69 ボスとの対面
「さて、これを素通りって訳にはいかないよな……!」
「放って置く訳にはいかないでしょ!明日には元の姿に戻っているなんて保証なんて無いわ!」
「根拠も何もない。希望的観測でよくもまぁ語ってくれたわね!」
実の父親によって不死身の怪物にされたシャギナは、依然として虚ろな表情を浮かべたまま俺達から目を離さなかった。
一見虚ろに見えるが、俺達がちょっとでも動くと即座に攻撃を仕掛けてきそうであった。
(一番手っ取り早いのは、シャギナを元に戻す事なんだが……)
ここまで身体が変質してしまうともう手の施しようがなく、人間として普通の生活を送る事が出来なくなってしまう。
そんなシャギナを元の人間に戻すとなると、間違いなく代償が発生してしまう。俺とシルヴィに関する記憶、もしくは記録が無くなってしまう。それがどうでもいい相手や、見知らぬ人ならまだマシだが、これが親しい間柄だと絶望がかなり大きい。
本格的に願う前に、お試し感覚で願ってみた。
―――この願いを発動すると代償が発生します。
やっぱりそう来たか。
―――その内容は、貴方とパートナーと親しくなった人間全員から2人に関する記憶が抹消されます。
最悪な内容だ!
よりにもよって、俺とシルヴィと親しい間柄の人間だけをピンポイントで狙うなんて!しかも、一度記憶を失うと再びその人達と関わりを持つ事が出来なくなり、存在自体が認識されなくなってしまうから更に最悪だ!俺だけでなく、シルヴィまで代償を支払わなければならないから二重に最悪で、代償を発生させる願いに良い事なんて何一つ存在しない!
(今はお試し感覚で願っているから恩恵は暴走しないが、今のこの状況を考えるとどうしても揺れてしまう!)
シャギナは国際指名手配犯であると同時に、ドラゴンの聖剣士の石澤の正規のパートナーでもある。
何とかならないのか!?
せめて、シルヴィに関する記憶が皆から無くならない方法は無いのだろうか!?
恩恵を使ってそれをどうにか出来ないだろうか!?お試し感覚で願ってみた。
―――ありません。聖剣士とパートナーは常に一心同体です。例えパートナーの契約を切っても、聖剣士が受けた代償はパートナーにも発生します。例外はありません。
頭が固すぎだろ!
(そこを何とか出来ないのか!?俺1人だけが苦しむのならまだ良いが、シルヴィまで巻き込まないで欲しいぞ!)
―――不可能です。いかなる理由があろうと、代償が発生する願いを行使するのであれば、その代償は貴方だけでなくパートナーも必ず受けなければならないのです。これが、聖剣士である貴方と、貴方のパートナーに選ばれた彼女、シルヴィア・フォン・エルディアの天命なのです。彼女だけ代償を支払わないなんて事は、決してあってはならないのです。
あまりにも残酷で無慈悲な回答に、俺は全身の血液が沸騰する程の怒りを感じた。
(俺だけじゃなく、シルヴィのその後の人生まで縛り付けるなんて、何が聖剣士とそのパートナーだ!聖剣士とパートナーという名の呪いで、俺達を縛り付けているだけじゃないか!)
デオドーラの洞窟に着くまでは、代償が伴う願いを叶えなかったから気楽な気分でいたが、こんな残酷すぎる運命を聖剣士だけでなくパートナーにまで強要するなんて!
