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58 ジオルグ入国

 シャギナが何処かへ転移した翌日。

 言うまでもなく、王都では暴動が起こった。

 シャギナが明かした驚愕な事実、国民全員が掛けられている魔法は実は束縛魔法でも何でもなく、処女か童貞かを知るだけの魔法であった事が判明。

 豚王曰く、そんな大昔に失われた魔法の使い方を知っている訳がないと、半ばヤケクソ気味に暴露した。やはりルビア達に掛けられた魔法は、束縛魔法でも何でもなかったのだな。その魔法の刻印がたまたま束縛魔法と似ていた為、リーゼも束縛魔法と見分けがつかなかったみたいだ。

 そもそも、200年前に失われた禁断の魔法の資料なんて殆ど残っておらず、リーゼも最後に資料を見たのは10年以上も昔である為間違えてしまったそうだ。と言っても、両刻印の違いは中心に短い縦線が1本あるかどうかという違いであった。かなり分かりにくいな。


(ま、200年前に失ってしまった魔法なんだから、刻印が記された資料さえも残っていないだろうな。魔法に対する探究心の強いリーゼだからこそ、何とか刻印が記された資料を見つけたのかもしれないけど)


 更に国際指名手配であるシャギナを、自国の騎士団長として優遇して匿ったという事が問題となって、これに国民の怒りが爆発した。

 王城の前では、今まで王に苦しめられてきた女性達と、今まで国中の女性を我が物顔で独占していき、ずっと苦しめられてきた男達が駆けつけてきた。

 シャギナと結託していたとして、王宮騎士団の立場もかなり悪くなってしまい、押し寄せてくる住民達に押されてしまい、呆気なく豚王共々拘束されてしまい、呆気なく公開処刑された。


(相当鬱憤が溜まっていたんだろうな)


 新しい王に関しては、あの豚王の血を引いている子供があまりにも多すぎた為、後継者争いと言う名の内戦が勃発する事態へと発展した。

 何とか納めて、別の解決策を提示しようとしたのだが、彼等は俺の言葉に耳を貸そうとはせず、それどころか罵声を浴びせて、更には石や包丁までも投げてく来た為俺達はそのまま彼等を見捨てる事にした。

 なので俺は、彼等に手を差し伸べるのをやめてシルヴィとリーゼとルビアの3人と一緒にさっさとこの国を出る事にした。

 リーゼ曰く、この国はもう終わりだろうと何処か他人事のように言っていた。

 それに、ロガーロではそこまで大事になっていないが、俺が北方に来ているという情報は瞬く間に北方全土に広まったと思う。なので、今後はより慎重に行動していかないといけない。


「だけど、本当の放って置いて大丈夫なのか?」

「良いの良いの。北方の国は全て100年もしないうちに滅んでは、そこからまた新しい国が誕生するというのを何度も繰り返しているわ」

「一番短くて確か……建国して1年もしないうちに滅んだな。国名はもう忘れてしまったが」

「建国して1年も経たずにって……」


 何なんだ。建国して1年ももたずに滅んでしまうって、連載して1年もしないうちに打ち切りを食らう売れない漫画じゃあるまいし。

 ちなみに俺達は今、ジオルグ王国の危険地帯を歩いていた。それまでの道のりは本当に長かった。

 入国料がまた高くなった事でリーゼがカンカンになっていたが、何とか全員分払う事が出来た。

 お陰でまた金欠になってしまったが……。

 入国する前に、ジオルグ王国の国境近くの町でメルボーモの肉を換金したが、それでもかなり搾り取られてしまった。

 しかも、王都から国境までなんと1ヶ月も掛かってしまったのだから本当に嫌になる。無駄に大きすぎるだろ、ロガーロ王国。

 だけど、検問所の警備兵から貰った地図を見ると、ジオルグ王国はロガーロ王国よりもかなり大きかった。それこそ、北方地域の全面積の半分に匹敵するくらいに。


「分かっていたけど、実際に見るとかなり酷いな」

「そりゃ、キリュシュラインの次に危険な国だからね」

「確かに、俺も実際に目にするまではとても信じられなかった」


 何度もシルヴィ達から聞いてはいたが、実際に入国してその現状を目にするとその酷さが伺える。

 辺り一面に焼け焦げた跡と、建物の残骸、更には皮膚が焼け爛れ溶けている人の亡骸などがあり、そこに冷たい雪が積もっているという光景であった。

 そういう光景が広がる所を、俺達はジオルグに入国してから10日も歩いていた。


「デゴンの馬鹿がウランで作った爆弾によって破壊された土地だ。私が魔法でガードしているから何ともないけど、これなしだったらかなり危険だぞ。吸っただけで病気になってしまう死の空気が漂っているんだ」


