59 大きすぎる王都
デゴンが演説したあの町を出てから俺達は、3週間以上もの間町に入るのを避けて、ずっと魔物を狩りながら野宿をしていくという旅を続けていた。いや、本当は入ろうとしたのだが、何処もあの町と同様に俺達の指名手配書が建物の壁にびっしりと張られていた為、何だか気まずくなった為逃げる形で入るのを断念したと言った方が正しい。
その間、吹雪に見舞われるわ、素材を換金できないからお金も入らないで本当に最悪であった。
救いがあるとしたら、リーゼが持っていたテントが防寒使用になっていた為温かく眠る事が出来た。寝る度にリーゼは俺の隣に就こうとするが、その度にシルヴィが間に入って邪魔をするというの繰り返していた。
それと、いい加減ちゃんとしたベッドが恋しくなってきた。風呂にも入りたいし、ちゃんとしたご飯も食べたい。あと、防寒魔法をかけても寒いものは寒い。
「だからって、何でこんな所に来てしまったんだろうな……」
「仕方ないだろ。デオドーラの洞窟に行くにはどうしても王都を通らないといけないんだ」
「迂回してもいいですが、その場合到着が更に2ヶ月も遅くなってしまいます。1日でもこの最悪な独裁国家から出る為にも我慢しなくてはなりません」
「分かっちゃいるんだけど……」
「だからと言って、私も王都に入るのは抵抗があるわ」
俺とシルヴィは迂回したかったのだが、目的地であるデオドーラの洞窟に着くのが更に2ヶ月も遅くなってしまう。なので俺達は今、王都の検問所の前まで来ていた。
「大丈夫なのか?」
「そんな顔しないで任せておけって。竜次様とシルヴィは堂々としていればいいの」
「んなこと言われても……」
「ねぇ……」
自信満々に俺とシルヴィに魔法をかけたリーゼだが、俺とシルヴィは大いに不安だった。
俺とシルヴィが渋々王都に入る事を了承したのは、リーゼにかけてもらった姿を変える魔法をかけてもらっているからだ。と言っても、外見が変わっている訳ではなく、周りの人達から俺達の容姿が違って見せる幻覚の魔法と行った方が正しい。
なので、魔法をかけられている俺からすれば、同じく魔法にかけられているシルヴィはいつも通りの容姿をしているし、それはシルヴィも同じ。だけど、それ以外の人物、リーゼやルビアからは全く違う人に見え、ルビア曰くまるで別人みたいだそうだ。
その為、安心して王都に入れると思われるが、俺とシルヴィは無事に王都に入る事が出来た今でも不安でいっぱいであった。
「そんなに不安がるなって。この私が開発した魔法だ」
「開発したって言うけど、出来上がったのは昨日の夜でしょ」
シルヴィの言う様に、この魔法が完成したのは実は昨夜で、寝る前に初めて使われたくらいなのだ。
「いやぁだって~、どうにかして2人の姿を晦ませられないか思考してきたが、それだと余計に面倒な事になるだろうと思い、ならばせめて変身の魔法でも使えたらいいなと思ってみたがこれがなかなか具体的な方法を見出す事が出来ず、結果完成に1ヶ月も要してしまったんだよ」
「その結果が、周りからは違う人に見えるように幻覚を見せる魔法が出来たってか」
「意味わかんないわ」
リーゼは魔法や錬金術に関しては天才的なのだが、何故か平時だとこんなアホみたいな斜め上の発想をするのだろうか?
