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66 盗賊退治


「なんか。ゾーマが凄く余所余所しく感じるんだけど……」

「無理もないわよ。4ヶ月も離れれば流石に忘れられるわよ」

「あははは……」


 昨日レイシンに転移した俺は、久しぶりに見たゾーマと馬車を前に嬉しく思ったのだが、何故かゾーマが俺達を見てもあまり嬉しそうにしてくれなかった。


(シルヴィの指摘通りなのだけど、やっぱり悲しいな……)


 ゾーマの素っ気ない態度に傷つきながらも、俺とシルヴィは出発の準備を進めた。


「竜次殿!久しぶりでござる!」


 その1時間後に転移石を使って椿がレイシンに来て、俺との再会を喜んでくれた。ただ、抱き着いて来ようとするとシルヴィが素早く俺の前に出て、椿をガードしていた。


「ちょっと椿様!いきなり何抱き着こうとしてんのよ!」

「4ヶ月も竜次殿を独り占めしておいて、抱擁してはならぬなんて横暴でござる!」

「2人とも、再会して早々喧嘩すな」


 まぁ、これから最も危険な犯罪組織と対峙するのだから、椿がいてくれると本当に助かる。


「大分遅れてしまいましたが、こちらが4ヶ月前の大襲撃から我が国を救ってくださった報酬です」

「ありがとう」


 貰った布袋には金貨が150枚も入っていた。情勢が厳しいレイシンからこんなにたくさん貰う訳にはいかないが、それではシンの気が治まらないだろうと思いここは素直に受け取っておく事にした。


「お気をつけてください」

「ご武運を」

「ああ」


 シンとアリエッタ王女に見送られながら、俺達はドルトムン王国に向けて馬車を走らせた。


「拙者も隠密部隊からナサト王国の事は聞いたでござる。まさか、あの女王までもが洗脳されてしまうとは」

「恩恵も魔法も封じられ、シルヴィも召喚術が使えなかったから、あの時はアリエッタ王女が助けに来てくれなかったら本当に危なかった」

「黒い方も、何ヶ月も見ない間にかなり強くなってたわ。まったく、何であんな男に神は才能を与えたのかしら」


 未だに石澤に負けた事に納得がいかないシルヴィだが、元々類稀な才能を持っていた為、本気なってトレーニングを行った結果あそこまで強くなったのだろう。


「大体、竜次だってあの時全然本気出してなかったでしょ」

「……それは、まぁ……」


 あんなクズでも、聖剣士として召喚された為あまり深手を負わせる訳にはいかないと思い、斬撃を加える事を躊躇ってしまったのは否めなかった。


「竜次殿は、決めるべき時にしっかりと決めるべきだと思うでござる。いかに同じ聖剣士であろうと、あそこまで堕ちてしまってはもはや情けは無用。次に刃を交える時が来たら、本気で斬るつもりでかかった方が良いでござる。でなければ、また傷つく事になるでござる」

「ああ。分かっている」


 椿の指摘は的を射ている。

 あの時、俺が石澤を斬る事を躊躇ったせいで俺だけでなくシルヴィまで危険な目に遭わせてしまった。妙な情けをかけても、石澤が俺達の事を理解してくれるわけがなく、アイツは更に己の欲望に走って益々暴走するだろう。


(俺もいい加減。石澤を斬る覚悟を決めないといけないな)


 そのせいでシルヴィを危険な目に遭わせては何の意味もない。


「椿。旅の道中、俺に精神面の稽古をつけて欲しい。いい加減俺も、石澤を斬る覚悟を決めないといけないから」


 あの時は、俺の甘さのせいでピンチに陥った。

 その甘ったれた根性を叩き直す為にも、椿に精神面の稽古をつけてもらわないといけない。

 もうこれ以上、俺の甘さのせいでシルヴィが危ない目に遭うのは嫌だから。


「無理に人を斬り殺す必要はござらぬが、有事の際に躊躇っていてはどうする事も出来ぬ。引き受けたでござる」


 御者台で手綱を握る椿は、俺を再び一から叩き直す事を了承してくれた。

 石澤に限らず、スルトと対峙する上でも必要な事なのだと思った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 それから俺は、椿の厳しい訓練に耐えながらひたすら馬車道を進んでいった。馬車に乗っている間も、馬車の揺れで倒れないようひたすら座禅をやった。休憩している間も、打ち込みはもちろん中腰姿勢のキープ等とにかく精神を鍛える訓練を重点的に行われた。

