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80 再び東方へ

 魔王と一体になった石澤と対峙した日の翌日から、俺達は何処にいるのかも分からない本物のドラゴンの聖剣士を探す為に再び大陸中を旅する事になった。

 一緒に旅をするのではなく、それぞれグループになって4つの地方を回る事になった。

 俺とシルヴィは、2人で東方へと向かった。

 上代と桜様は、椿と一緒に西方、もといキリュシュラインに向かった。

 秋野とアレンは、マリアと一緒に南方へと向かった。

 犬坂には、ダンテと宮脇と一緒に北方へと行ってもらった。

 本来なら死ぬまで地下牢に出られず、面会も仮釈放も許されていない犬坂だが、石澤の率いる魔人や怪物達に対抗するには聖剣士の力がどうしても必要だ。

 犯罪者の烙印を押されたとはいえ、犬坂もユニコーンの聖剣に選ばれた聖剣士。

 活躍によっては刑を軽くさせるという条件で、女王が特別に許可を出して仮釈放させてくれた。刑が軽くなると言っても、面会と仮釈放が許されるようになるだけで、残りの人生ずっと牢屋暮らしなのは変わりない。

 久々に外に出た犬坂の顔はかなりやつれていて、目も虚ろで生気が感じられず、あばら骨が浮き出るくらいに痩せ細っていた。石澤の本性を目の当たりにした時のショックが、未だに抜け切れていない様子であった。

 そこに、心の底から愛し、信仰していた石澤が聖剣士ではなくこの世界に災いをもたらす魔王本人であったと言う事実を聞き、完膚なきまでに打ちのめされた犬坂は抜け殻の様になってしまった。


「犬坂の奴、大丈夫なんだろうか?」

「さあぁ。そこは、正規のパートナーのダンテに任せた方が良いわ」


 シルヴィはそう言うが、あの2人の関係はゼロどころかマイナススタートだ。ダンテはともかく、犬坂がダンテと仲良くできるとはとても思えない。ずっと心酔していた石澤の醜い部分を見て、それによってそれまで抱いていた感情が全て冷めてしまい、空っぽの状態になってしまっている。


(所詮は学生の恋愛だけど、ここまでショックを受けるなんて)


 所詮はと言ってはいけないのかもしれないが、学生の恋愛が何年も続いてそのまま結婚というのはほぼ無いに等しい。勿論ゼロではない事は理解している。

 高校性の恋愛は、主に付き合っている相手のスペックの高さや、いかに自慢できるかもポイントになっている。

 前にも思った様に、その時限りの激しく燃え上がる炎と同じ。何かのキッカケで熱が冷め、そのまま別れると言う話はよく聞く。

 だが、犬坂のそれは鎮火して冷めたというレベルではない。ここまで酷くなるなんて想像もしてなかった。


「まぁ、失恋したんだからすぐに立ち直るなんて無理かもしれないけど、今は切り替えてもらわないと困るわ」

「そうだな」


 魔王だけでなく、石澤までもこの世界に災いをもたらそうとしている今、俺達は既に召喚されているであろう本物のドラゴンの聖剣士を探し出さないといけない。


(確か、クズ王がドラゴンの聖剣を手に入れたのが4年前だから、本物のドラゴンの聖剣士が召喚されたのはおそらくその年)


 だけど、気がかりな所もある。

 もし本当に召喚されているのだとしたら、何故その事が各国で話題にならなかったのだろうか?

 聖剣士が1人召喚されたのだから、その人の顔の特徴と名前が広まっているものだ。事実、俺の顔と名前はあっという間に世界中に広まった。聖剣士としてではなく、犯罪者としてだけど……。

 その為、顔はともかく名前は広まっている筈だ。

 なのに、どの国もそれまでは石澤がドラゴンの聖剣士として認知され、世界中に広まっている。本物のドラゴンの聖剣士の名前ではなく。


(その辺は召喚されてすぐに攻め込まれたという可能性もあるけど、それでもあのクズ王が本物のドラゴンの聖剣士殺して奪うとも考えられない)


 だからこそ、本物のドラゴンの聖剣士は生きているという結論に至ったが、その人が今何処で何をしているのかなんて誰も分からない。

 身分を隠して雲隠れしている可能性もあるが、その間にもたくさん大襲撃が起こっていた。そのどれにも参戦していないなんて不自然だし、仮に参戦していたとしても恩恵を使わずに怪物達や魔人に立ち向かうのは骨だ。

