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55 恨みの理由(仮定)

 朝起きてすぐ、俺は2人が起きる前に顔を洗いに行った。刺さるような冷たかったが、目を覚ますには丁度良かった。何よりも、俺自身の覚悟を決める意味でも良かった。


(朝食の前に、ルビアには俺達の事を話さないといけないからな)


 ルビアからしたら、最も憎むべき相手に不幸にも買われてしまったと思い、絶望する事は間違いないだろう。

 だが、そこはもう諦めてもらうしかない。

 この先の事を考えると、ルビアが使えるだろう収納魔法がどうしても必要となる。マリアと馬車に頼りきりになってしまった事と、今までたくさんのお金が入って来た事から完全にその辺の感覚がマヒしてしまった。良くない傾向だ。


「よし。とっとと覚悟を決めねぇと」


 気を引き締めた俺は、2人が待っている部屋へと戻って行った。戻ると2人とも丁度目を覚ました所であった。


「おはよう、竜次」

「おはようございます……っ!?申し訳ありません!私が先に起きるべきでしたのに!」


 まだ寝ぼけているシルヴィに対して、寝過ごしてしまった事を申し訳思うルビアはオドオドした様子であった。


「別に俺は気にしてないから。それよりも、ルビアに話しておかないといけない事があるんだ」

「は、はい!」


 少し緊張した面持ちで、ベッドの上で正座をして俺の言葉に耳を傾けようとした。

 だけど俺は、本当に話しても大丈夫なのかどうかを未だに躊躇っているのか、なかなか言葉に出せないでいた。


(ッタク!俺ってこんなに憶病な奴だったのかよ)


 梶原といい、エルといい、2人の裏切りが完全に尾を引いているみたいで、自分でも驚くくらいに怖がるようになってしまった。奴隷である為、裏切るという可能性が万に一つも存在しないと分かっておきながら。

 そんな俺の心情を察したシルヴィが、険しい表情を浮かべて俺に言ってきた。


「無理して言わなくてもいいわよ。竜次が傷つくような事なら尚更話す必要なんてないし、この子が知る必要なんて何もないわ。非情な事を言うようだけど、この子は奴隷なのよ。話して傷つくようならずっと黙っておいた方がいいし、ルビアが私達の事を知る権利なんて何も無いのよ」

「分かっている。心配してくれているのは嬉しいけど、それでもいつかは話さないといけないんだから」


 それに、皆と合流すれば嫌でも知られてしまう訳だし、それならいっその事最初に話しておいた方が良い。

 口で説明する前に俺は、自分の右の手の甲をルビアの方に向かせて、そのすぐ後に金色に輝くフェニックスの紋様を浮かび上がらせた。

 紋様を見た瞬間、ルビアは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに親の仇を見る様な憎悪に満ちた目で俺を睨み付けた。

 直後にシルヴィも、自分の右の手の甲をルビアに向けて、銀色に輝くフェニックスの紋様を浮かび出させた。それを見たルビアは、俺と同じ視線をシルヴィにも向けた。


(やっぱりこうなるよな……)


 分かってはいたけど、実際にそんな目で見られるとかなり傷つくな。


「ご主人様が、噂に聞くフェニックスの悪魔で、シルヴィア様がそのパートナーだったのですね」


 底冷えするような冷たい声で、ルビアは俺に言った。


「黙っていたのは悪かったと思うが、昨夜は言い出す勇気が無かったから騙す様な事になってしまってすまなかった。お前が聞いた噂がどんなものかは想像付くけど、俺は噂のような犯罪に手を染めていない」

「信じられると思っているのですか」

「なら聞くけど、私とあなたの身体が未だに綺麗なままなのはどう説明するの?同じ部屋で寝泊まりしてたんだから、昨夜襲われてもおかしくない状況であったのに、私もあなたも何もされていないじゃない」

