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65 敵国脱出

 日が傾き始めた頃、俺とシルヴィは周囲の警戒をしつつ、アリエッタ王女から今日の分の食料を貰っていた。食料と言っても、豆がびっしり詰め込まれた缶詰なんだけど。


「そんなに警戒しなくても大丈夫です。この廃墟は私が小さい頃によく足を運んでいた隠れ家で、お母様も知りません」


 自信満々に言っているが、俺達は今敵国の中にいる為1秒たりとも安心する事が出来ない。

 黒い布切れを脱いだアリエッタ王女は、着ている白色の服と相まってまるで何処かの協会に勤めている聖女の様な雰囲気を醸し出していて、動作の一つ一つが上品であった。


「しかしまぁ、何で城から逃げ出したんだ?こんな人目の付かない所にまで来て」


 逃げていた事は聞いたが、理由は直接本人がから聞いた方が良かった。

 シンプルな疑問をぶつけると、アリエッタ王女は少し重苦しい表情を浮かべた後で答えてくれた。


「ドラゴンの聖剣士様に嫁ぐのが嫌だったからです」


 シンプルな返答であった。


「だって、気持ち悪すぎます。1500人も婚約者がいるというのに、その上私までも加えようと考えるその神経が信じられませんでした。それに、何よりも私がドラゴンの聖剣士様のものになるのが当たり前みたいにどんどん話が進み、軽率に身体に触れて来ようとしてくる事が気持ち悪くて、とにかく嫌でした」

「身体を触ってきたの!?」

「はい。何度も私の手を握ってきたのです」

「……はぁ?」


 思わず間の抜けた声を出してしまったが、よくよく考えてみれば地球でも何気なく女性の手を握っただけでセクハラとされ、逮捕されたというニュースを見た事があった。それに、手だって身体の一部だからあながち間違いではない。


「昔からそうだったわね。あんなにやんちゃしてたのに今では男に対してやたら固く、近づく事はおろか手を握られる事もかなり嫌がっていたわね」

「やんちゃって、何時のお話なのですか!それに、今は公私の区別はきっちり出来ますし、パーティーでダンスのお誘いがあったら社交辞令としてお相手出来ます!今回みたいにどうしても触れなければいけない場合でも、ちゃんと私情を捨てて手を差し伸べる事だって出来ます!大体シルヴィア様なんて、ダンスの誘いを嫌な顔をして断ってきたではありませんか」

「例え社交辞令で当ても下心丸出しの男共と踊るなんて死んでもお断りよ」


 必死になってシルヴィに食い付くアリエッタ王女を見ると、この2人が本当に仲良かったのが頷ける。

 だけど、ここで俺は一つ疑問を抱いた。


「それはそうと、お前等よくお互いに昔話が出来るな」

「……あっ!?」


 俺の言葉を聞いてシルヴィもようやく気付いた。

 そう。シルヴィとアリエッタ王女、この2人が昔話出来ること自体がおかしな事なのだ。何故なら、北方の気候を改善した影響で北方に住んでいる人達から、俺とシルヴィに関する記憶が消えて無くなってしまったのだ。無論、それはここナサト王国も例外ではない。

 なので、アリエッタ王女がシルヴィの事をハッキリと覚えている方がおかしいのだ。

 俺達を陥れる為に嘘を付いている可能性もある。今なら嘘探知の魔法も使えないから、俺達を騙す為にここへ連れてきた事だって考えられる。

 それに気付いたシルヴィの警戒心が一気に上がり、アリエッタ王女から距離を取って何時でも剣が抜ける態勢を取った。


「まぁ、警戒されるのは仕方がありません。確かに、我が国にもあの赤色の光が来ましたので」

「赤色の光って事は、やっぱりここも代償の範囲だったのか」


 となると、アリエッタ王女がシルヴィの事を覚えているのが益々怪しいし、何よりも髪をバッサリ切って短くなった今のシルヴィを見て何の疑問に思わないのも怪しい。


(確かに、トバリエ王国にいた時よりも少しだけ長くなっているが、それでも切る前よりもかなり短くなっている。例え本人だと分かっても、会った瞬間にリーゼみたいに驚く筈だ)


