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61 最悪な女と最悪な男

 王都での騒動の後、俺達はデオドーラの洞窟に向けて吹雪の中をひたすら歩き続けた。

 今ではリーゼの魔法のお陰で、俺達は普通に町に入って宿を取る事が出来るけど、それでも自分達の手配書を見る度に居心地の悪さを感じてしまう。

 そしてそれは、俺達が今いる村でも例外ではなかった。


「まだ未完成みたいだけど、周りを高い壁で覆おうとしているみたいだね」

「まったくの無意味ですよ、こんな壁なんて。北方の魔物達の力を馬鹿にし過ぎです」


 村の周りを囲む石造りの壁を眺めながら呟くシルヴィに、後ろを歩いていたルビアが口を挟んだ。

 壁の厚さは1メートルくらいあり、灰色の煉瓦で作られた物で、高い所で50メートルくらいあり、低い所でも15メートルもあった。


「巨人の進行でも防ぐ気か?」

「巨人は流石にいないわよ。鬼系統の魔物ならいるけど」

「いや、こっちの話だから」


 シルヴィよ、俺の独り言を真面目に捉えないで。ただ、あの壁を見て人気のあの漫画の存在を思い出しただけだ。

 そして、この壁の建設を提唱したあの女の認識の甘さの象徴でもあった。


「まったく。鹿島はこんな物を作らせて何を考えているんだ」


 元の世界でも、俺の話を全く聞く事もなく一方的に罵声を浴びせて、時には才能の無さや石澤によってかけられた冤罪を理由に存在そのものを否定してきた、あの高校で一番の嫌われ者の女教師。

 そう。俺達は今、鹿島が潜伏している村に来ていたのだ。


「シェーラの部下の話だと、この町にいるみたいだけど」

「それらしい人物は見当たらないわね」

「ヤマト以外では、黒髪黒目の人間はそんなに見かけないからすぐに分かると思うけど」

「皆厚手のコートを着ていて、フードも深く被っていますからなかなか分かりませんね」


 シルヴィとリーゼとルビアも探してくれているが、それらしい人物は見当たらなかった。

 大雑把な特徴だが、この世界ではヤマト王国以外ではあまり見かけない黒い髪の毛と黒い瞳をした、20代後半の女としか伝えていない為なかなか見つけられない。顔の特徴と言ったら、せいぜい目鼻筋の整った美人という事で、詳しくはよく説明できない。


「すまないな。あまり上手に説明できなくて」

「いいわよ。それに、黒髪黒目もここではかなり目立つ特徴でもあるから大丈夫だと思うわ」

「そうか……」


 とは言え、顔だけで鹿島を見つけるなんて無理に等しいし、この時期はどの町も誰も外に出歩かない中、この村は大勢の人が外に出て働いていた。

 だが、活気は全く感じられなかった。


(パッと見は真面目に働いているように見えるが、目が死んだ魚の様な目をしている。それに、こんな吹雪の中で煉瓦作りを行うなんてどうかしているぞ)


 通常、煉瓦は屋内で作る物なのだが、この人達はどういう訳か吹雪が吹き荒れる中外で煉瓦を作っていた。周りの建物に、煉瓦作りに適した建物が無かったというのもあるのかもしれないが、それでもこんな荒れ狂う天気の中で行う様な事ではない。


(村の西側には、ビニールハウスに似たものもある。使われているのは布っぽいけど)


 大方、あの中で作物の栽培を行っているのかもしれないけど、この辺りの土はずっと雪で覆われていて酸素も十分に行き届いておらず、栄養なんて殆ど無いから作物が育つとも思えない。第一、そんな方法で作物が育つのならとっくの昔に他の国でも行われている。いくらなんてでもそこまで馬鹿ではないと思う。


「酪農ならいけそうな気がするけど」

「無理です。牛や馬を飼育している牧場の年間被害額はとんでもない額になっていまして、各牧場で毎年数百頭もの牛や馬が魔物に襲われ、その牧場主も魔物に食われる被害が後を絶えないのです。北方で酪農をするという事は、この地域に住んでいる魔物に餌を与えているのと同じで非常に危険なのです」

