70 久々のフェリスフィア
「され、周りには誰もいないし」
「そうね。そろそろ転移しようかしら」
ドルトムン王国を追い出される形で、隣国のルドル王国へと入った俺達は、周りに誰もいない事を確認してからシルヴィにレイリィを召喚してもらった。
ルドル王国は、ナサト、ドルトムン、レイシン、キリュシュライン、フェリスフィアの5つの国囲まれていて、パッと見はとても細長い国であった。地球にも細長い国はあるが、その国よりもかなり細かった。シルヴィ曰く、「端から端までだと馬車で90日以上かかるけど、横だと歩いて1週間で隣国の国境を超える」という。
そんなルドル王国の草原地帯のど真ん中で、シルヴィの呼びかけに答えたレイリィが召喚時から出てきた。
「今の所誰もいないな。でも、誰かに見つかる前にフェリスフィアに戻らないと」
「そうね。いくら王都から近いからって、キリュシュラインと同盟を結んでいる国に入るのは抵抗があったわ」
シルヴィの言う様に、ルドル王国はあのキリュシュラインと友好関係を築いている国の一つで、入国の際に通った検問所でも俺とシルヴィの手配書が貼られていた。幸いな事に、検問をしていた兵士達がやる気のなさそうな感じであった為すんなり入国する事が出来た。
けれど、だからと言って馬鹿正直に馬車でフェリスフィア王国までいくつもりはなく、かと言ってドルトムン国王と先王陛下の前で転移しても、国内の何処かに転移したと思われるのも嫌なのできちんとドルトムン王国を出る所を見届けてもらってから転移する事にした。
その際、周りに誰もいない事を一応確認しておいた。キリュシュラインと繋がりがある奴に見つかる訳にはいかない。アイツ等はいろいろと面倒だからな。特に石澤に見られるのは嫌だ。
「それじゃ、フェリスフィア王城の敷地内に転移するわね」
「ああ。それと、上代や秋野達も急いで呼び戻して欲しい。リーゼとルビアの救出に協力して欲しいから」
本当なら、封印魔法が解けたらすぐに行きたかったのだけど、スルトの壊滅と2000年前の資料を基に作られた魔人化の薬の事もあって、かなり遅れてしまった。
だけど、リーゼとルビアをあのままにする訳にはいかない。あの2人の裏切りが、キリュシュラインのクソ王女の洗脳によるものだと今は分かっている。だからこそ、極寒の北方を一緒に旅をしてくれた2人を助けに行きたいと思う。その為には、上代や秋野、更には宮脇やダンテの助けも必要となる。
本気でトレーニングを積んだ石澤は、想像していた以上の強敵になっていた。その上、行先は魔人と取引している疑いがあるキリュシュライン王国だ。万全の態勢で救出に向かわないといけない。
なんて事を考えている間に、俺達は懐かしのフェリスフィア王城の敷地内にある、騎士団の訓練場のど真ん中に立っていた。休憩中だったのか?フェリスフィア騎士団の人達が、ベンチからビックリした様子で俺達を見ていた。
「竜次様!?いきなりどうしました?」
「やっぱりあなたもいたんだね。マリア」
仕事の為に戻っていたマリアとも、転移してすぐにばったりと会った。
で、そんなマリアは今仕事の息抜きで騎士団の訓練に参加していたのだろう。これでもこの国の次期女王なんだけどな。
「それと、シルヴィア様?ですよね」
「そうよ」
シルヴィを見ると、不思議そうに首をかしげるマリア。やはり、長かった髪が短くなっただけでもかなり印象が変わるよな。
「実は、頼みたい事があるんだ」
「……聞こう」
「ありがとう」
ただならぬ雰囲気を察したマリアが、真剣な表情で俺の話に耳を傾けてくれた。ナサト王国がキリュシュライン王国と同盟を結んだ事は既に知っていたけど、リーゼまでもが洗脳された後に連れて行かれた事には驚いていた。
「俺の都合に巻き込んではいけないとは思っているが、マリアにも協力して欲しい」
「構いません。私もそろそろ、あの国とドラゴンの聖剣士には愛想が尽きましたので、そろそろ鉄槌を下すべきだと思っています」
「ありがとう」
俺が頭を下げてお礼を言った後、マリアはキリュシュラインに乗り込む日程や編成を決める為に一度王城の中へと入って行った。
「待っている間に私は、上代翔太朗と秋野沙耶も連れてくるわ。レイリィ、お願い。先ずは秋野沙耶の所へ」
そう言ってシルヴィは、レイリィと共に秋野の所へと転移していった。