 石澤とクソ王女も気付いていたみたいだが、石澤は怒りのあまりに軽く流し、クソ王女は能力が封じられて有利な状況になった事に対する喜びの方が勝っていて、気付いていてもスルーしていた様にも感じた。


「フェニックスの聖剣士様は、随分と疑り深い御方なのですね」

「竜次がフェニックスの聖剣士だと知っているって事は」

「はい。私はハッキリと覚えています。シルヴィア様の事も、あなたがフェニックスの聖剣士様のパートナーとなられた事も」

「あの赤い光を浴びておきながら、よく俺とシルヴィの事を覚えていたな」


 洞窟の中にいてもハッキリと分かったが、あの光は確実に北方全土へと広がっていた。北方出身者は確実に、俺とシルヴィの事を忘れてしまっている筈だ。なのに、アリエッタ王女だけがその影響を受けないなんて絶対にありえない。

 だけどアリエッタ王女は、静かに首を横に振った。


「私はあの赤い光を浴びてなどおりません」

「どういう事だ?」

「光が接触する前に、私は自分の周囲に魔力障壁を展開させて浴びないようにしていたのです」

「浴びないようにしていただと!?そんな事が出来るのか!?」

「いいえ。私以外にも魔力障壁を展開した人はいましたし、お母様もその内の一人でした。けれど、ちゃんと防ぐ事が出来たのは私だけでしたのです。おそらく、この光を浴びたくないという強い思いが跳ね除けたのだと思われます」

「言っている意味が分からないんだが」

「フェニックスの聖剣士様のお近くにもいらっしゃった筈です。強い意志と思いを力に変えて、西方最強と呼ばれるようになったあの御方の事が」


 それが誰の事を指しているのかすぐに分かった。

 俺の前に召喚されたフェニックスの聖剣士の血を引いた、フェリスフィア王国の第一王女にして西方最強の剣士と呼ばれている彼女、マリア・リン・フェリスフィアの事だ。

 そんなマリアと同じ様に、意志の強さで力が増す体質をしているという事は―――。


「ようやくお気付きになりましたね。私の父方の先祖が、2000年前のフェニックスの聖剣士様とそのパートナーの長男なのです」

「青蘭とダイガの息子の子孫か」


 だからアリエッタ王女も、意志や思いの強さだけで力を増す事が出来、あの赤い光を唯一防ぐ事が出来たのか。


「ただ、これは私自身も正直に言って驚きました。2000年も経たれていますので、既に青蘭様の血は薄れているものなので、既に失われたものだと思っていました」

「俺も信じられない気持ちでいっぱいだ。まさかアリエッタ王女が、青蘭の子孫だったなんてな」


 彼女の髪の色が黒いのは、青蘭の血を引いていたからなのだろう。

 本人も2000年も前の話だから、既に血が薄まったってしまったと思っていたみたいだが、あの赤い光を防ぐだけの力はまだ残っていたみたいだ。


「竜次様でよろしいでしょうか?」

「まぁ、呼びやすいように呼んでくれて構わない」

「では竜次様。私は貴方方をキリュシュラインに引き渡すつもりなど、毛頭もありません。理由は先程も申した様に、ドラゴンの聖剣士様に嫁ぐのが嫌ですから」

「はぁ……」

「やっぱりアリエッタ王女だ。嘘は言っていないわ……」


 アリエッタ王女の話を聞いてシルヴィは、彼女が嘘を言っていないと確信を持った。まぁ、手を握られるだけでも嫌な相手と結婚なんて絶対に嫌だよな。

 まぁ、何にせよアリエッタ王女が俺達の事を忘れずに済んだのは正直言って助かった。

 俺達を騙す意思がないと分かると、シルヴィは一気に脱力して俺にもたれかかってきた。


「だけど、アリエッタ王女はよくあの王女の洗脳を受けなかったな」

「昔からの体質です。私に限らず、シルヴィア様やマリア様、椿様だってそうです。シルヴィア様は聖剣士のパートナーですから当然ですけど」

「マリアと椿があの王女の洗脳を受けない理由がもう分んないな」


 今までは意志の強さが跳ね除けているのではないかと思われたが、リーゼまでもが洗脳されてしまった以上その線は怪しくなってきた。


「意志の強さが理由でしたら、私のお母様が洗脳された理由に納得がいきません。お父様亡き後、ずっとこの国の為に尽くしてくださったとても強くて凛々しい自慢のお母様なのです」

