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81 エミリア王女の最後

 ~キリュシュライン・玲人の城~




 3日前




「本当に大丈夫?」

「はい。何時までも玲人様に助けられてばかりではいられません」

「俺は別に気にしないけど」

「そうもいきません。フェニックスの悪魔が今も逃亡している中、私も少しでも玲人様の助けにならないといけません。その覚悟を決める為に、私は私を襲ったあの男を自分の手で確実に葬っていきたいのです」

「分かった。エミリアちゃんがそこまで言うのならもう止めない。だけど、危ないと思ったら迷わず逃げるんだよ」

「はい」



 その翌日、彼女は転移石を使ってレイシン王国へと転移した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 レイシンに来て2日が経ち、俺とシルヴィはシンに連れられて王都の西にある山へと入って行った。王城で身を隠していた、アバシア国王夫妻とアリエッタ王女と共に。


「にしても、本当にここにエミリア王女が来るの?」

「うちの諜報員からそう聞きました。目的は不明ですが、ここにエミリアが転移してきたと」


 シルヴィの質問に対して、シンはそんな風に言って誤魔化しているが、その心中は穏やかではないだろうな。

 エミリアがこの山に来ると聞いた日の夜、俺はシンと一緒に風呂に入って、未来予知で見た未来を変えるとどうなるのかを何となく聞いてみた。

 シンの今までの経験からだと、今まで国が悪い方向に転がらないように、少しずつ良い方向へと変えていく分に関しては何の問題も無かった。

 だが、個人の人生を大きく変えてしまう様な未来を変えようとすると更に悪い未来を招くことになるという。

 その代表的な未来が、明日その人が死んでしまうという未来。この未来に関しては、例えどんな理由があっても絶対に変えてはいけないと言う。

 理由を尋ねると、その人が更に凄惨な死を迎える事になるのだと言う。その人一人だけならまだマシだが、最悪の場合はその人の家族全員や、その人の周りにいる何十人もの人達が巻き込まれて無残な死に方をするのだと言う。

 そう言った事件が起こって以来、シンは誰かの死を回避させる事をしなくなったのだと言う。

そして何故、その話をするのか?

 その理由は簡単だ。




 エミリア王女は、シンの暗殺に失敗し、俺の部屋に忍び込み、目を覚ました俺が抜いた聖剣で自らの心臓を突き刺して命を絶つ、という未来が見えたからだ。




 より詳しく言うと、最初は石澤と戦う為に自ら進んで心を殺しに行くと言い出したのだ。それも1人で。何故そんな事をするのかというと、石澤と共に俺と戦う為の覚悟を固める為という訳の分からない動機からだ。

 ところが、エミリア王女は直前になってシンを刺し殺す事を躊躇い、自ら命を絶つ為に俺の部屋へと入って寝ている俺を起こし、聖剣を抜いた瞬間に突っ込んで行くのだと言うのだ。


(それなら俺やシルヴィは連れてこなければいいのに、一体何の目的で俺達を連れてきたと言うんだ?)


 危険を承知でエミリア王女の死を回避させたいのなら、俺やシルヴィをエミリア王女から遠ざければ済む話だ。

 その事をシンに話すと、「エミリアの死はどうあがいても回避できません。ならばせめて、その最後をエミリアのご両親とともに見届けたいのです」、と半ば諦め交じりで話した。


(もっと酷い死を迎えさせたくないからかもしれないが、シンやアバシア国王夫妻にとっては残酷な光景になるだろう)


 俺かシルヴィ、どちらかがエミリア王女を刺し殺す事になっても、シンは俺とシルヴィを攻めたりはしないと言ってたが、愛する人が目の前で刺殺される光景を見て恨まない訳がない。頭で割り切っていても、気持ちがどうしても付いていかないものだ。

