表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/90

60 デゴンの捕縛

 ジオルグの王都に入って2週間が経ち、俺達はようやく王城の近くまでやってきた。


「って言うか、王城に着くのに2週間って、あり得なくない?」


 いくら王都そのものが、ジオルグの元々の国土面積だったとしても広すぎるぞ。これだけ広い国土を持っているのに、まだ国土を広げようとするなんて何を考えているのだ。人口が過剰に増えている訳でも何でもないのに、資源の問題だったとしても極寒時刻の北方から取れる資源なんてたかが知れている。


「ま、そんな事は直接本人に聞いてみるしかないわね」

「そうだな」

「私も以前デゴンからいろいろ話を聞いた事があるが、話す事と言ったら自慢話ばっかりでつまらなかったな」

「私の時もそうだったわ。やたらと自慢話ばかりをしていたわ」


 当時の事を思い出したのか、お姫様2人は顔を顰めながらボソッと呟いた。どうやらデゴンという人間は、自分の事ばかり話し、相手の話には一切耳を傾けない典型的な自分大好き人間だな。


「キリュシュラインの国境到達が明後日に迫っているみたいだし、何とか間に合っているわね」

「いつ来たんだよ……もう驚かないけど」


 転移石を使ってきたのか、正確に俺の隣に現れたシェーラ。


「キリュシュラインも、国土を広げ過ぎたのが仇になったみたいで、ジオルグの国境に接近するのにかなり時間が掛かってしまったみたいだね」

「俺としては助かったけどな」


 俺達も、王城に辿り着くのに2週間もかかってしまった為その辺は反省しなくてはいけないのかもしれない。と言っても、食事や宿で休んでいる時以外はずっと休まずに歩いていた為、それ以上はどうする事も出来なかった。


「早速イヴィを使って忍び込みたいところだけど」

「イヴィはレイリィ以上に寒いのが苦手よ。と言うか、北方みたいな所で召喚しても、召喚した途端にぽっくり逝っちゃうわよ」

「やっぱりな……」


 分かっていたが、寒いのが苦手なレイリィやイヴィを北方に召喚させる事が出来ない。他の魔物は大きい奴ばかりな上に、攻撃を主体としている魔物ばかりである為、こんな街中では召喚させる事が出来ない。北方に生息している魔物は全て凶暴で、服従させる事が出来ない。服従させられなければ、契約も行う事が出来ない。

 なので、選択肢は一つしかない。


「正面突破するしかないか……」

「それしかないみたいだから、わざわざこれを用意したのよ」


 何やら得意げな顔をしたシェーラが、俺達にある物を手渡してきた。で、そのある物を見て俺は顔を引きつらせてしまった。シルヴィとルビアなんてあからさまに嫌そうな顔をしているし、リーゼに至っては瞳から光が失って虚ろになっている。


「一応聞くが、こんな物を付けろと言うのか?」

「そうよ。仮面を被ればバレる心配はないわ」

「「「「……」」」」


 シェーラが俺達に手渡したもの、それは顔の鼻から上に被る仮面であった。しかも、何の付与も施されていないただのドミノ仮面。形だけは。

 仮面を装着するだけならまだ良いが、俺達が嫌がっているのはそのデザインであった。


「何でこんなデザインにしたんだ……」

「あら、気に入らなかったの?ドルトムン王国のお土産市で買った、魔物やドラゴンの目元をデフォメチックに描いた人気の仮面なのよ」

「「「「お土産品かよ……」」」」


 手渡され仮面には、これから行う事とは正反対な何とも可愛らしくデザインされた魔物やドラゴンの目元が描かれていて、パッと見は子供が読む絵本に出てきそうな物であった。俺達くらいの歳の人間が付けても、ただただイタイだけの代物であった。