「じゃあ何だというのですか?私の両親とご先祖様が嘘を付いているとでも言うのですか?キリュシュラインが流している情報を信じるつもりはありませんけど、あんな情報を聞いたら信じるなというのが無理な話じゃないですか」


 家族やご先祖様からどういう風に聞いたのかは知らないが、やはり彼女も他の北方出身者と同様にフェニックスの聖剣士を憎んでいる様であった。

 そんなルビアを、シルヴィは呆れた表情を浮かべて首を横に振った。


「こうなるんじゃないかと思っていたけど、あなたはもう少し疑う事を覚えた方が良いわよ」

「キリュシュラインの戯言を全て信じる訳ではありませんが、フェニックスの悪魔の事に関しては疑う余地なんてないと思います。私達の先祖が受けた苦しみを考えると」

「その苦しみって何?そもそも何故、北方ではフェニックスの聖剣士は恨まれているのよ?それがあったとしても、竜次を恨むのはお門違いと言うか、完全な逆恨みじゃない」

「貴方の質問に答えるつもりはありません。不本意ではありますが、私のご主人様は目の前にいるフェニックスの悪魔です」


 そんな事を言っている割には、ルビアの俺を見る目は相変わらず憎悪に満ちていた。


「ようやく誰かに買ってもらえたと思ったら、こんな男に買われてしまうなんて最悪です。しかも裏切れないなんて、私に死ねと言っている様なものです」


 そこまで嫌なのかよ。

 覚悟を決めて打ち明けたのに、これでは黙ったままにしておいた方が良かったと後悔してしまうじゃないか。


「だったら聞くが、何故北方の連中はフェニックスの聖剣士を憎むんだ?」


 俺の質問にはちゃんと答えてくれるみたいで、大きく溜息を吐きながらルビアは答えた。


「具体的な理由を聞かれても分かりません。物心がついた時からずっと言われてきました。『フェニックスの悪魔は聖剣士の風上にも置けない悪魔だ。アイツだけは何があっても絶対に許してはいけない。先祖の恨みを決して忘れるな』としか言われてきていませんでした。具体的な内容を聞いても誰も答えてはくれず、2000年前にこの地方の人全員を不幸にしたとしか聞いていません」

「何で2000年も前の恨みを何時までも引きずるのよ。そんな大昔の恨みなんて、あなたはもちろん、今の人達には全く関係ない事じゃない。2000年も恨み続けるなんて馬鹿馬鹿しいわ」

「先祖の恨みを馬鹿馬鹿しいというのですか!2000年も経っているからと言って、風化して良い理由にはなりません!」

「だけど、その恨みはルビアのものではないでしょ。当事者ではなくなったあなたが、恨む必要なんて何処にもないでしょ」

「じゃあ、先祖が受けた屈辱を忘れろというのですか!それこそ先祖に対する冒涜じゃないですか!」


 目の前で口喧嘩を繰り広げる2人。

 だけど俺は、先程のルビアが言っていた北方の人達がフェニックスの聖剣士を恨む理由を聞いて、ずっと疑問に思っていた事が少し分かった気がした。何故フェニックスの聖剣士を憎悪するのか。

 ルビアは具体的な理由は分からないと言っていたが、2000年前に召喚されたフェニックスの聖剣士が誰なのかを俺は知っていた。



 張青蘭



 2000年前に召喚された先々代のフェニックスの聖剣士で、海底遺跡で俺に鳳凰の鏡を与えてくれた女性だ。

 そして今回は、ジオルグ王国にあるデオドーラの洞窟に来いって夢で御告げを告げるみたいに言ってきた。

 北方の人達が言うフェニックスの聖剣士というのは、間違いなく青蘭の事だろう。彼女は北方の人達に一体何をしたというのだろうか?2000年も経っても風化する事もないくらいに激しく。


(もしかして、デオドーラの洞窟に来るように言ってきたのは、この事について話したい事があるからなのか?)


