76 石澤玲人の裁判 1
「んん……」
目が覚めると俺は、見知らぬ部屋のベッドの上で寝かされていた。
まだ全身が痛く、重たい身体で何とか上半身だけを起こし、半覚醒状態の意識で周りの状況を把握した。
「広い部屋だな……しかも、やたら豪華だな……」
まるで王様でも使っていそうな部屋で、壁には俺とシルヴィが倒したクズ王とクソ王女の肖像画が飾られていた。しかも、やたら美形に補正されていた。
「そう言えば……クズ王との戦いの後、俺は気を失ったんだったな……」
他にも、石澤と犬坂がフェリスフィア騎士団によって拘束されたのも覚えている。
その後意識を失い、装備とマントを外されてからこの部屋のベッドに寝かされたのだろう。聖剣と鎧とマントは、ベッドの近くにある丸テーブルの上に乗せられていた。
「でも、何でこんな所に……」
まだ朦朧とする意識の中で、俺は立ち上がる為にベッドに手を置くと、右手に何か柔らかい感触のするものに触れた。
「…………なんだこれ?」
明らかにベッドの柔らかさではない。
何か弾力があって、それでいてマシュマロの様に柔らかく温かい何かが。
「んあ!?」
「ん?シルヴィ?」
なんか近くからシルヴィの艶めかしい声が聞こえるが、辺りを見渡しても何処にもシルヴィの姿が見当たらなかった。
けれど、丸テーブルには俺の装備とマントだけでなく、シルヴィの装備一式も置かれていた。なので、この部屋にいるのは間違いない筈なのだけど。
そうしている間に、俺は無意識にベッドではない柔らかい何かに指を食いこませていた。
「ああぁ……」
そして再び、シルヴィの声が聞こえた。
「……………………………………………………まさか!?」
冷や汗をかきながら俺はパッと柔らかい何かから手を離し、勢いよく布団を捲った。
案の定、そこには仰向けに眠っていたシルヴィの姿があった。
と言うか、頭まで被ってよく普通に寝られるな!?
布団が捲られると同時に、シルヴィも目をこすりながら目を覚ました。
「ししし、シルヴィ!?」
「竜次……おはよう……」
「お、おはよう」
よし!
一旦整理しよう!
そう言えば俺が意識を失う前に、シルヴィも俺の横に倒れて気を失った。
だから、気を失った俺とシルヴィを同じ部屋に入れて同じ部屋へと寝かせた。
うん。それならまだいいし、シルヴィと同じベッドで寝るなんて今までも何度かあったから、今更それについてとやかく言うつもりはないし、驚かない。
という事は、あの柔らかいものの正体は…………。
「どうしたの?急に顔を真っ赤にして……」
「いや、何でもない!」
柔らかくて弾力があって、しかも程よく温かかった!
という事は、あれはシルヴィの…………!