 しかも、触った感じはベニヤに近く、頭を固定する為の紐まで付いている。仮面というよりも、お祭りの出店で売られているお面と言った感じだった。

 ちなみに、俺が持っている仮面には何とも可愛らしいドラゴンの目元が描かれていた。お目目ぱっちりでまつ毛も長く、愛らしい瞳が描かれていた。迫力は皆無。

 ついでに言うと、シルヴィは可愛くデフォメチックに描かれた熊で、リーゼは猿で、ルビアはオークであった。いずれも、怖さも迫力もなく、愛らしいデザインで描かれていた。


「何でこんな仮面なんだよ……」

「いいじゃない、可愛くて」


 楽しそうに笑うシェーラだが、俺達はちっとも笑えなかった。これからこの国を乗っ取るというのに、こんな迫力の欠片もない仮面なんか付けてどうすんだよ。余計に怪しまれるぞ。


「ボォとしている場合じゃないわ。私の部下達が突破口を開くから、あなた達は私と一緒にデゴンの所まで行くわよ」

「「「「ははは……」」」」


 乾いた笑みを浮かべながら、俺達は渋々貰った仮面を付けた。実際に着けて見て思ったが、やはり仮装パーティーというよりも幼稚園のお遊戯会みたいな感じがする。何と言うか、気が引き締まるどころか逆に脱力してしまいそうになる。


「シャキッとして。もう始まったわよ」


 その言葉の直後、城門の方から爆発音が鳴り響いた。どうやら、始まったみたいだ。


「仕方ない。行くか」

「えぇ」

「マジかよ……」

「やっぱり私も行くのですか……」


 シルヴィは諦めがついたみたいだけど、リーゼとルビアは未だに落ち込んだ様子であった。確かに、この歳になって被る物じゃないわな。

 爆発があった城門を潜ると、黒装束の人間達がこの国の騎士達と交戦していた。そんな彼等を横目で見ながら、俺を先頭に王城の中へと入って行った。


「チキショウ!こんなふざけたお面を付けた被った奴に負けるなんて!」


 気絶させた騎士や魔法使い達を倒す度にそう言われ、それに対して俺達は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「酷いわねぇ。こんなに可愛くて、ドルトムンでも人気のお土産品なのに」


 用意した本人は、何故あんな風に言われるのかが全く理解できていない様子であった。俺達なんて、すぐにでもこんなお面なんて外したいのに……。

 リーゼの魔法を解いても顔バレしないのは良いが、もう少しマシなものを用意して欲しかったぞ。

 そんな感じで遭遇する護衛騎士や、王宮魔術師の人達にこの仮面の事でいろいろ言われては、その度に心が折れそうになりながらも何とか俺達はデゴンがいる部屋へとたどり着いた。


「我が城を攻め落とそうなんて、随分と命知らずな連中がいるもんだな」

「大した自信だな」

「しかも、そんなふざけたお面を被るなんて、お前等の神経を疑ってしまうな」

「「「「くぬぅっ!?」」」」


 やっぱり言われるよね!

 何だろう?今までで一番心にグサッときた!


「あら、私はかなり気に入っているのに随分と酷い言い草ね」

「アンタが賊のリーダーみたいだが、何者だ?」


 胸を押さえている俺達を無視して、デゴンは後ろで腕を組んで立っているシェーラに視線を向けた。


「これは申し遅れました。スルトの幹部が一人、シェーラと申します」

「スルト、だと!しかもよりにもよってスルトでボスと同じくらい危険な奴じゃねぇか!」


 流石のデゴンもシェーラの事は知っていたみたいで、剣を抜いてすぐに戦闘態勢に入った。いや、逆に知らない方がおかしいのかもしれないからこれが普通か?