 最初は何か新しいアイテムをくれるのかと思ったけど、ルビアの話を聞くと違うんじゃないかって思ってきた。

 そして、北方の人達にしてしまった事を後悔しているのだと思う。次に召喚される後輩の為に鳳凰の鏡を残し、大襲撃の事や魔人の正体を教えてくれて、その時に抱いた後悔を全て話してくれた青蘭が悪い人だとは思えなかった。

 おそらく、何かの事故で北方にとんでもない災いを起こし、それがきっかけで北方の人達に憎悪を抱かれてしまったのだと思う。そして青蘭は、今の北方の人達が忘れてしまったその時の出来事を俺達に伝える為に、俺達にデオドーラの洞窟へ来るように言ってきたのだろう。


(だけど、これはあくまで俺の想像でしかないから、それを裏付ける証拠がある訳でも何でもない。一応頭の片隅に留めておいた方が良いだろう)


 何故青蘭が、俺達をデオドーラの洞窟に来るように指示してきたのか。その真相が分からない以上、根拠ない想像だけで動くのはやめておいた方が良い。違っていたら彼女に申し訳ないから。


「ほら2人とも、喧嘩はやめろ。これから一緒に旅をするんだから、険悪な関係のままでいるのは嫌だろ」

「それならいっその事殺してください。憎むべきフェニックスの悪魔と一緒に旅をするくらいなら死んだ方がマシです」

「そうもいかない。お前が使える魔法が俺達に必要だからだ」

「そうね。あなたがいれば、狩った魔物を買い取ってもらう為にいちいち行商人を呼ばずに済むから」

「私が使える魔法って、もしかして収納魔法の事ですか?」

「ああ。俺達は収納魔法が使えないから、お前が収納魔法を使えるという情報を得たから奴隷商に足を運んで買いに行ったんだ」

「そういう事でしたか」


 深く溜息を吐いた後、ルビアは諦めたように首を横に振った。


「奴隷に拒否権なんてありませんし、裏切る事も出来ませんしその命令に従いましょう」

「助かる」

「それと、私と竜次の素性は絶対にバラさない様に」

「シルヴィの命令にも従えよ。俺のパートナーでもあるし、婚約者でもあるから」

「分かりました。ご主人様の素性については一切口外いたしませんと約束します」


 機械的で淡々とした感じではあるが、我慢するしかない。裏切らないだけマシだ。

 ルビアと連れて宿を出た俺達は、すぐに服屋へと足を運んでルビアに似合いそうな服を見繕った。ボロボロの奴隷服ではあまりにも寒そうだったから、温かい服を買い与える事にした。全部で銀貨2枚も掛かってしまったが必要経費だ。


「よろしいのですか?奴隷にまともな服なんて着せて」

「普通の奴隷がどんな扱いを受けているのかは知らんが、寒そうな格好のまま外を出歩かせる訳にはいかないだろ」

「はあ……」


 少し戸惑った様子であったが、ちゃんとした服を着せたルビアを連れて昨日マンイーターを狩ったあの場所へと向かった。


「通常でしたら、吹雪の中で魔物狩りに出かけるのは無謀なのですが、この魔法があれば吹雪なんて気にならないのですね」

「トバリエでも同じ事を言われたけど、ここでもこの時期の魔物狩りは危険なのか?」

「ゼロではありませんけど、この時期に魔物狩りに出かける人はそんなにいませんね。モグラギツネとスノーラットしかいないトバリエと違って、こっちには危険な魔物がたくさんいますし、何よりマンイーターやニーズヘッグやフロストドラゴンによる被害がかなり甚大なのです」

「フロストドラゴンはこの大陸で最大のドラゴンで、力もかなり強力だが遭遇率がかなり低いお陰で厄竜に認定されていないけど、私は十分に厄竜に認定してもいいと思っているわ」