「そうか」


 酪農にしても、この地域には人を襲う程の凶暴な上にやたらとデカイ魔物しか存在しない為家畜を飼うのは不可能だし、その前に襲われて食われてしまう。兎の魔物でさえ、成人男性と同じくらいの身長はあるのだから。しかも、兎なのに肉食でかなり凶暴。


「竜次の言う鹿島という女は、そこんところが全然分かっていないのかしら?」

「と言うか、この世界に来て1年以上も経っているのに魔物の1匹も見たことが無いのか?」

「さぁな」


 おそらくリーゼの予想通り、鹿島は1年以上経っているにも拘らず魔物の姿も見ておらず、その危険性を全く知らないのだろう。だから、RPGなんかに出てくるモンスターを基準に考えているのだろう。


(ゲームのモンスターなんて、所詮は人の想像で生み出された空想の産物に過ぎない。そんな物は基準にもならない)


 モグラギツネにしろ、メルボーモしろ、ホワイトキングにしろ、マンイーターにしろ、そしてフロストドラゴンにしろ、いずれもかなり巨大な上にやたらと狂暴な性質をしている。フロストドラゴンに関してはまだ分からない事が多いが、それ以外の北方の魔物は例外なく人との共存は不可能なレベルだ。


「鹿島はおそらく、地球と同じ感覚でいるんだろうな」


 確かに、この世界にはエルフや獣人の様な亜人は存在しないし、同じ人間なら分かり合えるだろうと思っているのかもしれない。確かに、その認識で間違いは無いのだけど、住んでいる世界が違えば価値観も物の捉え方も違ってくるものだ。国によって文化と価値観が違うのと同じ。

 鹿島がやっている事は、力と恐怖によって支配していたデゴンと全く同じだ。鹿島はこの村の為にやっていると思い込んでいるのだろう。

 村の状況から鹿島が、この村の人達に何をしているのかを想像していると、目の前の円形の広場にまさに俺の知っている鹿島知美が立っていた。厚手のコートを着ていたが、フードを被っていなかった為すぐに分かった。耳当ては付けていたけど。

 そして、その隣にいる人物に俺は戦慄した。


「何であの男までもいるんだ……!」

「竜次の記憶で見た事があるわ。竜次を犯人と決め付けて、ろくに捜査をしようとしなかった憲兵、向こうではケイサツって呼ばれているんだったね」

「間違いない。香田だ……」


 そう。どういう訳か、香田までもがこの世界に来ていた。しかも、鹿島の傍でどっしりと構えて周囲の警戒をしていた。


「何で、何であの男がこの世界にいるんだ……!」


 あの時間は普通に出勤して仕事をしている為、俺達が召喚される時あの学校の中にはいなかった筈だ。香田がこの世界に来る条件は、何一つ満たされていない。この世界にいる筈がない。


「少し黙った方が良いぞ。2人がこっちに近づいて来る」


 俺達に気付いた鹿島と香田が、こちらに向かって歩み寄ってきた。

 リーゼの魔法のお陰で、目の前にいる男が俺だという事は分かっていないと思う。


「あなた達、こんな所で何をしているのかしら?村の人達全員が働いているというのに、あなた達こんな所で呑気に遊んで」

「男のお前は煉瓦製作、もしくは壁の建設。女は農作業の方へと向かえ」


 俺だと分かっていないみたいだけど、同時にこの村の人間ではない事も分かっていないみたいで、ここにいる俺達がサボって遊んでいるように見えたのだろう。


「言っとくけど、俺達はついさっきこの村に来たばかりだ。旅の者だ」

「旅だぁ?警察を馬鹿にしてんのか!」

「事実だ。俺達は南方のファルビエ王国から来た」

「何の目的でここに来た?」

「薬の材料を取りに来た」


 嘘ではない。

 この地方にしかないキノコを採りに、リーゼはわざわざこの地方に来たのだ。凍傷や冷え性に効く薬を作る為に。


「どんな薬を作る為に?」

「凍傷や冷え性に効く薬だ」

「ファルビエ王国を初め、南方の国々は冬でも温暖な気候の地域だと聞いている。そんな国に凍傷や冷え性用の薬が必要だとは思えない」


 以外にこの世界の気候状況について調べていたか。流石は、曲がりなりにも警察官。


「自国民の為に作るのではありません。私達はそう言った薬を他国に行って売って回るのが仕事ですし、温暖な気候の国であっても冷え性の人だっています。必要ない事はありません」


