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64 ナサト王国


「とりあえず、身分はまだ隠したままの方が良いだろうな」

「そうね。代償の範囲は北方全土だから、この国の人達も私達の事を忘れているでしょうから」


 俺達は今、ジオルグとナサトの国境検問所を通り、ナサト王国へと入国した。入国の前にリーゼに魔法をかけてもらい、俺とシルヴィの姿を変えさせてもらった。

 ナサト王国は北方にある国の中でも比較的中央寄りにあり、気候も比較的安定していた事もあって、北方に位置する国の中でも最も住みやすい環境であり、独裁政治を行っていない北方で唯一の国でもある。


「久々にアリエッタ王女にも会ってみたかったけど、北方の気候を改善してしまった後ではそれは叶わないでしょうね」

「そうでもないと思うぞ。俺やシルヴィの事は忘れてるかもしれないけど、リーゼの事は覚えていると思うから」

「それなら大丈夫だ。あの代償は関わりの深い人と二度と交流が持てないのであって、シルヴィだけだったら難しいけど竜次様はアリエッタ王女と会ったことが無いから、新しい関係を築く事は可能だと思う」

「そうですね。それに、アリエッタ王女は見目麗しく、とてもお美しいお姫様だと伺っています」


 ルビアが何を言いたいのかは分からないが、だからどうする訳でもない。確かに、シルヴィから凄く綺麗なお姫様だという事は聞いているけど。


「それにしても、ここは暖かいな。北方に属している国とは思えないな」

「北方に属して入るけど、殆ど中央寄りだからそこまで寒くないわよ。西方や東方に比べたら気温は低い方だけど」


 それでも、今着ている防寒着が熱く感じるくらいだ。途中の町で新しい服を買わないといけないな。と言っても、ここからまっすぐ行くと8日後に王都に着くのだけど、途中に町や村はない。


「それはそうと、このくらい温かかったらレイリィが使えるんじゃない?長時間の召喚と、大人数の召喚はまだ無理かもしれないけど」

「確かに、私達をレイシンに戻すくらいは出来るかもしれないけど、せっかくだからアリエッタ王女にも会いたいわね。私の事は覚えていないかもしれないけど、それでも顔ぐらいは見ておきたいから」

「いかにもお姫様という感じの人だけど、時には大胆な行動をする時もあるんだ。子供の頃は、私もシルヴィもよくアリエッタ王女にいろんな場所に連れ回されたよ」


 子供の頃は少々やんちゃな女の子だったんだな。地球でもよく聞く。小さい頃はとても活発な女の子が、中学辺りから急に可愛くなったという子が。

 …………うん。いたな。


「でも、短時間だけでもレイリィが使えるのならわざわざ歩かなくても、王都の近くまで転移してもらえばいいじゃない?」

「それもそうね」


 リーゼに言われてシルヴィが、目の前に召喚陣を展開させてレイリィを召喚させた。なんだか久々に見たな。


「思い切り身体を丸めて震えてるな」

「レイリィにとってはまだ寒いのよ。暖かいと言っても、他の地方と比べたら結構寒い方だから仕方ないわ」

「そうか」


 もうすぐ春が訪れるから大丈夫かと思ったが、どうやらまだ10度を上回っていないみたいだ。

 レイリィの様な生き物は、気温に対して凄く敏感だから、低すぎると命に関わってしまう事もある。あまり長い時間留まらせる訳にはいかない。さっさと用事を済ませて帰してあげないと。


「ごめんね、レイリィ。私達をこの国の王都の近くまで転移して欲しいわ。そこまで出来たらもう帰っていいわ。寒いのに、本当にごめんね」


 申し訳なさそうにレイリィに指示を出すシルヴィ。レイリィも、震えながらもコクッと頷いて俺達を王都の近くまで転移させてくれた。その直後にレイリィは、召喚時の中に入ってさっさと帰って行った。