 大人も子供も関係ない。

 人間の心というものは、ガラスの様に脆くて弱いものなのだから。

 先頭を歩くシンにそっと近づき、皆に聞こえないくらいの小さな声で言った。


「エミリア王女が死ぬ未来は、どうしても避けられないのか?」

「無理です。そんな事をすると、もっと最悪な死を迎える事になります。覚悟の上です。それで楠木殿を恨む事は致しません」

「そうか」


 それ以上何も言う事が出来なかった。

 エミリア王女の死の未来が確定してしまった以上、どんな理由があろうとそれを変えてはならない。

 ここで死ななくても、上代か秋野の所に行って自ら命を絶ちに行くだろう。その際、エミリア王女1人だけでなく、周りにいる関係のない人達まで巻き込んで。

 そうならないようにする為に、こうして自ら会いにこの山に登っているのだから。


「もうすぐです」


 シンの言葉に、俺とシルヴィは何時でも抜剣出来る態勢を取った。

 その直後、目の前の茂みから短剣を持ったエミリア王女が姿を現した。


「ああぁ!エミリア!」

「エミリア!」


 エミリア王女を、一人娘を前にアバシア国王夫妻は感極まってエミリア王女の名前を叫んだ。

 だが、エミリア王女は眉間に深い皺をよせ、鬼の様な形相で俺達を睨んだ。

 かつての婚約者と、自分の両親がいるにも拘らず。


「やめてくださいエミリア様!こんな事をしても何の意味もありません!」

「アリエッタ様は黙ってください。これは、私が玲人様の寵愛を優先的に受ける為に必要な事なのです」


 そんなエミリア王女に、アリエッタ王女が前に出て叫んだ。

 一体何故?


「アリエッタ王女とエミリア王女は、小さい頃から仲が良かった幼馴染同士なの」


 疑問に思う俺に、シルヴィがそっと耳元で囁く様に答えてくれた。


(へぇ、あの2人って仲良しの幼馴染だったんだ)


 だが、そんな呑気に感心している場合ではなかった。


「お願い、聞いてください!石澤玲人はあなたの事なんて愛していません!あなたを使って欲求を満たそうとしているだけの下劣な男なのです!」

「玲人様の事を悪く言わないで!」


 アリエッタ王女の必死の説得も、今のエミリア王女には全く届かなかった。

 怒り狂ったエミリア王女は、持っていた短剣をアリエッタ王女へと向けて突っ込んできた。


「クソ!」


 一応聖剣は抜いたが、出来るだけ聖剣で傷つけないようにアリエッタ王女の前に出て、エミリア王女の攻撃を防いだ。

 なんてカッコよく言ってみたが、本当はただエミリア王女の前に出て、短剣で腹をブスリと刺されただけであった。実際は刺さってすらいないのだけど。


「楠木様!?」

「平気だ!」


 本当は全然平気ではないが、アリエッタ王女が刺されるよりはずっとマシであった。

 そんで俺は、刺してきたエミリア王女の胸元に向けて氷の槍を飛ばした。


「おのれ悪魔が!」

「やっぱり効かないか」


 分かってはいたが、エミリア王女は既に石澤から投与された薬物によって不老不死の身体になってしまい、氷の槍で傷つける事が出来なくなり、聖剣でしか殺せなくなってしまっていた。

だけど、エミリア王女を一旦離れさせる事は出来た。


「まったく!身も心もあのゲスの色に染まって!」

「アナタも、完全に悪魔に魂を売ったのね!」


 いきなり攻撃したエミリア王女に、シルヴィは一旦ファインザーを鞘に納めて、格闘術だけでエミリア王女と戦った。


「信じられない!エミリアがあんなに戦えるなんて!?」

「あの子は本来、虫も殺せないくらいに大人しい子の筈!あんなに戦う事は出来ませんわ!」


 エミリア王女が戦う姿を見て、アバシア国王夫妻はかなり驚いていた。

 これも石澤の影響なのかもしれない。

 本来なら戦う力も持っていないエミリア王女が、あのシルヴィと互角に戦うなんて考えられない。


(虫も殺せない様な彼女に、シンの暗殺をさせるなんて!)


 おそらく、魔王がそうさせるように仕向けたのかもしれないが、そうと知らず疑う事なく送り出すなんて!

 何処までおめでたい頭をしてんだ!