しかもこの魔法、何とたったの3日しか効果がないという為、4日後には再びかけ直してもらわないといけないというのだ。
ジオルグの王とは非常に大きく、俺達がさっき通過した検問所から真っ直ぐ次の検問所まで単純計算で40日も掛かってしまうのだ。だから俺とシルヴィは、無事に王都に入れても不安でいっぱいだったのだ。
まぁ、今のこの苦しい状況を何とかする為に開発した魔法なので文句も言えない。
「それにしても、随分とデカイな。まるで一つの国と同じ面積だな」
改めて地図でジオルグの王都を確認してみると、丁度ど真ん中に大きな円形の大都市があり、そこが今俺達のいる王都だ。
だけどここ、今まで訪れたどの王都とは比べ物にならないくらいに大きく、下手をしたら国が丸々一つ埋まってしまうくらいに大きかったし、日本なんて端っこにすっぽりと収まってしまうくらいだ。
「元々は、この王都そのものがジオルグの本来の国土面積だったのです。ところが、先王が周辺諸国を次々と乗っ取っていった事でどんどん大きくなっていって、その上デゴンがウラン爆弾を使って更に国土を広げていった事で今のジオルグが出来たのです」
つい最近就任したとはいえ、一国の王の名前を呼び捨てで呼ぶなんて相当嫌われているな。隣国のロガーロ王国出身のルビアからしても、デゴンの暴走はかなり迷惑なのだろう。まぁ実際、デゴンのせいでメルボーモの大群が国境を越えてロガーロにまで来てしまったのだから、かなり迷惑しているのだけど。
その後、狩った魔物の素材を換金した俺達は、水と食料を買いながら王都内を真っ直ぐ進んでいき、日が暮れる頃に宿を取って一泊した。
だが、その宿の人からとんでもない情報を耳にした。
「あんた等旅の者か?だったらすぐにこんな国を出て行った方が良いぞ。デゴンの馬鹿が、調子こいてキリュシュラインに戦争を吹っ掛けてたんだ」
「「「「なっ!?」」」」
冗談じゃねぇぞ!
ウランを手に入れたからと言って、ここまで馬鹿な真似をするなんて思ってもみなかったぞ!
詳しく聞くと、デゴンは全ての聖剣士を悪の化身だと謳い、そんな聖剣士を召喚させたキリュシュラインを魔人と手を組んだ悪の帝国だと言い、正義の裁きを受けさせるとキリュシュラインに向けて言い放ったのだ。正義の裁きという名の、宣戦布告を。
(まぁ、魔人と手を組んだ悪の帝国って言うのは本当だがな)
だが、そんな事を言われてあの暴君とクソ王女が黙っている訳がなく、「我が国を侮辱し、聖剣士を悪魔呼ばわりする奴こそが悪!すなわち人類全てに仇なす敵なのだ!」と言って反発した。
流石の石澤も、デゴンの正気を疑うような発言に腹を立てて、この時だけ石澤は聖剣士としてではなく、キリュシュラインを守る聖騎士として戦争に参加し、デゴンの首を取る事を表明した。
「マズイ事になったな……」
「えぇ。西方のほぼ全域を制圧しているキリュシュラインと、北方全体の約7割もの国土を持つジオルグが戦争だなんて最悪過ぎるわ」
シルヴィの言う通り。
どちらも周辺諸国を吸収して大きくたったとは言え、西と北の大国が本気の戦争を行うと世界規模の大戦になる事は間違いなく、魔人にではなく人間によってこの世界が滅んでしまう事になる。
そんな話を聞いた後、俺達は一つの部屋に泊まり、寝る前に全員で話をした。と言うか、その部屋しか空いていなかった。
「まったく。あんの馬鹿王は一体何を考えてんだ。魔人や大襲撃の脅威から守る為に団結しなくちゃいけない時に」
しかも喧嘩を吹っ掛けた相手が、あのいけ好かないキリュシュラインだというのだから。
俺としてはどっちも滅んでも構わないが、何も今この時に何でわざわざ戦争なんて起こすんだ。
「ウランを手に入れた事で何でも自分の思うがまま、世界を自分の物に出来る。何て発想に至ったんだろう。しかも、それで大襲撃や魔人を何とか出来ると本気で思い込んでいるみたいだし、増長しているなんてレベルじゃないぞ。明らかに暴走している。ウランの恐ろしさを知らないで」
確かに、大国同士が本気の戦争を行うとどうなるのかが分かっていないのだろう。
