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67 シェーラの手引き

 盗賊退治をしたあの日から俺達は、各村や町を回りながらスルトから入手できるというあの筋力増強の薬について聞いた。だが、聞いて人全員が知らないと言い、噂ですら聞いたことが無いという。

 そこで、危険を承知でチンピラやギャングから情報を聞くと、その薬はつい最近出来たばかりの新薬で、摂取すると筋力が大幅に向上し、肉体も倍以上に膨れ上がると聞いた。しかし、それ以上の情報はなく、あの盗賊団の頭に起こった異常状態については誰も知らなかったという。

 その後、とんでもない金額の情報料を要求されたのは言うまでもなく、結果としてヘソクリとして残した金貨50枚を残して全ての金貨を持っていかれた。ぼったくりもいい所だ。

 幸いにも銀貨はたくさんあったので、例え金貨を全部持っていかれたとしてもお金に困る事は無かった。それでも5枚だけこっそりと残しておいたが。

 そんな感じで寄り道をたくさんしながら進み、1ヶ月経った今俺達はドルトムン王国との国境を示す大きな壁が見える丘で花見をしていた。


「だけど…………」


 俺は早速この場にある物を持ち込んだ事を後悔した。

 そのある物と言うのは―――


「ぷはあぁ――――レイシンのお酒もおいひいな!」

「ハハハハハ!ワインも良いでござるが、ここの酒も美味いでごじゃる!」

「お前等飲み過ぎだ!」


 先週から桜が満開に咲いたという事で、約束通り花見をする事になったのだが、美味しそうな料理の他にも酒やおつまみまで持ってきたからもう大変。女2人がベロベロに酔っぱらっていて、近づくと何をされるのか分からないの俺は2人から距離を取りながら、1人で酒を飲みながら桜を眺めていた。


「それにしてもあいつ等、こんな苦い物をよくもまぁ美味しそうにがぶがぶ飲めるな」


 20歳になったという事で人生初の酒を飲んでみたが、臭いの段階で既に吐き気がして、一口飲んでみても苦い上にアルコールがかなりキツかった。


「そんな飲み物を、俺よりも若い女の子2人は……」


 10メートル程離れた所で、何杯目か分からない量の酒を飲み続けるシルヴィと椿。2人とも俺より3つ下の17歳の筈なのに。

 もう一度言うが、この世界では15歳で成人するので、彼女達がお酒を飲む事は悪い事ではない。日本では言うまでもなくアウトだが。


「竜次もこっぢにおいでよぉ~」

「ぜっじゃだぢどもあぞぶでごじゃる~」


 2人からこっちに来てと誘われたが、酔っ払いの相手をするのは御免なので無視して背中を向ける事にした。

 それに、せっかくこの世界に来て初めて桜を見たのでもう少し穏やかな気持ちで眺めていたかった。


「フェリスフィアには桜の木が無かったから去年は見れなかったけど、この世界の桜も綺麗だな」


 思い返せば、最後に桜を見たのは一昨年両親と一緒に遠く離れた穴場スポットに一緒に行った時以来だ。


「ヤマトにも桜があるみたいだから、来年はシルヴィと一緒にヤマトへ花見に行くのもいいかもな」


 だけど、その前に片付けておかない事が3つもある。

 1つは言うまでもなく、魔人と魔剣の対処。

 2つ目が、石澤の断罪だ。この世界に来てからのアイツの行動は、明らかに常軌を逸している。その為、これ以上石澤の好きにさせるのは良くない。

 そして3つ目が、俺達がこれから向かおうとしているドルトムン王国。その国内に拠点を置いて暗躍している犯罪組織、スルトの壊滅である。


(最初はスルーすれば良い、触れない方が良いと考えていた)


 だが、前回の盗賊退治で頭が使用したあの薬物を見ると、これ以上泳がせておくのは危険だと判断した。

 それに、あの薬を投与した男の身体が変質し、怪物へと姿が分かった時にその姿が魔人にそっくりだと思った。


「デオドーラの洞窟で青蘭が言っていたが、魔剣が人間を魔人に変えているって言ってた。まだ亡国の王子だった頃も、国民に人体実験をさせて、その際に異形の怪物と呼ばれるくらいに姿が変貌したんだったな」


 そのせいで悪魔と呼ばれるようになり、王子は悪魔の王・サタンと呼ばれるようになってしまった。

 だが、よくよく考えてみたら一体どうやって国民を怪物に変貌させたのだろうか?