「初めて転移というものを体験しましたけど、突然景色が変わってビックリしますね」

「そうだな。俺も初めて転移石を使った時はビックリしたもんだ」


 あの時は、エルから貰った転移石を使ったんだった。


「ご主人様は転移石を使った事があるのですか?」

「ああ」

「よく手に入りましたね。あの石は本当に貴重ですから、王族であってもなかなか手に入らないのです。特に北方では全く採掘されないですから」


 そう言えば、どういう訳か転移石は北方では全然採れなくて、逆に南方ではたくさん採れるって聞いた事があったな。たくさん採れると言っても、市場に出回る事なんてなく、王族でもなかなか手に入りにくいというのは同じだけど。


(だけどスルトは、裏ルートを使って何処よりもたくさんの転移石を確保しているらしいからな)


「ボォッとしてないで、行くぞ」

「心配しなくても、ナサト王国は誰も竜次を憎んでいないわよ」

「おおぉ。今行く」


 俺とルビアが立ち止まっていたから、入るのを躊躇っていると思ったのかもしれない。ルビアと一緒に謝った後、俺達はナサト王国の王都に入った。

 ナサトの王都は、他の北方の王都とは違ってとても明るく活気に溢れていて、雰囲気もとても良かった。

 だが、王都に入ってしばらくして、俺達は信じられないものを目にした。


「何よ、これ……」

「どうなってんだ!?」


 それを目にした俺達は言葉を失った。

 近くにあった掲示板に、俺とシルヴィの手配書がビッシリと張られていた。罪状が、キリュシュラインで流れているものと全く同じであった。


「あり得ない!いくら竜次様とシルヴィの事を忘れているからと言って、こんな短期間で!?」

「あのナサト王国が!?信じられません!」


 リーゼとルビアも、驚きを隠せないでいた。


「竜次、リーゼ、ルビア、一旦王都を出て聖なる泉に行きましょう」

「そうだな。なんだか嫌な予感がする。新しい服を買うどころではないな」


 何か嫌な予感がしたシルヴィが、俺達を連れてこの国の聖なる泉に行くように促した。

 聖なる泉は、大体が王都に近くにある森の中にある為、国によっては走れば1時間くらいで着く場合もある。この国もその一つだそうだ。

 本来なら余所者が勝手に入ってはいけないのだけど、今はそんな事を言っている場合ではない。


(勝手に入って申し訳ありません)


 心の中で謝りながら、俺達は一旦王都を出て聖なる泉がある森へと走って行った。

 だが、そこで俺達はまた信じられない光景を目の当たりにした。


「おいおいおい、冗談じゃねぇぞ」

「信じられない……!?」

「この国で一体何が起こってるって言うんだ!」

「…………」


 俺達が目にしたのは、真っ黒に焼かれた森と、大量の土砂で埋められた泉があったと思われる広間であった。


「何がどうなっているんだ!?」


 俺達が北方を旅している間に、この国で一体何が起こったというのだろうか?

 忘れているというのを差し引いても、突然俺とシルヴィの手配書が掲示板に貼られ、更に大切な筈の聖なる泉を埋めてしまうなんて。


「分からない!どうしてこんな事になってるんだ!?」


 訳が分からないまま、俺達は情報を集める為に再び王都へと入った。


「一旦別れよう。俺とシルヴィは東側、リーゼとルビアは西側に行って情報を集めてくれ」

「分かった」

「ご主人様達も、くれぐれも気を付けてください」

「分かってる」

「行きましょう」


 俺達は二手に分かれて、それぞれ情報収集を行った。その最中、俺とシルヴィは新しい服を買ってそれに着替えた。リュックの中には、フェリスフィア女王から貰った戦装束と鎧とマントも入っていたのでパンパンの状態だが、今はそれを気にしている場合ではなかった。

