79 大襲撃の起こる訳
正体を現した魔王は、石澤の身体を借りて俺達に語り掛けた。
「よくぞ私に気付いたなと言いたいところだが、遅すぎたな。この身体は今、私が使わせてもらっている。この私の、悲願達成の為の」
「悲願達成って!不老不死になる為のか!?」
「そうさ」
俺の問い掛けをアッサリと肯定した直後、石澤の瞳が黒く戻り声も喋り方も戻った。
「俺の中にいるあの人の話を聞いて、俺はもう歓喜のあまり震えが止まらなかった。年を取る事も、死ぬことも、苦しむ事も無くなるんだ。こんな素晴らしい研究をしてたと知り、俺は何としてもこの人の助けになりたいと心から願う様になった」
そしてまた石澤の瞳が赤くなった。
「その為には肉体がどうしても必要なんだ。この様に魔剣となっても、出来る事なんて限られていますから」
「魔剣、か。つまり、石澤が持っているその剣は、聖剣ではなく魔剣だったのね。魔王の本体でもある」
「秋野沙耶さんでしたね。その答えは半分正解で半分不正解だ」
黒く染まった剣、魔剣を前に出しながら魔王は説明した。
「確かに私は肉体が消滅した後、魂をこの魔剣へと姿を変えて2000年以上生きながらえてきましたが、生憎この姿では私の真の目的を果たす事なんて出来ません。
なので私は、2000年経ってすぐに魔剣から再び魂だけの状態に戻り、こことは違う世界へと移りました。その際に、将来この世界に召喚されるであろう人間の身体に宿ったのです。
つまりこれは、私の本体ではないのです。魔剣ではありますが、ドラゴンの聖剣が保管された国の宝物庫に私力を宿して形を変えさせた偽物。国が亡ぶと同時に、ドラゴンの聖剣に偽装するように仕込んだのです」
つまり、石澤が今持っている魔剣は確かに魔剣なのだが、魔剣だった頃の魔王の姿に似せて作っただけの偽物。本体はとっくに魔剣の姿を捨てて、世界を超えて石澤の身体に宿ったのか。
だが、偽物とは言えその力は本物の魔剣と殆ど変わらないだろう。
「肉体を得る為に、その男の身体を乗っ取ったのでござるか!」
今にも刀を抜きそうな態勢で椿が言うが、魔王は首を横に振った。
「乗っ取ったのではない。私の悲願が達成されるその時まで身体を借りているだけだ。悲願達成と同時に私は消滅し、この身体を玲人に返すつもりさ」
「悲願達成の為って。そんな事の為に石澤の身体を!」
「魂だけとなった私が不老不死になる事はもう叶わない。でも、私の意志を継いで代わりに果たしてくれる人なら今ここに」
そう言って石澤の胸に手を当てた。
確かに、石澤なら不老不死の身体を欲しがっても不思議ではない。
だが、それもこんな騙す様な形で手に入れる事が石澤の本望なのだろうか?
「その為に黒い方を唆したのか!?」
「そうさ」
「そのせいで、多くの女性が犠牲になったというのに!」
「断っておくが、その事に関しては俺も何度も玲人を止めたさ」
シルヴィの言葉に対し、魔王はあっけらかんとした態度で否定した。
じゃあ、今までの犯罪まがいの行動は全て石澤の意志だったと言うのか!?
