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56 メルボーモの群れ

 翌朝。

 俺とシルヴィとルビアは、昨日狩ったマンイーターの素材を全て売った。


「よくこれだけの数のマンイーターを……まるでファルビエのリーゼロッテ様みたいな事をしますね」

「そのリーゼ様から魔法を教わったのですよ」


 完全に嘘という訳ではない。ファルビエの王都に向かう途中で、魔法の基礎を教わってもらっていた。錬金術も教えてくれたので、魔法と錬金術に関してはリーゼが師匠と言っても良いだろう。


「ホント、リーゼは今何処をほっつき歩いているのやら……」

「それでしたらあの魔法技術も頷けます」


 納得するルビアを他所に、シルヴィはポーションの材料を求めて旅に出ているリーゼの所在を気にしていた。

 そう言えば、素材を求めて北方に向かっているって言っていたな。運が良ければ会えるかもしれないな。


「そうですね。銀貨60枚と言った所でしょう。昨日のも含めて銀貨120枚ですね。騎士団に見つかったら、9割以上持っていかれるから気を付けてください」

「ああ」


 銀貨が入った布袋を受け取り、俺達はすぐにこの町を発って次の町に向けて歩いた。


「相変わらずの酷い吹雪だな」

「本当ならこんな時期に外に出るなんて自殺行為なんですけど」


 北方出身のルビアからしたらそうかもしれないが、そこへんが魔法で何とかなっている為難なく進む事が出来た。常人なら絶対に前に進めないくらいの強風と雪は脅威だから。尤も、今日は特別風が強いみたいだ。


「冬の間ずっとこんな強風が吹いていれば、確かに誰も外に出ようなんて思わないわね」

「はい。この時期は本当に命にかかわります。その上、今日みたいな特に強い風が吹く日は、家屋が倒壊する事だってあるのです」

「何それ!?ハリケーンか竜巻か何かか!?」

「竜巻は知っているけど、ハリケーンって何?」

「魔物の名前か何かですか?」


 この世界にはは発生しないみたいで、2人揃ってキョトンとした表情を浮かべていた。


「いや、俺の住んでいた世界で発生する自然災害で、物凄い強風と滝のような雨が降るんだ」


 説明を聞いても、2人は頭上にクエスチョンマークを浮かべながらキョトンとしていた。すみません、説明が下手で。何せ、5年もボッチを貫いていたもんですから。

 だけど、石造りの家屋が倒壊する程の強風が吹く事があるのなら、それはもうハリケーンを超えている気がする。


「まぁ、北方では竜巻は発生しませんが、毎年不定期に今日みたいな暴風が吹く事もありますし、それがご主人様のおっしゃるハリケーンと同レベルと言う事になるのですか?」

「ま、まぁ…………」


 ぶっちゃけ、俺もハリケーンがどのくらいの規模なのかは分かりません。台風なら経験があるけど、言っても絶対に通じないだろうし、そもそもハリケーンと台風の違いが分からないので頷く事にした。


「へぇ、竜次の世界にもこの規模の暴風が吹くんだ」

「まぁ、俺の住んでいた世界では温かい時期から寒い時期に変わる節目に発生しやすいから、正確には違うかもしれないな」


 適当に濁そう。これ以上深く聞かれると答えられないから。


「でも、今日みたいな暴風が吹く日は気を付けた方が良いです」

「そうね。勿論、暴風そのものが危険というのもあるけど、こんな日はメルボーモが集団で襲い掛かってくる危険性が高くなるんだ」

「メルボーモって確か、ブクブクに太った大きな牛の魔物だったな」


 更に付け加えると、牛の姿をしているくせに肉食だ。


「そうそう。こんな暴風が吹く日でも、体重が重いメルボーモにとっては関係ないんだ。むしろこういう日は、人間や他の魔物がいつも以上に動きが鈍くなるから、捕まえやすいという事でこの時期は集団で人里や他の魔物の巣に乗り込んでくる事があるんだ」

