6 裏切りとエルの目的
村の方に戻ると、建物と兵士達の被害は酷かったものの一般人は1人も死者が出なかった。
「やはり簡単すぎた気がいたします」
「前に経験した大襲撃は、これよりもっと酷かったのか」
「はい。兵士達や建物の被害はもちろん、多くの一般人が犠牲になった本当に悲惨なものでした」
普通はそうだ。
あんな怪物どもが暴れて、一般人の被害がゼロだなんてあり得ないだろ。事前に全村避難をしたのならその限りではないが、そうでもない限り一般人にも被害が出てもおかしくはない。
いくら聖剣士の助けがあっても、召喚されて一月も経っていない素人同然の彼等にそれが出来るとは思えない。そもそも、最初の大襲撃でいきなりそんな戦いが出来る訳がない。ボスを倒す事に集中し過ぎて、一般人の被害の事について考えていたとも思えない。
なのに、一般人の犠牲者が1人もいないなんて逆に不自然だ。兵士達の戦いを見ても、彼等の1人1人実力が高いとも思えなかった。それどころか、怪物どもの数に対して兵士の数が圧倒的に少なかった気もした。
不自然過ぎる。言われてみれば確かに、エルの言う通りであまりにも簡単すぎる。これなら、わざわざ聖剣士を召喚させる事は無いと思う。この国の騎士団だけでも十分に対応できる。
この大襲撃自体が、最初から仕組まれているのではないかと疑ってしまう。
そう、まるで聖剣士の実力を誇示させる為の。
そんな時、村人達が急にざわつき始め、一ヶ所に集まり出した。気になってその先を見ると、あの4人とそのパートナー達が村に戻ってきたみたいだ。
「うわぁ、もう戻ってきたのかよ」
「指揮を執った魔人を倒したというだけあって、大変人気のようですね」
エルの言う通り、彼等はボスを倒しただけであって、この村を守った訳ではない。確かに、ボスである魔人を倒せばすぐに治まるのだが、だとしても村やそこの住民をほったらかしにしていい理由にはならない。実際、俺とエルが駆けつけた時はかなり酷い状況であった。住民の被害がなくても、この先彼等はどう生きていけばいいというのだ。
帰る家も、お金も、全てを失ったこの状況で。
そんな時、石澤が俺に気付き、不敵な笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。その後で、上代と犬坂と秋野も俺に気付いて近づいてきた。ついでに、あの最低王女も。
「おやぁ、そこにいるのは懸賞金の掛けられているお尋ね者ではありませんか」
「仮にも元クラスメイト相手に、随分と悪辣な言葉だな。悪意しか感じられないな」
女の子の前だからいい格好を見せているのだろうが、言い方が完全にいやらしすぎるぞ。今思えば、星獣はこんな男の何処を気に入って聖剣士にさせたのだろうか。
「悪意も何も、お前の本性がこの世界にも広まっただけだろ」
「正直言って、楠木君がこんな人だったなんて知らなかった」
「人として最低です」
石澤の言葉に、犬坂と秋野も何の疑いも持たずに頷いた。上代は、石澤と最低王女の後ろから何も言わずに視線を送っていた。
「俺が一体何をしたって言うんだ」
「なにって、恍ける気か?」
「玲人様の言う通りです。全て、王都の人達から得た正式な情報です。それを聞いた時、わたくしは憤りを感じました」
王女の芝居が掛かった言葉に、俺は眉毛をピクッと動いてしまったが、何とか爆発せずに済んだ。ここで逆上すれば、向こうの思う壺だという事は中学の時に既に経験してある。
そんな俺に対して挑発的な態度を取る石澤の視線が、俺の隣に立つエルの方へと向けられた。
「綺麗な人だ。こんな綺麗な人にまで毒牙に染めるのか」
「誰がそんな事するか。俺はエルには何も」
「へぇ、エルさんって言うのですか」
俺がエルに視線を向ける前に、石澤は俺とエルの間に割って入ってきて、エルの手を握ってきた。
