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63 魔王の正体とルビアとの約束

 魔人を生み出した悪魔王の正体を青蘭から聞き、俺とシルヴィは言葉を失ってしまった。まさか、悪魔の正体も人間だったなんて思いもしなかった。

 衝撃の事実を前に、俺とシルヴィは言葉を失った。

 事の発端は、青蘭達が召喚される20年前にとある国がある研究を行っていたという。その研究と言うのは、永遠に歳を取る事も、病気や感染症に苦しむ事も、死ぬ事も無くなる身体にする研究。すなわち、永遠の命と若さを手に入れる為の研究がなされていたのだという。

 きっかけは、結婚したいと思う程惚れていた女が、持病によって若くして命を落とした事に深い悲しみと絶望を抱いたその国の当時の王子が、自分と同じ思いをする人間をこの世から無くしたいと願った事がきっかけで始まったという。

 だが、それは自然の法則に反した最大の禁忌。絶対に踏み込んではならない不可侵領域であった。


「永遠の命と若さは、人間であれば誰もが欲しがると思うけど、その先に待っているのは幸福ではなく破滅なのです。漫画でもよく取り上げられますが、永遠の命を手に入れて幸せになれた人なんて誰もいませんでした」


 青蘭の言う通り。漫画を参考にしているのはどうかと思うが、確かに不老不死になった人が幸せになる事なんて絶対にない。

 同時に、そういう人達は人間としての理性と感情を失ってしまい、人としての存在意義もなくなってしまう。限りある命の中でしか、人というのは生きる意味を見出す事が出来ないのだから。

 しかし、恋人を喪った悲しみを乗り越えられないでいたその国の王子はそれが分からなくなり、人としての道を踏み外してでも永遠の命を手に入れようとしていたという。

 その結果、王子は大勢の人に人体実験を繰り返させ、実験台にされた人達の姿は異形の姿になってしまい、知性はあっても破壊と殺戮だけを求める怪物となってしまった。

 しかし王子は、死を恐れすぎるあまり人としての姿を捨ててでも永遠の命を手に入れようと躍起になってしまい、やがてその国は人を異形の化け物に変えてしまう危険な国として認識されてしまい、その国に住んでいる人達は悪魔と呼ばれるようになってしまった。


「もしかして、サタンの正体って……」

「そうです。研究を推奨し続けた王子の事なのです。最愛の人の死をキッカケに、王子は死を極端に嫌うようになり、異形の化け物の姿になってでも永遠の命を求めるようになってしまったのが争いの原因だったのです」

「そしてその戦いは、今も続いているって言うのか」

「はい。大襲撃という形で」


 つまり、魔人の脅威から人類を守る為に聖剣士を召喚させたと言われているが、結局は人間同士の争いに俺達は巻き込まれてしまったのかよ。魔剣が罪もない人間を魔人に変えているけど、その魔剣も元々は死ぬのを嫌がった人間が姿を変えたものだった。

 そして大襲撃は、自分達の研究や存在意義を否定され、悪魔呼ばわりした人類に対する復讐だったと思われる。


「だったら一体俺達は何の為に召喚されたと言うんだ!」

「当時の私達も、その事実を知らないまま戦いに身を投じ、魔剣を退けた20年後に当時のドラゴンの聖剣士の調査で判明しました」


 その事について言及も行ったが、当時の国の代表達は誰一人として耳を傾けてはくれず、「あれは人類の天敵である悪魔だ」の一点張りで全く話し合いにならなかったという。

 当然のことながら、その事実は全て闇へと葬られてしまい、記録も残っていない為2000年後の今の人達もこの事実を知っている人は誰もいないし、言っても信じては貰えないという。

 確かに、人類と魔人の戦いが実は人間同士の戦争だなんて言われても誰も信じてくれないだろう。あんな異形な姿となった魔人や、人の姿を捨てて魔剣となった王子を人間と呼ぶ人なんてまずいない。

 それに


「だからと言ってアイツ等に同情なんて出来ない。そもそも、人の姿を捨ててまで永遠に生き続ける事に何の意味があると言うんだ」


 人間同士の戦いに巻き込んだ事は許せないが、だからと言って関係のない人を巻き込んで、自分達に都合の良い世界にする為に相手を洗脳するなんて絶対に間違っている。


(そのせいで大勢の人が苦しんでいるのだから)