「1体だけなら村人が総出で挑めば何とかなりますが、集団で来られるともうお手上げなのです。北方は、他の地方と違って魔法が使える人があまりいないのです」

「どうしてだ?」

「特に深い理由はありません。単純に面倒臭いだけです」

「そんなものを学んでいる暇があるなら、次の冬に備えてたくさんの食料を調達しろってところね」


 理不尽だ。

 魔法が使えれば、こんな吹雪が吹き荒れる日でも普通に行動する事が可能なのに、そこは面倒臭がらずに学んだ方が良いぞ。


「そう言わないで。この地方のこの寒さじゃ不味い雑草以外の植物は育たないから、狩猟による食糧確保をする意外に方法がないのよ」

「今は無くなってしまいましたが、今まではモルドレ王国からたくさんの作物を輸入していました」

「そう言えば、キリュシュラインに攻め滅ぼされたんだったな」


 その前に、スルトの依頼を受けたシャギナによって国王が暗殺されて、混乱している所をキリュシュラインによって滅ぼされたのだ。


「そんな訳ですから今、この国に留まらず、北方全域が深刻な食糧難に陥っているのです」

「確かに、そんな状況なら生きる事だけに必死になって、魔法の勉強をしないのも頷ける」


 住んでいる人達に、そんな精神的余裕が無かったら誰も魔法を学ぼうなんて思わないわな。


「でも、だからと言ってこれだけの数の魔物の肉全てを正規の値段で買い取ってくれるわけではないわ」

「だろうな。町の人達には悪いけど、全部を確保するのは無理だろうな」

「あのお2人とも、どうされたのですか?」


 訳が分からずキョトンとするルビアを他所に、俺とシルヴィは前方から押し寄せてくる魔物の大群に目を凝らした。


「数は……数え切れねぇな」

「えぇ。しかも今日みたいな強風の日にこれだけの大群で押し寄せてくる魔物ときたら」

「はは、早速お出ましですか。メルボーモの大群が」

「ええぇ!?」


 さっき話したメルボーモの大群が迫っていると聞いて、ルビアの顔が一瞬で真っ青になった。


「これだけの大群を前に、ルビアを守りながら戦うのは無理ね。ファングレオ!」


 群れと遭遇する前に、シルヴィはファングレオを呼び、ルビアを乗せて安全な所へと避難させた。


「なぁ、あれだけの数のメルボーモを換金したらどれくらいになりそうか?」

「想像もつかない程凄いお金が入るわ。でも、流石に全部は無理ね。価格破壊とかそういうのではなく、この数を相手にあまり傷つけずに倒すというのが難しいからよ。仮に持ってこれたとしても、こんなに数が多いと安値で買い叩かれるのがオチね」

「だろうな」


 確かに、10体や20体なら何とか出来たかもしれないけど、今向かって来ている群れは30や40なんてレベルではない。

 それに、こんなにたくさん持って帰ると安値で買い叩かれる事だって考えられる。いや、絶対に買い叩かれる。


「それにしても多いな」

「私も、こんなにたくさんのメルボーモの大群なんて聞いたことが無いわ」

「あの数のメルボーモってやっぱり異常か?」

「えぇ。メルボーモは本来雌だけが群れで行動して、雄は繁殖期以外単独で行動していて、こういう暴風が吹く日でも例外なく群れの中に入ることが無いわ」


 つまり、あの群れの中にはオスも混じっていると言うのか。

 よく目を凝らして見て見ると、確かに雄が混じっていた。メルボーモの雄と雌の見分け方は一目見ただけですぐに分かり、雄の身体は雌より1,5倍程大きいのだ。


「それに群れと言っても精々20体前後。でもあれは、100は軽く超えているわ。こんなのあり得ないわ」


 この数自体既に異常という事なのだな。確実に魔人や大襲撃の影響だろうな。ファフニールやニーズヘッグが、自分の縄張りを抜けて他の地方に現れるくらいだから、他の魔物にも影響が出ていても不思議ではない。