あまりにも理不尽な内容に怒りで身体を震わせていると、シルヴィが俺の肩にポンと手を置き、顔を近づけて耳元で囁く様に言った。
「怒らないで。私はあなたのパートナーとして生まれた事を、後悔した事なんて無いわ」
「シルヴィ……いや、だけど……」
「竜次の気持ちは嬉しいけど、そのせいで竜次1人が苦しむのは私も辛い。私の事は気にしないで、代償が必要な願いを叶えたいときは先ず私に相談して。それから竜次に力を貸すわ」
「それでも……!?」
「良いのよ。竜次が苦しんでいるのなら、その苦しみを半分私も共有してあげる。デオドーラの洞窟で最初に代償を支払った時から、その覚悟は出来ているわ」
「シルヴィ……」
彼女の強すぎる意志に、俺は自分の情けなさに怒りを抱いた。自分も辛い目に遭うと分かっておきながら、それでもこんな俺の為に尽くしてくれるなんて、本当に俺には勿体なさすぎるくらいに素敵な女性だ。
「それに、あんな姿になったらもう人間の世界には戻れないわ。死もまた救いよ」
そう言ってシルヴィは、再び丸テーブルに飛び乗った。その瞬間、シャギナは両腕を伸ばしてシルヴィに攻撃を仕掛けてきた。右手は脇差と一体になり、身体と一体となっていた。左手はボコボコと泡立つように膨張し、それが弾けるとその中から黒色の歪な形をした剣の刃が出てきた。
「シルヴィ!」
「竜次はそこにいて!私1人で大丈夫よ!」
応援に駆け付けようとした俺を、シルヴィが強い口調で制止させた。シャギナに関しては、どうしても自分の手で決着を付けたいみたいだ。
丸テーブルに乗ったシルヴィは、シャギナの猛攻を躱いながら突き刺さったままのファインザーの所まで駆け寄り、勢いよく引き抜いた。
「ふっ!」
引き抜くと同時に、シルヴィは伸びてきたシャギナの両腕を斬り落とした。だが、腕を斬り落としたくらいでは相手を殺す事は出来ず、あっという間にシャギナの両腕は再生してしまった。 それも、両手を黒い剣に変えた状態で。
「やっぱり死ぬ程の致命傷を与えないとすぐに再生するか!」
すぐに状況を把握したシルヴィは、シャギナの伸びる腕による猛攻を躱しながら近づいていった。それと並行して、何度もシャギナの腕を斬り落としていったが、その全てが一瞬で再生してしまった。
「諦めろ。お前に私は倒せない。今の私は死ぬことが無い。素晴らしい身体になったのだ」
「死なない事は良い頃ばかりじゃないわ!苦痛は普通に味わうから、痛いわ、苦しいわで最悪だし、死を克服する事は自然の摂理に反する行為よ!限りある命の中でこそ、生き物は輝くもの!死なない事は、終わりのない闇に踏み入れる事になる!実際に死なない身体になって、私と竜次はそれを実感したわ!」
「シルヴィ」
確かに、死なない身体になってしまった事で、俺は無茶な特攻を仕掛けても傷を負う事も、死ぬ事は無くなってしまった。
けれど、だからと言って痛みと苦痛まで感じないのかと言ったらそうでもない。それによって俺は何度も苦しい思いを味わってきたのだから。
だが、今の俺はそれが悪い事だとは思わない。
(魔剣になった当時の王子は、その痛みと苦痛さえも感じさせなくさせようとしていたみたいだが、それが無くなると相手の痛みや苦痛を理解してあげられなくなってしまう。そうなると、相手を思いやる気持ちそのものが無くなってしまう。肉体的にも、精神的にも)
痛みを感じられるからこそ、相手にどんな事をすると傷つくのか、苦しい思いをするのかを考えてあげる事が出来る。そこから、相手を思いやる気持ちに繋がるのだから。
今のシャギナの様に、痛みも苦痛も感じられなくなってしまうと、それが理解できなくなってしまうのだから相手がどんなに傷ついても優しくしてあげようと思えなくなってしまう。人としての理性と感情を、失ってしまうのだ。
「無駄だと言っている。いくら腕を斬り落としても、私は痛みも感じないし、すぐに元に戻る」
そんなシャギナは、未だに丸テーブルの真ん中に立ったまま一歩も動かず、伸びる腕のみでシャギナを攻撃していた。
身体が変わったばかりで意識が朦朧としているのか、顔からは生気が感じられずずっと虚ろな表情であった。感情はおろか、理性も何もかも失っていて、相手を殺すという本能だけでシルヴィと戦っているように見えた。
もう人間の世界に戻れない事が、見ただけでハッキリと分かる。
「だからもう、こうするしか方法が無いのよ!」
シャギナの目の前まで接近した直後、シルヴィはシャギナの心臓に向けてファインザーを突き刺した。にも拘らず、シャギナは表情一つ変えることが無かった。
(ダメなのか!?)