 シルヴィもまた、椿に剣の稽古をお願いしていて、俺が中腰姿勢のキープを行っている間はずっと打ち込みを行っていた。

 そんな旅をして1週間が経ち、その日の夜俺達は草木が1本も生えていない荒れ山が見える所で野宿をしていた。


「それにしても、竜次殿の精神力と我慢強さには脱帽でござる」

「これでも我慢強さには自信があったからな」


 精神を鍛える訓練は、打ち込みよりもずっと辛く、精神が尋常じゃないくらいに削られていった。何度も心が折れそうになった。

 だけど俺は、シルヴィの為に強くなりたいという思いだけでひたすら耐えて耐えて耐え抜いた。


「シルヴィア殿も、なかなかに筋が良かったでござる」

「だけど、椿様から1本も撮る事が出来なかった」

「いや、竜次殿もそうだが、シルヴィア殿もなかなかに呑み込みが早いでござる」


 シルヴィの呑み込みの速さは本当に凄く、決定打を与えられなくても着実に実力を身に着けていっている。


「短期間でここまで上達出来たのも、今までの旅が実を結んだからでござる。あとは実戦のみでござる」

「「実戦?」」

「実は、一昨日すれ違った行商人からこの先の荒れた山に盗賊が根城を立てていると聞き耳を立てたでござる。その盗賊は、レイシンで最も強い勢力を誇っていて、シン殿も対応に困っていたというのでござる。しかも、その盗賊の頭がやたらと強いそうだ」

「はぁ……」


 その盗賊と俺達がどう関係しているのかは分からないが、とりあえず話を最後まで聞いてみる事にした。


「その盗賊を討伐すると、駐屯兵を通じて国から高額の謝礼金がもらえるでござる」

「ちょっと椿様。まさかと思うけど」

「シルヴィア殿は察しがよろしいでござる。竜次殿には、その盗賊の頭を打ち取ってもらおうと思ってる」

「っ!」


 予想通りの指示に、俺は緊張から全身を強張らせた。今回の相手は魔物ではなく、人間だから。

 そんな俺が人を殺すかもしれない訓練に、シルヴィが鋭い眼光で椿を睨み付けた。


「何で竜次にそんな事をさせるのよ」

「斬り殺せとは言わぬ。ただ、敵を斬る事に躊躇いを無くす為の実践訓練をさせるのでござる。殺さずとも、相手を戦闘不能にさせればそれで良いでござる」

「だからって、竜次にやらせなくても」

「これは、ドラゴンの聖剣士と再び戦う時に備えての訓練でござる。今回みたいに、恩恵も魔法も封じられた場合肉弾戦でのみ対応せねばなるまい時、相手を斬る事を躊躇っていては絶対に勝てぬでござる」

「だったら黒い方だけを殺せばいいでしょ!それ以外の人間を、竜次に殺させたくない!」

「殺す必要などないでござる。先程も言った様に、相手を戦闘不能にさせるだけで良いのでござる。敵を斬り殺すのではなく、敵を斬る為の訓練でござる」

「んんっ……」


 椿が俺にさせたい事は、敵を斬って戦闘不能状態にさせることであって、人を斬り殺す事に慣れさせるのが目的ではないと言いたいみたいだ。


「けど、敵を殺さずに戦闘不能にさせるのは、斬り殺すよりもかなり難易度が高くなっていくでござる。ハッキリ言って、斬り殺す方が一番楽でござる。竜次殿はどうしたいでござるか?」


