82 有力候補とジオルグの危機
「どうして、こんな……」
「お2人が望んだ事です。そんな顔をしないでください」
下山した後、燃え上がる山頂を眺めながら俺は自分の無力さに打ちひしがれていた。
アリエッタ王女は1人先に城に戻り、シルヴィも彼女の後に続いた。だが、アリエッタ王女は俺とシルヴィを拒絶し、まるで親の仇を見る様な目で俺とシルヴィを睨み付けていた。
親ではなく、友人の仇なのかもしれない。
おそらく、城に戻っても会話なんて一切なく、2人はもう以前のような関係には戻れないだろう。
「アリエッタ様の事は、どうかお許しください。彼女自身も、頭の中では理解しつつも、感情が追い付いていかずに楠木殿とシルヴィア様を憎む事で傷ついた自分自身を守ろうとしているのです」
「シンは?」
「そうですね。私も正直言って納得がいっていません。けれど、エミリアの死は既に予知していましたし、回避なんて絶対に出来ません。アバシア国王と王妃様も、エミリアや王子のいる黄泉の国に逝きたかったのだと思います」
「だけど……」
俺が代償を支払うのを拒んだばかりに、たった1人の女の子を救う事が出来なかった!俺とシルヴィの死に直結する訳でもないのに、周りの人間から俺達の記憶が無くなる事を恐れてしまった!
そのせいで、エミリア王女だけでなくアバシア国王と王妃様までも死なせてしまった!
「悔やまないでください。私はむしろ感謝しているのです。エミリアを救ってくださったことを」
「救ったって……俺は!」
「エミリアの顔をご覧になられたでしょ。あんなに嬉しそうにしていらしたのです。楠木殿を恨む訳がありません」
「シン……」
「それに、エミリアの身体を治しても、楠木殿とシルヴィア様の事をお忘れになるのは嫌ですし、こんな状況下でそんな事は望ましくありません」
「……はは、やっぱり知ってたのか」
フェリスリア女王やマリアなど、ごく限られた人達にしかまだ話していないのに、シンはよく気付いたな。
「北方の人達から、楠木殿とシルヴィア様の記憶が無くなったと聞いた時から、規模の大きさから残酷な代償が伴う事に気付きました。そんな事をしてまで、エミリアを救って欲しいとは思いませんし、エミリアもきっとそれを望みません」
笑顔で言っているが、目はちっとも笑っておらず、声の感じから悲壮感が漂っていた。
気持ちは付いていっていなくても、今自分がやるべき事をしっかり理解しているから、感情に流されないように必死になっているのだろう。
「誤解されないようにおっしゃいますが、私は楠木殿の事は憎んでおりません。私が憎いのは、エミリアを奪い、彼女だけじゃなく大勢の女性を子供が産めない身体にさせたあの男、石澤玲人ただ1人だけです。これに嘘偽りなどございません」
「ああ。俺もアイツの事は許せない」
自分の性欲を満たす為、自身のただれた欲望を叶える為だけに美人の女性を手当たり次第に奪い、そして子供まで産めない身体にさせた。
こんな事をしておいて、まだ自分は悪い事を何一つしていないと思い込んでいる石澤の異常な思考に、俺も改めて激しい怒りを感じた。もはや性欲だけを糧に生きている様な悪魔だ。
「ですからお願いします。あの悪魔を必ず討伐してください。どんなに許しを請いても、絶対に許してはなりません。あんな男に、情けをかける価値などないのですから」
「ああ。俺も石澤の事はもう人間だなんて思っていない。絶対に許さない」
必ず石澤を討つと約束した後、俺とシンも城に戻り、シンはすぐにフェリスフィア王国と同盟を結ぶ決意を示した。
兵力が大幅に落ちている為、物資の調達や後方支援がメインになると思うが、それでも共に戦ってくれる同盟国が増えるのはありがたかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイシン王国で3日過ごし、俺とシルヴィは一旦フェリスフィアへと戻った。