 買った服は、俺が青でシルヴィが水色のシンプルな上下のシャツとズボンだ。一刻も早く情報が欲しかったので、選んでいる暇なんて無かった。


「リーゼが魔法をかけてくれたお陰で、誰も俺とシルヴィに気付いていないな」

「えぇ。魔法をかけてもらって正解だったわ」


 もしも魔法をかけずに、そのままこの国に入国していたらその瞬間に俺達は取り締まられていたかもしれない。


「それにしても、あちこちに俺とシルヴィの手配書が貼られているな」

「以前のナサト王国では考えられないわ」


 シルヴィも戸惑いを隠せないでいるみたいだ。

 俺はシルヴィの手を引いて、近くの子洒落た喫茶店へと入ってすぐにカウンター席に座った。


「いらっしゃい。何にいたしますか?」

「軽く何か食べられるものをお願いします」

「じゃあ、サンドイッチにしますか?」

「それで」


 注文を受けた若い男性の店員が、すぐに作業に取り掛かった。


「竜次……」

「戸惑う気持ちは分かるが、まずは情報を集めないと。こういう所に行くと、案外情報が集まりやすいもんだ」


 本当なら酒場に行きたかったが、近くにそれらしい店が無かったのでこの店に入った。場違いな気もしなくもないが、店員に聞けば大抵の事は話してくれる筈だ。

 サンドイッチを待っている間、俺はシルヴィの背中をさすってひたすら宥めてあげた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「それにしても、何処を見ても竜次様とシルヴィの手配書が貼られているな」

「ナサトはフェニックスの聖剣士を憎んでなんていない筈です。ご主人様達が北方にいる間に、この国に一体何が起こったというのですか?」


 王都の西側にいたリーゼとルビアは、改めてこの異常事態に困惑していた。

 王都の西側には王城があり、リーゼが一言頼めば中に入れて女王と会う事が出来るのだが、今王城に入るのは良くないと思い行くのをやめた。


「リーゼロッテ様。ナサトの女王陛下は一体どんな御方だったのですか?」

「とても美しくて、聡明なお方だ。こんな事をするような人ではなかった筈だ」


 ナサト王国は元々王が国を治めるのだが、3年前に病気にかかって命を落としてからは、妻である王妃が女王としてこの国を懸命に守ってきた。

 女王はとても民思いで人望が厚く、また聡明で肝が据わっている人で、常に毅然とした態度でこの国を支えてきた信頼のおける人物であった。

 それになのより、魔人や大襲撃に対して非常に強力的で、フェリスフィア王国を初めとした多くの国を支援している。逆に、キリュシュラインや他の北方の国々とは反発していて、敵対こそしていないが友好関係を結ばなかった。


「とても立派な女王陛下だったのですね」

「ああ。だからこそ戸惑っているんだ」


 理由が知りたいリーゼは、露店から新聞を購入して読んでみたが、欲しい情報は掲載されていなかった。


「クソ!すみません!ちょっとお聞きしたいのですか!」

「はいよ」


 店の店主を呼び、リーゼは旅の者だと身分を偽ってこの国で何かあったのかを聞いた。


「お客さん、何処から来たのですか?」

「ふぁる……レイシン王国からです」

「レイシンか。他所の国から来たのなら知らないかもしれないけど、この国はだな」


 店主の話を聞いて、リーゼとルビアは全身の血の気が引くのを感じた。その内容が、とても信じられないものだったから。


「そうでしたか。ありがとうございます」


 店主にお礼を言った後、リーゼとルビアは急いで竜次達がいる東側へと走った。


「マズイ事になった!」

「早くこの国から出ないと、御2人が危ないです!」



「ねぇ、君達ちょっと」



「「っ!?」」


 突然目の前に現れた男と、男の連れと思われる女を前に2人は化け物を見る様な目で見て、反射的に立ち止まってしまった。

 そして、止まってしまった事をリーゼとルビアの2人は後悔する事になった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「お待ちどうさま」

