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57 北方最強の剣士の正体


「ようやく着いたな」

「分かってはいたけど、こうして実際に目にするとかなり酷いわね」


 リーゼと合流した日から20日後に、俺達はロガーロ王国の王都へとたどり着いた。王都は他の町よりもかなり大きかったが、町の中はやつれ切った女性でほぼ埋め尽くされていた。リーゼの話によると、全員が噂の色情魔の王に抱かれて、歳を取り過ぎたという理由で町に捨てられてしまった人ばかりなのだという。

 そのせいか、町には男性は殆どおらず、いてもその女性の子供くらいであった。


「歳を取り過ぎただけでなく、子供が出来てもあのクズ王は責任を取ろうとはせずに即座に捨てるんだ。そのせいで、この国の人の約8割が王族の血を引いているんだけど、認知されずに酷い扱いを受けているんだ」

「最悪だな」


 事実、王都に来た時の第一印象は女性が非常に多いという事であって、男性は片手で数えられるくらいしか見かけなかった。まるで、王都にこの国の女性が全て集められている様であった。

 そのせいか、この国の男性は常に女性に飢えているのだという。シルヴィ達が襲われないで済んでいるのは、この国の人間ではないという事だ。国民に対しては強気な態度を示すこの国の王族だが、他所の国に対してはやたらとヘコヘコ頭を下げる傾向があり、向こうの要求を全て受け入れて逆らわないのだそうだ。その内容が例え理不尽なものであっても。

 その割には、フェリスフィア王国に対しては強気な態度を示しているが、それはおそらく憎むべきフェニックスの聖剣士が建国した国だからと言う事だろう。そんな理由でも強気な大度を示せるのなら、他の国に対しても強気の姿勢を見せてもいい筈なのだが、どういう訳かそれが出来ないらしいのだ。

 でも、ここで一つ疑問に思う事がある。


「この国は一体どうやって、自国民と他国民を見分けているんだ?」

「さぁ」

「そう言えば、私も考えたことが無かったな」

「おい」


 王女2人も、何故今までそこに疑問を抱かなかったのだ?いくら興味のない国だからって、知ろうとしないのは良くないだろ。外交に関わる機会が無かったというのも、理由の一つなのかもしれないが。

 そんな俺達の疑問に、自国民であるルビアが答えてくれた。


「私達自国民は、生まれてすぐにある特殊な魔法をかけられてしまうのです」

「「「特殊な魔法?」」」

「はい。魔法というよりはもう呪いなんですけどね。これです」


 そう言ってルビアは、口を大きく開けて舌を出した。

 見せてくれた舌に、何やら黒色の刻印の様なものが描かれていた。


「束縛魔法です」

「束縛魔法って、そんな魔法を使っている奴がまだいたなんて思いもしなかったぞ」

「束縛魔法?奴隷魔法とは違うのか?」


 初めて聞く魔法に、俺はシルヴィとリーゼに視線を向けて聞いた。


「奴隷魔法は相手を命令に逆らえなくさせて、支配していく魔法なんだ」

「自由が利かず、主の命令には絶対に逆らう事が出来ず、嘘を付く事も許されない。その辺は、ルビアを買った時点で竜次様も分かっていると思うけど」

「ああ」


 それは分かっていたし、シルヴィとマリアが廃止させたいと考えつつもなかなか出来ずにいて頭を抱えている事も知っている。卑劣で人権を迫害するようなものでも、それを必要としている人が大勢いる為だ。


(世界が違うだけで、ここまで価値観が違ってくるのかって驚いたもんだ)


「ですが、真っ当な主に引き取られれば奴隷の身でありながらも裕福に暮らせますし、飢えと貧困に苦しむ事もありません。その上、自分の意志で自由に他所の国に行く事も出来ます。ですが」