 魔剣になるような力が最初からあったとも考えにくいし、もしかしたら当時の国民もあの男の時みたいに怪しい薬物でも打ち込まれたのかもしれない。

 魔物やドラゴンを倒す程のパワーに、痛覚が無くなり腕や首を斬り落とされても笑っていられて、流石に首は無理だけど傷や失った腕が瞬時に再生してしまう。これでは、当時の人達が悪魔だと思い込むのも無理はない。

 しかし、だとしても2000年以上も前の資料がそのままの形で残っているとも考えにくい。


「だとしたら一体どうやって……」


 たかが薬1本で、あそこまで人の身体を変質させるなんてとてもじゃないがあり得ない。

 考えられるとしたら、当時の記録が何らかの形でスルトのボス、マルガハン公爵の耳に入り、それを模倣して作り出したという事だ。


「紙は朽ちて無くなるが、石板とかだったら残るかもしれないな」


 それ以前に、2000年前にそんな薬学と医療技術があったとは考えられない。この世界の技術が2000年も変わる事なく停滞していたのなら別だが、そんな事は万に一つもあり得ない。

 より豊かになりたい、より便利になりたい、より良い時代にしたい、楽になりたい、そう言った欲求はどの世界の人間にも共通して存在する。何より、人間という生き物は新しい物には目が無く、新しい技術や物や流行にはかなり敏感だ。

 お世辞にも、この世界の技術レベルは優れている訳ではない。

 水道は通っているが、電気やガスは存在しない。それらは魔法があれば何の不便も無いから、そう言った技術を求める必要がないと言ったらそれまでだが、化石燃料が発掘されてそれに関する技術が出来上がろうとしているのだ。椿みたいに魔法が苦手な人だっているのだから、求める必要ないなんて考えられない。

 そんな訳だから、2000年前の技術が今より格段に劣っているのは間違いないだろう。リーゼが言うには、薬の生成に魔法はおろか魔力の注入も必要ないらしいから。

 だけど、当時の王子はその技術を見つけてしまい、当時はそれが悪魔の技術に見えたのだろう。人を化け物に変えるのだから、悪魔の技術である事は間違いない。


「おそらくマルガハン公爵は、その失われた知識を何処かで偶然見つけ、それを再び作り出したのだろう。だけど、やはり目的が分からないな」


 こんな知識を得てまで成し遂げたい事。

 そもそも、何の目的であんな薬を作る必要があるのだ?

 考えても分からない事だらけだ。


「詳しい事は、あいつに聞くしかないか」


 チビチビと酒を飲みながら俺は、延々と続く大きな壁に目を凝らした。

 答えはあの壁の向こう側にある。


「シェーラなら知っているかもしれないな」


 とはいっても、俺はあの女の事を信用する事が出来ない。国際指名手配犯で、この世界でも三指に入る程の要注意人物。加えて、国の機密事項も個人情報も覗きたい放題覗ける魔法まで仕えるのだ、信用しろと言うのが無理な話だ。

 だが、スルトを潰すにはどうしてもシェーラの力が必要だ。証拠が無ければ壊滅させるどころか、調査に踏み切る事も出来ない。国がなかなか動けないでいるのも仕方がない。


「もおぉ~竜次っだら、こんなちょーかあいーおよふぇしゃんほったらかぁにしで~!」

「そうれごじゃる!よんえんろにごないなんれ~ばちがあたるれごじゃる!」

「だあぁもう!くっ付くな酔っ払い!あと酒くせぇぞ!」


 まだギリギリ呂律が回っているだけマシだが、服を開けさせながらくっ付くのはやめて欲しい。

 その翌日、椿の体長が悪いという事でもう1日この場に留まる事となった。理由は言うまでもなく二日酔いだ。

 同じ量の酒を飲んだはずのシルヴィは、何故かケロッとしていて元気いっぱいであった。アルコールに強すぎだろ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




「通って良いぞ。その代り、変な騒ぎを起こさないでくれよ」

「分かってる。あんたもいろいろ苦労してんだな」


 検問を担当している兵士に入国料を支払い、俺達はドルトムン王国へと入国した。


「本来なら入国料なんて必要ないのだけど、今この国はスルトのせいで経済的に苦しい状態にあるのよね」

「分かってる」


 そもそも、いちいち入国料を支払わなければいけないのなら、転移石や転移鏡を使っての移動が不法侵入として扱われてしまう。そんな理屈を跳ね除けるのがかつての北方だったけど。

