83 覚醒
「確かな情報なんだろうな?」
「この私を誰だと思っているのかしら?スルトでナンバーワンの情報収集能力を持った元幹部、
シェーラことローラ・リーリン女王陛下よ」
「国際指名手配犯が女王を名乗るな」
自分が国際指名手配犯という自覚がないのか、そんな戯言を口にするシェーラに俺達は呆れていた。
そもそもシェーラがジオルグのトップに立っているのは、行き過ぎた政策を行ったデゴンを捕らえて、代わりの人間に統治させるのが目的だ。
最初は汚名を被ってでも俺が乗っ取るつもりだったが、シェーラが俺に汚名を被させない為に自ら名乗りを上げたのだ。
そして今現在、俺とシルヴィの2人はそのシェーラと共に謁見の間にいて彼女の話を聞いていた。
(まぁ、ここに来る前にいろいろと寄ったけど)
他の皆には現場で待機してもらった。何時でも転移できる様に、シルヴィの足元にレイリィを待機させた。
「まぁ、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。この国が石澤玲人の手に堕ちるのは困るでしょ」
「確かにな。だが、何の見返りも無しにお前の依頼を受ける訳にはいかない」
「つれないわねぇ。でも、それもそうね。いいわ。石澤玲人がどうやって、1週間もしないうちに大陸の約8割以上を占領出来たのかを教えてあげるわ」
「ほぉ。もう手がかりを掴んでいたのか。にも関わず、事態がこんなに重くなるまで何もしてこなかったのか?」
「やめてよ。皆の前に立った瞬間に捕まってしまうじゃない。短い間だけどフェリスフィア王国と同盟は結ぶし、一緒に石澤玲人と魔人軍と怪物の群れと戦うわ」
確かに、転移して来て早々マリアにフェリスフィアとの同盟を表明したが、それは期間限定で魔人騒動が落ち着いた瞬間に破棄すると言い出したのだ。
そんなふざけた内容であるにも拘らず、マリアはその同盟を受け入れた。一緒に戦ってくれるという部分は信じても、元スルトの幹部だったシェーラの事は最初から信用していないからというのもあるかもしれない。犯罪者と交流を深めたくないし、まともに貿易を交わしてくれるとも思えないもんな。
「お前は本当に俺達と共に戦う意思があるのか?」
「それはあるわ。これに嘘偽りはない。嘘を探知する魔法でそれは確認済みでしょ」
確かに、シェーラの気は白いままだから俺達と戦う意思はちゃんとあるようだ。
だが、同時に手を取り合う気はないみたいだ。
「さっきも言ったけど、協力するのは魔人騒動が終息するまで。あなたも言った様に、私は国際指名手配犯。捕まってせっかく手に入れた国を手放すなんて御免だわ」
「性悪女が」
「えぇ。私は悪党よ。その言葉は私にとっては誉め言葉よ」
清々しい程の開き直り方だな。
まぁいい。
「で、お前のお得意な情報収集魔法で分かったんだろ。どうやって石澤が3つの地方の殆どを侵略したんだ?転移石には限りがあるし、どんな移動手段を使って1週間もしないうちにたくさんの国を侵略したんだ?」
「あら、もう聞いちゃうの?」
「当然だ」
「私も竜次も完全にお前の事なんて信用していない。だから反故にされる前にとっとと話せ」
「私はもう少しお話をしたかったのに、つれないわねぇ~。まぁ良いわ」
溜息を吐きながらシェーラは、ポケットから煙草を取り出してその場で咥え始めた。
「煙草を吸いながら話すな」
「あら、煙がそっちに行かないように魔法もかけているし、良いでしょ」
日本では大問題になるが、まぁ異世界にそんな事を言及しても無駄だろうし諦めるか。
「石澤玲人は、転移能力を有した女を新しい嫁として迎え入れたのよ」
「転移能力って!?」
「そんな能力を持った人間なんて聞いたことが無いわ!」
シルヴィの言う通り、転移能力を持った人間はこの世界には存在しない。恩恵を使って作ろうとしたが、代償を伴ってしまう為断念した。
そんな能力を持った人間がこの世界にいるなんて、俄かには信じられなかった。