リーゼの言う通り、デゴンは明らかにウランの危険性をこれっぽっちも把握できていない。世界を滅ぼすかもしれない、という可能性すら抱いていない。
「竜次の話によると、ウランは世界を滅ぼしかねない危険な物だから、何としてもあの馬鹿からウランを取り上げて、それでいて二度と発掘させないようにしないといけないわね。けど……」
「ああ。シルヴィの言う様に、デゴンの馬鹿からウランを取り上げるとなるともろにデゴンに、ひいてはこの国と深く関わる事になってしまう」
本来なら、デゴンと関わる事なく安全にデオドーラの洞窟での用事を済ませて、早々にナサト王国を経由してドルトムン王国に行きたかった。
だけど、デゴンがウラン爆弾を使って行き過ぎた行動をとるというのなら、もはや見過ごす事が出来なくなってしまった。
それに、もし戦争に発展したとしてもこの国がキリュシュラインに勝てる可能性は、万に一つも存在しない。敗戦して、キリュシュラインに乗っ取られてしまうのがオチだ。北方にまで領土を拡大されたら、もはやどの国もキリュシュラインの暴走を止める事が出来なくなり、魔人や大襲撃を超える脅威になる。
そうならない為にも、デゴンを捕らえる事はもちろん、デゴンを増長させるきっかけとなっているウラン爆弾を取り上げ、その後二度とウランが採掘されないようにしなければいけない。
今は石澤や犬坂が止めているが、もしウランがキリュシュラインの手に渡ってしまったら取り返しのつかない事になってしまうし、止められているとはいえあの暴君やクソ王女が欲しがらない訳がない。
何としても食い止めないといけない。
「竜次、何かとんでもない事を考えているでしょ」
「とんでもない事なのは確かだが、でも……だからと言って使いたくもなかった手段でもあるな」
「何を考えているの?」
とんでもない事を考えていることは察しても、その内容まで察していないシルヴィの疑問に答える為に、俺は重い口を開いた。
「ジオルグ王国を俺が乗っ取る事だ」
「「「っ!?」」」
俺が考えていた解決方法を聞いた3人は、目を大きく見開いて驚愕していた。
詳しく話すと、ジオルグの現国王であるデゴンの身柄を拘束させると同時に、今後この国がキリュシュラインに狙われないようにする為に実権を一時的に俺が握るのだ。その後、フェリスフィア王国と同盟を結ばせて事実上の属国にさせるというものだ。
「要は、ジオルグ王国を侵略するという事ですね」
「腹の立つ言い方だが、要はそういう事だ」
北方を7割もキリュシュラインに奪われる訳にもいかず、向こうの手に落ちないようにする為には俺が一時的にこの国の実権を握るしか思い浮かばなかったのだ。
他の誰かに任せるという手もあるが、生憎この国の貴族で任せられそうな奴は存在しないだろうし、フェリスフィアとの同盟を認めるとも考えられなかった。
「本当はこんな手段は取りたくなかったんだが、迷っている間にキリュシュラインが攻め込んできたら……」
「それこそ取り返しのつかない事になってしまうな」
リーゼの言う通り、俺が決断を下すまでキリュシュラインが悠長に待っている訳がない。急いで手を打たないと大変な事になってしまうし、迷っている暇なんてない。
リーゼは理解してくれて、ルビアもそれも仕方ない事だと言わんばかりに頷いていた。
だけどシルヴィだけは浮かない表情を浮かべていた。
「でも、いくらこの国を守る為とは言え、この国人達は誰も竜次に感謝しないし、それどころか更に竜次の悪評が北方に広がってしまうわ……」
「シルヴィ……」
彼女が乗り気でないのは仕方がない。
ジオルグを守る為と言っているが、俺がやろうとしていることは侵略だ。
そんな事をしても誰も理解を示してくれないし、それを北方の人達が憎悪しているフェニックスの聖剣士がやると更に強い反感を買う事になり、最悪暴動が起こる可能性すらある。しかも、フェリスフィア王国の属国にさせるという北方の人達からすれば我慢のならない事をするのだから絶対に怒る。
「ジオルグ王国を侵略した史上最悪な聖剣士、と呼ばれるかもしれないが、それでもこの国とウランがキリュシュラインの手に落ちるのを何としても防がないといけないから」
「私の援助もあると言えば、ちょっとは収まると思うけど……」
