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7 合流

 シルヴィア様を牢から出した後、わたくしが奪った剣を1本持たせて、周囲を警戒しながら城の中を進んだ。


「動きがぎこちないぞ。どうした?」

「いえ、何でもありません」


 なんて言ってはみましたが、実際はあの男に抱かれた時の痛みがまだ全然抜けきれておらず、まともに歩く事もままならない状態であった。

 そんな時、わたくし達の前に仮面を被った黒装束の女性がスゥッと姿を現した。すぐに戦えるように剣を抜こうとしたら、シルヴィア様に制止された。


「警戒する必要はない。この者は、フェリスフィア王国の諜報員だ。エルやフェニックスの聖剣士様の事も、全てこの者から聞いた」

「そうですか」


 どうやら、あの後すぐに行動を起こしてくれたみたいであった。

 楠木殿に救出された次の日の深夜、わたくしは無礼も承知で密かに隠し持った転移石でフェリスフィア王国へと転移した。

 就寝中の女王陛下に申し訳ないと思いつつ、今回の為にシルヴィア様の救出や、楠木殿の亡命の手助けをしていただくようにお願いした。女王陛下はすぐに部隊の派遣と、諜報員をキリュシュライン王国へと送るように命じてくれた。

 話がまとまった所で、わたくしは転移石で再び楠木殿の所に戻った。なお、転移石はとても貴重なものである為、王族であってもたくさん持つ事が出来ない代物。

 なので、楠木殿の元に戻る時に使った転移石が最後の1個で、あとは諜報員の合流を待つだけであった。諜報員から転移石を貰い、シルヴィア様と共にフェリスフィア王国へと送り届ければ、わたくしの悲願は達成される。


「よくぞ、シルヴィア王女様を救出されました。こちらを使って、すぐにフェリスフィア王国へと転移してください」

「感謝します」


 諜報員が差し出した転移石を受け取ろうと、わたくしはそっと手を伸ばそうとした。

 だが、わたくしは失念していた。シルヴィア様がどういう人なのかという事を。

 転移石に手を触れる直前、シルヴィア様によって制止された。


「悪いが、それは受け取れない」

「何故です。シルヴィア様には一刻も早く安全な所へ」

「では、フェニックスの聖剣士様はどうなる。彼は一体どうやって、フェリスフィア王国へといくというのだ。仮に転移石を渡しても、召喚されたばかりの彼が行った事もない所へなど転移できる訳がないだろ」


 シルヴィア様の言う通り。異世界から来た楠木殿が、フェリスフィア王国に入国するには徒歩で行くほか方法がない。もちろん、それはわたくしだって理解している。


「ご心配いりません。吾等の仲間が、フェニックスの聖剣士様の元へと向かっています。安全は保障されます」

「人任せにしろというのか。エルによって手酷く裏切られ、傷心の彼にそんな無責任な事が出来る訳がないだろ」

「シルヴィア様!」


 そう。これが、シルヴィア・フォン・エルディアという人物だ。身内が起こした不祥事は、きちんと自分達で責任を取らなければならない。エルディア王家にはそういう人が多く、シルヴィア様にもそれが受け継がれている。

 求婚を求めてきた相手に剣を向けた時も、国王陛下や妃殿下がしっかりと責任を取ってくれた。尤も、シルヴィア様にはあの者に剣を向ける理由が存在した為、止めはしたがわたくしは仕方がない事だと思っている。

 だが、今回はそうはいかない。


「こんな時に何を言っているのですか!?今優先されるべきは、貴方様の身の安全です!ですから、ここは素直に!」

「貴様が言うな!それにもう王女でも何でもない、私の身の安全なんかに気を遣うな」

「お願いですから、最後くらいわたくしの言う事を聞いてください!」


 何時だってそうだ。

 わたくしや護衛の兵士達が守ろうとしても、「守られてばかりの主君になど価値はない」、と言っていつもわたくし達の制止を無視して最前線に立とうとする。確かに、剣術にも優れていて、魔法もそこそこ使えるのですが、それでも一国の姫君を前に出す訳にはいかなかった。あの特別な魔法が使える為、確かに戦闘能力は高いがそれとこれとは話は別だ!

 わたくしは、貴方の従者として貴方の安全を何よりも優先させなければいけないのです!