「そう。この世界にはそんな魔法が使える人間は存在しない。でも、ここではない違う世界なら存在するかもしれないでしょ」
「石澤の能力か」
そう言えば、魔王の能力は別の世界から自分が欲しいと思ったものを自由に引き寄せたり、戻したりすることが出来るのだったな。それによって、別の世界に保管している怪物達を自由に呼び出して大襲撃を起こしたんだったな。
「大体の予想が付いたわ」
「俺もだ。大方、転移魔法が使えて、尚且つ美人でスタイル抜群な女性という条件で呼び寄せたのだろう」
「確かに、凄く綺麗でボンキュッボンなナイスバディな女性だったわね」
「「やっぱり……」」
石澤が大好物にしてそうな女性だな。
なるほど。先天的に使える魔法は、恩恵を使って得ようとすると代償が必要となるし、そもそもラノベの世界のファンタジーではあるまいし、そんな便利魔法を誰もが習得できる訳がない。
「まぁ、私としては強い人間を呼び寄せた方が効率いいと思うのだけど、男は皆替えの利く捨て駒と考え、女は皆自分の欲求を叶える為の存在と考えるクズが、そんな事を考えている訳がないけど」
「あの男の頭は性欲を満たす事以外には働かないのかしら?」
「そのお陰で向こうの軍備は、数と能力に頼った幼稚な正面突破しか出来ないんだから攻めるのは楽だ」
とは言ったものの、その数と能力がかなり厄介だから俺達は困っているのだけど。
「たったこれだけでも、あの男がどうやってたくさんの国を一気に手に入れたのかは容易に想像がつくでしょ」
「まぁな」
おそらく、着いた瞬間に怪物軍を呼び寄せて国のトップを潰したのだろう。トップが潰されると、下は総崩れしてしまう為その後は楽に征服できたのだろう。
そしてそれが、どれだけ危険な事なのかもすぐに気付いた。
「幸いこっちには来ていないけど、もしもあなた達に就いている国の代表の目の前に転移なんてされたら、取り返しのつかない事になってしまう」
「ああ。特に、この戦いの一番の要のフェリスフィアは絶対に潰させる訳にはいかない」
今の所、フェリスフィアと同盟を結んでいる国が無事なのが不幸中の幸いだが、それも何時まで続くのかも分からない。
早めに手を打たないと、俺達に勝ち目が無くなってしまう。
「それにしても黒い方も、この世界だけでなく、他所の世界の女性にまで手を出すなんて。本物のクズだわ」
確かに、あの大馬鹿野郎はこの世界だけでなく、他の異世界までも支配しようとしているのだろうか?支配まで考えていなくても、世界中から自分以外の男を消して、自分と女だけの世界でも作ろうと考えているのだろう。
「私が掴んだ情報は全部話したわ。だから早く行くわよ。せっかく手に入れたこの国があの悪魔に取られるのだけは嫌だから」
「ッタク!お前は本当に自分の立場が分かってんのか?」
「さあぁ、私の立場って何なのかしら?」
わざと恍ける性悪女を一瞥した後、俺はシルヴィとシェーラ一緒に皆が待機している所へと転移した。転移してすぐ、マリアが掛け寄ってきた。
「話は終わりました?」
「ああ。石澤のヤロウ、とんでもない奴を引き入れた事が分かった」
俺は皆にシェーラから聞いた情報を話した。
石澤が新たに転移能力を有した女性を別の世界から引き入れ、彼女の力を使ってたくさんの国を征服して言った事を話した。
上代と秋野、犬坂と宮脇は美人の女を別の世界から引き寄せた事に呆れていた様子であった。
だが、マリア達が険しい表情を浮かべた事で犬坂以外の3人はすぐにこれが物凄く危険な事だと気付いた。犬坂も、危険な訳を聞いてようやく理解した。
話を聞いたレイトが、顎に手を添えて少し考えた後すぐに対策を口にした。
「とりあえず、無事な国の代表達には全員フェリスフィア王国に集まってもらうとしよう。ヤマト国王とレイシン国王、アルバト国王の3人も怪物達を撃退するだけの力があります」
「一ヶ所に固まるのは危険なんじゃ?」
