72 キリュシュライン侵攻 2 開戦
「ついに向こうも動き出したか」
「思っていた以上に早かったわね」
朝食を終えてシルヴィと王都の方へと視線を向けると、王都の前にたくさんのキリュシュライン兵が、隊列を組んでこちらへと向かっているのが見えた。
「気配で分かるけど、先頭に立っているのは間違いなく石澤と犬坂だな」
「そうね。そんで、最後尾でふんぞりかえっているのはあの女ね。随分と良い御身分だこと」
石澤と犬坂が来る事は分かっていたし、クソ王女は前線に出ても戦う気なんてまるっきりない事も分かっていた。
だが、クズ王の気配が全く感じられなかった。
「確かあの王も、こういう戦いの時は一緒に行くんだったよな」
「えぇ。大方、たくさんの兵士を洗脳して一気に決着を付けようとすると思っていたんだけど」
以前シルヴィから聞いた話なら、クズ王は自ら戦いの場に赴いて敵兵を洗脳して一気に相手国を制圧すると言うスタイルを取っている。
今回の戦いでも、フェリスフィアだけでなくたくさんの国の騎士団が参戦している。俺達を捕らえたいのなら、そうした方が一番手っ取り早いのは向こうが一番よく知っている筈だ。
今回は全員に聖なる泉で水浴びをさせたので大丈夫が、それでもクズ王が未だに王城にいると言うのも気になる。
「油断しないでいこう」
「えぇ。離れないでね」
「離れないよ」
聖剣士とパートナーは、2人で一つだから傍にいる事で力を発揮する。それに、今の俺とシルヴィはあの時よりも強くなっていると思う。
「あの時はかなり辛かった……」
「竜次ったら、マリア様と椿様にみっちり鍛えられたもんね」
あれは本当に地獄だった……。
10キロマラソンを5セット、マリアと椿に1本どころか10本も取らないと終わらない模擬戦を朝昼晩で1回ずつさせられ、通常の騎士団が行う筋トレの10倍もの量をこなし、最後に食事の度にたくさん肉を進めらた。
「体力と筋力はついたから、マラソンと筋トレはまだ良いけど、マリアと椿から10本も取るなんて……」
「でも、きっちり10本も取れるようになったじゃない。マリア様と椿様も凄く喜んでいたわ。特に椿様は」
最後の部分だけ嫌そうにつぶやいたシルヴィだが、実際にその通りで怪物クラスに強い2人に10本も取れたという事で、自分より強い男と結婚すると豪語した椿は大喜びであった。自分の目に狂いはなかったと。
(だからって夜中に部屋に忍び込まないで欲しいぞ。いろいろと気まずいから……)
詳しい内容は言えないが、とにかく気まずかった。シルヴィなんて、その度に椿に「邪魔しないで!」って言って怒ってたな。
「まったく!椿様ったら図々しいわね!」
「何気にムッツリだからな……」
後ろで青色の戦装束と甲冑を見に纏った椿様を見ると、準備期間中に何度も俺の部屋に忍び込んできた時とは全然雰囲気が違う。それは俺の隣に立つシルヴィにも言える。
「ただでさえ訓練も辛かったけど、あんなにたくさん肉を食べさせられるのもキツかった……」
「でもそれは竜次が悪いわ。あんなにたくさん動いて、あんなにたくさん汗をかいたのに食べる量が少なすぎるのよ。いくら死なない身体になったと言っても、身体作りは普通に出来るし、私みたいにまだ成長しているかもしれないじゃん。しっかり食べないと駄目だよ」
「ああぁ…………」
たくさん食べるのは良いけど、だからと言って肉をたくさん食べるのは辛かった。野菜もたくさん食べさせられたけど、やはり量が凄かった。
元々たくさん食べる方じゃなかったから、訓練よりもかなりキツかったかもしれない。
「だけど、今は目の前の事に集中しないとな」
「えぇ。よくもまぁこれだけの数の兵士を集められたわね」
同盟を結んだ国の兵士を集めても、目測でこっちよりもたくさん集まるなんて考えられなかった。そもそも、城の守りは大丈夫なのだろうか?