「それに、どうしても会わなければならないのだ」

「何故ですか!?そんな運命に、フェニックスの聖剣士様のパートナーに選ばれたという運命に従う事なんて!」

「私を見くびるな!そんな理由だけで彼に近づきたい訳ではない。彼には私が必要であり、私の助けを必要としているんだぞ!」


 もはや何を言っても無駄だと思った。やはり2人は、自然と惹かれ合う運命にあるのだと思い知らされた。

 昼間の大襲撃の前に、わたくしは以前シルヴィア様からお聞きになった聖剣士とパートナーの話を思い出し、恩人である楠木殿を裏切る理由として足ると自分に言い聞かせ、覚悟を決めさせた。

 なのにやはり、シルヴィア様は楠木殿を強く求め、強く惹かれる姿にわたくしは己の無力さを痛感した。


「それでも、貴方様の安全を確保できなければ、わたくしは死んでも死にきれません!」

「フェニックスの聖剣士様の所に行かなければ私が死んでも死にきれない!彼が危険な目に遭い、傷ついているというのに私だけが安全な所でジッとしていられるか!」

「いい加減に!」


 流石に我慢の限界を迎えて強引に転移石を握らせようとした時、諜報員の者に肩を掴まれて止められた。


「おそらく、そういう定めにあるのだと思います。聖剣士とパートナーは、どうしようもなく互いに惹かれ合うものなのです。女王陛下も仰っていたではありませんか」

「…………っ!」


 諜報員にまで諭されては、わたくしはこれ以上何も言い返す事が出来ずに頷くしかなかった。


「では、こちらへ」

「感謝する」

「…………」


 諜報員に感謝しながらシルヴィア様は、城の外を目指して共に走った。


(わたくしはただ、シルヴィア様に戦いとは無縁の安全で幸せな生活を送って欲しかっただけですなのに、彼女に課せられた定めがどうしてそれを許してはくださらないのですか!)


 キリュシュラインに国が滅ぼされる前に、国王陛下やフェリスフィア王国の女王からそれを聞かされた時、わたくしはこの世の終焉にでも直面したほどの絶望を抱いた。


(何故神は、シルヴィア様をお選びになったのですか!こんなの残酷すぎます!)


 シルヴィア様本人はそう思わいないかもしれないが、長年従者をしていたわたくしにとっては祖国の崩壊よりも絶望的な事であった。どうしてシルヴィア様なのですかと、神を呪った程に。

 だからわたくしは、楠木殿がシルヴィア様とお会いできないようにする為にあんな嘘を言い、彼を傷つけてまでお守りしようとしたのに!

 罪悪感は大きかったが、何故シルヴィア様なのだという理不尽な怒りも含まれていたのも事実であった。そんな残酷な運命を背負わせた彼に対する恨みも、確かにあった。


「シルヴィア様」

「何だ」

「何故そこまでフェニックスの聖剣士様、楠木殿に拘るのですか。いくら定められた運命とはいえ、所詮は夢ではありませんか」


 聖剣士とパートナーは、召喚される3年前から夢の中で顔を合わせて、心の内を見せ合い、そうして互いに信頼し通じ合う絆を形成させていく。シルヴィア様もまた、3年前に初めて楠木殿と夢の中で出会ったのだという。シルヴィア様が求婚を断り続けたのもそれが理由であった。

 でも、わたくしにとってはたかが夢。そんな物にこの御方の人生を左右されるなんて耐えられなかった。


「所詮夢だなんて言うな!」

「ですが!」

「だがお陰で彼を知る事が出来た。これまでどんな人生を歩んできたのかも、どれだけ傷付いているのかも、その全てを知る事が出来た。彼はまだ私の事を信頼しきっていない。いや、私だけじゃなく全てを信じられなくなり、今は貴様に裏切られて心が空っぽの状態になっているんだぞ。なのに、そんな彼を見放すなんて私には出来ない」

「しかし!」

「例え周りがたかが夢だと言っても、私は自分に課せられた使命とは別に、彼には私が必要なんだ。パートナーとしても、彼を愛する一人の女としても」

「くうぅ……」


 もはや何を言っても無駄であった。シルヴィア様の意思はとても固く、わたくしごときではそれを揺らがせる事は出来なかった。

 聖剣士となる者には、各自共に戦う異性のパートナーが存在している。そのパートナーは、聖剣士が召喚される前、生まれる前から定められている。その為、聖剣士とパートナーは夢を通して互いに強く惹かれ合う傾向がある。召喚される前に、夢で会わせて事前に絆を深めさせるのが目的なのだ。