「可哀想に、あなたもこの男に酷い目に遭っていたのだね。こんなみすぼらしい服なんか着せて」
みすぼらしいって、それしか予備の服がなかったのだから仕方がないだろ。出会った時は、これよりも酷い格好をしていたからな。
「いい加減にしろ。俺は何も」
「触るな!お前みたいなクズが、エルさんに触れる権利があると思うのか!」
「お前の許可なんかいらねぇだろ」
石澤、美人で可愛い女の子は皆自分のものだと思い込んでいるのか?異世界に召喚されたもんだから、美女ばかりのハーレムでも作ろうとでも思っているのか。
いずれにせよ、聖剣士ともてはやされた事で調子に乗っているのは確かだ。
「そうよ。アンタみたいな最低な奴が気安く触れて良い訳がないでしょ!」
「セクハラです!」
石澤の言葉に何の疑いを持たない犬坂と秋野も、口を揃えて俺を罵倒し始めた。
駄目だ。これ以上ここにいては、俺自身の我慢が効かなくなってしまう。一刻も早く、ここから離れないといけない。そう思った俺は、リュックを背負ってエルの所へと近づいた。
「もう付き合っていられない。行くぞ」
俺がエルの手を握ろうと手を伸ばした時、エルは俺の手を力一杯払った。
「触らないでください!」
そう言った後エルは、まるで助けを求めるかのように石澤の胸に飛び込んできた。
「聖剣士様、助けて下さい。この人は、わたくしが奴隷である事を良い事に毎晩望まない関係を強要して、しかも意に反する事を行うと暴力で訴える等をしてきて、わたくしはいつも心身共にボロボロにされていました」
「……は」
エルの口から信じられない言葉を聞き、俺は周りの時間が急に止まるような感覚に陥った。そうこれは、落胆と失望、そして強い怒りを抱いていた時に感じた。
「ほら見ろ!お前は中学の時からそうだ!」
言うな。
それをお前が言うな。
「自分に対して良い関係を築いてくれた女子に対して、お前は性の欲求を満たす為に手を出して、その子が悲しみ、傷つこうがお構いなしに!そして、その子が自分の思い通りに動かないと今度は暴力に訴える様になってきた」
「最っ低」
「って言うか楠木君って、そういう人だったの!」
何でここでも、こんな嫌な思いをしなくちゃいけないんだ。
俺が一体何をしたというのだ。
「本人から証言も得られたことですし、アナタの罪はもはや決定的ですね」
歪んだ笑みを浮かべながら、最低王女は俺を見下す様な目で見て言ってきた。しかも最後は、勝ち誇ったとでも言いたげに笑い出した。
やがて、村の連中までもが俺の事を悪魔でも見る様な目で見て、やがて石を投げ始めてきた。この行為に流石の上代はいたたまれなくなったのか、石を投げる村人達を制止させようとしたが、それでも村人達の攻撃は続いた。
王女が兵士に向かって何か言ってきているみたいだが、久しく感じていなかった激しい怒りのあまり何を言っているのか聞こえなかった。
これ以上こんな奴等の傍にはいたくない。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
怒りが爆発した俺は、懐にしまっていた転移石を取り出して、兵士達が俺を取り押さえる前にそれを地面に強く叩き付けた。その時に思い浮かべた場所が、皮肉にもエルが教えてくれたレッグストーンという一枚岩の所であった。
転移石を叩き割った瞬間、俺は眩い光に包まれた。その光りは5秒程光り続け、5秒後に俺の目の前にビックリマークに似た縦長の大きな岩の前に1人立っていた。何とかあの場から離れる事が出来たみたいだ。
「チキショウ!何でなんだよ!」
何でエルは、あんな嘘をついたのだ!一体俺が何時、エルに手を出したというのだ!そもそも何故俺が、異世界に来てまでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!