「正直言って、俺も玲人の異常な欲望には辟易としたさ。特に、女癖の悪さには本当に参った。私が何度も止めても玲人は聞こうとせず、美人の女を見かける度に肉体関係を迫った。
元々千年に一人の才能を持って生まれたせいか、過去の栄光を捨てきれなかった玲人の両親がそれに目を付け、欲望に目が眩み過ぎたせいなのか知りませんが間違った教育方針のせいで、玲人の人格に悪い影響を与えてしまったのです。
そこへ更に、周りの大人達までもが玲人の才能に目を付け、彼のやる事全てを肯定し続け、彼が思い通りに動けるように裏で根回しをし、望むもの全てを与え続けてしまった。
それにより玲人は、自分は神に好かれた選ばれた人間なんだと妄想するようになった。実際は普通の人よりも要領がいいだけなのに、周りが必要以上に甘やかすもんだから自分は選ばれた人間だと強く思い込むようになってしまった」
魔王の言い分を聞き、俺達は思わず納得してしまった。
過去の栄光を捨てられない両親の間違った育て方、そして石澤の類稀な才能に目を付けた周りの大人達の間違った対応、その他育った環境が悪かったせいで石澤の人格は異常なまでに歪んでしまったのか。
「ま、失敗を経験させなかった私にも責任はある。そのせいで6年前のあの事件が起こってしまった」
「6年前のあの事件って、竜次様がソイツに無実の罪を擦り付けられたあの事件ですか!?」
「そうです、フェリスフィア王女殿下。結果的には警察は誰も玲人を疑わなかったが、あの時は流石に怒りが爆発しました。何かの手違いで犯罪者にされ、最悪の場合死なれては困るのに、あんな事件を起こして平然としている玲人は本当に参りました。流石の私も、腹が立ちました」
どうやら、魔王に唆されてあの事件を起こしたのではなく、石澤が自分の意志で起こしたみたいで、魔王自身はあの事件を起こす事に否定的な考えを持っていた。魔王のくせに意外とまともな考えを持っているな。
その後も石澤の暴走は止まらず、大人もそんな石澤の行動を見て見ぬふりを決め込み、警察は偉い立場にあった香田が全く疑っていないものだからなかなか行動に移す事が出来なかった。それによって歯止めが効かなくなった石澤は、魔王の制止を無視して何人もの女性を食い物にしてきた。よく愛想を尽かさなかったな。
そして高3の3学期、ついに待ちに待った運命の日がやってきた。
魔王が石澤と一緒にこの世界へと召喚され、2000年前の悲願を達成させるその時が。どうやらこの召喚も、全て魔王の計画の内だったのか。
だが、石澤の女癖の悪さはこの世界に来た事で更にエスカレートしていき、ついには魔王の言葉にもまともに耳を傾けないくらいに石澤は自分に酔いしれるようになった。
聖剣士として選ばれた事で、石澤は誰にも手が付けられないくらいに増長する事になり、思い込みの激しさも更に酷くなってしまった。
そこへ、この世界では一夫多妻が認められているという事を知り、世界中の美女達を全て自分だけの物に出来ると思い至った石澤は、見境なくたくさんの女性とパートナー契約を行って来た。
その結果、1500人という馬鹿げた数の婚約者が出来たのだ。
その上、せっかく魔王が用意した正規のパートナーであるシャギナを突っぱね、しかもシルヴィに殺されてしまったのだから魔王はストレスで胃に穴が開きそうになったという。
流石にここまで酷くなると、魔王でも手が付けられなくなってしまって本当に困っていたという。
「そこで私は苦渋の決断をした。本当なら、聖剣士として世界中に称えられ、誰も玲人を疑わなくなった後で計画を実行するつもりだった。だが、それでは玲人は近い将来私の言う事を全く聞かなくなってしまい、更に暴走してしまうと思った」
「だから2ヶ月前、あんなにたくさんの人を魔人に変えさせて、石澤が悪者になるように仕向けたと言うのか?」
「そうです。正義の為に戦ったつもりが、実は犯罪の片棒を担がれたと知り、絶望させるように仕向けました」
なるほど。
今まで大きな失敗を経験してこなかった石澤に、正義の為にしてきた行動が実は世界の破滅の手伝いをしてきたと思わせ、更に裁判でこれまでにない程の大恥をかかせる事で初めて自分の考えが間違いであったと気付かせようとしたのか。
(コイツ、本当に魔王なのか?)