 俺の脳裏に浮かんだのは、最愛の婚約者を洗脳されて石澤に奪われてしまったシンの悲しそうな顔であった。


「そうか。そう思えるのなら大丈夫だと思います。理由はどうあれ、相手の意思を無視して身体を作り変え、洗脳して無理矢理自分の意思に従わせるなんて間違っています。元は人間だったとしても、あんな姿になってしまってはもはやこの世界の脅威となる魔剣でしかありません。打ち倒す事を躊躇ってはいけません」

「分かっている。でも……」


 魔剣を倒す事に関して躊躇いはないが、魔人に変えられた人達を元に戻さないかどうかについては未だに悩んでいる。シルヴィ以外の人間全員から、俺とシルヴィに関する記憶が無くなるのは辛いが、それで魔人に変えられた人達を元に戻す事が出来るのならと思ってしまう。


(青蘭やシルヴィの言う通り、俺は本当に甘いな)


 まぁ、今の段階では戻す意思はない。やはり、皆から俺達の存在が忘れ去られるのは辛いから。

 だが、あれだけはどうにかしたいと思う。


「竜次。それは駄目よ。北方の気候を元に戻そうと考えているのなら、悪いけど私は力を貸せないわ」

「お姫様の言う通り。私もやめた方が良いです。元凶である私が言うのもおかしいですが、2000年も続いたのですから今更元に戻す必要もありませんし、あなた達に酷い事をしてきた北方の人達の為にそんな事をする必要なんてありません」

「…………」


 やっぱりシルヴィには思考を読まれてしまうし、青蘭が俺と似通った考え方をしていたのなら彼女が俺の次の行動を予想するのはたやすいみたいだ。


「分かってはいるが、それでもこんな環境では人々が荒むのは当たり前だし、力のある奴が弱い奴を酷使するなんて許されない」

「青蘭の話を聞いたでしょ。気候や自然を操るのは禁忌であって、願えば間違いなく代償を求められる」

「外で待っている2人はあなたと関わりが深いから大丈夫だけど、北方全土の気候改善となると、北方に住んでいる人全員から『あなた達2人に関する記憶が無くなる』になります。どうでもいい相手だから気にならないだろうと思うかもしれないけど、願った後になると絶対に後悔してしまいます。あの村の人達も、あなた達に酷い事をしてきましたが、心の奥底では感謝しているのです。あの2人の独善的は支配から解放してくれてありがとうって。それと同時にあの2人は、地球であなたを傷つけた事に対する報いを受ける事になります」

「そうなんだ」


 香田と鹿島が、あの村だけでなく俺の事で報いを受ける事になっていたなんて知らなかった。


「でも、今ここで気候改善を行うとそれすら行えなくなりますし、あの2人の罪も無かった事になって普通の生活を送る事になります」

「そうか。俺の事を忘れるだけじゃなく、過去の罪も消えて普通に暮らすのか」


 と言うか、鹿島と香田も北方に住んでいるという事になってしまったのか。ま、1年以上もあの村に留まっていればそういう扱いにもなるわな。


「そんなの許されないわ!罪を犯しておきながら何の償いもせずにのうのうと暮らすなんて!それでは被害にあった人の無念が晴らされないわ!」

「シルヴィ」


 確かに、そんなのは俺だって許せないけど、被害を受けた村人達はそれすらも忘れてしまうのだから何とも思わないだろうけど、あの2人だと結局同じ過ちを繰り返す事になる。どの道報いを受ける事には変わりない。


「それにあの2人は、竜次に散々酷い事をしてきたのよ!なのにその事で罰を受けることが無く、それどころか忘れてるのよ!竜次は悔しくないの!」

「確かに悔しいけど、北方をこのままには出来ない。飢えと寒さと凍傷に苦しんでいる人達を、俺はどうしても見捨てられないんだ」

「竜次……」

「それに、あんな連中に俺の事なんて覚えて欲しくない。むしろ忘れてくれた方がありがたいというものだ」


 鹿島と香田を裁けないのは悔しいけど、あのまま見捨てる事が出来ないのも事実だし、それであのムカつく連中が俺の事を忘れてくれるのなら願ったり叶ったりだ。


「だから頼む。俺の事を嫌ってくれても構わないし、顔を見たくないというのなら俺は二度とシルヴィの前に姿を現さない。これが最後の協力になってしまっても、俺は」


 最後まで言い切る前に、シルヴィは俺の頬に両手を添えて真っ直ぐこっちを見つめた。


「私が竜次を嫌う訳がないでしょ。竜次がそういう人だっているのは、夢で触れ合ったあの時から知っていたから」

「シルヴィ」

「その代り、歯を食いしばって」

「お、おう」



 バチーン!