「20~30体くらい狩ったら、魔法で一気に片付けてもいいか?」

「良いけど、攻撃範囲の広い魔法はやめておいた方が良いわ」

「分かっている」


 何せこの国は、町と町との距離が非常に短く、更に道の脇の至る所に集落がある為前回の大襲撃で使ったような広範囲攻撃魔法を使うと、近くにある集落が巻き添えを食らってしまう。それに、上空にはルビアとファングレオもいる。あまり派手な攻撃魔法は使えない。

 と言っても、青い炎でも倒せる保証はない。ブラックホールなら楽に倒せるけど、その場合は回収できる素材はゼロ。つまり、収入もゼロになるので益々使えない。


「素材の回収と討伐を両立させるのは難しいけど、やらなきゃ収入がゼロだもんな」

「角とかだったらまだ楽なんだけど、メルボーモは肉と皮しか売れないもんね。ちょっとでも傷があるとかなりの値段が下がってしまうわ」

「確かに。そもそも角が無いんだけどな。牛のくせに」


 メルボーモはブクブクに肥えた乳牛の様な姿をした魔物で、大きさは2階建ての家屋と同じくらいであった。

 見た目が完全な牛なのに、角が無くて肉食なのが納得いかない。しかも、無害そうに見えて実はかなり凶暴なのだからいろいろと間違っている気がしてならない。


「眉間を撃ち抜けば一撃で倒せるわ。あと、雄は肉がしまっていて噛み応えが抜群で、雌は肉汁がたっぷりで柔らかくてとてもジューシーなの」

「はいはい。出来たら何体かは持って帰ってマリア達にも分けてあげような」


 ま、俺も食べてみたいって思っていたから良いけど、こんなに大きいのだから全部食べ切るのにどのくらいかかるのだろうか?

 だけど、売るとなると北方だとあっという間に無くなってしまうらしい。

 だけど、それにはちゃんとした理由がある。


「んじゃ、とっとと20体狩って残りは討伐しますか」


 なんて言って勢いよく氷の槍を眉間に目掛けて飛ばしたが、その槍が突き刺さる事は無く、カキンという音を立てて弾き飛ばされた。


「やっぱりそう簡単にはいかないよね」

「えぇ、メルボーモの表皮は鋼鉄の様に固いから、1体倒すだけでもかなり骨なんだよね」


 そう。これがすぐに無くなってしまう理由である。

 メルボーモ自体がなかなか倒す事が出来ず、剣で突き刺すだけでもかなりの骨なのである。しかも、表皮は火で燃えにくい為火魔法で丸焼きにする事が出来ないのだ。なので、青い炎でも倒せない可能性が高いのだ。

 その為、本来ならメルボーモ1体を狩るのに100人必要になり、その際半数以上が必ず犠牲になってしまうのだそうだ。そんな狩るのが難しい魔物だから、群れで遭遇したとしても1体狩れるかどうかも分からないくらいだ。その為、1体分の肉なんて王侯貴族がこぞって持っていくのであっという間になくなる。

 見た目はほのぼのするが、北方ではドラゴンの次に危険で強い魔物として恐れられているのだ。遭遇率が低いのが、せめてもの救いとも言える。今回の様な例外はあるが。


「こんなのどうやって倒せって言うんだ」

「そうね。毒の付いた矢を目に向けて指すというのもあるけど、その場合肉は食べられなくなってしまうわね」

「毒矢はリスクが高すぎるか」


 北方の人達にとっては貴重な食糧になる訳だから、シルヴィにとってはあまりお勧めできない倒し方だ。

 だったらもう力尽くで倒すしかない訳だ。


「ちなみに、首を斬り落としても問題ないか?」

「えぇ。頭は特に使い道が無いから、跳ね飛ばしても問題ないわ」

「分かった」


 問題ないという事なので、俺は小さくさせた聖剣を大きくしてから抜いて一気に先頭を走っている雄のメルボーモの懐に飛び込み、ジャンプしてその首を斬り落とした。


(思った通り。普通の剣では無理でも、聖剣なら難なく切る事が出来る)