「束縛魔法は、それが出来ないと?」


 俺の言葉に、ルビアはコクッと頷いた。その後の説明はリーゼが引き継いでくれた。


「読んで字のごとく、相手の自由を奪って行動を制限させる魔法なんだ。民が王の命令に逆らって、勝手な行動を起こさせないようにさせる禁断の魔法で、奴隷魔法と違って自由に国境を行き来出来なくなってしまい、死ぬまでその国で過ごさなくてはいけなくなってしまう。故に、束縛魔法をかけられた人は世間知らずな奴が多いんだ。元々は、ある国の王がクーデターを起こさせないようにする為に開発された魔法だと聞いている。尤もその国はとうの昔に滅んでしまっているけど」


 例えが悪いかもしれないが、要約すると、相手を暗くて狭い所に閉じ込めて監禁するような状態なのかもしれない。


「でも、この魔法は200年前に使用を禁止された禁断の魔法の筈だ。知識を得ることは出来ても、使い方を記された書物は全て破棄されていて、使えた人ももう生きていない。使える人は各国の当時の王族によって全員処刑されたから、教わる事なんて出来ない。今の人達が使い方を知っているとは思えない」

「リーゼロッテ様のおっしゃる通り、この国でも本来なら使用を禁止されているのです。しかし、この国の王族は他所の国に黙って今も束縛魔法をずっと使用し続けていたのです」


 驚愕の事実に、俺とシルヴィとリーゼはほぼ同時に顔を強張らせた。他の国に内緒で、この国の王族は今もずっと使い続けていたと言うのか。


「有効範囲はこの国全土で、この国に生まれた瞬間に魔法が掛かってしまう仕組みになっているのです。そして、その魔法が掛かっているかどうかも、私達は目で視認する事が出来るのです」

「そうなのか?」

「ああ。確か、束縛魔法をかけられている人同士は、お互いの顔を見ると顔の上に名前が浮き上がるって聞いた事がある」

「はい。私達の場合は、更に相手が童貞なのか処女なのかも名前の色で分かるようになっているのです。クズ王が初夜権を行使する際、相手が処女じゃなかった場合その女と抱いた男を処刑する為に」

「最低だな」


 つまり、魔法をかけられていない俺達の頭上には名前が浮かび上がっていなかったから、この国の人は俺達が他所の国から来た外国人なのだというのがすぐに分かったのか。


「尤も、王や王妃はもちろん、城に仕えている兵士や執事やメイド、侍女などは外交の際にきちんと同行が出来るように、王自らの手によって束縛魔法が解除されているのです。それでも何故か、誰一人としてクーデターを起こそうとはしないのです」

「無理もないわ、クズとはいえ王から甘い汁を啜っているような連中よ。クーデターを起こす訳がないし、そもそも不満なんてある訳がないわ」


 シルヴィの言う通り。

 一般人の苦しい生活をしている考えると、快適で衣食住が充実していて、しかも権力を振りかざす事が出来る生活が約束されれば、例え最低な王に尽くす事になっても不満なんて抱く訳がない。生きる事に執着しているのだから。

 もしくは、余計な事をして全てを失う事を恐れている人もいるかもしれないし、大半がそういう人が集まっているのだと思う。


「という事は、ルビアもこの国から出る事が出来ないのか」

「いいえ。ご主人様と奴隷契約をした時点で束縛魔法も効果が薄くなりましたので、この国を出ると同時に消えると思います。奴隷魔法は、束縛魔法よりも強い力を有しているのです。そういう意味では貴方様に買われてよかったと思います」

「それはどうも」


 何だか感謝されている気がせず、皮肉を言われている様にも感じた。

 そんなルビアをジト目で睨んでいると、町に住んでいる人達が慌てて建物の外に出てきた。


「何が起こってんだ?」

「王宮騎士団による税金の徴収です。その辺はトバリエ王国におられたお2人もご存知だと思われますが」

「ここでも騎士団が平民から税金を徴収しているのか」

「はい。しかも、王都の場合は国王自らも徴収に同行し、同時に新たに生まれた若い女性の中に、まだ初夜権が行使されていない女がいないかもチェックするのも兼ねているのです」