その後、秋野とアレン、上代と桜様、宮脇とダンテという順番で王城に連れてこられた。
全員が揃ったところで、俺達は戻ってきたマリアに聖なる泉へと連れられて、全員で水浴びを行った。しきたりではあるが、長旅の穢れを落とさないといけないからな。
それから王城の中へと入り、大きな長机が置かれた広い会議室へと通された。そこでは既に、女王と執事のレイトとエレナ様が座って待っていた。
「お久しぶりです。女王陛下」
「お久しぶりです、楠木様。話はマリアから聞きました。リーゼ様とお仲間を連れて行かれたそうですね。先ずは座ってください」
女王に促され、俺達はそれぞれ席に着いた。そこで俺達は、ナサト王国での出来事、デオドーラの洞窟で青蘭から聞いた魔剣や悪魔の正体、ドルトムン王国で行ったスルトの壊滅の詳細について話した。
「報告は以上です。ナサト王国がそんな事になっているとも知らず、俺達はリーゼとルビアを連れて行かれてしまいました。尤も、石澤は救出したつもりでいると思いますけど」
「何処までお花畑なんだよ……石澤がここまで重傷だったなんて思わなかった」
ナサト王国での一件を聞いた秋野が、頭を抱えながら心底うんざりした顔で首を横に振った。
「まったく。同じ地球人として石澤の行動が恥ずかしすぎるぞ」
「しかも、本人がそれを自覚していないってのが厄介ね。元からクズだったけど、今やもう手の施しようが無くなったわね」
上代と宮脇も、そんな秋野に同調するように呆れていた。
「それにも驚きましたけど、私としては魔王の正体もまた人間だった事にも驚きです」
「そうですね。いくら愛する女性の死がキッカケだったとはいえ、あそこまで暴走してしまうなんて。今や世界規模の脅威となっています」
マリアとレイトは、魔王の正体の方に興味を持った。驚くマリアに対し、レイトはそんな当時の王子に嫌悪感を露わにしていた。
「きっと最初は、どんな手を使ってでもその愛する女性を生き返らせたかったのでしょう。でも、研究が進むにつれて死を極端に恐れるようになり、それが不老不死を求めるキッカケになってしまったのでしょう」
「確かに、当時の王子の悲しみを考えると、そういう方向に暴走してしまうのも仕方がないと思います」
対して、アレンとエレナ様はそんな王子に同情を寄せていた。
確かにアレンの言う通り、元々はその死んだ女性をどうしても生き返らせたくて、死者を蘇らせる為の研究を行っていたのだと思う。
だが、研究を進めていくうちにやがて「死」そのものに恐怖を抱く様になり、死者を蘇らせる研究が不老不死を実現させる為の研究へと変わってしまったのだろう。
ただ、一体どういうキッカケで死を極端に恐れるようになってしまったのかまでは分かっていない。
「けれど、その研究がもたらした災厄は、2000年経った今なお続いていますのね」
「はい」
女王の問い掛けに、俺は首を縦に振って返事をした。
「おそらく、その時出来た失敗作によって変貌した人達を、他所の国の人達が悪魔と呼んで恐れたのだと思います」
それと、今現在も脅威となっている魔人はそれを更に強化させたものなのだろう。聖剣や、聖剣士のパートナーでないと殺せないのはそういう事なのだろう。聖剣には、不死身の人間を殺す力が宿っているから。
「そして、その研究の内容が記された石板が、不幸にもスルトの幹部であるキガサの手に渡ってしまったという訳ですね」
「はい。尤も、その気になれば普通の剣でも腕や足、更には首までも斬る事が出来たので、あれは初期の失敗作だと思います」
実際に斬ってみた分かったが、まるで豆腐を切っているみたいにすんなりと斬る事が出来た。その為、あれが魔人の完成系とは思えない。俺達が今戦っている魔人は、あれよりもかなり強化されたものとなっているのだろう。
「それにしても、そんな魔王と協力してキリュシュラインは一体何を企んでいるというのでしょうか?」
「分かりません。ですが、そのキリュシュラインに俺達の仲間が2人もいます」
「その事に関しては全面的に協力いたします。あんな危険な力を持つ魔王と手を組んでいる時点で、もはや猶予などありません。各同盟国とも協力を要請します。キリュシュラインと戦争になりますが、いずれこうなるだろうとは思っていました。それだけ、キリュシュラインの暴走は常軌を逸しているのです」