 だけど、この国の経済状況は現在とても苦しい状況下にある。最近になってスルトがやたら多くの物資を買い取り、国民の生活を脅かしているというのだ。

 しかも、買い取った物資も正規の価格手はなく、1個の値段を100分の1以下の価格まで強引に値下げさせたという。例えば、通常なら1個銅貨1枚のリンゴを全てタダでよこせと言っている様なものだ。しかし、その証拠も揉み消されている為訴訟を起こしても返り討ちにあってしまう。

 そのせいで収入が減り、職を失う人がここ数ヶ月でかなり急増しているという。

 そこで現国王は、苦肉の策として入国料を設ける事にした。たくさんの国の代表に頭を下げて回り、何とか理解してもらったという。


「こんな事をされておいて、何で国は動かないんだ」

「シンが言ってたでしょ。証拠が無いから動きたくても動けないんだって」

「それは分かっているけど」


 分かっていてもそう言ったくなってしまうのだ。公爵家の息が掛かっていると言っても、一体どうやったらあれだけの悪事の証拠を握り潰す事が出来るのだろうか?

 そのせいでこの国だけでなく、他の国の諜報員も調査に踏み切る事が出来ないのだという。強引に行えば自分達の立場が悪くなる上に、向こうがどんな要求をしてくるのか分からないという。


「だけど、国際指名手配されている2人が所属している時点で完全に黒だろ」

「いいえ竜次殿。確かに、キガサもシェーラもスルトの幹部とされているが、書類上ではあの2人はスルトの所属していない扱いになるのでござる」

「はあぁ!?」


 おいおい冗談じゃねぇぞ!そんな頓智の利いた出鱈目を堂々と公言してるなんて!地球だったら確実にアウト判定だぞ!

 下手をしたら暴力団やギャングよりも質が悪いぞ!そりゃ、どの国もスルトと関わろうとしないぞ!

 証拠は全て握り潰され、要注意人物2人は書類上では所属していない事になり、しかも1ヶ月前のあの薬を初めとした危険薬物の開発や、改造魔物の大量所持があったらなかなか手が出せないぞ。

 せめてこの世界の調査技術が、地球と同等のものだったら違っていたのかもしれないが、残念ながらこの世界の調査技術は地球よりもはるかに劣っている。嘘探知魔法を使えば一発だと思うが、それだけでは納得がいかない人なんてたくさんいる。特に、ドルトムン王国はその傾向がかなり強い。


「まぁ、先王の時代に何度か捜査を強行したのだけど、それでも結局証拠を掴む事が出来ず、スルトが犯罪組織である事は公に知られても、それを証明するのに必要な物は何一つ存在しないのよ」

「それもまた、国がスルトの捜査に及び腰になってしまう要因の一つでござる」

「はぁ……面倒臭いな」


 犯罪組織である事は周知の事実でも、それを証明する証拠が何もなく、何度か行われた強行捜査でも見つける事が出来なかった。そんな組織を相手にするのが、どれだけ危険な事か。

 そんな憂鬱な気持ちを抱えながら馬車を走らせていると、道の真ん中に見知った姿の人達が立っていた。真っ黒な服と着ていて、顔の上半分を隠す仮面を被った見るからに怪しい連中。