「エルに助けられる前にも夢で見た。今回の彼は、凄く悲しそうにしていた。胸が締め付けられるような思いと、全てに絶望して関心を失って虚無感に陥る感覚を私も感じた。今、すごく苦しんでいるのが分かったんだ」

「っ……」


 それはおそらく、わたくしに裏切られたせいだ。

 わたくしのせいで楠木殿は絶望し、その苦しみをシルヴィア様にまで味合わせてしまった。2人の繋がりが、ここまで強いものだったなんて思いもしなかった。

 以前フェリスフィア女王陛下から聞いたが、夢で自分が就くべき聖剣士に抱く感情は、そう遠くないうちに自然に恋慕へと発展していくのだそうだ。2人の運命とは関係なく、将来的に互いが抱くものなのだと。


(聖剣士とそのパートナーが恋仲になって、結婚するという話はかなり有名です。楠木殿より前に召喚された聖剣士様達も、皆がパートナーの方と結ばれました)


 おそらくシルヴィア様も、何度も夢で会っているうちに楠木殿に強く惹かれて言っているのだろうか。

 それでもわたくしは、自分の大切な主を危険な戦いに投じさせる楠木様に対する理不尽な怒りを抱いてしまう。シルヴィア様の素の性格もあるけど、そんな運命を押し付けないで欲しい。

 そんな事を考えながら走っていると、わたくし達は城門の前まで来ていた。


「では私は、引き続きこの国の内部情報を探ろうと思います。ヘッジストーンより南東に進めば、いずれフェニックスの聖剣士様に追いつくと思います」

「感謝する」

「ありがとうございます」

「私達はもう大丈夫だ。感謝する。もう行っても良い」

「では、お気をつけて」


 諜報員は情報収集や、伝達を主な仕事としている為、ここから先は自分達の足で向かうしかない。

 シルヴィア様がお礼を言うと、諜報員はスゥッと姿を消した。


「では、私達もフェニックスの聖剣士様と合流するぞ」

「……はい」



「そうはいきませんわ」



 わたくしとシルヴィア様が城門を出ようとした時、突然後ろから声が聞こえたので、わたくしは剣を抜いて素早く振り返った。城の入り口付近に、たくさんの兵を従えた王と王女、更には他の聖剣士4人が立っていた。


「まさかアナタが、我が国が制圧した最悪の独裁国家、エルディア王国の騎士の生き残りで、捕らえた元王女を助ける為に玲人様に近づいていたなんて」

「よくもそんな出鱈目を!独裁国家はそっちであろうが!」


 今は滅んでなくなった祖国を愚弄され、シルヴィア様が王女に怒りをぶつけた。

 しかし、誰一人として王女の言う事に疑問を抱く事もなく、一人を除いて犯罪者を見る様な目でシルヴィア様を見ていた。その一人というのは、言うまでも無く石澤であった。


「まぁ、そう言うなよ。最悪な独裁国家のお姫様と言っても、あの子の性格まで破綻しているとは限らないだろ。もしかしたら、物凄くいい子かもしれないだろ」


 美人に目がないのか、そんな事を言う石澤。


(こんな軟派な男に、シルヴィア様を触れさせるわけにはいきません!)


 楠木殿ならきっと、シルヴィア様をお守りし、幸せに出来る。この男のクズっぷりと、目ざとくシルヴィア様にまで手を付けようとする姿を見るとそう思えるようになった。

 こんな男に絆されるくらいなら、こんなわたくしを助けて下さった楠木殿の方が何倍もマシだと思えるくらいに。

 そんなわたくしの意志を無視して、石澤は軽々しい態度でこちらへと近づいてきた。


「剣を向けないで。君とその子に剣は似合わないよ。聖剣士である俺が全力で守ってあげるから。だから、こっちにおいで」


 そう言って手を差し伸べて来る石澤だが、わたくしの前に出てきたシルヴィア様が、石澤に対して鋭い眼光で睨み付けながら剣を向けた。


「それ以上近づくと、聖剣士と言えど斬り殺すぞ」


 堂々として、ハッキリとした拒絶を示すシルヴィア様。それでもお構いなしに近づき、声を掛けて来る石澤。


「そんなに怯えなくていいよ。俺達がいれば魔人共なんて恐れる事は無いし、君が剣を持つ事なんてない。君がそんな事をする必要はないよ。だから、こっちにおいで」


 そう言って石澤がシルヴィア様の方に触れようとした瞬間、


「私に触るな!」


 触れる直前にシルヴィア様は石澤の首に剣を向けた。すぐに後ろに待機していた、ユニコーンの聖剣士の女性に止められたが、いきなり剣で攻撃されると思っていなかった石澤は少し動揺していた。