「レイリィで転移して、さっさとあの暴君を捕縛したいところだけど」
「それだと石澤と犬坂がいちゃもん付けそうだ。特に石澤が一番面倒だからな」
面倒な事になる前に、一番面倒な人間を取り押さえる事を優先しないといけない。
それ以前に、レイリィの戦闘力は皆無である為、危険な戦場に召喚させた瞬間に魔法や矢で狙い撃ちされてはひとたまりもない、敵陣のど真ん中で召喚しても役に立たない事が多い。同様の理由でイヴィも駄目だ。
それに、皆が命懸けで戦っている中で俺達だけ楽をする訳にはいかない。皆が戦っているのなら、俺達も一緒に戦わないといけない。騎士達の士気にも関わるし、シルヴィとて口ではあぁ言っているが、やはり戦いにおいては向こうみたいに卑怯な真似はしたくないという思いもあるのだ。
最後に、向こうもシルヴィがレイリィと契約している事を知っている為、何かしらの対策を練っていてもおかしくない。
「いずれにせよ、目の前にいるアイツ等を突破する以外に方法はないって訳か」
「それに、わざわざ敵陣のど真ん中に転移するなんて、向こうからすれば自ら捕まりに来たも同然だからね」
「場所移動に関しては便利でも、やたら無闇に使っていい物でもないからな」
それが、どの国でも暗黙の了解となっている。
なので、俺達もそれに従うまでだ。石澤達だって、この国の地形は把握しているのに転移石を使ってここに乗り込まないのもその為だ。
「あんなクズでも、あんな国でも、騎士道精神というものがちゃんとあるんだな。クズ王以外は」
「そうね」
そうこうしているうちに全ての準備を終えて、俺達は大きな盾と長槍を持った部隊の後に続いて前に進んだ。
「ファランクスという陣形か」
「ああ。レイトが考えた陣形らしいんだ」
俺達と一緒に来ている上代が、ファランクスを考えたレイトに感心していた。
「でも不思議な人ね。ファランクスだけじゃなく、いろんな所で地球の技術が使われているんだもの」
「3年前にフェリスフィア国内を彷徨っていたらしいけど、未だに素性が分からない事が多いみたいなの」
秋野と宮脇の関心は、自陣で指揮を執っているレイトの方へと関心が向けられた。
まぁ、確かに何処の誰とも分からない人間をアッサリと城に招き入れ、執事としてだけでなく将としての才能も優れている。あまりにも都合が良すぎる事ばかりだ。しかも女王は、そんなレイトに全幅の信頼を寄せている。悪い奴ではない事は分かっているが、あれだけの知識を持っているのに何の策略も野心も抱かずに、女王や2人の王女に対して絶対の忠誠を示している。
(本当にレイトって何者なんだ?)
だが、そんな疑問を抱いている場合ではない。
敵兵が視界に入った瞬間に、石澤が聖剣を抜いて大玉の火球を何発も放ってきた。
「させない!」
直撃する前に秋野が聖剣を抜いて、戦闘を歩く騎士団の前に不可視の壁を展開させて石澤が放った火球を防いだ。
「いきなり来たな」
「えぇ。秋野沙耶がいなかったらヤバかったわ」
いくらファランクスでも、あんな特大級の火球を食らってはひとたまりもない。
「いきなり過激な挨拶をしてくるな。んじゃ、こっちも前に出るか」
「そうですね。やられっぱなしと言うのも癪です」
石澤からの先制攻撃に、ダンテとアレンはそれぞれ武器を手に前に出てキリュシュライン兵の中へと入って行った。
ダンテは突っ込む前に降霊術を使い、棒術使いの格闘家の姿になっていた。
「私達も負けていられませんね」
「では、拙者達も!」
ダンテとアレンに負けじと、マリアと椿もファランクスの間を抜けて敵陣の中へと突っ込んだ。こうなるともう終わりだな。
「もう!勝手に突っ込まないで!」
そんなダンテの後を、若干呆れながらも魔法で援護しながら宮脇も付いて行った。