それが分かった途端、俺の意識は完全に覚醒し、知らなかったとはいえ寝ている女の子の身体に触ってしまった事に気まずさを感じてしまった。
「そう?でも、無理しないでね。私もまだ身体中が痛いわ」
「そそ、そうだな。俺もまだ身体中が痛いです。はい」
「何で動揺してんの?」
「キノセイデス」
幸いシルヴィはまだ寝ぼけている為、身体を触られた事には全然気付いていなかった。
(よし、流そう。あれは布団だったんだ)
必死で自分にそう言い聞かせながら、俺は状況を確認する為に部屋のベランダに出て外の様子を見た。
ベランダからは、めちゃめちゃ荒らされた建物と、一部分壊された魔物から守る壁が遠くから見えた。
そして、街並みも何処か見覚えのある光景であった。
そう。この世界に始めてきた時に見た事があった。
「まさかここ、キリュシュライン城なのか!?」
「えぇ……」
少しだけ意識が覚醒したシルヴィも、ベッドからゆっくりと起き上がり、俺のすぐ横に立って外を眺めた。
「キリュシュライン王が倒された事で、この馬鹿みたいに広い土地をフェリスフィアが一時的に統治する事になったの。と言っても、乗っ取られた国を元に戻すか、新しい国を建国させるだろうけど」
「そうなんだ」
シルヴィの話を聞くと、俺はあの日から3日も眠り続けていたらしく、その間にフェリスフィアはこの国を制圧し、一時的に主導権を握る事になった。一時的と言うのは、先ほどシルヴィが言ったようにキリュシュラインが制圧した土地は後にその国に返還する予定だからだ。
「でも、それってかなり難しくないか?」
「えぇ。乗っ取られた国の民は、殆どがあの男と王女に洗脳されていたから、1ヶ月後に私達に掛けられた封印魔法が解けても元には戻らないわ」
「黒装束の男も言っていたな」
確か、1ヶ月を過ぎると洗脳前の記憶は曖昧になり、洗脳されていた時の記憶の方が正しいと思い込むようになってしまうと。万が一洗脳されなかったとしても、平民が国を興せる訳がない。
王族の大半は殺されているし、城に仕えていた人達は全員がクズ王の洗脳を、絶対服従能力を受けていた為もうどうする事も出来ない。時間をかければ何とかなるのかもしれないけど、それで元に戻るのに何年もかかる。
「シルヴィはエルディア王国を復興しようと思わないのか?」
「前にもいったと思うけど、今更復興しようなんて思わないわ。いくら洗脳されていたと分かっていても、あんな仕打ちをされて傷つかない訳がないし、そんな人達の為に国を復興させようなんて思えないわ。それに、私には国を興す力なんて無いわ」
「確かに」
「ちょっと!せめてそこだけは嘘でも否定してよ」
そうかもしれないけど、真面目な話、シルヴィに国を治めるなんて絶対に出来ない。嘘がつけない、隠し事が出来ない、駆け引きが出来ない、というのはこの際目を瞑るとしてもずっと国務から縁遠い生活をしていたシルヴィに、エルディアの新しい女王が務まるとは思えないし、他所の国との外交が上手く行う事も出来ない。
良くも悪くも、真っ直ぐで正直すぎる性格が災いした。
おそらく家族も、シルヴィのそういう所を分かっていたから、国務から離して普通の生活をさせようと考えたのだろう。それでも王族だから、パーティーなどの大事な行事には参加させていたみたいだけど。
「それはそうと、西方でシルヴィ以外に乗っ取られた国の王族はいるのか?」
「いないわ。キリュシュラインと同盟を組んでいる国の王族は一応生きてるけど、こちらの話には全く耳を傾けてくれないわ。今もキリュシュラインを取り戻そうと軍備を整えているけど、王が殺された事で動揺していて結局出撃できていないわ」
まぁ、助けに向かう前に王は魔人になってしまい、俺とシルヴィに討伐されてしまったのだから、軍備を整えても出撃できなかったら何の意味もないもんな。