なんて思っていると、シャギナは口から血を吐き出し始め、伸びた腕が落ちてだらんとしていた。
「父と母、兄上と姉上達の仇!」
シルヴィがファインザーを引き抜いた瞬間、シャギナは背中からバタンと倒れて動かなくなった。
「シルヴィ!」
慌てて丸テーブルに飛び乗り、シルヴィの所へと駆け寄った。
「はぁ……私、勝ったのね……」
「ああ。家族の仇を討ったんだ」
「あああぁ……」
仇を討てて満足したのも最初の一瞬だけで、その後シルヴィは何だかつき物が落ちたみたいにぼんやりとしていて、俺の問い掛けに対しても短く答えるだけでそれ以上の反応は無かった。
「シルヴィ?」
「ごめん……これで気持ちが晴れると思ったけど、実際に討つとどうしようもない虚しさを感じる……」
「…………」
ウェブ小説だと、復讐を達成した主人公達はどうしようもない程の達成感と高揚感を感じ、喜びを露わにしていたものだ。
だが、実際に復讐を達成したシルヴィは達成感を感じた筈なのに、それを一瞬だけ感じた後はただただ虚無感を抱くばかりで、気力そのものが無くなっていた。
「これはマズいかもしれないな」
完全に気力を無くしてしまったシルヴィは、ぼんやりとするばかりでなかなかその場から動こうとはしなかった。このままでは、魔人との戦いや大襲撃にも影響が出てしまう。
だが、今はここで立ち止まって説得している場合ではない。
「とりあえず行くぞ。話は後で聞いてやる」
「……うん」
出来るだけ優しく声をかけて、シルヴィに一緒に来てもらうように言った。
「話は済んだ?だったら急いでいくわよ。ボスは最上階だ」
先に扉の前まで来たシェーラ達を先頭に、俺達は再びボスのいる部屋を目指して走り続けた。部屋を出る前に、キガサが取り出した注射器を踏みつけて、中身の薬を軽く燃やした。ちなみに火はちゃんと消しました。
階段を駆けの上がっている間にも、何人かのスルトの下っ端達と遭遇したが、シェーラの護衛をしていた黒装束達によって気絶させられていった。
こんな時、俺がレイリィに指示を出せたらどんなに楽なのかと思う。
レイリィは今もここにいて、しかも今俺達と一緒に階段を駆け上っているのだから転移したらいいのではと思ったが、今のシルヴィではレイリィにちゃんとした指示を出す事が出来なかった為それが出来なかった。
(レイリィには悪いが、このままあと7時間半くらい何もせずに居座ってもらうしかないな)
シルヴィにシャギナを討たせたことが、こんな形で仇になるとは想像もしていなかった。契約魔物は、契約した人間の指示しか聞かない。その為、俺がいくらレイリィにお願いしてもレイリィは俺の指示を聞いてくれない。シェーラや黒装束達でも同じ。
そんなレイリィに対する申し訳ない気持ちと、俺の指示を聞いてくれない事に対する苛立ちの両方を抱きながら走り続けると、ようやく最上階へと辿り着いた。
着いてすぐに俺は前に出て、豪奢な装飾が施された扉を蹴破って中に入った。部屋に入ると、中央に置かれた机にもたれる80代くらいの老人が腕を組んで俺達を睨んでいた。
「よく来たな。まさか、シェーラが組織を裏切るなんて予想もしていなかった。しかも、怨敵でもあるフェニックスの聖剣士を引き連れてくるなんてな。これはまたビックリだ」
「アンタが、スルトのボスか?」
「いかにも。改めて自己紹介といこう。オルガ・ヴェン・マルガハン。この国の国王になる男だ」