 それなのに、それっぽい活躍をした人の話は聞かない。上代や秋野の名前は聞くが。


「なぁシルヴィ。ドラゴンの聖剣士に与えられる恩恵って何なのか、知らないか?」

「ごめん。私もずっと黒い方がドラゴンの聖剣士だと思っていたし、そもそもドラゴンの聖剣士に関する記録ってあまりなかったから、管理している国の王族しか知らない事なの」

「他の聖剣と違って秘密にされてきたって訳か」

「というより、戦闘面においてそれ程目立った恩恵ではなかったのかもしれないわ。竜次や秋野沙耶の恩恵だって、どっちかって言うと戦闘向けではないでしょ」


 確かに、俺の恩恵は強く願った事を叶える為の物であって、実際の戦闘の中で使えるかというと微妙な所だ。秋野の恩恵は防御関係であって、攻撃に関しては普通の剣と殆ど変わらない。

 ただ、俺の恩恵は身体能力を高くさせられるし、不老不死だってあるから致命傷を受けても死ぬ事は無い。

 が、自分の事で強く願えるのはそこまでだ。

 それ以上の強さを手に入れるには、本人の地道な努力が無いと身に付かない。願いを叶える為の恩恵と言っても、その全てをノーリスクで叶えられる訳ではない。

 そう言った願いを叶えるには、それに見合う代償を払う覚悟があるのだ。

 そう言う制約を守りながら、俺とシルヴィは今後も戦い続けないといけない。


(もしかしたら、ドラゴンの聖剣士にも似たような制約でもあるのだろうか?だからあまり目立った活躍を聞かないのだろうか?)


「何にせよ、顔だけじゃなくどんな恩恵を使うのかも分からないまま探さないといけないのか」

「ごめんね。ドラグリア王国って言うんだけど、あの国の王って何かと秘密にしたがるところがあってね、建国した聖剣士の情報も一切話さないんだよね」

「大丈夫なのか、それ?」


 まだ起こる前の出来事だけど、大襲撃が起こるかもしれない時に情報を交換しないのはよくないと思う。せめて聖剣を保管している国同士だけでも、情報を交換し合った方が良かったんじゃない。


「ま、あまり信用できない王だったというのもあるわね。だってあの王、自分の不倫の事実を隠してたくらいだからね。あそこもウチとフェリスフィアと同じで、一夫一妻制だったのに」

「それアカンだろ」


 そもそも不倫自体が良くないのだけど……。


「まぁ、あの王に限らず歴代のドラグリア王は皆自分の個人情報を隠そうとする秘密主義者が多いのよ。先代のドラゴンの聖剣士がそうだったのかもしれないけど」


 だとしても、厄介極まりないぞ。

 今回召喚されたドラゴンの聖剣士もそうだとは言えないけど、先代のドラゴンの聖剣士がそう言う人だったという事は、今回も秘密主義者が選ばれたという可能性もある。


「でも、全くのノーヒントという訳ではないと思うわ。デオドーラの洞窟で青蘭が言っていたでしょ」

「おぉ!そうだったな」


 そう言えばあの時青蘭は、いくら隠してもドラゴンの聖剣士が召喚されたのなら知られるだろうと言った。

 その事からドラゴンの聖剣士の本当の恩恵は、相手の秘密を暴くもの、もしくは知識に関する恩恵ではないかと思う。

 しかし、逆に言えばそれ以上の情報は何一つ持っていないという事になる。


「とりあえず、レイシンに行ってシンに協力をお願いするか」

「竜次がそう言うのならそれに従うけど、何でそれでシンに協力しようって話になるの?」


 まぁ、シルヴィはシンが予知能力を持っている事を知らないから、何故人探しにシンにお願いするのか分からないようである。これでも一応シンの事は信頼しているみたいだけど。