 だが、いくら戦闘能力が向上しているからと言って、経験と場数の多さから徐々にシルヴィが押していき、あっという間にエミリア王女は地面に組み伏せられてしまった。

 そして、シルヴィはファインザーを抜いてトドメを刺そうと剣先をエミリアの喉元に向けた。


「シルヴィ!」

「待ってくださいシルヴィア様!」

「あっ!?」


 突き刺す直前に、シンが大きな声を上げてシルヴィを制止させた。

 シンの意志を瞬時に理解したシルヴィは、素早くエミリア王女の傍から離れ、シルヴィから解放されて起き上がったエミリア王女をシンは抱きしめた。


「目を覚ませ!本当の君は、こんな事をするような子じゃない筈だ!」

「シン!」


 説得を試みるシンだが、エミリア王女は短剣を拾うとシンの背中に短剣を向けた。


「シン様!諦めてください!彼女はもう、あなたの知っているエミリア王女ではないのです!」

「アリエッタ王女の言う通りよ!エミリアはもう、後戻りできない所まで来てしまったのよ!」


 アリエッタ王女とシルヴィがシンを説得するが、シンは構わずエミリアを抱き締めて離そうとしなかった。


「俺はただ、君に拒絶されるのが怖かっただけだったんだ!洗脳されていたとはいえ、まるで心変わりしてしまったみたいに裏切り、あっさり捨てられてしまった事で臆病になってしまった!また君に拒絶されるのが怖くて、あの時強引に連れて帰る事が出来なかったんだ!」


 自身の悲痛な思いを叫び続けるシン。

 そんなシンを、エミリア王女は何故か短剣出突き刺す事が出来ないでいた。

 それどころか、目に涙を浮かべながら過呼吸になったみたいに激しく呼吸をして止まっていた。


「エミリアだって、本当は分かっているのだろ。あの男が君の事を愛していない事を、あの男に言われた事が全て嘘だった事を」

「シン」

「最初に洗脳が解け、裁判であの男の本性を目の当たりにした事で、本当は自分のこれまでの記憶が間違っていた事に、エミリアは気付いていました。そもそも、エミリアは一度かかってしまったので、次にかかっても効果は半減してしまうので、最初程強い洗脳を受けていないのです」

「何!?」


 という事は、絶対服従能力を解除したあの時から、エミリアには絶対服従能力に対する耐性が身に付いていたのか!?

 エミリアだけじゃなく、他の500人の女性達も絶対服従能力に対する耐性があるのだろうか?


「けれど、洗脳された後の記憶の方が正しいと思い込んでしまっていましたので、解けたからと言ってすぐによりを戻せる訳ではなかったのです。悪いのは、洗脳が解けてすぐに連れて帰らず、臆病になってしまった私なのです」

「はっはっはっはっはっはっ…………」


 臆病になってしまった自分を反省しつつ、諦めずにエミリア王女を抱き締めながら語り続けるシン。


「まさか……」

「たぶん、今エミリア王女は記憶喪失状態から元の記憶が戻る直前の状態になっているのだと思うわ」

「同時に、エミリア王女自身も絶対服従能力に抗っているのですね」


 シルヴィやアリエッタ王女の予想通りなら、耐性を身に着けたエミリアは今現在新たにかけられた絶対服従能力に抗っていて、元の人格を取り戻そうとしているという事になる。

 だけど、エミリア王女は未だに涙を流して息を荒げているだけであった。

 まるで変化が感じられなかった。


(本当に抗っているのか?)


 でも、抗ってシンを殺す事が出来なくなったからこそ、本来の未来予知で俺の部屋に入って自ら命を絶ちに来たのか。


「思い出すんだエミリア!お前が本当に愛していた男が誰なのかを!」

「負けでは駄目!思い出すのよ!」


 抗おうとしているエミリア王女を見て、アバシア国王夫妻も溜まらず大きな声を上げた。


(みんな奇跡を信じているけど、本当にそんなものが存在するのか!?)


 俺の使う恩恵でも、人知を超えた願いを叶えるのに代償が必要になる。それを抜きに叶えられるものは、その気になれば他所の世界で実現が可能な物ばかりだ。

 耐性が付いた?

 本来の人格が抗っている?

 本当にそんな事が起きていると言うのか!?