「スルトがここに来たって事は、狙いは俺様が管理しているウランとウラン爆弾か?」

「えぇ。アナタが何時まで経ってもうちの要求を受け入れないから、ならばいっそ国ごとウランを奪ってしまおうって思ったのよ」

「貴様!」


 敵意剥き出しでシェーラを睨むが、シェーラの気は白から赤色に染まっていた。そりゃそうか。国もウランも両方奪う気が無いのだから。

 対してデゴンは、強い怒りを表すオレンジ色に気が染まった。そりゃそうだけど、これ以上デゴンの暴走を見過ごす訳にはいかないんだよ。


「アナタのお相手は、私が従えている戦闘員の中でも特に実力の高い3人がお相手致しますわ」

「ほほぉ。このふざけたお面を被った男と女か。随分と嘗められているな」


 簡単に勝てると思ったのか、デゴンは俺達を侮蔑するような目で見ていた。こんなお面を被っているのを差し引いても、そんな目で見られるだけでもかなり腹が立つ。

 そんな俺にシルヴィが近づき、耳元で囁くように言った。


「デゴンがいつも男を見る時は、あんな風に侮蔑するような目で見ているの。自分以外の男は皆クズだと思っているみたい」

「何から何まで石澤みたいな奴だな」


 女たらしな所も、美人の女には見境なく手を出す所も、男を見下し侮蔑する所も全て似ていた。今回のキリュシュラインとの戦争も、自分以外の男なんて必要ないと思ったからこそ、使い捨ての駒として国中から男を集めた。

 石澤も、自分が目を付けた女の近くに他の男がいるとどんな手を使ってでも排除しようとする。俺の時みたいに冤罪を掛けられる事もある。

 やり方は違うが、やはりそっくりだ。

 そんなデゴンに向けて俺は、腰から剣を抜いて切っ先を向けた。そんな俺を見てデゴンは、鼻で笑いながら剣を抜いた。


「お前ごときが、神に愛されたこの俺様に勝てるとでも思ってんのか?」

「嘗めた口きくじゃねぇか」

「事実を言ったまでだ」




「俺様は生まれた時から類まれな才能と力を持ち、手に入らなかったものは一つもなかった!金も、地位も、名誉も、女も、何もかもが俺の為だけに存在するかの如く俺の下に集った!それだけじゃない、剣の腕も、魔法の腕も全てにおいてこの世界で最も優れているんだ!その上、神は俺様に更なる力を与えて下さった!そう、ウランだ!あれに秘められた力は全てを破壊しつくす!故にこの世で俺様に敵う人間なんて一人もいない!そうさ、神は俺様にこの世界の王として君臨する事を命じて下さった!俺様こそが正義であり、この世界の全てが俺様の為だけに存在する!魔人なんて恐れる必要なんてないし、聖剣士なんて存在ももう必要ない!俺様こそが神なんだから!」




 両手を広げて高らかに宣言するデゴン。その眼は濁っていて、狂気に満ち溢れていた。


「お前、狂ってるぞ」


 こんな男なんかの手にウランが来るなんて最悪過ぎる。下手をしたら石澤よりも最悪だ。先程の発言からも、この男からは理性が感じられなかった。

 いや、石澤はウランが危険な物だという事をきちんと分かっていて、暴君とクソ王女に入手を止めさせる事が出来た。

 だがデゴンは、ウランに秘められた力に酔いしれ、その力を悪用した後に恐怖で支配しようと企むようになった。理性を捨て去ってしまう程に。


「やはりお前は危険だ。身柄を拘束させてもらう」

「お前なんかに出来る訳がないだろ!一目見ただけで分かる!お前はこの俺様の足元にも及ばないくらいの雑魚だ!男は例外なく俺様よりも遥かに下で、女は俺様の欲望を満たす為に抱かれるだけに存在する!そうさ!俺様こそがこの世の全てなんだ!」


 もはやこの男には、何を言っても通じない。

 いくら才能に恵まれ、親から甘やかされ放題に甘やかされたからと言って、ここまで歪んだ人間を俺は今まで見た事が無かった。そこへ、ウランの採掘までもが加わった事で理性までも無くしてしまったのだろう。


「皆は下がってろ。この男は俺が1人で倒す」

「大丈夫なの?」

「ああ」


 恩恵をフルに使って戦う事になるが、この男を倒す為には手段なんて選んでいられない。


「ははははははっ!無理しなくても良いんだぞ!みっともなく女の手を借りたっていいんだぞ!尤も、それでも貴様がこの俺様に勝つ見込みは限りなくゼロなんだがな!」

「人を見下してばかりいると、痛い目を見るぞ」

「痛い目を見るのは、お前の方だ!」


 次の瞬間、デゴンは俺の目の前に移動し、下から剣を振り上げてきた。


「クッ!?」


 何とか防いだが、あとコンマ1秒でも遅かったら確実に斬撃を食らっていた。


「遅い!」


 休まずデゴンは、空いている左手から炎の球体を生み出し、俺の鳩尾に向けて放ってきた。


「チッ!」


 寸でのところで身体を横に逸らし、直撃を何とか免れた。

 だが、その後もデゴンの攻撃が止む事は無く、斬撃と魔法による攻撃を交互に行っていった。


「どうした!?威勢が良いのは口だけか!?」


(この男!口先だけではなかったみたいだな!)