 斬ってみて分かったが、メルボーモの雄は肥えた見た目をしているが実際は筋肉の塊である事が分かった。雄の肉は雌よりも筋肉質だから、身がしまっていて噛み応えがあったのだ。雌は脂肪の方が圧倒的に多いが、その脂肪が分厚すぎるせいでなかなか刃が通らないみたいだ。

 でも、それが分かったからこそこの数のメルボーモを相手にするのがどんなに危険なのかが分かった。


「竜次!」


 囲まれる直前にシルヴィも駆けつけ、俺の真横にいた雌のメルボーモをファインザーで斬って倒した。

 だけど、その直後に俺とシルヴィはメルボーモの群れに取り囲まれてしまった。


「一先ず町に向かわれる心配は無くなったな」

「だとしても、無茶し過ぎよ」

「分かっている。でも、通常攻撃や通常魔法が効かないのなら他に方法がなかったんだ」

「そうね。マリア様と椿様みたいに脳天を殴って倒すなんて荒業は、私達には無理だもんね」


 あの2人はそんな方法でこの化け物を倒していたのか。恩恵の力を借りれば出来るかもしれにけど、この状況で強く望むのは困難だ。その間に襲い掛かってくるかもしれないし。

 今の所メルボーモの群れは、俺とシルヴィを睨み付けたままジッとしているけど、一瞬でも動いたらその瞬間に襲い掛かってくるのは容易に想像がつく。


「ちなみに、この2体でいくらするんだ?」

「雄は銀貨150枚。雌は銀貨120枚ってところね」

「雄が高く売れるのか」

「場所によって値段は変動するわ。北方と西方は、多少固い方が人気ね。東方と南方は柔らかい肉が人気で、雌の方が高く売れるわ」

「なるほど。それじゃ、雄と雌それぞれ10体ずつ狩って、残りは悪いけどウェルダンにさせる」

「極端に黒焦げにならなかったら、トンで銀貨2枚だけだけどちゃんと買い取ってもらえるわ」

「それを聞いて安心した」


 1トンで銀貨2枚ってかなりぼったくられている気がするが、それでも買い取ってもらえるだけありがたい。

 雄と雌で10体ずつ、計20体ほぼ無傷で回収できれば残りは黒焦げになっていようが、粉々の状態になっていようがとりあえずお金になるみたいなので遠慮がいらない。周りの集落に影響が出たらマズイので、魔法を使う時はかなり自重しなくてはいけないが。


「じゃ、まずは状態の良い奴から確保するか」

「えぇ」


 そうと決まったら俺達は、メルボーモ達の猛攻を躱しながら慎重に雌を10体倒していき、雄を見つけたら俺が聖剣で倒すという形を取った。

 雌の方はすぐに10体状態の良い奴が出来たので、残りは胴体を真っ二つに両断しようが、パーツごとに斬ろうが関係なく倒す事が出来る。

 だが、雄はなかなか見つからない為、誤って胴体を真っ二つに切りそうになったのが何度もあり、その度に危ない目に遭って互いに助け合うという状態が続いた。


「遠目からだとすぐに分かるのに、近づくとどれも同じに見える」

「そういうものよ。でもこれでようやく雄も10体揃った。あとはもう、遠慮なく戦えるわ」

「ああ」


 あまり状態が良くなくても、一般人に安値で提供できるようになっているし、保存の出来るソーセージやベーコンやハムにする事も出来る。その代り、安値で買い叩かれてしまうけど。

 しかし、数が多すぎる為いくら倒してもなかなか減らない。

 いっその事青い炎でも使おうかと思ったが、それだと近くの集落に被害が及ぶ危険があるし、俺自身の首が絞まればシルヴィの立場までも危うくなってしまう。本人は今更だって言うかもしれないけど、それでもこれ以上シルヴィの評判を下げる訳にはいかない。

