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71 キリュシュライン侵攻 1  石澤の過去

 フェリスフィアに戻ってから10日が経ち、俺とシルヴィは戦装束に着替えてから皆が待つ騎士団の訓練所に来た。そこには、1千もいるフェリスフィア騎士団と、武装したマリアと椿とレイトとエレナの4人もいた。

 更にその後ろには、ヤマトの戦装束を身に着けた上代と桜様、ファルビエの戦装束を着た秋野とアレン、そしてフェリスフィアの戦装束と鎧を身に着けた宮脇と、相変わらずの黒ローブ姿のダンテもいた。

 女王は戦いが終わった後で来るそうだ。


(ここまで準備が整うのは大変だった……)


 馬車に積んであった魔物の素材を取り出し、疲労回復や自動治癒能力を付与させたアクセサリーをたくさん作って、騎士団の人達に配ったり、上代達にも与えたりした。シルヴィも手伝ってくれたけど、数が数だけに大変だった……。腕が鈍ってなくて良かったとも思った。

 余談だが、キリュシュラインに乗り込む事が決まった日から、戦いに参加する騎士達にも聖なる泉での水浴びをさせた。女王が許可した。


「それにしても随分と大掛かりだな」

「諜報員の話によると、完全に勢い付いた向こうが再度フェリスフィアへの進行の準備を進めているって。出発はまだ先だけど、それまで待っている訳にはいかないわ」

「キリュシュライン側も既に出兵の準備を整えていたって訳か」


 何でも、俺とシルヴィがフェリスフィアに戻ってきている事は既にキリュシュラインにも伝わっていて、同盟を結んだ国の兵士達を集めてフェリスフィアと戦争をする準備を進めていた。その数は、数万にも及ぶとの事。


「でも、だからと言ってこちらも負けるつもりはない」

「そうね。それに、これ以上キリュシュラインを野放しにしておく訳にはいかないわ」

「ああ」


 全員の前に立った後、シルヴィは右手を前に出して召喚陣を展開させた。


「出番よレイリィ。皆をキリュシュラインの王都の近くまで転移させて」


 その呼び掛けの直後、召喚陣からレイリィが現れて、俺達を一気にキリュシュラインまで転移させてくれた。

 その後、レイリィは今回の戦いに参加する同盟国、ファルビエ、アルバト、イルミド、ヤマト、バラキエラの騎士達も連れてきてくれた。


「懐かしい光景だな……」

「そうだな」

「まさかまた、この国に足を踏み入れる事になるなんて」


 感慨深そうに俺と上代と秋野は、遠くから見えるキリュシュラインの王都を眺めていた。

 思えば、この国から始まったのだった。

 最初の1日は何事もなく過ごす事が出来たのだが、次の日から俺の右手にも紋様が浮かんだ事で全てが始まった。

 この国では悪魔とされているフェニックスの紋様だった事で、俺はあっという間に犯罪者にされてしまった。

 その道中にエルと出会い、そのエルに裏切られて完全に意気消沈して再び無気力になった俺の所に、ファングレオに乗った少女が降り立った。それが、俺とシルヴィのこの世界での出会いだった。


「今にして思えば、俺達はいきなり敵の本拠地に召喚されてたんだな」

「まぁ、当時から怪しい感じがしていたし、調べていくうちにどんどん粗が出てきた。それも全て、俺に協力してくれた同級生たちをお陰だ」


 俺がシルヴィと共にこの国を出た後、上代は集まってくれた同級生達と協力してこの国の事を徹底的に調べてくれていた。その協力してくれた同級生達は、一昨日の夜にシルヴィが召喚したレイリィによって無事にフェリスフィア王国へと避難させる事が出来た。


「それにしても、諜報員でも何でもないただの学生がよくもまぁここまでの情報を集められたな」

「流石に諜報員クラスの情報収集は不可能だが、一般人と言うのをうまく利用すれば案外入り込める所もあったし、皆が俺と同じ特進クラスだからな」

「さいで……」


 まぁ、忍者並みの行動力はなくても噂話を集めてまとめるや、他所の国から来た人から情報を集めると言う。まぁ、それくらいなら出来るわな。スマホが使えなくても、手紙を送るくらいは出来るだろう。