「寄せ集めの兵力に大した力はありませんし、何よりもあの男も新しく加わった女もフェリスフィアの地形なんて全く知らないので、攻め込んでくる可能性は低いと思います」
「確かに、レイリィがどんな所でも転移できるから忘れていたけど、本来は自分が行った事もない所には転移できないもんね」
シルヴィに言われてようやく気付いたが、本来転移と言うのはいきたい場所を正確にイメージしないと転移する事が出来ない。転移石がそうであるように。
そうなると、制圧された国は全て石澤が一度訪れた事がある国なのだろう。
ジオルグに転移しないのは、行ったことが無いからなのだろう。だから極少数の魔人達で攻める事にしたのだろう。
「そうなると、危ないのはイルミドとレイシンとヤマトとファルビエだろうな」
「ドルトムンとバラキエラも危ない。あの国にも石澤は行った事がある」
上代から恐ろしい事を聞き、俺達はすぐに何とかしないといけないと思った。特に、ドルトムン王国は同盟を結んでいないから次に狙われる可能性がある。
「シルヴィ。すまないが急いで残っている国の代表達をフェリスフィアに避難させて欲しい」
「分かったわ」
「拙者も行くでござる」
「私も行きます。こう言うのは任せてください」
シルヴィと一緒に、椿とマリアの2人も同行しに行った。3人も抜けるのは痛いが、占領されていない国を守る為だ。
「だけど、俺達だけでアイツ等の対処をしなくちゃいけないのはキツイぞ。特に、シルヴィア王女が抜けるのはお前にとって一番の痛手だぞ」
「分かっているが、残った国が石澤に占領されるのを防がないといけないから」
3人が転移したタイミングで、俺達の目の前に20人弱の魔人達を視界にとらえた。
上代の言う様に、強い3人が抜けた事でこちらに不安が出来たが、占領されていない国を守るのが最優先だ。シルヴィもそれを分かっているから、2人と一緒に占領されていない国の代表の保護に向かったのだ。
「大丈夫です。私が皆さんの支援いたします」
魔人が迫った事で一気に緊張が走る俺達に、エレナ様がシェーラ以外の皆に支援魔法をかけてくれた。
「あら、私にはかけてくれないのね」
「あなたが戦う訳ではないですよね」
「まぁそうね」
うん。エレナ様の指摘通りだと思う。そもそもシェーラって、戦闘能力が皆無らしいからな。
「レイトも戦うのですか?」
「はい。これでも毎日剣の稽古を積んでいます。後ろで指揮を執るだけの将を誰が信用しますか。3年かけて力を付けてきました」
そりゃそうだな。
レイトだってただ後ろから指示を出すだけじゃない。いざという時には、自分も前に出て戦いに行く事だってあるのだ。レイトだってそれなりに戦える。
「流石に魔人を倒す事は出来ませんが、楠木殿達の援護くらいにはなると思います」
「それで充分です」
なんて言ってはみたが、相手は既に能力を発動させている20人弱の魔人達。たった7人だけで倒すには厳しすぎる数だ。
「そんなに気を張らないでください。恐ろしい力を持っていると言っても、元は戦い方も知らない一般人です。戦術なんてものはなく、馬鹿正直に正面突破を仕掛けていくだけの幼稚な戦法です。手に入れた力に酔いしれた愚か者が行う典型です」
「それなら、こちらも正面から迎え撃ちます。レイト様のお手を煩わせることなんてありません」
一歩前に出たアレンが、左手を前に出し、収納魔法から何百本もの剣を出し、それを魔人達に向けて飛ばした。
「飛翔剣術!」
飛ばされた剣は半数ほどの魔人の身体を貫いていったが、残り半数は金属音と共に飛んできた剣を弾いていった。
「チッ!なんて硬い外装なんですか!」
「問題ねぇ!10人以下に減れば!」
今度はダンテが前に出て、ローブの内ポケットからお札を1枚取り出し、その中に入っている霊を自分の身体に憑依させた。
「憑依!」
契約している霊を憑依させた直後、ダンテの黒一色のローブが白色の道着に変わり、鎌も黒い棍棒へと変わった。