 次の攻撃への切り替えが恐ろしく早く、太刀筋も洗礼されていて隙が無く、魔法も正確に俺だけを狙って放ち、外れれば壁や天井に当たる前に霧散させた。

 腹が立つが、剣と魔法の実力は本物の様だ。


(だが、それでもマリアや椿には100枚も劣る!)


 比較する相手を間違えているかもしれないが、怪物クラスに強いあの2人に比べるとどうしても見劣りしてしまう。


(恩恵をフルに使うつもりでいたが、使うまでも無いだろう)


 マリアに鍛えられたお陰で、デゴンの次の動きが手に取る様に分かる。マリアや椿の様に変則的で次の行動が読めない訳でなく、最初こそ予想よりも強かったから驚いて動揺してしまったが、しばらく続けていくうちに慣れていき、デゴンの攻撃を全て難なく避ける事が出来た。


「オラオラオラァ!避けるしか出来ないか!」


 デゴンから見たら、俺が追い詰められていると思い込んでいるみたいだけど。

 実際には、デゴンの攻撃を最小限の動きで躱していき、デゴンの体力と魔力を消耗させているのだ。シルヴィとリーゼ、シェーラとルビアの4人は既にそれを理解しているのか、あまり心配した様子が見られない。シェーラに至っては、不敵な笑みを浮かべていた。


(ハイになって分からなくなっているのかもしれんが、実は自分が追い詰められている事に気付いていないのか?)


 事実、デゴンは笑っているけど身体は蒸気しており、額からは滝のような汗が流れ出ていて息も上がっていた。魔力も尽きたのか、魔法を放つ事も無くなっていた。

 にも拘らず、ハイになっているデゴンは己の身体が限界に近づいているにも拘らず、攻撃の手を緩めようともせず、勢いは衰えるどころか更に増している様にも見えた。これ以上戦い続けると、体力が尽きると同時に身体が機能しなくなってしまいそうだ。


(疲れさせて自滅させようと思ったが、これは早い所決着をつけないと危険かもしれないな)


 目的はあくまでデゴンの拘束であって、殺すのが目的ではない。

 どうせ死刑になるのだろうけど、だからと言ってここで死んでも犠牲になった人達が報われない。彼等の無念を一身に背負わせた上で、極刑にさせなければ何の意味もない。


(それにコイツはもう限界をとうに超えている。俺の攻撃を受けきるだけの力なんて残っていない)


 そんな訳で俺は避けるのをやめて、デゴンの剣を回し蹴りで蹴飛ばすと同時に、俺の剣の刃をデゴンの首元に向けた。


「なっ!?」


 剣を蹴飛ばされた上に、俺に剣を向けられるなんて予想もしていなかったのか、目を大きく見開きながら驚くデゴン。そのままの体制のまま固まっていると、一瞬だけ気が抜けてしまったのか、突然上から何かに押し潰されたみたいに膝を付いて倒れた。


「自分に自信があるのは結構だが、身体の限界を考えずに最初から飛ばし過ぎたのが良くなかったな。もう指一本動かす事が出来ないだろ」

「クッ……!」


 眉間にしわを寄せて、悔しそうに奥歯を噛み締めながら俺を睨み付けるデゴン。もう言葉も発する事も出来ないみたいだ。


「自分こそが一番強いと思い込んでいるみたいだが、俺はお前なんかよりもずっと強い奴を知っている」


 マリアや椿、シンもそうだ。俺の足元で倒れ、悔しそうにしているお前なんて比べ物にならないくらいに強いぞ。ウランが手に入ったからと言って、お前自身が強くなったわけではないのだ。

