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68 スルトの本部侵入


「竜次。もうすぐ王都に入るわ」

「やっとか……」


 ドルトムン王国に入国してから今日でちょうど10日が経ち、俺達はようやく王都に到着する事が出来た。道中は魔物にも遭遇したし、キガサが送り込んだと思われる刺客達が俺達に襲い掛かってきた。

 この刺客達と戦う事で、俺は決めるべき時に決める覚悟を決める事が出来た。それは「斬る」覚悟であって、「斬り殺す」のではない。相手を戦闘不能にさせればそれで良いのだ。


「だけど、ここから先は気を引き締めた方がよさそうでござる」

「ああ。そうだな」


 王都に入ってすぐ、街中はとても賑やかで活気に溢れていたが、建物の陰からは俺達を監視する視線が幾つも確認できた。


「シェーラ」

「おそらく、キガサかボスが送り込んだ偵察部隊でしょう。私の裏切りもバレてしまったみたいだけど、そんな事はもうどうでもいい。目先の欲望だけに目が眩んだ連中に、私の声なんてもう届かないでしょうから」


 諦め交じりで吸っていた煙草を消し、周りにいた黒装束達もシェーラを守る様に囲って警戒していた。


「用心しなさい。ここから先は強敵揃いよ。ボスは80歳を超えているとは思えないくらいに強く、キガサもボスに匹敵する強さを持っているわ」

「そんなに強いのか?」

「デゴンなんかよりも格段に強いわよ」

「「「っ!?」」」


 ボスであるマルガハン公爵とキガサは、あのデゴンよりも更に強いと言うのかよ。あんな性格破綻者でも、戦闘能力と魔法の才能はかなりのものだった。ハイにならず、冷静に戦う事が出来ていたのなら苦戦を強いられていたと思う。


「デゴンよりも更に強いなんて……」

「スルトの幹部になるには、それ相応の実力が無ければ上り詰める事が出来ない。私みたいに情報収集だけで幹部に慣れる人間なんてごく一部よ」

「その上今は、あの薬までもあるって訳か……」


 一応聖剣とファインザーで倒す事が出来るけど、本来は首を斬られても死ぬことが無いんだよな……。


「さっき入った情報だけど、ボスとキガサが本部で私達の到着を待っているみたいだよ。更に、キガサに雇われてシャギナまでもいるわよ」

「っ!?」

「あの女もいるんだ!」


 シャギナの名前を聞いて、シルヴィが怒りに満ちた顔で真っ直ぐ正面を見た。その先には、白を基調とした豪邸に似た建物があった。周りの他の建物と比べても、かなり群を抜いている。すぐ近くにある王城と同じくらいの大きさと、敷地面積を誇っていた。ハッキリ言って目立ち過ぎだ。


「随分と場違いな所にデカイ建物があるな。あんなにあからさまなのか?」

「ボスが言うには、王城のすぐ近くに本部を建てたかったらしいわ」


 否定しなかったという事は、あの馬鹿デカくて派手派手しい建物がスルトの本部なのか。いくら王位に執着していると言っても、あんな所に普通犯罪組織の本部を建てるか?それ以前に場違いだ。

 だけど、強い殺気もあの建物から発せられているし、シャギナの気配もあの建物から感じていた。


「あんな所に本部を建てるなんて、おたくのボスは一体何を考えていらっしゃるのかな?」

「さあぁ。何せ、私が生まれる40年も前からあったのだから、ボスが何を考えてあんな所に建てたのかまでは分からないわ。個人情報や機密情報は知る事は出来ても、相手の思考までは知りようが無いからね」

「確かに」


 だけど、シルヴィの両親の仇がこれから向かう建物にいるというのは好都合なのかもしれない。今度こそ、シルヴィの家族の仇を討ちたいし、シルヴィ自身の手でも討たせてあげたい。それに、どんな理由があろうと国際指名手配犯を屋敷に招き入れるともはや言い逃れは出来ない。


(それだけ向こうが本気って事なんだろうな)


 だけど、向こうにとって俺はそんなに邪魔な存在なのか?