「それにしても、王城の隣にデカデカと石澤の城が建っているわね」

「ああ。下手したら王城よりもデカイな」


 俺がこの国にいた時にはなかった、王城のすぐ隣にある派手で大きな城の様な建物がドンと建っていた。形は王城と似ているが、色合いがとにかく派手で、赤と黒の壁に金色の屋根と悪い意味で凄く目立っていた。


(趣味悪いなぁ……地球にも似たような宮殿はあるけど、月とスッポンだな)


 あの辺りに住んでいた人達からすれば、いきなりの退去命令に凄く迷惑をしていただろうな。しかも、その際に若くて美人の女性がいたら皆石澤が引き取ったのだろう。手を差し伸べられなかった人達は、住む家を失って今頃どうしているのだろうか?


「まったく。石澤は、あの辺りに住んでいた人から住む家を奪った事を分かってんのか?」

「分かってないだろう」

「そうね。でなきゃ、あの城に住んでなんかいないわ」


 俺だけでなく、上代と秋野も俺に同意して呆れながら石澤の城を眺めていた。

 情報によると、あの城には、石澤と石澤と婚約させられた1500人以上の女性と、100人程度の男性が住んでいるという。と言っても、石澤以外の男性は主に屋敷の掃除や全員分の衣類の洗濯、更には全員の料理を作る使用人なのだと言う。

 使用人と言えば聞こえは良いが、実際は石澤とクソ王女によってこき使われている奴隷のような存在で、あの屋敷に住んでいる女性に指一本でも触れると容赦なく折檻されるそうだ。月の給料は銀貨1枚も貰えず、屋敷で働いている男性達は日々飢えとパワハラに苦しんでいるという。

 石澤にとって最優先すべきは、自分の性欲の処理と女性達であって、男は死のうが生きようがどうでもいい存在なのだろう。最優先している女性にしたって、きちんと養っているという感じはせず、自分の欲望を満たす為だけに毎日とっかえひっかえで夜の相手をさせているという。まるで性欲の化身だ。しかも、男と女で態度が違い過ぎるのも最悪だ。

 そんな石澤のただれた生活を知り、俺と上代と秋野、それにシルヴィと宮脇は聞いただけで吐き気を催した。気分を害した宮脇は、先にテントの方へと戻っていった。


「報告を聞いただけでもかなり気持ち悪かった。あんな男と知らずに、召喚されてから数ヶ月まで一緒に行動していただなんて。自分の貞操が無事なのが本当に幸運」


 心底気持ち悪そうに、それでいて怯える様に自分の身体を抱き締める秋野。

 確かに、イルミドに来るまで秋野もずっと石澤の事を慕い、何の疑いも抱く事なく信じ切っていたから、後で石澤の本性を知って改めて自分が危険な人物をずっと行動を共にしていたという事実を知り、その事に気持ち悪さと怖気を感じたのだろう。


「ごめん。私もテントに戻る」


 キリュシュラインと手を切る前の自分を思い出したのか、宮脇に続いて秋野もテントへと戻っていき、そこで自分のパートナーであるアレンにエスコートされながらテントへと入って行った。


「許してやれとは言わないが、同情はしてやれよ。秋野だって、石澤の表面上の良さだけを見て勝手に神格化させてたんだから。それが全部幻想であり、本要はその真逆だったと知ってショックを受けてるんだから」

「分かってる」


 石澤はとにかく、女性の前では腹が立つくらいに爽やか系の王子様キャラを演じている。その為、大抵の女性はその表面上の良さだけを見て石澤に憧れを抱いていた。

 確かに、180センチ越えの長身に綺麗に整えられた短い茶髪、顔のパーツ全ても整っていて、常に笑顔を浮かべて女子に凄く優しくしている。その上、成績も特進クラスの生徒に匹敵していて、スポーツも得意で野球部のエースをしているくらいだから、誰も石澤の本性には気付かない。