「ありがとう」


 運ばれてきたサンドイッチを受け取り、それを食べながら俺は店員に声をかけた。


「ちょっといいでしょうか?」

「ん?味がおかしかったですか?」

「いえ、そうではなくてですね。実は俺達、いろんな所を旅してまわっている魔物狩りの者で、この国に以前入国した事があったのです。それで……」


 自分の事ながら、よくもまぁこんな嘘がスラスラで出てこれたな。


「ああ。お客さんは今のこの国の状況に戸惑っているのですね」

「はい」


 俺が何を聞きたいのかを察した男性店員は、一旦カウンターを離れて俺の隣の席に座った。


「あまり大声で言えないけど、実は2週間程前にこの国はキリュシュラインと同盟を結んだんだ」

「キリュシュラインと!?」

「どういう事よ!?」

「お客さん。気持ちは分かりますが、静かにしてください」

「ああぁ……!?」

「すみません」


 だけど、聞き捨てならなかった。

 どういう理由があって、ナサト王国がキリュシュラインと同盟を結んだというのだ!?


「まぁ、最初は女王もキリュシュラインの要求を跳ね除けたんだけど、2週間前にこの国で大襲撃があったんだ」

「大襲撃が……」


 知らなかった……!

 あの時は、恩恵の代償にずっと戸惑っていたから、いつもみたいに鳳凰の鏡を見て状況を確認するのを怠ってしまった。


「ジオルグの気温がここよりもずっと低かったから、例え竜次が気付いても向こうではレイリィを召喚させる事が出来なかったわ」


 耳元で囁く様にシルヴィがフォローしてくれた。

 だけど、俺が戸惑っていた間にこの国で大襲撃が起こる事を確認出来なかったのは俺の落ち度だ。


「で、その大襲撃にキリュシュラインは2人の聖剣士を派遣させ、一人の犠牲者も出さずに無事に解決したって言うんだ」


 そんな事はあり得ない。

 町の住民は避難させれば可能だが、兵士達の被害までもがゼロと言うのは絶対にありえない。レイトと同等の、もしくはそれ以上の将がいれば話は別だが、キリュシュラインにそんなカリスマ的な将などいない。


「まぁ、実際はかなり胡散臭いと思うぞ。聖剣士が召喚される前にも1度だけ大襲撃があったが、あれに比べたらかなり緩い大襲撃だったぞ。俺達住民が避難していたとしても、あんな少人数で、しかも魔法も使わないで怪物の群れを退けるなんて出来っこない」


 やはりそうだよな。エララメの町以降の大襲撃を経験すると、キリュシュラインのあの大襲撃がかなり生易しく感じてしまう。


「だけど、女王はその事に何の疑問も抱く事もなく2人の聖剣士を称賛し、その後はとんとん拍子で話が進んであっという間に同盟が結ばれたって訳。しかも、その翌日にはずっと大切にしてきた聖なる泉を埋めて、その周りの木々を燃やしてしまったんだ。今までの女王では考えられない行動ばかりだ」


 その理由にはおおよその見当はついている。


「もしかしキリュシュラインの訪問って、事前連絡なしの突然の訪問だったりしない?」

「はい。事前に来る事を聞いていれば、女王はいつもみたいにアリエッタ王女を連れて一緒に聖なる泉で水浴びをするんだけど、今回は突然だったからそれが出来なかったんだ」


 やはりそうか。

 おそらく、石澤や犬坂と一緒にあのクソ王女も同行したのだろう。しかも、女王がアリエッタ王女と一緒に水浴びをする前だったから、クソ王女の洗脳にかかってしまったのだろう。


(偶然なんかじゃない。絶対に狙って来たんだ)


 泉を埋めたのは、後で水浴びをされて洗脳が解けるのを避ける為なのだろう。


「当然の事ながら、国中が一時騒然としたよ。同盟の締結に反対するデモ活動も行われたが、ドラゴンの聖剣士とキリュシュラインの王女が一声かけた瞬間にデモは収まり、今ではご覧の有様さ」

