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8 聖剣士とパートナー

 シルヴィアと名乗る夢の少女は、獅子を魔法陣の中に納めると、剣を置いてゆっくりと俺に近づいてきた。


「警戒しないで、と言っても無理なのは理解している。エルにあんな形で裏切られては、誰も信用できなくなるのも頷ける」

「エル、だと」


 その名前を聞いた瞬間、俺はファインザーを強く握りしめて、シルヴィアと名乗る少女を睨み付けた。


「エルが行った事は決して許される事ではない。私も、あいつの愚行を許すつもりなんてない」

「エルは近くにいないみたいだけど、アイツは何処にいるんだ。王城で他の聖剣士たちと一緒にいて楽しくやっているのか」


 尤も、石澤の側に就いた時点で誰のパートナーになったのかは明白だろうが、今は石澤の名前を口に出したくなかった為、曖昧に言ってしまった。

 それに対してシルヴィアは、首を横に振った。


「おそらくエルは、もう生きていないだろう」

「生きていないって、どういうことだ?」


 予想外の回答に、俺は思わずファインザーを鞘に納めてシルヴィアの肩を掴んで聞いた。あの後エルに、一体何があったというのだ。


「剣を納めてくれたという事は、少しは私の事を信用してくれたと見て良いかしら」

「そんな事より、どうしてエルが死んだと言うんだ」

「あんな酷い裏切りに遭っておきながら、エルの事を気にかけてくれていたんだね。本当に、人が良すぎて逆に心配になるわね」

「……そんなんじゃ」


 考えていないと言ったら嘘になるが、改めて指摘されると少し気恥しくなった為そっぽを向いてしまった。


「話してあげよう。だが、その前にお願いを聞いてもらってもいいか」

「あの後エルがどうなったのかが聞けるのなら構わないが、何だ」

「恥ずかしい話だが、王城の地下牢から出てすぐにあなたの所へと向かった為、剣以外に何も持ってきてなくて……」


 次の瞬間、彼女のお腹から「ぎゅるるるるるるる」と大きな音が聞こえた。要は、お腹が空いたから何か食べさせて、なんだろうな。


「何か食うか」

「お願い」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら、彼女は一言言ってからコクッと頷いた。

 仕方なく俺は、身分を隠しながら村に入って購入した食料と水を与えた。余程お腹を空かせていたのか、若い女の子が見せる様な食べ方ではなかった。あぁあぁ、お肉に齧り付く様がまるで野生児そのものだぞ。着ている服ともマッチしている。


「で、シルヴィアと言ったが、お前は一体何で地下牢にいたんだ。まさか盗みや人殺しでも行って、死刑目前だったなんて言わねぇよな」

「失敬な。私はこれでも王女だったのよ」

「王女、ねぇ……」


 地下牢にいたと言うから恰好はこの際無視するとして、王女様ならもっと上品に食べたらどうなのだ。いくらお腹が空いていたからって、女の子が人に見せる食べ方ではないぞ。行儀が悪すぎる。あと、口の中にある物を飲み込んでから喋れ。


「信じてないな。私はここより遥か西にあった国、エルディア王国の第三王女なんだぞ。尤も、半年前にキリュシュラインに攻め滅ぼされて今は無くなっているが」

「お姫様って事は、あんたは捕虜として地下牢に入れられていたんだな」

「そうなるわね」


 何あっけらかんと答えているんだ。

 それでもあんたは、脱獄者という事になるのだぞ。ここに来てまさか面倒な奴と遭遇する事になるなんて。


「それに、自慢ではないがこう見えても私は三大王女の1人だったんだぞ」

「三大王女か。確か、エルから聞いた事があったな。この世界で最も美しいと言われている、3人の王女様の事を指しているって。って、まさかお前が!?」

「エルから話を聞いていたのなら手間が省けたわ。そうよ。私がその一人、エルディア王国第三王女、シルヴィア・フォン・エルディア本人よ」


 どうだ、と言わんばかりに大きすぎる胸を張るシルヴィア。今思い切り揺れたぞ。三大王女の一人という事は、この子の年齢は16歳という事で間違いないな。てか、16歳の大きさじゃないだろ。一体何カップなるんだ。