 確かに、アルバトやゾフィルではスルトの計画の邪魔をしたが、だからと言ってあそこまで恨まれる筋合いは無いぞ。


「竜次殿、シルヴィア殿、そろそろ気を引き締めた方が良いでござる」

「ああ」

「分かってるわ」


 殺気から俺達の監視をしていた連中も、俺達が本部に近づくと同時に屋根伝いで戻っていった。これ以上の探りは必要ないと思ったのだろう。


「小細工抜きだ。正面突破で行くぞ」

「えぇ」

「いや、それはマズいでござらぬか?」

「大丈夫よ。この国の先王陛下も、スルトには辟易していたし、何度も調査に踏み込ませたこともあったわ。その前に証拠は全て抹消されたから、空振りしちゃってんだけど。だけど、発言権は今でも現国王よりも上。証拠は私が用意してあるし、あとはボスとキガサの身柄を拘束すればもう逃れられないわ」


 先王陛下は敬遠するどころか、むしろ本部制圧を推奨しちゃっているのか。先王陛下にとっては本当に迷惑な組織なのだろうな。

 と言うか、証拠さえあればいつでも制圧したかったのだろう。

 年貢の納め時というやつか。

 確かに、今回の薬でスルト達はやり過ぎてしまった。人をあんな化け物に変えてしまう危険な薬を作ったのだから、もう誤魔化しが通じなくなってしまう。そして何よりも、あの薬を作っていたという証拠はそう簡単に抹消できない。いろんな国のいろんな悪党の手に渡っているから、改造魔物の様に転移盤で隠すなんて事が出来ない。そもそも制圧されればもはや隠しようも無いのだけど。


「ま、流石に出頭しろと言われると無理だけど、中の案内くらいはしてあげるわ。魔法で特別頑丈に作られているから、派手に暴れても問題ない」

「それは助かる」


 馬鹿デカい建物まで目と鼻の先という所に来ると、先程俺達の監視をしていた偵察部隊が武器を持って襲い掛かってきた。


「もはや周りの目なんてお構いなしか!」

「それだけ向こうにとって竜次は目障りなんでしょうね」

「ちっとも嬉しくないな!」


 手洗い歓迎を前に、俺は剣を抜いて馬車から飛び出し、俺達の前を走っていたシェーラの馬車の屋根を飛び越えて、襲い掛かってきた偵察部隊の手足を切っていった。そのすぐ後に俺は、1人1人の後頭部を殴って気絶させた。


(後であの薬を使われても面倒だからな!)


 コイツ等も持っていると決まった訳ではないが、不安の芽は潰しておいた方が良いからな。


「さて、もう向こうは死に物狂いで襲い掛かってくるから、こちらも遠慮なくド派手に行くぞ!」


 俺達だって、スルトに散々振り回され続けてきたのだから、ここでその鬱憤を晴らすのも悪くない。

 それに、派手に行った方がスルトの犯罪行為を大々的にアピールする事が出来る。俺があまり派手に来ないと思っているのなら、今回の襲撃は向こうにとっては予想外になるだろうから、あの薬の他にも違法の改造魔物も出してくる可能性だってある。


「ってなわけで、通してもらうぞ!」


 外敵の侵入を防ぐ為に作られた分厚い門に向けて、俺は直径3メートル以上の大火球をぶっ放した。当然の事ながら、門は大きな爆発音と共に破壊され、その後ろにいたスルトの兵士達も一緒に吹っ飛ばされて気絶していた。

 それと同時に、屋敷から武装したスルト兵達が剣を手に一斉に出てきた。


「ここは拙者に任せるでござる!」


 俺から少し遅れて入ってきた椿が、愛刀の影正を抜いてスルト兵達を次々と斬っていった。

 更に椿から少し遅れて、馬車を門の近くに停めたシルヴィ達が俺の所へと駆けつけた。


「行くわよ」

「ああ」

「ついて来なさい」


 黒装束達に守られたシェーラを先頭に、俺とシルヴィは屋敷の中へと入って行った。


「クソ!フェニックスの聖剣士は、こんな派手な正面突破はしないんじゃなかったのかよ!」

「そんな事よりも、コイツ等を食い止めるぞ!」


 俺の予想外の行動に下っ端達は動揺し、転移盤から次々に改造魔物達を呼び寄せて襲わせてきた。


「ッタク!赤鬼以外にもこんなにたくさんの魔物を違法改造していたのか!」

「厄介ね!シェーラ!あの改造魔物どもは何処にいるのよ!」

「この屋敷にはいないわ!他所の国に建てられている支部の地下に隔離されている!」

「ここにはいないのかよ!」

「ここには主に、進化の石や転移盤などの違法魔道具の研究開発が行われているから、実験に使われた魔物達までは管理しきれないという事で他所の国に送り出されるのよ!」


 それは良い事を聞いた。

 改造魔物はいなくても、違法魔道具の開発を中心に行われているのなら現物の確保も可能だろう。

 その前に、幹部たちの確保が最優先だが、そこは椿がやってくれるだろう。何で分かるかって、シェーラの魔法でキガサ以外の幹部達の動向が筒抜けになり、連中が今逃げる為に屋敷の裏口に回っている事がバレていて、その後を椿が追って確保している。椿も気配で察したみたいで、スルト兵達を蹴散らすとすぐに向かっていた。