少しに自信なさげに言うリーゼだが、王位継承権を放棄したお飾り王女に等しいリーゼでは難しいだろう。シルヴィは王族ですらなくなってしまっている上に、北方ではかなり嫌われている為リーゼ以上に焼け石に水だ。
「シルヴィとリーゼの気持ちは分かるが、デゴンの暴走を抑えて、尚且つこの国を守るにはこれしか方法が―――」
「そんな事を容認させる訳がないでしょ」
「「「「うわぁっ!?」」」」
俺の決意を言い切る前に、突然目の前に真っ黒なチャイナドレスに似た服を着た20歳前後の女性が現れた。
「何なんだ、アンタは?」
「分かっちゃいたけど、まるで別人ね」
女性は腰まである茶色い長い髪をなびかせながら、切れ長で鋭い目で俺を見て言った。
「これ以上貴方の立場を悪くさせる訳にはいかないし、そんな事をするとドラゴンの聖剣士がつけ込んでまたない事ばかりを広めるわ。そもそもあなたは、何も悪い事をしていないでしょ」
「分かっているけど……」
キリュシュラインから守る為とは言え、俺が侵略行為をしたとなると石澤がそれを利用して俺の事を更に陥れようとする事は分かっている。
それでも、やらなければジオルグとウランがキリュシュラインの手に渡ってしまうから。
「まったく。仕方ないわね。私が一肌脱いであげるわ」
「何をしようというだ?それ以前にアンタは誰なんだ?」
「これは失礼。自己紹介がまだったわね」
いきなり目の前に現れたと思ったら、俺がジオルグを侵略する事を止めてきたこの女は、手に持っていた扇子で口元を隠しながらようやく自己紹介をしてきた。
「私の名は、ローラ・リーリン」
「ローラか。一体俺に何の―――」
「というのが私の本名。公の場では違う名前で活動しているわ」
「スルトの幹部の一人、シェーラとして」
「「「「なっ!?」」」」
名前を聞いた瞬間、シルヴィとリーゼとルビアは素早く俺の傍に駆け寄り、シルヴィとリーゼは俺を庇う様に前に出て、ルビアは俺の後ろに隠れた。
「シェーラ。アンタが」
スルトの幹部にして、キガサという幹部と共に次期ボス候補にも選ばれている程位が高い。情報収集にも長けていると聞いている。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ、って言って無理だよね。私が所属しているスルトは、楠木様達と敵対関係にあるから」
「分かってて俺達の前に姿を現したのか」
「えぇ。楠木様に、この国の侵略者という汚名を着させない為にね」
そう言うとシェーラは、何食わぬ顔で窓際へと移動し、窓を開けるとポケットから煙草を出して、それを咥えて再び俺達の方を向いた。
「魔法で吹雪が入らないようにしてあるし、煙がそっちに行かない様にもしてあるから大丈夫よ」
「そんな事を心配してんじゃねぇ」
「それとも、煙草は嫌いだったかしら?」
「確かに煙草は嫌いだが、今はそんな事を聞いてんじゃねぇ」
「そう」
全く動じた様子も見せず、シェーラは煙草に火をつけてから本題を言った。てか、魔法じゃなくて普通にマッチで火をつけるのかよ。
「何で私がここに来たのかだけど、それならもう言ったでしょ。楠木様に侵略者という汚名を着せない為よ」
「そこなんだよ。何で敵である俺を助けようとするんだ?トバリエ王国の時だってそう。俺とシルヴィに転移石を渡し、素材を通常よりもかなりの高値で買い取って。何が目的なんだ」
不敵な笑みとは裏腹に、シェーラを覆う気は白いままであった。裏がある訳でも、何か企んでいる訳でもなかった。
なら一体何の目的で行動しているというのだ?
「別にそんな難しい事ではないわ。私はただ、楠木様を支援したいだけよ」
「何でだ?スルトのお前が」
「私がスルトに所属しているのは、スルトの幹部だった私の亡き両親が無理矢理入れたからであって、私自身はスルトに入るつもりなんてさらさらなかったのよ」
「信じられると思うか?」
「信じなくて結構。でも、魔法で私の気の色を確かめているのなら分かるでしょ。私が嘘を付いていないことくらい」
「…………」
確かに、シェーラの気の色は依然として白のまま。一体何を考えているというのだ?
