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73 キリュシュライン侵攻 3 魔人軍襲来

 戦いの日の早朝のキリュシュライン王城の地下。


「急にお呼びして何でしょうか?私はこれからフェニックスの悪魔を倒す為に戦いに―――」

「お前には出来ない」

「しかし、私の力があればあんな小僧なんて!」

「親子揃って私から与えられた力を自分の力だと思い込むとは、本当に図々しですね」

「私にはこの大陸の、いや、この世界の王となって歴史に名を遺すという夢が!」

「分不相応の夢と野心を抱いているな。ま、野心に関しては私が洗脳能力を与えてしまったのが原因なんだろうが」

「とにかく、私は一刻も早く娘の所に!」

「何の為にお前を呼んだと思っている」

「え?」

「それは―――」



「お前はもう用済みだからだ」



「……どういうつもりですか!?」

「予定が変わった。この国は私が貰う。お前には私の操り人形になってもらう」

「いいっ、一体何を!?」

「さようなら……えっと……名前は何て言ったっけ?まぁ良いか。今日からお前は、意志を持たない私の人形となるのだから」

「待ってください!私はこんな所で終わるような人間では!」

「もう遅い」


 その後、ゲイル・エルド・キリュシュラインの意識は真っ白になり、その後は何も考えられなくなってしまい、今まで助けてくれたあの御方の操り人形となってしまった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




「お義父さん!これは一体どういうことなのですか!」


 突然現れたクズ王に、石澤は今まで見せたことが無いくらいに動揺した様子で聞いた。

 だがクズ王は、そんな石澤の事を嘲笑う様な顔で見下していた。


「そなたのお陰で、我々の計画がスムーズに進み、悲願達成まであと一歩という所まで来た」

「悲願って、一体!?」


 そして、ニヤリと笑いながらクズ王は答えた。



「人間共をこの世から消し去り、魔人だけの世界を作る為の」



 そう言うとクズ王の姿も変貌し、身体も倍以上に膨れ上がった魔人へと姿を変えた。


「そ、そんな……」


 自分が信じ、忠誠を誓った王が実は敵のボスだった事を目の当たりにし、石澤の顔から血の気が引いて絶望した。


「正体を現したな」

「ほおぉ。フェニックスの聖剣士達は驚かないのだな」

「ああ」

「私達は予想できていたからね」


 俺はもちろん、シルヴィも全く動揺した様子もなかった。そしてそれは、上代と桜様も同じで動揺していなかった。対して、取り押さえられている犬坂は動揺しまくりであった。


「最悪な展開になったな」

「えぇ」


 目の前に現れたクズ王だけでなく、生き残ったキリュシュライン兵全員が魔人となってしまい、フェリスフィア騎士団と同盟国の騎士団が束になってかかっても倒す事が出来なくなってしまった。勿論それは、マリアと椿とて例外ではない。


「クソ!」

「刃が通らぬでござる!?」


 ダメ元で魔人に攻撃を加えるマリアと椿だが、あの盗賊の頭の時の様には上手くいかなかった。

 そんな2人の様子を見た黒ローブの男は、すぐに俺達の方へと顔を向けた。顔はフードに隠れて見えないけど。


「お前達はドルトムン王国で見たと思うけど、魔人化はあの薬を更に改良して作り上げた物で、食事の中に少量ずつ含ませて接種させて身体に馴染ませたのだ」

「やっぱり薬のせいか」


 まさかと思ったが、やはり薬のせいで魔人に変えられてしまったのか。

 その事実を聞き、石澤は顔を真っ青にさせてシルヴィに踏まれたままの王女に視線を向けた。クソ王女の方は、ようやく口が開けるようになったみたいで咳込みながら呼吸をしていた。


「知らないわ!流石にそこまでは知らなかったし、仕組みまで理解していませんでした!」

「仕組みまで分からなかったって、国民の誰かが魔人化する事を知っていたって事?」

「うっ!?」


 気まずそうに口を閉ざすクソ王女。

 もう決定的だ。


「やはり裏で魔人と手を組んでいたのか」

「何を言ってるんだ楠木!エルとお義父さんがそんな事をする訳が!」

「フェニックスの聖剣士の言う通り。この男はこの世界全てを支配する力欲しさに私と手を組み、絶対服従能力をその王女共々与えたのだ」

「絶対服従能力。洗脳の事か」

「そうだ。その力は普通の洗脳魔法とは比べ物にならないくらいに強力で、掛かっている期間が長ければ長い程以前の人格を忘れやすくなり、1ヶ月もすれば洗脳されている時の記憶こそが正しい記憶と認識するようになる。例え解かれても以前の記憶が戻る事は未来永劫訪れる事は無い」


 アッサリと肯定する黒ローブの男。

 そんな強力な洗脳を、石澤と婚約させられた1500人以上もの女性にかけていると言うのか!となると、洗脳を解いても元の人格に戻る事が出来ないと言うのか!?