 最後に椿は俺の方を見て、俺自身が下す決断を聞いてきた。

 少し考えた後、俺は自分の決意を口にした。


「確かに、敵を殺さずに守りたい人を守り抜くのはかなり難しい。それこそ、椿の言う様に斬り殺した方が一番手っ取り早いし、殺さずに戦うよりもずっと楽だろう。だけど、それだとシルヴィはきっと傷付くと思う。シルヴィの望みは、俺の手を人の血で汚して欲しくない事だ。ならば俺は、シルヴィの想いを優先して、この先も人は斬り殺さないでいくつもりだ」


 それが俺の出した決断だ。

 椿の言っている事は正しいけど、それ以上に俺はシルヴィの意志を最優先にしていきたいから。


「竜次」


 俺の決意を聞いて、シルヴィは安心しきった表情を浮かべた。


「それが、竜次殿の決断だというのであれば拙者は止めぬでござる」

「ただし、本当にどうしようもなくなった時は俺も覚悟を決めて斬り殺すつもりだ」

「そんな事はさせない。その為に私も強くなっていくのだから。竜次にそんな汚れ役はやらせない」

「頼もしいな」


 本当なら男の俺がやるべき事なのだろうが、シルヴィがそれを望んでいるのなら仕方がない。いくら言っても聞かないだろうし。


「だけど、これだけは言わせてくれ。もし石澤の暴走が手の施しようがない所まで来ていたら」

「分かってる。竜次が黒い方を殺さないといけない時が来たら、その時は私も止めない。あの男だけは絶対に許してはいけないから」

「ああ」


 おそらく、俺が人を殺さないといけない時が来たとすれば、それはおそらく石澤が最初で最後になると思う。そのくらいあの男の事を許す事が出来ないのだから。


「うむ。その決意こそが立派でござる。竜次殿の精神は間違いなく強くなったでござる」

「ありがとう」

「では、あの盗賊の頭は生け捕りにするという事で良いでござるな?」

「ああ」


 無論、相手を斬る事を躊躇うつもりはない。両者は似ているようで似ていないのだから。

 俺は明日、盗賊の頭を斬りに行くのであって、斬り殺しに行くのではないのだから。


「でしたら、今日は明日に備えて早く寝るでござる」

「稽古は良いのか?」

「稽古も何も、竜次殿は既に精神面の修業は必要ないくらいに熟練されているでござる」


 予想外の回答に、俺は驚くばかりであった。未熟で甘い覚悟を叩き直す為に行った修行なのに、まさか必要ないくらいに身に付いていたとは。


「おそらく、竜次殿に足りなかったのは覚悟でござるな」

「覚悟?」

「おのれの守るべき者の為に敵を斬るという覚悟でござる。斬り殺せとは言わぬ。斬ったからと言って、斬られた相手が必ず死ぬ訳ではござらぬ。人間という生き物は、竜次殿が思っている以上にしぶとい生き物でござる」

「どう違うと言うんだ?斬られれば人間なんて普通に死ぬだろ」


 当たり前の事だが、剣で斬られれば人間は呆気なく死んでしまう。同じ様に、銃で撃たれれば即死するのと同じだ。

 だが、先程も言っていた様に椿にとっては捉え方が違う様だ。「斬る」と「斬り殺す」、一体どう違うというのだ?


「確かに、首を斬られれば死ぬでござる。心臓や眉間を貫かれても、脇腹を斬られても同様に死ぬ。だが、腕は太ももを斬られた者も死ぬでござるか?」

「あっ!?」

「無論、斬り落とされれば出血多量で死ぬ事もあるが、死なない程度の深手を負わせれば死ぬ事は無いでござる。腹を切ったり刺されたりしても、人間はそう簡単には死なないものでござる」