「アリエッタ王女は他に理由があると言うのか?」

「はい。椿様とマリア様、そして私には共通点がございます」

「「共通点?」」

「はい。尤もこれはシルヴィア様にも言える事ですが」

「私にも共通する事?」

「…………」


 シルヴィ、マリア、椿、アリエッタ王女。

 この4人に共通する何か。

 考える俺とシルヴィに、アリエッタ王女がヒントを出してくれた。


「シルヴィア様の祖国エルディアは、先代の獅子の聖剣士様によって建国され、その前の代の獅子の聖剣士様は椿様の祖国であるヤマト王国を建国されました。そして、青蘭様の次に召喚されたフェニックスの聖剣士様は、マリア様の祖国であるフェリスフィア王国を建国されされました」

「ちょっと待て。まさか共通点って」

「流石竜次様です。そうです。キリュシュラインの洗脳を受けないの人の共通点は2つあります。一つは説明するまでもありませんが、一月以内に聖なる泉で水浴びをされた方。そしてもう一つが、貴方方の前に召喚された聖剣士の血を引いている事なのだと思います」

「前に召喚された聖剣士の子孫か……」


 確かに、そう言われれば今まで洗脳を受けなかった人達は、聖なる泉で水浴びを行った以外にも、俺達の前に召喚された聖剣士の血を引いているという共通点があった。


「そうでなければ、あの強いお母様が洗脳されるなんて考えられません。青蘭様はもちろん、お母様は過去に召喚された他のどの聖剣士様の血を引いていませんので」


 だからクソ王女の洗脳にかかってしまったのか。そんな単純な理由があったなんて、今まで思いもしなかった。


「なので私は、竜次様とシルヴィア様の事を全力でサポートいたします。このままここに残っても、いずれお母様に見つかってしまいます。なので、私もご一緒にこの国を出ます」

「出られるのか?」

「ご心配なく。その辺は抜かりありません」


 それなら安心だが、俺としてはまずリーゼとルビアの救出をしたいところだが、恩恵と魔法を封じられたこの状況で乗り込んでも捕まりに行くようなものだし、それ以前に1ヶ月も2人がこの国に留まっている訳がない。

 そんな俺の心配を察したシルヴィが、俺の手を取って真剣な顔で言ってきた。


「リーゼとルビアが心配なのは分かるけど、キリュシュラインに行くのはやめておいた方が良いわ。今の私達は孤立無援みたいなものだから、そんな状態で行っても誰も助け出す事が出来ないし、竜次が捕まってしまったらそれこそ敵の思う壺よ」

「シルヴィア様のおっしゃる通りです。お気持ちは分かりますが、何の準備も無しに乗り込んでも何も解決しませんし、誰も救い出す事が出来ません。このまま乗り込んでも、今回みたいに捕まるだけですし、そうなったら敵を益々喜ばせてしまいます」


 アリエッタ王女にまで止められてしまい、俺は仕方なく2人の救出を一旦諦めて、先にマリア達との合流を果たす事にした。それに、今の俺が助けに向かってもリーゼとルビアはきっと喜ばないだろう。考え無しに突っ走って捕まってしまっては、元も子もないのだから。


(せめて恩恵が使えて、シルヴィも召喚魔法が使えれば出来たのかもしれないけど)