「はい」
西方はフェリスフィア以外の国は全て吸収され、北方もナサトが、南方は半数以上がキリュシュラインに取り込まれている。名目上は同盟という事になっているが、それだけで済むとは到底思えない。
その上、向こうは石澤と犬坂の2人を抱き込んでいる。
石澤は完全にキリュシュラインを、と言うよりもあのクソ王女の言う事を信じ切っており、自分が世界を救っている正義の味方だと思い込んでいる。リーゼとルビアと連れて行ったのも、石澤にとっては救助となっているのだろう。
そんな石澤に心酔している犬坂も、石澤の言う事全てが正しいと激しく思い込み、その事について何の疑いも抱かない程の狂信者っぷりを発揮している。
「では、私達は同盟国の代表達と話し合いを行い、キリュシュライン制圧の為の軍備も整えます。指揮はレイト、貴方に一任します」
「はっ」
女王に指名され、レイトは椅子から立ち上がり、胸に手を当ててから返事をした。
「とは言え、長旅の疲れもありますでしょう。準備が整うまでの間は、ここでゆっくりと身体を休めてください。部屋はご用意いたしますので」
「ありがとうございます」
俺は立ち上がり、女王に深く頭を下げてお礼を言った。
その後俺達は、城に仕えているメイドの案内でこの国に始めてきた時に使わせてもらった部屋に入った。やはりシルヴィと相部屋だ。
部屋に入るとすぐ、俺は装備を外してベッドに倒れるように寝転がった。シルヴィは、備え付けの椅子に座って俺を見ていた。
「何だかここまで凄く疲れた気がする。馬車の旅の筈だったのに」
「北方はずっと歩きだったし、代償を払う前は私達の事を憎んでいたのよ。その上、黒い方とスルトの壊滅。スルトの方は、シェーラに頼まれてほぼ強引にやらされたのだから、無理もないわ」
「そうだな……」
シェーラに借りを作らなかったら、スルトと関わる事なんて絶対に無かった。あんな組織、本来なら潰すと面倒な事になるので敬遠したかった。シェーラがいたから簡単に出来たが、本当なら俺達が犯罪者として世界中に広まっていただろうし、キリュシュラインだけでなく世界中でも指名手配されていただろう。
その前に訪れたナサト王国でも、俺とシルヴィは犯罪者として指名手配されていた。
「ナサト王国は本来、キリュシュラインみたいな国に屈するような国ではなかった。女王も気丈で、強い意志と発言力も持っていた。洗脳されて同盟を結んだのよ。どうする事も出来ないわ」
「ああ……」
もう少しこの事に早く気付いていれば、女王の洗脳を解く事も出来ただろうが、その前に俺とシルヴィは捕まってしまうだろう。そうなると喜ぶのは、あのクズ王とクソ王女だ。
あの時の俺は、石澤を斬る覚悟が足りなかった。そのせいで、シルヴィまでも危険に晒してしまった。
(石澤がハイスペックな奴だって事は分かっていたが、ヤマトから帰った後で一体どんな特訓をしたらあそこまで強くなるというのだ)
おそらく、シャギナに負けた悔しさがバネになったのだろう。
だけど、それでも女癖の悪さは全く改善されておらず、この世界に来て1ヶ月の時点で既に1000人に達していた婚約者が、最近は1500人に達していて今なお増え続けているという。
「けど、いくら洗脳されているというのを差し引いても、僅か1年と数ヶ月で1500人以上もの女性が石澤と結婚したいと思う程に好意を抱くものなのか?町や村を救った対価として、美人の女を差し出せと脅されたというのもあると思うが、それでもやりようはいくらでもある筈だ」
ロガーロの住民が、娘が初夜権の為に差し出されるのを防ぐ為に奴隷商に売ると言う手段を取っている様に、石澤に差し出す前に村の外へと逃がすなり方法はあった筈だ。
それなのに、「はい、分かりました」という感じで石澤に付いて行くのだろうか?クズ王とクソ王女の圧政があっても、国民全員が絶対服従している訳ではない筈だ。
「たぶん、黒い方の容姿と能力に惹かれて崇拝している人もいるんじゃないの?あの狂信女みたいに」
「犬坂みたいな奴がそんなにたくさんおられても困るんだけどな」
正直言って、犬坂があそこまで石澤に心酔しているなんて想像もしていなかった。心酔というよりも、あれはもはや崇拝なんだろうけど。
それでも、何であそこまで石澤に狂った好意を向けるんだ?