「後に続け、犬坂愛美」
「私に命令しないで」
憑依した事で性格が変わったダンテに続き、犬坂も聖剣を抜いてダンテに続いた。2人は真ん中に立っていた魔人に攻撃を仕掛けた。
「随分と固い身体だな」
「聖剣が刺さんない!」
だが、相手の硬すぎる外皮に手を焼いていて、その間に魔人も2人に攻撃を仕掛けてきた。地面が揺れる程のパワーを前に2人はなかなか近づけないでいた。本気の魔人と戦ったことが無い犬坂と、そもそも魔人と戦ったことが無いダンテでは1人を相手にするのがやっとの様だ。
そんな2人を、宮脇が魔法でサポートに入って何とかなっているが、それでも1人倒すのには時間が掛かるだろう。
「私達も行きますよ、翔太朗様!」
「ああ。桜も俺から離れるなよ!」
そんな3人に続いて、上代と桜様もそれぞれ聖剣と愛刀を抜いて魔人達に向かっていった。
「植物の精霊達!アイツ等を拘束して!」
走りながら桜様が、犬坂たちが戦っている魔人以外の魔人全員に精霊魔法を使って芝生の草を伸ばし、身体を縛って動けなくさせた。
「サンキュウ、桜!」
その内の1人の魔人を、上代が聖剣で頭から真っ二つに斬った。あっという間に1人を倒していって、あの2人がこの1年でどれだけ上達していったのかが伺える。
「私だって負けません!」
そんな上代に触発されて、桜様も上代が倒した魔人の隣にいた魔人の首を刎ね飛ばした。
「流石は上代殿です。俺の飛翔剣でも貫く事が出来なかったあの外皮を容易く」
「何言ってるの。私達も負けていられないよ」
「分かっています。蔦が切れる前に俺も」
「アレンは私が守るから、防御は気にしないで」
飛ばした剣を全て収納したアレンが、腰に提げてあった剣を抜いて左端にいた魔人に斬りかかっていった。秋野もそんなアレンに続き、蔦が切れて襲い掛かってくる魔人から自分はもちろんアレンを守っていった。
その間にアレンは攻撃に専念し、硬い外皮を避けて首の付け根や脇の下などの関節部分を狙って攻撃していった。
勿論、秋野もただ守ってばかりではなく、盾で魔人の攻撃を防ぎつつ脇や肘などの柔らかい部分を積極的に攻撃していった。
「上代と秋野の2人は本当に強くなったな」
皆の戦いを確認しながら、俺も魔人を1人倒していった。マリアのお陰でかなり強くなった為、昨日今日強くなった魔人が相手なら瞬殺できる様になった。
とは言え、俺は今1人で戦っている為徐々に苦しくなっていった。
しかも、地面から黒い影が浮かび上がって新しい魔人がゾロゾロと湧いて出てきて、俺達に襲い掛かってきた。
「なんて弱気になってんじゃねぇんだよ。俺だって負けていられないな。例え、シルヴィがいなくたって」
「強がり言ってんじゃないわよ」
「え?」
目の前にいる魔人に攻撃しようとした瞬間、突然目の前に短い金髪をなびかせながらファインザーを抜いたシルヴィが現れ、魔人の胴体を真っ二つに両断した。
「レイリィ、あなたはマリア様達の所に戻って、同盟国の代表達をフェリスフィアに送る手伝いをして」
シルヴィが指示を出すと、俺の足元にいたレイリィが啓礼のポーズを取ってパッと消えていった。
「シルヴィ!何で!?」
「私は竜次のパートナーよ!一緒に戦わないと!」
その為にわざわざ自分だけ戻って、戦いに来たと言うのか。
「それに、これは向こうに転移して気付いたんだけど、レイリィの近くにいなくても意識を繋げる事が出来るようになっていて、遠くにいても考えるだけで指示を出せるようになったの」
「マジかよ……」
何だよそのチート能力!?
通常、レイリィに指示を出す時は常に主であるシルヴィが近くにいなくてはならない。
だけど、今はレイリィと意識を繋げる事で例え遠くにいても指示を出す事が出来るようになったというのだ。だから、俺と一緒に戦いながらでも遠くにいるレイリィに指示を出す事が出来たのか。
もしかして、恩恵のお陰で召喚術もパワーアップしているのだろうか!?