 かと言って、通常攻撃魔法が通じる相手でもないので、必然的に聖剣とファインザーを使った肉弾戦を強いられる事になる。でもそれだと体力が尽きてしまう。


「魔法を使いたくなるな」

「使ってもいいけど、効くかどうかも分からないわ」

「だろうな」


 青い炎を使っても倒せる保証もないし、その場合メルボーモ達は無傷で集落に多大な被害が出てしまう可能性がある。


「リーゼだったら、魔法でメルボーモを倒す事が出来るのだけど、いない相手を頼っても仕方ないわね」

「だけど、やっぱりリーゼに来て欲しいって思ってしまう」


 イルミドで起こった大襲撃で使ったあの魔法なら、メルボーモの表皮が強固でも関係なく粉砕させる事が出来る。こういう状況での戦闘に最も適している魔法使いと言ってもいい。

 そのリーゼも、今何処にいるのかも分からない。北方にいるのは間違いないけど、この近くにいるなんて保証なんてないし、それ以前にこの国にいるという保証もない。

 もし近くにいるのなら来て欲しいぞ。



「……何がどうなってんだ?」



 聞き覚えのある声と共に、俺とシルヴィの近くにいたメルボーモ達に巨大な火の玉が降り注いだ。


「まったく。何で竜次様が北方にいるんだ?」

「それは後で説明するよ」


 天の助けなのか、今俺達の目の前に大きなリュックを背負ったリーゼが立っていた。


「何であんたがここにいるのよ?」

「知らないよ。気付いたらいきなりメルボーモの群れのど真ん中にいて、しかもすぐ近くに竜次様とシルヴィまでいたんだから本当にビックリだ」

「説明になってないわ」

「んなこと言ったって、知らんもんは知らん」

「ははははは…………」


 何となく原因が分かった。

 たぶん、一刻も早くこの状況を脱却したいと俺が強く願ったせいで、他所にいたリーゼをこっちに転移させてしまったのだろう。

 たぶん、この力を利用すればマリアや椿、更には馬車やゾーマも引き寄せられるのではないかとも思ったが、下手したら人攫いに悪用できてしまいそうだし、それを理由に変な言いがかりをつけられても困る。特に石澤の耳に入ったら大事だ。


(幸い、シルヴィもリーゼも気付いた様子もない)


 だけどこれは、あまり使わないようにしないといけない。相手がリーゼだったからこの程度で済んだけど、そうじゃなかったら絶対に大騒ぎになるぞ。


「と言うかあんた、何時髪をバッサリ切ったんだ?まさか、竜次様と破局でもしたんか?」

「そんな訳ないでしょ!私が竜次にフラれるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないって!」

「強がりを言って」

「本当にフラれてないから!」

「おいおい」


 こいつ等本当に仲の良い幼馴染なのだろうか?顔を合わせる度に喧嘩ばかりしている気がする。と言うか、この世界でも長い髪をバッサリ切る=失恋、という概念が存在していたのかよ。


「ッタク。言い争いもこの辺にするか」

「って、ちょっと!」


 尚も食い付くシルヴィを無視して、リーゼは近くに倒れていたメルボーモの遺体に素早く触れて、右の掌一杯にメルボーモの血を付けた。

 その後休む間もなく、リーゼは左手の親指の皮を噛み切り、そこから滴り出た血を右の掌の上にかけた。


「私のいない間にまたこんな状況になられても困るから、あとで竜次様にもこの魔法を伝授させてあげるよ」


 そう言った後リーゼはパンッと手を合わせ、離すと同時に正面にいたメルボーモの群れに両の掌を向けた。

 その瞬間、彼女の目の前にいたメルボーモが大きな音を立てて爆散していった。

 リーゼが最も得意としている攻撃魔法で、掌に付いた血と同種の生き物を内側から爆破させる魔法だ。

 この攻撃魔法の魔力の込め方が少し特殊で、並の魔法使いでは習得が不可能とまで言われる程だ。


「身体の内側から干渉されれば、いくら強靭な表皮を持つメルボーモでも木端微塵さ」


 得意げに語るリーゼだが、この魔法にも欠点は存在する。

 相手の血が必要だという事はもちろん、その血と違う種の生き物には影響が全くないという事。例え目の前にいても、使っている血がその生き物と違う種類だと爆散することが無い。