「それに、黒い方の嫁に行った姫はエミリア王女以外全員が魔人に変えられてしまったみたいだから、それも出陣出来ない理由になっているのかもしれないわ。キリュシュラインが魔人と手を組んでいたというのは、あの戦いで世界中に知れ渡ったから」
「そりゃそうか」
せっかく石澤を信じて嫁に出したのに、魔人に変えられた上に殺されたのだから、同盟を結んでいるとはいえ助けに向かおうなんて思えないわな。
「そう言えば、エミリア王女は無事だったって、本当か?」
「えぇ。幸いな事に、王族ではあの子だけは魔人化は免れたみたいだったけど、黒い方に会わせてとしつこく言ってきて大変だったわ。以前のエミリア王女からは考えられなかったわ」
「そうか」
シルヴィがそう言ってしまうくらいだから、相当人格が歪んでしまったのだろう。
エミリア王女でそれなら、他の人に頼んでも結果は同じだろう。乗っ取られた国の復興は、絶望的と考えた方が良いだろう。フェリスフィアに避難したゾフィルの王子と王女なら、ゾフィルの復興は可能かもしれないが。
「それはそうと竜次。1ヶ月後に黒い方の裁判が執り行われるみたいよ」
「石澤の裁判が?」
「えぇ。アイツだけでなく、狂信女や王女の裁判も並行して行うみたいよ。竜次も目を覚ましたみたいだし、丁度良かったわ」
「随分と先だな……」
俺とシルヴィに掛けられた封印魔法が解けるのを待っている、という訳ではない。裁判を行う上で最も重要な証人を安全に連れてくるのに、更に遠方に住んでいる同盟国の代表が来るのにそのくらい掛かってしまうからだ。レイリィを召喚出来れば楽なのだが、生憎シルヴィは今召喚術を使う事が出来ない。
転移石は数が少なすぎる為、そんなホイホイと使えるものではない。この国の王城からも押収したらしいが、それでも数が足りなさすぎたみたいだ。石澤と犬坂が、馬鹿みたいにポンポン使ったのが原因らしい。
まぁ、その間に3人は地下牢で苦痛を味わっているだろうから良いか。
「一番遠い所からだと、シンがここに来るみたいだわ」
「うわぁ、レイシンからわざわざ……そりゃ、時間もかかるわな」
裁判を見届ける為に来るらしいが、きっと本心ではエミリア王女に会いたいかもしれないが、変わり果てた元婚約者の姿を見て何を思うのやら。
それでもシンは、石澤の裁判を見届けに来るだろう。
例え、苦しむ事になっても。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからは、思っていた以上に時間はあっという間に経っていった。
クズ王の攻撃をたくさん食らった俺は、全身の痛みが無くなるのに更に3日も掛かり、起きて4日後にはマリアと椿のしごきに耐えられるくらいには回復した。むしろ、マリアと椿のしごきの方がしんどかった。
更にその2週間後にはフェリスフィア女王が到着し、その10日後に今回の裁判の重要参考人がこの国に到着した。
そしてあの戦いから1ヶ月。
ついにこの日がやってきた。
キリュシュライン城内にある騎士団の訓練場に、俺達は足を運んでいた。石澤達の裁判は、ここで行われる。
東側にはフェリスフィア女王を筆頭に、各同盟国の代表が椅子に座っていた。その中に、シンとルータオの2人もいた。キリュシュラインと同盟を結んだ国々の代表達だけが、この場には来ていなかった。
そんな各国代表達の右側、北側には500人以上もいる石澤の婚約者達がいた。全員洗脳は解いてあるが、元の人格に戻った人は誰もいなかった。
左側、南側にはフェリスフィアや同盟国の騎士団が立っていて、俺達もそこにいた。マリアや椿も、騎士団の中に入って見守っていた。