「ま、どんなに強力な能力でも聖剣士とそのパートナー、更に聖剣士の血を引く血族や聖なる泉で水浴びをした人間には効かないから、能力発動時にむらが出てしまう」


 アリエッタ王女から聞いた通り、掛かる人と掛からない人の違いは前に召喚された聖剣士の血を引いているのかと、聖なる泉で水浴びをしたかどうかの違いの様だ。だから聖なる泉を埋めさせたのか。


「話を戻すが、この国に住んでいる人間はお前達にやられている2人の聖剣士以外全員に魔人化の薬を投与させていて、私が指定した相手を魔人化させる事が出来る」

「指定した相手を?」

「私は薬を投与させた人間全てを把握していて、適当に相手を選んで決めるだけで簡単に魔人化させる事が出来る。その代り、魔力をごっそりと持っていかれるから、今回の様に一度にたくさんの人間を魔人化させるのは、私にとってはかなりリスクが大きかった」


 過去形で話したという事は、この男の計画はそこまで進行していたという事か。


「待ってくれよ……」


 俺に踏まれている石澤が、黒ローブの男を親の仇を見る様な目で睨み付けながら言ってきた。


「俺や犬坂さん以外全員って事は……俺のお嫁さんになってくれる彼女達全員も、アンタの意志一つで魔人になる可能性があると言うのか!?」

「そうだ。言っただろ。私の目的は、人間を一匹残さず根絶させ、魔人だけの世界を作り上げる事だと」

「貴様ああああああああああああ!」


 怒りに満ちた石澤が、俺の足を強引に払い除けて黒ローブの男へと突っ込んで行った。

 だが、そんな石澤の攻撃は黒ローブの男には届かず、魔人化したクズ王によって阻まれ、呆気なく蹴飛ばされた。


「お父様!玲人様になんて事を!」

「ほほぉ。その男の事は本気で気に入っていたみたいだな。だが安心しろ。お前を魔人化しても役に立たなそうだから、お前に関しては魔人にはさせずに殺してあげる。死体を魔人化させるのは流石に無理だからな」

「そんな……私を騙していたのですか!」

「騙すも何も、私は最初からお前達の味方になった覚えなんてない。そうと知らずに、今までずっとやりたい放題にしていたお前達親子の姿は見ているだけで面白く、笑いをこらえるのに必死だった」

「そんな……じゃあ、私の願いを聞いてくれると言うのは!?」

「はぁん?そんなの聞く訳がないだろ。お前達卑しい人間の口約束なんて無効だ」

「あああ…………」


 騙されていたと知り、クソ王女は涙を流しながら蹲り、声を上げて泣き出した。そんな痛々しい姿を見せられれば、流石のシルヴィも踏み続ける事が出来ずに足をどけた。


「さて、私の計画は軌道に乗っている。あとはここにいるゴミムシ共を一匹残らず排除するだけだ。さぁ、お前達も戦え」


 黒ローブの男の合図と共に、王都の中からたくさんの魔人の気配が現れ、こちらに向かっているのが分かった。


「シルヴィ」

「えぇ。これはかなりマズイわ」


 ざっと数えても、城下にいる一般人の4分の1の人と、王女の横にある石澤の城にいた人の3分の2が魔人に変えられてしまい、俺達の所へと向かっていた。


「クッ……!一度にこんなにたくさんの人間を魔人に変えるのは、命に関わるな…………だが、これで我々の悲願は達成される……あの御方の為に死ねるのなら…………ほん……もう…………」