 そしてもう一つが、一度に複数の種類の血を掌に付けたら効果が無くなってしまうという事だ。

 自分の血を付けるのは、血と共に自分の魔力を付着させる為なので自分の血を付けても何の問題はない。

 だが、他の魔物の血が混ざってしまうと効果が無くなってしまう為、別の種類の魔物にも使いたい場合は一旦掌に付いた血を洗い流さないといけないのだそうだ。ざっと洗い流すだけでも構わないが、出来る事ならしっかりと洗い流した方が良いそうだ。

 そんな欠点を差し引いても、今回の様な状況では最も有効な攻撃魔法とも言える。その証拠に、さっきまで俺達が苦労していたメルボーモの大群があっという間に全滅したのだ。


「あんなに苦労したメルボーモの大群をアッサリと」

「でもまぁ良いじゃん。お陰で助かったのだから」

「そうだな」


 リーゼには申し訳ない事をしてしまったが、そのお陰で俺達は危機を脱する事が出来た。

 その後、地上に降りたルビアにメルボーモの遺体を収納魔法の中に入れ貰い、その間に俺とシルヴィはリーゼからいろいろと話を聞く事にした。


「そう言えば、北方にしか取れない素材を採取しに来たって言ってたけど、植物がろくに育たない北方に一体何があるってんだ?」

「この国に自生している氷結茸を取りに」

「氷結茸?」

「氷の彫刻の様な見た目をしたキノコで、凍傷や冷え性の改善に役立つ薬を作る事が出来るんだ」

「その代り物凄く不味いのよ。しかも、氷を齧っているみたいな食感がする上にかなり冷たいから、食料として適していないとして北方では全く人気が無いんだ。まさかそれが、凍傷や冷え性の薬になるなんて知らなかったわ」


 まぁ、寒い冬にかき氷を食べる様なものだからあまり人気が無いのも仕方がないか。

 だけど、そんな氷同然のキノコが凍傷や冷え性に効く薬の材料になるというのだから、一部の薬剤師や錬金術師に売ると銀貨3枚で買い取ってもらえるそうだ。


「で、その氷結茸は採取できたのか?」

「ああ。たくさん採れたからこれから帰ろうかと転移石を使ったらビックリ。こんな所に転移してしまったんだ」

「何訳の分からないこと言ってんのよ。どうせ近くで私達の事を見たから、無意識にここをイメージしてしまったのじゃない?」

「そんな訳ないだろ」

「喧嘩はやめろ」


 このままではヒートアップしそうなので、やはり俺は自分の恩恵でリーゼをここまで転移させてしまった事を話す事にした。


「もしかしたら、自分達の危機的状況の中で無意識に私を求めた事で、竜次様の恩恵が無意識に発動して転移したとか」

「バカ言ってんじゃないわよ。そんな事が出来たらゾーマと馬車だってこっちに引き寄せられたし、第一人攫いに仕えそうな力を竜次が求めると思う?」

「確かに、下手したら売った商品をすぐに回収して金をせしめる悪徳商法にも使えるし、若い女を引き寄せて奴隷商に売るなんて事も出来るな」

「そんな力を使ったらたちまち竜次の立場が悪くなるし、最悪本当に犯罪者として指名手配されてしまうから、そんな縁起でもない予想は立てないで」

「すまない」

「…………」


 シルヴィの言葉を前に、俺は喉から出かかった言葉を直前で飲み込んだ。


(やっぱりこの力の事は墓場まで持って行こう)


 同時に、今後これは二度と使わないと心に決めたのであった。


「もしかしたら、町に戻ろうと転移石を使う直前にこの道に事を思い出していたから、多分そのせいだろう。ここに来る前に、確かに転移石を投げつけたから」

「絶対にそれよ。ッタク。人騒がせなんだから」

「まぁ良いじゃない。お陰で俺達は助かったんだから」


 たぶんそれ、転移石が完全に砕ける前に俺が呼び寄せてしまったからだと思う。そんで、転移石も砕ける直前に本人がいなくなってしまったから、効果が発動される事もなくただ砕けただけとなったのだろう。