「何言ってんだ。シンから聞いたが、アンタは王位継承権を剥奪されたんだろ」
「過去の話だ。今の私には最強の兵士達と、最強の魔物軍団がある。それらがあれば、無能な兄の家族からこの国を奪う事だってできる」
「あれから60年以上も経っているのに、まだそんな野心を抱いているのかよ」
80歳を超えた爺さんが、まるで子供みたいな幼稚は考えでこの国を乗っ取って新しい王になろうと考えていた。
「アンタももう80を超えているんだから、いい加減王位に執着するのはやめろ。みっともないだけだ」
この世界の人間の平均寿命はおよそ75歳。
医療魔法でも死にかけている人を救う事は難しく、医療技術が地球よりもずっと劣っているこの世界にしては割と長生きな方だ。
しかも、目の前にいるマルガハン公爵は80歳を超えていて、この世界ではかなりの長寿だ。地球では人生100年時代なんて言われているけど、この世界の人達の中で100歳どころか85歳まで生きた人は一人もいない。
そんな老い先短いこの男が王になっても何の意味もない。
だけど、この男は人を見下すような態度で腰に提げてあった剣を抜いた。
「みっともないのは兄上とその愚息どもさ。アイツ等の甘ったれた政治体制のせいで、この国の戦力は他国に比べるとそんなに高くないものとなった」
「そんなに低くないでしょ」
「若いシェーラには分からないだろうが、キリュシュラインやジオルグの様により強い力を持った国が領土を広げ、世界一の大国としてこの世界の頂点に君臨できたのだ!彼の国に出来て、我が国に出来ない道理などない!そして、私にはそれが出来る。この国を、キリュシュラインやジオルグをも超える世界最強の軍事国家にする事が!それが成し遂げられれば、私はこの国の、いや、この世界の王として君臨する事が出来る!この世界でただ一人、それが許され、歴史に名を刻む事が運命付けられた選ばれた人間なのだ!」
いい歳こいて訳の分からない妄想を垂れ込むマルガハンに、俺とシェーラは呆れてものが言えなくなった。
そもそも、キリュシュラインやジオルグを基準に考えるなんてどうかしている。この国を独裁国家に変えるつもりなのか?
「それなのに!」
自分に酔いしれていたと思ったら、今度は激しい憎悪を露わにして大きな声で怒鳴る様に言ってきた。
「それなのに!父上も母上も、そんな私の素晴らしき理想を全く理解しようとはせず、挙句の果てに捨て駒共に身の程を教えさせただけでこの私から王位継承権を剥奪した!こんな事が許されると思っているのか!」
「ちょっと待て!捨て駒ってまさか、この国の人達の事を言っているのか!」
「当然だろ!奴等は卑しいゴミムシ共だ!薄汚くて、無能で、生きている事そのものが無意味な虫など捨て駒以外に何の役に立つというのだ!」
「アンタは!」
そんなマルガハンの異常性に気付いた当時の国王夫妻は、マルガハンから王位継承権を剝奪させてその暴走を抑えようとしたのだろう。処刑させなかったのはせめてもの恩情だったのかもしれない。
だが、それが逆にこの男の野心と憎しみに火を点けてここまで狂ってしまったのか。この男の野心と、王位に対する執着が尋常じゃない。自分が間違っているかもなんて、一瞬も頭を過ぎっていない。
「結果的にその判断は正しかったという訳か」