「ああああああああああああああああ!」


 大きな声を上げながらシンを突き飛ばし、短剣を投げ捨てると真っ直ぐ俺の方へと突っ込んできた。


「クッ!?」


 反射的に下がろうとしたが、エミリア王女は直前で立ち止まり、俺の右手を握ると自分の胸に聖剣を向けさせた。


「おいまさか!?」

「ぅああああああああああああああああああ!」


 叫び声をあげると、エミリア王女は全体重をかけて俺の上に乗ろうと飛び掛かり、その反動で俺は仰向けに倒れてしまった。

 右手から、肉と骨を貫通するような嫌な感覚を味わいながら。

 聖剣が、彼女の胸を貫通していたのだ。


「おいおいおい!冗談だろ!?」


 慌ててエミリア王女をどけて、急いで聖剣を彼女の身体から引き抜いた。


「「エミリアあぁ!」」


 胸と口から大量の血を流すエミリア王女に、アバシア国王夫妻が慌てて駆け寄って抱き抱えた。


「エミリア!」

「エミリア王女!」


 シンとアリエッタ王女も、2人の後に続いてエミリア王女の傍に駆け寄った。

 そんな中俺は、エミリア王女を刺してしまった事に対する恐怖が一気に押し寄せてきて、身体の震えが止まらないでいた。

 そんな俺に、シルヴィが寄り添って背中をさすってくれた。


「あれは不可抗力よ。竜次のせいじゃないわ」

「だけど……」

「エミリア王女が、自ら選んだ事よ」


 シルヴィの言う通り。

 エミリア王女は自ら死を選んだ。

 シルヴィもそれを分かっていた。


「エミリア!」

「……あぁ、シン様……」


 震える手をシンの方へと伸ばし、嬉しそうにしながら頬に触れるエミリア王女。


「やっと、思い出しました……私は、あなたの事を心から愛していました…………」

「もういい!喋るな!」

「いいえ。私はもう死にます。どうか、最後の瞬間まで……お話させて……下さい…………」

「弱音を吐くな!楠木殿に頼んでお前の傷を治してもらって!」

「それは駄目です……お父様……」

「何故だ!?」

「こんな、穢れた身体のまま生きていくなんて……耐えられません」

「あの男に抱かれた事なら私は気にしません!諦めないでください!」

「ありがとう……ございます……でも、それだけでは……ありません」

「どういう事だ?」

「……シン様……今の私と結婚しても、シン様の子供を、産む事が出来ません」

「……どういう事だ?」


 シンの子供を産めない?

 エミリア王女か発せられたその言葉の意味が分からず、俺とシルヴィも彼女の下へと駆け寄って聴いた。


「その言葉の通り、です。フェニックスの聖剣士様……あの男に抱かれた女は……皆子供が産めない身体に、させられるのです」

「なっ!?」

「子供が産めないって!?そんな!」


 俺とシルヴィだけじゃなく、その場にいる皆も驚愕していた。

 まさか、石澤と関係を持った女は全員が子供が産めない身体にさせられたと言うのか!?


「永遠に死ぬ事も、年を取る事も無くなれば……苦しい思いをして子供を産む必要なんて、無くなる……からです……故に、あの男は妊娠の心配もなく……毎日のようにたくさんの女と……」

「そんなのって!」


 子供を産む必要が無くなってしまったのに、なぜあんな異常なまでの性欲を石澤と洗脳された女達は持っているのだ!?

 そもそも子供が産めないのなら、性欲なんて必要なくなるぞ!

 ただ自分の欲望の為だけに、石澤は大勢の女を自分の物にしようと企んでいると言うのか!


「ですから……」

「エミリア!」

「愛するシン様の、子供を産めないまま……生きるなんて…………私には、耐えられません……」


 そう言った後、エミリア王女は本当に辛そうな顔をしながら大粒の涙を流していた。

 その姿は、あまりにも痛々しくてとても見ていられなかった!

 いたたまれなくなったのか、アリエッタ王女が勢いよく立ち上がって俺に懇願してきた。


「楠木様!どうかエミリア王女の身体を治してください!お願いします!」


 やはりそうだよな。

 こんなの残酷すぎるよな。

 何としても、元に戻してあげたいと思うよな。

 でも、それを願うには……。

 だが、そんなアリエッタ王女の前にシルヴィが割って入ってきた。


「気持ちは分かるけど、それは出来ないの」

「何故ですか!?何故シルヴィア様がお答えするのですか!私は楠木様に!」

「竜次のパートナーだから分かるの。恩恵『奇跡』だって万能ではない。どんなに強く願っても、叶えられない願いは存在するのよ」


 シルヴィは出来ないと言っているが、本当は叶えられない事は無い。残酷な代償を支払う事になるから叶える事が出来ず、シルヴィもおそらく力を貸してはくれない。

 だから俺には、エミリア王女の身体を戻してあげる事は出来ない。怪我を治してあげることは出来るけど、体を元に戻してあげることは出来ない。移植手術を行うなら別だが、この世界で臓器を提供してくれる人なんていないし、そもそも同意なしに移植することは絶対に許されない。