(って言うか、あれだけの数のスルト兵を瞬殺するなんて……)


 分かっていたが、本当に恐ろしい女だ。


「でも、何でわざわざ逃げんのよ!全員かなりの強さを持ってんでしょ!」

「相手が椿王女なら話は別よ!アイツ等だって勝ち目のない戦いなんて御免だからね!」


 シルヴィの質問に対し、シェーラが尤もな回答をした。

 確かに、椿は世界最強の武人と呼ばれる程の剣の達人。マリア以外はほぼ瞬殺されてしまうのは確実である為、戦って捕まるよりは逃げる方が賢明だわな。


「それよりもシルヴィ!今は目の前の改造魔物をどうにかする方が先だ!」

「面倒だわ!出て来い、ファングレオ、レイリィ!」


 痺れを切らしたシルヴィが、シェーラ達の前にファングレオを、俺とシルヴィの前にレイリィを召喚させた。ファングレオは分かるが、何故に戦闘能力皆無のレイリィを召喚したのだ?


「ファングレオ!改造魔物達と下っ端どもを八つ裂きにして!シェーラ達は一旦こっちに来て!」


 改造魔物の相手をファングレオに任せたシルヴィは、前を走っていたシェーラと黒装束達を呼び寄せ、俺達との間にレイリィを挟む形で集めた。


「何をするの?」

「レイリィ。私達をシャギナのいる所まで転移させて」

「なるほどな」


 もう屋敷の中に入ったのだから、わざわざ馬鹿正直に階段を駆け上がっていくのではなく、レイリィに頼んで怨敵であるシャギナのいる所まで一足飛びに行こうという訳か。転移石と違い、レイリィなら行った事が無い所であっても転移する事が出来る。

 シルヴィとしては、一刻も早くシャギナの所に行きたかったのだろう。

 シルヴィの指示を受けてすぐに、レイリィは俺達を一斉に転移させ、一瞬でシャギナのいる部屋へと転移した。

 シャギナのいる部屋は、小学校の体育館くらいの広さを誇る華美な内装が施されていて、真ん中には円形の大きな机がドンと置かれていた。その大きな丸机の真ん中に、腕を組んだシャギナがドンと立ってこちらを見ていた。


「あらあら、7階の会議室で待ち構えていたのね」

「やっぱり会議室だったのか」


 予想通りと言うか何と言うか、随分と豪華な内装の会議室ですな。


「おやおや、ズルして私の所に来るなんてな」

「うるさい!」


 怒りに満ちた顔でシルヴィは、ファインザーを抜きながらシャギナの立っている大きな丸机に飛び乗った。


「竜次は手を出さないで。大丈夫、殺したりしないから」


 後に続いて飛び乗ろうとした俺を、シルヴィが声をかけて止めた。自分の手で、家族の仇を討ちたいのだろう。

 俺はそんなシルヴィの意志を尊重して、剣を一旦納めてシルヴィを見守る事にした。


「この私を殺さずに捕縛出来るとでも思ったか?」

「本当なら殺したいところだけど、アンタみたいな女でも死なれては困るのよ」

「その理由は分からないが、お姫様の家族を殺したのは本人達が望んだからだって言ったでしょ。それに、そのお陰でお前を縛るものは何も無くなり、キリュシュラインの地下牢から出る事が出来たのでしょう」