「要は、斬り所と程度の問題という訳か」


 戦闘不能にさせる攻撃と言うのは、相手が死なない程度に手加減をし、さりとて相手を行動不能の状態に持っていく為の斬撃の事を言っていたのか。

 確かに、腕や足を斬られたくらいでは人間は死なないし、ハサミや包丁で手足を切られて簡単には死なない。


(なるほど。「斬る」と「斬り殺す」。両者は似ているようで似ていないのだな)


 俺がすべき事は敵を「斬る」事であって、「斬り殺す」事ではないと言いたかったのか。


「無論、相手が死なない程度に加減して斬撃を加えるというの高度な技術が必要となるでござる。ハッキリ言って斬り殺すよりも難しいでござる」

「それでも俺はシルヴィの望み通り、今後も人を斬り殺さずに行きたいから」

「平和な世界から竜次に、そんな事を味わって欲しくないわ。我儘を言っているのは分かっているけど、私や椿様みたいに汚れて欲しくないの。それに、一度慣れてしまうと後戻りが難しくなってしまうから」


 シルヴィが恐れているのは、人を殺す事に慣れてしまう事なのだと思う。

 戦場で相手を殺す事を躊躇う事は許されない。シルヴィも椿も、身をもって経験している。

 しかし、一度慣れてしまうと今度は戦場でなくても普通に殺してしまう事だってあり得る。2人ともそうならないように精神を鍛えているが、それでも一度染みついた慣れはそう簡単には無くならない。そうなってしまうと、もう後戻りが出来なくなってしまうから。


「デオドーラの洞窟で青蘭に聞いて気付かされたけど、いくら罪人であっても裁判抜きでその場で殺すなんてやはりどうかしているって思うわ。今まではそれが当たり前だったから考えもしなかったけど、彼女から話を聞いてやっぱりどうかしているって思う様になったわ。青蘭が改善したがるのも今なら分かるわ」

「そうか」


 どうやらシルヴィは、青蘭から話を聞いた事で今までの考えに疑問を抱く様になり、自身の我儘を通してでも俺に人を殺して欲しくないと言っているのだろう。まだ俺のこの手が、人の命を奪ってその血で真っ赤に染まる前に。


「だけど、戦場では出来るだけ躊躇わないようにするし、魔人に関しては殺す以外に救いが無いから」

「竜次がわざわざ人間同士の争いの場に行く必要なんてないし、竜次がいかないのなら私も行かない。魔人に関してはもう人ではなくなっているわ。人としての在り方を捨てて、殺戮だけを好む魔人を人間として考えない方が良いわ」

「というより、そう割り切るしかないんだろ」


 元に戻す方法はあるが、その為に支払う代償があまりにも残酷すぎる為使う訳にはいかない。北方の人達に忘れられても何とも思わないと考えたが、実際に代償を支払うとその衝撃は想像以上に凄まじく、使うべきではなかったと後悔してしまった。

 だからもう、魔人に変えられた人はもう元に戻れない。殺す以外に彼等を救う道が無い、そう考えて割り切らないとこれからの闘いを生き抜く事は出来ない。何よりも、青蘭からも止められているから。


「代償を払って皆を幸せに出来ても、自身が幸せになれなければ何の意味もないでござる。竜次殿に、そういう覚悟を身に着けさせる為に今回の盗賊退治は避けては通れぬでござる。ただし、殺すべきは魔物と魔人だけに留め、人間は決して殺めてはならぬでござる」