戻ってすぐ、シルヴィはレイリィと一緒に他の国に行っていた上代や秋野達を連れ戻した。
理由はもちろん、ドラゴンの聖剣士かもしれない人物が分かったからだ。
早速フェリスフィア城内にある会議室を借りて、上代と秋野と犬坂、桜様とアレンとダンテ、マリアと椿と宮脇の9人に来てもらった。
「それにしても、シンったらよくそんな重要な情報を思い出したわね」
「ただ、諜報員から聞いた情報から推測しただけだから、流石に断定は出来ないと言っていた」
シルヴィは若干懐疑的ではあったが、これは嘘ではない。
いくら未来予知が出来ても、誰が本当のドラゴンの聖剣士だと断定する事が出来ず、シン自身も俺から話を聞かなかったらずっと忘れたままだと言っていた。
「黒髪と茶髪の違いはあったが、話を聞かず、魔王に覚醒しなかったら石澤がドラゴンの聖剣士だと思っていたって言ってた」
「そりゃ、3年も前の話だし、しかもそんな部分的な特徴を言われてもピンとは来ないわよ。しかも、黒髪に黒い瞳の人間はヤマト王国ではありふれているし、ヤマトから西方に移住した人だってたくさんいるわよ」
「確かに」
シルヴィの指摘通り、フェリスフィアにもヤマトから移住してきた人だってたくさんいる為、特定するのは難しい。
通常なら。
「だけどシンは、そんな中で最も該当する人物に心当たりがあるって言うんだ」
「心当たり?」
「ああ」
あまり長く引っ張るのも良くないと思い、俺はシンが導き出した本当のドラゴンの聖剣士だろう人物の名前を挙げる事にした。犬坂以外全員が、固唾を飲んで俺の顔を見た。
と言うか、何でシルヴィ以外誰も喋らないんだ?目が死んで俯いている犬坂はともかく、皆が俺をジッと眺めたまま一ミリも口を開こうとしない。
御託はいいからさっさと言えってか?
まぁいい。
「シンは、レイトが本当のドラゴンの聖剣士ではないかって言ってるんだ」
『なっ!?』
おぉ、ようやくシルヴィ以外の声が聞けた。
やっぱりみんな驚くわな。
「まぁ、俺も聞いた時は信じられなかったが、話を聞いて思わず納得してしまったんだ。黒髪黒目で、3年前以前の記憶が無く、何処からかフラッと現れて、大襲撃やキリュシュラインの進行を将として何度も食い止めた。他に考えられないんだ」
「確かに、言われてみればレイトが最有力候補になるわ」
「私はとても信じられません。執事レイトがドラゴンの聖剣だなんて。ですが、言われてみれば確かにレイトな気がします」
3年も傍にいたマリアも、レイトのこれまでの功績を鑑みて納得がいった様子であった。
「言われてみれば、レイトには相手の戦況を正確に読み取る能力があり、この世界にはない知識と戦術、更には弩の様な武器に関する知識もありました。それがこの世界に無い知識だとしたら納得がいきます」
マリアの言う通り、いくら魔法が進んだ世界であってもそんな魔法を作るなんて不可能だし、人工衛星も無しにそんな事なんて出来ないし想像もできない。
しかし、それが恩恵の一部だとしたらいろいろと納得もいく。
俺とマリアの意見に、ある一人の人物意外が納得して頷いてくれた。言うまでも無いが、納得がいっていないある人物と言うのは犬坂愛美の事だ。
「もしその話が本当だとしても、そのレイトという人が本物のドラゴンの聖剣士だとも限らないんじゃない」
生気が無く、感情が全く感じられない意見だ。
言いたい事は分かるが、具体的に何故そうとも限らないのかを説明できていない。
おそらく、今でも石澤こそがドラゴンの聖剣士だと信じていて、魔王になってしまったのは何かの間違いだと思い込もうとしているのだろう。