アレンは腰に提げてある剣だけを抜き、敵兵の攻撃を巧みに避けながら攻撃していった。
「攻撃だけに集中して!私がアレンを守るから!」
何故アレンの正確な位置が分かるのかは不明だが、味方を守りつつもパートナーのアレンを敵の攻撃から守る秋野。
「なら私も、ファングレオ!」
シルヴィの呼びかけに答え、敵陣のど真ん中に召喚陣が現れ、そこから牙を伸ばしたファングレオが出てきて、敵兵を内側から潰していった。
「俺達も行くぞ」
「えぇ。先ずは黒い方と狂信女を引き離しましょう」
「俺と桜も手伝う」
「はい」
戦闘部隊が敵に接触する前に、俺とシルヴィと上代と桜様は彼等の間を縫う様に前に出て、俺とシルヴィが風魔法で2人に強風を浴びせた。が、2人は少しよろけただけであった。
「貴様!」
「不意打ちなんて卑怯よ!」
「やはりこの程度の攻撃では倒れないか」
「倒すのが目的ではないでしょ」
「そうだったな」
2人の矛先がこちらに向いたのを確認したら、俺達はすぐに戦闘部隊の左側へと走って行った。予想通り石澤と犬坂は、そんな俺達を追いかけていった。ついでに、最後尾でふんぞり返っていたクソ王女も俺達を追って来ているのが気配で分かった。
その間に大盾と長槍を持った部隊が敵の戦闘部隊に接触し、長槍で次々と敵を倒していった。
俺とシルヴィ、上代と桜様は共に部隊から数百メートル離れた草原の中で立ち止まった。俺達を追って来た2人も、俺達が止まると同時に止まった。
「逃げるとは卑怯だな」
「ばぁーか。お前等と引き離す為だ。俺等が本気で戦ったら、味方も被害を受けるからな、巻き添えを避けたかったんだよ」
「情けない。見方を守りながら戦えないの?石澤君なら完璧にこなせるのに」
「所詮は理想論だ。俺も楠木も、そしてお前も石澤も味方を守りながら戦うなんて絶対に不可能だ。たった1年でそこまで戦えるようになるなんて不可能だ」
上代の言う通り。いくら場数を踏んでも所詮俺達は素人だ。ゲームみたいにレベルアップして強くなれる訳でも、レアアイテムで肉体などが強化できる訳でも何でもない。
地道に努力を積み重ねていき、地道に力を身に着けていく以外に方法が無いのだ。
今回の俺はマリアと椿様にみっちり鍛えられたけど、それでもあの2人に追いついたとは思っていない。シルヴィよりは強くなったが、怪物クラスの2人には全然追いつかない。たった1年ちょっとでマリアと椿と互角に戦える訳がない。
「そんなのは楠木が無能なだけだろ」
「強くなったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。そもそも、お前等が対処している大襲撃なんて温すぎなんだぞ」
「この期に及んで負け惜しみとはみっともねぇな」
「自分が弱い事を言い訳にしてるんだ」
言い訳をしてるのではなく、お前等2人はそれしか見てこなかったからそう思い込んでいるだけだ。
「楠木の言う通りだ。俺もこの国と縁を切ってから思い知った。お前等と経験した大襲撃が生易しい事を」
「お前も随分と落ちぶれたな、上代。正直言って、俺はお前の事をライバルだと思ってたのにガッカリだ」
「俺はお前をライバルだと思った事なんて一度もないし、そもそも性犯罪者にそんな風に思われるなんて不愉快だ」
「はぁ!?」
「上代君まで何言ってんの!」
「俺が知らないとでも思ったか。石澤、お前は美人の女と見る度に見境なく手を出し、地球でも梶原を初めお前に食い物にされた女が100人を超えている事を」
「100人って……」
それで事件に発展せず、今まで好き放題に生きて来ていたなんて信じらない。香田のせいと言うのもあるが、あの町の警察の職務怠慢が酷過ぎるぞ。