「何を言っている。この私を廃嫡させた事こそがそもそもの間違いであり、私を王にしなかった事がこの国の最大の過ちなのだ!」
「その考え方自体がそもそもの間違いなんだ」
「うるさい!やはりお前は、私の最大の悲願を達成させる上で最も邪魔な存在だ!私が作った改造魔物をたくさん葬ったフェニックスの聖剣士!お前だけは許せない!」
そんな理由で俺を邪魔者扱いしてきたのか。何処まで狂ってるんだ。
「魔人騒動と大襲撃がある中で、聖剣士を排除しようなんてどうかしているわ」
「そんな事知った事ではない!私がこの世界の王にさえなればそれで良いのだ!それに、完璧な軍備を整えれば魔人や怪物軍なんかに恐れる事は無い!この私がいれば、この国を最強の帝国に生まれ変わらせる事が出来る!」
シェーラの言葉にも全く耳を傾けず、魔人や大襲撃の恐ろしさを過小評価し過ぎて、どうにかすれば倒せるだろうなんて根拠もない自信にあふれていた。
「やっぱりアンタは異常だ。ここで食い止めないといけないみたいだ」
「止められるのか?神に選ばれたこの私を」
顔を醜く歪ませ、俺達を嘲笑うような態度を取るマルガハンは懐から黄色い液体が入った注射器を2つ取り出し、その内の一つを自分の首に刺して注入した。
「お前!?」
「この薬は、キガサが作ったとは別のものだ!筋力を増強させ、身体の老化まで抑えてくれる優れものだ!」
「ただし、傷つけば瞬時に再生する訳でもないし、痛みも感じるし、致命傷を負えば死ぬ事だってある、でしょ」
「流石はシェーラだ!だが、そこにキガサが作ったあの薬を投与すれば、私は永遠に死ぬ事なくこの世界の王として永遠に君臨し、この世界に巣くうゴミクズどもを死ぬまで奴隷のようにこき使ってやる!永遠にな!」
投与してすぐ、マルガハンの外見が若返っていき、あっという間に20代前半の若い姿へと変貌した。
「でもそれ、12時間もすれば効果が無くなって元の姿に戻っちゃうのでしょ」
「その心配ならもうない!キガサが作ったこれも投与すれば全て解決だ!」
「ちょっ!?」
「馬鹿よせ!」
「この薬は、キガサが作った奴を私の完璧な頭脳を持って改善させた完成形だ!これで私は、あんな醜い化け物にならずに済む!」
俺とシェーラが止める間もなく、マルガハンはキガサの作った薬物を注入した。
「神に選ばれた私なら大丈夫!大丈夫!」
大丈夫を連呼しているが、その姿は魔人と言っても遜色ない程の姿に変貌していった。
(大丈夫だと言っているが、やっぱり魔人へと変貌していったじゃないか!)
ネズミを使って実験したのかもしれないけど、だからと言ってそんな危ない薬が人間に何の影響も与えないとも限らないだろ。人体実験にしろ、その時だけは変貌しなかっただけで部屋を抜けた後で変貌した可能性だってある。
「何で自分は大丈夫だなんて楽観的に考えられるんだ!?」
「私もそれが不思議でならないわ!そんな姿になって、そんなにも王になりたかったの!?」
「私こそが、この世界の王に相応しいのだああああああああ!」
自分が変貌したという自覚が無いのか、魔人となったマルガハンはとんでもない速さで俺達の目の前まで迫り、俺の首に目掛けて剣を振り下ろしてきた。
「くっ!」
咄嗟にガードしたものの、力負けして弾かれてしまい、結局は首にも食らってしまった。
(クソ!こんな身体じゃなかったらとっくに首と胴体が離れ離れになっていたぞ!)