 俺の代わりにリーゼが前に出て代わりに説明してくれた。

 王位継承権を放棄した今の彼女は、自分が作った薬やポーションを自国だけでなく同盟国にも売る事で生計を立てている。

 だが、そんなリーゼの言葉をそう簡単に信じる香田ではなかった。


「それ、本当に安全な薬なんか?本当は危険なドラッグかなんかじゃねぇのか?」

「疑われるのなら使いますか?今手元にはビタミン剤と下痢止めと風邪薬しかありませんが」


 そう言ってリーゼは、ポケットからオレンジ色の紙に包まれた白い粉上の薬を手渡した。ちなみにそれはビタミン剤だ。


「そんな怪しい薬を人に進めて、高い金でもせしめてきたのか」

「薬作りだって楽じゃないんだ。ちょっとでも配合を間違えると毒になってしまうから、少し高くなってしまうのは仕方ない。高いと言っても、銅貨10枚だ」

「ほおぉ」


 そこまで疑り深いのなら、石澤の証言にも疑いを持ってもらいたいものだ。と言うか、銅貨10枚でも十分に高い気がする。


「肝心の凍傷の薬はないのか?」

「だから材料を求めて、こんなクソみたいな地方に足を運んだんだよ」

「なるほどな。分かった……何て言うとでも思ったか!」


 突然声を荒げた香田はリーゼからビタミン剤を勢いよく取り、それを鹿島が手に取って中身を確かめた。その際、突風で中身が吹き飛ばない様に身体と腕でガードしながら。


「真っ白な粉。見るからに怪しすぎるわね。本当はコカインとかじゃないの?」

「やっぱりな」


 何がやっぱりだ。この世界では粉薬が主流で、錠剤やカプセル薬はこの世界には存在しないのだ。液状の薬はあるが、それは主に注射等で使われている。この世界に来て薬を飲む機会はなかったのか?

 確かに、この世界にもコカインなどの危険薬物は存在するが、リーゼはそんな物を売って金を得るような女ではない。薬剤師として、そう言った危険薬物に触れた事はあるが、わざわざ持ち出すような事はしない。

当然のことながら、リーゼは香田と鹿島に強く反発した。

「馬鹿言ってんじゃない。それはただのビタミン剤だ」

「何で錠剤じゃないの?」

「こんな怪しさぷんぷんの真っ白い粉なんて、コカイン以外に考えられないな」

「何なんだよ錠剤って?一般的な薬と言ったらそれの事を言うんでしょ」


 確かに見た目が危険薬物に似ているから、疑う気持ちも分からなくもない。

 だが、それ以上に俺はあの2人の態度に腹が立った。


「正直に白状した方が身の為だ。これはコカインか何かなんだろ」

「こんなあからさまに怪しい粉を、薬だと言って信じるとでも思った?馬鹿にしないで欲しいわ」


 疑うべき相手の事は何一つ疑う事は無く、無実の人間の事は徹底的に追い詰めて冤罪を掛ける。

 こんな奴が、何で教師なんてやってんだ。

 こんな奴が、何で警察官なんてやってんだ。

 我慢の限界を迎えた俺は、リーゼの前に立って2人を睨み付けながら言った。


「何だ?」

「アンタは何時もそうだ。勝手な決め付けと、根拠のない勘だけを頼りにしてろくに調べようとしない。アンタも、自分が見てきたもの、信じてきたものだけが全てじゃないんだ」


 一度口に出してしまうともう止まらず、俺はただ感情のままに訴えた。

 その際、徐々に俺とシルヴィを覆う魔力が消え、2人からも徐々に俺の姿がハッキリし始めている事に気付いても止められなかった。


「あの時だってそう。何度も無実を訴えても耳を貸そうとせず、捏造された事実を公表してアリバイをもみ消した。しかも、俺がまともに社会進出できない様にネットで晒し者にしてまで。お陰で俺は、何処へ行っても、県外の高校に行っても受け入れてもらえず、学力レベルこそ低くはないがあの男がいる高校に行く羽目になった。他所へ移り住んでも地元と変わらない、もしくはそれ以上の差別を受ける事になった」