学生の恋愛なんて所詮は一過性のものに過ぎない。こうでありたいと言う憧れと、こんなにカッコイイ彼氏(もしくは可愛い彼女)がいるんだぞと周りに自慢したい気持ちが大きく、その想いも激しく燃え上がる炎の様なもの。そういう王子様タイプの男子と、アイドル的人気のある女子は、周りからすればテレビの向こう側のタレントみたいにキラキラして見えてしまう。
それ故に、相手の事がよく分からず、本人も知らない相手の意外な一面や、学校ではあまり見られない相手の悪い所や欠点を見て幻滅し、一気に冷めて別れてしまう事が多々ある。
それでも好きだと言う人もいて、大人になっても関係が続いて結婚しているカップルも確かにいるが、おそらくそういうカップルはそんなにいないのかもしれない。
だが、犬坂のあの心酔っぷりは異常だ。
石澤のキラキラしている部分しか目に入っておらず、誰が見ても分かるくらいの悪い部分が露見してもそれを見ようとしない。
確かに、恋は盲目だとよく言うが、犬坂のあれは盲目っていうレベルではない。
秋野も、イルミドの宴会に出なかったらこの先もずっと石澤の言う事や行動に何の疑問も抱く事もなく、犬坂と同じ様に心酔していただろうな。
(何で石澤の周りにだけ、あんな頭のおかしい連中ばかりが集まるんだ?そもそも何故、キリュシュラインの住民は誰も石澤の行動を疑問視しないのだ?)
考えれば考える程、分からない事がどんどん増えていくばかりだ。
そもそも何故、キリュシュラインは魔人と結託したのだ?それによってキリュシュライン側、もといクズ王とクソ王女に一体何のメリットがあると言うのだ?
「1年以上いろんな国を旅して回ったが、結局何も分からないままだったな……」
収穫はあったが、それを一つ得る度にまた一つ分からない事が増えていくような気がする。
「結局、キリュシュラインに乗り込まないと駄目だと言うのか」
「私はあんな国にはもう二度後入りたくないけど、全ての謎があの国にあると言うのなら避けて通れないかもしれないわね」
「そうだな……」
今まで避けてきたけど、もうこれ以上逃げ続ける訳にはいかなくなってしまった。
「でも、第一の目的はリーゼとルビアの救出よ。それを忘れないでね」
「分かってる……」
しばらくすると徐々に眠気に襲われ、俺はゆっくりと目を閉じて眠りに就いた。シルヴィも、俺と同じベッドに入って一緒に眠った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………ここは?」
気が付くと俺は、真っ暗で何もない所に1人ポツンと立っていた。
「シルヴィは?椿は?マリアは?皆は何処に!?」
両手を前に出して探る様にしながら、俺はひたすら真っ暗な空間の中を歩いた。
目の前に手がある筈なのに何も見えない。
そもそも俺はどうして、こんな所にいると言うのだ!?
体感的に5~6分程度だろうか、そのくらい歩き続けていると突然目の前に眩い光がバァッと広がり、俺は思わず目を強く瞑った。
「何だ!?」
光が治まると、目の前に炎に包まれる建物と、真っ赤に染まった空が見えた。
「一体何がどうなっているんだ!?」
回りを見ても、生きている人達は1人もおらず、たくさんの人が瓦礫の下敷きになり、あるいは炎に焼かれ、あるいはそのまま地面に転がっていた。
しかし、同じくらい気になったのは、死体の全てが男性だという事であった。
「これは一体……」
訳が分からずに周りを見渡していると、噴水の見える広場が目に入りそこへと駆け込んだ。
「……なんだ、これは!?」
目に映ったのは、真っ黒い服と鎧とマントを見に纏った石澤と、その後ろには数え切れないほどのたくさんの女性が立っていた。女性は全員、容姿のレベルが高く、煌びやかなドレスを見に纏っていた。
そして、そんな石澤の目の前に服を剥ぎ取られて倒れているシルヴィの姿があった。他にも仲間はいたが、今の俺の目にはシルヴィしか写らなかった。
「動いていない……何で!?」
倒れたまま動けないシルヴィに、石澤がゆっくり近づいて手を伸ばしてきた。シルヴィも悲鳴を上げて抵抗するが、石澤はお構いなしにシルヴィの身体に触れていった。
