィにその情報が伝わってくるのだ。


「クラーケンも頑張っているけど、かなり苦戦しているわ」

「だったら早く石澤を討たないと」


 既に契約魔物を3体も失い、クラーケンもかなり危ない状況だと知って俺とシルヴィは大急ぎで、且つ余り物音を立てないようにしながら石澤がいる部屋へと向かった。

 石澤の城はやたらと大きく、その上中もかなり入り組んで迷路みたいになっていたが、シェーラが事前に入手してくれた地図のお陰で迷う事無く石澤のいる部屋の近くまで来た。

 だが―――


『2人とも、壁によって避けてください!』


「「なっ!?」」


 突然のレイトの指示に、俺とシルヴィは慌てて壁際に寄った。

 すると、廊下のど真ん中を見えない刃物のような物が通り、それにイヴィが真っ二つに斬られてしまった。

 レイリィは幸い、寸での所で転移して避難したが、イヴィは間に合わなかった。

 イヴィがやられた事で、俺とシルヴィにかけられた不可視の能力も消えてしまい、魔剣を抜いて悠然と歩み寄ってくる石澤と目が合った。


「よぉ。6日ぶりだな」

「たった6日でお前はやり過ぎた」


 どうやら、今の石澤に姿晦ましは利かなかったみたいで、すぐに俺とシルヴィの侵入に気付かれてしまった。


「俺の大切な女達の避難の為にわざとあんなド派手な戦いをして」

「彼女達の避難させたかったのは事実だが、厄竜共の乱入は正直言って予想外だったよ。麗斗は気付いてたみたいだが」

「厄竜か、出来損ないのアイツ等は今そんな風に呼ばれていたのか」


 魔王が喋っていると分かっていても、身体は石澤のものだし、声と片眼の色が違う意外な何の違いもないので違和感しかなかった。


「出来損ないって、お前の最低な人体実験のせいで生み出されたんだぞ」

「不老不死にもなれず、魔人にもなれなかったのだから間違いなく出来損ないだろ。ま、魔人共も出来損ないの部類に入るのだけど」

「そう言うなよ。お陰で都合の良い道具が手に入ったんだからいいじゃねぇか」

「都合がいいって!」


 そんな感覚で石澤は、大勢の男性を魔人に変えたというのか!


「黙って聞いてれば、本当にクズだわ」

「黙れブス。この俺に大恥をかかせた罪は大きい。楠木諸共地獄に落としてやる」

「それはどうかな」

「地獄に落ちるのは、貴様の方だ」


 俺とシルヴィは同時に左手を前に出すと、そこから強烈な衝撃波を放って石澤を5メートル以上吹っ飛ばした。


「さっきも言った様に、お前はこの6日間でやり過ぎだ」

「取り込んだ国の女性達だけでなく、別の世界からもたくさん攫って無理矢理婚約したそうじゃない」

「シェーラからその数を聞いて、俺達はビックリしたぞ」


 シェーラから貰った情報によると、石澤はたった6日間でこの世界と別の世界からたくさんの女性を自分の城へと引き入れ、彼女達の意思を無視して無理矢理婚約をしたという。

 それだけでも許されない事だと言うのに、その数は既に洗脳された人達も含めて総勢1万人だ。


「1万人もの女性を攫って婚約するなんて、完全に犯罪だぞ」

「それは違うな」


 すぐに立ち上がった石澤は、全く悪ぶれた様子もなく醜悪な顔で勝ち誇ったような態度で語った。


「俺は彼女達を悪い男共から救ってあげただけなんだ。あれ程の美人が、低次元のモブキャラ同然の男共と結ばれても幸せになれる訳がない。だから、この俺がそんな彼女達を助け出し、この世界の王となる俺と結婚する事で真の幸せを手にする事が出来るんだよ」

「何言ってんだ、お前」

「言っている事は支離滅裂だし、完全に狂っているわ」


 あまりにも自分勝手すぎる解釈に、俺とシルヴィは怒りと呆れが混ざった様な感情でぼそっと口にした。

 もう怒っているのか、呆れているのか、もしくは両方なのか訳が分からなくなった。


「一応言っておくが、俺はそんな玲人を止めたぞ。だが、こいつがどうしても欲しいと言って聞かないんでな。あの裁判で懲りたと思ったが」


 魔王の方が何だか良心的に見えてきた……。

 そういえば、地球にいた時も女を食い物にしてきた石澤の事を何度も止めていたんだったな。


「でも、お陰でこの2日間のお勉強が無駄にならずに済みそうじゃない」

「そうだな」


 戦いながらになると思うが、石澤と魔王に改心する最後のチャンスを与える事が出来る。

 このチャンスをものにすれば良いのだが、もし蹴るようならその時は今度こそ殺す。

 さぁ、お前達2人は果たしてどうするのだろうか?





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