「お前は!?」

「こんな所で会うなんてね。楠木」


 俺に気付いた2人は、犯罪者を見る様な目で俺を見て、今にも飛び掛かりそうな態勢を取った。シルヴィとリーゼとルビアが、とっさに庇ってくれなかったらそうなっていただろう。憔悴しきった村人達は、俺達の存在に気付いても見向きもせずただひたすら作業に没頭していた。そんな体力なんて残っていないのだろう。


「アンタもそうだ、鹿島。才能だけで人を区別し、凡人というだけで冷遇して正当な評価を与えない。評価しないどころか、その人の悪い部分だけを延々と語る。お前にとって生徒達と言うのはその程度のものなのか」

「才能が無いから上手に生き抜く事が出来ず、強盗や殺人や詐欺などと言った犯罪行為に走るのよ。真に才能のある人間なら、そんな犯罪行為なんて行わないし、清く正しく真っ当な人生を送る事こそが決定事項なのよ。才能の無いクズがいくら頑張っても何にもならないし、評価されないのは当然でしょ」

「それに、お前は自分が犯した犯罪を棚に上げて、ありもしないアリバイばかりを言い張り、勇気ある行動をとった石澤君を貶める様な嘘ばかりを言って逃れようとした。だから俺は、お前が罪をありのままに公表したんだ。逆恨みも甚だしい」


 あれだけ言っても尚、鹿島と香田に響く事は無かった。

 この2人も完全に石澤を妄信し、犬坂ほどではないにしろ完全に狂信者の域に達していた。


「お前のせいで傷ついた女性がたくさんいるにも拘らず、お前はそれ反省するどころかこの期に及んでまだ見苦しい責任転換をするのか。やはりお前は正当な裁きを受けるべきだ」

「そこを退きなさい。あなた達は楠木に騙されているだけなのよ」


 俺を庇っている3人に諭すように言う鹿島だが、3人とも引かずに今にも攻撃できそうな態勢で睨んだ。


「アンタ達は黒い方と同レベル、もしくはそれ以上のクズね」


 最初に口を開いたのはシルヴィであった。


「何を言ってんだ!?」

「黒い方って、もしかして石澤君の事?彼の事を悪く言うなんて失礼だと思わないの?」


 石澤を侮辱されて怒りを露わにする2人だが、シルヴィは構う事無く主張し、そんなシルヴィの後にリーゼとルビアも続いた。


「黒い方は、石澤玲人は2人が思っている様な人徳者なんかじゃない。自分が欲しいと思ったものはどんな手段を使ってでも手に入れ、邪魔な男をとことん追い詰めて陥れる。竜次もあの男の被害者の一人なのよ」

「その上、美人の女には目が無く、どんな手段を使ってでも手に入れようとする。現に1000人以上もの女があの男の被害に遭ってんだ。いくら一夫多妻が認められていても、嫁1000人なんてどうかしているって思わないの?」

「私達が今もこうして健康な状態で、尚且つ防寒対策も徹底された状態でいる時点で出回っている噂が嘘である事は明らかな筈です。そもそも、ドラゴンの聖剣士の悪い噂なら最北の地にまで届くくらいに酷いものなのです。そんな男が、アナタ方のおっしゃっていたような英雄な訳がないじゃないですか」


 最初は俺の事を警戒していたルビアも、今では俺の事を信頼してくれているのが少し嬉しく思った。

 シルヴィとリーゼは、必死に石澤玲人という男の本性を訴え続けたが、それでも石澤の事を信じ切った2人には響かなかった。


「馬鹿言ってんじゃなぇよ!石澤君はあの事件の後も、勇敢に暴漢を摘発してきたんだ!彼のお陰で救われた女性達に対して酷いと思わないのか!1000人以上いるって事は、それだけの数の女性を助けてきたって事でもあり、そんな彼女達が石澤君に惹かれるのは当たり前な事だろ!」

「石澤君は素晴らしい才能と、素晴らしい能力を持った神童であり、この世の人間全てから愛され、その才能を認められた選ばれた人間なのよ!そんな彼が犯罪に手を染める筈がないでしょ!才能を持った人間に悪人は一人もいないのよ!それがこの世の理でもあり、真実なのよお!」