「分かった」


 シルヴィと椿と約束をした後、俺達は馬車に入って明日に備えて眠りに就いた。




 そして翌朝。

 俺達は盗賊の根城が見える所まで近づいた。


「随分とデカイな。おまけに数も多い」

「ざっと見積もって、200人ってとこかしら」

「そのくらいはいそうでござるな。しかし、雑魚を寄せ集めても意味が無いでござる」


 それは椿にとってはだろ、と心の中でツッコミを入れた。

 当然ながら、椿は今回の様な盗賊退治は何度も経験している。だからこそ、見ただけで相手の実力が手に取るように分かるのだろう。


「椿様にとっては何て事もない数なのかもしれないけど、私達にとってはかなり厄介な数なのよ」

「確かに、魔法抜きで相手をするには厳しすぎる数だな」


 こんな時ばかりは、魔法と恩恵を1ヶ月も封じたリーゼを呪いたくなってしまった。


「通常なら奇襲をかけたいところでござるが……」

「椿みたいな芸当が、俺達にも出来ると思わないで欲しいぞ」

「と言うか、普通は出来ないから」


 シルヴィの言う通り、普通は出来ない。漫画ではあるまいし、実際に百単位の敵をたった数人で相手に出来る訳がなく、挑んでもほぼ100パーセント負けてしまう。それが出来るのは、俺の知る限りでは、椿とマリアとシンの3人だけだ。


「まぁ、それが無理なのは分かっていたし、そもそも出来ないことである事は理解しているでござる。であるから、(あたま)を押さえるのでござる」

「頭って、敵の親玉を先に倒してしまおうって事か?」

「いかにも。あぁいう連中は、戦の基本ではあるが、敵の大将を潰すと敵軍は総崩れするでござる」

「だから今回も、敵のボスを真っ先に潰して相手の戦意を喪失させるって訳か」


 確かに、それなら手っ取り早く済むのだが、問題はその頭までどうやって進むかだが。


「敵の大将の所までは、拙者が突破口を作るから、竜次殿とシルヴィア殿は拙者の後に続くでござる」

「「やっぱりそうか……」」


 椿様に限らず、マリアとシンもどうして同じ発想に至るだろうな。だけど、もう近くまで来てしまい、何より椿が愛刀の影正を抜いてやる気満々で堂々と歩いてきた為、当然の事ながら敵が俺達に気付いてこちらに近づいてきた。


「凄い数だな……」

「私もあれくらいの数の敵を相手にした事があるけど、その時は魔法も使えたし、ファングレオを呼ぶ事だって出来たわ……」

「そうだよな」


 普通、これだけの数の敵を相手に刀1本、しかも魔法も抜きで戦うなんて完全に自殺行為だが、目の前にいる彼女にとっては何て事もなかった。


「では、早速蹴散らしてくるでござる!竜次殿とシルヴィア殿も後に続くでござる!」


 妙にやる気満々の椿は、目の前の敵の数に怯む事なく正面から突っ走っていった。

 そして、100人以上いるであろう盗賊達の真ん中をゴリ押しで走り抜ける椿。その間、正面と左右にいた敵は椿の攻撃によりどんどん倒されていった。詳しい説明は勘弁。だって、見るも無残な亡骸になって地面に転がっていったのだから。

 と言うか、太刀筋が全然見えなかったんですけど。


「前の私だったら何とも思わなかったかもだけど、青蘭の話を聞いた後だとこれはどうかと思うわ……」

「そうだな……」


 だけど、今はこの状況に慣れないといけないし、魔人共の闘いが本格化するとこんな物では済まないだろう。そういう胆力も身に着けさせるのも、おそらくそれも椿の目的の一つなのだろう。

 そんな感じであっという間に敵の根城に潜り込み、正面突破でボスのいる所までたどり着いた。殆ど椿が1人で無双したのだけど。


「おやおや。わざわざ殺されに来るなんて、命知らずな奴がまだいただなんて驚きだ」


 そんな俺達の目の前で、何だか高そうなソファーでふんぞり返っているゴツイおっさんが、俺達を値踏みするように全身に視線を這わせた。なんか嫌な感じだ。


「若造1人と娘2人か。俺も随分と嘗められたもんだ」

「この男さえ倒せば、この組織は瓦解するでござる。あとはお主に任せたぞ」

「ああ」


 今回のミッションは、この男を俺の手で倒すという事だ。殺すのではなく、戦闘不能に追い込むのだ。


「ほほぉ。俺の相手は若造の方か。いいだろう。お前等、手を出すな」


 ボスの命令で、周りで待機していた下っ端達が一斉に動きを止めた。


「おやおや。てっきり全員で襲い掛かってくるかと思ったぞ」

「そこの黒髪嬢ちゃんにまた無双されちゃ困るし、何よりも魔法を使われてはかなわんからな」


 どうやら、椿と俺達の魔法を警戒している様だ。まぁ、俺とシルヴィは魔法を封じられているし、椿は使えなくはないがあまり魔法が得意ではないからその辺はあまり警戒する必要は無いのだけど、そこは黙っておこう。