「でも、他に考えられる人がいないわ。レイトさんの知識の中に、地球の知識も含まれているから」
「たまたま知ってたという可能性もあるんじゃない。宮脇さんだって、普通の人が知る事が出来ない火薬の作り方を知ってるし」
「弩の仕組みやファランクスの陣形もそうだが、大昔の地球で取り入れられた戦術や武器の知識だってあるんだ」
「それもたまたま知っていただけじゃないの」
宮脇と上代の意見を、犬坂はたまたま知っていただけだと言って切り捨てていった。
というより、無理矢理理由を付けて否定している様にも見える。
そんな犬坂を見かねた秋野とダンテが立ち上がり、犬坂の左右に着いた。
「いい加減に認めて。石澤は聖剣士ではなかった。アイツはただ自分の欲望のままに生きようとしているクズで、この世界に災いをもたらす真の魔王」
「現実を受け入れろ。お前の王子様は悪魔になってしまったんだ。あの男の人物像は全て幻想なんだ」
「いい加減にしてよ!」
石澤が魔王だった事を2人が言うと、犬坂はいきなり大きな声を上げて席から勢いよく立ち上がった。
「何で皆、石澤君の事を悪く言うのよ!石澤君はただ、誰も傷つく事もなく、死ぬ事もなく、年を取る事もない完璧な世界を作ろうとしてくれているのよ!それの何がいけないって言うのよ!おかしいわよ!石澤君は、皆の幸せの為に戦ってくれているのに、どうして分かってくれないのよ!」
先日キリュシュライン城の出来事を話しても尚、石澤は悪くないと声高に言い張る犬坂。
(裁判で石澤の醜い本性や、汚い欲望までも目の当たりにしたにも関わらず、それでも石澤への想いを捨てきれないのか!?)
「呆れた女だ。理性の欠片もない獣のような男に、ここまで心酔するなんて」
全く考えを改めない犬坂に、シルヴィが嫌悪感を隠す事もなく辛辣な言葉を吐いた。
そんな犬坂に対し、激怒した秋野が襟首を掴んで引き寄せた。
「アンタって奴は!まだそんな事を言うの!そんなの誰も幸せにならない!」
「死ななくて歳も取らなくなる事がそんなにいけない事なの!?」
「その代償は!?死ななくなってもちゃんと人としての感情や理性を保てるの!?相手を思いやる事も、よりよい未来を作ろうと努力する事が出来る!?」
「死なないのならそれも可能でしょ!代償なんてある訳がないでしょ!」
「それは違う!」
不老不死を肯定する犬坂の考えを、秋野は真向から否定した。
「人間が文明を築けたのは、限りある命の中で精一杯生き抜いて、将来生まれてくる子供達の為によりよい未来を残していこうとしたから出来た事。例え死ぬ事が分かっても、次の世代に自分の思いを伝えていく事で、人間は文明を築き上げていく事が出来たの。
でも、死なない身体になるとそれがどうでも良くなってしまう。死なないのだから今じゃなくてもいい。それを延々と考え続けてしまい、文明の発達が無くなってしまう。
しかも石澤の場合、更に子供が産めなくなってしまうのよ。
犬坂さんは、そんな身体にされて本当に幸せを感じられるの?」
「子供が産めるかどうかなんてどうでもいい!そんな事で人の幸せを図らないでよ!」
秋野の説得にも気持ちが揺らぐ事なく、犬坂は尚も反論を続ける。
だが、それは子供が産めなくて悩んでいる人に対して失礼だ。
確かに、子供を産むだけが女の幸せとは言い切れない。難しい問題ではあるがだ。
だが、ここは地球ではなく異世界だ。
地球とこの世界とでは、価値観が全然違うのだ。
「例え子供が産めなくなっても、肉の欲求のままに関係だけを継続するなんて間違っているわ。それに何より、石澤が女性達に向ける愛情は皆無。ただ自分の欲望を満たす為だけの道具として利用しているだけよ」
「石澤君はそんな人なんかじゃない!絶対に違う!」