「最低ね。猿以下だわ」
「お姉様に頼んで、股間にぶら下がっているあれを斬り落としてもらいましょうか」
桜様、流石にそれだけは勘弁してあげてください。憎んでいるとはいえ、同じ男として石澤に同情してしまいそうになるから。
シルヴィなんてもはや、石澤の事を人間として見なくなったみたいで、今まで見たことが無い底冷えする目付きで睨んでいた。
だが、そんな情報を聞いても犬坂は信じようとはせず、石澤も見苦しい言い訳をするばかりであった。この2人が何を言ったかについては聞き流させてもらった。
「もはや何を言っても駄目か」
「半年以上見ない間に更に酷くなったな」
「あんな男に温情なんて不要だ。2人とも即刻殺すべき」
「シルヴィア様のおっしゃる通りです。殺す気で行くべきです」
俺と上代が呆れながら聖剣を抜いていると、シルヴィと桜様は完全に石澤と犬坂を殺す気で剣を抜いた。
「悪い事は言わないから、投降しろ。これが最後の情けだ」
「石澤君の言う通りにすべきよ。彼の言う事こそが常に正しいのだから」
何が情けだ。シルヴィと桜様までも抱き込み、自分の物にしようと企んでいるのが見え見えなんだよ。
何処まで欲深な男なんだ。
犬坂も、盲目になり過ぎて正常な判断が益々出来なくなっている。
「投降はしない。お前等の情けなんて不要だ」
「竜次を陥れた奴の助けなんて要らない。お断りよ」
「俺も御免だ」
「私も翔太朗様と同じです。それに、お2人はいい加減目を覚ますべきです」
俺達の返事を聞き、石澤は大きく溜息を吐いてから再び聖剣を構え、犬坂もそれに続いた。
「じゃあ、仕方ない。俺とて最低な犯罪者を野放しには出来ないし、シルヴィアちゃんや桜ちゃんであってももう容赦しない」
「私も協力するわ。この戦いに勝てば、私もようやく石澤君と結婚できるのよ!」
そう意気込んだ犬坂が最初に飛び出し、その後で石澤が俺達に向かってきた。だが、犬坂は攻撃に届く前に上代が前に出てきてアッサリと弾き、桜様が犬坂の突風を浴びせて吹っ飛ばした。精霊魔法を使ったみたいだ。
「何するのよ!」
「犬坂の相手は俺と桜がする」
「あなたの動きなんて全て見えます」
「邪魔しないで!」
その後犬坂は何度も上代と桜様と突破しようとしたが、桜様と共に鍛えた上代を突破するのは容易ではなく、結局押されっぱなしとなった。
そして、俺とシルヴィは2人で石澤と戦っていた。上代も、俺と石澤を戦わせるために犬坂の相手をしてくれたのだと思う。
「ほおぉ。少しは強くなってんじゃん」
「師匠にみっちり鍛えられてんだよ」
「お前なんかよりも竜次の方がずっと強いんだから」
俺とシルヴィは2人掛かりで攻撃を仕掛け、石澤は炎を纏わせた聖剣で応戦していた。時々火球を飛ばしてくるが、その全てを俺は聖剣で両断していった。こんな荒業が出来るようになったのも、マリアと椿のお陰だ。
「だったら!」
一旦俺とシルヴィから距離を取ると、石澤は聖剣の炎を勢いよく噴き出し、その炎は竜の形になって俺達を見下ろしていた。
「随分とデカイな……」
「えぇ……」
「くらえ!」
石澤が聖剣を振り下ろした瞬間、炎の竜が俺達に襲い掛かってきた。
「だからと言って、食らう訳がないだろ!」
「こんな物!」
俺とシルヴィは互いの紋様を輝かせながら、空いている左手から大きな水の玉を何発も放った。水玉を食らった炎の竜は、大量の水蒸気を出しながら消えていった。
だが、水蒸気が俺達の周りを覆うと、石澤ともう一人誰かが俺とシルヴィに襲い掛かってきた。
が、気配で相手の位置を把握する事が出来たので、俺とシルヴィは難なく2人の攻撃を防いで見せ、水蒸気が無くなると同時に石澤ともう一人の姿をハッキリと目で捕らえる事が出来た。石澤と一緒に攻撃を仕掛けてきたのは、キリュシュラインのクソ王女のエルリエッタであった。