「あんたは大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、何でもない」


 どうやらこの男性店員は、デモには参加しなかったからクソ王女の洗脳を受けなかったのだろう。気の色からしても嘘を付いている様には見えないし、何よりもこの人の身体にはあのドス黒い靄の様な物が掛かっていない。

 エララメの町の大襲撃以降、洗脳に掛けられている人にまとわりつくあの黒い靄が常に見えるようになっているのだ。ファルビエの先王とリーゼのお兄さんみたいに、初めからキリュシュラインに協力的なやつにはわざわざ洗脳する必要はない為無かったが。


「そんで、同盟が締結されたその日に、ドラゴンの聖剣士のはアリエッタ王女を嫁に差し出す様に要求したんだ」

「やっぱりそう来たか。あの節操なしが」


 石澤が来ている時点で想像は出来ていたが、話を聞いたシルヴィは眉間に皺を寄せて親指の爪を噛んで呟いた。親しい王女が石澤の毒牙にかかるのが許せないのだろう。


「まさか女王は、その要求をのんだのか?」

「そのまさかさ。だけど、アリエッタ王女はその前に姿を晦まし、現在も行方が分からないんだ」

「行方が分からないって、もしかして逃げたのか?」

「おそらく。ま、相手は美人の女なら無差別に手を出して、今や1500人に到達した婚約者がいるくらいの異常者だもんな。嫌がって当然さ」

「そうか」


 ホッとした様子を見せるシルヴィ。

 だけど、逃げるくらいだからアリエッタ王女にはクソ王女の洗脳が効かなかったのだろう。


「って言うか、いし、ドラゴンの聖剣士の婚約者がとうとう1500人に達したのかよ」

「ま、あくまで噂だけどそのくらいいてもおかしくないらしんだ。何せ、屋敷に全員入らなくなってしまったからって、王城の隣にある半径200メートル圏内の土地に新しい屋敷を断てたらしいぞ」


 うわぁ、その土地に住んでいた人からしたら酷いとばっちりだろうな。石澤のせいで住んでいた家を追い出されるんだから。と言うか、石澤はそこんところちゃんと分っているのだろうか?


(この世界に来てから、石澤の暴走が更に酷くなっているな)


 普通ではなくなっているのは確実だろう。1000人どころか、10人娶る時点で正気を疑うものだ。

 それなのに石澤は、その事に疑念を抱く事もなくすんなり受け入れて、しかも更に増やして今や1500人もいるのだ。


(何を考えているんだ!)


 更に話を聞くと、石澤と王女はいなくなったアリエッタ王女を探す為に今もこの国に残っているという。


「まぁ、流石にこれ以上長居する訳にもいかず、今日中に見つからなかったら諦めてキリュシュラインに戻るそうだ」

「そうか。話してくれてありがとう」


 男性店員に一言お礼を言った後、サンドイッチのお代を支払ってから喫茶店を後にした。勿論、サンドイッチは美味しく頂きました。

 しかし、店を出た瞬間に風圧の様な物を感じた。髪の毛がなびいた感じがしなかったから、気のせいだと思うけど。


「何かしら?」

「シルヴィも感じたのか?」

「えぇ」


 少し気になったが、それよりも先ず俺達はリーゼとルビアと急いで合流する為に西側へと走って行った。


「まさか、石澤やクソ王女までいたとは!」

「万が一あの2人にでも会ったりしたら大変だわ!北方にいる間ずっと聖なる泉で水浴びが出来なかったんだから!」


 シルヴィが抱いていた不安は俺も抱いていた。

 本来ならナサト王国を除く北方の国々には聖なる泉が存在せず、その全てが自国民によって埋められてしまっているのだ。

 だが、ナサトがキリュシュラインと同盟を結んだ事でここでも聖なる泉が失われ、彼女達はクソ王女の洗脳を防ぐ事が出来ない。


「もし洗脳されていたのなら急いで解かないと!」

「そうね!あの女王でさえ洗脳されてしまったくらいだから、今のリーゼ達でも跳ね返す事が出来ないと思うわ!」


 そう!立派で強い人だというこの国の女王が、クソ王女の洗脳にかかってしまったのだ!ここ1年で更に力が強くなった事を意味している!