魔王というよりも、石澤の保護者という感じがする。
「本当はあんな事はしたくなかったのだが、玲人をこれ以上増長させる訳にもいかないのでね、可愛そうですがこれも愛の鞭。大恥と大失敗を初めて経験した今の玲人は、私に従順になった。これで私の計画の弊害は無くなった」
そうでもなかった。
一度間違いが起こると、その後の行動に自信を無くしてしまうから、魔王の言う事なら何でも聞く様になってしまう。石澤は失敗した時の立ち上がり方を知らないから、魔王の言う事を聞いていれば間違いなんて絶対に無いのだと刷り込ませる事が出来るようになる。
(石澤の暴走には参っていたのは本当かもしれないが、自分の計画がより円滑に進ませる為にこんな回りくどい手段を取って!)
「そして、時は満ちた!」
石澤の身体を借りた魔王は、魔剣を持ったまま両手を広げて全身で喜びを感じた。
「これまでの大襲撃によってたくさんの命を集める事が出来た!それがあれば、私が2000年もの長きに渡って追い求めてきた完全なる不老不死が完成されるのだ!」
「これまでの大襲撃で集めた命って!?まさか、大襲撃を行ってきた目的って!」
「人が持つ生命エネルギーを集める為だ!それも、恐怖に怯える人間の残りの寿命を頂き、そこにこれまで培って来た知識を取り入れる事で、魔人化させず人の姿のまま完璧な不老不死を実現させる事が出来るのだ!そして、怪物を通して手に入れた生命エネルギーは自動的に私の所に送り込まれる仕組みになっているのだ!」
やっぱりまともじゃない!
怪物に殺させた人間の残りの寿命を奪い、そこから得た生命エネルギーを手に入れる為に大襲撃を行って来たのか!青蘭からは、自分の研究を否定し続けてきた人間達に対する復讐だと予想していたが、本当は人間の残りの寿命を奪うのが目的だったのか!
しかも、あの怪物達には襲った人間の残りの寿命を奪う能力までも備わっていたと言うのか!?
そして、奪った生命エネルギーは自動的に魔王の所に送り込まれていたと言うのか!
魔王の異常な発言に、上代が引っ込めていた聖剣を再び石澤に向けた。
「その為に一体どれだけの人が犠牲になったと思ってんだ!」
「さぁな。何せ、前回と2000年前の大襲撃と合わせても億単位の人間の生命エネルギーを奪って来たのだが、それでも完全な不老不死の完成には足りなかった!だが、今回の大襲撃でようやく必要な生命エネルギーを確保する事が出来た!」
そう言って魔王は、石澤の胸に手を当てた。
すると、そこから何やら赤黒い光の玉のような物を取り出して俺達に見せた。
「これが、2000年かけて集めてきた人間の生命エネルギーの一部!これに私が2000年前に身に着けた薬学技術を取り入れ、それによって出来上がった薬を注射させる事で、私が長年求めてきた完璧な不老不死の人間を生み出す事が出来る!これさえあれば、1万人の人間を不老不死にさせることが出来、足りなければまた大襲撃を起こさして生命エネルギーを集めれば良い!」
「貴様!」
コイツ、完全に狂っている!
死を極端に忌避するようになってから、異常なまでに永遠の命を追い求める様になって!しかも、その為に何億人もの人間の命を奪わないといけないなんて!
「お前達が来る前に、既に玲人の婚約者500人に投与済みだ!結果は御覧の通り、姿を変える事なく人間のままで完璧な不老不死を手にする事が出来た!私の考えは間違っていなかったのだ!」
「コノヤロウ!」
「何が間違っていない、だ」
すぐに斬りかかって生きそうな上代を一旦制止させ、俺は魔王を睨み付けながら聞いた。
「何でそこまでする必要がある。元々お前は、結婚まで考えていた愛していた女性の死を受け入れられなかったから、死なない身体を手に入れる為の研究を行ったと聞いたが、本当は愛した女性を生き返らせたかったんじゃなかったのか?」
これは憶測でしかないが、魔王がこんな事をする理由は魔王が愛する女性の死を受け入れられなかったのがキッカケだ。だから当時の魔王は、どんな手を使ってでも愛した女性を生き返らせようとしたのが始まりだった筈だ。
それがやがて、死ぬ事も、老いる事も、苦しむ事も無くなった完全な不死の身体を手に入れて、自分と同じ苦しみを味合わせたくないと思い込むようになっていったと俺は思う。
それによって魔王は、死を異常なまでに嫌う様になった。
「なのに、こんなにたくさんの人の命を奪うなんておかしいだろ。矛盾しているぞ」
死を嫌うのなら、自分と同じ思いをして欲しくないと思うのであれば、何で他の人の命を平気で奪う事が普通に出来るのだ?