「それでも、ニーズヘッグの方が圧倒的に危険です。人の心の傷を抉って、暴走させて、果てには戦争を起こさせるのですから」

「まぁ、どっちも危険なドラゴンなんだろうけど、ニーズヘッグならもう残り1体しかいないから、その1体を倒せば絶滅させる事が出来るからな」


 魔物が相手では、種の保存や保護は適用されない。それはドラゴンでも例外はなく、特に厄竜に認定されているドラゴンに関してはその種が絶えても誰も文句を言わず、むしろ望まれているくらいである。


「それはそうと、何でフロストドラゴンは厄竜に認定されないんだ?ルビアは何か知らないか?」


 別に東西南北で1種類ずつ指定しろという決まりもなく、5種類目がいても良い筈。いくら遭遇率がかなり低く、人をあまり襲わないからと言っても、それだけで厄竜認定されないのはちょっと納得がいかない。実際に見た訳ではない為、どれほど危険なのかは分からない。シルヴィも、厄竜に認定させてもいいレベルだって言ってた。


「理由は至って単純です。一つは、フロストドラゴンは特定の人物だけを襲うからです」

「「えぇっ!?」」


 流石のシルヴィも知らなかったみたいで、俺と声をハモらせて驚愕していた。


「その原因は人間側にあるとされていて、それ以外は人間が何かしらフロストドラゴンを刺激しない限りは人の住んでいる所を襲わないのです」

「でも、フロストドラゴンに人間が襲われたという記録が確かにあったわ」

「確かに襲われた人はたくさんいますが、それも目的の人物を襲う際に巻き込まれたのが原因なのです。しかも、フロストドラゴンが人を食ったという話も聞かないのです。それが、フロストドラゴンが厄竜に認定されなかったもう一つの理由です。理由は分かりませんが、フロストドラゴンは北方に生息している魔物にしては珍しく、人を食わない魔物なのです。まぁ、魔物って言っていますけどドラゴンは本来魔物に分類されないのです」


 それは知っている。

 ドラゴンは魔物ではなく、神獣して扱われているのだ。星獣の中にドラゴンがいるくらいだから。

 けれど、殆どのドラゴンが人を襲う程の凶暴な性質をしていて、ファイヤードレイクやファフニールの様に力だけではなく、他のどのドラゴンとは比べ物にならない程の凶暴性と破壊衝動を持っている種類を厄竜に認定するくらいだ。その為、ドラゴンは一般的には魔物として扱われている。

 東方には、細長い体と尻尾をしたドラゴンがいて、それらは人間に危害を加えることが無く、豊作をもたらすとして信仰されているくらいだ。見た事は無いけど。


「まぁ、フロストドラゴンに関しては専門家でも分からない所が多すぎるのです。遭遇率もかなり低いですから、そもそも調べるという行為そのものがなかなか出来ないのです」

「普段どこに住んでいるのかも分からないのか?」

「はい。仮に分かっていても、生きて帰って来れる人なんておりませんので」

「謎の多いドラゴンなんだな」


 他のドラゴンは生態がハッキリしているのに対し、フロストドラゴンだけは何故か生態がハッキリしていないんだな。まぁ、目撃談があまりない上に、危険なドラゴンにわざわざ近づこうとする命知らずはまずいないだろう。

 そんな事を話している間に、俺達は昨日のマンイーターの群れの所に到着した。


「うわあぁ、マンイーターの群れじゃないですか。休眠中とはいえ、近づきたくないですね」

「別にルビアが戦う必要なんてないさ。ルビアは、俺とシルヴィが倒したマンイーターを収納魔法の中に保存して欲しいだけだ」

「分かりました。それが、私が買われた理由ですから」


 淡々とした感じではあったが、ルビアは少し下がって待機していた。幸い、近くにはマンイーター意外に魔物はいなかった。いや、この場合マンイーターが近くにいるから他の魔物は近づかないのだと思う。