 だが、そんな俺達の前にこの国の国旗が刻まれた鎧を着た兵士達が俺達の前に立ち塞がり、更に建物の陰や後ろからもゾロゾロと出てきた。


「なぁシルヴィ」

「これ、かなりヤバイわね」


 取り囲まれたこの状況に冷や汗を流していると、そんな兵士達の間を割ってあの嫌な2人が俺達の目の前に現れた。


「久しぶりだな、犯罪者」

「こんな所で会うなんて思っても見ませんでしたわ」

「俺は出来れば会いたくなかったな」

「私も会いたくなかったわ」

「髪切ったのか?シルヴィアちゃん」

「気安く名前を呼ぶな」


 俺とシルヴィの前に現れたのは、以前よりもガッシリした体付きになった石澤と、やたらと煌びやかな装備をしたクソ王女であった。


「我が国の同盟国にのこのこ入るなんて」

「知ってたらこんな所に来なかったよ」


 嫌そうにしていると、激しい怒りを露わにした石澤が聖剣を抜いて一歩前に出てきた。


「正直言ってここまで落ちぶれるなんて思ってもみなかったぞ」

「俺が一体何をしたって言うんだ」

「恍けんな!リーゼロッテちゃんとルビアちゃんから全部聞いたぞ!」

「リーゼとルビアに会ったのか!?」


 石澤の話を聞いた俺は、全身の血液が沸騰する程の激しい怒りを感じた。石澤が何か言っているけど、その全てが頭に入って来なかった。どうせない事ばかり聞かされたんだろ。

 洗脳されているなんて知らずに。


「アイツ等が2人の名前を口にした瞬間から嫌な予感がしてたけど……」

「リーゼとルビアまでもが、あのクソ王女に洗脳されてしまったのか!」


 ここまで一緒に旅をしてきた2人が、あのクソ王女に洗脳されていた事で俺達を裏切り、石澤やキリュシュライン側に就いてしまった事を聞かされ、クソ王女やキリュシュラインに対する怒りもあるが、それ以上にあの2人まで奪われてしまった事に対するショックの方が大きかった。

 その間も石澤はいろいろ言っているみたいだが、いちいち耳を傾けるだけ時間の無駄だし、俺の怒りはとうに限界を突破している。

 そんな俺の手をシルヴィがそっと握り、空いている右手を前に出した。


「何はともあれ、一旦ここから離れるわよ!出て来い、ファングレオ!」


 戦いを避ける為にシルヴィが召喚魔法を……展開できず虚しくシルヴィの声だけが響いた。


「嘘!?どうしたの!?出てきてファングレオ!」


 いくらシルヴィが叫んでも、目の前に召喚陣が展開される様子はなかった。

 そんなシルヴィの様子を見てクソ王女は、まるで勝ち誇ったかのようにニヤリと笑った。


「リーゼロッテ様の言っていた通りですね。指定された範囲内にいる人間全ての能力を、1ヶ月間だけ封印して使えなくさせてしまう封印魔法。何て素晴らしいのでしょう。流石は、偉大なる聖剣士であらせられる玲人様のパートナーとして選ばれただけの事はありますね」

「能力を封印するだと!?」


 リーゼの奴、そんなとんでもない魔法までも使えたのかよ!