 でも、王になった今のシンなら力になってくれるだろうという事で、シルヴィもシンの所に行くことを承諾してくれた。

 しばらく歩いていると、レイシンの王城に着いて城門で俺達を待ってくれたシンにもてなされた。どうやら、俺とシルヴィが来ることはもう分っていたみたいだ。


「前から思ってたけど、何で何時も私達が来ることが何時も分かるの?」

「それは秘密です」

「なんかムカつく。さっきも竜次と話したけど、ドラグリア王みたいで何か怪しいわ」

「ハハッ。それだけは勘弁して欲しいですね。亡くなった人に言う事ではないかもしれませんけど」


 乾いた笑みを浮かべながら、シンは冗談っぽく返した。まぁ、浮気性のあの王様と一緒にされるのは流石に嫌だよな。

 その後、俺達は応接間に通された。そこには既に、アリエッタ王女がソファーに座って俺達を待っていた。


「事情は分かっています。私も彼が本当は聖剣士ではなかった事は、正直に言って驚きました」

「だったら話が早い。シンも本物のドラゴンの聖剣士を探す手伝いをして欲しい」

「分かりました。私達もご協力いたします」

「私もご協力いたします」

「「ありがとうございます」」


 シンもアリエッタ王女も、俺達のお願いを快く引き受けてくれた。特に、シンの協力を得られたのはありがたかった。


「探しに行く前に、4年前にドラグリア王国で聖剣士の召喚が行われたという情報は聞きませんでしたでしょうか?」

「申し訳ありません。私はそのような話は聞いていません。おそらく母も聞いていないと思います」


 アリエッタは知らない様子だったけど、その隣に座っているシンは眉間に皺を寄せて考え込んでいた。


「シン?」

「すみません。そういえば、4年前にそれっぽい情報を聞いたのですが、目立った動きが無かったのでそのまま忘れていました」


 シンの話にそれによると、4年前にドラグリア王国で聖剣士の召喚を行うという話を聞いていたのだが、その後召喚されたのかどうかは分からない。何故なら、召喚されるその日にキリュシュラインが攻め込んできて、そのせいなのかそう言った話は一切なかったのだと言う。


「申し訳ありませんでした。何せ3年も前の事ですので、竜次殿からお話を伺うまで忘れていました」


 申し訳なさそうに話すシンだけど、召喚されるその日にキリュシュラインが攻め込んできたのだから、実際に召喚されたのかどうかも分からないだろうな。

 だけど、あの魔剣を聖剣と思い込んで持って行ったのだから、ドラゴンの聖剣士は既に召喚されたと考えた方が良いと思う。


「借りに召喚されたとしても、本物のドラゴンの聖剣士様今何処で何をしているのかについては私も分かりません」

「その上、どんな容姿をしていて、どんな性格をしているのかも分かりません。それ以前に、男性なのか女性なのかも知りません」

「ううぅ……」


 アリエッタ王女の指摘通り。

 召喚されたドラゴンの聖剣士が、男性なのか女性なのかという根本的な問題が明らかになった。

 だけど、シンとシルヴィがそれに関して少し心当たりがあるみたいだ。


「私は男性だと思っているわ」

「私もシルヴィア様と同意見です。今までの傾向から、ドラゴンの聖剣は男性ばかりを選ぶのが多いのです」

「これまで召喚されたドラゴンの聖剣士は皆男性だった。同じ様に、ユニコーンの聖剣は女性ばかりを選ぶ傾向が強いの。だから、今回だけ女性を選ぶなんて考えられないから、男性で間違いないわ」

「そのせいなのか分かりませんが、ドラグリア王国の王族は代々男系の家系なのです」


 なるほど、それは盲点だったな。

 星獣も、聖剣士を選ぶうえで選り好みをしてしまう傾向があるみたいで、ドラゴンの聖剣やユニコーンの聖剣の様に性別で選り好みをしてしまう事があるらしく、ドラゴンの聖剣は男性を、ユニコーンの聖剣は女性を選ぶ傾向が強いのだと言う。その後生まれる子孫も、ドラゴンの聖剣士の子孫は男の子ばかりが生まれ、ユニコーンの聖剣士には女の子ばかりが生まれるのだと言う。

 ちなみに、フェニックスの聖剣士には自己犠牲精神の強い人間が選ばれ、獅子の聖剣士には身体能力の高い人間が選ばれ、亀の聖剣士には聡明な人間が選ばれる傾向があるのだと言う。