 ん、ちょっと待て。今は滅んだエルディアの第三王女って事は、あれだな。


「お前が、エルが騎士時代にかなり手を焼かされたじゃじゃ馬姫で、求婚してきた相手に罵声を浴びせたり剣を向けて殺そうとしたりしたという、あの王女か」

「エルめ、余計なことを……!」


 あぁあぁ、本人にとっては触れて欲しくなかった事なのだろうな。だけど、他国に行ったら嫌でもその情報は耳に入ると思うぞ。余程美化されていたり、脚色されたりしていない限り。


「仕方ないだろ。私はエレナ様みたいにお淑やかには出来ないし、椿様みたいに気高く生きられないのだから」

「エルが苦労したのも頷けるな」


 しかし、何故そんな滅んだ国の王女がここにいるのだ。そもそも、どうやって地下牢から脱出したのだ。

 そんな疑問をぶつけると、シルヴィアは水を一気飲みした後で答えてくれた。


「エルが私を地下牢から出してくれた」

「エルが?」

「えぇ。エルがあなたを裏切ってあのクズの所に就いたのは、囚われた私をどうしても助けたかったからなんだって」

「お前を助ける為に」


 だからエルは、あんなに王都に行きたがっていたのだな。あの城に、自分が仕えていた王女がまだ生きているという情報を入手したエルは、何としても助け出したくてあんな行動をとったのだな。

 だからと言って、エルが取った行動を許すつもりなんてないし、エルもおそらく許してもらえるとは思っていないだろうな。その上でエルは、シルヴィアを救出したかったのか。


「竜次殿がエルを許せないのは仕方ない事だし、その事について弁解するつもりもない。だが、エルの助けがなかったら私は今も地下牢にいるだろうし、竜次殿とも会う事が出来なかった」

「会う事がって、お前はまるで俺に会いたがっていたみたいな言い方だな」

「竜次殿も何度も見たのではないのですか。聖なる泉で、私と会う夢を」

「夢って、お前もあの夢を見ていたのか」


 これが偶然とは思えない。俺が夢で見た少女が目の前に現れ、その少女もまた俺が見た夢と同じ夢を見たという。同じ夢と言っても、俺は湖の畔にいて、湖から近づく彼女を見ていた。いや、シルヴィアは聖なる泉と言っていたから、あれは泉なのだろう。

 対してシルヴィアは、泉から畔に座る俺を見ていて、その俺に近づく夢を見たのだろう。

だけど、こんな偶然ってあり得るのだろうか。しかも、その夢の中でシルヴィアは俺に…………。

 訳が分からず混乱する俺に、シルヴィアが柔らかい笑みを浮かべながら俺に手を伸ばしてきた。


「何だ?」

「手を握って。私の手を」


 シルヴィアの意図が理解できなかった。そもそも俺は、この元王女様の事も信用した訳ではなかった。

 その筈なのに、俺は自然と彼女の方へと右手を伸ばし、その手をぎゅっと握った。

 すると、俺の右手の紋様が強く光り出し、2~3秒後にシルヴィアの右の手の甲に俺と同じフェニックスの紋様が浮かび上がり、それが銀色に強く輝き始めた。


「お前にも、俺と同じ紋様が……」

「フェニックスの聖剣士様であらせられるあなた、竜次殿のパートナーとなる事が運命付けられた何よりの証だ。聖剣士とパートナーは互いに強く惹かれ合い、何時の日か出会うその時まで夢で会う事が出来るようになるんの。声までは聞けないから、会話は出来ないけど、心に触れることは出来る」

「聖剣士とパートナーって……俺のパートナーとなる相手だから、シルヴィアと会う夢を何度も見たのか」

「そうよ」


 確かに、この世界に召喚される前からシルヴィアと湖で会う夢は何度も見ていたが、その訳が聖剣士となる俺のパートナーとなる運命にあったからなのだな。

 だけど、ここで引っかかる事がある。


「パートナーと契約を交わすと、互いの紋様は黒く染まるんじゃないのか。そもそも俺は、お前とパートナーの誓いを結んだつもりはないぞ。それ以前に、俺にその意思がなかったぞ」