 自分達が有利に立ったと思ったクソ王女は、気分を良くしたのか笑いながらベラベラと話してくれた。


「この魔法の有効範囲内にいた人間は、いかなるどんな理由があろうと能力を発現させる事が出来ず、その力は聖剣士の恩恵さえも1ヶ月間封印させてしまう優れもの。すなわち、アナタ達の力も、元王女お得意の召喚魔法も使えないって訳。しかも、この魔法の凄い所一度でもかかってしまえば例え有効範囲の外に出ても封印が解けない。つまり、この魔法の有効範囲内に一度入ってしまった事で、アナタ達は1ヶ月も力を封印されるのよ!」

「何だと!?」

「リーゼったら、そんな厄介な魔法まで仕えたのね!?」


 シルヴィでさえ知らなかったのか。まさか、喫茶店を出る時に感じたあの幕を潜る感覚がそれだったのか。

 この魔法を浴びてしまった事で、俺は恩恵「奇跡」を発動させる事が出来ず、シルヴィも魔法はもちろん得意の召喚魔法さえも使えなくされてしまったという訳か。

 こんな厄介な魔法を隠していただなんて。


「ただし、この魔法には致命的は欠点があってな、指定された範囲にいる人間全員が対象となっているから、リーゼロッテちゃん自身と近くにいた俺とエルも含まれるんだ。俺も1ヶ月間恩恵を使う事が出来ないが、楠木を捕らえるのなら剣術だけで十分だ」

「嘗められたもんだ」


 つまり、自分や味方も巻き添えにしてしまうから普段はあまり使わないという訳か。リーゼの中では、絶対に使いたくない禁術にしているのだろう。だから俺達にも話さなかったのか。


「ま、味方も巻き添えにするのは良くないから、今回だけ使って次からは使わないように言っておいた」

「そんな大事な事を、俺とシルヴィに教えても良かったのか?」

「構わないさ。どうせお前等は今日投獄されるんだからな!」


 瞬間、石澤は物凄い速さで俺の目の前に接近し、上段から勢いよく聖剣を振り下ろしてきた。


「クッ!」


 俺は咄嗟にシルヴィを抱き寄せ、彼女を庇う様に石澤に背中を向けた。

 カキィーンという金属同士がぶつかる音がしたが、石澤の聖剣は俺の右肩に当たっていた。


(恩恵は封じられても、不老不死はそのまま残っているのか!)


 その事に安堵しつつも、やはり切られる痛みはそのまま伝わってしまう。


「どうやら、死なない事は能力として扱われないからそのまま継続か。だが、所詮はそれだけだ!」

「クッ!ごめん!」


 石澤の次の攻撃が来る前に、俺は悪いと思いつつもシルヴィを突き飛ばして急いで剣を抜いて応戦した。こんな状況だから、小さくさせた聖剣も元の大きさに出来ないだろうと思った。

 それと、剣を交えて見て思ったが、石澤の実力が以前よりも飛躍的に向上しているのが分かった。


「たった1年ちょっとで、よくここまで強くなれたな!」

「イルミドでシャギナという女に負け、更にはヤマトを不当な理由で追い出されてから、俺は死にもの狂いで修業に励んだんだ!」


 その言葉は嘘ではなく、今の石澤はデゴンやシンに匹敵する力を身に着けていた。

 だが、俺だって1年間遊んでいた訳ではない!

 石澤の攻撃を剣で防ぎつつ、俺は何度も石澤の顔や体に拳と蹴りをぶつけていった。


「やはり卑怯者だなお前は!剣の勝負をしてるに殴る蹴るを加えるなんて!」

「実戦に卑怯もクソもねぇし、これがマリアから教わった戦い方なんだよ!」


 マリアの剣術は剣技と格闘術を合わせたもので、剣で攻撃すると同時に格闘技術も加える為、殴る蹴るはもちろん足払いだって普通に行われるし、倒れている相手を踏みつける事だってある。

 けれど、今の石澤に殴る蹴るはあまり効果が無く、何度もくらっているにも拘らず怯む事なく斬撃を繰り返してきた。殴ってみて分かったが、筋肉が鋼の様に固くてあまりダメージを与えられないでいた。


(あれから一体どんな鍛え方をすればこんなになるんだ!?)