 その死の空気の正体が何なのかは分かる。

 核爆弾が爆発した事で発生した放射能による汚染で、ガンなどの病気を引き起こしてしまう。それ故に、この辺りは危険地帯として誰も近づこうとはしなくなってしまった。俺達も、リーゼの魔法で守ってもらえなかったら足を踏み入れるのも憚られた。


「それはそうと、10日もぶっ続けで魔法を使って、身体は大丈夫なのか?」

「問題ない。自分の意志で解かない限りはずっと展開し続ける優れものなんだ。毒ガスによる攻撃に対してかなり有効なんだ」


 放射能を毒ガスと同等と考えるのもどうかと思うが、実際にそのお陰で危険な放射能から守られているのだから本当に助かっている。


「この辺りにも小さな国が存在していたのだけど、デゴンの作ったウラン爆弾のせいで滅ぼされてしまい、ジオルグに取り込まれてしまったんだ」

「元々ジオルグ王国はここまで大きな国ではありませんでしたが、デゴンが手に入れたウランによって周辺諸国は次々に取り込まれてしまい、今では北方地域の半分を占める大国になってしまったのです」

「最悪だな」


 リーゼとルビアの説明も聞いて、俺は改めてデゴンの異常性を知った。


「そのデゴンという馬鹿王子は一体何を考えているんだ?」

「たぶん、何も考えていないと思うわ」


 デゴンの目的について、隣のいるシルヴィが頭を抱えながら答えた。


「デゴンはガキなのよ。自分が他の誰よりも優れている事を自慢したがり、逆に自分が誰かに劣っていると無性に腹を立てて、その人を徹底的に虐めぬくゲスなんだよ。物にしたって、これは自分しか持っていないんだって自慢できる物をとにかく欲しがる傾向があるのよ。おそらく今回も、周りに自慢できる玩具が手に入ったもんだから、それを他の国に誇示して自分は凄いんだぞってアピールしたいだけだと思うわ」

「シルヴィの意見に私も同意だ。今のデゴンは、ウラン爆弾という玩具を手に入れた事で、自分はこんなにも強いんだぞって全世界にアピールがしたいんだと思う」


 なんとも幼稚で、それでいてとても危険な男なんだろう。しかも、ウランの危険性を全く理解しないまま玩具感覚で使うもんだから、こんなにも酷い状況になっているのだろうな。


「デゴンの評判の悪さは、ロガーロでもかなり有名でした。それなのにあの色ボケ腰抜け国王は、そんなデゴン相手でもヘコヘコとしていてほぼ言いなりになっていました」


 そのせいで余計に鼻が伸びてしまって、今の様な性格になってしまったのだろう。親がやたらとデゴンに甘かったというのもあるだろうけど。


「しかも、今回の侵略戦争がデゴンの偉大なる実績としてジオルグ国内では高く評価されて、3ヶ月前に王位を継承して新しい国王になったんだ。その際デゴンは、こんな暴挙に走ったんだ」


 その時リーゼは、大きなリュックのポケットから紙の束を取り出して俺達に見せた。


「これは……」

「最悪だわ」


 それを目にした俺とシルヴィは、デゴンの予想外過ぎる行動に驚愕して言葉を失った。

 リーゼが見せたのは、俺達の指名手配書であった。俺やシルヴィだけじゃなく、上代や秋野、石澤や犬坂、聖剣士全員が指名手配されていたのだ。


「ご主人様やシルヴィア様だけでしたらまだ分かります。北方の人達にとって御2人は、犯罪者も同然の人間ですから」

「「おい」」


 ルビアの言葉に物申したい気持ちはあるが、事実である為俺とシルヴィはそれ以上何も言い返せなかった。実際には何もしていないのに、北方の人達が一方的に俺とシルヴィを憎んでいるだけなんだけど。