 それを最後に黒ローブの男はばたりと倒れ、その後動かなくなった。


「さあ!人間狩りを始めるぞ!」


 魔人になったクズ王の合図で、魔人になった人達が一斉に押し寄せ、王都内にいた魔人も王都を守る壁を破って襲って来た。


「クソ!一度にこんなにたくさんの魔人を相手に戦う事になるなんて!」

「迷惑な置き土産を残してくれたわね!」


 今まで見た事が無い数の魔人を前に、俺とシルヴィは石澤とクソ王女の事を放置して上代と桜様と合流した。


「楠木!これは一体どうすれば!」

「どうするも何も、俺達6人だけでどうにかするしかないだろ」

「でも魔人は、聖剣士とそのパートナーでしか倒せないのです。あの2人があんな状態では厳しすぎると思います!」

「放って置けばいいでしょ。あんな役立たずなんて」


 シルヴィの視線の先には、絶望に染まった石澤と犬坂が寄り添って泣き喚いている姿があった。そのすぐ近くには人形の様に倒れ、指一本も動かさずに涙を流す王女の姿もあった。


「うわあああああああああ!俺は一体今まで何の為にいぃ!」

「嘘よ嘘!こんなの嘘に決まっているわああああああああああ!」

「…………」


(惨めだな)


 3人を見て俺はそう思ってしまった。

 知らなかったとはいえ、自分に都合の良い相手の所になびき、利用されているかもと考える事もなく好き勝手に過ごしてきたツケが来たのだ。

 シルヴィの言う通り、こんな3人なんかを連れても役に立たない。


「とにかく、何としても食い止めるぞ!マリアや椿でも倒せないのだから、俺達でどうにかしなくてはいけない!」

「えぇ!」

「分かった!」

「分かりました!」


 とにかく今は、あの数の魔人共を何とかしないといけない。シルヴィの契約魔物も、怪物相手なら有効かもしれないが魔人を倒す事が出来ない為召喚させる事が出来ない。それ以前に、王都にも物凄い被害が出てしまうだろうから。

 そんな時、レイトからの指示が聞こえた。


『全員一旦下がって!ファランクス部隊は体勢を立て直し、弩隊は魔人達を牽制しつつ部隊が立て直す時間を稼げ!倒せなくてもダメージを与える事は出来る!』


 流石はレイト。こんな状況下でもしっかりと戦況を把握して、的確に指示を出していっている。どうやら、倒す事は出来なくてもダメージを与える事は出来るみたいだ。


『マリア様は魔法で弩隊の援護を!魔人を弩隊の騎士達に近づかせないで!椿様は出来るだけたくさん斬撃を加えてダメージを与えてください!ダメージを与えて楠木殿や上代殿、秋野殿達が戦いやすい状況を作って!』


 指揮を執っている立場なので、相手が一国の王女だからと言っていちいち敬語を使っては時間が掛かり過ぎる。2人ともそれを理解しているみたいで、無言で頷いた後すぐに指示通りに動いた。


『上代殿と桜様、秋野殿とアレン殿は体勢が立て治ったらすぐに魔人共の背後に回って!4人の御力なら、あの数の魔人共を倒す事は可能だ!』


 確かに、上代の恩恵は圧倒的なパワー。それがあればどんな相手でも一撃で屠る事が出来る。

桜様の精霊魔法も、攻撃だけでなく味方の支援も可能だ。

 アレンの飛翔剣があれば、例え相手が何万もいても一度に葬る事が出来るし、そんなアレンを秋野が守るから攻撃のみに集中できる。


『楠木殿とシルヴィア様は、キリュシュライン王を何とかしてください!絶対に部隊に近づかせないでください!』


 何気に俺とシルヴィに一番強い奴を任せやがった。


「ッタク。無茶苦茶言いやがって」

「でも、アイツが一番厄介なのは事実よ」

「そうだな。上代と桜様は指示通りに」

「大丈夫か?」

「シルヴィが一緒だから大丈夫だ」


 心配する上代に笑顔で頷き、俺は上代の背中を押した。


「行かせると思うか!」

「させない!」

「アンタの相手は私達よ!」


 クズ王が上代と桜様を攻撃しようとしたとので、俺とシルヴィの2人でクズ王にタックルをかました。

 だが、2倍以上に身体が膨れ上がっているクズ王にはビクともしなかったが、こちらに注意を逸らす事は出来た。


「邪魔をするな!フェニックスの聖剣士が!」


 俺とシルヴィに気付いたクズ王は、俺に向かって大木の様に太い腕を振り下ろしてきた。


「食らう訳がないだろ!」


 俺とシルヴィは素早くクズ王の股の下を潜り、2人で協力してクズ王に足払いをして前方に倒れさせた。


「いったぁ!」

「まるで岩を蹴ったみたいだったわ!」


 蹴った足がジンジンするが、痛がっている暇なんてない。倒れてすぐにクズ王は起き上がり、俺達の方へと向き直した。


「やはりあの御方のおっしゃる通りだ!フェニックスの聖剣士は、我々の計画において一番の弊害になる!だから私は、この国ではフェニックスは悪魔の化身とさせる事で、召喚されるであろうフェニックスの聖剣士を追い込み、処刑させる事で我々の計画を円滑に進めようと考えたのだ!」