 無理もなかった。シルヴィア様は、本気で石澤の首を刎ねるつもりで剣を振ったのだから。


「今本気で石澤君を殺そうとしたでしょ!」

「当然だ。こんな頭の中がお花畑の軟派男を、聖剣士として認める事なんて出来ない」


 そう言ってシルヴィア様は、空いている左手を前に出した。


「出てこい、ファングレオ!」


 次の瞬間、左手の前に魔法陣の様な物が現れ、そこから白色の白鳥の様な翼を生やした白銀の(たてがみ)を生やした大きな獅子が飛び出し、石澤とユニコーンの聖剣士に襲い掛かった。


「「っ!?」」


 寸でのところで2人とも後ろに下がり、王女と王のいる所まで戻った。


「何が起こった!?さっきまであんな魔物いなかった筈なのに!」

「あの女が呼び出したの?」


 驚く2人を他所に、シルヴィア様は自信が召喚した翼を持った白色の獅子、ファングレオに跨った。


「気を付けて下さい、聖剣士様。あの女は契約を交わした魔物を召喚させる事が出来る、召喚術という特殊な術を使ってきます」


 警戒心剥き出しに、王女はシルヴィア様に剣を向けた。

 そう。これこそが、この世界でシルヴィア様だけが使える特別な術。浮かび上がらせた召喚陣の中に、自分の呼びかけに答えた魔物を従えさせ、手懐けて契約を交わして従える魔法だ。

 そして、その魔物の名を強く叫びながら呼ぶと召喚陣が浮かび上がり、目の前に召喚されるという魔法だ。

 先述の通り、この魔法を使えるのはシルヴィア様ただ1人だけだ。その力を目当てに、多くの国の王子や貴族の御曹司達が求婚を申し込んできた。以前、シルヴィア様が剣を向けたという男も、シルヴィア様の力を軍事利用しようと企んでいた事が分かり、それを見抜いたシルヴィア様の逆鱗に触れた事で殺されそうになったのだ。

 あの王と王女も、そんなシルヴィア様の価値を分かっていた為殺す事が出来ず、逃げられなくする為にあんな地下牢に閉じ込めたのだ。どの国の地下牢でもそうだが、あぁいう所には魔法を封じる術が施されていて、受刑者を脱獄させなくしているのだ。


「やはりあの力は脅威だ」

「えぇ。お父様の術が効かないだけでも厄介なのに、本当に面倒だわ」


 王と王女は小声で呟いているが、唇の動きから何となくそう言っているのが分かった。

 もう一つの特別な力?は、シルヴィア様は幼少の時からあらゆる呪いに対する強い耐性を持っていて、呪いを掛けられたり洗脳術を掛けられたりすることが決してないのだ。そのお陰か、シルヴィア様にはあの2人の何かしらの呪いを使った洗脳が通じないのである。

 そんなシルヴィア様の特別な力を目の当たりにし、4人の聖剣士は驚きを隠せないでいたが、1人はすぐに目を輝かせていた。言うまでも無く、石澤であった。


「スゲェ!召喚術師だ!チョーレア職業じゃん!その上、あんなに美人でナイスバディな女の子が、俺の仲間になってくれると思うと、胸が高まるぜ!」

「誰が何時、貴様みたいなゲスの仲間になるか」


 可愛い女の子は全て自分の物と思っている石澤に、今にも突き刺してきそうな鋭い眼光で睨み付けるシルヴィア様。彼女が人に対してあんな目付きをするのは、その人物に対して強い嫌悪感を抱いていて、隙あらば殺しかねない時である。