「でも、他の聖剣士までも犯罪者呼ばわりして指名手配するなんてどうかしている」

「何でこんな事になっているんだ?」

「それに付いては、これから向かう町に行けば何となく分かると思う」

「ああぁ」


 ちょうど危険地域を抜けて、10日かけてようやくちゃんとした町の前まで来ていた俺達であったが、町の外から出も伝わる程の物々しい雰囲気に俺達は足を踏み入れるのを憚られた。


「この気配は間違いないわ。デゴンがあの町に来ているわ」

「デゴンが」


 まさか、国王自らがこんな遠く離れた小さな町に訪れるなんてどういうつもりなんだろうか。


「とりあえず入ってみよか。竜次様にも、デゴンの異常さを直接目にしてもらう良い機会だと思う。私の魔法で気配を消すから、向こうも私達に気付かないだろう」

「だけど、殺気は出さない方がいいわ。頭のおかしいデゴンだけど、あぁ見えてもかなり強いし、魔法の腕もかなりのものだし、相手の殺気や敵意にはとても敏感に反応するわ。いくらリーゼの魔法で遮断されても敏感に反応すると思うわ。馬鹿だけどその辺は物凄く敏感なのよね」


 うわ、馬鹿な上に戦闘力が高くて相手の殺気や敵意に対してかなり敏感だなんて……最悪だ。

 何でも、護衛が必要ないくらいに相手の気配には非常に敏感で、暗殺を仕掛けようとした他国の諜報員を返り討ちにするくらいの実力はあるという。流石にマリアや椿様には遠く及ばないみたいだけど、そもそも比べる相手を間違えているよな。

 危険地帯を抜けた後すぐにリーゼは、俺達の周囲に気配を消す魔法をかけてくれた。そのお陰で、警備をしている兵士達に見つかる事なく町に入る事が出来た。お金だけは一応置いて行った。


「おい。この金を置いて町に入った奴何処だ!?足りんぞ!」


((((足りんのかい!))))


 一人当たり銀貨1枚も置いて行ったのに、それでも足りないなんてこの国は国民から無駄に金を徴収し過ぎている気がするぞ。


「放って置くぞ。あんなのいちいち相手にしたってキリがない」

「アハハ……良いのか?」

「いいのいいの。そもそもこの国の体制自体がおかしいのだから」

「それに、10日前の入国料でたくさん搾り取られてしまったのですから、これ以上支払うと宿にも泊まれなくなります」


 女子3人にそこまで言われたのなら仕方ないが、それにしたってこの国の入国料は馬鹿みたいに高かったな。お陰で、残りの所持金は銀貨6枚しかなかった。


(身元がバレるのを避ける為とは言え、とんだ手痛い出費になったな)


 幸いメルボーモの肉はまだ残っているけど、この国の今の状況で高く買い取ってくれるとは思えない。これでは次の国の入国料が払えるのかどうかが心配になってきたぞ。


「そんなに心配しなくても、次のナサト王国は入国料を取らないから大丈夫よ。その代り、身元チェックはかなり厳しいけど」

「そうか」


 シルヴィは大丈夫だって言ってくれるけど、この町の悲惨な状況を見るととても安心できない。


(既に問題だらけなんだけど……)


 外は雪が降っているというのに、町を歩く人達は全員が明らかに薄いボロボロの布切れの様なものを着ており、防寒対策も何もあったものではなかった。よく見ると靴も履いておらず、手と足が真っ黒になって壊死している。


(あれは間違いなく凍傷だな)


 更に、建物は所々壊れていて、窓も全て割られていて雨風も凌げているとは思えなかった。その上劣化もかなり酷く、もはや廃墟と言っても遜色ないくらいに酷かった。

 そして、その建物の壁を覆い尽くさんばかりの俺達の手配書がギッシリと張られていた。俺やシルヴィだけじゃなく、上代と秋野と石澤と犬坂まであった。


(ロガーロもトバリエも酷かったけど、この国は輪をかけて酷いな)


 建物の陰に目を向けると、ガリガリに痩せ細った子供と、ミイラとなった赤ん坊を抱え、俯いて動かなくなっている女性の姿が見えた。皆死んでいた。飢えと寒さが原因なのは明白であった。