「てっきり石澤1人に任せると思ったぞ」
「戦いになるといの一番で逃げるくせに」
「お前等にエルを侮辱する資格なんてない」
「魔物との戦闘は怖くて無理でも、人間同士の戦いならそれなりに出来るようになりました」
人間同士との戦いなら出来ると言うが、知恵と戦略がある分人間の方が怖いと俺は思う。どうせ、俺とシルヴィを倒して石澤と一緒に悪魔を倒した勇敢な王女、という栄誉が欲しくて出てきたのだろう。
「本当は戦わせたくなかったが、エルが協力してくれたお陰で俺の恩恵も更に力を増す事が出来る」
「当然です。私も玲人様のパートナーに選ばれたのですから」
クソ王女の手を握り、石澤は聖剣から更に大きな炎を噴き出し、その炎で竜やら鬼やらとたくさんの炎の怪物を作り出した。それによって草原が燃え上がり、辺りが炎に包まれても気にせず。
「なるほどな。これがパートナーの力か!」
己の力に酔いしれる石澤だが、俺とシルヴィはあれがパートナーと協力して得た力ではないとすぐに分かった。目の前にある炎の怪物達には冷や汗をかいたが、それでも恐れる事は無かった。
「シルヴィ」
「大丈夫。私はここにいる。何時でも、竜次の傍にいるから」
「ああ」
シルヴィはファインザーを左手に持ち替え、指を絡ませるようにして俺の手を握ってくれた。
その瞬間、俺とシルヴィの紋様が更に強い輝きを放ち、身体の奥から力が湧いて出来るのを感じた。
「確かに、フェニックスの聖剣士の恩恵は他の聖剣士と比べると戦闘面で突出している訳ではない。出来てもせいぜい、身体能力の向上と記憶力の向上と、技術習得能力の向上くらいだ」
どんな願いでもかなえる事が出来、時には雨を降らせ、洗脳された人の洗脳を解くなどと言った恩恵だ。戦う力を飛躍的に上げる事は出来ないし、願う事も出来ない。身体能力を上げる事が出来ても、本人の努力が足りなければその力を十分に発揮する事が出来ない。
だが、そんな戦闘向きではない恩恵でも、何時だって俺とシルヴィを助けてくれた。
そして、その力を更に強くさせるにはパートナーであるシルヴィの協力が不可欠だ。
「これで終わりよ!」
「食らえ!」
石澤が聖剣を振り下ろすと同時に、炎の怪物達が一斉に俺とシルヴィに襲い掛かってきた。
熱くて、呼吸をするだけで喉が焼けるような感覚に襲われ、黒煙のせいで息苦しさも感じる。
だけど、不思議な事に俺はちっとも恐れを抱いていなかった。
「大丈夫」
「ああ」
何故なら、俺にはシルヴィが付いているのだから。
俺が聖剣を天に掲げると同時に、俺とシルヴィの紋様は更に強く輝き、空に分厚い雨雲が発生した。
その直後、上空から滝のような大粒の雨が降り注いだ。
雨を浴びた瞬間、炎の怪物達は一斉に苦しみだし、白煙を上げながら徐々に小さくなっていき、最後には消えていった。
「クソ!」
「何でこんな時に雨が!?これでは玲人様の恩恵が!」
雨が降った事で2人は一気に不利な状況に陥り、俺とシルヴィは一気に距離を詰めていった。
「「はあっ!」」
俺とシルヴィはほぼ同時に攻撃を繰り出し、石澤と王女はそんな俺とシルヴィの攻撃を防ぐので精一杯の様子であった。
「クソ!こんな短期間でここまで強くなるなんて!せっかく強くなれたのに!」
「こんな国で鍛えても、お前が強くなる事が絶対にない!」
ナサト王国で俺が石澤に押されたのは、石澤を剣で切る事を躊躇ってしまったからであって、それによって決めるべきところで決める事が出来ずに防戦一方状態になってしまったのだ。