理解出来ない。
「私の研究の成功の為の犠牲になれるのだ。むしろ誇るべきだと思うし、その先は玲人の意思に委ねるだけだ。玲人も私と同じ選択をすると思うがね」
さも当然のように言っているが、要は自分の研究の為なら人が何万人、何億人死のうが魔王の知った事ではないと言うのか。
やはりどうかしている。
「石澤はそもそも、大襲撃が起こる理由を知っていたのか?」
「いいや。怪物どもを送り込む前日の夜にこっそり身体を借り、この男に与えられた本当の恩恵を使って準備を進めていったのだ」
「前日の夜にこっそりって事は、石澤が眠っている間に大量の怪物どもをこちらに引き寄せて、更には無関係な人を魔人に変えて指揮を任せているのか」
「そうさ。魔人に変える人間は、一応は女好きの玲人の意志を尊重して男だけにした」
「お前えぇっ!」
今回だけでなく、大襲撃の度に石澤の意志と身体を乗っ取って、大量の怪物どもと魔人を配置させて大襲撃を起こしていたのか!
「おい、石澤!聞こえてんのか!こんなのが本当にお前の望んでいた世界だったと言うのか!お前が今まで正義の為だと思っていた事が、実は世界の破滅を招いていたんだぞ!お前は本当にそれで良いのか!?呑気に眠っている場合か!」
石澤の中に僅かな良心がある事を信じて俺は、魔王によって眠らされている石澤に呼び掛けた。
石澤の性格なら、魔王が求めてきた不老不死を欲しがるだろうと思うが、その為に必要な手段を知ればきっと踏み止まってくれる。そう信じて俺は呼び掛けた。
ところが―――
「だから何だって言うんだ?」
スッと右の瞳だけが元の黒に戻ると、石澤はあっけらかんとした態度で俺達を見下していた。
「要領が分かれば、こんな風にあなたと意志を共有させる事が出来るんですね」
「流石は玲人。要領を掴むのが早いな」
「当然です。なんせ俺は、神に愛された選ばれた人間ですから」
2人が喋っているが、俺達からすれば石澤が全部1人で喋っている様にしか見えない。違いがあるとすれば、声だけだ。
「それはそうと、俺は魔王の考えに賛成だ」
「何を言ってんだ!?」
石澤から発せられた信じられない発言に、俺だけでなく一緒に来た皆が驚愕していた。
「だって素晴らしいじゃん!永遠に歳を取らない、永遠に苦痛も何も味合わない、永遠に死ぬことが無い完全な不老不死が実現するんだぜ!それの何処がいけないってんだ?完全な生命体へと進化する事が出来るんだ!こんなに素晴らしい事なんてないだろ!犠牲になった連中は、その糧となれるんだ!ありがたく思われても恨まれる事なんて何一つない!そんなのは筋違いってもんだ!」
コイツ!自分が何を言っているのか本当に分かっているのか!?
魔王の野望に反論なんてせず、むしろこれは素晴らしき進化だとほざいて協力的な態度を示している!