 上代達は自分達の意志でパートナーを決め、その人と契約を交わす事で成立させた。対して、俺とシルヴィアは手を握っただけで契約が交わされた。

 もう一つは、聖剣士とパートナーの紋様は黒く変色していたという事だ。対して、俺の紋様は金色のままだし、シルヴィアの紋様は銀色に輝いていた。

 あの4人とは明らかに違っていた。


「竜次殿は知らないかもしれないけど、そもそも聖剣士のパートナーとなる相手は、必ず異性でなくてはならないし、聖剣士のパートナーとなる相手は生まれる前から決まっているものなの」

「生まれる前から?」

「えぇ。生まれる前から決まったたった1人が、その聖剣士のパートナーになるの」

「ちょっと待て。1人だけなのか!?」

「えぇ。異性と組むんだから、二股も三股もダメでしょう」


 それ、シルヴィアの感情論が入っている気がしてならないのだが、それではあの4人が何人ものパートナーを従えている理由に説明が付かない。


「そもそも、他の聖剣士たちが行っているパートナー契約は、正確には契約ではなく呪いなんだけどね。だから紋様が黒く変色したんだ」

「つまり、その呪いを使えばパートナーを複数従える事が出来るという訳か」


 あのクソ王と王女、よくもそんな嘘をつきやがったな。何がパートナーの契約だ、呪いで相手を縛っているだけじゃないか。しかも、王女も石澤と呪いの契約を行ったという事は、王もそれが実は呪いだって知らないのだろうな。


「竜次殿も、たくさんの女と契約を結びたいの?」

「何アホなこと言っているんだ。そんな訳ないだろ」


 俺にたくさんの女の子を引っ張っていくなんて御免だし、そもそも俺みたいな根暗に付いていきたい女なんている訳がない。自分で思っておきながら、なんとも情けない理由だ。


「そもそも、何でパートナーが必要なんだ。聖剣士同士で組めばいいだろう」


 パーティーを組むという発想もあるのだが、それだったら5人でパーティーを組めばそれで済む話だ。わざわざ異性のパートナーを作っても、あまり意味がない気がする。


「竜次殿も実感していると思うが、聖剣士になったからと言って力と戦闘能力が向上する訳ではないし、恩恵に頼りきりになって努力を怠っていては成長がないと」

「確かに」


 いくら恩恵を与えられても、戦いの技術が上達する訳でもないし、身体能力が向上する訳でもない。特に、俺の恩恵なんて死なない代わりに痛みだけは伝わるからな。これで痛みが感じられなかったら、おそらく戦闘能力を上げようとは思わないだろうな。刺されようが斬られようが、痛みが全く感じられないのだから捨て身で攻撃を仕掛ければいいだけの話だ。

 だが、俺の場合は痛みがそのまま伝わる。その為、捨て身の攻撃を仕掛けても死ぬのと同等の痛みを感じてはまともに戦うことは出来ないし、そもそもそれでは何の意味がない。


「言い方が悪くなってしまうけど、ちゃんとした戦いを経験した事もない素人集団で徒党を組んでも、所詮は烏合の衆でしかないでしょ」

「おっしゃる通り……」

「そこで、一緒に戦い、支え合っていけるパートナーが必要になるの」


 なるほど。つまり俺の場合は、この子と一緒に行動をしていくうちに戦い方を学んでいくのだな。という事は、パートナーとなる人間は皆戦闘能力がかなり高いという事になるか。何か聖剣士の立つ瀬がないな。


「それに、聖剣士とパートナーは傍にいる事で力が何倍に跳ね上がり、身体能力や戦闘能力の向上が通常より早くなるし、与えられた恩恵も真の力を発揮する事が出来るの」

「へぇ」

「今は私達の方が強くても、将来的には聖剣士達の方が強くなるわ」

「ほほぉ」


 そういえば、上代もそんな事を言っていたな。

 つまり、聖剣士はパートナーと一緒にいる事でその力が倍増するだけでなく、いずれはパートナーよりも強くなっていくのだな。それに、与えられた恩恵の真の力を引き出す為にもパートナーの力が必要らしい。