「それでも私は、私の家族を殺したアンタを許せない!」


 その瞬間、シルヴィは一瞬でシャギナの背後に回り、後ろからファインザーを突き刺そうとした。


「甘い!」


 そんなシルヴィの刺突を、シャギナはジャンプして躱し、いつの間にか抜いた2本の脇差でシルヴィの両肩を上から斬ろうとした。


「クッ!」


 寸でのところで身体を後ろに逸らして躱し、同時にその反動を利用してシャギナの顔面に向けて蹴りを入れた。

 顔を蹴られたシャギナは、机の端ギリギリの所で踏み止まって着地したが、頬は赤く腫れあがっていて、顔を蹴ったシルヴィに対して強い怒りを向けた。


「このクソ女!」


 イルミドの時と同じ様に、顔を攻撃された事で怒りを爆発させたシャギナは、一足飛びでシルヴィの目の前まで迫り、手数の多さで攻撃してきた。


「相変わらずね。顔を攻撃されたり、自慢の髪の毛を引っ張られたり汚されたりすると物凄く怒るのよね。そういう所は、年相応の女の子で可愛いんだけどね」


 なんて事を言って微笑むシェーラだが、こっちは気が気ではなかった。

 手数で攻めてきたシャギナを前に、シルヴィはファインザーで防ぐばかりで反撃に転じる事が出来ないでいた。


(小回りが利く脇差での攻撃を防ぐだけでも骨なのに、あの刃にはガラバカイの毒を更に強くさせた毒が塗りこまれている。いくら死ななくてもその痛みと苦しみは普通に感じる。苦しんでいる間に更なる攻撃なんてされたら、痛みで気絶してしまう事だってあり得る)


 シルヴィもそれが分かっているからこそ、シャギナの斬撃を受けないようにするので必死になっているのだ。

 だが、それが何時までも持つわけがない。

 なのにシルヴィは、一向に反撃に転じようとはしなかった。何を考えているというのだろうか?


「どうした!?私が憎いんじゃないのか!?殺したい程憎いんだろ!」

「えぇ!そうよ!」

「だったらもっと攻撃してこい!さっきから守ってばかりだぞ!」

「アンタは失念している!ファインザーの刃には、フェニックスの尾羽が埋め込まれているのよ!」


 次の瞬間、シルヴィは天井に吊るされているシャンデリアまでジャンプし、足を引っかけて逆さまの状態で吊り下がった。

 突然目の前にいなくなった事でシャギナの攻撃は空振り、その瞬間に2本の脇差は根元からパキンと音を立てて折れていった。

 折れた脇差の刃は、壁に当たると同時に粉々になった。


「なに!?」

「ファインザーはどんな物でも斬ってしまう程の切れ味と、ドラゴンが踏みつけても曲がらない程の頑丈さを誇っているのよ。そんな剣に馬鹿みたいに攻撃を加えて、脇差が無事で済む訳がないでしょうが」


 なるほど。

 攻撃を防ぎ続ける事で、シャギナの脇差の方をボロボロにさせていったのか。どんな剣でも、何度も岩に叩き付ければボロボロになって折れやすくなってしまうのと同じだ。

 ファインザーも決して刃こぼれをしない訳ではないが、魔力を込める事で瞬時に治す事が出来る。その為、ファインザーが力を失う事は決してないのだ。


「このぉ!」


 折れた脇差を投げ捨てると、背中に隠していた別の脇差を1本抜いて、今度はシルヴィの首に向けて切りかかってきた。

 シルヴィもすかさず反撃に転じるが、シャギナとて2度も同じ失敗を犯す筈もなく、身体を逸らすと背中から丸机に落ちていった。

 仰向けになっているシャギナに向けて、シャンデリアから飛び降りたシルヴィがすかさず上から突き刺そうとした。

 けれど、それを素直に受けるシャギナではなく、横に転がる事で攻撃を躱すと同時に、ファインザーを丸机に深く突き刺させた。いくらファインザーでも、あそこまで深く突き刺さるとすぐには抜けない。

 その瞬間を待っていたシャギナが、ファインザーを引き抜く前にシルヴィの首に向けて脇差で攻撃してきた。

 シルヴィも仕方なくファインザーを手放し、脇差を持っている方の手を掴んで背負い投げをし、背中を強く打ち付けられて怯んだ隙に脇差を持っている手を強く蹴った。その際にバキという嫌な音まで聞こえた。


「いっ!」


 手を蹴られた事で脇差はシャギナの手から離れ、その直後にシルヴィは落ちた脇差を蹴飛ばした。

 これでシャギナは得物を失い、蹴られ折れた手はまともに物が握れなくなっていた。


「このぉ!」

「させない!」


 シャギナが懐に手を入れる前に、シルヴィがもう片方の手を強く踏みつけて動けなくさせた。その時もまたバキという音が聞こえた。どうやら、決着がついたみたいだ。


「ううぅっ……!」

「いくらお前でも、両手を折られれば何も出来まい」

「チキショウ……!」


 抵抗したくても起き上がる事が出来ないシャギナは、シルヴィに右腕を掴まれ、左腕を踏みつけられている状態で組み敷かれていた。

 本当ならここで殺したいのかもしれないが、残念な事にシャギナは石澤の正規のパートナーである為殺す事が出来ない。もし殺すのであれば、魔人騒動が全て収まった後でないといけない。