「そんな理由でフェニックスを悪魔呼ばわりし、俺を犯罪者に仕立て上げたのか!」

「あの御方の願いを叶えるのは、我々の悲願だ!それを叶える為なら、私は喜んで神も殺せる!」


 やはり俺が邪魔だったから、あらゆる手段を使って俺を追い詰めて、ゆくゆくは殺そうと考えていたのか。


「あの御方と言うのは、2000年前に魔人を生み出す薬を作った当時の王子の事か?」

「そこまで知ったのなら話は早い!あの御方は魔剣となった今でも、ご自身の悲願達成の為に動いていらっしゃるのだ!そんな御方の邪魔をする者、ソイツ等こそが悪であり、この世に存在してはならない災厄なのだ!」

「竜次の恩恵が、お前達にとって邪魔だったから竜次をいっぱい落ち詰めたのか!許せない!」


 俺以上にシルヴィがクズ王に対し、激しい怒りを露わにしていた。額から血管が浮き出る程に。

 なるほど。例の薬物は、俺の恩恵で完治させる事が出来、絶対服従能力も無効化されてしまう。

 だから俺を犯罪者扱いして、自分の計画の障害になる俺を早急に殺したかったのだろう。俺という存在が、魔人共の立てた計画に邪魔だから。


「やはりお前等は邪魔だ。あの御方の悲願達成の為に、悪魔どもには死んでもらいたい。たとえ殺せなくても、死と同等の苦痛を味合わせて、あの御方の邪魔をしようとした事を後悔させてやる」


 急に虚ろな表情になったクズ王の両腕が大剣へと変わり、俺達に向かってゆっくりと歩み寄ってきた。


「その前にお前を倒す!」

「竜次を苦しめた報いを受けろ!」


 対して俺とシルヴィは力一杯地面を蹴り、2人同時に聖剣とファインザーを叩きつけようとした。

 クズ王は俺とシルヴィの攻撃を、両手の大剣でアッサリと防いで見せたがそんなのは想定済みだ。


「足がお留守だ!」


 クズ王が防いだ瞬間に、俺はクズ王の右足の脛に蹴りを入れてよろけさせると、すかさず回し蹴りを入れて横に転ばせた。


「ファングレオ!起き上がらせるな!」


 クズ王が転んだ瞬間にシルヴィがファングレオを呼び、起き上がらせないように両前足で押さえつけてくれた。


「普通の人では無理でも、聖剣士とパートナーなら魔人を倒せる」


 理由は分からないが、聖剣には不死身の敵を倒す力があり、その力は聖剣士のパートナーの使う武器にも宿る。ドルトムン王国でそれを知り、魔人が聖剣士にしか倒せない理由もそれだと知った。

 だから、聖剣でコイツの心臓を一突きにすれば倒す事が出来る。

 筈だった―――


「「なっ!?」」


 しかし聖剣がクズ王の胸を貫く事は無く、カキーンという金属音を鳴らせなるだけで貫通どころか傷つける事も出来なかった。


「無駄よ!お父様は鋼の様な筋肉を持っていて、剣で傷つけることが出来ないのよ!」

「冗談じゃねぇぞ!」


 意外な人物からの助言ではあったが、人だった頃から強靭な筋肉を持っていて、しかも剣で傷つける事が出来ないくらいに固かったなんて!

 その上今は、魔人になって身体が倍以上に膨れ上がった影響で筋肉の強度も倍以上に跳ね上がっている可能性もある!


「岩どころか鋼鉄並みに固い身体なのかよ!」

「下がって竜次!」

「シルヴィ!?」


 シルヴィに言われてすぐに引っ込むと、ファインザーでクズ王の胸を貫こうとシルヴィが前に出てきた。


(確かに、ファインザーの切れ味なら鋼鉄の筋肉だって斬る事が出来る!)