「中学の時と、梶原の時と同じだ!石澤は俺に一体何の恨みがあるって言うんだ!」
俺と梶原が決裂するきっかけを作ったのも、実は石澤だったのだ。
それは俺達が、まだ中学2年の時であった。
俺と梶原は、家が隣同士だったという事もあり小さい時から凄く仲良くしていた。梶原も、俺に対して好意的であった。俺もまた、そんな梶原の事がとても好きであった。
だが、中学2年の夏休み明けに石澤が突然俺に掴みかかってきたのだ。俺が嫌がる梶原を無理やり部屋に押し込み、強引に関係を持った上に暴力まで振るってきたなんてでっち上げを言ってきたのであった。それも、教室全体に響くほどの大きな声で。
もちろん、俺には梶原を襲った記憶なんてないし、そもそも幼馴染相手であっても中学生になってからはまともに手を握る事も出来ない俺に、そんな事が出来る訳がない。
俺は自分の無実を訴えたが、石澤が梶原の肩を抱いて優しく囁くと、梶原は声を震わせながら石澤の言葉を肯定した。
それを聞いた瞬間、俺は屋上から突き落とされるような感覚に襲われ、同時に自分でも制御できない程の怒りをぶつけた。
今思えば良くなかった事だと思うが、怒りのあまりに梶原に掴みかかった事で、石澤の言う事が事実である事が証明されたという事になり、俺は今までずっと酷い虐めと不当な差別を受ける事になった。学校だけでなく、町中の人達からも。
この出来事がきっかけに、俺の家族と梶原の家族との関係が悪くなってしまい、俺は梶原と決裂した。石澤の言葉に便乗して、俺を陥れた最低女の事なんてどうでも良くなった。それまで向けていた愛情が、一気に憎しみへと変わってしまったのだ。
そんな状態だったから、俺は第一志望の高校に落ちてしまい、結局滑り止めで受けた、梶原と石澤も通うあの高校に3年間通う羽目になった。そこしか選択肢が無かったとも言えるが。
そんな残酷な現実を前に、俺は何もかもがどうでも良くなってしまい、全てにおいても関心が持てなくなってしまい、3年間ずっと無気力で過ごす事になった。
「どいつもこいつも!俺が一体何をしたって言うんだ!」
いくら否定しても、石澤の言葉を信じ切ったアイツ等に俺の言葉なんて届かない。ましてや、エルがそれを肯定してしまった今。
「こんな事なら、あんな女の言う事なんて聞かずにとっととフェリスフィア王国に行くべきだった」
安易に他人を信用してしまったが為に、俺はまた言われもない罪を着せられる事になった。
その後、数十分叫び空っぽの抜け殻状態になり、それまで感じていた全てが抜け落ちてしまいもう何も感じられなくなった。
怒りも。
悲しみも。
憎しみも。
「一体俺は、何の為にこの世界に来たんだ……」
絶望の淵に堕ちた俺は、フラフラとした足取りでフェリスフィア王国の方へと歩いていった。
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「はっ!逃げるなんて益々みっともない男だな」
「ええ、そうですね。あんな奴、さっさと殺してしまえばいいのです」
「石澤君と王女様の言う通りだわ」
「まったくもって同意する」
「そうだな」
そう言って石澤と王女と犬坂と名乗る3人が笑う中、わたくしは笑いつつも胸が締め付けられそうな思い出いっぱいになっていた。
(わたくしは、何て最低な女なのでしょうか)
表面上は石澤と王女の言う事に便乗しているが、わたくしの心は未だに楠木殿を裏切ってしまった事に対する罪悪感で押し潰されそうになっていた。
本当ならば、こんな相手の心を踏みにじるような卑劣な真似なんて行いたくなかった。
わたくしにとって楠木殿は、自分の命を救ってくれた恩人であり、この世界を救ってくれる聖剣士の1人でもあり、一人の人間としてもとても信頼できる相手でもあった。