 言われた通り歯を食いしばると、シルヴィは俺の頬を力一杯平手打ちしてきた。屈強な男なんかよりもずっと力が強い為、顎が砕けるのではないかというくらいに痛かった。


「とりあえず、これで勘弁してあげるわ」

「ははは……ありがとう」

「まったく。やっぱり私がいなきゃ竜次は全然駄目ね。私が付いていないと、その内怪しい頼まれ事も何の疑いも持たずに可哀想だからという理由で引き受けてしまいそう」

「あははは……」


 それって要は、詐欺に引っかかりやすいって事か?

 まぁ、何にせよ自分の事よりも相手の事を優先してしまいそうだから、シルヴィが心配になるのも分かる気がする。自分の事なんだけど……。


「だから、私がずっと傍にいて守ってあげるわ」

「男として情けないが、助かるよ」


 ジンジンと痛む頬を撫でながら、俺は改めてシルヴィの強さを思い知らされた。普通なら絶交されてもおかしくないのに、シルヴィは俺の意思を尊重してくれて、叱るべき時はしっかりと叱ってくれ、それでいてずっと傍にいてくれると言った。


(口ではあぁ言っているけど、シルヴィだってここの気候をどうにかしたいって思っているもんな)


 一緒に旅をしてきたからこそ分かる。シルヴィだって、本当は苦しんでいる人を簡単に見捨てる様な子ではないという事を。

 ただ、俺の事を第一に考えてくれているからあそこまで反対してくれていたのだ。結果として俺が傷つくと分かっているから。


「シルヴィにはすまないと思っている。俺の事を思ったうえで言っているのに、俺の我儘のせいで」

「いいわよ。竜次なら絶対にそう言うだろうと思っていたし、それに二人ボッチって言うのも案外悪くないかも」

「何だよそれ」

「だってその方が竜次を独り占めできるし」

「結局それかよ」

「当たり前でしょ」

「「ふふっ」」


 その後俺とシルヴィは互いに笑い合った後、俺達は互いに手を握った。


「結局シルヴィだって俺と同じじゃないか」

「そうね。私達って、結局似た者同士なのかもしれないわね」


 恩恵を使う前に俺達は、一度青蘭の方へと顔を向けた。


「やり取りがまるで私とダイガみたいね。聖剣士だけじゃなく、やはりパートナーも自分を犠牲にしてしまう所もあるのですね」

「断っておくが、魔人に変えられた人を元に戻す事はしないからな」

「現段階では、でしょ」

「まぁな」


 おそらく、マリアと椿様、上代と秋野、宮脇とダンテは間違いなく反対するだろうな。あとの人達は何て言うのか分からないけど、いずれにせよシルヴィの協力なしでは成し得ないし、中途半端な覚悟では恩恵は発動しない。


「そこまで言うのであれば私は止めません。ただし、これが最初で最後にしてください。周りが何と言おうと、絶対に代償を伴いそうな願い、特に魔人を人間には戻さないでください。世界中の人々の幸せの為にあなた達2人が傷つくなんて、絶対に許しませんから」

「「分かった」」


 最後に青蘭から釘を刺された後、俺とシルヴィは北方の気候を元に戻す事を強く願った。




―――この願いを叶えると、北方に住む人全員から貴方達2人に関する記憶が全て失われます。それでも願いますか?




 頭の中に声が響いた。

 青蘭に言われた通りの内容であった。

 しかし、俺とシルヴィは迷う事無くその代償を受け入れた。範囲が北方だけというのも、迷いを無くす理由なのかもしれない。

 その直後、俺とシルヴィの身体から赤色の光が広がっていった。その広がりはやがて北方全土にまで及び、その赤い光を浴びた人達は一度気絶するが、1分もしないうちに目を覚まし、目覚めた時には俺とシルヴィに関する記憶は全て無くなっている。


(不思議だ。こんな洞窟の中にいても、周りと外の状況が鮮明に分かる)


 恩恵のお陰なのかどうかは分からないが、ここからでも状況はハッキリと分かる。

 やがて光は収まり、あれだけ酷かった吹雪が一瞬にして治まり、空から太陽の日差しが差し込んでいた。


「どうやら、気候が元に戻ったみたいだな」

「えぇ。元々春が近かったというのもあるかもだけど、上手くいって良かったわ。元々雪と氷に覆われたトバリエ王国以外は、気温が徐々に回復していき、夏までには雪は全て溶けると思うわ」