 女子にとっては、まさに理想的なパーフェクト王子様に見えるのだろう。


「それにしても、何で周りの大人達は誰も石澤を止めようとしなかったんだ?石澤の親は、別に大企業の社長という訳でも何でもない普通の家庭の筈だろ」


 世間体を気にしているのなら、石澤の女癖の悪さをやめさせようと注意をしてくるだろうし、周りにいるイエスマンを石澤から遠ざけようとすると思う。最悪の場合は勘当されるだろう。


「確かに、石澤の父親は仕事でそんなに高い地位にある人でもないし、給料も一般的なサラリーマンと殆ど変わらない。母親だって、週に5日はパートに出ているくらいだから、決して裕福とは言い切れない。だが、両親ともに自尊心と自己顕示欲だけは人一倍強かったらしいぞ」

「何だよ、それ」


 上代から詳しく聞くと、石澤の父親は学生時代の成績が優秀でスポーツも万能だったことから女子にすごくモテていたらしく、母親も高校時代は学校一の美少女として全学年の男子の憧れの的だったのだと言う。

 大学も2人揃って同じ名門大学に入学して、2人揃って神童と呼ばれるくらい将来が期待されていたという。

 だが、学校で優秀な成績を収めていたからと言って、社会に出てもそれが通用するのかというと全くそうではなかった。

 入社して3年くらいまでは順調で、そのまま2人は結婚をした。けれど、2人が部下にパワハラを行ったという訴えを受け、逮捕起訴された事で一気に社会的地位を失っていき、すぐに釈放されたが物凄い金額の慰謝料を支払った上に会社は首にされ、生活はどんどん困窮していった。同時に、プライドもズタズタになったという。

 その後は父親の方は、1年間は何処にも就職できずに無職が続き、それからようやく今の会社に勤める事が出来たが、その会社がなかなかにブラックな所らしく、20年勤めている今でも出世できないでいる。

 母親も釈放されてすぐにパートで何とか稼いだが、何処にも雇ってもらえず無職が続いた夫とはすぐに別れたかったらしい。だが、その時既に石澤が生まれていたので、今後の事を考え苦渋の決断として離婚を諦めたという。

 その後はひっそりと暮らしていた。

 ところが、まだ幼かった石澤が類稀な才能を有している事に気付き、2人の自尊心と自己顕示欲が再び刺激されてしまった。

 石澤は将来有名になる。

 そうなれば、そんな息子を育てた自分達の株も爆上がりとなる。

 そう踏んだ2人は、更に生活が苦しくなる事を覚悟して石澤にあらゆる英才教育を施していき、石澤の秘めたる才能はどんどん花を開いていった。特に野球のセンスがずば抜けていて、野球を重点的に伸ばしていったという。

 しかし、英才教育を施す一方で2人は石澤の障害となる人間を徹底的に排除していき、石澤の株がどんどん上がる様に法律スレスレの行為も何度も行ってきたそうだ。

 私生活でもかなり甘やかされており、石澤が何をしても2人は全て許してしまった。

 その結果、現在の石澤が出来上がったのだと言う訳だ。


「子供もクズなら親もクズだな……」

「そうだな。しかも、石澤の才能は多くの大人達の目に留まり、全力で甘やかしていってその才能を伸ばそうとしたらしい。それが間違いとも知らずに」

「最悪だな」


 その結果、石澤の周りにはイエスマンしか存在しなくなったのか。両親が何かしなくても、周りの大人共が勝手にいろいろ手回しをしてくれる様なクズばかりだったから、石澤がクズになるのは避けられなかったのかもしれない。