 2人の主張はもはや戯言にしか聞こえず、言っている事も支離滅裂だ。

 それでもシルヴィとリーゼとルビアは、毅然とした態度で反論した。


「黒い方の周りに、都合よくたくさんの暴漢が発生するなんておかしいでしょ。そもそもその男の人達は本当に暴漢をしたの?男の近くにいた女を手に入れるのに邪魔だったから、排除して自分の言いなりにさせる為に無実の罪を着せたとしか思えないわ。麻美も言っていたけど、黒い方に襲われた恐怖で言いなりになってしまったって。そんな麻美や、他の女たちの言葉をちゃんと聞いた上で調べれば簡単に分かる事でしょ」

「才能があると世間で言われている人であっても、犯罪行為を行う様な悪者は普通に存在する。才能がある人全員が聖人君子だというのならとんでもない。全員が感情のある人間なんだから、何かのきっかけで犯罪に手を染める事だってあるし、仮にその理論が正しいのであればデゴンみたいな大馬鹿は生まれない」

「そもそも、この世界に召喚される前の話を聞いただけでも怪しすぎるではありませんか。シルヴィア様のおっしゃる通り、そんな都合よくたくさんの暴漢がその男の周りに集まるのですか?そもそも、暴漢が黙ってその男に摘発されると思いますか?摘発する前に報復を受ける可能性も考えなかったのですか?」


 尚も否定しようとする2人に対し、彼女達はおかしな所を一つ一つ丁寧に説明してあげた。聞いてた俺も、納得してしまうくらいにおかしな点ばかりであった。

 石澤の周りに暴漢に困る女性が集まるなんて、言われてみればあまりにも都合が良すぎる。そもそも、当時はただの学生に過ぎなかった石澤に暴漢を撃退できたとは思えない。例え護身術の心得があったとしても、あまりにも都合が良すぎる。逃げられる事だって、ナイフで襲い掛かってくる事だってあるのだ。

 またリーゼの言う様に、いくら才能に恵まれているからと言ってその人が必ずしも正しい生き方をするとは限らない。ちょっとした誘惑に屈して犯罪行為を行う人だっている。石澤やデゴンみたいに、自身の才能に酔いしれて犯罪行為を行う様な奴だっている。

 聞けば聞く程納得のいく内容で、香田と鹿島がいかにおかしいのかが分かる。

 甘やかされ放題甘やかされ、失敗や挫折を一度も経験した事が無い鹿島は当然として、今まで石澤を信じて全く疑おうとしなかった香田もどうかしていた。


(犬坂にしてもそうだが、そこまでして石澤に心酔する価値があるとは思えない)


 いくら才能があっても、所詮はただの学生である石澤があんなに信仰されるなんて不自然過ぎる。

 だけど、そんな3人の話を聞いても香田と鹿島は考えを改めようとはせず、石澤の輝かしい功績を声高に主張し始めた。その内容はもう聞くに堪えないものであった為、内容まではいちいち把握できなかった。


「あの狂信女もそうだけど、あんな男にそれだけの魅力があるとはとても思えないわ」

「私も祖国で初めて会った時から怪しいと思っていた。確かに力はあったかもしれないが、あの男があそこまで好かれるなんて不自然すぎるな」

「見ていてとてもみっともないですね」


 シルヴィ達はあぁ言っているけど、学生にとって顔が良くて勉強もスポーツも完璧な王子様タイプは女子の憧れであり、その思いは大きく燃え上がる炎のごとく激しいものだ。

 だが、大人になると当時抱いていたその人に対する思いもアッサリと冷めていき、そんな事もあったな程度で済んでしまう。

 この世界では15歳で大人になり、酒を飲む事だって出来るようになる。シルヴィ達を見てきて分かったが、この世界の人達は15歳を過ぎるとしっかりと物事を考えられるようになっていた。個人差は確かにあるが、ちゃんと大人としての自覚をもって判断できるようになっていた。

 目の前で惨めに喚き散らす2人にも考えて欲しい。

 そんな人達が、盲目的に石澤に心酔するとも考えにくい。もしそうだとしても、既に婚約が決まった人が相手の男性をアッサリ捨てて石澤に燃え上がるような恋をするのだろうか?結婚している女性にしろ、旦那を見捨ててまで石澤の所に行くのだろうか?