「余計に最悪だな」


 束縛魔法により国外逃亡も出来ず、クーデターも起こす事も出来ず、女性に関しては貞操の危機すらあるなんて最悪過ぎるぞ。

 しかも、出てこなかったら目の前で家族や恋人を殺されるらしいし、処女の娘を隠していた場合もそれに該当するそうだ。


「何なんだよ、この国は」

「怒ってくださるのはありがたいですが、この国に限らず、北方地方にある国はナサト王国を除く全てが似た感じの独裁国家なのです」

「そんな事言って大丈夫なのか?」

「関係ありません。今の私は貴方様の奴隷なのです。いかに色魔な国王でも奴隷には手を出しませんし、私がこの国出身でもご主人様が外国人である以上いくら暴言を吐こうが問題など起こりません」

「それでよく一国の王が務まるな」

「否定はしません。あの愚王に良いところなんて何一つ存在しない、生きているだけで何の価値も生み出さない無能で低能な、親の七光りでふんぞり返っているだけのお飾りですから」

「常に相手の顔色を窺って、常にヘコヘコ頭を下げていたような奴だったから、私達が悪口言っても何の問題も無いわ」

「アイツが虚勢を張れるのは自国民やフェリスフィア王国に対してのみで、お山の大将にもなれない、だけど性欲だけは人一倍強い傲慢で横暴で、さりとてヘタレで臆病で常にビクビク震えている哀れな愚王なんだ」


 言いたい放題にロガーロ王をディスる女性陣。特に、ルビアに関しては今まで溜まりに溜まった鬱憤を出している様にも感じた。

 そんな彼女達に俺はただ、乾いた笑みを浮かべながら、まだ姿を現さない淫魔で臆病な王に対する哀れみと軽蔑の眼差しを向けていた。

 だけど、魔法で縛られているとはいえ、そんな愚王を相手に行儀よく道端で列を無し、足下に大金の入った布袋を置いて頭を下げる住民達も同類であった。


(所詮は同じ穴の狢か)


 束縛魔法のせいでクーデターも起こせず、国外逃亡も出来ない哀れな人達だ。

 普通なら、魔法で縛られているのだから仕方がないと思うのだけど、何故か俺は彼等に同情する事が出来なかった。

 何故なら、ルビア達ロガーロ国民が本当に禁断の束縛魔法にかけられているのかどうかが怪しくなったからだ。


(そもそも彼等は、本当に束縛魔法をかけられているのか?いくら他国に内緒で使っているとはいえ、どの国にも情報収集のエキスパートである諜報員が存在するものだ。あの人達の情報収集能力はかなりのものだから、そんな人達の目を欺いてバレずに禁断魔法が使えたとは思えない)


 ルビアが言っていた様にちょっと手を加えただけで、浮かび上がった名前の色を変える事で、その人が処女か童貞なのかも分かるようになるのか?

 更に大前提として、200年前に廃れてしまった魔法が本当に現代まで伝わってきているのだろうか?


 (何かがおかしい。そもそも、他国に対して一切意志を伝えずヘコヘコ頭を下げる臆病者に、そんな大規模魔法が使えるのだろうか?)


 しかし、魔法に詳しいリーゼが言うのだから間違いないとは思うけど、どうにも引っかかる。

 そんな疑問を抱きながら大通りの道を眺めていると、複数の騎士に先導されながら偉そうに馬に乗っているおっさんの姿が見えた。

 いや、だって本当におっさんにしか見えなかった。

 着ている服が豪奢で、王冠を被っていたからあのおっさんが王である事はすぐに分かったが、それが無かったら豚という表現がしっくりくるほどの醜い顔立ちと、ブクブクに太った体系をしたメタボなおっさんにしか見えなかった。


(うわぁ、目が淀んでいるし、笑うと男の俺でも身体の震えが止まらないくらいに気持ち悪いな。本当に人間なのか疑いたくなるレベルだ)