だが、椿に鍛えられたお陰で俺は石澤に刃を向ける覚悟を固めた。「斬り殺す」のではなく、「斬る」事を目的とした戦い方を身に着けた。
人を殺す事は出来なくても、戦闘不能に追い込む事は出来る。
「玲人様!」
「貴様の相手は私だ!」
「生意気な……!?ああああああああああ!」
王女はすぐに駆け付けようとしたが、シルヴィによって阻まれ、右の太ももと右腕を傷つけられ、その場に倒れてしまった。
「本当なら殺してやりたいところだが、貴様の悪行は殺して済まされる様なものではなくなっているからな」
「クソ!」
トドメを指さず、倒れている王女の背中を踏みつけて動きを抑えるシルヴィ。流石にアッサリと倒す事が出来たみたいだ。
「エル!よくも!」
「テメェの相手は俺だ!」
石澤がシルヴィに到達する前に、俺は石澤の脇腹を斬りつけ、その直後に背後に回って背中を斬った。
「クッ!」
「正義の味方ごっこもこれで終わりだ。お前こそ聖剣士を名乗る資格なんてない」
「正義の味方ごっこだと!?ふざけるな!」
斬られた痛みを堪えて、石澤は再び聖剣に炎を纏わせようとしたが、雨のせいで吹き出た瞬間に消えてしまった。
「恩恵の使えないお前に一体何が出来る」
「だったら剣術だけで!」
炎を諦めた石澤は、仕方なく普通に斬撃を繰り出してきたが、我流でちゃんとした人間から剣の指南を受けず、素人に毛が生えた程度の剣術では俺に一撃を与える事は叶わなかった。
(ま、我流でもここまで仕上げるのは流石だけど)
こんな国に仕えてしまったばかりに、石澤はその才能を開花させる事もなくここまで落ちぶれてしまった。自分でも自覚しないまま。
「クソ!クソクソクソクソ、クソッ!何で勝てないんだ!」
「お前と違って、俺は強い師匠から戦い方を教わったんだよ」
なかなか一撃を入れられない事に苛立った石澤に、俺は石澤の手足に更に斬撃を加えた。
それでも、頭に血が上った石澤は勢いをそのままに攻撃を仕掛けてきたが、そんな石澤の攻撃を最小限の動きで躱し、足払いをして転ばせた。
そして、転んだ石澤の背中を踏み付けて、首元に聖剣の刃を向けて動きを封じた。
それと同時に、桜様が呼んだ精霊に犬坂も拘束されていた。
「何でだ!?エルの力も借りているのに!」
「付け焼刃の絆じゃ恩恵の力を発揮するなんて不可能だ」
「付け焼刃だと!」
「実際そうでしょ。大襲撃の時に1人真っ先に逃げる様なこの女なんかと」
「何よ!私は王女なのよ!」
「だから何?」
親の仇を見る様な目で睨む王女に、なんて事ないと言わんばかりに淡々と答えるシルヴィ。
「俺とエルは強い絆で結ばれてるんだ!力だってちゃんと貰っているぞ!」
「いいや違う」
「そうね。もしこの女との間に絆があるんなら、互いの紋様が光り輝く筈よ」
そうだ。
だから、石澤と王女との間に確かな絆が無いという事が分かるのだ。強くなくとも、互いに信頼関係を築けていれば紋様はちゃんと輝く。俺とシルヴィだけでなく、上代と桜様、秋野とアレンの紋様もそれぞれ金と銀に強く輝いていた。
対して、石澤と王女の紋様は輝くどころか浮かび上がってもいなかった。呪いで契約した関係であってもそれは同じだ。元々は、聖剣士と出会う前にパートナーが何らかの理由で亡くなった時の為にあるものだから。
石澤と王女は必死に否定しているが、所詮は身体だけの関係であり、石澤にとっては己の欲望を満たす為であるのでそこに愛情や信頼などある訳がない。
「お前は本当に惨めな男だ」
「何だと!この俺が惨めだとでも言うのか!」
「惨めだ。お前は自分が見たい物しか見ようとせず、自分の欲求を満たす事にしかその才能を使って来なかった。真っ当に生きていれば、お前の人生は本当の意味で輝いていたのかもしれないのに」