「それに、俺にはこれがあるから、1体1でも十分って訳だ。使うのは今日が初めてだがな」


 そう言って男がポケットからアルミに似た箱を取り出し、その中から黄色い液体が入った針の短い注射器を取り出した。


「何あれ?」

「分からぬ。でも、嫌な感じがするでござる」


 シルヴィも椿も初めて見るその液体が入った注射を、男は自分の首に刺して液体を体内に注入した。

 そして、注射器を引き抜いた瞬間に傷が塞がり、男の顔と腕が血走り、着ていたシャツがべりべりと音を立てて破けていき、上半身の筋肉が大きく盛り上がった。


「何が、どうなって……」


 訳が分からずにいると、男は突然俺の目の前まで瞬間移動してきたみたいに駆け出し、拳を大きく振り上げた。


「っ!?」


 咄嗟に俺は両手をクロスしてガードしたが、その衝撃と力は凄まじく、ガードした両腕からは骨が砕けるような感覚と焼ける様な激痛が走り、攻撃を食らった俺は根城の外まで吹っ飛ばされてしまった。


(なんだ今の!?不老不死が無かったら全身が粉々に吹っ飛んでたぞ!?)


 それ以前に、あのパワーはとても人間が出せるようなものではない!まさか、あの黄色い液体のせいなのか!?


「竜次!」

「竜次殿!」


 吹っ飛ばされた俺を心配して、シルヴィと椿が駆けつけて起こしてくれた。


「大丈夫!?」

「大丈夫じゃねぇ。身体が粉々になったみたいな痛みに襲われた。不老不死じゃなかったらヤバかった」

「あの薬のせいでござるか」

「だと思う」


 原理は分からないが、あの黄色い液体は対象の筋力を飛躍的に増強させ、身体能力を極限まで上げる事が出来る薬物の一種なのだろう。でなければ、ただの人間にあそこまでのパワーなんて出せない。


「ほほぉ。俺に吹っ飛ばされて原形を留めているなんて、あんちゃんなかなかの手練れと見たな」


 俺を追いかけて根城から、上半身が倍以上に膨れ上がったアイツが出てきて、それを追うような形で部下達が歓喜の声を上げながら付いて来た。


「テメェ!一体何を打ち込んだんだ!」

「スルトから裏ルートで手に入れた筋力増強剤で、筋肉と身体能力を飛躍的に向上させて、魔法や武器も使わないで魔物やドラゴンを倒す事が出来るようになるんだ。正直に言うと最初は半信半疑だったが、これは想像以上の力だ!」

「またスルトか!」


 しかも、討ち込むと素手で魔物やドラゴンを倒す力を手に入れるという怪しくて危険な薬物だったなんて!


「そんな薬物なんかを摂取して、どうなると思ってんだ!」

「知るかよ!これさえあれば、俺はどんな魔物やドラゴンにも負けない!人間なんて虫を踏み潰すみたいに簡単に殺せてしまう!つまり、これさえあれば俺は世界最強の人間になれるんだ!やめられる訳がないだろ!」


 駄目だ。

 完全に今の力に酔いしれていて、恐怖心はおろか危機感の欠片も感じなくなっていた。あるのは、最強の力を手に入れた事に対する高揚感と喜びだけだ。


「竜次殿、下がるでござる」

「椿?」

「あれは流石に予想外でござった。しかも、注射を打ち込まれた箇所が瞬時に再生している事から、再生能力も飛躍的に向上していると見た。となると、もう首を刎ねる以外にあの男を倒す方法がござらぬ。竜次殿の手を汚させる訳にはいかぬ」