こんな計画の為に、これまで一体何億人もの人間が犠牲になったのかを分かっている筈なのに!?しかもそれが正しい事だとでも言いたげで、俺は全身の血液が沸騰しそうなくらいに激しい怒りを感じた。
「石澤!テメェ、それ本気で言ってんのか!」
「俺は何時だって本気さ、上代。永遠に死なないだけでなく、永遠に歳も取らないんだから、彼女達も永遠にその若さを保つ事が出来るんだ。最高じゃねぇか!あとは邪魔な他の男共を一匹残らず根絶させれば、この世界は俺と美女だけの理想的なユートピアが完成する!そんな世界に男は、この俺一人だけいれば完璧だ!」
「それ本気で言ってるの!?そんな世界で生きて、本当にみんな幸せになれると本気で思い込んでいるの!?」
「思い込みなんかじゃないさ、秋野さん。何万、何億もの美女たちに囲まれながら暮らせる上に、彼女達はこの俺と結ばれるんだ!これ以上ないくらいに幸せな事なんてないさ!」
破綻している!
もはや理性が存在するのかどうかも疑うレベルの発言に、上代も秋野も化け物を見る様な目で石澤を見た。
いや、確かに化け物かもしれない。良心の欠片も存在しないのだから。
先の事なんて一切考えず、それによって起こる不幸なんて全く意識せず、ただただ際限なく湧き上がる目先の欲望ばかりに目が眩んでいる。
それを体現するかのように、石澤は俺達が見ている中で近くにいる女性を抱き寄せて濃厚なキスをし、着ていた服を強引に引き千切って身体を触り始めた。
しかし、辱めを受けているというのに、女性側は嫌がるどころかむしろ嬉しそうに石澤を受け入れていて、他の女性達も「私も」と叫びながら自ら服を脱いで石澤に詰め寄ってきた。
そんな光景を前に、こちらの女性達は気持ち悪そうに自身の身体を抱き締め、シルヴィは俺に、秋野はアレンに、桜様は上代に抱き着いて震え、汚物を見る様な目で石澤を睨み付けていた。
分かっていた。
この城に転移して瞬間から気付いていた。
彼女達の全身を、あの黒い靄が覆っていた事を。
俺達が解いた後に、魔王によって再び絶対服従能力をかけられてしまったのだ。
なのに、実際に彼女達の異常な行動を目の当たりにすると、うちの女性陣だけでなく男の俺や上代、ダンテやアレンまでも気持ち悪く感じた。
「アイツ!また彼女達を洗脳して!」
「同じ男として軽蔑します!許せません!」
ダンテとアレンも、そんな石澤の行動に激しい怒りを感じていた。
俺ももう、我慢の限界であった。
「竜次……」
「大丈夫。離さないから」
そっとシルヴィの肩を抱き寄せ、俺は聖剣を抜いて皆に言った。
「皆!石澤を殺すぞ!」
「大丈夫なのか?俺はいいけど、楠木は人を殺せるのか?」
心配する上代に俺は、石澤を睨み付けながらハッキリと自分の意志と覚悟を言った。
「石澤はもう人間じゃない!欲望を満たす事にしか頭を使わず、悪魔に魂を売ってしまった以上もう人間なんかじゃない!本能だけで動く獣以下のクズだ!」
これまで非常識発言ばかりしてきた石澤だったが、今回は特に酷い。もはや人間であるのかどうかも怪しいレベルだ。
前から欲望に忠実な奴だとは思っていたが、この世界に召喚されてからは益々欲望に走る様になった気がする。無駄に崇めたてたクズ王と王女のせいでもあるが、それを差し引いても今回の石澤は特に酷い。
大襲撃を食い止めてきたつもりが、実は自分自身が大襲撃に加担していた。意識が無かったとはいえ。
大襲撃から守る見返りとして、美しい女性全てを差し出せと要求する。
集まった女性達との間に愛は無く、身体だけの関係を求めて、己の性欲をひたすら満たしてきた。
何一つとして良い事はしていない。
唯一の善行の筈の大襲撃の対処も、実は大襲撃を起こしていた黒幕側だった事が分かった。
結果的に、聖剣士としての務めは何もしていなかった。