 そして、そのパートナーとなる相手はこの世界でたった1人しかいない。それも、生まれる前から誰が誰と組むのかが既に決まっている。

 次にシルヴィアは、銀色に輝く自身の紋様を見せて説明してくれた。


「聖剣士とパートナーは互いに強く惹かれ合い、手を握ると契約が成立して、パートナーには銀色の紋様が浮かぶの」

「つまり、銀色に輝くのは、シルヴィアが俺の正式なパートナーである何よりの証なんだな」

「そう」


 嬉しそうに頷いてくれるシルヴィア。こんな俺のパートナーになるのが、そんなに嬉しい事なのだろうか。それに、パートナーになったからと言って絶対に俺を裏切らないという保証なんてない。

 信じていた相手に裏切られるのは、もう嫌だから。


「ちなみに、あの4人が行った呪いも何だかんだ言って必要なものなのよ」

「何でだ」

「いくら聖剣士のパートナーに選ばれても、聖剣士本人に出会う前に死んでしまう事だってあるからよ」

「ああぁ」


 言われてみれば確かにそうだ。肝心のそのパートナーが、不慮の事故で亡くなってしまう事だってあるだろうし、あるいは流行り病にかかってしまい助からなかった可能性だってある。

 そうなるとその聖剣士は、一生弱いままになってしまうかもしれないし、力の向上が他のパートナー持ちの聖剣士よりも格段に遅くなってしまうし、恩恵も何時まで経っても真の力が発揮できないままだ。だから呪いも必要なのだな。


「でも、あまりたくさんパートナーを作り過ぎると逆に力が分散され過ぎてしまい、力の向上が望めなくなってしまうし、恩恵の力も完全に引き出せないわ」

「あらら、アイツ等そうとは知らずにあんなにたくさん」


 多ければ多い程向上する力も格段に上がる、なんて事を考えたのだろうけど、そんな都合の良い話なんてある訳がないよな。

 って事はアイツ等、せっかくのパートナー効果を台無しにさせてしまっているという事なのだな。


「ま、あの王と王女がそこまで知っていたとは思えないし、そもそも他人から物を奪う事しか知らない賊が聖剣士について詳しく勉強していたとは思えない。大方、都合の良い情報だけを知識として取り入れたのだろう」

「容易に想像がつく」


 聖剣士がいれば魔人共から世界を救う事が出来る、普通の人が持っていないような特別な力を持っている、パートナーを組む事でその力は更に向上する。そんなおいしい情報だけを、詳しく調べる事無く鵜呑みにしたのだろうな。

 ま、元々聖剣を保管していなかったらしいから知る機会なんて無かったのだろうな。


「そこまで詳しいという事は、シルヴィアの国も聖剣を保管していたのか?」

「えぇ。私の国には獅子の聖剣が保管されていた。小さい時から聖剣士の知識について叩き込まれたわ」


 獅子の聖剣という事は、上代が本来召喚されるべき国だったという事か。そんな国の王女が、獅子とは縁もゆかりもないフェニックスの俺のパートナーになるなんて、どんな悪い冗談なんだ。

 しかも、そのエルディア王国も獅子の聖剣も全てあのクズ王と王女によって奪われてしまったって訳か。


「で、お前は自分の国を取り戻したいと思っているのか。聖剣にはもう持ち主がいるからどうする事も出来ないとしても、国を取り戻す事はまだ可能だろうから」

「確かに、捕虜となる前はそう考えもしたが、それまで私やお父様やお母様、お兄様やお姉様達に忠誠を誓った重鎮達や民達が掌を返したかのように私達を裏切り、あのクズ王に絶対の忠誠を誓ったのよ。その時の私の怒りはもちろん、お父様やお母様、お兄様やお姉様達の悲しそうな顔を見れば、再建しようという気も失せるわ」