 そんな王とは呼べない豚男に嫌悪感を出していると、突然俺に向かって物凄い殺気が向けられている事に気付いた。


「竜次」

「ああ。物凄い殺気を感じた。おそらく、あの女だろう」


 俺とシルヴィの視線の先には、豚王を守る様に先頭を歩いている白銀の鎧と水色のマントを身に着けた、燃え上がるような真紅の短い髪と、吸い寄せられるような黒よりも更に深い黒、闇色の瞳をした少女が時折チラチラとこちらを見ていた。


「間違いないでしょうね。でも、最悪だわ」

「最悪って?」

「アイツが北方最強の剣士、ロア・メリーラよ」

「アイツが」


 客観的に見て確かに綺麗がしっくりくる容姿をした少女で、切れ長で鋭利な刃物よりも鋭い目付きをしていた。


「最悪だな。よりにもよってロアまで来ていたなんて」

「王に絶対忠誠を誓ったロアが来ない訳がありません。普段何をしているのか分からないような人ですが、こういう大事な行事には必ず王と共に行動をしているのです」


 ルビアはともかく、リーゼまでもロアに委縮していた。


「そうか」


 だけど俺は、ロアの顔を見た瞬間に何か違和感の様な物を感じた。

 初対面な筈なのに、何故俺に殺気を向けて来るのだろうか。

 いや、そもそも初対面という感じがしない。


(何処かで会った事があるのだろうか?でも、俺の知っている奴にあんな顔の奴なんていない)


 気のせいだと言われればそうなのかもしれないが、それでも俺はロアと初めて会った気がしないのだ。

 そんな俺に気付いたロアが不敵な笑みを浮かべながら、真っ直ぐ俺の方を向いて立ち止まった。急に立ち止まったロアに、豚王は戸惑った感じで訊ねてきた。


「どうしたんじゃ、ロア?」


 うわぁ、声まで聞いただけで気持ち悪い。あの豚自身が、人を不快感にさせる存在なのではないのだろうか。


「いえ。ただ、この国に最悪な犯罪者が入り込んでしまっているみたいですね」

「何じゃと!?して、その者は一体何処に?」

「あちらです」


 そう言ってロアは、真っ直ぐ俺達の方を指さした。


「おやおや、今は滅んだエルディア王国の第三王女のシルヴィア王女と、ファルビエ王国のリーゼロッテ王女ではありませんか。それと、男が一人か」


 シルヴィとリーゼの事は名前で呼ぶが、俺の事は名前すら呼ばないのか。まぁ、呼ばれてもちっとも嬉しくないし、こんな豚がシルヴィとリーゼの名前を言うだけでも腹が立つ。と言うかこの豚も、髪を短く切ってもすぐにシルヴィだって分かるのが腹立つ。


「何をおっしゃっているのですか。シルヴィアはもはや王女ではありませんし、何よりもあの女はあのフェニックスの聖剣士のパートナーになったのですよ」

「何!?という事は、あの男がフェニックスの!?」


 豚の言葉に反応して、道端に並んでいた国民たちが一斉に俺達に視線を向けてきた。しかも、物凄い殺気を込めて。


「堪えてください。あの王の指示が無くても、フェニックスの聖剣士は北方の人全員に憎まれているのですから」

「分かっている。けど……」


 北方ではフェニックスの聖剣士は憎まれている為、あの豚の命令が無くても国民全員が俺に憎悪を向けるのは仕方がないという事は理解している。

 けれど、俺自身は全く何もしていないのに国民全員からこんなに憎まれるのは納得がいかない。完全に逆恨みだろ。


「フェニックスの悪魔が何故神聖なる我が国に足を踏み入れているのだ!汚らわしい!ロア!」

「承知いたしました」


 豚の命令を受け、ロアが物凄い速さで剣を抜いて俺の懐へと飛び込んできた。


「クッ!?」

「竜次!」

「竜次様!」

「ご主人様!」

「大丈夫だ!」


 なんて言ってロアを押し返したが、あのたった一撃を受けただけで腕は痺れるような衝撃が伝わった。それだけでもこの女の強さがひしひしと伝わってきた。

 だが、それ以上に衝撃だったのは、俺の前に立っていた国民がこの女の攻撃の巻き添えを食らって、何人かの人がたくさんの血を流しながら倒れているという事だ。守るべき民を巻き添えにしても何とも思っていないのか、笑顔を浮かべながら攻撃してくるその姿に俺は戦慄を覚えた。