 こうして俺達は、2000年も続いた北方の極寒地獄を終わらせる事が出来た。その代償として、北方の人達から俺とシルヴィの事は忘れ去られてしまったが、相手が北方の住民だった事と、範囲が北方のみだったという事で特に気にする事は無かった。遺恨が無いかと言ったら嘘になるが。


「ありがとうございます。そしてごめんなさい。2000年前に犯した私の過ちを払拭してくれて」


 一方青蘭は、怒っている様な、喜んでいる様なちょっと複雑な感じではあったが、2000年もの長きに渡る呪縛から解放されてホッとした様子であった。


「これで思い残すことは、もう何もありません。あとの事は任せました」


 最後にそう言い残して


「あ、そうそう。フェニックスの聖剣士とそのパートナーは、基本的には寿命以外で死ぬ事もありませんし、傷を負う事も血を流す事もありません。でも、2つだけ例外があり、その例外は女性のみに適応されるのです」

「「例外?」」


 女性限定の例外って?


「だって、その例外がないと愛する人との間に子供を作る事も、産む事も出来ないから」

「「なっ!?」」


 その例外が何なのかすぐに理解した。

 つまり…………そういう事だよな。


「だから気にしなくていいわよ」

「ちょっ!」

「何で最後の最後でそんな事を言うのよ!」


 それを最後に青蘭の記憶は、今度こそ光となって消えていった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 その後俺達は、デオドーラの洞窟を出てリーゼとルビアの2人と合流した後、一度あの村に戻って一晩だけ過ごした。

 戻ってまずびっくりしたのが、あれだけ俺の顔を見ただけで憎悪が丸出しだった人達が優しい笑顔を浮かべて迎え入れてくれた事だった。迎え入れたというよりは、外から来た人を手厚くもてなしてくれたという感じだろうが、いずれにせよ俺とシルヴィの事は誰一人として覚えていない様子であった。

 宿を取ってから夕食を食べに町を出歩くと、そこには普通に市場で働いている鹿島と香田の姿が見えた。どうやら記憶や経歴まで改竄できることが、あの2人様子を見てハッキリと分かった。凄い徹底ぶりだ。

 2人とも俺が視界に入っても全く気に止める事もなく、俺が品物を物色している際は笑顔で対応された。その笑顔からは、本当に俺の事なんて忘れてしまっているのだなと言うのが伺える。

 そんな2人を見て俺は腸が煮えくり返りそうになったが、代償を支払ったせいでこうなった為グッと堪える事にした。

 その後は何事もなく村で一泊し、翌朝にはナサト王国に向けて歩き始めた。

 村を出て20日が経ち、今俺達はナサトの国境近くにある森にある洞窟で野宿をしていた。


「まさか、ここまで代償が強力だとはな……」

「忘れるだけならまだしも、そもそも竜次が召喚されたとこそのものが北方の人達の記憶から無くなってしまうなんて。ご丁寧に記録まで消えているし」


 ジオルグに入ってからずっと目にしていた、聖剣士全員の手配書から俺とシルヴィの手配書だけが白紙になっていたのだ。理由を聞いてみても、皆が口を揃えて分からないと言っていた。と言うか、そもそも疑問にすら思おうとしなかった。

 更に調べると、俺がこの世界に召喚されて1年以上が経ったが、俺が召喚された事そのものが北方の人達から忘れ去られていた事には驚いた。

 そしてその影響はシルヴィにも及び、彼女が今は滅んだエルディア王国の第三王女だった事はもちろん、そもそも王女だった事も忘れられていた。顔も名前も忘れられていたから当たり前なのかもしれないが。


「分かっていた事とはいえ、ここまで強力だったなんて思わなかった。頼んでおいて今更と思うかもしれんが、シルヴィまで巻き込んでしまって」

「私の事は気にしなくていいわ。竜次のパートナーになった時点で覚悟は出来ていたし、私も正直言ってここまでだなんて思っていなかったわ。甘く見ていたわ」


 結果的に、青蘭の忠告通り後になって後悔する事になった。どうでもいいと思っていた人達でさえこれだから、魔人を人間に戻す時に発生する代償が発生した時、俺達は本当にそれに耐えられるのだろうか?