 だが、そこは元々才能に恵まれただけはあって、鉛よりも重い身体に鞭を撃ち、床を這うようにして玉座へと向かうデゴン。


「まだだ…………まだ……負け……て……な、い…………」


 身体は既に動かす事も困難なほどに疲れ切っているのに、デゴンは玉座の横に置いてある球状の何かに手を伸ばした。一目見ただけであれが何なのかすぐに分かった。


「やめろ。ここでウラン爆弾を使った、この町は木端微塵に吹き飛ぶし、お前自身も死ぬんだぞ」

「だから……なんだ!…………俺、は……俺様こそが、神に選ばれた人間なんだあぁ!」

「やめろ!」


 俺の制止も聞かずに、ウラン爆弾に手を伸ばすデゴンと止める為に走り出そうと……したのだが出来なかった。後ろからシルヴィに腕を掴まれて止められたから。


「シルヴィ!」

「今言っては駄目!巻き添えを食らうわ!」

「それを防ぐ為に…………!?」


 シルヴィに言い返そうとした直後、俺は背後から物凄く巨大な何かが近づいて来る気配を感じた。


「デカイ!」

「えぇ。この大きさは、間違いなくアイツよ!」


 その直後、ウラン爆弾に触れようとしたデゴンの右腕が、王城の壁を破壊して入ってきた巨大な口によって食い千切られた。ウラン爆弾も一緒に。


「あああああああああああああああああああっ!」


 腕を食い千切られて悲鳴を上げるデゴンだが、痛みに耐えるだけの体力も残っておらず、激痛と出血によりそのままバタンと意識を失った。幸いにもまだ死んでいなかった。


「クソ!」

「手間をかけさせて!」


 デゴンの腕を食い千切った何かが再び襲ってくる前に、俺とシルヴィはデゴンの足を掴んで急いでその場から離れた。


「皆私の所に集まって!短時間しか持たないけど、ここから脱出できるだけの浮遊魔法をかける!」

「急いで!かなりヤバイわよ!」


 リーゼとシェーラに言われるがまま、俺とシルヴィとルビアはリーゼの近くまで駆け寄った。勿論、デゴンも忘れていない。

 全員集まると、リーゼは俺達の周りに浮遊魔法をかけ、更に風魔法を使って王城の外へと移動した。

 外に出た俺は、デゴンの腕を食い千切った犯人の姿を目にして息をのんだ。


「あれは……」


 王城を破壊しようと現れたのは、怪獣クラスに巨大な青色の身体をしたドラゴンで、全身から冷たい冷気が発せられていた。


「シルヴィ。あれが……」

「えぇ。あれが、ニーズヘッグの次に危険な世界最大級のドラゴン、フロストドラゴンよ」

「やっぱり」


 北方でこれほどまでに巨大な魔物は、フロストドラゴン以外に存在しなかったが、実物は俺の想像よりもずっと大きかった。王城がミニチュア模型に見えるくらいであった。


「着地したらすぐに逃げるわよ!あれは人間が敵うような相手ではないわ!」

「確かに、生身の人間が戦いを挑んで敵う訳がないわな」


 いや、マリアや椿やシンならあるいはいけるかもしれないな。あの3人は規格外だから。

 だが、俺には……出来なくもないかもしれないがわざわざ危険を冒してまで戦う必要なんてないし、そもそもこんな国の民の為に戦いたくない。

 王城を破壊したフロストドラゴンは、その跡地に青白いブレスを履いた後大きな翼を羽ばたかせ、周りにいる人間達に全く興味を抱く事なく飛び去って行った。その際、こちらに視線を向けた。


「本当に一体何の目的でここに来たってんだ」

「分からないわ。町を荒らす訳でもなく、大量虐殺を行う訳でもない。予め標的を決めて、それを成し遂げた後は何もせずに去っていく。フロストドラゴンの行動パターンには分からない事が多すぎるのよ」