 本当なら外になんて出たくなかっただろうに、全員が町の中心へと集まっていた。

 そして、その中心で煌びやかで暖かそうな服を着て、これまた暖かそうなマントを羽織った男が立っていた。

 顔は鼻筋が整っていて、目が釣り上がっていて、長い金髪をポニーテールに結った上代や石澤が霞んでしまう程のイケメンであった。


「アイツが?」

「えぇ。デゴン・ガル・ジオルグ。ジオルグ王国の第一王子にして、どうやって選ばれたのか知らないけど三大王子の一人となっているカスだ」

「尤も、今は国王になっているみたいだ。本当に腹が立つ」


 シルヴィとリーゼが忌々しそうに睨んでいるが、必死に殺気を出さないように踏ん張っていた。相当嫌われているな。


(国民がこんなにも困窮しているのに、あの男はそれを全く気にした様子も見せていない)


 今にも凍え死にそうにしている国民を無視して、デゴンという男は演説を始めた。


「諸君!我々はついに手に入れた!魔人共を滅ぼす程の力を!先の大襲撃でも、この力を使って怪物どもを一匹残らず駆逐させる事に成功し、魔人を殺す事が出来た!この力を使えば、この世界に平和をもたらす事が可能だ!」


 出鱈目を言うのも大概にして欲しいな。核兵器なんかでは平和をもたらせられない、むしろ世界を破壊してしまう危険な負の遺産なんだから。

 それに、大襲撃の状況は鳳凰の鏡で常にチェックしていたが、俺達が北方に飛ばされて以降は殆どがキリュシュラインで起こっていて、それ以外の国で起こった大襲撃は、上代と秋野が頑張っているお陰で食い止められていた。

 幸運な事に、それとも残念な事に、俺達が北方に飛ばされる以前からジオルグ王国で大襲撃が起こったことは一度もない。ウランが採掘されたのは、俺達がヤマト王国にいた時だったから間違いない。

 なので、デゴンが嘘を言っているのは明白であった。その証拠に、あの男の気は石澤並みにどろどろの血みたいな赤色をしていて、更に中心部分は強い悪意を示す黒色をしていた。


「我々は世界各地で起こっている大襲撃にも積極に赴き、このウラン爆弾によって全ての大襲撃を一人の犠牲者も出さずに食い止める事が出来た!」


 あぁあぁ、なんて酷い嘘を付くんだろうな。

 そもそもこの国は、世界が魔人の出現によって結束しなくてはいけないこの状況でも、周辺諸国に対する度重なる挑発行為と、侵略の為の戦争を繰り返してきてきたじゃないか。

 大襲撃が起こっても、アンタ等は一切関わろうとはしなかったじゃないか。


「それなのに聖剣士どもは、まるでそれを自分達の功績みたいに語り、我等の功績を横取りして嘘の情報を世界中に広めた!特にフェニックスの悪魔は、我が国を貶める様な虚言までも吐き、この俺様を侮辱してきた!このような暴挙に対し、我々は正義の名のもとに立ち上がらなければならない!」


 何が正義だ。

 誰がお前等を貶めた。

 誰が見ず知らずのお前を侮辱した。

 下手をしたら石澤よりも虚言癖が酷いな。


(こんな奴が国王をやって大丈夫なのか?)


 ここまで堂々と嘘を吐くと、怒りを通り越して呆れてしまうぞ。嘘を付かないと国民に示しを付けられないのだから。


「そんな聖剣士をこの世界に呼び寄せた諸悪の根源たるキリュシュラインに抗議したが、連中は我々の言葉に一切耳を貸す事もなく我が国に対して挑発行為を繰り返してきた!向こうが聖剣士を擁護するというのなら、我々は正義の名のもとにこれを断罪せねばならない!」


 ちなみにこれは半分が本当で、半分が嘘だ。

 ジオルグ王国はキリュシュラインに対し、ウラン爆弾を配給する代わりに属国になってどんな命令にも従えと脅してきたのだ。これはキリュシュラインに限らず、他の国でも同様の脅しを行っているそうだ。

 しかし、フェリスフィア女王がウラン爆弾の危険性を訴えた事で交渉は決裂したという。最初は欲しがっていたキリュシュラインも、石澤と犬坂がウランの危険性を説明してくれたお陰で考えが変わり、ジオルグ王国を突き放すようになったという。正直言って意外であった。

 ま、その上聖剣士を貶める様な嘘の情報を流したもんだから、信用しろと言うのが無理な話である。


「我々は、世界を破滅に導く存在として聖剣士をこの世から滅ぼし、魔人を我々の手で駆逐する事で、この世界に真の平和と安定をもたらす!その為に、お前達も立ち上がらなければならない!良いか!」