 だが、実際には貫く事が出来ず、クズ王の胸に触れた瞬間にファインザーの刃が粉々に砕けてしまった。


「そんな!?ファインザーでもダメなの!?」

「シルヴィ!」


 2度も心臓を狙われた事で怒りを爆発させたのか、物凄い剣幕でクズ王はファングレオを強引に跳ね除けてシルヴィに向けて大剣を向けてきた。

 直前にシルヴィを引き寄せて、大剣が触れる前に後退したお陰で何とか攻撃を食らう事は無かった。砕けたファインザーの刀身は、シルヴィが魔力を注ぐ事で瞬時に治す事が出来た。


「信じられない固さだ!」

「こんなのどうやって倒せって言うのよ!」


 起き上がったクズ王を睨みながら俺とシルヴィは、何とか体勢を立て直そうと聖剣とファインザーを構えるけど、その前にクズ王が信じられない速さで俺達に迫って来た。

 俺とシルヴィは何とかクズ王の攻撃を躱したが、そこから反撃に転じる事が出来ずにただひたすら攻撃を避ける事しか出来なかった。


(聖剣士の補正でも動きを捕らえる事が出来ないなんて!?)


 以前から強いという事は聞いていたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。しかも、魔人になった事でその力は更に強くなっていった。


「ファングレオ!動きを止めて!」


 シルヴィがファングレオを呼んで動きを止めさせようとしたが、クズ王はファングレオの腹に蹴りを入れて王都の中まで跳ばした。


「ファングレオ!?」

「コノヤロウ!」


 ファングレオを蹴飛ばされた事に怒った俺は、クズ王の懐に飛び込んで何度も斬撃を繰り出していった。相棒の魔物が吹っ飛ばされた事で呆然としたシルヴィも、すぐに立ち直って攻撃に加勢してくれた。

 だが、クズ王は全く動く気配もなく棒立ちの状態で俺達の斬撃を全て食らっていた。その全ての攻撃で傷を負わせる事もなく、クズ王の表情が変わる事は無かった。


(クソ!傷一つ負わせられないなんて!)


 そうして斬撃に集中し過ぎてしまったせいか、俺の脳天に目掛けてクズ王が大剣を力一杯振り下ろしている事に気付かなかった。


「しまった!?」


 気付いた時にはもう接触するかどうかという所であった。

 が、接触する直前に俺の目の前に人影が飛び込み、俺を抱き込む様にクズ王の攻撃から守ってくれた。その人影と言うのはシルヴィであった。


「クッ!」

「シルヴィ!?」


 俺の代わりに攻撃を食らってしまったシルヴィは、苦痛に顔を歪ませながらも決して俺を離そうとはしなかった。

 シルヴィに飛びつかれた俺は、彼女と共に倒れてしまった。


「シルヴィ!?」

「大丈夫……かなり痛いけど、死んでないから…………」


 いや、いくら俺と同じ死なない身体になったと言っても、痛みと苦痛だけは普通に感じるのだ!大丈夫な訳がない事は俺が一番よく知っている!実際にシルヴィの顔も、生気が感じられず目も虚ろになっていて、意識が飛んでいるのがすぐに分かった!

 そんな俺達に、クズ王は再び大剣を振り下ろしてきた。


「シルヴィ!」


 シルヴィにまた攻撃を食らわせる訳にもいかず、俺は素早くシルヴィを押し倒して、覆い被さる様にしてクズ王の攻撃から守った。そうなれば今度は、俺の背中にクズ王の攻撃を食らう事になった。


「うぅっ!?」

「竜次!」


 全身が焼けるように痛い!

 口から血の味を感じる!

 今までに無いくらいに痛い!

 苦しい!

 攻撃を食らったのは背中の筈なのに、痛みが全身に広がった!

 しかもクズ王も、俺が動けない事を言い事にどんどん攻撃を加えていった!


(ヤバイ!意識が飛びそう!視界が真っ白になりそう!)


 こんな苦痛をシルヴィに味合わせてしまうなんて!

 たった一撃食らっただけでも意識が飛びそうなのに、俺は一体何発食らっているのだろうか!

もう分らない!

 ヤバイ!

 目の前に大きな川とお花畑が見えてきた!

 実際に死ぬ訳ではないのに、そんな物が見えてしまうなんて!