 石澤が起こした不祥事についても、両親がここまでの苦労が無駄になるのを恐れて隠蔽し続けた事と、石澤自身も隠すのが非常に上手かった事もあってバレる事が無かった。

 そして、決定的になったのが、俺が石澤に罪を擦り付けられたあの事件であった。

 あの事件がキッカケで、石澤は警察から全幅な信頼を寄せられるようになり、石澤が嘘の証言をしても警察は何の疑いも抱かずにそれをそのまま信じる様になったという。

 そのせいで石澤の女癖の悪さに拍車がかかってしまったのだ。


「聞けば聞く程胸糞が悪くなる話だな」

「そうだな。石澤の両親が再び傲慢にならなかったら、女癖の悪さは治らなくてもあそこまで酷くはならなかっただろう」

「どうだか」


 回りの大人達も、石澤の才能に目を付けて散々甘やかしてきたのだから、例え両親が再び傲慢にならなかったとしても結果は変わらなかっただろう。


「随分と甘やかされて育ってきたんだな。金持ちのボンボンでもないのに」

「まぁ、甘やかされ放題甘やかされたのは事実だ。あの鹿島が可愛く感じてしまうくらいに酷かった」

「それは俺も感じた……」


 失敗を経験させなかった事と、親と周りの人達に恵まれなかったせいでここまで歪みきってしまったのだな。見方を変えて見ると、石澤も被害者なのかもしれないな。


「反吐が出る話ね」


 俺と上代の後ろでずっと話を全て聞いていたシルヴィが、一歩前に出て目の前にある石澤の城を鋭い眼光で睨み付けていた。


「周りが甘やかすから何だって言うのよ。それが許されるのは子供のうちだけ。今の黒い方はもう大人なんだ。それが本当に良い事なのか悪い事なのか、そういう人として当然の事を考えようとしないのが悪いのよ。理由や周りの環境や家庭環境は関係ない。大人になった以上、自分が犯した罪は自分で償わなければいけない。そんな甘えはもう通じないのよ」

「シルヴィ……」

「お姫様の言う通りだ。理由はどうあれ、石澤がお前にした事は決して許される事ではない。人の人生を滅茶苦茶にして、相手に自分の罪を擦り付けるなんて絶対に許されない」

「被害者かも、なんて思わないで。犯してしまった時点、あの男は加害者なんだから」

「ああ。分かってる」


 確かに、石澤も被害者なのかもしれないって思ったが、あの男は自分が梶原に犯した罪を俺に擦り付けて、自分は悪い犯罪者を捕らえた勇気ある英雄として称賛を浴びてきた。

 そのせいで俺の人生は滅茶苦茶にされ、何とか進学する大学は決まったがそれまでの道のりはかなり大変だった。流石に、高校受験の時みたいに部屋に入ってすぐに門前払いを食らうなんて事は無かったが、それでも俺の話をまともに聞いてくれる面接官は一人もいなかった。合格をくれたあの大学でさえ、俺の言う事全てに懐疑的であった。

 無論、許すつもりなんてこれっぽっちもない。

 斬る事に躊躇いもない。


(全てに決着を付けさせる)


 石澤みたいな男は、決して許してはいけないのだから。

 覚悟を決めた俺は、シルヴィと上代と共にテントへと戻って明日に備えて休息を取った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




「皆はすぐに避難して。俺達とキリュシュライン兵で何とか出来るから」

「玲人様、お気をつけて」


 たくさんの婚約者達に見送られながら、俺は犬坂さんと一緒に王城の方へと向かった。


「楠木やシルヴィアちゃんだけならまだしも、上代や秋野さんまでが楠木と結託するなんて予想もしていなかった」

「沙耶ちゃんまでも楠木君に騙されたのかしら」

「どうだか。シルヴィアちゃんやシャギナのような女もいるし、それが秋野の本性という可能性だってある。勿論、俺も信じたくはないんだけど」


 だけど、あの人が言うのだから間違いは無いのだろうと思う。それに、今の俺なら戦いの場では私情を捨てなくちゃいけないだという事はしっかり理解している。秋野がこんな事に加担するとは到底思えないけど、戦闘時にそんな事を考えていると隙になってしまうし、何よりもそれが秋野の本性だったのだとあの人も言っていた。

 俺があの人の声が聞こえるようになったのは、俺が10歳の時だった。



 ―――《君が石澤玲人君だね。初めましてだね》



 それがあの人の第一声であった。

 その時は、親から毎日のように押し付けられる英才教育によるストレスから幻聴が聞こえたのだと思った。無理もない、だって頭の中に直接話しかけてくるのだから顔が見えないのはもちろん、自分の名前も名乗らないのだから幻聴だと思うものだ。