「どうしてそう言い切れるの?裁判でアイツの本性を見てもまだそんな事が言えるの?」
「だってそうでしょう!あんなに完璧な容姿と、完璧な性格と、完璧な運動神経と、完璧な成績を取った石澤君が悪い人な訳がない!」
幻想ばかりを口にする犬坂を前に、俺達は呆然として眺めていた。
「この期に及んでまだそんな事を言うのか」
あんなに大々的に醜態をさらしているのに、石澤の幻想に縋って妄信する犬坂を見ているとだんだんイライラし始めてきた。
見かねたダンテが、犬坂の肩を強く掴んで引き寄せ、強引に自分の方を向かせると頬を叩いた。
「アンタ!」
怒りを露わにする犬坂に、ダンテは犬坂の顎を強く掴んだ。
「いい加減に目を覚ませ!何時まで現実から目を逸らし、幻想につがり続けるつもりなんだ!」
「幻想って!あたしが石澤君に向けている想いが幻想だって言うの!?」
「そうだ!幻想なんだよ!在りもしない幻なんだよ!」
「そんな事―――!」
「お前もいい加減、自分に嘘を付き続けるのはやめろ!」
ダンテのその言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。
犬坂も、ダンテの言葉に何の反論も出ず、目に涙を浮かべながらじっとダンテの顔を見続けていた。
「お前だって本当は分かってたんじゃないのか?あの男が、お前が理想とする王子様なんかじゃない事を。何人もの女を食い物にして、この世界に召喚されてからも更に女癖が悪くなったアイツを。そんなただれたアイツの本性を見て、それでもうアイツが王子様だと思えなくなってたんじゃねぇのか?」
ダンテの予想に何の反論も出来ないのか、犬坂は涙を流しながら黙ってダンテの目を見ていた。
「沈黙するって事は、図星だな。気付いていても尚あの男を想い続けるのは、その信仰心のせいだろ。それまで自分が崇拝してきた完璧男子の本性を知って、そんな筈がない、何かの間違いなんだと自分に言い聞かせる事で目を逸らし、ひたすら崇拝し続けてきたんだろ。自分の気持ちに嘘を付いてまで。だから、お前の気は常にピンク寄りの赤色をしてたんだ」
そうか。
犬坂の気がピンク寄りの赤なのは、石澤の本性に気付きつつも、自分自身の恋心と信仰心が邪魔をして向き合う事から避け続けたからなのだな。
しかし、そのせいで犬坂自身もここまで狂わせてしまい、その結果取り返しのつかない所まで来てしまい、前の裁判で面会と仮釈放なしの終身刑が下されたのだ。
「哀れな女だ、お前は。もっと自分の気持ちと向き合っていれば、凝り固まってしまった信仰心と妄信を疑えば、お前は地獄に落ちずに済んだんだ」
「……じゃあ、どうすれば良かったのよ……」
しばらくダンテの予想を聞いた後、ようやく犬坂の口が開いた。
「確かに、この世界に来てからの石澤君はどうかしていたわ。いくら一夫多妻が認められているからと言って、1000人以上もの女性と婚約するなんておかしい事も分かっていた」
ダンテの話を聞いて、犬坂はようやく石澤の異常性を認めた。
「けど……」
だが、それは同時に犬坂の胸の内に秘められた思いも全て吐き出される事になった。
「それでも私は、石澤君の事を愛していたの!こんなにも誰かを好きになったのは、生まれて初めてだった!
石澤君に彼女がいても、ただれた部分を知っても、異常な所を知っても尚、石澤君の事が好きで好きで仕方が無かった!どんなに歪んでいても、どんなに醜くても、私には石澤君がキラキラした本物の王子様に見えてた!
上代君達が石澤君の事を悪く言っても、そんな物がどうでも良くなるくらいに石澤君の事が本当に好きだったの!
そんな石澤君への気持ちを否定するのがどうしても嫌だったの!この想いが間違いだったと認めてしまうのが、石澤君を否定するのがどうしても嫌だった!