「石澤あ!」
頭に血が上った俺は、聖剣を抜いて走って行ったが、どういう訳か俺は石澤に触れる事が出来ないでいた。
「クソ!どうなってんだ!」
いくら攻撃しても、その全てが石澤の身体をすり抜けていき、石澤も俺がまるで見えていないのかやめようとしない。
そして、石澤に侵され、失意のどん底に落ちたシルヴィは自らの舌を噛み切りそして…………。
「落ち着いて!これはただの夢よ!予知夢でも何でもない!ただの夢よ!」
「あっ!?」
知らない女性の声が聞こえた瞬間、俺の周りの景色が再び真っ暗になり、自分の姿以外に何も見えなくなった。
そして、目の前に赤とオレンジの羽を持つ大きな鳥が降り立った。よく見ると尾羽が3本もあり、嘴は鷲に似ていた。
その鳥がすぐに何なのか分かった。
「あんたが……」
「こうして会うのは初めてね。でも、もう次は無いわ」
先程聞こえた女性の声が、目の前に立つ鳥から発せられた。
「私はフェニックス。この世界の秩序を見守っている星獣の中でも、特に強い力を持った5体のうちの1体」
「あんたがフェニックスか」
まさか、夢とは言え本物の星獣に会えるなんて思ってもみなかった。
「えぇ。聖剣には、私達5体の高位星獣の力がそのまま宿っているわ。尤も、私の力は人間には強すぎる為、人知を超える願いを発動する際には代償が必要になるのだけど」
「知ってる」
「そう。まぁ、代償と言ってもあなたと彼女に危険が及ぶわけではないのだけど、残酷な代償である事には変わりない」
「そうだな」
その代償を支払う事を躊躇うと、恩恵が暴走してこの世界に悪い影響を与えてしまうのも青蘭から聞いたので知っている。
「で、聖獣が一体何の用でここに?」
フェニックスは数秒沈黙した後に、その想い口を開いた。
「魔王の復活が近い。一刻も早く討たないと、あの夢のような事が起こるわ」
「正夢になると言うのか?」
「いいえ。先程も言った様に、あれはあなたの不安が見せた普通の悪夢よ」
「そうか」
それを聞いて俺は一安心した。
「ただ、このまま指をこまねいていると本当にあぁいう事態が起こってしまう。パートナーである彼女は大丈夫だとしても、他の人達は……」
「皆殺されると言うのか?」
「えぇ。極一部の人間以外は全員死ぬ事になるわ」
「でも、魔王だって元は人間だった筈だ!」
「そうよ。人間同士の争いに巻き込んでしまった事は謝罪する」
「そんな事はもうどうでもいい!魔王の本来の目的は永遠の命を手に入れる事なんだろ!それが何故、大勢の人を殺さないといけないんだ!」
「そうよ。でも、その思いが歪んだ方向へと走ってしまい、今や世界規模の脅威となっている。当時の人達が悪魔と呼ぶのも仕方なしだと思う」
「どういう事だ?」
「その理由については、ドラゴンの聖剣士から聞いた方が良いわ」
「石澤が俺の言葉を聞き入れる訳がない!何でドラゴンはあんな男を聖剣士に選んだんだ!」
己が欲しいと思ったものはどんな手段を使ってでも手に入れ、美人の女には見境なく手を出してものにしようとする。いくら能力が高くても、こんな男を聖剣士として選ぶなんてどうかしている。
だが、フェニックスはゆっくりと首を横に振った。
「石澤玲人という男は、ドラゴンに選ばれた聖剣士などではない」
「なに!?」
石澤が聖剣士ではない!?じゃあなぜ、ドラゴンの聖剣が石澤の手にあるんだ?何故、石澤に聖剣士の証であるドラゴンの紋様が浮かぶんだ?
「ドラゴンの聖剣士なら、あなたのすぐ近くにいる。既に召喚されている」
「既に召喚されているって、一体どういう事なんだ!?」
「答えてあげたいのは山々だけど、もう時間が無い。あとはドラゴンの聖剣士に聞いて」
「待ってくれ!だったらせめて教えてくれ!一体誰が、本当のドラゴンの聖剣士だと言うのだ!?」
「それは―――」
何か喋っている様だが、その前にフェニックスから強い光が発せられ、俺は再びあの悪夢を目の前で見せられた。
―――……うじ…………しっかりして!
―――竜次!