石澤こそが本物の魔王ではないかというくらいに。
「そうだな」
「ここまで堕ちると、私も流石に人間とは思えなくなる」
上代と秋野も概ね同意してくれた。
これによって石澤は、この世界を救う為に召喚された聖剣士から一転、災いをもたらす最悪な魔王となってしまった。そもそも聖剣士ですらなかったみたいだが。
元クラスメイトの惨めな姿を見て、上代と秋野だけじゃなく宮脇も石澤の事を人間として見なくなった。
「この俺を殺すだぁ?馬鹿じゃないの!」
「いや、聖剣士とそのパートナーには不老不死の人間を殺す力があるんだ」
「何!?」
「特に、フェニックスの聖剣士の恩恵には私のこれまでの努力を無にする力があって、この中で一番の弊害となる怨敵だ」
確かに、魔王の言う通り俺の恩恵には不老不死の人間を普通の人間に戻す力がある。
だが、それには代償が必要となるから使えないのだけど、それを魔王が知っている訳がない。
「そういう事なら、俺も何の迷いはないな」
喜びを隠す事なく、石澤は顔を醜く歪ませながら魔剣を俺達に向けた。
「ついでに言うが、この俺に恥をかかせたそこのブスも楠木と同罪だ!今更命乞いをしたってもう遅いぜ!」
「誰が命乞いなんてするか!たった1回女にフラれただけで、ここまで竜次を憎むなんてダサすぎるわよ!そんなお前を、私は絶対に許さないわ!」
「はん!やっぱりそう言うか。分かっていたが、そうなるともうどうでも良くなる。お前のせいで、楠木に就いてしまった他の女までも危険に晒されてんだ。その辺分ってんのか?」
嘲笑う様にシルヴィのせいだと語る石澤だが、マリア達は全く気にする様子もなく全員が武器を手に前に出た。
「私達は全員お前と戦う覚悟が出来ています。貴様のようなゲスに、誰が就くと思っているのですか」
マリアがそう宣言すると、他の女性達もうんと力強く頷いてくれた。皆が石澤と戦く覚悟を示した。
「もはや救いようがないな。ま、美人でも悪事を働く女はたくさんいると分かった今、もう迷う事なんてない。それ以前に、もう貴様等は手遅れなんだけどな」
「この状況でよくそんな事が言えるな」
石澤の周りにいる女性達は、お世辞にも強そうには思えない。装備は何も身に付けていないし、そもそも服を着ていないのだから戦える訳がない。
対してこちらは、万全の装備で挑んでいる上に聖剣士とパートナーには不老不死の人間を殺す力も持っている。
こちらが有利なのは変わりない。
そんな状況であるにも拘らず、石澤は相も変わらず醜く笑っていた。
「それで勝ったつもりか?これを見てもそんな事が言えるかな?」
石澤が指を鳴らした瞬間、床から円形の黒い影のような物が無数に浮かび上がり、そこから大襲撃でも度々見た人間サイズの怪物達が次々と現れてきた。
「もう一度言うが、俺の本当の恩恵は別の世界から物や生き物を引き寄せる事が出来る力。大襲撃の時は、別の世界にいるこいつ等を恩恵を使って引き寄せ、指揮を執っている魔人が殺されると同時に元の世界に戻る様に仕掛けているんだ。当たり前だが、俺の自由意思で呼ぶ事も戻す事も自由に出来る。炎なんて、この力を隠す為のカモフラージュに過ぎなかったんだよ」
「この世界に召喚された時から使えてたが、私と完全に一体になる前はそれがまだ不完全だったから、自分がふと思った人間を無意識に引き寄せてしまう事があった。それも、自分の所ではなく違う場所に引き寄せてしまうのさ。香田のようにな」
「なっ!?」
香田の名前を聞いて、俺は背筋が凍り付くような感覚と同時に、何故この世界に香田が来てしまったのかという疑問に納得がいった。
香田は鹿島の様に聖剣士の召喚に巻き込まれたのではなく、石澤の本当の力によってこの世界に引き寄せられてしまったのだ。ただし、当時はまだ魔王の力も借りておらず不完全だったから、自分の所ではない他所の国に飛ばされてしまったという訳か。