 この女、明らかに異常だ。


「リーゼとルビアは下がれ!シルヴィは俺の援護を頼む!」

「分かった!」

「しかしご主人様!」

「分かった。でも無理だけはするな!」


 止めに入ろうとしたルビアを抱えて、リーゼは安全な建物の陰へと隠れた。

 シルヴィは剣を抜いて、俺と一緒にロアと戦った。この女の強さが分かった以上、1対1に拘っている場合ではない。何よりも、相手は国民を巻き添えにしてでも俺を殺すつもりでいるのだから。


「おやおや。女の子相手に2体1だなんて、曲がりなりにも聖剣士なのですか?」

「うるせぇ。お前みたいな奴に、1体1で挑むバカが何処にいる」

「1人の騎士として、民が貴様の攻撃の巻き添えを食らっているのに何とも思わないのか!?」

「そこにいるのが悪いんだ。むしろ、国の為に死ねるのだから名誉に思うべきだろ」


 この女狂っているぞ。

 騎士団長でもある貴様の攻撃の巻き添えを食らっているのに、この女はそれがさも当たり前だと言わんばかりに近くにいる民を笑いながら殺している。

 俺みたいなド素人でもないのに、守るべき民を守ろうとしないで戦うなんて。


「良いぞロア!その悪魔を殺せ!そして我ら北方の民の積年の恨みを晴らすのじゃ!」


 肝心の豚、もとい国王なんてまるでショーでも見ているかのよう感覚で見ているし、国民もそれに便乗するかのように歓声を上げている。

 俺自身はここまで恨まれる事をした覚えなんてないし、そもそも北方の人達がフェニックスの聖剣士を恨んでいる理由なんてもう皆忘れているのだろ。なのに恨みと憎しみだけが語り継がれて、肝心の理由を見失ってしまっているのだから。ハッキリ言って迷惑だ。


「そんな訳だ。キリュシュラインの戯言を鵜呑みにする訳ではないが、貴様の様な犯罪者はさっさと死んでくれた方が世の為なんだよ」

「その通りだ!」


 ロアと豚王の発言に、住民が声を上げて賛同し始めた。中には、俺とシルヴィに向けて石を投げつけてくる輩もいた。


(あの豚王や最悪な女に賛同するなんて!北方の人達にとってフェニックスの聖剣士はそれ程までに憎い怨敵だと言うのか)


 理由も分からなくなり、しかも2000年も前の出来事であるにも拘らず、フェニックスの聖剣士に対する憎悪だけが語り継がれて今に至っている。

 この異常な状態は、憎しみの訳を知らずに洗脳に近い形で生まれてくる子供に憎しみを植え付けさせた結果なのだろう。

 なんて哀れで、愚かな人達なのだろう。


「アンタには一度聞いておきたい事があったんだけど、何であんな最低な豚王なんかに忠誠を尽くしているんだ?そもそもアンタは何の為に戦っているんだ?」


 戦いながらシルヴィは、あんな豚に絶対的な忠誠を誓っているロアにずっと気になっていた事を聞いた。

 確かに、こんな豚王なんかに忠誠を誓う理由もメリットも何もないような気がする。

 そんなシルヴィの質問に対してロアの答えは


「そんなものはどうでも良い!私はただ、たくさんの金と権力が得られればそれで良いんだ!」

「そんな理由であの豚に忠誠を尽くしているの?」

「だったら何だ!」


 金と権力欲しさに、ロアはあの豚王に絶対的な忠誠を誓っていると言うのか?

 だけど、理由が明らかにありきたりすぎた。

 ロアは笑いながら肯定しているけど、何か作り話を聞かされている様に俺は感じた。

 シルヴィはそんなロアの言葉を信じて激昂しているが、俺にはその話が何だか嘘のように感じてならなかった。

 訳が分からない。

 何故、初めて会った筈のロアが言う事が嘘だと感じたのだろうか?