だからあたしは、どんなに石澤君が間違った事をたくさんしててもそれを咎める事も、否定する事も出来なかった!
石澤君に嫌われるのが、怖かったから!
石澤君に嫌われたら、傍にいなかったら、あたしはもう生きていけなかった!そのくらい石澤君の事を愛していたから!」
全ては、生まれて初めて本気で好きになった石澤に愛されたかったが為、嫌われ、拒絶されるのを恐れたが為に起こった暴走。
それが、犬坂をここまで狂わせた最大の要因だったのか。
「まったく、恋は盲目ってよく言うけど、これは相当周りが見えなくなってしまっているわね」
シルヴィはそう言うが、本心ではちゃんと客観的に石澤を見る事が出来ているので完全な盲目ではないと思うが、それでも分かっていた上で見ないふりを続けていたのだから、やはり盲目状態になっていたのだろう。
「好きという気持ちが強すぎるが故の暴走か。だが、そのせいでどれだけの人が傷ついたと思っている?そんな人達の姿を見て、お前も何とも思わなかったわけではないだろ」
「それでも、あたしにとっては石澤君に嫌われる方が怖かったから……結局何も言う事が出来なかった」
燃え上がってしまった恋心を消してしまいたくなくて、冷めてしまいたくなくて、相手に捨てられたくなかったから、自分に嘘を付いてずっと石澤のする事全てを肯定し続けてきたのか。
そんな犬坂の胸の内を聞いて、シルヴィと桜様が立ち上がって反論した。
「嫌われたくなかったから何も言えなかったって言うけど、そんなのは本当に相手の事を思っている訳ではないわ」
「例え相手に一時的に嫌われてしまっても、愛する人の間違いを正す事が出来ない愛なんて愛ではありません」
「2人の言う通りよ。相手が間違った方向に進んでいたり、危ない事をしていたりしてたらそれをきちんと止めて、正してあげるのが本当の愛情だと私も思う」
シルヴィと桜様の言葉に、秋野も賛同した。
「アンタにとっては残酷な事なのかもしれないけど、あの男は王子様でも何でもない。私達が討ち倒すべき真の敵。大襲撃を起こした魔王そのものなの」
「アナタ抱いていた愛情は、幻だったのよ。そこに本当に愛なんて存在していません」
「もちろん、石澤も犬坂さんの事なんて最初から愛していない。自分の欲望を満たす為だけの、都合の良い人形としか思っていない。そんな男なんかの為に、人生を棒に振る必要なんて無かったのよ」
3人の言う通り。
結局犬坂は、永遠の愛を誓う相手を間違ってしまった。
それに気付いていても、湧き上がってくる恋心を止める事が出来ずに進んだ結果、今の犬坂が形成されてしまったのだろう。
そんな犬坂に向けて、ダンテが彼女の最後の意志を確認させるような言葉を発した。
「ここから先はお前の正直な気持ちで決めろ。このままアイツへの思いを捨てず、アイツの側に就くと言うのなら俺達は止めない。だが、その代り俺達はお前にも容赦しない」
それはそうだ。敵になるのだから。
「だがもし、お前の中に僅かな良心があり、そこにお前の本心があるのなら今度こそその気持ちに嘘を付かずに付き従え。その代り、アイツと戦う事になる」
犬坂の本当の気持ちは、本来は後者にあると思うのだが、愛する石澤と戦う事になる為、犬坂にとっては残酷な決断になるだろう。
だが、人としての在り方を捨ててしまった石澤にもう俺達の言葉なんて届かないし、犬坂やアイツ好みの女性が説得しても揺らがないだろう。自分のやる事全てが正しいと思って疑わないのだから。
「どうするかお前が決めろ。アイツの側に就くのか、俺達の側に就くのか。嘘偽りのない、お前の正直な気持ちで答えろ」
自分の気持ちに蓋をして愛する石澤に就くか、自分の気持ちに従って俺達と協力するのか。