 曲がりなりにも多くの才能に恵まれていた為、本気になってトレーニングを行うだけでここまで力を身に着けていくとは。

 甘く見過ぎた!


「オラオラどうした!こんなもんかお前の実力は!」


 いくら拳と蹴りを入れても、石澤には全く効かなかった。ならば斬撃を入れれば良いのだが、俺は石澤の身体を剣で傷つける事を躊躇ってしまった。


(クソ!何処まで俺は甘いんだ!)


 自分の甘さに嫌気がさし、決定的なダメージを与えられず防戦一方となる中、石澤の背後からファインザーを振り下ろしてくるシルヴィが見えた。刃が向かう先は、石澤の首であった。


「甘い!」


 そんなシルヴィの攻撃を察知した石澤は、すぐに身体を反転させて聖剣でシルヴィの斬撃を防いだ後に地面に叩き付けた。


「うっ!」

「本気で楠木の味方をするというのなら、シルヴィアちゃんでももう容赦しない!」


 仰向けに倒れたシルヴィに、石澤は聖剣を勢いよく振り下ろしていった。その前に俺がシルヴィに覆いかぶさって防いだが、強烈な痛みが背中を襲った。


「竜次!?」

「大丈夫か……?」

「咄嗟に自分の女を庇うのは称賛に値するが、お前達はもう終わりだ」


 石澤のその言葉通り、地面に伏せている俺に向けてたくさんの兵士達が剣を向けてきて、ちょっとでも動いたら突き刺さってしまうくらいに近かった。


「これで終わりだ」

「ようやく魔王を捕らえる事が出来ました。流石は玲人様です」


 自分達の勝利を確信し、石澤に寄り添いながらクソ王女がその醜く歪んだ笑みを俺達に向けて見降ろしていた。


「ごめん竜次」

「大丈夫だ。恩恵や魔法は封じられても、不老不死は健在だ。痛みを我慢して強行突破すれば何とか」


 なんて強がりを言ってみたものの、こんな状況で逃げ出すのは困難を極める。周りの兵士達に取り押さえられる事は確実だ。

 そんな時、何処からか缶詰に似た物が俺達や兵士達の周りに降り注ぎ、着地と同時に破裂して中から灰色の煙が大量に出てきて、俺達の視界を奪った。


「何だこれは!?」

「玲人様、気を付けてください!」


 予想外の攻撃に周囲がどよめきだし、兵士達が混乱している隙に俺はシルヴィの手を取って兵士達の間を縫うようにしてその場から離れた。煙に動揺してくれたお陰で、気付かれる事無くすり抜ける事が出来た。


「この煙はなんなのかしら!?」

「分からん!だけど、逃げるなら今しかない!」


 リーゼとルビアの事が心配だが、今はまず逃げないといけない。ここで捕まったらアイツ等の思う壺だ。

 何とか煙の中から抜け出すと、建物の陰からボロボロの真っ黒い布を見に纏い、フードで顔を隠した人物が掛け寄って来て俺とシルヴィの手を取って引っ張った。


「こっちです!」


 声から女性である事が分かり、彼女は俺達を連れて人がいないどんどん裏路地へと走って行った。

 そして、廃墟同然の小さな建物の中へと入れた。


「助かった、のか?」

「だと思うわ」


 訳が分からず動揺する俺達に、黒布を被った女が前に立ってフードを捲って素顔を晒した。ここでは珍しい黒い髪をしていて、大きな菫色の瞳をした聖女を思わせる様な神秘的な美しさをしていた。


「お久しぶりです。シルヴィア様」

「まさかあなただったなんてね、アリエッタ王女」

「えぇっ!?」


 どうやら、俺達を助けてくれたのは現在行方を晦ましているこの国の王女様だったようだ。





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