「あんな連中なら忘れられても問題ないって思ったけど……」

「悲しいっというよりも、戸惑いが大きいな」


 これが親しくもない北方の人達だからまだそう感じるけど、もしこの世界全土に広がっていたらと思うと恐ろしくて堪らなかった。


(今なら分かる。青蘭が直前になって魔人を人間に戻すのをやめてしまった、その心情を。実際にその状況になって初めて気が付くなんて……)


 そんな俺とシルヴィに、洞窟からルビアが出てきて近づいてきた。


「眠れないのか?」

「ご主人様に一つだけ約束して欲しい事があります」

「約束して欲しい事って?」


 笑顔を浮かべているが、とても笑っている様には見えなかった。


「はい」




「今後は代償が発生するような願いを叶えないでください。特に、魔人に変えられた人を元に戻そうなんて一瞬でも考えては駄目です」




 予想もしていない言葉に、俺とシルヴィは目を大きく見開いて呆然としてしまった。たぶん、俺今物凄くマヌケな顔をしているだろうな。


「訳を聞かせてもらってもいいか?」


 ルビアなら、魔人に変えられた人を元に戻す事を推奨してくると思っていたのだが、予想に反して彼女は反対していた。


「代償が重すぎるからです。確かに、命の危機に関わるものではないのかもしれませんが、貴方方がこの世界で孤立してしまう事になるのですよ。それも、今まで親しくしていた仲間からも存在を認知されず、一緒に過した時間そのものまで無くなってしまうのですよ。全世界の人達の平和の為に、この世界の為に尽力してくれた聖剣士とパートナーを不幸にさせるなんて間違っていますし、そんな平和なんてクソくらいです」


 北方出身の彼女からそんなまともな意見が出るなんて思ってもみなかった。間違いなく俺は、呆気にとられるあまり今物凄くマヌケな表情を浮かべているだろうな。


「周りが何と言おうが絶対に耳を傾けてはいけません。青蘭が直前になって恩恵を発動させるのを躊躇われたのも頷けます。こんなの酷過ぎます」

「ついこの間まで青蘭の事を悪魔呼ばわりしていたくせに、急に彼女を擁護する立場に変わるとは」

「代償の内容を考えると、彼女を攻める事なんて出来ませんし、願いが叶えられないからと言って突然掌を返して迫害する方がどうかしています。私が言えた事ではありませんが、その事で憎むなんて筋違いです」

「じゃあルビアは、このまま北方が極寒地獄のままでも良かったと言うのか?」

「代償の事を聞かなかったら、もしかしたら改善して欲しいと考えていたかもしれませんが、聞いた後ですとそう思う事が出来ません。考えてみれば、2000年以上もこんな環境の中でも子孫を残して生き続け、今の今まで生活してきたのですから今更です。確かに、とても過酷な環境ではありましたが、もう雪と吹雪が多いあの環境が当たり前になってしまっているので、2000年ぶりに気候が戻っても現地住民は困惑するだけです。ご主人様もその兆候をお見えになった筈です」


 確かにルビアの言う通り、俺達があの日から見てきた北方の人達の反応はどちらかというと凄く戸惑っていたように見えた。

 気温は他の地方よりも低いものの、以前の様に夏でも0度を下回る事も無くなり、日中の間ずっと温かい日が続くなんて事は今までなかった。

 ジオルグしか確認できていないが、突然温かくなった事を住民達が喜ぶことは意外となかった。むしろ、何か良くない災い、それこそこの世界が滅ぶほどの大災害の前触れではないかと怖がる人が大多数を占めていた。


「世界の終わりは大袈裟でも、せっかく極寒地獄から解放してあげたのだからもっと喜べばいいのに」

「皆シルヴィみたいにすんなり受け入れられる訳ではないよ。俺達はどうしてこうなったのかを知っているから冷静でいられるが、何も知らない人からすれば何か良くない事が起こるんじゃないかって考えてしまうし、不吉に思うのも無理ないさ」

「でも、皆温かくなったって言うけど私達からすればまだ十分に寒いのだけど」


 そりゃ俺達からすればまだ寒いのだけど、ずっと極寒地獄で過ごしてきた人達からすれば例え3度でも温かく感じるのだろう。ちなみに今の体感温度は5度前後。まだ肌寒いけど、他の地方では既に暖かくなっている筈だ。と言うかもうすぐ春なんだけど。


「ご主人様やシルヴィア様からすればまだ寒いかもしれませんが、北方出身の私からすれば暑いくらいです」


 これで暑く感じるのだったら、イルミド王国みたいな気温の高い地方に行ったら灼熱地獄に感じるだろうな。いや、俺でもイルミド王国が灼熱地獄に感じるくらいに熱かったんだもんな。