「他にも、この子もパワーアップしたわ。ファングレオ!」
シルヴィの呼びかけに答えて、突然浮かびあがった召喚陣からファングレオが白い翼を羽ばたかせながら飛び出してきた。出てきてすぐ、ファングレオは長く伸ばした犬歯で次々と魔人達を倒していった。
「って、ファングレオが魔人を倒した!?」
「これもさっき気付いたんだけど、契約魔物も私の武器として認定されたみたいで、ファングレオだけだけど魔人を倒す事が出来るようになったわ」
「スゲェな……なんか俺だけが取り残された気がするな……」
「そんな事は無いわ。竜次だってかなり強くなっているし、竜次がいなかったらこんな力は身に付かなかったわ」
「シルヴィ」
「竜次が強くなっているのと同じ様に、私だって強くなっているのよ」
やはりシルヴィには一生敵わない。シルヴィがいてくれるお陰で、俺は今も戦う事が出来る。
「共に戦おう!」
「えぇ!」
その直後、俺とシルヴィの紋様が浮かび上がり、眩しいくらいに強く輝きだした。
「俺も、桜が一緒にいてくれるだけで心強い」
「私も、翔太朗様ともっと仲良くなりたいです」
上代と桜様の紋様も浮かび上がり、俺達に負けないくらいの強い輝きを放っていた。
「私もそれを実感している」
「沙耶が守ってくれるお陰で、俺は攻撃のみに専念できます」
秋野とアレンの紋様も、俺達と同等の輝きを放った。
犬坂とダンテも徐々に慣れていき、紋様こそ浮かばなかったが連携が取れるようになった。
「凄い。あの魔人達を相手にそれ程苦戦する事無く」
「1年でここまで強い絆で結ばれて、ここまで力を付けるなんて、凄いです」
俺達の戦いを見て、レイトとエレナ様が感心していた。
「でも、感心している場合でもないみたいです」
「はい。微力ならも、私もレイトと一緒に戦います」
流石に数が多いせいで、俺達が討ち漏らした魔人がレイトとエレナ様に襲い掛かってきた。
レイトは即座に剣を抜いて応戦し、エレナ様も魔法で攻撃していった。
「倒す事は出来ずとも、私とて剣の稽古は積んできました。後ろで指示出すだけの将ではありません」
「剣ではお姉様には敵いませんが、魔法でしたら負けません」
初めての魔人との戦いとは思えない程の息の合った戦で、レイトとエレナ様の2人は魔人を俺達の方へと押し戻していった。
「って、こっちに丸投げかよ!」
「仕方ないわよ!あの2人は魔人を倒せないから!」
「そうだな!」
2000年以上前に開発された薬物により、望まぬ形で身体を変質させられた可哀想な人達ではあるが、元に戻せない以上このまま生かしておく訳にはいかない。
代償を支払えば戻せるが、周りの人達に絶対に使っては駄目だと釘を刺されている為使えないし、俺とシルヴィも使う事を恐れている。かつて青蘭が、発動直前に代償を恐れて使うのを躊躇ってしまった気持ちが分かってしまった今、魔人にされた彼等を元に戻す事は出来ない。
覚悟が出来たとしても、そのタイミングは今ではない気がする。
だが、これだけゾロゾロと出てくる魔人を相手に、俺達だけでは対処しきる事が出来ず、どうしてもレイトとエレナ様の所にまで来てしまう。
その度に2人は押し返しているのだが、どうしても倒す事が出来ないのはかなり苦しく、徐々に劣勢に追い込まれていた。
助けに向かいたいけど、俺達もゾロゾロと湧いて出てくる魔人達の相手で精一杯であった。
「クソ!やはり聖剣士様でないと駄目ですか!」
「それでも構いません。レイト様と共に戦う事が出るのでしたら」
「何を言っているのですか!エレナ様はお下がりください!あとは私が何とかします!」
「何を言っているのですか!私はレイトの妻になる女なのです!夫を置いて逃げる訳には参りません!」
「今はそんな事を言っている場合では!」
「レイトは何時もそうです!」
普段大人しいエレナ様の口から、想像もつかない程荒げた声を上げてレイトの前に立って魔人達を押し返すエレナ様。
「どうして私を見て下さらないのですか!私が一国の姫だからですか!執事では身分が違い過ぎるから何だって言うのですか!」
「重要な事です!貴方はフェリスフィア王国第二王女で、私は王城に仕える一介の執事でしかありません!同盟を結んでいる国は良い思いをしません!」
「王位を継ぐのはお姉様であって、私はいずれ王城を出て何処かの貴族に嫁ぐだけです!でも、それでも私は好きでもない男の所に嫁ぐのも、この身を穢されるのも絶対に嫌です!結婚する相手くらい自分で決められます!そんな私が選んだ男なのです!周りが何と言おうと知った事ではありません!お母様だって、執事としてではなく、優秀な将としてのレイトの事を高く評価していますし、私との結婚にも反対しません!ですからレイトは、身分がどうとか気にしないでください!」