 たらればの話をしたって仕方がない。かかってしまった以上、1ヶ月間は恩恵も魔法も使わずに進まないといけない。


「それはそうと、アリエッタ王女は一体どうやってこの町から抜ける気だったんだ?」

「抜けるも何も、竜次様はこれをお持ちではありませんか?」


 そう言ってアリエッタ王女がポケットから取り出したのは、琥珀色の掌サイズの石であった。


「転移石?」

「はい。城から抜け出す時に1個だけくすねてきました」

「そうだった……」

「ずっと使わないでいたから忘れていた……」


 シルヴィも転移石の事は忘れていたみたいで、がっくりとした様子でポケットから転移石を取り出した。そんなシルヴィに続いて、俺もポケットから転移石を取り出した。


「だけど、転移石があるなら何でそれを使かってこの国を出なかったんだ?」

「それは御2人が来ると思ったからです。あの赤い光を目にした瞬間から、北方の何処かに竜次様とシルヴィア様がおられると思いましたので」

「私と竜次をわざわざ待ってくれていたというの?」

「はい。せめて私だけでも残っていた方がよいと思いました。ただ、その後に大襲撃が起こり、キリュシュラインが2人の聖剣士を連れてきました。なので、ますます逃げるわけにはいかなくなりました」

 

 確かに、あの時アリエッタ王女が助けてくれなかったら間違いなく俺とシルヴィは捕まっていただろう。そうなると、あのクソ王女と暴君を喜ばしてしまう。


「明日の早朝に転移石を使ってここから脱出し、レイシン王国へと転移しましょう。場所さえ教えて下されば私も一緒に転移できます」

「分かった」


 今もマリアと椿がレイシンにいる保証なんて無いのだが、いると信じて転移するしかなかった。しかし今日はもう暗くなったので、明日転移する事を決めて俺達は藁の上で並んで眠りに就いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「クソ!あと一歩だったのに!」

「悔やんでも仕方がありません。まさか仲間が近くにいたなんて思ってもいませんでした」


 ナサトがキリュシュラインと同盟を結んだ事を知らず、のこのこ入国して王都に入ってきた竜次を追い詰め、シルヴィア諸共捕らえる一歩手前まで来ていた。

 だが、途中で何者かが煙を出した事で2人に逃げられてしまい、その後の消息が掴めないでいた。


「ですが、玲人様のお陰でフェニックスの悪魔から新たに2人の女性を救い出す事が出来たのです。今はそれを誇るべきだと思います」

「ああ。そうだな。リーゼロッテちゃんもルビアちゃんも、今頃どの辺りにいるのだろうか?」


 あの後2人には、より安全な場所へと避難してもらう為に馬車でキリュシュラインの王都へと向かい、王城のすぐ隣に出来た玲人と1500人の花嫁たちの為に作られた新たな城へと向かわせたのだ。


「馬車を使っていても、我が国との国境に到達するのは3日後の夕方です。その間リーゼロッテ様は魔法を使う事が出来ません。ですが、玲人様の城に到達される頃には魔法が使えると思われます」

「転移石はもう手元に残っていないからな。召喚したての頃は馬鹿みたいに使っていたからな」


 恥ずかしそうにしながら玲人は、転移石がどれだけ貴重なものなのかも理解しないまま使ってしまった事を反省した。


(あの頃はまだゲーム感覚が抜け切れていなかったからな。エルや王様には本当に悪い事をしてしまった)


 無論、王様に頼めば貰えるのかもしれないが、転移石の数の少なさを理解した今はお願いする気にはなれなかった。


「それにしても、あのシルヴィアちゃんがあんな事をするなんて思っても見なかった……」

「受け入れるしかありません。それについてはルビアがハッキリと証言したではありませんか」

「ああ……受け入れるよ」


 ルビアが竜次に買われた奴隷だと聞いて、玲人は底知れない怒りを竜次に抱いたのだが、ルビアを買うよう強く進言したのが何とシルヴィアだというのだ。話を聞いた玲人は信じられない気持ちだった。


「フェニックスの悪魔を擁護するみたいになるかもしれませんが、あの男も玲人様と同じ世界から召喚されましたから、人としてのまともな感性はまだちゃんと残っていたって事です」

「うん……」


 ルビアから詳しく聞くと、竜次は当初ルビアを購入する事を躊躇っていたが、シルヴィアが買うように何度も言った為、これから増える荷物を収納させたかった事もあって渋々購入したという。