だが、魔王と一体になった今の石澤は自分の意志で自由に引き寄せる事が出来るようになった。
最悪だ。
「さて、話が長くなってしまったな」
「そうですね。俺達のユートピアの為にも、このクソ虫共にはさっさと死んでもらわないといけません」
「ああ」
「「やれ!」」
石澤と魔王の掛け声で、怪物達が一斉に襲い掛かってきた。
「クソ!」
「こんな狭い所で!」
俺達はそれぞれ互いに背中合わせに戦ったが、怪物どもは際限なく床から現れて俺達に襲い掛かってきた。
「これだけの数の怪物どもを作り出すなんて!」
「一体何処の世界から引っ張り込んで、こんな姿にしてしまったのかしら!」
石澤の力は、別の世界から自分が欲しいと思ったものをこちらの世界に引き寄せる力。
それによって引き寄せた別の世界の生き物を、どんな技術を使って体を作り変えていったのかは知らないが、これだけの数の怪物どもを作り出すとは。
大襲撃が無い時、この怪物どもは住んでいた元の世界に戻されると言っていた。もしかしたら、その間はその世界に住んでいた人達がこの怪物どもの犠牲になっているのだろう。
もしかしたら、その世界に住んでいる人達からも生命エネルギーを集めているのかもしれない。
(こんな奴の我儘のせいで、どれだけの人が苦しんできたと思ってんだ!)
こんな奴等の為に、これ以上たくさんの世界の人達の命を奪われてはいけない!
何としても石澤と魔王を倒さなければいけない!
でも、今この状況で戦ってもいずれ押されてしまう。何故なら、怪物どもが床の黒い影からどんどん湧いて出てきてキリがない。その上、こんな狭い所では思う様に戦えず、魔法も使い辛かった。
マリアと椿も、派手に暴れて城が崩れるなんて事態になるのを避けながら戦っていた。あの2人が怪物クラスに強いからと言っても、決して万能という訳ではない。
こんな時に、レイトがいてくれればこの状況を打破して石澤を倒す事が出来たのかもしれないが、生憎今レイトはこの場にはいない。
ここは一旦フェリスフィア王国に戻るしかない。
「シルヴィ!」
「えぇ!レイリィ!」
シルヴィが名前を叫んだ瞬間、レイリィは俺達を一気にフェリスフィア城の訓練場まで転移してくれた。レイリィを残しておいて良かったと思った。
「逃げられた!」
「まぁいい。いずれこの世界は玲人の物になるんだから、そう焦る必要はない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……何とか助かった」
「レイリィをすぐに帰さなくて良かったわ……」
何とかフェリスフィア城に戻った俺達は、騎士達の視線も気にせずマリアと椿以外はグッタリとその場に倒れ込んでしまった。
その後、俺達は女王に事の顛末を報告した。
石澤が聖剣士ではなく実は魔王であった事と、たくさんの生命エネルギーを集める為に大襲撃を行っていた事と、500人以上の女性達が既に石澤によって死なない身体に変えさせられた事も全て。
「なんて事ですか!」
話を聞いた女王は、机を何度も叩いた。
部屋の中の空気も重くなった。
「魔剣を聖剣に似せて作り、魂に戻った本体は石澤玲人の身体の中に入って聖剣士に成りすますなんて!」
「そうやって、拙者達の目を欺こうとしたのでござろう。しかし、あの男の素行の悪さが2ヶ月前のあの事件を起こしたのでござる」
椿の言う通り、今までの問題行動は全て石澤自身の意志であって、魔王はいつも石澤の暴走に頭を悩ませていた。
「頭を悩ませるのも仕方なしだな。こう言うのは信頼が何よりも大事なのに、あの男は周りから信頼されていると勝手に思い込み、それを良い事にやりたい放題に過してきたからな。魔王が困るのも当然だ」
ダンテの言う通り。