そんな楠木殿を、わたくしは石澤と名乗る男の言葉に便乗する形で裏切り、傷つけ、無実の罪を擦り付けて汚してしまった。
こんな事をして、わたくしの心が痛まない訳がなかった。
(ですが、あぁする以外に思いつきませんでした。わたくしには、この命に代えてでも助けたい人がいますし、あの御方の運命を縛った楠木殿をどうしても許す事が出来ませんでした)
それに、あのままでは王都に入り、王城に潜り込む機会が更に厳しくなると思い、焦りばかりが先走ってしまった結果こんな事になってしまった。
石澤という男は、顔は凄く整っていたが、気安く肩を抱いてきて、更には自分の仲間にならないかとか、やたらわたくしの容姿を褒めてくるなどかなり軟派で自己愛が強く、自尊心の塊の様な性格をしていた。
しかも、王都に戻り、王城に戻ってきた後も石澤という男はしつこくわたくしにベタベタと触ってきて、しかもあの最悪な王女と共にやたらと豪奢な内装の部屋へと連れ込まれた。
そこでわたくしは、自分の目を疑うような光景を目にした。
「流石は玲人様」
「素敵です。今夜は私とお願いします」
「やだぁ!今夜は私なの!」
「何を言っているのですか、第一王女のわたくしが最初に行うのが決まりでしょ。玲人様の正妻として」
部屋の中へと入った瞬間、ざっと見て50人近くの女性が一斉に石澤を出迎えて、何やら今夜の相手をして欲しいという事をお願いしてきた。その殆どが、楠木殿と殆ど歳も変わらない子ばかりであった。更に王女も、部屋に入ると鎧を外し、石澤に密着して濃厚なキスをしてきた。
その後石澤は、申し訳なさそうな顔をして他の女性達の方に目を向けた。
「皆待たせてごめんね。でもね、君達を危険な目に遭わせる訳にはいかないんだ。魔人共の襲撃は、本当に厳しいものだったからどうしても君達を連れて行かせる訳にはいかないんだ」
(あの程度の襲撃で手を焼くなんて、コイツはこの先も生き残れる可能性がかなり低いでしょう)
最後のトドメを刺した所しか見ていない為、実際に石澤が怪物どもと戦っている姿を見たわけではない。
だが、その態度を見てすぐに分かった。
(この男、全然活躍せずに指揮を執っている魔人だけと戦った。あの顔、苦労して戦地を潜り抜けた戦士の顔ではない)
おそらく、怪物たちの相手を兵士達に丸投げして自分は楽に魔人の所に辿り着いたのだろう。
そんな卑怯者に、戦場で勇ましく戦った楠木殿の事を悪く言うなんて絶対に許されない。
(だが、そんな楠木殿を裏切ったわたくし自身が、他の誰よりも許せない。許せない気持ちもありますが、同時に命を助けて下さった恩義もありましたのに)
心の中で罪悪感と怒りに苛まれるわたくしを、石澤は他の子達に紹介させた。
何時からわたくしが、お前みたいな汚くて卑怯者の仲間になったというのだ!
そう言い返したい気持ちをぐっとこらえながら、わたくしは食事と入浴を済ませ、その後部屋で女性達があられもない格好になって石澤に迫る光景を目にした。石澤もまた、肉の欲求を満たすかのように手当たり次第に女性達と関係を持った。
(選ばれた聖剣士ともあろう者が、こんなただれた生活をして!)
何とも嘆かわしい事であった。これが互いに愛し合った間柄なら文句も言わないのだが、石澤や彼女達を見る限り愛は感じられなかった。
そんな石澤の魔の手は、最悪な事にわたくしにまで伸びてきた。
本来なら突き飛ばして首を刎ねてやりたいところだが、そんな事をすれば自分のこれまでの行動全てが無駄になってしまう。その為、迂闊な行動をとる訳にもいかず、わたくしは石澤と関係を持ってしまった。
(どうして、こんな男なんかにわたくしの大切なものを奪われなくてはならないのですか!)