 だが、俺とシルヴィはそいつ等が誰なのかすぐに分かった。


「竜次殿」

「大丈夫だと思う。とりあえず止めてくれ」

「御意」


 椿に止めてもらう様に指示を出すと、俺とシルヴィは最大級の警戒を射ながら馬車を降りて、連中に近づいた。


「お待ちしておりました。この先の村でシェーラ様がお待ちしています」

「やっぱりあんた等、シェーラの部下か」

「なるべく早く来てください。事は急を要しますので」


 そう言い残して黒装束たちは俺達の前からスゥと消えた。転移石を使ったのではなく、忍者のように目の前から消える様に移動したのだ。


「信じてもいいかしら?」

「行くしかないだろ。シェーラには借りがあるし、それに急を要すると言っていた」

「ひょっとして、あの薬物の事かしら?」

「だと思う」


 俺とシルヴィはすぐに馬車に乗り、黒装束達に言われるがまま急いで最初の村へと入った。流石に、村や町の出入りでお金を取られる事は無かった。

 入ってすぐに黒装束達が現れ、彼等の案内で俺達は1件の宿の前までやってきた。着いてすぐに、ゾーマと馬車を宿の人に預けて、俺達は黒装束達と一緒に宿へと入った。


「2人とも、そんなに警戒する必要はないでござるよ」

「椿は全然警戒してないな」

「彼等の息遣いや微妙な仕草、仮面の奥から見えた目から拙者達を陥れようという気が無いのが分かり切っているでござるから」

「そう言えば椿様って、相手の僅かな息遣いや行動、瞳孔の開き具合で相手が嘘を付いているのかどうかが分かるんだったわね」

「いかにも」

「「…………」」


 自慢げに言っているが、それで相手の嘘を見抜くなんて普通の人間には絶対に真似できないぞ。プロの監視官ではあるまいし。

 そんな椿に若干呆れながら、俺達は黒装束達の手引きによって2階の一番奥の部屋へと通された。

 その部屋に常備されている机にもたれかかりながら、ジオルグ王国でも見た黒いチャイナ服のような服を着たシェーラが煙草を吸いながら待っていた。


「待っていたわ。どうやら、封印魔法は解けたみたいね。賢明な判断だわ」

「竜次殿、シルヴィア殿、あの女が」

「ああ」

「スルトの幹部、シェーラだ」


 椿は初めて会ったシェーラに警戒し、影正に手を添えて全身から殺気を出して睨んでいた。これには黒装束達もすぐに動き出そうとしたが、シェーラが手を上げて制止させた。


「無理もない。私の事はレイシンの国王陛下から聞いたでしょ。私が国際指名手配されている事を」

「相変わらずプライバシーも国家機密もあったもんじゃないな」

「プライバシーって何なのかしら?」

「私情や個人の情報の事だ」


 だが、今はそんな事はどうでもいい。


「そんなに警戒しなくても、私はあなた達を裏切ったりはしないわよ。その代り、こちらの要求は呑んでもらうけど」

「聞いてやるが、その前に煙草はやめてくれんか。身体に悪いぞ」

「これは失敬。でも、どうしてもやめられないのよね」


 なんておチャラけた口調で言いながら、近くに置いてあった灰皿で煙草を消して捨てた。


「あなた達が聞きたい事は分かる。例の薬についてでしょ」

「やっぱり気付いてたんだな」

「気付くも何も、ウチで作って売られている危険薬物なのよ」


 なんて自慢しているように言っているが、その顔は苦悶の表情を浮かべていた。


「あの薬はキガサが地下に埋まっていた、およそ2000年前に滅んだと思われる国の王城の残骸から回収された石板を翻訳し、それを基に作り出したものなの」

「2000年前に滅んだ国の王城の残骸からって……」

「間違いなく魔剣が人間だった頃に納めていた国の物ね」


 シルヴィの言う通り、この国はかつて魔剣が治めていた国があった所で、当時作っていた不老不死の薬の材料と作り方が記された石板がそのまま残ったのだろう。しかも、その石板が最悪な男によって掘り起こされていたとは。


「まぁ、投与された人間があんな醜い化け物に姿を変えられてしまうのだから、失敗作なのでしょうけど。でも、キガサはその薬にひと手間加える事で化け物になっても会話が出来るだけの知性が残るようにしたの。会話が成立するかどうかは別だけど」

「確かに」


 俺が前回倒したあの男も、理性はなくしていたけど話が出来るだけの知性は残っていた。ハイになっていたからではなく、そもそも会話は成立しなかったんだな。


「そんな危険な薬を開発して売り捌こうとしているんだから、私としてもこれ以上見過ごす訳にはいかなくなったのよ。だから、一刻も早くあなたの協力が欲しかったの」


 だからこの村までわざわざ足を運び、俺達の到着を心待ちにしていたのか。


「効能については事前に把握していたけど、ここまでだったなんて想像もつかなかったわ。予想よりも効果が危険すぎたし、下手をしたら魔人よりも危険な存在になりかねない。それだけは何としても防がないといけないわ」

「それが分かっててなぜ止めぬでござるか?」


 尤もな質問を投げかける椿に、シェーラはいつもの不敵な笑みではなく忌々しそうに顔を歪ませていた。


「止めたわよ。でも、ボスもキガサも金、金、金、と言って目先の利益しか見ておらず、先の事なんて全く考えていないわ。特にボスは、この薬があればこの国を乗っ取って支配できるなんて狂った妄言を吐く始末よ。キガサなんて、ギャングたちに大量に売り捌いて得た利益にご満悦の様子だし」