 デゴンの掛け声に対し、集まった人達は「おおぉー!」と声を上げた。というよりも、上げろという無言の圧力によって仕方なく声を上げたのかもしれないが。


「よし!では男共はすぐに俺様に続け!例え手足がもがれても、血反吐を吐いても付いて来るがよい!」


 そう言ってデゴンは町中の男達を集め、大きな馬車の中へと押し込んで連れて行った。大きい馬車と言っても、この町に住んでいる男全員を乗せるにはあまりにも小さすぎる為、中はギュウギュウになっていた。

 俺は直前にシルヴィに手を引かれて、建物の陰に隠れたお陰で助かったが、連れて行かれた男達が気の毒でならなかった。


「まだ10歳にも満たない子供まで連れて行くなんて」

「堪えて。私達が北方にいるという情報は、既にジオルグ国内にも広まっていると思うわ。今ここで騒ぎを起こすと、マリア様達と合流が出来なくなるわ。それ以前に、デオドーラの洞窟に行く事も出来なくなってしまうかもしれないのよ」

「クッ!」


 我慢しなくてはいけないと分かっていても、目の前でたくさんの人が連れ去られていくのを黙ってみているのは辛かった。

 連れ去られた男達は無理やり王都に連れられて、そこで死ぬまで奴隷のように働かされ、そして時には位の高い人を守る為の肉壁にもされるという。

 残された女性達は、デゴンに見放されたも同然の扱いを受ける事になった。

 そんな目に遭わされているにも拘らず、今の俺は彼等に手を差し伸べてあげる事が出来ないでいた。

 仮に手を差し伸べても、彼等が俺の手を取る訳がなく、むしろ汚い物を見る様な目で見た後、近衛騎士を通じてデゴンに知らせる可能性だってある。


(今騒ぎを起こすと、俺だけじゃなく上代や秋野にまで被害が及んでしまう)


 もどかしさを抱えながら、俺はデゴン達が立ち去るのを見ている事しか出来なかった。


「男達がいなくなってしまって、これから先どうやって生きていけばいいって言うのよ!」

「息子を返してくれ!」

「手足が壊死していなかったら、陛下の妾として連れて行ってもらえたかもしれないのに!」

「もう嫌だあああああああああ!」


 残された女性達は、皆がそれぞれ絶望してその場に項垂れた。このまま放って置いたら、この村の住民が全滅してしまう。


「助けようなんて思っては駄目。今の私達に、彼女達を最後まで面倒見る責任を負えないし、それ以前に彼女達が竜次の助けを受け入れる訳がないわ」

「うっ!……」


 そうだ。

 彼女達に取って俺は憎むべき敵。手を差し伸べただけで石を投げられ、声をかけただけで無実の罪を着せられる。ロガーロでも、ロアの正体を知らなかったとはいえ、戦いの最中に俺とシルヴィに石を投げつけられた。

 その後のクーデターでも、俺が声をかけようとした瞬間に全員から罵声を浴びせられ、石だけでなく包丁を投げられた。

 ロガーロに限らず、ナサト王国以外の北方の人達は全員がフェニックスの聖剣士を憎み、救いの手すら跳ね除ける程であった。助ける為に手を伸ばしても、彼等はその手を掴まずに殺しに来る。助ける事が出来ないのだ。

 だけど、それでも俺は見過ごす事が出来ない。助けるとまでは言わないが、せめてこの国を支配しているデゴンだけでも何とかしたいと思った。そのくらいあの男の支配は見過ごせるものではなかった。

 そんな俺の意思を読み取ったシルヴィが、大きく溜息を吐きながら言った。


「だったらせめて、デオドーラの洞窟に行った後にして。あれがあるのはここから遥か南、ナサト王国との国境から歩いて一月の距離はあるけど、そこから王都に戻ってデゴンを捕らえに行ってもいいわよ」

「……分かった」


 シルヴィが提示した最大限の妥協を飲み、俺達は住民に気付かれない様に町を出た。あの町には宿が無かったし、こんな状況で泊めて欲しいと願っても泊めてくれるとは思えない。それどころか、身の危険すらあるくらいだ。

 町中に俺達の指名手配書が貼られているし、あまりいい気分でもない。


(あと、お金も無いからな……)


悲しいです。





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