 そもそも何故、俺は初対面の筈のロアと何処かで会ったように感じたのか。

 嘘探知の魔法で気の色を確認してみたが、ロアの全身を纏う気の色は白色をしていたので嘘を言っている訳ではなさそうだが、何故か俺にはロアの言う事全てが嘘のように感じた。

 そして何よりも、ロアの戦い方にも見覚えがある様にも感じた。


(腰を落として低い姿勢を保ち、剣を逆手に持って戦うスタイル)


 何処か見覚えのある戦闘スタイルなのだが、一体何処で見たのかがどうしても思い出せない。

 一体何処であの戦い方を見たというのだろうか?

 そもそもロアと会ったのは今日が初めて。

 そして、ロアと戦ったのも今日が最初。

 この国どころか、北方にも来たことが無いのだから遭遇する訳が無かった。

 なのに何故、ロアはさっきから俺に対して強い敵意を向けているのだろうか?

 北方の人間だから、俺を逆恨みしているだけだ。そう言われれば確かにその通りなのかもしれないが、ロアの俺に対する敵意はそんなものではない様な気がしてならなかった。


(思い出せ!)


「死ね!」


 必死で思い出そうとする俺に、ロアが俺の首元に剣を向けようと接近してきた。

 その攻撃自体は剣で防ぐ事が出来たが、その直後に起こった事を見た瞬間、俺はようやくこれまでの疑問の答えを見出す事が出来た。


「なるほど。そういう事か!」


 俺はシルヴィの腕を引っ張って、素早くロアから距離を取った。


「竜次?」


 訳が分からず困惑をするシルヴィだが、俺はただひたすらロアを睨み付けていた。


「あらあら、女に対してそんな目で見るなんてつくづく最低な男だな」


 なんて嘲笑う用に告げるロアと、それに賛同する豚王と周りの人達。

 だが、今の俺にはそんな事はどうでも良かった。だってコイツ等は、ロアの素性について全く知ろうともしなかったし、表面上の情報を何の疑問も抱かずにそのまま信じてしまった。

 そんなコイツ等の方がよっぽど最低だから。


「そう言えば、前にもお前に言われた事があったな。確かにあの時の俺は、お前の顔を攻撃しようとしたり、髪の毛を引っ張ったりした時にも同じ事を言われたな」

「竜次?」


 キョトンとするシルヴィを他所に、俺は淡々と言葉を発した。ロアも、俺が次に何を言おうとしたのかを予想していたのか、次の言葉を発する前に俺の胸に剣を突き刺そうと突っ込んできた。