「私は小さい時から情報取集に優れていて、更に大気から多くの情報を頭の中に送り込ませる魔法も使えた。そこが評価されて、スルトでもかなり優遇されるようになり、幹部にまでなったわ」
「自慢話は結構だ」
「別に自慢なんてしていないわ。でも、そのお陰でボスは私の事を信頼するようになり、私が外で何をしても何も言われなくなったわ。私の目的を果たす上で、これ以上ないくらいの条件が満たされるのよ」
「目的?」
「えぇ。スルトを壊滅させる、と言うね」
「スルトを、壊滅?」
訳が分からなかった。
何故幹部クラスに出世したこの女が、自分が所属している組織の壊滅を目論んでいるというのだ?
「そんな話を信じろとでも言うの?馬鹿馬鹿しい」
「シルヴィの言う通り。そもそも気の色が白だからって、それを素直に受け入れられる訳がないだろ」
シルヴィとリーゼは尚もシェーラを警戒し、必要とあらばすぐに武器が使える態勢を取った。
にも拘らず、シェーラは全く動じた様子を見せず優雅に煙草を吸っていた。
「でも事実なんだから仕方ないでしょ。私とて、望んでスルトに入った訳ではないから」
口ではそう言っているが、表情は依然と何かを企んでいる様な不敵な笑みを浮かべたままであった。だけど、気の色が彼女の言っている事が事実である事を証明していた。シャギナみたいに、自分の意志で気の色とコントロールできれば別だが、そんな事が出来る人間はあの女だけであって普通は出来ない。
「話を戻すけど、ただでさえドラゴンの聖剣士やキリュシュラインのせいで、フェリスフィアと友好関係に無い国では犯罪者扱いされているのに、その上この国を侵略したとなれば言い訳が出来なくなってしまうわ」
「そこまで酷いんかよ……」
分かっていたとはいえ、改めて聞かれると何だかショックを受ける。
「でもね、それでは困るのよ。他の聖剣士、特にドラゴンの聖剣士とユニコーンの聖剣士が使えない以上、ここであなたが犠牲になられては非常に困るのよ。聖剣士の中で素晴らしい実績を残しているのが、あなただけだから」
「その口ぶりから、アンタも大襲撃や魔人に頭を悩ませているのね」
「普通そうでしょう、シルヴィア様。世界が魔人と大襲撃の脅威にさらされている中、最も信頼できる楠木様を廃そうとするなんて馬鹿な真似を見過ごす事なんて出来ないわ。それはスルトでも言えることだけど。いま世界が危機的状況になっているというのに、ボスもキガサもそれが分かっていない。取り返しがつかない事になってからでは遅いのに」
元から嫌っていたのかもしれないが、仮にも自分のボスと同僚をそんな風に言うなんて、相当鬱憤が溜まっているみたいだな。表情は依然として不敵な笑みを浮かべたままだけど。
「なら聞くが、アンタならもっといい案があるって言うのか?」
そんな俺の問いに対し、シェーラは首を横に振った。
「残念ながら、ジオルグとキリュシュラインの戦争を回避するにはそれしか方法はないわ。けど、デゴンを拘束するという事はこの国を侵略するという事にもなる」
「なら」
「でも、その役を貴方にさせる訳にはいかない。だから私が来たのよ」
「どういう事だ?」
答える前にシェーラは、短くなった煙草を持参した灰皿で火を消してから捨てて、軽く深呼吸をした。
「私がその役目を担うわ」
「この国を、お前が侵略すると言うのか?」
「えぇ。私は悪名高い犯罪組織・スルトの幹部、シェーラ。いずれそんな組織なんて崩壊させるつもりだけど、そんな組織に所属している私がやったとなれば誰も不思議がらないし、叩かれるのはスルトの方よ」
「随分自信満々だが、お前はそんなに強いのか?」
「まさか。こう見えても、か弱い二十歳の純潔美女なのよ。魔法は使えるけど、戦闘能力なんて皆無よ」
「「「「おい」」」」
じゃあ何か、結局制圧するのは俺達がやって、あとの汚れ仕事は全部自分が引き受けるという事なのかよ。
「ですから、デゴンの拘束だけはお願いします」
やっぱり俺達頼みかよ!