どちらかを選ぶかによって、今後の犬坂の対応も変わってくる。
「あたしは……」
そして犬坂は、瞳から大量の涙を流しながら自分の意志を答えた。
「あたしはもう、これ以上誰かが傷つく事はしたくない!石澤君の事は、正直言って今でも愛している!でも、石澤君が大勢の人を不幸にして喜んでいるというのなら、もう付いて行く事なんて出来ない!もう間違いたくない!」
自分の本心と向き合い、溜め込んでいた思いを全て全て吐き出した後、犬坂は大きな声を上げながら泣き崩れた。
そんな犬坂を、ダンテが抱き寄せる様に支えてあげた。
「ようやく、自分の本当の気持ちを口にしたな。まったく、世話の焼ける女だ」
泣きじゃくる犬坂の頭と背中を、ダンテは優しく撫でてあげた。
その後、ダンテは泣き続ける犬坂を連れて部屋を後にした。
2人が退室した後、話の続きをした。
「けれど、もしも本当にレイト殿がドラゴンの聖剣士だったとしても、肝心のパートナーがいない以上、真の力も発揮する事が出来ぬままではござらぬか」
「それは大丈夫だと思う。シャギナは間違いなく石澤のパートナーで、レイトのパートナーは別にいると思う」
だって、魔王が自分で言ったのだ。せっかく用意したパートナーを突き放し、殺されてしまったのだと。その事から、シャギナは間違いなく石澤のパートナーだと言い切れる。
「おそらく、本当の聖剣士だと思わせる為にいろいろと聖剣士と同じ条件を付けくわえたのでしょう。パートナーもそのうちの一つだったけど、黒い方が自身の欲望に走ってのべつ幕無しにたくさんの女と契約したから、結局気付かないままになったのでしょう」
シルヴィの予想には俺も賛同する。
おそらく石澤は、あまりにもたくさんの女性とパートナー契約、正しくは呪いなのだが、それを行ってしまったせいで自分の本来のパートナーの存在が分からなくなってしまったのだろう。かつての秋野もそうだった。
だが、それは結果的に良かったと思っている。
もしも、石澤とシャギナが組んでいたら、それこそ取り返しのつかない事になっていた。
となると、レイトのパートナーは一体誰だと言うのだろうか?
そんな時、部屋のドアが控え目にノックされた。
「入れ」
マリアが許可を出すと、黒装束を着た諜報員が「失礼します」と一言言ってから入ってきた。
「何事だ」
「はっ。実は、ジオルグ王国を統括しているシェーラ殿から言伝がございます」
「シェーラって……あの女、自分が国際指名手配犯だという自覚があるのですか……」
額に手を当てながら呆れるマリアに、俺達は何とも言えない状況になった。
ジオルグの前国王であったデゴンが処刑され、その後のジオルグはシェーラとその配下達が治める事になった。
デゴンの暴走を止める為に俺が提案したジオルグ乗っ取りを、俺の立場を更に悪くさせない為にシェーラが自ら名乗り出て、自分がジオルグを乗っ取ったと公表したのだ。そのお陰で、スルトのボスはシェーラを全く疑わなくなったのでその後のスルト壊滅が円滑に進んだ。
「まぁ良いでしょう。で、シェーラは何て?」
あまり乗り気の様子ではないマリアが、諜報員からシェーラの伝言を聞いた。まぁ、国際指名手配犯の要望なんて聞きたくないし、出来れば関わりたくもないわな。もろに関わってしまった俺が言うのもなんだが。
だが、その伝言の内容を聞いてマリアだけでなく、俺も含めてその場にいた全員が顔を強張らせた。
「ジオルグの西にある町に、魔人達がたくさん押し寄せてこられるそうです。聖剣士の方達に救援を要請するとの事です」
「魔人って!?」
俺は慌てて鳳凰の鏡を取り出して確認した。
だが、鳳凰の鏡には何の反応も示さなかった。
(デマか?否、そんな嘘を付いて一体シェーラに何の得があるって言うんだ?)