 想像以上に鬱憤が溜まっているな。


(まぁ、元々スルトに入るつもりなんて無かったんだから、ボスとキガサの愚行に嫌気がさして当たり前か)


「ま、いくらお前が次期ボス候補の幹部だとしても、キガサやボスの意見を覆す事が出来ないのか」

「そんな事は無いけど、今回の薬物の開発で2人とも完全に周りが見えなくなっているのよ。おそらく、ボスは無謀な野心が芽生えてそれに目が眩んだのでしょう。キガサはキガサで、金が手に入れば世界が滅んでも構わないというくらいの金の亡者。まぁ、そのせいで収益は組織の中でもトップクラス。だから幹部にまで上り詰めたのだけど」


 野心の強いボスと、金の亡者のキガサ。最悪な組み合わせだな。元々それらが強かったのが、今回の薬の開発のせいで同じく幹部のシェーラの言葉に耳を傾けなくなったのだな。


「つまり、シェーラが俺達の入国を待っていたのは、ボスとキガサの暴走を何とかして止めて欲しいからなのか?」

「それもあるけど、いい加減スルトを潰して欲しいというのもあるわ」

「自分が所属している組織を潰せだなんて、傍から見れば正気の沙汰じゃないな。最悪の場合、お前自身が路頭に迷う羽目になるかもしれないんだぞ」

「それなら大丈夫よ。今の私にはあの大国が丸ごと私の物になったし、私が統治する事になっているのだから」

「そう言えばそうだったな」


 ジオルグ王国は今や、シェーラの支配下にある為、スルトが無くなっても困ることが無いという訳か。


(とはいえ、こんな女が新しい王になるなんて、ジオルグ国民も気の毒だな)


 まぁ、デゴンみたいな行動は取らないだろうし、今の北方は気候が安定しているから独裁政治をしないといけない程追い詰められないだろう。


「そんな訳だから、私と協力してスルトを潰して欲しいの。スルトのせいでこの国の印象は悪くなる一方だし、しかも証拠を抹消するから王家も調査に踏み切る事が出来ない。王家も国民も良い人ばかりなのに、スルトのせいで印象が悪くなるなんてあんまりでしょ」

「確かに、スルトの本部があるってだけでこの国の印象はかなり酷いわね」

「確かに、国民に対する根も葉もない悪い噂もあとを絶えぬでござる」


 それは可哀想だな。シェーラとしても、自国が根も葉もない理由で悪評を受けるのは我慢ならないのだろう。

 それにしても、シルヴィも椿も随分と淡泊な反応ですな。


「まぁ、こんな所で立ち話もなんだし、さっさと王都に行きましょう。これ以上、ボスとキガサの暴走を見過ごす訳にはいかない」

「そうだな。俺もあんな薬がこれ以上で回るのは勘弁したいところだ」

「では、早速行くわよ」


 シェーラの手引きで、俺達は宿を出て馬車を走らせた。


「随分焦っているわね」

「まぁ。封印魔法を解く為とは言え、1ヶ月ものんびりと進んでしまったからな」


 とは言え、あんな体になった化け物を相手に恩恵や魔法抜きで戦うのは骨だと思う。悪いと思いつつも、封印魔法を解く為にのんびりと旅をさせてもらった。その際に、椿から剣術の指南と精神修行の監修をしてもらった以前よりも強くなった。死ぬかと思ったけど。


(さて、あの化け物を相手にどう戦うかな)


 首を刎ねても死なない様な怪物を倒す事って、願う事が出来るかな……。

 試しに俺は、恩恵を使って不死身になった人間を殺す力を得られないか願ってみた。強く願っている訳ではないから、例え中断しても暴走する心配はない。



 ―――わざわざ願わなくても、聖剣を使えば不死身の怪物を倒すのは可能です。また、貴方のパートナーが持つファインザーでも可能です。



 それは、俺の使う聖剣だけじゃなく他の聖剣でも同じか?