そして、各国の代表達の前には手枷を付けられた石澤と犬坂、そしてキリュシュライン王女・エルリエッタ王女が立っていた。3人ともボロボロの布切れを着させられていたが、石澤と犬坂の腰には聖剣が提げられていた。聖剣士の傍を離れない為、取り上げる事が出来ないからだ。尤も、手枷を付けられているお陰で抜く事は出来ない。
「それでは始めましょう。聖剣士という立場を悪用して、数々の悪行を犯してきたこの者達の裁判を」
「待ってくれ!俺達は何も悪い事はしていない!そもそも、正義の為に戦って来た俺達が何で犯罪者にされているんだ!何で裁判をかけられているんだ!」
「そうよ!私達ではなく、そこにいる楠木君こそが本当の犯罪者であって、アイツこそ裁判にかけるべきです!」
最後まで自分の犯した罪を認めようとしない2人に、石澤の婚約者達が口を揃えてフェリスフィア女王に抗議した。
だが、そんな声を無視して女王は裁判を進めた。
この世界の裁判は、通常であれば地球と同じ様に何日もかけて行われるのだが、中にはその日のうちに判決が言い渡される事がある。
その場合、言い逃れが出来ない程の大罪を犯し、その上たくさんの証拠と証人が揃っていた場合に限る。
つまり、最初から有罪が決まっていた場合はその日に判決が下され、一方的な流れになるのだ。
「ではまず、石澤玲人被告の罪状についての説明を行います。シルヴィア・フォン・エルディア元王女殿下。お願いします」
「はい」
フェリスフィア女王に指名され、シルヴィはたくさんの羊皮紙を手に一歩前に出た。彼女は俺のパートナーではあるが、まだ俺と結婚して家族になった訳ではない為、俺を弁護する立場に回る事が出来るみたいだ。
その代り、第三者視点で話しを進めるらしい。
「やめてシルヴィアちゃん!君はこんな事をするような子ではない筈だ!楠木に脅されてやっているのだろ!そうだろ!」
「お願いやめてあげて!楠木君の言葉に惑わされないで!」
何処までも自分に都合の良い事を言う2人に、シルヴィは怒りを隠す事もなく睨み付けた。
「お前達の脳味噌は、自分に都合の悪い記憶は忘れて、都合の良いように改ざんするように出来ているのか?」
今まで聞いた事が無いくらいに低い声で言った後、女王の方を向いて石澤の罪状を全て話した。
「被告人、石澤玲人は、まず6年前に1人の少女に無理やり関係を迫り強姦を行い、更にその罪を少女の知人である楠木竜次に擦り付けて追い詰めた。襲った少女にフラれる、というくだらない理由で目の仇にし、その後も楠木竜次に近づく女性を唆して無理やり奪った。
この世界に召喚された後もそれは続き、この国の女性に無理矢理手を出した等と言うありもしない犯罪を擦り付けて、それを世界中に流して殺そうとした。それに関しては、キリュシュラインのエルリエッタ王女が主犯ではあるが、それに便乗して一緒に追い詰めた石澤玲人被告も同罪。
その少女に手を出した後も、容姿の優れた女性を見つけては無理矢理関係を迫ると言った行為を繰り返し、逆らった女性に脅迫を行って無理矢理手を出した。
その後、この世界に召喚された後も複数の女性を強引な手段を使って引き入れた。中には既婚の女性や、婚約が既に決まった女性もいた。しかも、最愛の妻や婚約者を奪われた男性に無実の罪を着せて、奴隷に落として鉱山に送り込ませるという最悪な事まで行った。それによって奪われた女性は、およそ1500人に及ぶ」
「違います!私達は皆、玲人様に助けられたのです!」
「私達を助けて下さった本物の勇者様なのです!」
正面に立っている女性達が石澤を擁護するが、その記憶自体が間違いであり、洗脳されていた期間が長かったせいでそれが真実だと思い込むようになってしまったのだ。
それを分かっているから、シルヴィは聞く耳は全くなく淡々と石澤の罪状を離し続けた。
「更には、食糧危機の解決と言いつつ、占領して手に入れた領地から水と食料の強奪をキリュシュライン兵にやらせ、それを支援物資などと嘘を付いて配給した。