 だから厄竜に認定されていないのかもしれないが、あんな巨大な化け物が町に入るだけでかなりの災害だ。


「まぁ、予測は出来ても、やっぱりフロストドラゴンの介入は驚くわ。ま、何にせよ目的は達成したわ。あとはこっちで処理しておくわ」

「こんな状況だというのに、お前は良く落ち着いていられるな」


 淡泊すぎる反応に何とも言えず、俺達はただデゴンを連れて民衆の前に立つシェーラを遠くから見守った。


「やっぱりあの女に利用されるのは癪だ」

「「「うん」」」


 フロストドラゴンに驚いたと言いつつも、淡々と目的を遂行するシェーラ。




 その後の調査で、王城の地下にあった秘密の採掘場はフロストドラゴンが最後に吐いたブレスによって崩壊し、更に表面を物凄く固い氷で覆われてしまって掘削が不可能な状態になっていた。シルヴィ曰く、フロストドラゴンが凍らせたものはどんなものでも破壊する事が出来ず、高温の炎を当てても溶ける事もないというので、ウランは永久に封印された事になる。

 キリュシュラインとの戦争も、シェーラがジオルグを侵略し、スルトの参加に置かれた事で回避され、キリュシュライン軍は撤退を余儀なくされた。なんだかアッサリし過ぎている気がするが……。

 そして、俺達の事はシェーラお得意の情報操作によって抹消され、ジオルグ侵略に俺達が加担した事実は最初からなかったものになった。

 国王であるデゴンは、シェーラの部下の手によって民衆の前で公開処刑され、この瞬間からジオルグ王国はシェーラが支配する事となった。デゴンの父親と母親、つまり先王夫妻は最初の襲撃の際にシェーラの部下が捕縛し、デゴンが処刑された次の日に処刑されるそうだ。それだけこの一族の罪状は重いという事だ。

 デゴンの処刑から翌日、やる事があるという事でシェーラはしばらく王都に残り、俺達は予定より1日遅れて王都を発ち、デオドーラの洞窟に向けて再び歩き出した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 その頃、キリュシュラインでは。



「なぁエル。どうしても撤退しなくてはいけないんか?」

「先程もおっしゃったでしょ。スルトを相手に喧嘩を売るのはやめた方が良いのです」

「危険な犯罪組織なんだろ。だったら」

「王家だろうと聖剣士だろうと、自分達の邪魔をする連中は容赦なく排除する。そういう危険な組織なのです。玲人様の世界にも存在しませんか?触れる事自体が危険なアンタッチャブルな組織って」

「……まぁ、あるけど……」

「だったらこれ以上スルトに関わらないでください。特にシェーラは、この世界でも三指に入る程の超危険人物なのです。それも、フェニックスの悪魔なんかとは比べ物にならないくらいに。美人だからって甘く見ると寝首を噛まれて殺されます」

「……分かった。楠木よりも危険な奴なら仕方ないし、もう言わない」

「お気持ちは分かりますが、スルトと関わる事だけはやめてください。特に、スルトのボスと、幹部のキガサとシェーラは、この世界で最も危険な人物なのです。絶対に近づかないでください」


 腑に落ちない感じの玲人を無理矢理言いくるめた後、王女は一人先に王城に戻って父である国王の所へと向かった。


「戻ったか」

「申し訳ありません。スルトに先を越されてしまいました」

「面倒な連中が出しゃばってきたな」

「あの御方も手出しが出来ない程の危険な組織ですし、私達と言えどもどうする事も出来ません」

「しかも、主導していたのがあのシェーラだとは」

「次のボス候補とも呼ばれている女であり、キガサに並ぶ要注意人物です。どうすれば……」

「放って置け。触れなければ害はないし、我々の敵はフェニックスの悪魔ただ一人だ」

「えぇ。ただ、ジオルグをスルトに奪われたのは痛いですね」

「ああ。いずれ我々にとって大きな弊害になるだろうけど、今下手に触れて大損害を受ける訳にはいかない」

「まったく、何でドルトムン王国はあんな危険な組織を放って置くのかしら?シャギナにしろそうです。あの国際指名手配犯は、ドルトムン王国で生を受けたって聞いていますし、スルトとも深い関わりを持っている。まるで犯罪者の巣窟です」

「放って置け。あんな連中を相手にするだけ時間は無駄だし、あの国を手に入れなくてもあの御方の計画には何の支障もない」

「そうね……」


 北方侵略の要となるジオルグ王国を奪われたのは痛いが、それでも2人が従っている「あの御方」の計画が順調に進んでいる事は何となく分かっていた為、北方の極寒側は一旦諦める事にした。



 そう。極寒側は。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