「確かに、上代の身体能力はかなり高いし、秋野もまぁ聡明な方だろうな。あれでも成績は10位以内だったからな」


 尤も、性格までは完璧に遺伝する事はないみたいだ。


「だからドラゴンの聖剣士は、男性で間違いないと言う訳か」

「はい。これが獅子や亀、フェニックスでしたらかなり面倒でしたけど」


 だけど、これで少しだけ絞る事が出来る。

 知識が豊富で、尚且つ男性。

 この2つの情報が揃っただけでもかなり違う。


「一応、こちらでも心当たりがございますので、その辺は任せてください。今日は1日ゆっくり休んでください。昨日だけでいろいろあったでしょうし」

「シン様の言う通りです。我武者羅に探し回っても見つかりませんので」

「は、はぁ」


 とりあえず今はシンを信じて、俺とシルヴィは一度応接間を後にし、外で待機していたメイドに用意してくれた部屋まで案内してもらった。


「シンの事は信じているけど、ちゃんと見つけられるかどうかについて私は不安だわ。だってそもそもの話、本物のドラゴンの聖剣士が竜次と同じ髪と目の色をしているとも限らないし、そもそも同じ時代から召喚されたとも限らないわ」

「うぅっ!?」


 それを言われると痛い。

 確かにシルヴィの指摘通り、今回召喚されたドラゴンの聖剣士が俺達と同じ時代から召喚されたという保証などない。

 もしかしたら、戦国時代から召喚されたという可能性もあるし、あるいは何百年先の未来から来た可能性だってあるし、そもそも日本人でない可能性だってある。


(茶髪や金髪の人はこの世界にはたくさんいる。現にシルヴィも金髪だ)


 ヤバイ。ちゃんと見つけられるかどうか分からなくなった。

 そんな中シンは、本当に有力な手掛かりを掴む事が出来いるのだろうか?

 いくら未来予知能力があると言っても、それにだって限界がある筈だ。事実、エミリア王女が再び絶対服従能力にかけられる事までは予想できていなさそうだし、知っていたら強引に連れて帰っていた筈だ。


「はぁ」


 応接間を出た後、憂鬱な気分になりながら俺は、シルヴィと一緒に以前泊めてくれた部屋に入り、備え付けのベッドに寝転がっていた。


「こんな事している場合じゃないのに……」


 ここでのんびりしている間に、石澤が勢力を拡大してくる事だって考えられる。キリュシュラインと同盟を結んでいる国に関しては、既に乗っ取られている可能性だってある。

 西方はフェリスフィア王国以外全て乗っ取られ、南方は同盟を結んでいる3国以外は全てキリュシュラインの傘下に入っている。

 そして東方も、今やレイシン王国とドルトムン王国、ヤマト王国とバラキエラ王国以外は全て飲み込まれてしまった。

 北方は、ナサト王国以外全てが無事なのが救いと言えば救いだが、北方の国々がフェリスフィアと同盟を結ぶわけがない為、協力は期待できない。今はシェーラのお陰で持ち堪えているが、北方はとてもじゃないが魔人との全面戦争となっても戦える力なんて持っていない。


「まったく。こんな所でのんびりしている場合じゃないのに」

「だからと言って、焦って町中を探し回ったって時間と体力を無駄に浪費するだけよ。ここはシンに任せましょう」


 確かに、シンの持っている能力なら見つける事も出来るかもしれない。

 けれど、だからと言ってすぐに見つかるなんて都合の良い話なんてない。いくらチート級の能力を持っていると言っても、それだって決して万能ではないのだ。


「クソ!何で聖剣が5本とも西方にあったんだ」

「たまたまだったかもしれないけど、やっぱりそれが悔やまれるわね。せめて東方や南方に1本ずつあったら良かったのに」


 シルヴィも悔しそうにしているが、こればかりはどうする事も出来ない事は俺だって理解している。

 俺達の前に召喚された聖剣士達が、偶然西方に新しい国を興したと言うだけの話だ。そのせいで、5本のうち3本も奪われる事になってしまい、残った2本の内一本の持ち主も所在不明となっている。


「なぁシルヴィ。聖剣が消えたり、姿を変えたりするなんて事はあるのか?」

「あるわ」


 俺のふとした疑問を、シルヴィはアッサリと肯定した。


「竜次だって、聖剣の大きさを自由に変えられるでしょ。事実、今だってポケットに入るサイズまで小さくしているでしょ」

「そうだな」


 試した事は無いが、もしかしたら姿を消す事だってできるのかもしれないな。


「だとしたら、聖剣自信が身の危険を感じて姿を消しているなんて事は?」

「流石にそれはないわ。そもそも、持ち主である聖剣士がいて初めてそれが出来るのだし、こんな事を言っちゃなんだけど、聖剣士のいない聖剣なんて鞘から抜く事も出来ないただのなまくらだから。聖剣士がいない状態でひとりでに姿を変える事なんてあり得ないわ」