「結果的に買ってしまったのかもしれませんが、そもそもあの女が進言しなかったらルビアを奴隷として購入することが無かったかもしれません」

「楠木にとっては、苦渋の決断だったんだろう」


 だけど、それでも玲人はシルヴィアがそんな非人道的な事をするとは考えにくかった。エルリエッタ王女から、この世界では普通の事なのだから地球から来た玲人達には理解できないだろうと言われてしまった。


(あんなに可愛く、あんなに美しく、あんなに可憐で、あんなに儚げで、あんなにか弱いシルヴィアちゃんがそんな非道な事をするなんて絶対に考えられない)


 だが、そんな事を言ったらシャギナはどうなるのだと言われそうなので玲人は黙って受け入れる事にした。

 それについては、何時も玲人にアドバイスをくれるあの人も何度も言っていた。


(エルもあの人も、シルヴィアちゃんもシャギナと同類の人間だったと言っているし、そういう女性もいるのだという事を俺も理解しないといけない。それに、何よりあの人も言っていたから)


 未だに受け入れられない部分はあるが、ルビアがそう証言した以上真実である事を認めるしかなかった。どんなに玲人が受け入れ難くても。

 あの後すぐに、玲人はリーゼロッテとエルリエッタ王女に頼んでルビアを奴隷から解放させ、自由の身になった後にルビアもリーゼロッテと共に玲人との婚約を希望した。


(いい加減俺も覚悟を決めないといけない。今の俺には、守らなくてはならない女性が1500人以上もいるんだ)


 彼女達に危険が及ばない為にも、玲人はシルヴィアを切り捨てる覚悟を決めなくてはいけなくなったのだ。


「ま、例えあの悪魔2人がどんな卑怯な手段を使おうとも、今の私達にはリーゼロッテ様がおられます。彼女の力を借りれば―――」

「何を言っているんだ、エル。彼女達はか弱い女の子達なんだよ。危ない戦場に出させるなんて出来る訳がない。今後彼女達には、争いとは無縁な温かくて優しい時間を過ごして欲しいんだ。だからもう、リーゼロッテちゃんが戦う必要なんてない。俺が一生かけて彼女達を守り抜いてみせる。勿論、エルの事も守ってみせるさ。外交の為に自らの危険を顧みずに、俺と行動を共にしている君の勇気にはいつも救われているから」

「玲人様にそう言っていただけて、私はとても幸せです」


 その後2人は互いに抱き合い、月明かりに照らされながらゆっくりと互いの唇を重ね合わせた。




(フフフ。もうすぐ。もうすぐ、私の悲願が達成される!あの御方の計画が上手くいけば、私がずっと欲しかったものを手に入れる事が出来る!あれを手に入れられるのなら、喜んで悪魔に魂を売る事だってできる!)




 裏で暗躍している最悪な計画に気付かないまま、玲人はエルリエッタ王女と何度も肌を重ねた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 翌早朝。

 俺は目覚めてすぐに、裏にある井戸に行って行水をした。何年も使われていないとは思えないくらいに、その井戸の水は澄んでいてとても綺麗であった。普通に飲み水としても使えそうなくらいに。


「アリエッタ王女が隠れ家に使っているくらいだから、井戸が綺麗にされていても不思議じゃないわ」

「なるほど…………って!?何でシルヴィが!?」


 人が行水をしている隣で堂々と服を脱ぎ、当たり前のように行水を行うシルヴィがいた。しかも、既に全部脱いだ後で視界には生まれたままのシルヴィの姿が!?


「竜次とほぼ同じタイミングで目を覚ましたから、一緒に行水でもしようと思ったのよ」

「一緒にって!?」

「何動揺しているの?興奮した?」

「ッ!……」


 何か悪巧みでも企んでいるような笑みで、自身の身体を隠す事なく真っ直ぐ俺を見つめるシルヴィ。


(このエロ女!絶対にわざとやっているな!)