 以外にもドライであった。

 まぁ、生き残った王家がこの子だけでは現実的に考えて再建は不可能だろうな。

 ん、ちょっと待て。


「そういえば、エルもそんな事を言っていたな。それまであの王に反発していた人が、まるで人が変わったみたいにあの王に絶対の忠誠を誓うようになったって」


 王が一言言っただけで、それまで敵対していた人が急に掌を返して味方になるなんて考えられない。

 おそらく、あの王には相手を洗脳して自分の意のままに操る力があるのかもしれない。そうでなければ、シルヴィアやエルの言っていた事に説明が付かない。

 でも、シルヴィアやエル、更にはシルヴィアの家族の他にもクズ王の洗脳が通じない人はいた。そういう人は大体殺されていたけど、何か洗脳されない条件でもあるのだろうか。


「なぁ、今まであのクズ王に忠誠を誓わなかった奴に、何かしらの共通点の様なものは何かなかったか」

「共通点と言われても、私の家族も含めてそういう人は一人残らず殺されたから、見つけられる訳ないわ。それに、私は幼少の頃から呪いや精神系の魔法が通じなかったのだから、そうじゃない人の共通点なんて特に思い当たらないわ」

「そうか」


 もしかしてそれ、聖剣士のパートナーとなる人間だけが持っている特徴か何かだろうか。普通の人間が、呪いや精神系の魔法が効かないなんてあり得ないから。

 呪いや精神系の魔法に対して強い耐性を持っていて、その上あんな獣を従える術までを有していて、更に三大王女の一人ときたからクズ王も王女も迂闊にシルヴィアを殺す事が出来なかったのだな。そんな貴重な人材を、みすみす殺すなんて勿体なさすぎるもんな。シルヴィアが今まで生きてこられたのも、おそらくそのお陰なのだろうな。


「でも、だったらシルヴィアの家族を殺すのはおかしいだろ。シルヴィアを脱走させない為には、家族を人質にして生かしておかないと意味がないから」


 いくらあのクズ王と王女が馬鹿でも、そこまで分からないほど馬鹿とは思えない。人質を殺してしまえば、シルヴィアを留めさせる事が出来ない上に、術や魔法を使わずに言葉巧みに洗脳させる可能性までも潰えてしまう。呪いや精神系の魔法が効かなくても、言葉攻めを執拗に行って精神的に追い詰める事は可能だと思う。

 それなのに、何故殺す必要がある。何かのきっかけでカッとなってしまい、感情的に殺してしまったのか。


「分からない。私もまさか、本当にお父様達が殺されていたとは思っていなかったから、口から出まかせで言った事が事実で驚きもした」

「口から出まかせって……で、王と王女の反応はどうだった」

「驚いていたわ。おそらく、兵士の誰かが殺したのでしょうね。それか、誰かが精神操作をして操って」

「おいおい…………」

「でも、一番有力なのはキリュシュラインとは関係ない誰かが暗殺したというのが有力ね」

「やめてくれ」


 ここに来て新たな敵の存在をほのめかすのはやめて欲しいぞ。


「そうとしか考えられないわ。今考えれば、あのクズ王に絶対の忠誠を誓った兵士共が、王の命令を無視して勝手に人質を殺すなんて考えられない。おそらく王も、すぐにその可能性を考えたかと思う」


 どんだけ自分の術に自信があるのか分からないが、確かにそんな状態で兵士達がシルヴィアの家族を勝手に殺すとは考えられない。それまで敵対していた人が、掌を返して味方に付くくらいだから。

 シルヴィアの言う様に、キリュシュラインやエルディアとも関係ない第三者が、シルヴィアの家族を暗殺したと考えるのが自然だ。


「ま、お陰でもう黙って地下牢にいる必要もなくなったんだし、反撃といくわ」


 相当怒っているな。家族を殺されれば当たり前か。


「それで、お前はどうしたい。俺はこれからフェリスフィア王国に向かう」

「なら私も一緒に行くわ。私は、竜次殿のパートナーなんだから、何処まで付いていく」

「そうか」


 付いて来るのは勝手だが、俺はまだこの王女様の事を完全に信用する事が出来ない。エルの時のように、信じかけていた所で裏切る可能性だって十分にある訳だから。


「その前に、何か着た方が良いぞ。確か、昨日立ち寄った村で予備の服を買ったからそれを着た方が良いぞ」


 袖や裾はまくれば何とかなるだろうけど、靴は途中で立ち寄る村で調達しないとぶかぶかで歩きにくいだろうな。鎧は生憎、今自分が身に着けている物しか持っていない。お金が足りないもので。水と食料と衣類を買うのがやっとなんです。