 俺はすぐにその攻撃を躱して、ロアの顔面に触れる為に左手を伸ばした。

 すると、俺の手はロアの顔に触れる前に、ロアの身体が何か強い衝撃波で設けたみたいに5メートル後方へと飛ばされた。



 まるで、磁石の同じ極同士が反発し合うのとように。



 それを見た住民達は、目の前で起こった出来事に言葉を失った。


「竜次、今のって……」

「ああ。本来組むべき聖剣士とパートナーが触れあおうとした時に起こる反発現象だ」


 そして、俺が触れる事でその現象が起こる相手は2人いる。

 一人は、上代のパートナーである桜様。

 そしてもう一人は…………


「まさか、北方最強の剣士に成りすましていたなんて驚きだぞ。だが、その低い姿勢での戦い方と、剣を逆手に持つ持ち方をする奴は1人しかいなかった」


 聖剣士のパートナーでありながら、世界中で指名手配されている最悪な殺し屋。


「いくら完璧に変装出来ても、長年染みついた戦闘スタイルだけは変えようが無いからな。いい加減に正体を現せ、ロア・メリーラ」



「いや、シャギナ・ウェルッシュハート」



 俺の言葉を聞いた住民達が、一斉にロアの、否、変装したシャギナの方へと視線を向け、少しずつ後退っていった。


「はっ、何を口から出まかせを」


 そんな中、豚王だけは俺の言う事を信じず、嘲笑うような視線を向けてきた。


「何を馬鹿な事を言っておるのじゃ。ロアがあの国際指名手配犯のシャギナな訳がないじゃろ。第一、顔も髪型も全然違うではないか」

「シャギナは変装の名人だ。どんな相手にも完璧に変装する事が出来る。それに何より、あの女は自分の気の色を自在にコントロールする事が出来る」


 それこそが、今まで誰もシャギナの変装を見破る事が出来なかった最大の要因。あの女は、自分の意志で気の色を変えることが出来るのだ。おそらくそれは、ドラゴンの聖剣士である石澤のパートナーとしての力なのかもしれない。


「馬鹿馬鹿しい。そもそも貴様の言う事全てが嘘に塗れておる。わしは騙されないぞ」


 あくまで信じない豚王だが、そんな俺に対してロアは左手で顔を覆って高らかに笑い出した。その時の声が、先程とは変わっていた。イルミド王国で聞いた、俺達も知っているあの声に。


「あはははははははははははっ!まさか貴様にバレるなんてな!いかにも……」



「私は、シャギナ・ウェルッシュハート」



 最初から隠す気なんて無かったのか、シャギナはアッサリとロアのお面を剥がし、赤い髪のカツラがボㇳって落ちて本来の白銀の長い髪が姿を現した。


「シャギナっ!」


 正体を現したシャギナに、シルヴィは眉間に皺を寄せて物凄い敵意を込めて睨み付けた。


「そ、そんな!?」


 目の前の現実に愕然とした豚王は、力なく乗っていた馬から滑る様に落馬して尻餅をついた。


「ききっ、貴様、本物のロアはどうした!?」

「貴様は本当にバカだな」


 本物のロアの事を聞く豚王に対し、シャギナは馬鹿にするような視線を向けて真実を言った。


「ロアなんて女は最初から存在しないよ。私が殺し屋家業をこなしていく上で絶好な隠れ蓑として、この国の王宮騎士団に紛れた方が都合良かったから利用したまでだ。まぁ、騎士団長に任命されたのは予想外だったが、それでも私が自由に行動する上では何ら支障が無かった」

「貴様!このわしを騙していたのか!?」

「貴様ら北方の連中は疑う事をしない。いろいろ考える事を面倒臭がるから、偽の経歴や出身地を提示しても誰一人として疑わないから簡単に騙す事が出来たし、私も安心して身を隠す事が出来た」

「うわあああああああああ!」


 最初から利用されただけだと知って、ショック受けた豚王はその場に蹲って嗚咽を漏らした。豚王だけでなく、町の住民達も同じ用意膝を付いて絶望していた。


「騙されただけじゃなくて、国際指名手配犯のシャギナを匿っているなんて情報が流れた身の破滅は免れないし、国そのものが崩壊しかねないわね」


 かなり冷静に言うシルヴィだが、声の感じから心の底からどうでも良いという感じが出ている。その証拠に、嘆いている豚王には全く目を向けずに、家族の仇であるシャギナを睨み付けていた。


「よくものうのうと私の前に現れたわね」

「あの時も言ったが、貴様の家族を殺したのはアイツ等自身が望んだ事であって、私はその希望通りに殺してやっただけだ」

「っ!!」


 全く悪ぶれないシャギナの態度に、シルヴィの怒りは更に激しさを増した。


「だとしても、大切な家族を殺した奴を許せる訳がないだろ。お前にはそれが分からないのか!?」

「知らんな。私はただ、金さえ貰えればそれで良いだけだ。その為だったら、私は喜んで自分の家族だって殺せるわね」


 やはりこの女は狂っている。

 家族に対する情も何もかも捨て去り、ただただ金の為に殺しの限りを尽くしている。こんな異常な犯罪者が聖剣士の正式なパートナーの一人だなんて、いや、むしろ石澤にはお似合いのパートナーなのかもしれない。