「きききっ!気のせいだ!」

「本当?」

「視線を下に向けないでくれ!」


 シルヴィみたいな爆乳美少女の裸を見て、興奮するなと言うのが無理な話だ。

 ニヤニヤするシルヴィを他所に、さっさと行水を済ませてその場から退散した。


(それにしても、生だとかなり大きかった……)


 朝からちょっと、いや、かなり得をした。

 それから30分遅れてアリエッタ王女も目を覚まし、彼女が行水を済ませてから豆缶で朝食を取った。アリエッタ王女は行水に行く時、覗かないでと言われたけどシルヴィのあの迫力ある大きなあれを見た後だと、アリエッタ王女の控え目なそれを見る気には……。


「あの、何だか知りませんが、凄くムカついたのですけど」

「気のせいです」


 後で知ったが、アリエッタ王女って実は胸が小さい事をかなり気にしているみたいで、城には専属の豊胸マッサージ師を雇って毎日マッサージを行っているとの事。


「と言うかシルヴィア様。何でその事をご存知なのですか?」

「さあぁ~」


 アリエッタ王女に睨まれても、シルヴィは恍けた顔で明後日の方向へと顔を向けた。


「さて、準備も終わったし。さっさとこの国を出るぞ」


 リーゼとルビアの事は気になるが、洗脳されているとはいえ石澤に媚を売っている間は酷い事はされないだろうし、魔法も何も使えない状況で助けに向かっても返り討ちに会うだけだし、そんな事はリーゼもルビアも望まないだろう。

 だが、魔法が解ける1ヶ月後には必ず2人と助けに向かう。石澤の性格を考えると、女性であるリーゼを戦場に送り込ませるとは考えられない為、再びあの封印魔法を受ける心配はないだろう。それ以前に、自分や味方も受けてしまう諸刃の剣でもあるから多用は出来ない。


「レイシンの王城の前で大丈夫か?」

「はい。レイシン王国には何度も訪れた事もありますし、シン様の国王就任にお祝いの言葉も送りたいですから」

「デオドーラの洞窟に行く用事が無かったら、4ヶ月以上掛けてここまで歩く必要なんてなかったんだけどね」


 シルヴィの言うように、そもそも青蘭に呼ばれなかったら、トバリエ王国で転移石を貰った時点でレイシン王国に転移していたと思う。

 でも、歩いて行ったお陰でルビアに出会う事が出来たし、リーゼとも会う事が出来た。

 だからこそ、力が戻ったら必ず2人を助けに向かう。これ以上あの国の好き勝手にはさせない。


「んじゃ、レイシンの王城の前まで転移するか」

「えぇ」

「はい」


 俺の合図と共に一斉に転移石を叩き割り、その瞬間に眩い光が俺達を覆い、すぐに治まると3人とも目の前にレイシン城の城門の前に立っていた。


「お待ちしておりました。随分と長旅をしてきましたね」

「いると思ったぞ。シン」


 城門の前には、始皇帝を思わせる服を着たシンが立っていて、俺達を出迎えてくれた。


「来ると思っていました。それにしてもシルヴィア様。その髪はどうされたのですか?随分とバッサリ切られましたね」

「ああ、これはね」

「シルヴィ。言わなくてもこの男は分かっているよ。分かっててわざと言っているんだから」

「ははは。バレてましたか」


 そんな軽い雑談をした後、俺達は城に入る前に聖なる泉で水浴びを行った。穢れを落とせても、リーゼによってかけられた封印魔法は呪いでも何でもない為か解く事が出来なかった。1ヶ月間我慢するしかないか。

 水浴びを終えるとすぐに王城に入れられた。流石のマリアと椿も、4ヶ月もこの国に留まっている筈もなく、2人とも仕事で一度祖国に帰っている。ダンテと宮脇は、それぞれ上代と桜、秋野とアレンと共に他の国で起こっている大襲撃に備える為に旅に出ているという。

 城の中に入ると、早めの昼食を取りながらシンにここまでの経緯を話した。


「そうですか。ナサト王国までもが……」

「竜次様からいろいろ聞きました。母の洗脳を解くには、竜次様とシルヴィア様の御力がどうしても必要です」

「聖なる泉では、リーゼロッテ様の封印魔法を解く事が出来ませんでしたから、一月は恩恵も魔法も使えません。これはかなりの痛手です」


 お茶を一啜りしてから、シンは真剣な顔で俺と見た。


「だからこそ、そんな状態の楠木殿をドルトムン王国に行かせる訳にはいかないのです」

「やっぱり読んでたか」

「他に行先なんて考えられませんでした。北側に行けば北方地域の領土ですし、バラキエラ王国に戻る意味もありませんし、もう一つの隣国であるルドル王国は幸いにもキリュシュラインと同盟を結んでいません」