「竜次……っ!?」
「この、クソジジイ!」
焼かれるような激しい痛みに耐えながら、俺はマルガハンの腕を掴もうと手を飛ばした。
が、その前にマルガハンは机があった所まで一瞬で下がって剣を構えていた。
「何故首が斬れない!?」
「さっきから聞いていれば、要は自分を王にしなかったこの国に復讐がしたかっただけだろ!」
そう。これは、オルガ・ヴェン・マルガハンという一人の男の復讐に過ぎない。最強の軍事力だの、世界の王だの世迷言を言っているが、その本心は自分を王にしなかったこの国に復讐がしたかっただけだ。
そんなくだらない理由の為にスルトを組織し、多くの犯罪行為を世界中で行ってきた。それをする事で、自分の能力の素晴らしさを世界中に誇示しようとしてきた。
そんな俺の話も聞かず、マルガハンは何か納得したような顔で頷いていた。決して、俺の話を理解した訳ではないのはすぐに分かった。
「なるほど、お前も死なない身体を手に入れてたんだな」
やっぱり俺の話なんて聞いていなかった。
この男にはもう、何を言っても無駄の様だ。
「生憎、俺は望んで死なない身体になった訳じゃない」
「何故だ?死なない身体になれるなんて素晴らしい事ではないか。老いる事も、苦しむ事も、死ぬこともないんだぞ!」
「何が素晴らしいだ。そんなのはもう人間ではない。限りある命の中でこそ、生き物は初めて輝くものなんだ」
「死を克服する事の一体何が悪いと言うんだ!」
自分の意見が否定されたと思ったのか、怒り狂ったマルガハンは再び俺に接近して剣を振り下ろしてきた。
「私こそが、この世界の王として永遠に君臨する事が許された、選ばれた人間なのだ!」
再び攻撃を食らう前に俺は、聖剣を抜いてマルガハンを斬ろうとした。
だが、俺が聖剣を抜く前にマルガハンの首にシルヴィがファインザーで突き刺していた。
「あああぁ……!?」
「シルヴィ!?」
「竜次は、誰にも傷付けさせない!私には、私にはまだ戦う理由がある!」
「小娘が……!」
「私は、竜次のパートナーだから!これ以上、竜次を苦しめるのは許せない!」
「ムカつく女だ!」
ファインザーで突き刺されてもすぐに死なないマルガハンは、シルヴィの背中を突き刺そうと剣先を向けてきた。
「させない!」
マルガハンがシルヴィを突き刺す前に、俺も聖剣を抜いてマルガハンの眉間に突き刺した。眉間を突き刺された事で、マルガハンの動きがピタリと止まった。
「あああぁ……!?」
「呆気ない最後だったな」
「当然よ。力と欲望に溺れた結果、本来の力を出し切る事もないまま死ぬのだから」
「死ぬ……私が……死ぬ………死………………」
2~3秒黙った後すぐ、マルガハンは目を大きく開き、大きな声で騒ぎ出した。
「嫌だあああああああああああ!死ぬのは嫌だああああああああああ!嫌だあああああああああああ!」
まるで駄々をこねる子供の様に喚き散らし、剣で何度も俺とシルヴィの背中を突き刺していった。刺さる訳が無いのだから、叩かれたと言った方が良いのかもしれないが、どちらにしても死ぬほど痛い。
「クソ!暴れるな!」
「誰だって死ぬのは怖いわよ!でも、そんな中でも人間は必死になって生きているのよ!」
「お前は楽な方に逃げているだけだ。痛い思いも、苦しい思いもしたくないのは分かるが、それを感じられなくなった人間は果たして人間と言えるのか!?」
痛い思いも、苦しい思いもしたくないというのは人間なら誰しも思う事だが、実際に生きていけばそれらは絶対に避けて通る事が出来ないのだ。
肉体的にも、精神的にも痛い思いと苦しい思いは絶対に味わう。
だが、それらを味わったからそこその痛みを理解してあげられ、他人を思いやり助け合う事も出来るようになる。
痛みも苦しみも無くなると、相手がそれに苦しむ理由が分からず、相手の気持ちを理解してあげる事が出来ないから非道な行いをする事がある。
「お前はただの弱虫だ!弱い自分を認める事が出来ずにいるから、他人を虐げる事で自分の弱さから目を逸らして、自分は神に選ばれた人間なのだと思い込もうとしていたんだ!」
「違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違い違う違う違う違う違う違う違う!」
「「いい加減、認めろ!」」