「悪いが、私はこれから行く所がある。邪魔をするな」

「そうはいかないわ。アンタを逃がす訳にはいかないのよ」

「それに、貴様がここで今逃げれば、人質にされているソナタの家族の命がないぞ」

「卑怯です!」


 卑劣な事に、王はシルヴィア様を何としても手中に納めたいが為に、国王様と王妃様、更には兄上や2人の姉までを人質にして戦意を削がせて捕らえたのだ。だからシルヴィア様は、祖国が崩壊してからずっとあの地下牢に閉じ込められていたのだ。本来なら、あんな王の兵が相手でも捕まる事は無いのに。

 だけどシルヴィア様は、以前とは違い毅然とした態度で王に反論をした。


「それがどうした。口の軽い兵士のお陰で知ったが、お父様とお母様、更にはお兄様とお姉様はとっくに処刑されているのでしょ。もうその手には引っかからないぞ」

「なに!?」


 それを聞いた王は、物凄い剣幕で後ろに控える兵士達を睨んだ。どうやら、知らなかったみたいだ。対して兵士達は、そっぽを向いて動揺するばかりであった。どうやら、兵士達が勝手に処刑を行ったみたいだ。


「それは本当なのですか?」


 にわかに信じ難い事実に、わたくしは小声でシルヴィア様に尋ねた。


「口から出まかせだ。だが、それに動揺するという事は事実なんだろう」


 ただのハッタリであった。

 でも、お陰でシルヴィア様があの王の脅しに屈する事はもうない。シルヴィア様にとっては辛い事だけど、それ以上にあの王が憎いのだろう。今まで見せた事も無い様な目付きで、王を睨んでいた。


「クソ!捕らえろ!絶対に逃がすな!」


 シルヴィア様を縛るものを失った事を知った王は、物凄い剣幕で兵に命令を下した。聖剣士たちも、それぞれシルヴィア様に襲い掛かってきたが、シルヴィア様は4人の猛攻をアッサリと凌いで見せた。

 だが、こんな所でもたついていてはいずれ捕まる。

 わたくしはもう、後悔をしたくない!