「ッ!?やめろおおおおおおおおおおおお!豪鬼!ガラバカイ!竜次を助けて!」


 意識が戻ったシルヴィが、クズ王の後ろに豪鬼とガラバカイが召喚された。

 豪鬼がクズ王を捕まえて、ガラバカイがクズ王の背中に取り付いて毒針を突き刺してきた。

その隙にシルヴィが俺を引きずってクズ王から距離を取った。


「竜次!しっかりして!」

「シル……ヴィ…………」


 意識はまだ残っているが、思考が正常に働かない。

 ぼんやりする。

 そんな俺にシルヴィが回復魔法をかけてくれて、俺の意識は徐々にハッキリとしていった。


「シルヴィ」

「もう!またそうやって無茶して!何回痛い思いをすれば分かるのよ!」

「ははは……」


 また怒られてしまった……。

 シルヴィが怒る理由も分かるから、俺は黙ってお叱りを受ける事にした。

 けれど、それも長くは続かなかった。

 ガラバカイの毒針も効かないクズ王は、大剣で豪鬼の手首を斬り落とし、素早く身体を翻してガラバカイの身体をもう片方の大剣で両断した。

 その直後に再び豪鬼の方に向き直し、勢い良く飛び上がると痛みで悲鳴を上げる豪鬼の首を斬り落とした。時間が過ぎても召喚陣から故郷に帰る事なくその場に留まり続けるのは、契約魔物が死んだ事を意味している。


「ガラバカイ!豪鬼!」


 契約魔物2体も失ったシルヴィは、悲鳴にも似た声を上げた叫んだ。


「なんて奴だ!」


 ガラバカイも豪鬼も、どちらもかなり危険度の高い魔物だ。

 そんな魔物2体を、クズ王はアッサリと倒してしまっていた。信じられない強さであった。


「コノヤロウ!」


 シルヴィの契約魔物を殺したクズ王を睨むと、俺とシルヴィの背後から大玉の火球が通り過ぎ、俺達の前に立っていたクズ王に直撃した。


「何!?」

「ッ!?」


 俺とシルヴィが振り返ると、石澤と犬坂と王女がふらつきながらも武器を手に近づき、俺達の横に並んだ。


「許さねぇ!俺達を騙して、大切な彼女達まで魔人に変えやがって!絶対に許さねぇ!」

「私達をずっと騙してくれたわね!」

「あの御方だけでなく、お父様まで私を利用していただなんて!許せませんわ!」


 3人とも、ずっと騙して利用し続けてきたクズ王に対して強い怒りを露わにしていた。


「楠木!癪だが一時休戦だ!」

「協力するわよ!」

「こんなの、私が望んだものではありませんわ!」


 本当に不本意なのだろうけど、共通の敵を前にいがみ合うのをやめて俺達を共闘する事にしたみたいだ。


「ッタク!都合の良いこと言いやがって。少し待ってろ。傷を治してやるから」


 信用している訳ではないが、そんな満身創痍の状態で戦われても足手まといになる為、仕方なく俺も3人の傷を治してあげる事にした。


「竜次」

「今回だけだ。次はないから」


 こんな奴等でも、聖剣士2人とそのパートナーの協力を得られるのは大きい。だから今回だけ、本当に今回だけコイツ等と共闘する事にした。

 そんな俺達を見てクズ王は、剣幕の表情を変えないまま右手をスゥと挙げた。大剣に変わっているので、手と呼んで良いのか疑問だけど。

 しかし、その直後に上代達や騎士団と対峙していた魔人軍の中から20体ほど、こちらに向かっているのが見えた。


「あのヤロウ。仲間を呼びやがったのか」

「どうって事ないわ」

「ああ。今まで何体も魔人を倒してきたからな」

「私と石澤君がいれば何の問題も無いわ」


 石澤と犬坂はあぁ言っているが、俺とシルヴィはもちろん、クソ王女も浮かない表情を浮かべていた。どうやら、今まで手加減して戦わせていた事を分かっていたみたいで、ハッキリと分かるくらいに青ざめていた。

 だが、そんな2人を守りながら戦う事は今の俺には出来ない。シルヴィ1人を守るのが精一杯だ。

 3人には悪いが、自分の身は自分で守ってもらうしかない。


「お前等。俺とシルヴィの足引っ張んなよ」

「誰にもの言ってんだ!」

「楠木君のくせに生意気よ!」

「あぁそうか!」


 クズ王だけでも厄介なのに、更に20人の魔人と戦う為に俺達はそれぞれ武器を手に走った。





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