 だからシルヴィは、殺したい気持ちを必死で抑えてシャギナを拘束しようとした。



「どうやら、お前達を甘く見過ぎたみたいだな」



「「「っ!?」」」


 声のする方を向くと、短いながらもシャギナと同じ銀色の髪をし、これまたシャギナと同じ深い闇色の瞳をした、50歳くらいの男が俺達の向かいにある扉から堂々と入ってきた。


「あらあら。どうしてアンタがこんな所に来ているのかしら?キガサ」

「私も、今日までお前の裏切りに気付く事が出来なかった。私の落ち度だ」


 シェーラが名前を呼んだことで、会議室に入ってきた男がキガサである事が分かった。


「そんな事よりも、そこをどけ」


 その言葉の後、シルヴィは何かに吹っ飛ばされるみたいに丸机から落とされた。


「シルヴィ!」

「大丈夫よ」

「一体何を使ったんだ?キガサは」

「それは―――」


 俺の疑問にシェーラが答える前に、キガサは軽やかな動作で丸机に飛び乗り、軽快な足取りで仰向けに倒れているシャギナに近寄った。


「油断したな」

「お前にだけは言われたくないぞ」

「それが実の父親に対して言う事か?」

「「父親!?」」


 キガサの口から発せられた言葉に、俺とシルヴィは驚愕した。


「どういう事かしら?シャギナとアンタが親子だとでも言うの?」


 どうやら、流石のシェーラもこの事実は知らなかったみたいで、キガサを睨み付けながら問い詰めた。


「そうだな。冥途の土産に教えてやってもいいか。私ことキガサの本名は、ガロール・ウェルッシュハート。シャギナは私の実の娘だ」

「実の、娘だと……!?」


 まさかキガサとシャギナが親子の関係だったとは!?という事は、シャギナの戦い方と殺しの技術はこの男から叩き込まれたものだと言うのか!?


「信じられない!お前の情報は常に把握していた筈だ!」

「これでもスルトの幹部を20年も務めているんだ。魔法で情報収集を行っているくらいで、この私の個人情報を知るなど組織に入って間もなく、尚且つ幹部の中で一番若いお前では出来ないぞ。まぁ、凄く面倒臭い上に神経も磨り減るから毎日かなりの疲労感に襲われるがな」

「甘く見過ぎた!」


 敵の情報を掴む事が出来なかった事を悔やみ、シェーラは悔しそうにしながらキガサを睨み付けていた。


「それよりも、どうしてあの薬を打たなかったんだ?」

「ふざけるな!依頼は快諾したが、あの薬を使う事まで了承した覚えはない!」

「信用されていないなんて、お父さんは寂しいぞ」

「父親面するな!貴様を父親だと思った事など1度もない!」


 この2人の会話を聞いてどういう親子関係なのか、それを察する事が出来た。


「シャギナは、スルトの幹部であるキガサの事をかなり邪険にしているのだな」

「あんな奴を父親だと思いたくないのも分からなくもないわ」


 かなり険悪な親子関係ではあるが、キガサはそんな事は露程も気にしておらず、飄々とした態度でシャギナに接していた。いくらシャギナが拒んでいても。


「だが、お前ならこの薬の真価を発揮させられると私は信じているぞ」

「やめろ!懐に手を入れるな!」

「あった、あった」


 拒絶するシャギナを無視して、キガサはシャギナの懐に手を突っ込んで、その中に入っていた木箱を取り出した。それが何なのかすぐに分かった。


「やめろ!」

「実の娘に何を!」

「邪魔をするな!」


 キガサが叫んだ瞬間、俺とシルヴィの身体に大きな鉄球をぶつけられるような激しい痛みと衝撃が走り、すぐ後ろの壁まで吹っ飛ばされてしまった。


「気を付けて!キガサは叫ぶと口から衝撃波を放つ魔法を得意としているわ!」

「衝撃波か!」


 痛む身体に鞭を打って立ち上がるが、その頃にはもう手遅れであった。

 俺とシルヴィが立ち上がった瞬間、キガサは黄色い液体が入った注射器をシャギナの首に刺して投与してしまっていた。


「あああ……」


 薬を投与されたシャギナは、顔中の血管を浮き上がらせて苦しんでいた。


「あああああああああああああああああああああ!」


 そして、悲鳴と共に皮膚が紫色に変色し、頭から角が3本も生えてきた。あの時の盗賊の頭の様に身体は盛り上がっていないが、その姿はまるで俺達が戦ってきた魔人と酷似していた。