「シルヴィア様、どうかお逃げください」

「なら飛び乗れ!」

「いいえ。あなたお一人で行ってください!」

「何を言って!」

「いいから行ってください!貴方様には、会わなければならない人がいるのでしょう!だったら、わたくしなんかに構っていないで早く行ってください!」

「しかし、エルを置いては!」

「いいから行ってください!何で何時もわたくしの言う事が聞けないのですか!」

「私に貴様を見捨てろというのか!」

「そうです!わたくしは罪を犯しました!その償いを行う為にも残らなければならないのです!」

「だからと言って捨てて置いておくには!」

「最後くらい言う事を聞いてください!これ以上わたくしに、後悔を抱かせないでください!貴方様にまた捕まっては、わたくしは死んでも死に切れません!行けぇ!」


 最後は命令口調になってしまったが、そんな事はもうどうでも良い。彼女さえ逃がす事が出来れば、わたくしに思い残す事は何も無いのだから。


「…………っ!ファングレオ!」


 数秒考えた後、シルヴィア様はファングレオに指示を出し、空高く飛び上がり、あっという間に地平線の彼方へと飛んでいった。


「あぁ!行っては駄目だ!」


 石澤の言葉も虚しく、シルヴィア様とファングレオの姿はもう見えなくなってしまった。


「シルヴィア様にとっては、苦渋の決断なのかもしれませんが、それで良いのです。わたくしはこれから、地獄に行くのですから」


 その言葉の直後、わたくしの身体に無数の槍が突き刺さった。焼け付ける様な激痛と共に、わたくしは思った。これも天罰なのだと。

 楠木殿を裏切った事で、わたくしは石澤の様なゲスに大切なものを奪われ、更にはこんな所で無様な死に方をするなんて。

 でも、それでも構わない。

 わたくしが忠誠を誓ったシルヴィア様を助け出す事が出来て、もう何も思い残す事は無い。

 不本意ですが、後は楠木殿に託します。


「シルヴィア様を、お願いします、楠木殿……」


 そのすぐ後、エルは大量の血を吐きながら命を落とした。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇




「すぐに兵を揃えよ!脱獄者を他所の国に逃がすな!」

『はっ!』


 エルの亡骸を近くで確認した後、王は怒鳴るような声で兵士達に命令した。勝手に人質を殺す馬鹿な兵士に対する怒りはあったが、今はそんな事を言っている場合でもなかった。


「聖剣士様達もお願いします。あの女は危険な存在です。召喚術師を失うのは大きな痛手だが、致し方ない」

「「「分かりました」」」

「そんな……」


 石澤だけ腑に落ちないと言った感じではあったが、4人はすぐに城に戻って出発の準備を整えに行った。


「お父様の命令に背いて、勝手に人質を殺すなんて」

「わしの術が解けていたとも思えない。おそらく、その一部始終を見ただけなのだろうな。もしくは、兵士に成りすました誰かが処刑したのだと思う」


 いずれにせよ、報告を怠った事に対する罰はしっかり受けてもらわなければいけないと思った。


「まさか、誰かが兵士に成りすまして勝手に人質を処刑したのでしょうか?」

「分からぬ。あるいは、誰かが兵士を操って処刑を実行させたのか。いずれにしよ、見つけ次第その者を即刻処刑しなければならない。誰の差し金なのかは知らぬが」


 そんな王と王女のやり取りを、不敵な笑みを浮かべながら走り去る1人の女性がいた。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇




「…………全然眠れなかった」


 ヘッジストーンに転移してから3日が経った夜、いや、月が西に傾いているからもう4日目か、俺はエルに裏切られたショックから抜け出せず、眠る事が出来ないでいた。だが、不思議と眠いとも苦しいとも思えなかった。


「梶原の時も、数日も立ち直れなかったな。まったく、女々しすぎるぞ」


 アイツは石澤に近づく為に、石澤にある事ない事を勝手に吹き込ませ、俺の事を犯罪者に仕立て上げた。それに便乗して、何の疑いもなく梶原の言う事を鵜呑みにしただけでなく、事を大きくさせて自分を英雄として祭り上げた石澤も許せないが。

 だけど、それ以上に信じていた相手に酷い形で裏切られ、更に陥れられてしまったのだからショックはかなり大きかった。

 エルの時は俺の方に落ち度があった。

 何処の誰とも知らない人の言う事を信じてしまい、怪しい行動をとった相手の言葉に少しでも気を許してしまった。今思えば、聖剣士の誰かに近づく為に俺を利用したかっただけなのかもしれないな。

 やはり、誰も信じてはいけなかった。そのせいで俺は、また傷つく事になった。


「どうせ寝られないのなら、さっさと先に進んじまうか」


 寝るのをやめて、俺は荷物をまとめる作業に入った。

 そんな時、


「野宿する際は、必要な時以外は焚火の火は消しておかなくてはいけないわ。敵に自分の位置を教える事になるから」


 突然聞いた事のない女性の声が聞こえて、俺はファインザーを抜いて辺りを警戒した。


「すぐに周囲の警戒に入るのはいいけど、敵が周囲にいるとは限らないわよ」

「なっ!?」


 あり得ない所から声が聞こえ、俺はその声のする方に顔を向けた。そのあり得ない所というのは、頭上であった。

 満月をバックに、鳥の翼を生やした白色の獅子に跨った1人の少女が目に映った。


「まさか、上からくるとはな」


 俺はファインザーの切っ先を向けるが、正直言って完全に盲点であった。日本での感覚が抜けきれなかったせいか、未だにそういう危機感が薄い自分を恥じるばかりであった。


「そんなに警戒しなくてもいいわ。私はあのクズ王の手のものではないわ」

「そう言われて、「はいそうですか」と言って信じると思うか」

「それもそうね」


 少女を乗せた白い獅子は、俺の目の前へと降下していき、ゆっくりと足音を立てずに着地した。

 そして少女は、長い金髪をなびかせながら獅子から降りた。

 その少女の姿を見た瞬間、俺は思わずファインザーを下げてしまった。


「あん、た、は……」

「私は初めてという訳でもないんだけど、一応、初めましてかしら。シルヴィア・フォン・エルディアと言います。貴方にお会いしたかったです、フェニックスの聖剣士様」

「あ……」


 その少女には見覚えがあった。ボロボロの布切れを胸と腰回りに纏って、大事な部分を隠しているという以外は夢で見た少女にそっくりであった。

 いや、夢の少女本人であった。


「楠木、竜次だ」


 まさかの本人の登場に、俺は思わず間の抜けた声で名前を言ってしまった。

 たぶん今、呆けた顔をしているだろう。




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