 ―――はい。ただし、貴方と貴方のパートナーには通じませんが。



「ほほぉ」

「どうしたの?」

「試しに不死身の怪物を殺す能力を恩恵で得られないか試してみたら、わざわざそんな願いをしなくても聖剣とファインザーを使えば可能だってさ」

「そうなの?」


 訝し気に俺の顔を見るシルヴィ。そんな都合の良い事が身近にあるなんて思ってもみなかったから、流石に懐疑的になるか。


「ああ。だが、俺やシルヴィが聖剣で切られても死ぬことはおろか傷一つ付ける事が出来ないみたいだ」

「そのくらい強力なんだね。私と竜次の不老不死って」


 シルヴィの言う通り、俺達に掛けられている不老不死は聖剣であっても殺す事が出来ないくらいに強力らしい。確かに、そうでなければキリュシュラインから出る前に俺はとっくに殺されていただろう。

 まぁ、寿命を迎えれば死ぬという時点で不老不死とは呼べないんだけどな。


「でも、あの化け物を倒す手段が見つかったのは大きいわ」

「ああ」


 倒せる相手がかなり限定されるけど、それでも何もないよりはかなり良い。それに、ファインザーでも有効となるとフェニックスの尾羽が埋め込まれた他の剣でも有効という事になる。


(これならいけるかもしれない)


 僅かでも希望が見えてホッとする俺達は、スルトの本部があるドルトムン王国の王都に向けて真っ直ぐ進んだ。王都に着くのは、およそ10日後になる。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 その頃。


「ッタク。こんな所に呼び出して、一体何のつもりなんだ?」

「つれないなぁ。せっかくパパがお前を呼んであげたというのに」

「その呼び方はやめろ。気色悪い」

「実の父親に対して酷いな。シャギナ」

「いつも言ってんだろ。貴様を父親だと思った事なんてない」


 突然の呼び出しを受けたシャギナは、生家であるドルトムン王国の王都にある大きな屋敷で、実の父親に会いに行った。

 だが、シャギナはこの父を父だと思ったことなどなく、会う事自体がそもそも嫌であった。


「いつも言っているが、一体誰がお前をここまでの殺し屋に育ててやったと思ってんだ。その技術を叩き込んだのは、一体誰だと思っているんだ」

「偉そうに言うな、貴様の様な金第一主義の金の亡者が」

「それはお前もそうだろ」

「……そうだな」


 自分もまた、この男に負けず劣らずの金の亡者である事は自覚しているし、気の色を自在に変える以外の全ての技術はこの男から教わったものであった。

 父親の指摘通り、シャギナも金の為ならどんな汚れ仕事もこなせるし、殺しの対象が神や聖剣士であっても躊躇わない。

 だが


「それでも、お前からの依頼だけは御免だ。どうしてもと言うのなら、今までの様にスルトの本部で部下を通して金と転移石を渡して頼めばいいだろ。貴様から直接受けるのだけは嫌だ」

「スルトの幹部、キガサとしてもか?」

「都合の悪い時だけその名前を使うな!」

「そのキガサとして命ずる。フェニックスの聖剣士を殺せ!世界の事情なんてどうでもいいから、我々の儲けの邪魔をする奴を今すぐ始末しろ!」

「出た。金さえ手に入れば世界が滅んでも構わない思考」

「お前とどう違うって言うんだ?」

「私は王や貴族が滅んでも構わないと思っているが、世界が滅んでも構わないとは思っていない。故に、他の聖剣士がボンクラである以上、フェニックスの聖剣士を失う訳にはいかない」

「どうでもいい。これは、決定事項だ。今回の商売がうまくいけば、これまでにない程のたくさんの金が手に入る。金さえあれば手に入らないものなんて何もない。地位も、権力も、女も、美味い酒も、そして国さえも手に入る。その邪魔をするのであれば、例え神であっても始末する。明日世界が滅ぶ事になろうと知った事ではない。金こそがこの世の全てなんだよ」

「貴様は!」

「お前に拒否権などない!キガサとしての命令だ!」


 そう言ってキガサという男は、たくさんの金が入った布袋と黄色い液体が入った注射器の入った木箱を渡した。


「これがお前の言っていた薬か?」

「そうだ。これさえあればきっとあの男を殺せる。これ以上私やお前の儲けは邪魔させない」

「はぁ……出来るだけの事はする。私もあの男の事は嫌いだからな」


 こんな状況で竜次を殺したいと思う程、シャギナも思考が破綻している訳ではない。

 だが、拒否権が無くなり、金を受け取った今シャギナはこの依頼を受けなければいけなくなった。


「危なくなったらその薬を打ち込め。それは今までの中で最高の出来だ。必ずあの忌々しいフェニックスの聖剣士を殺せる」

「大した自信だな」

「フェニックスの聖剣士はこの国に来ていて、今ここ王都に向かっている」

「となると、到着は10日後だな」


木箱を懐にしまい、シャギナは成果を後にした。





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