周りの女性達が、自分の番を待ちきれずに石澤にキスをしていく中、わたくしは必至で笑顔を浮かべつつ心の中で泣いた。大切にしていたものまで奪われ、わたくしの身も心は完全にボロボロになっていた。
(これはきっと、天罰なのです……恩人である楠木殿をくだらない私怨の為に裏切ってしまったから、神がわたくしに罰を与えたのです……)
同時に分かってしまった。
この男は、自分が犯した罪を全て楠木殿に擦り付けて犯罪者に仕立て上げたのだと。村で聞いた楠木殿が過去に犯した犯罪も、実はこの男がすべて犯したことであって、楠木殿はその罪を擦り付けられただけなのだという事が。
(となるとわたくしは、知らなかったとはいえ楠木殿の心の傷を抉ってしまった事になる……)
わたくしも傷ついているが、楠木殿はそれ以上の苦痛を受けて苦しんでいる。傷つけてしまった。
(そうとは知らずに、わたくしは自分のワガママのせいで楠木殿を……!)
神が与えたわたくしへの罰は、実に数時間にも及んだ。
その罰を受け、皆が寝静まった丑三つ時に、わたくしは楠木殿から頂いた服を着て、痛む身体に鞭を討ち、おぼつかない足取りで城の中を徘徊した。
「助け出さないと……楠木殿を傷つけてまで、こんな城に入り込んだのですから……何としても…………」
こんな思いまでしてこの城に入り込んだのだから、何が何でもあの御方を助け出さないといけない。
そんな時、人の気配を感じたわたくしは素早く壁の陰に隠れて、息を押し殺してやり過ごした。近づいてきたのは、巡回中の兵士3人であった。
「それで、あの女に上手く言い寄れたか」
「全然ダメだ。あの女、地下牢にぶち込まれているにも拘らず未だに気丈に振る舞っているし、鍵を開けて中に入ろうとするもんなら首をへし折られるし」
「王女様もあの女には手を出すなって言っていたし」
「けっ、せっかくいい思いをしてあげようと思ったのに、あれじゃ近づいた瞬間に俺達が天国行きだよ」
「けど、元三大王女というだけあってスゲェ美人だったな」
「だけど、あの性格では美しすぎる容姿が台無しだ。国王陛下も、何であんな女をすぐに殺さないんだ?」
「バカ言うな。あの女はこの世でただ一人しかいない特別な力を持った女なんだぞ。そう簡単に殺せる訳がないだろ」
「それよりも、早く部屋に戻ろうぜ。交代も来た事だし、さっさと寝るぞ」
それを聞いた瞬間、わたくしはその女が誰の事を指しているのかすぐに分かった。
(生きている!しかも、今も気丈に振る舞っている!やはりあの御方だ!)
助け出したい相手が無事だという事を知り、わたくしはあの兵士達が通り過ぎてすぐに地下牢がある所へと走って行った。地下牢のある場所なら、あの兵士達がさっき通った所を逆走すればおのずと見つかる。
そんなわたくしの予想は見事に的中し、地下牢に通じる扉の前で3人の槍を持った兵士が欠伸を噛み殺しながら立っていた。
「この先に、姫様が……すぐにお助けいたします!」
あの男のせいでまともに戦う事も出来ないが、寝ぼけ眼のあの3人を倒すのは造作もなかった。1人から剣を奪えば、あとは鎧の隙間から剣を通せば向こうに知られる前に仕留める事が出来る。兵士達の方は、眠気の方が勝っていたせいか、わたくしに反応出来ずに呆気なくやられた。
殺した兵士3人から剣を奪い、更に1人の兵士から鍵を奪ったわたくしははやる気持ちを抑えながら、地下牢に通じる石階段を駆け降りた。
暗くてジメジメしていて、時々天井から水滴が滴り落ちて肌寒さも感じた。
「こんな所に閉じ込められて……」
壁に掛けられた松明の明かりを頼りに、わたくしはひたすら石階段を駆け降りた。しばらく走ると、鉄格子が取り付けられた牢屋が連なる廊下へとたどり着いた。
「何処?何処におられるのですか」