 想定外の事態を前に、椿はやむなく俺を下がらせて自分が戦うと言った。

 だが、ここで引いてはまた同じ事を繰り返してしまう。


「大丈夫だ。やりようならいくらでもあるし、ここでまた椿やシルヴィに頼っては男が廃る」


 ちっぽけなプライドだという事は分かっている。

 だけど、自分が戦うと決めた以上最後までそれを貫き通したいと思うし、あんな状態であっても殺さずに戦闘不能にさせる方法がきっとある筈だ。

 恩恵が使えないのなら、マリア仕込みの剣術で戦えば良いだけだ。


「竜次」

「大丈夫だ。絶対に殺さないから」


 心配するシルヴィの肩に一瞬だけ手を添えた後、俺は前に出て改めて剣を構えた。


「ほほぉ。まだこの俺と戦おうと言うのか?」

「当然だ」

「ははっ!その度胸は評価しよう。だが、お前に勝ち目などない!」


 再び男は瞬間移動でもしているみたいに走り出し、俺は男の攻撃を躱しながら男の身体に何度も蹴りと斬撃を加えていった。


「はっはっ!効かねぇぞ!」

「みたいだな」


 蹴っても皮を被った岩を蹴ったような感じがするし、斬っても瞬時に再生してしまう。それどころか、相手はダメージを受けている感じが全然しない。


(せめて魔法が使えればいくらでも対応できただろうけど!)


 今更そんな事を考えても仕方がない為、俺は相手の攻撃を躱しながら対抗手段を考えていた。

 鋼の様な筋肉を持っていて、スピードも聖剣士としての補正があっても捉えるのが困難で、斬撃を加えても瞬く間に再生してしまう。


(だったら!)


 俺は持っている剣に魔力を注ぎ込み、切れ味を向上させた。ダメ元でやってみたが、魔法は使えなくても魔力を得物に注ぐ事は出来るみたいだ。

 ちなみにこれは、椿との訓練で覚えた戦い方で、魔力を込める事で武器の力を上げ、切れ味を上げるだけでなく魔力の刃を伸ばして大型の魔物の身体を両断させる事が出来る。

 魔力によって切れ味が上がった剣で、俺は男の両腕を肘の辺りから斬り落とした。


「魔力を込めたのね。確かにあれは魔法じゃないから、力を封じられた私達でも出来るわ」

「確かに、魔法は使えずとも魔力は体内を常に巡回しているでござるから、剣に注ぎ込んで力を上げる事は可能だ」

「ああ。だけど……」


 アッサリ斬れたのは良いが、その割には男が痛がっている様子もなく、斬られた箇所からは血が一滴も流れていなかった。それに、男の後ろで見守っている下っ端達が未だにニヤニヤと笑っていた。


「勝ったと思ったら大間違いだ」


 男が俺の方に振り返った瞬間、失った筈の両腕が生えてきて、あっという間に元通りに再生してしまった。


「「「なっ!?」」」

「はっはっ!驚いただろ!あの薬のお陰で痛覚は全く感じなくなり、失った手足もすぐに元通りに生えてくる!聞いていた通りだ!今の俺はまさしく無敵なんだ!」


 気分が高揚した男は顔を歪ませ、天を仰ぐような体制で大きな声を出して笑った。


(冗談じゃねぇぞ!痛覚が無くなっただけでなく、失った手足まで元通りに再生するなんて!)


 たかが少量の薬で、あそこまで身体を作り変えてしまうなんて!スルトは一体何の目的であの薬を作ったんだ!?