「助かるわ。もうすぐ春になるけど、夜はまだ冷えるのよね」

「ちょっと待て。何脱ごうとしているんだ」

「何って、これを脱がないと着れないだろ」


 いやいやいや、だからって男の目の前で脱ごうとするのはやめてくれ。上から脱ごうとしたから、危うくマズイものまで見えてしまいそうになったぞ。本人が気にしなくても、俺が気にするぞ。


「少し待て。俺は木の陰に隠れて背中を向けるから」

「分かった」


 俺は急いで木の陰に隠れた後、シルヴィアに背中を向けた。後ろでは布が擦れる音が聞こえ、不覚にもドキドキしてしまった。


「着替え終わったよ」

「おぉ……おぉお…………」


 俺が貸した服は茶色の地味目の服だが、シルヴィアが着ると何故か映えて見えてしまう。村人Aには見えないわ。あと、胸囲部分がやたらと張っていたな。


「貸してもらって何だが、胸がギュウギュウでキツイわ」

「そう」


 キツイのは分かったから、そんなに寄せ上げないで。


「着替え終わったんなら、行くぞ。武器は……」

「向うで雑魚兵から奪った剣があるわ。それで充分でしょう」

「必要になったら言えよ。1本しかないが、予備がある」

「分かった」


 丁度夜も明けた為、俺はリュックを背負ってシルヴィアと共にフェリスフィア王国へと歩いていった。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇




「そうですか。ご苦労様です。引き続き、キリュシュライン王と、エルリエッタ王女の調査をお願いします」

「はっ」


 黒一色の服を着た女は、一瞬にしてフッと姿を消した。

 ここは、フェリスフィア王国。


「どうやら、シルヴィア王女を無事に救出する事が出来たみたいですね、女王陛下」

「えぇ。でも、エルディア王と妃殿下の救出は叶いませんでしたが」


 40代前半の豪奢なドレスを着た女性、マルティナ・レイ・フェリスフィア女王は悲しそうな表情を浮かべながら、隣に座る若い男性に言った。

 彼の名は、レイト。城に仕えている執事の一人だが、女王の信頼が非常に厚い青年だ。


「レッグストーンから我が国の国境まで6日ほどかかりますので、その間にシルヴィア王女もフェニックスの聖剣士様と合流なさると思います」

「とは言え、今のフェニックスの聖剣士様はエルにて酷く裏切られたばかりです。その上、向こうでも不当な扱いを受けている状態にあるみたいです。はたして、私達の言葉が届くのか」

「誠意をもって接しろ、と言いたいですが、それですぐに信じてくれるとも限りません。こればかりは、時間が解決していくのを待つばかりです。諜報員の話だと、過去にも似た様な目に遭ったと伺っていますので」

「えぇ。こればかりは、シルヴィア王女にお任せするしかありません」

「そうですね。シルヴィア王女なら、きっとフェニックスの聖剣士様の信頼を勝ち取る事が出来ると思います」

「そうね。あの子はじゃじゃ馬で、とても気の強い子だけど、誰よりも強い心を持っていますから」


 そう言って女王は、椅子から離れて兵に指示を出した。


「すぐに部隊を編成しなさい!フェニックスの聖剣士様とシルヴィア様の救出に向かいます!」

『はっ!』


 すぐに兵士達は、出発の準備に取り掛かる為に一斉に部屋を後にした。


「私も行きましょう」

「いえ。レイトはここに残って下さい。私に何かあった時、あなたがこの国とエレナを守らなければならないのですから」

「しかし」

「気持ちだけ受け取っておきます。あなたはエレナや椿様や桜様、そしてフェニックスの聖剣士様とシルヴィア王女と同じくらいにこの世界に必要な存在であり、希望でもあるのですから」


 レイトの返事を待たず、女王は早足で部屋を後にして出発の準備を行った。


「女王陛下、ご武運を」





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