 けど、あの人は時に冗談交じりで俺に話しかけてくる事があった。そのお陰で幻聴ではないと分かったが、当時はとにかく怖かった。幽霊に憑かれてしまったのだと思った。

 だけど、親に相談したけど流石に信じてもらえず、一応お祓いをしてもらったけど全然効果が無かった。

 でも、たまに話しかけてくれるあの人はいつも困った俺を助けてくれて、アドバイスもくれる。

 お陰で俺は、人生において失敗というものを経験した事が一度もない。あの人の話を聞いていれば、俺はこの先も絶対に失敗をする事もなく、最高の成功を収める事が出来ると確信した。

 ただ、中学2年の時に梶原に無理やり関係を迫って、その罪を楠木に擦り付けた時はかなり怒られたな。その時の言葉は今も鮮明に覚えている。


(「自分の思い通りに行かなかったからって、強姦魔になって自分から地獄の道を進むなんて何を考えているんだ!ましてや、その罪を他人に擦り付けるなんて!お前は人生を棒に振りたいのか!」だったな)


 ま、警察も町の皆も、更に日本中が俺を称賛し、英雄として崇めてくれるから別にそんな事はどうでもいいし、耳が痛くなるくらいに怒られたけど思い切り聞き流してやった。思えば、怒られたのもあの時が初めてだったな。

 でもまぁ、あの人が恐れるような事はこれまで一度も起きていなかったんだし、たまに心配し過ぎる所があるんだよなと思い、その時から俺はあの人の説教を聞き流す様になった。

 それからも俺は、気になる女性を見つけては甘いマスクを被って誘っては関係を持つというのを繰り返してきた。たまに無理矢理迫った時もあり、その度にあの人にこっ酷く叱られたんだったな。全部聞き流してやったけど。

 その後、高校卒業を間近に控えた俺は、クラスメイト達と共にこの世界へと召喚された。そして、俺はドラゴンの聖剣士として選ばれる事になった。

 その瞬間に俺はようやく理解した。

 あの人はきっと、俺が失敗しないようにする為に助言してくれた星獣だったのだと。だから俺は失敗する事もなく、楽しくて幸せな人生を送る事が出来たのだと。

 だが、俺に女の子にフラれると言う屈辱を与えるキッカケを作った楠木までも聖剣士に選ばれたと知り、俺は無性に腹が立った。それこそ、アイツになびく女を全て奪って絶望してやりたいと本気で思ったくらいに。

 ま、あんな男の事を好きになる女なんている訳がないし、そもそもあんな男に女を抱くような甲斐性なんてある訳がない。

 そんな時、エルは俺が昨夜話した楠木の嘘の犯罪履歴を使い、それを国中に広める事で楠木を追い詰める作戦を取ってくれた。

 俺はもう嬉しさのあまり、歓喜の涙を流しそうになった。

 しかも、この国ではフェニックスが悪魔呼ばわりされているのは更に都合が良かった。これでこの国に、いや、この世界に楠木の居場所を全て奪う事が出来る。更にアイツが苦しむ姿が、絶望する姿を見る事が出来る。

 そして迎えた最初の大襲撃の後も、俺は楠木の傍にいる女を奪う事に成功した。どうやら彼女も、国中に流れているあのデマ情報を鵜呑みにしてくれていたみたいで、アッサリと俺の方へと来てくれた。

 その時の絶望した楠木の顔は、今でも思い返すだけで笑いが止まらなかった。俺に屈辱を与えたあの男には相応しい末路だった。

 だが、シルヴィアちゃんが今も楠木の傍にいるのだけはどうしても納得がいかなかった。

 あの男のパートナーに選ばれたからなんだと言うのだ!

 そんな事は関係ない!

 あんなに美しい女は今まで見た事が無かった。

 絶世の美女という言葉は、彼女の為に存在するのだと思うくらいに綺麗だった。

 あんなに綺麗な女が、楠木みたいな男のパートナーなんて絶対に間違っている!

 彼女のような女は、俺のような神に選ばれた完璧男子にこそ相応しいのだ!

 なのにシルヴィアちゃんは、俺の事を親の仇を見る様な目睨み、平時でもまるで汚物を見る様な目で見ている!

 楠木に脅されたんだ!

 そうだ!

 俺の事を悪くするようにある事ない事吹き込んで、悪者に仕立て上げようと企んでいるのだ!

 そうだ!そうに決まっている!