「そうか」


 クズ王が見落としているとも考えられないし、やはり本物のドラゴンの聖剣士は既に召喚されていると考えた方が良いな。

 そんな時、部屋のドアがノックされた。


「はい」

「失礼します。楠木殿、少しお時間よろしいでしょうか?」

「あぁ、シンか。すまないシルヴィ、ちょっと行ってくる」

「えぇ」


 シンに呼ばれ、俺はシルヴィに一言言ってから部屋を出て、シンに連れられて城のベランダに来ていた。


「すみません。突然お呼びして」

「いえ」


 俺だけ呼ばれた理由については想像がつくが、あまり良い話が聞ける気がしなかった。


「エミリア王女の事は残念でしたね」

「私の未来の予知能力も決して万能という訳ではありませんし、それ以前に常時発動している訳ではありませんので、物事全てに対応できる訳ではございません」

「そりゃそうか」


 常時発動なんかしてたら、人間不信になってしまうわな。


「それに、例え予知できたとしても私に怯えるエミリアを見ると、とてもではありませんが連れて帰る事なんて出来ませんでした。そんな事をして、関係が益々悪化してしまうのは嫌だったので」

「アバシア国王陛下達も、相当落ち込んでいたからな」


 あの時点では、石澤が新しい魔王になるなんて誰も想像もしていなかったから、エミリア王女を無理やり連れて帰るなんて出来なかった。


「そのエミリアが、明後日王都の西にある山に現れるそうです」

「エミリア王女が!?一体、何の為に?」

「私を殺す為です」

「なっ!?」


 詳しく聞くと、石澤が投獄されている1ヶ月の間にエミリアはシンに再び襲われそうになったと石澤に話し、エミリアは自らの手で引導を渡す為にシンを殺しにレイシン城に向かっているという。


「また根も葉もない事を言いやがって」


 無論、裁判が終わった後シンはエミリアと無理に話をしようとはせず、時間が解決してくれることを期待してあえて距離を取ったのだ。アバシア国王と王妃様も身分を隠して裁判に来ていたので、シンのその判断を尊重し、連れて帰れるその日を心待ちにしていた。