「話が逸れてしまいましたが、そんな残酷な代償を支払ってまで魔人に変えられた人を元に戻して欲しいなんて思いませんし、それでも戻せと言ってくる人の言う事なんて無視すればいいです。パートナーと共にこの世界から孤立してしまう事になってしまいます。新たに関係を築けばいいなんて楽観的に言っても、一度親しくなった人からは存在すら認知できないレベルなのです。それがどんなに辛いものか想像もつきません。どんなに周りが励ましたり、的確なアドバイスをくれたりしても、それが相手に響く事はあまりありません。当事者の気持ちは、当事者にしか分からないのですから」


 確かに、第三者と当事者とでは考え方や捉え方が全然違う。どんなに周りが正しい対処法や、改善点を指摘しても、いざ自分がその状況に陥ってしまうと正しい対処が出来ないものだ。

 例えば、突然目の前で人が倒れたとしても、医師や医大に通っている人でもない限りどうすれば良いのか分からずパニックになってしまい、マニュアル通りに行動がしにくくなってしまう。

 人というのは、突然の状況になかなか対処できないものだ。特にそれが初めて経験するものなら尚更だ。


「言いたい事はそれだけです。今後は代償を伴う願いは一瞬でも考えないでください。今回はどうでもいい北方の人達にしか影響が出ませんでしたが、魔人を人に戻すとなるとこんなもんでは済まされません。御2人がデオドーラの洞窟に来るまで青蘭がその事を黙っていたのも頷けます。絶対に願ってはいけないのですから」


 最後にそう言い残してルビアは洞窟へと戻っていった。


「当事者の気持ちは当事者にしか分からない、か……」


 思い当たる事がありまくりだ。

 俺も中学の時に、石澤に嵌められた時も正しい対処が出来ず、感情的になってしまい自分の首を更に絞めつける結果となった。


(思春期真っただ中で、感情の抑制が出来なかった時期だったというのを差し引いても、あの時は感情に任せて梶原に掴みかかってしまったもんな。普通に考えれば悪手である筈なのに)


 梶原も、襲われてすぐに警察に通報すれば良かったのだが、石澤の襲われた時の恐怖によって誰にも相談する事が出来ず、あの事件が起こった後で両親に全て打ち明けるまでずっと隠していた。その結果、石澤の筋書き通りになってしまった。


(周りから見れば、何ですぐに警察に相談しなかったんだって言うかもしれないけど、実際に被害に遭うと恐怖が勝って誰にも相談する事が出来なくなってしまう。大抵の場合は泣き寝入りしてしまう)


 梶原の場合は、あの出来事の後でようやく両親に打ち明けたみたいだけど、それでもやはり遅すぎるし、赤鬼事件で部屋に閉じ籠る程怯えてしまうくらいだから本人にとってはかなりの恐怖に違いない。

 恐怖と言うのは、時に人を支配する力もある。


「まぁ、どんなに竜次が強く願っても私が力を貸さなかったら恩恵は発動しないんだけどね」

「そうだけど、シルヴィだってしつこく懇願されたら流石に揺らぐだろ。愛する人を、大切な我が子を人間に戻してくれって言われたら」

「……拒み切れないかもしれない…………」

「だろ」


 まぁ、ルビアはもちろん、俺達に力を貸してくれている人達の殆どが反対してくれるだろう。

 だけど、石澤や犬坂は間違いなく元に戻すべきだと主張するだろうな。他にも、婚約者を奪われたシンや彼の両親も推奨するだろうな。


「まぁいずれにせよ、現段階では元に戻すつもりは無いのだけど」

「そんな事言ったら、黒い方と狂信女が民衆を味方に付けて何を言ってくるか。想像するだけでも腹立たしいわ」

「そうだな。ならもう秘密にしておくか」

「そうね。私達だけの秘密にしましょう」


 いずれにせよ、こんな情報を口外する訳にはいかない。

 いくら命にかかわることが無くても、大勢の人達から俺とシルヴィの事を忘れられる事を耐えられる自信が無い。

 ここにいる俺達だけの秘密しようという事で、俺とシルヴィはまとめた。

 マリア達には事情を話そうと思う。彼女達は間違いなく反対するだろうから、話しても問題ない

 それからしばらくして俺とシルヴィも洞窟に戻った。明日にはナサト王国に入国するのだから。

 だが、この時の俺達は知らなかった。ナサト王国でとんでもない事が起こっていた事を。





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