そもそもシェーラが、聖剣士を全員手中に納めようなんて企む女ではない事は既に知っている。
では一体何故、鳳凰の鏡は反応しなかったのだろうか?
その俺の疑問を、シルヴィが諜報員に聞いた質問によって解消された。
「攻め寄せてくる怪物どもの数と規模は?」
「っ!?」
「いえ。今回は怪物達の襲撃は無く、20人弱の魔人達が押し寄せてくるそうです」
「魔人だけか!」
だから鳳凰の鏡は反応しなかったのか!
大襲撃が起こるのではなく、魔人達が20人弱で攻め込んでくるのだから。大襲撃だと判断されなかったんだ。
更に詳しく聞くと、既に北方はジオルグ以外の国は全て石澤の手中に落ち、そこに住んでいた殆どの男性に魔人に変える薬物を投与させたという。ちなみに女性は、美人に限って石澤が自分の城へと招き、絶対服従能力を使って婚約させたのだと言う。
「相変わらず手が早いな!石澤の奴!」
「南方と東方も、我が国と同盟を結んでいない国は全て石澤玲人の支配下に置かれています。恐ろしい程の手の速さです。申し訳ありません、油断しました。我々のミスです」
諜報員の人は悔しがっているけど、石澤が魔王になってからまだ1週間も経っていないのに、あっという間に北方と南方と東方の殆どを手中に納めたのだ。
そして今度は、ジオルグまでも占領しようと早速魔人達を派遣したというのだ。
このままでは、北方全土が魔人軍の手に落ちてしまう。それだけは何としても防がないと。
「マリア!」
「分かっています。すぐにそちらに向かうと伝えてください」
「はっ!」
マリアの返答を聞くとすぐに、諜報員はフゥとその場から消えた。
「すぐに準備を整えましょう。皆さん、準備をしてください」
マリアの指示で話し合いを一旦終わりにさせ、俺達はすぐに部屋に戻って戦いの準備をした。
「それにしても、一体どうやって1週間足らずでこの大陸のほどんどの国を!」
「それは分かんないけど、ジオルグまで敵の手に落ちたら益々苦しくなるわ」
「ああ」
ジオルグは、北方でも最大規模の国土面積を持つ大国だ。そんな所を落とされる訳にはいかない。
俺とシルヴィは急いで戦装束に着替え、武装したらすぐに皆が待つ騎士団の訓練場まで行った。そこには既に、マリアとレイト、エレナ様と上代と桜様、そして椿が来ていた。どうやら、レイトとエレナ様も来てくれるみたいだ。
マリアとレイトとエレナ様は、緑色の戦装束を着ていて、マリアとエレナ様は少し豪奢な鎧を身に着けていたが、レイトは一般の騎士と同じ装備を身に着けていた。
椿と上代と桜様は、青色の戦装束に袖を通していて、その上に3人とも同じ甲冑を装備していた。
「レイトも来てくれるんだな」
「はい。ジオルグまでも敵の手に落とさせる訳にも参りませんので」
「私もレイトのサポートをしたいので」
レイトはジオルグが落ちるのを防ぐ為に、エレナ様はレイトのサポートの為に同行するみたいだ。
その直後に、紫色の戦装束とファルビエの国旗が刻まれた鎧を身に着けた秋野とアレンが来た。
そして最後に、いつも通りの装備を身に着けた宮脇とダンテと、黄色の戦装束と革鎧を装備した犬坂が来た。
どうやら、この人数だけで向かうみたいだ。
「あまりたくさんの兵を向かわせて疲弊させる訳にもいきません。それに、魔人は聖剣士とパートナーにしか倒せませんので」
なるほど。だから俺達だけで向かうのか。
それに、向こうは20人弱で来るみたいだからこれで大丈夫だろう。
「シルヴィ」
「えぇ」
すぐにシルヴィはレイリィを召喚し、シェーラが待っているジオルグの王城へと転移した。