 尤もらしい理由を言っているけど、本当は未来予知で俺達がドルトムン王国に向かう事を予知したのだろう。


「そんなにドルトムン王国って危険な国なのか?」

「いいえ。国王陛下はとても良識のある御方ですし、国民もまともな方が多い方です」


 アリエッタ王女が擁護してくれているけど、その顔は少し困ったと言った感じに見えた。

 その理由は、シンが代わりに説明してくれた。


「ですが、あの国にはスルトの本部があるのです。この世界で最も危険な犯罪組織であり、その組織のボスと2人の幹部、キガサとシェーラは3本の指に入る程の危険人物で、幹部の2人に関してはシャギナと同様に国際指名手配されている程なのです」


 あらら、俺に協力してくれたシェーラも国際指名手配犯だったのか。ここまで来るまでの経緯で一応シェーラの事も話したけど、それでもやはり国際指名手配されている要注意人物を簡単には信用できないわな。


「前から気になっていたんだけど、そんな危険な組織があるというのに何故ドルトムン王国は動かないんだ?そもそもの話、スルトの目的は一体何だと言うんだ?」


 それだけ巨大で、尚且つ危険な組織の本拠地が自国に存在している事を知っておきながら、何故ドルトムン王国はその組織の壊滅を行おうとしないのか。

 そして一番基本的な疑問で、そもそもスルトは何の目的で行動を行っているというのだろうか?

 進化の石を使って魔物達をより強力に、より凶暴にさせる事に一体何のメリットがあるというのだろうか?

 一体何を目的に活動しているのか?

 俺はスルトに関して分からない事がたくさんある。

 未来予知の能力があるシンならば、何か情報を掴んでいると思う。


「目的については、ある程度予想は出来ますが、残念ながら明確には分かっていません。ですが国が動けない理由については、証拠が無いからです。ボスが全ての証拠を消していますから、政府からすれば証拠も無しに粛清する事が出来ないのです」

「シンプル過ぎる理由だな」


 だけど、ここでまた気になる事が出来た。

 あれだけ派手に犯罪行為を行っているのに、一体どうやってそれらの犯行を示す証拠をもみ消しているというのだろうか?そして、それが可能だなんてスルトのボスって一体何者なんだ?


「スルトとは、マルガハン公爵が一代で築き上げた裏組織でして」

「マルガハン公爵って!?」

「知っているのか?シルヴィ」

「知ってるも何も、ドルトムンの先王の弟さんなのよ!」

「先王の弟って!?」


 まさか、スルトのボスの正体がドルトムン先王陛下の弟だったなんて!?


「先に言っておきますが、兄である先王は弟が犯罪組織のボスだなんて知りませんし、協力もしていません。そもそも、あの2人はほぼ絶縁状態にあります」


 シンが補足情報を付け加えた後、更にスルトのボスであるマルガハン公爵について話した。

 先王とマルガハン公爵は双子の兄弟で、共に王位継承権を巡って競っていた間柄でもあった。

 弟のマルガハン公爵は、文武両道で学問でも武術でも常にトップクラスの成績を収めており、双子の兄はそのどれをとっても弟に及ばなかったという。

 だが、弟が国民に対して傍若無人な振る舞い、乱暴狼藉まで行っていた事が発覚し、先々王夫妻は弟から王位継承権を剥奪させたという。それにより兄が王位を継承し、ドルトムン王国の新たな国王へと就任した。そして弟は、そんな兄の恩情により公爵の座に就いた。