「俺は間違った事なんて何もしていない!失敗もしてこなかったし、惨めな思いも一度もしたことが無い選ばれた勝ち組なんだぞ!確かに、この世界に来て惨めな思いもたくさんしてきたが、それを帳消しにするくらいの素晴らしい実績も残してきたし、たくさんの女性を救って来たんだ!お前とは違うんだ!」
何が救ってきた、だ。
クソ王女の洗脳に気付いていないのを差し引いても、ここまで思い込みの激しい奴は今まで見たことが無い。ずっとチヤホヤされてきたというのもあるが、救いようが無さすぎる。
「お前は本当に、彼女達を救ったと本気で思い込んでいるのか?」
「思い込みじゃなくて事実だ!今回の戦いでも、お前の欲望のせいで傷ついている多くの女性達も救うつもりだ!」
「お前は―――」
「何が救うよ。全部自分の都合の良い様に解釈して、大勢の女性を奪って自分の欲求を満たす為の人形として集めているだけでしょ」
「シルヴィアちゃんまで何言ってんだ!俺はまだ諦めていないだ!君の事だって救うつもりで!」
「哀れな男ね。肉の欲に溺れ、女に狂った史上最悪の女たらしが」
「その解釈は間違いだ!俺は本気で君を助けようと考えているんだ!この戦いに俺達が勝利すればきっと!」
「悪いけど、この可能性は万に一つも無いわ」
「ああ。もうすぐ終わる」
部隊の方を見ると、キリュシュライン兵の約半数以上が既に倒されていて、もはや追い込まれている状態であった。しかも、正面だけでなく背後からも攻められていて、キリュシュライン陣営はもはや虫の息状態であった。
レイト曰く、敵は自軍の兵力を暴君の力に依存しきっている為、戦略を立てると言った事はせず、常に正面突破を行ってきている。その為、後ろの守りがあまりにもお粗末で、ダンテとアレンと宮脇、そしてマリアと椿の5人で正面に注意を引いて、その間に後方にいる部隊が側面と背面へと回って制圧していったのだ。
つまり、ダンテとアレンが最初に前に出たのは敵の注意を自分達に向けさせる為の囮だったのだ。
レイトの言う通り、クズ王の力に依存しきっているせいで兵士達の指揮はガバガバで、戦略なんてあったものではない。
そんな状況であるにも拘らず、クソ王女は全く動揺した様子を見せていない。
「ふざけないでよ!これで勝った気でいるの!お父様がくれば、アンタ達なんて敵じゃないわ!どんなに不利な戦況だって簡単にひっくり返せるわ!自国のピンチになればきっと―――」
最後まで言い切る前に、クソ王女は王都側を見て言葉を失った。
無理もない。生き残ったキリュシュライン兵士達が、皆の目の前でその姿が変貌し、おぞましい魔人へと変わっていったのだ。
「ああぁ…………」
「どういう事だ!?何で、うちの生き残った騎士達が全員魔人に変貌したんだ!?」
本当に分かっていない石澤は、説明を求める様にクソ王女の方へと顔を向けた。王女はというと、額に大量の脂汗を流しながら視線を明後日の方向へと向けた。
そして
「ご苦労だったな、玲人殿、愛美殿。そして我が愛娘よ。お前達はもう用済みだ」
底冷えするような声で、検問所から長剣を持ったクズ王が、黒ローブ纏って全身を隠している怪しい奴を連れて姿を現した。
「何だアイツは!?」
「石澤も知らないのか?」
「知らない!あんな奴見たことが無い!そうだろ、エル!」
王女に同意を求める石澤だが、当の本人は口を開く事なくもがいていた。
いや、よく見たら開こうとしないのではなく、開きたくても開けなくなっているみたいだ。
そんな俺達を嘲笑うかのように、クズ王と謎の男は俺達の方へと歩み寄ってきた。
(早速嫌な予感しかしないぞ……)
言いしれない不安を抱きながら、俺とシルヴィは出てきたクズ王と黒ローブの怪しいを睨んでいた。