また、キリュシュラインと同盟を結ぶ代わりに、国内にいる容姿の優れた女性、並びにその国の王女を婚約者として引き渡す様に要求した。1000人を超える女性と婚約をしておきながら」
「この世界では一夫多妻が一般的なのよ!おかしい事なんて何もないわよ!」
「度が過ぎる。どんな世界の人間でも、そんなにたくさんの女性を娶って、尚且つまだ増やそうと考えている男の事を信用する親などいる訳がない」
犬坂の反論に対しても、シルヴィは低い声で返した。
確かに、いくら一夫多妻が認められていると言っても、1000人以上もの女性と婚約をしている男の事を信用できる親なんていない。大事な娘を幸せに出来ると思えないし、そんな女たらしの言う事全てが信用するに値しない。
それに、極少数だが一夫一妻制の国だって存在する。フェリスフィア王国もその一つだ。
食料の略奪に関しては、クソ王女主導で行われてきたのだが、石澤はそれを寄付された物と聞いて何の疑いも抱かず奪っていった。知らなかった、で済まされる事なんて存在しない。大人になると、そんな言い訳は許されない。小さな事ならともかく、今回のような事になると完全にレッドカードとなる。
「それだけでなく、この城の横にあんなに大きくてド派手な城まで建てた。その建設費用の為に国民に高い税金の支払いを要求し、その金を使ってあの城を建てた。例え本人にそう言う意図はなくても、建てると言われた時点でそれに気付くべきだった。なのに、石澤玲人被告は何の疑問を抱く事なくこれを嬉々として受け入れた。
その結果、城の建設の際にあの土地に住んでいた人達の生活を奪い、困窮させた」
これは、1ヶ月前のあの戦いの後で知った事だ。
石澤はおそらく、国民が石澤の為に喜んで金を支払ったとクズ王かクソ王女から聞かされていたけど、実際はシルヴィの言う通りで誰も王族や石澤に逆らう事が出来ず、その場で殺されない為に支払ったのだ。北方の国々も似たような状況であったから、支払った人達の心情はよく理解できる。
この国に住んでいて人全員が、クズ王やクソ王女に脅迫される形で高すぎる税金を払い続けたのだ。明日食っていくだけの金も無くなるのに。
しかも、石澤にその自覚が全く無いのだから更に最悪だ。
シルヴィの言う通り、知らなかったでは済まされないのだから。
「以上を持って、石澤玲人被告の罪状の説明を終わります。
石澤玲人被告が行った行為は、他人の人生を踏みにじり、美人の女性とくれば見境なく手を出し、婚約者や夫から無理矢理奪い、更には自分の地位の高さを悪用して大勢の人の人生を滅茶苦茶にさせた。
そして極めつけは、自身のくだらない私怨なんかの為に楠木竜次を陥れ、あまつさえ命までも奪おうとした。
更に、守るべき人達の命を脅かす行為を何度も繰り返し、本人は贅沢の限りを尽くし、苦しむ国民の事など見向きもしなかった。
その行為は、あまりにも残虐非道、悪逆非道である事は明白。
よって私は、石澤玲人被告に対し死刑を求刑いたします。石澤玲人被告が行った数々の犯罪行為は、どれも万死に値する行為です」
「シルヴィアちゃん!?」
「何を言ってるのよ!?」
死刑を求刑するシルヴィに、石澤はもちろん犬坂までもが驚愕していた。
そんなシルヴィの発言に対し、石澤の婚約者達は口を揃えて発言の撤回を求め、同時にシルヴィへの非難を繰り返した。
そんな状況であるにも拘らず、同じく石澤と婚約をしているクソ王女は黙ったまま一言も喋る事もなく、真っ直ぐフェリスフィア女王を見つめていた。睨むのでもなく。
「全部言いがかりだ!俺はこの国の為に、この世界の為に、世の女性達の為に、そして正義の為に戦ってきたんだ!状況証拠だけで死刑を求刑するなんて!」
どうしても納得のいかない石澤は、シルヴィではなく俺の方を睨み付けてきた。