「下がるでござる竜次殿!拙者と代わるでござる!」

「こうなるともう行動不能にさせるのは不可能よ!竜次は下がって!」


 後ろでシルヴィと椿も下がるように叫んでいるが、こんな痛覚が麻痺しているような奴が首を斬り落としても殺せるのかどうかも怪しい。


「こんな体になってまで強くなりたいのか!?」

「何言ってんだ!この力があれば人類最強になれる!こんな力が手に入るんなら……っ!?」


 最後まで言い切る前に男の身体が紫色に変色していき、更には頭から角がたくさん生え、上あごから突き出るくらいに長い牙までも生えていった。


「うわあああああああああああ!」


 声まで変わり、まるで異形の化け物みたいに姿が変貌していった。


「わああああああああああああ!」

「頭が化け物にいぃ!?」

「逃げろ!」


 自分達のボスが異形の怪物になった事で、後ろにいた下っ端達が恐怖心のあまり蜘蛛の巣を散らす様に逃げていった。

 一方のボスは、自分が異形の怪物に変貌しても「力が溢れ出る!」と言って喜んでいる様子であった。完全に理性を失っていた。

 こんな事は言いたくはなかったが、こんな姿になってはもう人間として見る事が出来なくなる。これで理性がハッキリと残っていれば躊躇っていたが、本能のみで動いているのならもう人間として見れなくなってしまう。それ以前に、放って置くと危険だ。


「こんな化け物になれば大丈夫だ!一か八か!」


 覚悟を決めた俺は、地面を力一杯蹴って怪物の懐まで飛び込み、首の高さまでジャンプをした。

 上手くいくかどうかは五分五分だが、俺は魔力を纏わせた剣で怪物となった男の首を斬り落とした。


「ひゃあああああああはああああああああああ!きかねえぇ!」

「チッ!首を斬っても駄目か!」


 首を斬り落としても、怪物の首はケラケラと笑い、胴体はひたすら暴れ回っていた。再生はしていないが、気持ち悪すぎる。

 スルトめ、危険な薬を作りやがって!


「拙者がやるでござる!魔法は苦手でござるが、この状況で文句は言えぬ!」


 未だに暴れている胴体に向けて椿は両手を前に出し、そこから勢いよく炎が噴き出していき、あっという間に怪物の胴体を全焼していった。


(椿が魔法を使うところ初めて見たな)


 本人も苦手と言っていたから、普段は使わないのだろう。


「ひゃあはああぁっ!燃えてるぜ!俺の身体が!」


 自分の身体が燃えているというのに、首は顔を醜く歪ませながらケラケラと笑い続けていた。


「しつこい!」


 笑うのをやめない生首を、シルヴィがファインザーで突き刺してトドメを指した。ファインザーにはフェニックスの尾羽が埋め込まれている為、こういう怪物を仕留めるには有効なのかもしれない。

 だが、胴体は火だるま状態になっていても暴れていた。


「ッタク!いい加減にしろ!」


 一向に暴れるのをやめない胴体に、俺は魔力を纏わせた剣で胴体をバラバラに斬っていった。一個一個が燃えていて、更に欠片になってしまえばもう再生する事も出来ず、肉片は動く事なく燃えていった。


「まったく!こんな薬を作るなんて!」


 改造魔物と言い、進化の石と言い、今回の薬と言い、そんな物を作って一体何を企んでいるというのだ?王位を継承した兄に対する嫉妬だけで、普通ここまで暴走をするのか?


「マルガハン公爵は一体どういうつもりなんだ」

「分からないわ。でも、それなら直接本人に聞いて確かめる方が良いんじゃない」

「そうだな。どうせシェーラに会う為にスルトのアジトに向かってんだから」


 こんな危ない薬の開発を行っていては、シェーラがスルトを抜けたがっているのも分からなくもない。下手をしたら自分の身が危なくなるからな。


「急いでいった方が良い、と言いたい所でござるが」

「ああ。ゆっくり時間をかけて向かおう。道中で花見でもして楽しむのも悪くない」

「そうね。こんな物作るような連中を相手にするんだから。万全な状態で挑みたいわね」


 自体が急変した事で、俺達は1ヶ月間レイシン王国内を旅してからドルトムン王国へと向かう事にした。

 リーゼに掛けられた封印の魔法が解けるまで。

 




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