 その為、たとえ怪我を治してもエミリア王女の身体は永遠に子供が埋めない身体のままだ。


「そんなの、やってみなくては分からないじゃないですか!」

「分かるわ。エミリア王女の身体はもう」

「もういいです!シルヴィア様ではお話になりません!」


 やけになったアリエッタ王女が、シルヴィを突き飛ばそうと両肩を掴もうとしたが、直前でシンがアリエッタ王女の服の裾を掴んで止めた。


「シン様!?」

「あまり楠木殿を困らせないでください」

「ですが!」

「エミリアの、最後の言葉を、聞いてあげてください」

「………………」


 シンに制止させられたことで、納得いかない感じではあったがアリエッタ王女は素直に腰を下ろした。その際、俺とシルヴィを一瞬睨んでいた。


「あり、がとう、ございます……シン様…………アリエッタ様……」

「はい」

「……シン様を、お願い、します……」

「エミリア王女……」

「シン、様……」

「何だ」

「私の分も、幸せに……なって、くだ、さ……い……」


 次の瞬間、エミリア王女の手はシンの頬から離れ、力なく地面に落ちた。


「エミリア……エミリアあああああああああああ!」


 二度と動かなくなったエミリア王女の胸に、シンは声を上げて泣き叫んだ。アバシア国王と王妃様、アリエッタ王女も大きな声を上げて泣いた。

 俺とシルヴィは、そんな様子をただ眺めている事しか出来ず、呆然と立ち尽くしていた。


「結局俺は、何にも出来なかった……!」

「どの道エミリア王女は救えなかったわ。竜次だって理解している筈でしょ。恩恵『奇跡』だって、叶えられない願いがある事も」

「ああ」

「それにシンも、きっとエミリア王女も代償を支払ってまで願いを叶えて欲しいなんて思っていないと思うわ」

「そうだと良いな」


 死者を蘇らせる事は出来ないが、息を引き取る前に傷を治し、アリエッタ王女の言う通り代償さえ支払えばエミリア王女の身体を治す事は出来た。

 だけど、今の俺は代償を支払ってまで誰かを助ける事は出来ない。

 どうでもいいと思っていた北方の人達が相手であっても、代償を支払ってしまった事を後悔してしまったのだから。

 それが親しい人達なら更に苦痛が増すだろう。

 おそらくシンも、それを分かっているから俺にエミリアを助けて欲しいとお願いしなかったのだろう。


「行ってください」


 皆が悲しんでいる中、アバシア国王が口を開いた。


「私と妻は、エミリアと共に残ります。皆さんは下山されてください」

「しかし」

「お願いします、楠木殿」

「私達の、最後の我儘を聞いてください」

「……行きましょう、皆さん」

「シン様……」


 アバシア国王と王妃様の言葉の意味を理解したシンは、何も言わずに立ち上がってアリエッタ王女の手を引き、俺とシルヴィにも下山する様に行った。


「シン殿」

「はい」

「娘の分まで、幸せになってください」

「……はい」


 それを最後に、俺達はアバシア国王と王妃様を置いて下山していった。

 結局俺は、どう声をかけたら良いのか分からないまま黙って下山する事になった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「行ったみたいだな」

「はい」

「シン殿はすぐに察して、何も言わずに去ってくれた」

「えぇ。エミリア1人だけで逝かせない」


 シンが竜次達を連れて下山したのを確認した2人は、互いの顔を見て頷いた後すぐに王妃は右手を天に掲げて、そこから炎を出して周囲の木々を燃やしていった。


「この周囲だけを燃やすようにしました。これ以上燃え広がりません」

「助かる。すまないな、こんな嫌な事をさせて」

「ううん」


 気にした様子もなく、王妃はエミリアの近くに腰を下ろし、冷たくなった娘の頬を撫でた。


「こんなにこんなに綺麗なのに、もう二度と目を覚まさないなんて信じられないわね」

「そうだな。まるで、眠っているみたいだ」


 それから国王は、エミリアが生まれてからの事を語り始めた。


「エミリアの産声を聞いた時は、私は年甲斐もなくはしゃいだもんだった。こんなに可愛い子が、私の娘なんだなって喜んだ」


 その後国王は、エミリアが生まれた後の事を懐かしそうに話した。

 小さい頃はお転婆で、城に仕えていたメイド達をたくさん困らせていた事、城を抜け出して何度も怒られていた事、面倒見ていた猫が死んで大泣きして以来虫も殺せなくなってしまった事など、その全てを懐かしそうに語った。