「お前には心底失望したぞ、楠木!こんな可憐な女の子にこんな事を言わせるなんて!」
「おま―――」
「都合が悪くなるとすぐに竜次に全ての罪を擦り付けるなんて、男としても、人間としても最低な行為だ」
俺が発言する前に、シルヴィが俺の前に立って言い返した。
「シルヴィアちゃんも、そんな男の事を庇う必要なんてないよ!」
「これは全て私の意志だ。自分で決めて行動した事であって、竜次に言われたからやっているのではない」
確かに、俺は石澤の裁判を行う為の準備が秘密裏に行われていたなんて知らなかったし、シルヴィがたくさんの人から石澤が犯してきた罪の情報を集めてきてくれた。
全ては、この日の為に。
「それに、物証が必要だと言うのなら出してやるよ」
次に発言したのは上代であった。
「まずは、この国の王が隠し持っていたお前の犯した罪の内容と、それを隠蔽する為に用意された国民に向けた嘘の事実の内容まで事細かく記された書類」
キリュシュラインを制圧した後、クズ王の部屋から押収された資料の中から、石澤の犯した犯罪に関する書類がたくさん見つかったのだと言う。
その書類を書いたのは、各領地を治める貴族の人達で、その書類にはクズ王が赤いインクで何ヶ所も修正を加えた痕跡があった。
修正された内容はどれも事実とはかけ離れており、中には言い訳の内容としてはかなり苦しいものも混ざっていた。まともな人が聞けば、こんな子供の言い訳の様な戯言なんて誰も信じないと思うが。
「この国の貴族達とて決して一枚岩ではなく、あの王に絶対の忠誠を誓った奴等ばかりではない。中には、石澤の犯罪行為に頭を悩ませている貴族もいて、出した資料とは別にお前の異常とも言える行為を記録してくれた人もいた。そんな貴族達の所にも赴き、石澤の犯罪行為を明確に記した資料までも渡してくれた。皆お前に迷惑してたんだ」
絶対服従能力を使って洗脳していると言っても、国民全員が洗脳を受けている訳ではない。俺がこの世界に召喚されたその日に訪れたあの武器屋の店主もその一人だ。
貴族は全員洗脳しているつもりでいたが、中には前に召喚された聖剣士の血を引いている貴族もいた為、洗脳されなかった人もいた。
そう言う人達は、クズ王に忠誠を誓ったふりをしつつ、フェリスフィアを初めとした国と内通して情報を与えていったのだと言う。
(知らなかった……)
そう言う人達が、何時か訪れるであろう石澤が裁かれる日の為、毎日石澤が犯してきた犯罪行為について詳しく記してくれたのだ。
だが、それでも石澤と犬坂は納得がいかない様子であった。
「そんな物が何の証拠になるって言うんだ!」
「そうよ!それだったら、実際に石澤君がそれを行ったという現場写真や映像を見せなさいよ!」
無茶を言わないで欲しい。
この世界に写真やカメラなどがある訳がなく、大抵がその人が地道に残した手記や書類などで判断される。
それに、相手が嘘を付いているのかどうかを嘘探知の魔法で判断する事が出来る為、被告人が嘘の証言をしても裁判官にすぐにバレてしまう。当然の事ながら、嘘の証言をしてしまうと更に罪が重くなってしまう。
嘘探知の魔法は、目に魔力を集中させるだけの簡単な魔法なので誰でも簡単に使う事が出来、現に女王や各国の代表達も使っている。もちろん俺も、シルヴィや上代達も。
「全部捏造だ!俺を嵌める為に作られた、嘘の記録だ!俺はそんな事をしていない!全部言いがかりだ!」
そうとは知らない石澤は、見苦しい言い訳ばかりを口にしていた。
あくまでも自分は悪くない、悪いのは自分を陥れようとする連中なのだと頑なに主張し続けている。
無論、裁判が始まってからずっと石澤の気の色は赤色に染まっていて、本当の事は何一つとして口にしていないのだ。
(シルヴィの言う通り、自分に都合がいいように記憶を改ざんするように脳味噌が出来ているんじゃないのか?)