 それが結果的にもっと最悪な事態になってしまったが。


「まったく。あの馬鹿が!」


 ここまでありもしない嘘を作り、その嘘をあたかも真実であるかのように捏造された出来事を広め、自分のやる事全てを正当化してやりたい放題にする。

 同じ日本人として恥ずかしすぎる。


「私は明後日、エミリアが訪れる山に向かおうと思います。アバシア国王陛下と王妃様とご一緒に」

「そうですか。でしたら、俺達も一緒に行きます」

「それは助かります。私もいい加減、今のエミリアと向き合わないといけませんので」

「大丈夫か?」

「分かりません。けど……それでも……」


 拳を震わせながら、シンはエミリアと会う覚悟を口にした。

 本当はまた拒絶されるのが怖く、もう少し時間をかけてから向き合うべきだったのかもしれないのに、シンには残酷すぎるのかもしれない。


「申し訳ありません。話が脱線してしまいました。楠木殿をお呼びしたのは、本物のドラゴンの聖剣士様についてです」

「やっぱり何か手掛かりがあるのか?」


 シンの事だ、4年前にドラグリア王国で聖剣士が召喚される事も既に予知できていたのかもしれない。

 だが、予知能力については秘密にしておきたいため、あの場では話す事が出来なかったのだろう。


「まぁ、流石に顔まではハッキリと見えませんでしたが、外見的特徴は分かります。確か、黒い髪の毛をしていて、背は高くて、名前の感じがヤマトの人達と同じでした」


 となると、ドラゴンの聖剣士は男性であり、黒い髪をした日本人という事か。


「ですから、髪以外の特徴が一致したあの男をドラゴンの聖剣士だと思ってしまいました」

「まぁ、石澤は地で茶髪だったもんな」


 それ以外の特徴は一致していたせいで、シンも石澤がドラゴンの聖剣士だと思ってしまったのか。

 それだけ特徴があれば、ある程度捜索は楽になる。


「尤も、あの男はそもそも聖剣士ではなかったみたいですので、こちらとしても遠慮なく対処できるというものです」

「ああ。俺ももう石澤を許す事なんて出来ない」


 魔王の目的を聞いても尚、石澤は自らの欲望に走る事をやめようとせず、反省する事なく再び大勢の人達の人生を滅茶苦茶にさせた。

 いくら周りにいた大人達が悪い奴ばかりだったとはいえ、ここまで人格が歪んでしまうなんて想像も出来なかった。


「まぁ、あの男を省く事が出来ればもう楽勝です。これらの特徴に一致する方なら、私の知る限り1人だけです」

「本当か!?」

「はい。と言うか、楠木殿は既にその人物とお会いしていました」

「え?」


 ちょっと待て。

 俺は既に、本当のドラゴンの聖剣士と会っていたと言うのか?


「無理もありません。私も心当たりがあると言うだけで、本当にその人がドラゴンの聖剣士様なのかどうかは断言できません。ですが、あれだけ広い視野で戦況を見る事が出来、尚且つ豊富な知識を持った人物ですのでおそらく」

「広い視野で戦況を見て、尚且つ知識が豊富……まさか!?」

「そうです。フェリスフィア城で執事をして、更に将としてもとても優秀な彼」



「レイトです」



「レイトが、ドラゴンの聖剣士!?」


 確かに、和名で背が高く、黒い髪の毛に黒い瞳をしたパッと見で日本人という感じの容姿をしていた。


「しかもレイトには、3年前以前の記憶が存在せず、フラッとフェリスフィアの王都内をうろついていたという過去があります。勿論、所在も不明で、身元を証明するものは何も持っていませんでした」


 確かに、女王からも聞いた事があった。

 何処の誰とも分からないレイトを、女王はアッサリと城へと招き、執事として自分や娘たちの傍に置き、時には将として戦いの場に出させる事もある。


「まさか女王は、レイトがドラゴンの聖剣士だという事を!?」

「いいえ。それはありません。もし知っていらしたら、本物のドラゴンの聖剣士様を探せと命じる筈がありません」

「そうか」


 本当に人柄や雰囲気だけで雇い、3年も自分や娘たちの傍にいさせたのか。


「それに、レイトの記憶が3年前以前のものが存在しないと言うのも気になります。もしかしたら、王太子妃様がそうさせたという可能性もあります」

「どういう事だ?」

「ドラグリア王太子様のお妃様は、相手の記憶を覗き見たり、一時的に記憶喪失にさせたりする魔法を得意としていましたので」

「げ」


 何それ。下手したら洗脳魔法よりも質が悪いぞ。


「ただし、相手を意のままに操る事は出来ませんので、洗脳には使えません」


 しかも、洗脳ではないから聖剣やパートナーでも普通にかかってしまう可能性もあると言うのか。


「まぁ、記憶喪失状態にさせていると言っても、何かのキッカケで治る様にさせるものです」

「つまり、レイトはこの3年間思い出すのに必要な何かをしてこなかったから、ずっと記憶喪失状態が続いていると言うのか?」

「あるいは、それ自体を忘れてしまっているかです。いずれにしろ、あのキリュシュラインにすぐバレる様なキッカケで思い出させるとは思えません」


 だけど、その話が仮に本当だとしても、肝心のキーワードが分からなければ何の意味もない。

 それ以前に、レイトには聖剣士が必ず持っている物を持っていない。


「もしレイトが本物のドラゴンの聖剣士だとしてら、聖剣は一体何処に行ってしまったと言うんだ?」


 そう。

 今現在レイトは、聖剣を持っている気配がない。大きさを変える事は出来るかもしれないが、召喚されたばかりのレイトにそれが出来たとも思えない。


「あくまで可能性の話です。私も彼がドラゴンの聖剣士だと、断言するだけの根拠がありませんので」


 そう言ってシンは申し訳なさそうに言うが、貴重な可能性を見つける事が出来たのは大きな収穫だ。


「だけど、直接彼に確かめに行くのは待ってください」

「分かった」


 レイトもいい加減、エミリア王女に決着を付けたいだろうし、それを俺にどうしても見届けて欲しいのだろう。

 シンが一体、元婚約者に対してどんな選択をするのか。




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