 冷静に考えれば不自然な事だらけなのに、この2人はそこまで発想が及ばないのだろうか?もはや何を言っても伝わらない。

 だが、次の瞬間高い方の壁が水色の光線の様な物に貫かれ、その部分の壁が呆気なく崩壊していった。


「なっ、なにぃ!?」

「どうなってんだ!?」


 この事態を前に、鹿島と香田は驚愕な顔で崩壊した壁を眺めていた。壊されるなんて微塵も思っていないみたいだ。

 だが、俺達は最初からあんな壁なんてすぐに壊されるだろうと思っていた。何故なら、こんな壁よりも大きな魔物がこの北方には存在する。正確には魔物ではないのだが。


「来てしまったか。フロストドラゴン……」

「フロストドラゴンに限らず、大型の魔物ならあんな壁なんて簡単に破壊してしまうわよ」


 この世界の魔物って、そんなに強力なやつばかりなのか!?1メートルもある煉瓦造りの分厚い壁を簡単に破壊するなんて……今更ながら、こんな化け物相手にこの世界の人間はよく戦えるな。

 なんて感心している場合じゃない。

 80メートル越えの巨大なフロストドラゴンが現れ、町で作業をしていた人達はもうパニックになり、作業を投げ出して一斉に村の外に出ようと慌てだした。


「何でこんな所に来たんだ!」

「分からないわ。フロストドラゴンにはわからないところが多すぎるのよ」


 確かに、通常のドラゴンならば背中を向けて逃げる相手を優先的に襲う。厄竜であれば、視界に入った人間は無差別に殺す。

 だが、フロストドラゴンは逃げ惑う人達には全く目もくれず、一直線に俺達の所まで歩み寄ってきた。視線の先には、鹿島と香田の2人がいた。


「なによ、あれ……!?」

「あんなデカイ怪物がいるのかよ!?」


 怪獣と呼んでも遜色ないフロストドラゴンを前に、鹿島と香田はただ恐怖に怯えるだけであった。


「嘘よ……」

「鹿島さん?」


 そんな中鹿島がよろりと立ち上がり、フロストドラゴンの後ろに見える壊れた壁を虚ろな目で見ていた。


「こんなの嘘に決まっているわ。だって、私は今まで失敗なんて一度も経験したことが無い完璧な人間で、素晴らしい才能に恵まれているのよ。こんな事はあり得ない。そうよ。あれが壊れるって事は、作った奴等が何かしらの手抜きをしたに違いないわ。でないと、私が設計したあの壁があんなに簡単に破壊される訳がないわ。私の立てた計画は完璧だったわ。なのに上手くいかないのは、私の言う通りに動かない周りの連中のせいなのよ。何の才能も持たない底辺な人間なんだから、才能のある人間の言う通りに動いていれば何の間違いも起こらないし、失敗するなんてそもそもあり得ない事だわ。そうよ。全部アイツ等が悪いんだ。私は何一つ悪くない。私の立てたプランに失敗なんて絶対にありえない」


 その後も、放心状態でブツブツと言い訳を並べて、人生で初めて味わう失敗と絶望から必死で目を逸らそうとする鹿島。何と言うか、見ているだけで惨めで仕方が無かった。


「あの女はもう駄目ね。自身の失敗から目を逸らして、その責任を他人に擦り付けるなんて、竜次の言う通り27年も無駄に過ごしているわね」

「確かに。失敗や挫折を経験してこなかったから、そこから立ち上がる術を全く知らないんだ」

「人間の人生なんて、成功よりも失敗の方が圧倒的に多いのに、彼女の場合は周りの大人達が甘やかすものですから、あんな風に甘ったれで傲慢で根拠のない自信ばかりに満ちているのですね。けれどそれ故に、失敗から這い上がる事が出来ずにズルズルと落ちぶれていく一方ですね」


 シルヴィとリーゼとルビアからも哀れみの感情を向けられる鹿島。そこにはもう、地球であれだけおごり高ぶって、根拠のない自信と甘やかされてきたと知らずに得た実績に縋り付いていた、高慢で幼稚で思いやりの欠片も無かった鹿島の姿が無かった。

 今の鹿島は、見ているだけでも憐れな姿をしていて、同時にとても醜かった。

 そんな鹿島の姿に、香田は動揺するばかりであった。こんな鹿島を見るのは初めてだから、分からなくもない。


 グガァアアアアアアアアアアアアアア!