《いい加減に認めないか!》



 そんな事を考えながら歩いていると、またあの人が俺の頭の中に直接話しかけてきた。



《あの女はお前が思っているような女じゃない!手を差し伸べても、お前は地獄のどん底に落ちる事になる!あの女は、男のプライドを穢して恥をかかせる事を生きがいにしているような女だ!男を陥れる為なら何だってするんだ!何度言ったら分かるんだ!》



(シルヴィアちゃんはそんな子じゃない!絶対に違う!)



《お前はあの女の事を何も分かっていないからそんな事が言えるんだ!いい加減割り切らないと、後悔する事になる!》



 そんな事は分かっているし、戦いが始まったら私情を捨てて戦うつもりだ。例え相手がシルヴィアちゃんであっても、容赦はしない。

 でも、それでも俺は彼女の事がどうしても諦めきれない!シルヴィアちゃんがどうしても欲しんだ!

 あの子に相応しい男は、俺以外に存在しないのだから!

 ルビアちゃんの件もあるけど、それでも俺はあの子がそんな事をする人間とは到底思えない!

 全部楠木に言われてやったんだ!

 そうだ!

 楠木に言われて一芝居を売ったんだ!

 それ以外に考えられない!

 だったら、この戦いが終わったら俺がシルヴィアちゃんを救わないといけない!

 それが俺の使命なのだから!



《……はぁ…………お前の女好きもここまで来るともはや病気だな。地球とは事情が違うから、お前が1500人以上もの女と結婚する事になり、今も更に増やそうとしている事に関してもあえて何も言わなかったが、これは想像以上に貪欲だな。まさに、性欲の化身だな…………こっちにも目的があったとはいえ、やはり失敗や挫折を経験させなかったのが良くなかったな。当初の予定とは違うが、やむを得ない》



 最後の方は声が小さすぎて聞き取れなかったが、俺は気にする事なく歩いて行った。同時に、あの人との交信も途切れた。

 その後、俺と犬坂さんは王城に入り、義理の父となる王から騎士団の指揮を任される事となった。何としても、楠木達の暴走を止めて欲しいと。


「凄いね、石澤君!騎士団の指揮を任されるなんて!」

「当然だろ。俺にしか出来ない事なんだから」


 犬坂さんには、本当に感謝してもしきれない。

 シルヴィアちゃんには10枚劣るけど、彼女もまたかなりの美少女なのは間違いない。


「なぁ、犬坂さん」

「なに?」

「楠木を倒す事が出来たら、君も俺と結婚しないか?」

「え?」

「梶原や秋野さんに離れられ、シルヴィアちゃんの本性を知って落ち込んでいる俺の為に献身的に支えてくれて、俺は何時も助かっている。だから、君も是非、俺と結婚してください」


 俺のプロポーズを聞くと、犬坂さんは本当に嬉しそうにしながら、涙を流して頷いてくれた。


「ずっとその言葉を待っていました。喜んで、あなたのお嫁さんになります」

「犬坂さん!」


 堪らず俺は、その場で犬坂さんを抱き締め、俺の方から唇を重ねていった。犬坂さんは本当に嬉しそうに俺の事を抱き締め返してくれた。


「玲人様、そろそろ」

「ワリィ」


 しばらく抱き合っていると、軍の編成を終えたエルが俺の所へと駆け寄ってきた。


「行こう」

「えぇ。誰にも、私達の幸せは壊させない」

「ああ。今度こそ楠木との決着をつけ、大襲撃を起こしている魔人共を根絶やしにして、この世界に真の平和をもたらすんだ」


 そう意気込んで俺は、エルと犬坂さんの手を握りながら騎士団の為にたった。


「そう言えば、お義父さんは?」

「あ、ああぁ、ちょっとやらなければいけない事があるのです。こんな大変な事態になっていますので尚更」

「そうか」


(あの御方に急に呼び出されたなんて、例え玲人様であっても口が裂けても言えないわ)


 何やら気まずそうな顔をしているけど、俺は特に気にする事は無かった。










《本当はこんな事したくなかったが、これも私の悲願を達成させる為だ。玲人には悪いと思うが、私の長年の悲願の為に悪役になってもらう》






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