「……あっ!?」
「しっかりして!」
「…………シルヴィ」
目を覚ました瞬間、すぐ目の前にシルヴィの顔が映った。凄く不安そうな顔をしていた。
半覚醒状態の頭で周りを見ると、既に外は真っ暗になっていて、部屋も薄っすらと明かりが灯っているだけであった。
「俺は……」
「凄くうなされていたわ。しばらくすると悲鳴まで上げ始めて、凄く悪い夢を見ていたのが分かった」
「ん……」
うなされていた上に悲鳴まで上げていたのか。心配したシルヴィが、俺を起こしてくれたのか。
「今、何時だ?」
「夜の10時よ。夕食の時に何度も起こしたけど、まだ起きる気配が無かったからそのまま寝かせたけど……」
起きなかったという事は、相当眠りが深かったのだろう。確かに、ずっといろんな国を旅して回ったから疲れていたのだろう。
「けど、お風呂から上がって部屋に戻って竜次の寝顔を眺めていると突然苦しそうにうなされて、少ししたら収まったと思ったらまたうなされて、更には悲鳴まで上げ始めたから心配になって」
「それで、俺を起こしてくれたのか」
コクッと頷くシルヴィ。あまりにも酷くうなされていたから、強く揺すって起こしたのだね。
確かに、あれは酷い悪夢だった。夢の中の出来事だと言うのに、今でもその時の光景は脳に焼き付いて離れない。
そう言えば、途中で収まったって言っていたけど、その間に何かが俺の前に現れて、何か大切な事を言っていた気がしたが……。
(クソ!何で肝心な所を思い出せないんだ!)
すごく大事な事を言われた気がしたが、その内容がどうしても思い出せない。あの悪夢は鮮明に覚えているのに、何故なんだ。
「竜次……」
心配するシルヴィの顔を見ると、あの時の光景が再び頭の中に広がった。服を剥ぎ取られ、抵抗できなくなったシルヴィに石澤が無理矢理…………。
「嫌だ……」
「竜次……あっ!?」
石澤がシルヴィに触れられない事は分かっているし、あれがただの夢であることも理解している。
だけど、目の前でシルヴィが石澤に犯されるところを見てしまい、夢の中の俺は激しい怒りと絶望を感じた。シルヴィだけは奪われたくないと本気で思った。
「んっ!……んん!?」
そして、気付いたら俺はシルヴィの肩を掴んで無理矢理ベッドに押し倒し、覆い被さるような体勢になって無理矢理シルヴィの唇に自分の唇を重ねた。それも、かなり濃厚な。
更に、彼女のその大きすぎる胸に触れた。
ただ、彼女を奪われたくないと言う衝動だけでいろいろとやってしまった。
「…………はっ!?」
しばらくして唇を離し、とろんとした顔で俺を見つめるシルヴィを見て俺はようやく正気に戻り、バッとシルヴィから離れて背を向けた。
「ごめんシルヴィ!俺、こんなつもりじゃ!」
「竜次?」
「ごめん!」
「……駄目。許してあげない」
「そんな……」
そりゃそうだ。あんな事をして、許してもらえる訳がない。きっと幻滅してしまったに違いない。
でも、それでもシルヴィにだけは嫌われたくない。なのに、俺はそれ以上何も喋る事が出来ないでいた。
「こっちを向きなさい」
「あ、ああ。すまな―――」
言われた通り振り返ると、突然シルヴィに抱き着かれ、キスをされた。それと同意に、彼女に引っ張られる形で俺は再びベッドに倒れ込んだ。先程と同じ体勢になって。
少し顔を離すと、何だか嬉しそうな顔で俺を見つめていて、左右で色の違う瞳が微かに潤んでいるように見えた。
「シルヴィ?」
「許す訳ないでしょ。途中でやめられては」
「え?」
「せっかく竜次の方から迫って来たのに、それを途中でやめちゃうんだから、凄く悲しかったし、怒ったわ」
「じゃあ……」
「続き、しましょう。そしたら許してあげる♪」
声を弾ませながら言うシルヴィに、俺はゆっくりと顔を近づけて再びキスをした。
それから俺達は何度も行為を行った。多少強引にしてしまった部分もあったが、その全てをシルヴィは嬉しそうにしながら受け入れてくれた。
そして誓った。
この子だけは何が何でも守り抜くと。
俺の人生全てをかけて幸せにしなくてはいけないと。
その後俺は、シルヴィに事情を話した。怖い夢がキッカケで襲ってしまった事を謝罪したが、彼女は何も言わずに俺の頭をそっと抱き寄せてその大きな胸に顔を埋める様に抱き締めてくれた。
その温もりが心地よく、俺達はそのまま眠りに就いた。