「けれど、マルガハン公爵は60年以上経った今でもその事に納得がいっていないようなのです」

「兄ではなく、自分こそが国王に相応しいと思っているのか?」

「そうです」


 マルガハン公爵は、兄が国王として国をしっかりと治めていた中でもまだ自分の方が国王に相応しいと思い込んでいる。

 そこで、自身の有能さ認めようとせず、継承権を剥奪させた亡き先々王夫妻に自分の能力がいかに素晴らしいかを理解させ、兄よりも自分こそがドルトムン王国を治めるに相応しい事を世界中に示す為にスルトを組織したという。


「話が長くなってしまいましたが、なかなか壊滅させられないでいるのは公爵家が裏で動かしていて、世界中でたくさんの悪事を行ってもマルガハンが全て揉み消して隠蔽してしまうのです。証拠が無かれば、国も動く事が出来ないのです」

「継承権を剥奪されても、その権力は未だに健在という事か」


 先王陛下も、自分の弟がまさか犯罪組織のボスになっていたなんて夢にも思っていないだろうし、しかも元王族というだけあってその権力は絶大で、部下達の悪事も全て隠蔽して無かった事にしてしまうのだ。なかなか証拠を掴む事が出来ない為、王家も迂闊に手を出す事が出来ない。そのせいで、スルトは世間からアンタッチャブルにされている。


「それにしても、王位に就いた兄を妬んでいるのならそんな回りくどい事せずに、直接殺しに行けばいいのに」

「兄と現国王と王子を殺さないのは、ソイツ等よりも自分の方が遥かに優秀であり、国を更に発展させられるという事を国民に分からせ、3人が己の無能さを自覚させ、絶望させる必要があると考えているからであり、殺すのはその後からだと考えているからです」

「なんとも幼稚な理由だな……」

「そうですね。その歪んだ思想は、先王陛下が退位して息子に王位を継承させても収まる気配を見せていないのです」

「どんだけ傲慢な性格をしているんだ……」


 と言うか、もう60年も経っているという事は、マルガハン公爵の現在の年齢は少なくとも80歳という事になる。


「惨めだな……」

「そんな自分勝手な理由でスルトを作り、世界中で様々な犯罪に手を染めているなんて。先々王の判断は正しかったって事になるわね」


 シルヴィの言う通り、おそらく先々王陛下はそんなマルガハン公爵の危険な思想に気付き、更に国民に対して乱暴を働いた事でそれが確信へと変わったから継承権を剥奪させたのだろう。80歳くらいになった今でも、その危険性が顕著に出ているのだから。


「そんな危険な自分物がいる国に、恩恵と魔法を封じられている今の楠木殿を行かせる訳にはいかないのです」


 シンが俺の事を心配してくれているのは分かるが、それでもシェーラをあまり待たせる訳にはいかない。約束してしまった以上、反故には出来ない。


「シンの気持ちは分かるが、それでも俺はシェーラとの約束を反故には出来ないんだ。ジオルグ制圧を計画した俺の代わりに侵略者の汚名を被り、身代わりになってくれたから」

「信じる信じないは別にして、あの女が本気でスルトを潰したがっているのは伝わっているから」


 俺とシルヴィの意志が変わらない事を示すと、シン王子は少し思案してから口を開いた。


「そこまでおっしゃられるのでしたら止めません。ですが、出発は明日にしてください。明日、用事を済ませた椿様がこちらに来られるそうなので、椿様と合流してから向かってください。荷物と馬車、それにゾーマはこちらで大切に預かっていましたので」

「分かった」


 今までよりも厳しい状況になるだろうけど、椿も来てくれるのならこちらも安心できる。

 ここからドルトムン王国の国境までは、馬車でおよそ10日あり、更にそこから王都、つまりスルトの本部がある所まで3日。封印魔法はまだ解かれないけど、それでもあまりのんびりとする訳にはいかない為、明日椿と合流したらすぐに向かう事を決めた。

 アリエッタ王女はレイシンに残って、石澤やキリュシュラインから身を隠すという。

 昼食を食べ終えた後は、明日の準備をした後運動がてらシンと模擬戦を行い、10勝5敗という多少納得のいく結果を残す事が出来た。

 その後、夕食と風呂を済ませてから久しぶりのベッドで熟睡する事が出来た。寝る時シルヴィに抱き枕代わりにされたけど。





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