 俺達の前に立ったフロストドラゴンが、初めて見るドラゴンに怯えて腰を抜かす香田と、自身の失敗から目を背け続ける鹿島に向けて腕を振り下ろしていった。


「クソ!」


 俺はすぐに、鹿島と香田を攻撃しようとしてきたフロストドラゴンの前に立ち、その腕が2人に届く前に元の大きさに戻した聖剣で防いだ。


「お前!」

「勘違いするな!死んでそれで終わりでは、俺が納得しねぇんだよ。お前等2人には、重い罰を一生背負った上で苦しみながら生きてもらう」

「重い罪を犯したはお前だろ」

「アンタは、信じる相手を間違えた。何度も言うが、石澤はお前が思っている様な聖人君子ではない。自分が欲しいと思ったものはどんな手段を使ってでも手に入れ、その為なら犯罪まがいな行為も平気で行う強欲で卑劣な奴だ。特に女には目が無くて、美人の女は人妻だろうが何だろうが関係なく手に入れようとする」

「石澤君の事を悪く言うな!」

「そういう奴なんだよ、石澤は!実際に石澤は、僅か1年で婚約者を1000人以上も作った!いくら一夫多妻が許されていても、1000人以上もいてしかもまだ増やしているだ!おかしいだろ!」


 あのクソみたいな王女の力があったとしても、普通はそんなにたくさんの女が婚約したがった時点で疑問に思うものなのだが、この2人はそんな石澤の行動がおかしいとは思わないのだろうか?

 そもそも何故、石澤の言う事を何の疑問も抱く事なく信じられ、行動全てが正義だと思い込めるのだ?

 この2人だけじゃない。石澤の周りにいる女子達や、石澤と関わりの深い人達はどうして石澤に対してあそこまで信じられるのだろうか?

 裏で犯罪スレスレの行動を行っていれば、いかに石澤自身の演技が上手くても必ず何処かでボロが出るものだし、警察ならすぐに勘付いて疑い出す筈。なのに何故、疑う事はおろか調べようとしないのだろうか?上代や秋野の様に石澤を疑う人もいるし、梶原の様な被害者だっているのに。

 それなのに何故?

 だが今はそんな疑問を抱いている場合ではない。目の前にいるフロストドラゴンは、鋭い目付きで俺達を見下ろしていた。

 だが、逆に言えばそれだけでそれ以上は何もしてこなかった。


「何が目的なんだ?」


 そんな俺の問い掛けに対し、フロストドラゴンは大きな翼を羽ばたかせ、鹿島と香田がいた村の南側、デオドーラの洞窟がある方へと飛んでいった。

「行ってしまったな」

「一体何しに来たんだ?」


 リーゼの言う通り、本当に一体何をしにここに来たというのだろうか?謎過ぎるぞ、フロストドラゴン。


「それよりも、この2人はどうする?」

「普通に考えれば、極刑は免れないと思います。信じるべきではないドラゴンの聖剣士の意見を信じ、余計の増長させたのです。その結果、1000以上もの女性が不幸になっているのですから」


 いやルビアよ、そこは香田や鹿島のせいではなく、石澤の生来のものだと思うぞ。地球にいた時からかなりの女たらしで、美人の女は全て自分の物だと思い込んでいる様なゲスなのだから。

 まぁ、何にせよこの2人は報いを受ける事になるだろうがな。

 鹿島はともかく、警察官である香田でさえショックが大きすぎたみたいだ。

 だが、ここで死んでは俺の気が晴れない。ちゃんとした罰を受けて、残りの人生を苦しい思いをしながら生きてもらわないと困る。死んだ方がマシだと思う程の苦しみを味わいながら。

 その後、俺達は香田と鹿島の身柄を戻って来た村の連中に引き渡してから、あのフロストドラゴンがいると思われるデオドーラの洞窟付近へと向かった。当然ながら、俺達は村人達から全く歓迎されなかった。2人の身柄を引き渡した後、俺達はすぐに追い出されてしまった。

 ただ、2人の身柄を確保した事についてだけは感謝された。





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