 何にしろ、上手く誤魔化す事が出来た。


「ま、これも何かの縁だし、私も旅に同行させてもらってもいいか?」

「そいつは助かる」

「えぇ。リーゼほどの魔法使いがいてくれるととても心強いわ」


 シルヴィも同意してくれたみたいだし、リーゼから新しい魔法を教わりながら進んでいくのもありだと思った。


「それはそうと、何で竜次様達は転移石を使わないんだ?持ってるんなら、わざわざ歩かずに転移石使ってレイシンに行けばいいじゃん。ドルトムン王国に行きたいんなら、レイシンから行った方が早いぞ」

「そうなんだけど、ドルトムン王国に行く前に先ずジオルグ王国に行こうと思っているんだ」

「ジオルグ王国か……」


 少し悩んだ後、リーゼは表情を歪ませながら言った。


「やめた方が良いぞ」


 リーゼからもジオルグ王国に行く事を止められた。


「ジオルグに行くのだけは絶対にやめておいた方が良い。あの国の住民は、王侯貴族や平民も含めて殆どがモラルの崩壊した連中ばかりだ。無論、全員がそうだとは言わない。だが、そういう人間の割合が他のどの国よりも多いんだ。あのキリュシュラインがまともに思えてしまうくらいにだ」

「確かに、キリュシュラインはいろんな国を取り込もうとあらゆる手を使ってくるけど、どういう訳かジオルグにだけは絶対に手を出さないのよ。敵対国だというのもあるけど、住民の殆どがモラルの崩壊した人ばかりだからというのも理由の一つなのかもしれないわね」

「ははは……」


 そんな連中ばかり住んでて、よくもまぁ滅びないで済んだな。殆ど秒読み状態なのかもしれないけど。


「その上今は、デゴンの馬鹿がウランで作った妙な爆弾を使って、周辺諸国を次々と襲撃し、乗っ取って自国に取り込んでいるんだ。しかも、その爆弾の悪影響で魔物達は住処を奪われ、他所の国に流れ込んで来るんだ」

「という事は、あのメルボーモの大群もジオルグの爆弾から逃げる為に他の群れと合流したんだろうね。その結果、あんな数にまで膨れ上がってしまったのでしょうね」


 という事は、あのメルボーモの数は人の身勝手が引き起こした人災だったのかよ。魔人や魔王は一切関係なかったのか……。


「それでも俺達はいかないといけないんだ。青蘭が俺達に伝えようとしている事が何なのか、それを知る為にも俺達はジオルグにあるデオドーラの洞窟に行かないといけないんだ」

「デオドーラの洞窟に行くだと!?あそこは悪魔の洞窟と言われているくらいにヤバイ所なんだよ!」

「知ってる。それでも行かなくてはいけないんだ」


 正直に言うのなら、俺だってそんなヤバい国になんて行きたくない。それでも、俺とシルヴィはあの洞窟に行かないといけないのだ。そこにはおそらく、この地方の人達でさえ忘れてしまっている知られざる真実が隠されていると思う。そして、それこそが北方の人達がフェニックスの聖剣士を憎む理由なのだと思うから。


「余程の訳があるんだな」

「ああ」

「私達だって不安はあるけど、行かない訳にはいかないわ」

「そうか……」


 しばらく考えた後、リーゼは大きく溜息を吐いてから俺達に行った。


「そこまで言うのなら仕方ないけど、これだけは言っておくぞ。ヤバイと思ったら即転移石を使って逃げろ。あんな国、特にデゴンの相手をするのは絶対にやめておいた方が良い。あの馬鹿は相手にするだけで時間の無駄だから」

「分かった」


 その条件を受け入れる事で、リーゼは俺達の旅に同行する事を了承してくれた。

 その後俺達は、次に到着した町でメルボーモの肉を少しだけ売ってから宿を取り、その日はこの町で一夜を過ごした。





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