ここまで嘘を並べられると、逆に感心してしまう。
「嘘ばかり。こんなにも酷い嘘つきな人間は、今まで見た事が無い」
小声でボソッと呟きながら、嘘の証言ばかりを口にする石澤に呆れる秋野。
イルミドのパーティーに出るまで間、秋野も石澤の言う事は全正しいと思い込み、何の疑いも抱かずに信じ切っていた。なので、嘘ばかりを口にする石澤をまるで汚い物を見る様な目で見ながら、気持ち悪そうにずっと自分の身体を抱き締めていた。
その間も石澤は、ずっと身の潔白と自分の行動の正当性を口にしてきたのだが、その全ての発言をしている間ずっと気の色は赤をキープしていて、色が変化することが無かった。
だが、その中に一つだけ例外があった。
それが、自分と婚約してくれた女性達の事についての証言であった。
クラスメイトを除くと、婚約した女性全員が自分に運命を感じて惚れた人だの、元婚約者や元夫に酷い暴力を受けて傷ついていた所を助けただの、同盟締結の際に向こうの王女が自分との婚約を強く望んでいただの。
とにかく、自分の行動は全て彼女達の為を思っての行動だと主張しているのだが、その中に本当の話は存在せず、全て自分に都合がいいように改ざんされた嘘の記憶である事は周知の事実。
しかし、クソ王女に洗脳された後だったからそういう風に思い込んでいる部分が強く、石澤は洗脳された後の彼女達の言葉を鵜吞みにしている為、石澤自身は嘘を言っている訳ではない。
故に、その時だけ気の色は白色をしていた。
(普通はコロッと態度が変わった時点で怪しむものだが、目を付けていた女性が自分に就いた事を喜ぶから、洗脳されたなんて思ってもいなかったのだろう)
だが、洗脳された事とはいえ、石澤が嘘の証言をしている訳ではない為、その事に関して罪に問うのはかなり難しくなる。
各国の代表達が動揺する中、フェリスフィア女王だけは落ち着いた態度で石澤に質問をしてきた。
「では聞きます。彼女達は、アナタと婚約出来て本当に幸せだと思えたのでしょうか?」
「もちろんです!」
即答する石澤に続いて、500人以上の婚約者達も口を揃えて肯定した。そんな彼女達の発言に、石澤と犬坂は満足そうにうなずいてみせた。
(これはかなりマズいかもしれないな……)
長い期間洗脳されていたせいで、洗脳前の記憶は殆ど薄れてしまい、洗脳後の記憶が正しいと思い込んでしまっている。
そんな彼女達から、クソ王女に洗脳されていたという事実を追及する事が出来ない。
「なるほど。では、エルリエッタ元キリュシュライン王女。被告人と彼女達の言う事は全て事実でありますか?」
そこでフェリスフィア女王は、ずっと表情を変える事無くずっと黙っていたクソ王女に尋ねた。
「そうだよなエル!俺達は間違っていない!何も悪い事はしていない!それは、一番近くで俺を見ていたエルなら分かるだろ!」
勝ち誇ったみたいに声を弾ませる石澤。
だが、クソ王女の口からは意外な言葉が出てきた。
「いいえ。玲人様と彼女達の婚約は、私が絶対服従能力を使って記憶と人格を歪ませて、無理矢理交わさせた偽りだらけの関係です」
まさかの発言に、石澤はもちろん、犬坂や石澤と婚約した女性達も凍り付いた。
特に石澤は、クソ王女の予想外の発言に、それまでの勝ち誇った顔から一気に絶望に染まっていった。
「詳しく説明をしてもよろしいでしょうか」
「はい。包み隠さず真実のみ申し上げます」
女王の言葉に、クソ王女は諦めに似た感情で全てを話した。
「私と父が絶対服従能力を手にしたのは、あの御方と協力する事を約束した時からです」
「あの御方と言うのは、国民を魔人に変える力を持った例の黒いローブを着た怪しげな男の事ですか?」
「はい。人間を魔人に変えるのは魔法ではなく、特別な薬物を少量ずつ体内に取り入れる事で徐々に体を慣らし、あの御方が頭の中で指名した人物に魔力を送り込む事で魔人へと変える事が出来るのです。一度に多く摂取すると一気に姿が変貌し、私達の言う事を聞かなくなってしまう事があるそうなので」
「なるほど。では、何故人類の敵である魔人と手を組み、この世界を混乱に陥れようとしたのですか?」
「私と父で、それぞれどうしても手に入れたい物があったからです。それを与えてくれる代わりに、自分達と手を組もうと話が進んだのです。父はこの世界の支配を望み、私は永遠の若さを望みました」