王女と執事という身分なんて気にする事なく、レイトへの愛を叫ぶエレナ様。その言葉からは、エレナ様のレイトへと強い想いが感じられた。
そんなエレナ様の覚悟を聞いて、ずっと流し続けてきたレイトも突き放す事が出来なかった。
「エレナ様」
「あなたと共に戦います。例え地獄の魔王が相手でも」
そう言ってエレナ様は、レイトに手を差し伸べた。
レイトも、そんなエレナ様の手を握った。
その瞬間、レイトの身体から金色の光が発せられた。
「なに!?」
「これは!?」
レイトから発せられた光に、俺達だけでなく魔人達までもが目を奪われた。
そして、その光はゆっくりとレイトの身体から離れていき、やがて光が形を成して1本の剣へと姿を変えた。竜の頭からコウモリの羽が付いた鍔をした黄金色の剣、否、聖剣であった。
「これは……」
レイトが聖剣に触れた瞬間、右の手の甲から黄金色の竜の紋様が浮かび上がり、エレナ様の右の手の甲からも同じ模様の紋様が銀色に輝いていた。
「ようやく、私を受け入れて下さいましたね。私の聖剣士様」
「思い出した!私は3年前にこの世界に召喚され、聖剣を授かったその日にキリュシュラインが攻め込んできて……」
全てを思い出したレイトは、手にしたドラゴンの聖剣を鞘から抜いた。
「さて、今は感慨に老けている場合ではありませんね。そろそろ終わらせるとしましょうか」
「はい。全てレイトの予想通りです」
気を引き締め直したレイトはゆっくりと立ち上がり、俺達の方へと視線を向けた。
「楠木殿。右斜め後ろにいる魔人を切ってください。ソイツが陰から魔人達を呼び寄せている魔人です」
「なに!?」
レイトに言われてすぐ、俺は言われた通り右斜め後ろにいる魔人を聖剣で斬った。
その直後、魔人達を召喚させていた影が無くなり、他の魔人達も不利を悟ったのか転移石を使って逃げていった。
「逃げたみたいですね」
「良いんです。元は何の罪もない一般人なのです。これで彼等が悪さをする事は無いです。戻ってもあの子に殺されるだけですから」
確かに、レイトの言う様に敵前逃亡をした魔人達が石澤の所に戻って生きていられる訳がない。石澤にとって、自分以外の男は皆変えの利く捨て駒にすぎない為、俺達から逃げるなんて自殺行為に等しい行為。
石澤から逃れる為に、誰にも見つからない所に身を潜める事になる。騎士や軍人ならそんな事は無くても、戦闘経験皆無の元一般人にそれでも敵に立ち向かおうという意思なんて存在しない。勝ち目のない戦いなんて願い下げだからな。
「向こうも順調の様ですね」
「流石レイトです。予め同盟国に赴き、各地で騎士達を配備させて、怪物達の出現に備えるのですから」
「それに、私達が戦っている間に石澤玲人は、最初にバラキエラ王国で魔人達を召喚させようとしたけど、転移した直後にたくさんの騎士達に剣を向けられてやむを得ず何もせずにヤマトへと転移して行きました」
どうやら、敵の動きが頭の中に映し出されているのだろう。
確かレイトは、敵の動きや状況が正確に分かると言っていたが、もしかしてそれこそがドラゴンの聖剣士に与えられる本当の恩恵なのだろう。
実は俺達は、ジオルグに転移する前に各同盟国に転移して行き、レイトはエレナ様と共に国の代表へと会いに行って何か話に行っていた。
備えておくようにと言いに行ったと思ったが、まさか石澤が何処に転移するのかまでも正確に把握していたなんて思わなかった。
その後、石澤はヤマトでも同じ目に遭ってすぐにレイシンに転移したのだが、そこでもすぐに包囲されたというのだ。
結局石澤は、何もせずにキリュシュラインへと帰って行った。
「それにしても、石澤が転移する場所を正確に読むなんて」
「恐ろしい男だわ」
戦いが終わった後、俺達は武器を納めてからレイトの所へと駆け寄った。
「まさか、あなたが本当のドラゴンの聖剣士だったなんて、驚きだわ」
流石のシェーラも知らなかったみたいで、心底驚いた表情を浮かべていた。
「無理もありません。召喚されて、聖剣を授かってすぐにキリュシュラインが攻めてきましたので」
その後、レイトは聖剣を自分の身体の中に隠し、召喚させた国の王妃様に魔法で一時的に記憶を無くさせた。
それからレイトは、どうやってフェリスフィアまで向かったのかは覚えていないが、何とかフェリスフィア王国の王都に辿り着き、女王に秘められた能力を見抜かれてスカウトされたという。
それから先は、王族専属の執事兼将として過ごしていた。
「改めて自己紹介いたします。私の本名は、風間麗斗と言います」
「風間、麗斗!?」
「ん?」
レイト、もとい、麗斗の名前を聞いて上代が驚いていた。
「どうした?」
「『風間』は石澤の母親の旧姓で、風間麗斗は30年前に突然行方不明になった石澤の母親のお兄さんの名前だ」
『ええぇ!?』
その驚愕の事実に、俺達は一斉に声を上げて驚いた。