俺とシルヴィは、更に聖剣とファインザーを深く突き刺していった。
「違……う…………私こそが……王に……相応しかった…………私……こそが……選ばれた人間……なのだ…………私…………」
やがてマルガハンの動きが鈍くなり、俺とシルヴィが聖剣とファインザーを引き抜くと同時に背中からバタンと倒れて絶命した。
80歳を過ぎても、王位に異常なまでの執着を抱き、自分を認めてくれなかった王家に復讐する為だけにスルトを組織し、自分の素晴らしさを誇示する為だけに犯罪行為をたくさん繰り返してきた。その犯罪行為をもみ消す事に自身の能力を生かし、この国を乗っ取って支配する為に自分の残りの人生を全て費やしてしまった。
そんな憐れな男の生涯は、本来の力を発揮する事もないまま呆気なく終わってしまった。本当に、王位継承権を剝奪され、公爵家に婿入りしてからの60年間も無駄にしてしまった。
「本当に呆気なかったな」
「まるで、黒い方の未来の姿だね」
「石澤もこうなるって言うのか」
でも確かに、デゴンもそうだがマルガハンもいろんな意味で石澤と似通っている部分がある。思い込みが激しい所と、自分に都合の良い事しか見ない所と、自分が選ばれた人間だと思い込んでいる所が凄く似ていた。
このままいくと、石澤もマルガハンの様な破滅の道を進む事になるというのだろうか。
「ま、何にせよドラゴンの聖剣士はもう終わりね。なんせ、正規のパートナーであるシャギナを失ってしまったんだから。あの男が、聖剣士としての本来の力を発揮する時は、未来永劫訪れないわね」
「そうだな」
シェーラの言う通りである。
本来なら、召喚される前にパートナーが死んでしまった時の為に、自分の意志でパートナー契約を行える「呪い」が存在するのだが、石澤の場合はその相手が1500人以上もいるのだ。力が分散し過ぎて、逆に本来の力を引き出せなくなってしまっているのだから。
「何にせよ。これでようやく全てが終わったわ。私はここで引き上げるわ。証拠は私の屋敷に全て用意してある。これが私の屋敷の地図」
そう言ってシェーラは、ポケットからここから屋敷までの道のりが記された地図を俺に渡した。
「じゃ、私はジオルグに逃げるわね。代理とはいえ、今は私があの国の代表なのだから、あまり長い時間留守にする訳も行かないし」
にこやかに俺達に手を振りながら、シェーラは転移石を砕いてその場から消えていった。
「あの女、後の処理を俺達に押し付けやがって」
「仕方ないわよ。あれでも国際指名手配犯なんだから。それに、この国の王と先王なら話が分かるから大丈夫よ」
「だと良いけど……」
事が大きすぎるから、そんなすんなり終わるとは思えないが、証拠は全てシェーラが揃えてくれているし、何よりこっちには現役の王女である椿もいてくれるからまぁまぁ大丈夫だろう。
面倒な事には変わりないけど。
その後、スルトの本部の襲撃を聞きつけたドルトムン国王がすぐに騎士団を派遣し、俺達は事情聴取の為に王城へと連れて行かれた。
シルヴィの言う通り、話の分かる王と先王であったお陰で事情を話すとすぐに俺達の襲撃はお咎めなしとなった。その上、シェーラが用意してくれたスルトの悪事に関する証拠が押さえられた為、先王の指示によりすぐにスルトの残党の確保と、施設の制圧が行われた。
スルトの壊滅の立役者となった俺達は、ドルトムン王家から称賛された…………なんて事にはならなかった。
いくら危険な薬を無くす為とは言え、王家の許可もなく勝手に屋敷を襲撃した事は決して褒められたことではなく、罪に問われない代わりに即刻この国からの退去を言い渡されたのだ。同時に、10年間この国に入国する事が禁止された。国王という立場上、そうせざる得なかったのだろう。
一方で、先王陛下からは感謝された。何度も強制捜査に踏み切るくらいに、スルトにはずっと困らされていたのだから。実の弟がボスで、80を超えても未だに王位に執着していた事実に落胆していた様だが、それでも人を魔人に変えてしまう薬の開発を行った事は見過ごす事が出来ず、悲しみと怒りの両方が感じられた。
ドルトムン王国を出る前に、先王陛下から銀貨500枚の謝礼金を受け取り、俺達はドルトムンの南西にあるルドル王国へと入国しその先のフェリスフィア王国を目指した。
シルヴィはとても強い女性です。すぐに立ち直る事が出来ます。