「安心して、皆さんの活躍はこちらで隠蔽するわ。そういう情報操作は、私の得意分野ですから」
自慢げに胸を張るけど、俺達は大いに不安だ。
結局は俺達も加勢する事になったが、それ以上にシェーラがスルトという犯罪組織の幹部という最も大きな不安要素がある。嘘は言っていないが、それでもすぐに信頼する事が出来ない。
「そんなに心配しなくても、あなた達にとっても悪い事でもないと思うよ。デゴンの拘束に、ウランの破棄、それにジオルグをキリュシュラインから守る手伝いをする。決して悪い話ではないし、私も手柄を上げられるからお互いに良い事尽くしよ」
「組織を嫌っている割には、随分と手柄に拘るな」
「スルトでは、高い功績を納めた人間ほど自由が利き、ボスからも絶対的な信頼を得られるの。逆に言えば、裏で暗躍しても絶対に気付かれないって訳」
「そんなに緩いボスなのか?」
「いいえ。ただ、ボスを初め皆が自身の野望と利益ばかりに拘っている。金になれば、どんな違法行為も全て許される。そんな欲望まみれの人間の集まりなのよ、スルトは」
だから、シェーラの様に裏でコソコソと暗躍する事が出来るのか。全員が自分の欲望や野心ばかりに目が眩んでいるから。
「ま、だからと言って裏切りが許される訳ではないし、発覚すれば例え幹部であっても死の制裁が待っている。危険な橋を渡っている事には変わりないわ」
「そこはお得意の情報操作という名の洗脳で今まで凌いでいたって訳か」
「勘違いしないで欲しいけど、私は決して洗脳している訳でも、魔法で操っている訳でも何でもないわ。小さい頃からそういう技術を英才教育で身に着けてきたのよ」
一体どんな英才教育を受けてきたんだ。まぁ、両親が共に元スルトの幹部だったのなら、そういう英才教育を受けていても不思議ではないな。
「そんな訳で、その役目は私に任せておけばいいわ。反感や批判を受けるのは慣れているし、受けた所で何とも思わないから」
「それで良いのかよ?」
「えぇ。だって私、悪党だから」
「開き直るんかよ……」
「じゃあ、王都の近くまで来たらまた来るわ。キリュシュラインとジオルグが大国でも、戦の準備には時間が掛かるわ。だけど、なるべく早く着いてね」
最後にそう言い残してシェーラは、懐から転移石を取り出してそれを床に向けて叩き付けた。叩き付けられた転移石は枠だけ、眩い光と同時にシェーラは消えた。
「信じて良いのかしら?」
「簡単に信じる事なんて出来ないし、あの女が何を企んでいるのかも分からない。だけど、あの女の言う通りに動かないとデゴンの暴走も、キリュシュラインとの戦争も止められない」
いいように利用されているみたいで腹が立つが、シェーラは何一つ嘘を言っていないので信じて大丈夫だと思う。
「石澤をも超える演技でもしていれば別かもしれないが」
「それはない。嘘探知魔法で見破れない嘘なんてない。いくら演技が上手くても、心や本心を隠したとしても気だけは嘘を付く事が出来ないから、シェーラの気が白色のままなのなら本当に無償で竜次様を助けようとしていると思う」
「リーゼの意見に同意だわ。そもそも、自分の意志で気の色を変えられるのはシャギナだけで、それ以外の人間はどんな奴であっても絶対に出来ないわ」
となると、シェーラがスルトを抜け、崩壊させたがっているのも本当の事だという事になる。それ以前に、本当は入りたくなかったみたいだけど。
「竜次の心配は分かるけど、一先ず信じて良いと思うわ」
「シェーラの言う事が真実だとしたら、スルトで内部分裂が起こっている事になるな」
「はぁ……何だか面倒な事になるな……」
「ご主人様と一緒にいるといつも面倒な事が起こりますね」
ルビアよ、それは皮肉か?そんな物は俺だって願い下げなんだけど、周りが勝手に騒ぎ立てるんだよ。大袈裟に。
「とにかく、なるべく早く王城に行かないといけないな」
「えぇ」
「キリュシュラインに、この国を侵略させる訳にもいかないし」
「それに、いい加減デゴンの暴走にはうんざりしていましたので」
3人もシェーラの案に賛同してくれているし、俺も自分が被ろうとしていた汚名を代わりに受けてくれるというので正直言って助かっている。
明日朝一でこの宿を出て、なるべく早く王城に到着してデゴンと捕らえないといけない為、俺達は早めに就寝した。