「その姿になるのは最初の1日だけだ。明日以降になれば薬が身体に馴染んで元に戻る筈だ。外に出している薬の様に、身体が盛り上がってしまうと二度と元には戻れないが」


 実の娘があんな姿になっているにも拘らず、キガサは意に介すことなく成り行きを見守りながら丸机から降りて、向こう側の飛びあの近くまで下がった。


「ああああああ……!」


 身体の変質が治まったシャギナは、何事も無かったみたいに立ち上がり、シルヴィに蹴飛ばされた脇差を拾う為に腕を伸ばした。シャギナ自身はその場から動かず、腕をゴムの様に伸ばして。

 そして、落ちていた脇差を拾うとすぐに腕がシュッと元の長さに戻った。


「なんて事をしてくれたんだ!」

「娘をこんな姿にさせて、あの男は何とも思わないのか!」


 脇差を拾ったシャギナはすぐに構えたが、その目からは光が無くなり虚ろな表情をしていた。

 そんなシャギナを見ても、キガサは表情を変える事も動揺する様子もなく笑顔を浮かべていた。


「さあ、戦えシャギナ!私のビジネスの邪魔をする鬱陶しいハエ共を皆殺しにしろ!」

「ビジネスって。それは人の命よりも重要な事なのか!」

「そうさ!この世は金さえあれば何でも思い通りに動く!国さえも手に入れる事だってできる!」

「だが、その為にお前の娘が死んでは!」

「命も金で買えばいいだけさ!金で買えないものなんてこの世には存在しない!そうさ、金こそが全てであり、金があれば全てが思うがままだ!金さえ手に入るのなら、世界が滅んでも構わない!その邪魔をするフェニックスの聖剣士は、私の金儲けに置いて最大の弊害だからな!」


 金で命を買おうと考えるなんて、この男は金の亡者なんてレベルではない。金に憑りつかれた亡霊。

 言うなれば、金の亡霊だ。

 そんな金の亡霊は、自分のビジネスの邪魔をする奴は容赦なく排除し、その相手が例え神であっても例外なく殺す事が出来てしまうだろう。

 あそこまで金に執着する人間を見て、俺は戦慄を覚えてしまった。


「さあぁ!殺せシャギナ!例えこの世界が滅ぶ事になろうと知った事ではない!殺せ!殺し尽くせ!」

「…………」


 しかし、キガサがいくら命令しても、シャギナは虚ろな表情を浮かべたまま動こうとはしなかった。


「どうしたシャギナ!?殺せ!お前の仕事は、人を殺す事だろ!殺せ!ころ―――」


 最後まで言い切る前に、シャギナの右腕が後ろに向かって伸び、その手に持っている脇差でキガサの胸に突き刺さった。


「ああぁ……」


 シャギナの予想外の攻撃に、キガサは紫色に染まった血を口から大量に吐いて苦しそうにしていた。


「な……ぜ…………」

「テメェが死ね」


 感情も何も籠っていない言葉を発し、脇差を勢いよく引き抜いて腕を戻したシャギナ。

 その直後、キガサは悲鳴を上げる事が出来ず、全身を紫色に染め、口だけでなく目や鼻、耳からも紫色に染まった血を出して苦しみだした。

 呼吸もままならない状態で、キガサは懐から木箱を取り出し、中に入ってあった注射器に触れようとしていた。

 だが、ガラバカイの毒の周りは非常に早く、あっという間に全身に回り、人間なら1分もしないうちに命を落としてしまう程強力だ。

 その為、黄色い液体が入った注射器に触れる前にキガサは完全に息絶えた。


「哀れな男だ」

「金に対する異常な執着のせいで正常な判断が出来なくなり、こんな無様な死に方をするなんて」

「キガサに相応しい死に様ね」


 俺も含めて誰もキガサの死に対して何の感情も湧かず、淡々と語るだけであった。

 でも、キガサが死んでも状況は依然として最悪なままであった。


「どうすんのよ!」

「こんな状態のシャギナをそのままにしやがって!」


 薬によって死ぬことも、痛みを感じる事も無くなってしまったシャギナが、俺達を見下す様にジッと見つめていた。





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