魔王も本当なら、偉大な聖剣士として称えられながら計画を推し進めていく予定だった。
なのに、いくら周りからチヤホヤされていたとはいえあそこまで己の欲望に走ってしまえば反発する国も出てきてしまう。事実、フェリスフィアを初め多くの国が石澤のいるキリュシュラインに反発し、敵対する意思を示していた。
「それでは計画が進まないと判断したから、魔王はあんな強引な手段を取ると同時に石澤を一度落とす道を選んだの」
宮脇の予想通りだと俺も思う。
自分に酔いしれてしまった石澤を止めるには、一度その地位から叩き落して屈辱を味合わせなくてはいけないのだから。
しかし、それは魔王の言う事を素直に聞く様になったと言うだけで、根本的には何も変わっておらず、むしろ前よりも酷くなっていた。
「はあぁ……こんな事なら、10年後ではなく即日処刑にするべきでした。私の判断ミスです」
女王はあの時の判断を悔やむが、そもそも俺があの時見た夢の事を忘れてしまったのが良くなかったのだ。
たかが夢だと思ってしまった。
そのせいで石澤の中にいた魔王が動くキッカケを作り、こんな事になってしまった。
自分の不甲斐なさを悔やみ、爪が食い込むくらい強く握られた拳をシルヴィがそっと優しく握ってきた。
「無理もないわ。あんな衝撃的な夢を見てしまっては、フェニックスと話した内容なんて頭に残らないわ」
「シルヴィ……」
事情を知っているシルヴィは、あんな夢を見ては仕方がないと優しく言ってくれるが、それでもやはり忘れてしまった自分自身を許す事が出来なかった。
すぐに俺はその事を女王や皆に話したが、それは仕方がない事だと言って皆言ってくれた。
「過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がありません。仮に覚えていたとしても、イコール魔王だと思い至る事はおそらくなかったと思います。キリュシュラインが偽物を用意したという可能性もありますし、魔王として覚醒する前までは紋様も浮かび上がっていましたので楠木様ご自身も信じられなかったのだと思います」
「それは……」
確かにそうかもしれない。
今は浮かび上がらなくなったが、それまでは普通に紋様が浮かび上がっていたので、女王の言う通り覚えていたとしても俺自身が信じられなかったのかもしれない。
自分が信じていない事を話しても仕方がないし、たぶん話さなかっただろうと思う。
夢でシルヴィと会って心を通わせてくれたお陰で、この世界に召喚されてすぐに惹かれ合う事が出来たというのにおかしな話だ。
「でも、だとしたら本物のドラゴンの聖剣は何処に行ったのでしょうか?」
『あっ!?』
女王の何気ない一言で気付いた。
魔王が作ったあの魔剣は、ドラゴンの聖剣を保管していた国が亡ぶと同時に聖剣に偽装するようにしたと言った。
つまり、魔王はドラゴンの聖剣がその国から無くなる事を20年前から予知していたのだ。石澤や俺達と一緒に召喚されるのを予知していたのと同じ様に。
「聖剣がひとりでに消えるなんて考えられない。考えられるとしたら」
「上代様の予想通り。おそらく、ドラゴンの聖剣士様は皆さまが召喚される前に既に召喚されていて、聖剣を持ってこの世界の何処かにいるのかもしれません」
上代や女王と同じ結論に俺達も至った。
そう。ドラゴンの聖剣士は、俺達よりも前に召喚されていたのだ。
だから、保管していた国に聖剣は無く、クズ王も偽装した魔剣を聖剣だと思い込んで持っていったのだ。
「だったら次にやるべき事は決まった」
「そうですね」
俺の言葉に、女王軽く頷いた後一拍置いて俺達にお願いをした。
「皆さんにお願いがあります。本物のドラゴンの聖剣士様を、どうか探して連れて来てください」
本物のドラゴンの聖剣士を探す。
それが、石澤と戦う為に俺達が最優先にすべき事となった。