無人の牢屋を一部屋一部屋確認していると、奥から3番目の牢屋にようやく人影が見えた。
中を覗いてみると、長い金髪に美しく整った顔立ちをしていて、微妙に釣り上がった目は左右で違う色の瞳をしていて、大きく盛り上がった胸と引き締まった腹筋と細くて長い脚をした女性であった。
その女性は、両手で胸を押さえて何だか苦しそうにしているが、見る限り身体に怪我はなく、病気をしているとは思えないくらいに血色がよく、顔も健康的であった。
「見つけた…………」
ボロボロの布切れだけを身に着けていて、しかもそれは胸と腰回りしか隠されていなかった。にも拘らず、世の男共を虜にしてきた美貌は今も健在であった。
間違いない。わたくしが探し、そして全てを犠牲にしてでも助けたいと思った主君。
「シルヴィア様!シルヴィア・フォン・エルディア様!」
名前を呼ばれた女性は、両手を胸に当てたままこちらへと顔を向けた。
「エル」
わたくしを見てシルヴィア様はホッと安心した表情をしたが、すぐに柳眉を釣り上げてわたくしを睨み付けた。
「何しに来た?この外道が」
「やはり耳にしていましたか。わたくしが犯した罪を……」
あの王女が、楠木殿の傷つく様を見てそれを城中に広めない訳がない。あの女は、人が傷つき絶望する様を見るのが大好きな女だから。
そしてそれは、裏切りを何よりも嫌うシルヴィア様の耳にも入っていた。
そのせいか、積年の恨みを抱いている怨敵を見る様な目でシルヴィア様がわたくしを見ていた。
「自分が犯した罪を自覚しているなら、何故私の前に現れた。その首を刎ね落とすぞ」
勢いよく立ち上がり、膝を付いているわたくしの目の前まで歩み寄り、圧のある眼光で睨み付けるシルヴィア様。恩人である楠木殿を裏切ったのだから、エルディアの騎士として、シルヴィア様の従者として恥ずべき行動を取ってしまったのだから当然であった。
そんなわたくしからの救出を、シルヴィア様が喜ぶ筈がない。
「貴方様がそう望むのであれば、喜んでこの首を差し出します。ですが、それはもう少しだけ待っていただけないでしょうか。わたくしがここに来たのは、貴方様をお助けする為なのです」
「貴様を助けた恩人を裏切り、口汚く罵った外道の助けなどいらない!貴様の穢れ切った手を借りるくらいなら、自力でこんな所を脱出してみせる!」
「それでも、わたくしの意思は変わりません」
シルヴィア様が捕縛された瞬間、わたくしは人生最大の後悔の念に苛まれた。
キリュシュラインの兵士に捕縛され、奴隷にされてしまっても、わたくしはシルヴィア様を何が何でも助けだす事を心に決めたのだ。その為なら、どんなに恥辱にまみれようが、自身の信念や心情を捻じ曲げてでも絶対に。例え、シルヴィア様に恨まれる事になろうと。
「もう二度と、あの悔しさを味わいたくありません。貴方様を救出した後、わたくしはどんな罰でも受けます。貴方様さえ無事に救出できれば、もう何も思い残すものなんて何もありませんのですから」
シルヴィア様はしばらく黙り込んだ後、わたくしを見下ろしながら言った。
「ならば、フェニックスの聖剣士様の前で、己の罪を全て晒し、その首を刎ね落とせ」
「承知しました。楠木殿を裏切ってしまった罰は、どんなものであっても必ず受けます。それまでどうか、わたくしと共に来てください」
殺した兵士から奪った鍵で牢の扉を開き、シルヴィア様を出す事に成功した。
後味の良い物でもなければ、助け出した相手に感謝もされない救出であったが、それでも自分が心から忠誠を誓った主君を助け出す事が出来たのだ。
それ以上は何も望まないし、自分が犯してきた罪の代償は払う。死んだ後は地獄に堕ちても構わない。わたくしの悲願が、ようやく達成されたのですから。