「さて、正体もバレてしまった事だし、もうこの国には何の用もない」

「逃げるのか!」


 懐から転移石を取り出して逃げる準備に入ったシャギナに、俺は剣先を向けて言い放った。


「だから何だというのだ」


 あっけらかんとした口調で肯定するシャギナ。そんなシャギナの態度が更に俺とシルヴィの神経を逆撫でさせた。


「貴様を殺すのは後だ。大襲撃が治まったその瞬間にその首をもらい受けるがな」

「シャギナ!」


 逃げようとするシャギナに、怒りが最高潮に達したシルヴィが攻撃を仕掛けていったが、シャギナはそんなシルヴィの攻撃を剣で防ぎながら何か思い出したみたいに住民達に言葉を発した。


「そうそう。この国の住民に掛けられた魔法だけど、あれは名前を表示させて童貞か処女かを示すだけのもので、束縛魔法なんかではないぞ」


 最後にそう言い残して、シャギナはシルヴィから距離を取ると同時に剣で転移石を破壊してその場から消えた。


「逃げるな、この卑怯者!」


 シャギナを逃がして、やり場のない怒りを叫ぶことで吐き出すシルヴィ。


「アイツは一体、何を考えて行動しているんだ」


 ぽつんのその場に立っているだけの俺は、シャギナが何を考えて行動しているのか分からなかった。

 嫌っている筈の俺と戦おうとしないのは、俺と戦っても金にならないからなのか、それとも他に思惑があるのではないかと思ってつい邪推してしまう。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




「はぁ。何でこんな所に来てしまったんだ」


 転移したシャギナが今、煌びやかな内装に高そうな骨董品がズラリと飾られた建物の真ん中に立っていた。

 竜次やシルヴィアから逃げる為とは言え、とっさに思い浮かべたのはここであった。

 屋敷の人に見つからない様に、シャギナは2階にある部屋に足を運んだ。豪奢な内装とは裏腹に、置かれている家具はベッドとタンス以外は何も置かれておらず、壁に複数の武器が飾られていて、部屋の一角にあるテーブルには複数の薬物が無造作に置かれていた。

 そう。シャギナが転移した場所は、自分が生まれ育った家、生家だったのだ。


「チッ!結局ここしかなかったのかよ」


 ブツブツ文句を言いながら、シャギナは身に着けていたロガーロの鎧と服を脱ぎ捨て、いつもの白色の服に短刀というスタイルに戻った。

 そんな時、部屋のドアをノックする音が聞こえ、そのすぐ後に1人の壮年の男性が入って来た。


「おやおや。帰ってきていたのなら一言私に挨拶をしてくれても良かったのではないか、我が愛娘よ」

「偉そうな事を言うな。貴様を父親だと思った事なんて一度だってないぞ」

「つれないな。君に殺しの技術を教えたのは誰だと思っているのだ?」

「変装の技術は私自身が身に着けたものだし、気の色のコントロールも私の能力だ。貴様から教わった物ばかりじゃない」

「そうだったな。シャギナは生まれながらの殺しの天才だったからな。殺し屋としての才能は、私や妻や父でさえも凌ぐほどだからな」

「うるさい。それよりも、仕事は良いのか?」

「ああ。今日はオフだからな」

「フン」


 軽く嘲笑った後、シャギナは懐から転移石を取り出して次の目的地に行こうとした時、彼女の父親が不意に呼び止めた。


「その前にお前に依頼がある」

「貴様に関しては内容にもよる」

「スルトの幹部、キガサとしての依頼だ。フェニックスの聖剣士、楠木竜次を殺せ」

「断る。ここは私の家だ。スルトの本部なら引き受けたが、ここで貴様の命令など聞けるか」


 キガサの依頼をキッパリと断ると、シャギナは転移石を使って何処かに転移した。


「やはりドラゴンの聖剣士の正規のパートナーだな。いかに嫌っていても、聖剣士のパートナーとして聖剣士を殺す事を無意識に避けているのだろうな。まぁいい。」





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