 そして最後に、シンにプロポーズされた事をすごく喜んでいた事についた話した。


「お前は以前からシン殿の事を好いていて、何時からかシン殿からプロポーズが来るようにアプローチをするようになったな。その甲斐があって、無事にシン殿の方からプロポーズを受けて婚約に至ったんだったな」

「それからというもの、私やお父さんの前だろうと、パーティーで大勢の人達が見ている前であろうと構わずイチャイチャするようになったわね。そのお陰で、いつの間にかバカップル認定されてたわね」


 今度は王妃が、シンと婚約をしてからの事を語り出した。

 月に一度、必ずシンに会う為にわざわざレイシンに足を運んでいた事も、シンと過ごした日々の事をいつも楽しそうに話していた事を懐かしそうに語った。

 そして、どうやったらシンをその気にさせられるのかを本気で相談しに来た時はかなり驚いた。


「あなたときたら、一体どんな下着を身に着ければ良いのかとか、胸はもう少し寄せ上げた方が欲情させられるのかとか、どう誘ったらシン殿が襲ってくれるのかとか、そんな事を相談された時は本当に参ったわ。あの時はかなり戸惑ったんだから」

「けれど、エミリアとシン殿との間に子供が出来た時の事は何時も考えていたさ。男の子ならシン殿に似て凛々しい少年に、女の子ならお前に似て可愛らしい子になるだろうなと」

「あなたはいつも言っていたわね。エミリアが妊娠したら、シン殿と一緒に酒を飲んで父親漫談をしたかったって。何故そこは心構えではなく漫談なのよ」

「堅苦しい話はしたくなかったんだ。どうせなら、笑い交じりで話したかったんだ」

「だから漫談なのね」

「そうさ」

「まったく、父親漫談や子供が出来る云々の前に、まずは結婚が先でしょ」

「そうだったな」


 ハハハッと互いに笑い合った後、2人から笑顔が一瞬で消えた。


「だが、そんな幸せな日々も、これから訪れるであろう幸福な未来も全てあの男によって奪われ、壊されてしまった」

「えぇ。あの男がエミリアを奪ったと聞いた時は、私も腸が煮えくり返りそうになりましたわ」


 2人の言うあの男と言うのは、もちろん石澤玲人の事であった。

 あの男が直接唆したわけではないが、それでも石澤玲人に会いさえしなければエミリアが洗脳される事なんて無かった。

 それによって、シンとエミリアの仲が引き裂かれる事も無かった。


「お前が満面の笑みでシン殿との婚約を破棄し、あの男と婚約した事を嬉しそうに話した時は本当に戦慄した」

「そもそも、襲われそうになったから助けを求めたという時点で向こうが嘘を付き、エミリアを洗脳した事は明白だった。実の母親に、男の誘惑のしかたを聞きにくるような子が、好きだった男の襲われる事に恐怖を感じる訳がない。むしろあなたは、ずっとそれを望んでいたもの」

「そんなエミリアの想いを引き裂いてまで!あの男だけは絶対に許せない!」


 拳を強く握り、改めて石澤玲人に対する憎しみを露わにするアバシア国王。


「息子に無実の罪を着せて殺したあの裏切り者も許せないが、エミリアを奪っただけに飽き足らず、二度と子供を産めなくさせるなんて!」


 ちなみに国を乗っ取った裏切り者こと宰相は、年が変わる前にキリュシュライン王の裏切りに遭って公開処刑され、国はキリュシュラインに乗っ取られた。


「エミリアの幸せを、シン殿の幸せを、そして、女としての幸せまで奪って穢したあの男だけは絶対に許せません!」

「ああ。だが、楠木殿のお陰でエミリアを救う事が出来た」


 2人は嬉しそうな表情を浮かべながら、竜次達が下山していった方に目を向けた。


「楠木殿は悔やんでいるかも知れぬが、私達は君を恨んでなどおらん」

「これは、エミリアが自ら選んだ結果。責めたりなんていたしません」

「だが願わくば」

「えぇ」




「「あの悪魔を、私達の子供達の仇を討ってください!楠木殿!」」




 最後に竜次への願いを叫んだ後、周囲を囲んでいた炎はやがて3人の衣服に燃え移った。

 それでも2人は笑顔を絶やす事は無かった。


「あとはお願いします」

「あの悪魔を、絶対に許してはなりません。楠木殿」


 自分達の思いを竜次に託した2人は、エミリアの亡骸と共に炎に包まれた。





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