「その為に、どれだけ多くの人が傷つき、苦しむ事になったと思っているのですか」
「永遠の若さが手に入るのなら、悪魔と手を組む事になろうとも、国民全員を、ひいてはこの世界を滅ぼす事になっても構わないと考えていました」
「そんな欲望を叶える為に、強引な手段を用いて聖剣士を召喚させて、彼等を自分達の目的達成の為に利用しようとしたのですか?」
「その質問は、半分正解で半分間違いです。聖剣士の力があれば、私達の対抗する勢力は無くなり、魔人の脅威である聖剣士を味方に引き込めばあの御方や私達の悲願を達成しやすくなると考え、どんな手を使ってでも味方に引き込もうと考えていました」
「その為に、石澤玲人被告が望む女性達を洗脳して、彼を都合の良い操り人形として利用していたのですね」
「玲人様の望みを叶えて、私自身の欲しかったものを手に入れやすくさせるようにしました。しかし、決して都合の良い傀儡として悪用しようと言う意図は、玲人様に関してはありませんでした。彼女達を洗脳して無理矢理婚約させ、玲人様の望みを全て叶えてあげたのにはもう一つ理由があります」
「それは何でしょうか?」
「深い意味も、疾しい思惑もありません。私はただ、純粋に玲人様を愛していました。一目惚れでした。この方に愛していただけるのなら、私はどんな望みでもかなえられると思い、1000人でも2000人でも女性を洗脳して、玲人様に与える事が出来ました」
「その為に大勢の女性と、彼女達を愛していた男性の人生を滅茶苦茶にして許されると思っているのですか?」
「自分の望みと、玲人様の愛が手に入るのならそんな物はどうでも良かったです」
「楠木竜次を排除しようとしたのも、それが狙いだったのですか?」
「いいえ。フェニックスの聖剣士に関しては、召喚と同時に暗殺しようと考えていました。フェニックスの聖剣士の恩恵は、私達やあの御方の悲願達成において最大の障害となります。なので、そうなる前に排除する必要があったのです。最初は運よく召喚されなかったと思い安心しましたが、翌日にその男がフェニックスの聖剣士だと知り、私は彼がたくさんの女性に無理やり関係を迫り、襲ったという嘘の情報を流し、彼を処刑する為の材料にしようとしました。彼が過去に女性を襲ったという冤罪を、前の日の夜に玲人様から聞きましたのでそれを利用しました」
「つまり楠木竜次は、アナタ方の身勝手な願望の為にありもしない罪を擦り付けられ、犯罪者として世界中に広めたのですか?」
「はい。ですが、あの御方が最初から私達の望みを叶える気が無いと分かった以上、これ以上の虚言は無意味です。私がずっと望んでいた物が手に入らないと分かった以上、もう生きていても意味がありません。だから私は、こうして全てを話す事にしました」
女王とクソ王女の長い問答が終わると、闘技場内は静寂に包まれ、話を聞いていた石澤と犬坂は沈み切った顔をしていた。
同時に、石澤と婚約した500人以上の女性達の間にも動揺が生じた。
どうやら、クソ王女のこれまでの傍若無人な態度は絶対服従能力を手に入れた事で、自分に逆らう人間がいなくなったという慢心から来たものだったのだろう。
そして、この国が強引な手段で俺達を召喚したのも、魔人の脅威となる聖剣士を味方に引き込む事が目的だった事が明るみになった。
俺を殺そうとした理由については、黒ローブの男が死ぬ前に語っていた様に、俺の恩恵が悲願を達成させる上でどうしても邪魔だったからだと言っていた。
「私から話す事は以上です。ですから女王陛下。私の望みを聞いていただけるでしょうか」
「そうですね。全て自白してくれましたので、エルリエッタ元王女にはこの裁判の後すぐに斬首刑による死刑を執行いたします。これでよろしいのですね?」
「はい。醜く老いて死ぬなんて耐えられません。どうせなら今死にたいです。若くて美しいうちに死にたいです」
「分かりました」
どうやら、女王との取引によって彼女が望む刑を執行させる事を条件に、真実を全て話す事を約束させたみたいだ。だから、フェリスフィア女王だけが落ち着いていたのだろう。
王女の発言により、石澤は一気に不利な状況へと立たされた。