「さて。ちゃっちゃと全部倒しましょう」

「ああ。ルビアが加わった事で、更にたくさん銀貨が必要になったからな」


 全部倒して売ったとしても、目標の金額には届かないと思うが、それでもかなりの数の銀貨が入る。

 それに、倒した魔物を他の魔物に取られる心配もない為、遠慮なく狩る事が出来る。

 という訳で、俺は魔法で無数の氷の槍を作りだし、それをマンイーターの眉間に目掛けて飛ばした。


(大分魔法にも慣れてきた。複数の魔物の急所を一気に攻撃する事が出来る)


 俺が飛ばした氷の槍は、寸分違わずマンイーターの急所である眉間に深く突き刺さった。断末魔は響き渡ったが、他のマンイーターはシルヴィが確実に仕留めていった。


「休眠中だったからこんなもんだけど、目を覚ました時のマンイーターを丸々回収するのはかなりの骨だからね」

「倒すのが骨じゃないんだな」

「確かに危険な魔物ではあるし、本物の枯れ木との見分けはつきにくいけど、慣れてしまえば簡単に見分けがつくし、そもそも蝋燭の火を近づけただけで全焼させる事が出来るのだから倒すのもかなり楽な魔物でもあるのよね」


 確かに、そんなに燃えやすい魔物なら松明を持っていればほぼ安心だろうけど、今みたいな吹雪の時期だと松明は燃えないだろうし、人間も思う様に動く事が出来ない。

 だからマンイーターは、この時期は休眠をしているのだろうな。餌である人間が外に出ないのだし、お腹が空いても自分から動こうとは思わないわな。だから冬眠をするのかもしれないけど。

 まぁ、だからと言って近づこうなんて物好きな人間なんている訳がない。下手な事をして起こしてしまったら、捕まって食われてしまうから。


「でも、流石にこれ以上は起こす前に倒すのは無理だったな」

「仕方ないわ。数が多すぎるもん」


 半数以上仕留めた所で、断末魔を聞いた後ろ側にいたマンイーター達が一斉に目を覚まし、枝に似た触手を伸ばして襲い掛かってきた。


「引き裂け、ファングレオ!」


 流石にもうほぼ無傷の状態で仕留めるのは無理だと判断し、シルヴィが召喚術を使ってファングレオを召喚した。触手による攻撃を躱しながら、ファングレオは伸ばした犬歯で次々とマンイーターを噛み砕いていった。

 噛み付いたではなく、この場合は噛み砕いたの方が良いと思う。何故なら、ファングレオが噛み付いた瞬間にマンイーター達が断末魔を上げながら粉々に粉砕したのだから。


「危険な魔物って呼ばれている割には、メチャクチャ脆いな。打たれ弱すぎだろ」


 なんて言いつつも、俺も火魔法を使ってマンイーター達を片っ端から炭に変えていった。値段は下がるけど、木炭の状態になってもお金に変える事が出来るみたいだし、宿代や食事代にくらいはなるだろうと思う。

 そんなマンイーターの亡骸を、後ろで待機していたルビアがせっせと収納魔法の中に入れて回収していた。やっぱりこういう時収納魔法が使える人がいると便利だ。


「無傷のマンイーターが48体。粉々になって破片になったのが22体。木炭になったのが39体。ざっと計算しても、銀貨1000枚くらいになると思います」

「それだけあれば、ジオルグに入国は可能だろう」

「えぇ。3人分は余裕で払えると思うわ」


 予想以上の儲けに、俺とシルヴィは顔を綻ばせるが、マンイーターを全て回収し終えたルビアだけは少し渋い顔をしていた。


「あの、お2人とも。僭越ながら、この金額ではジオルグへの入国は難しいと思われます」


 ルビアの言っている事の意味が分からず、俺とシルヴィは呆けた顔をしてルビアの方を見てしまった。


「まず、ジオルグの入国料が最近また上がって、今は入るのに1人銀貨800枚は必要になりますし、あと、町はもちろん村や集落に出たり入ったりするだけでも銀貨10枚も取られてしまいます。いくらあっても足りません」

「「…………はぁ!?」」


 ちょっと待て!

 何で1回の入国に銀貨800枚、金貨8枚も取るんだ!?昨日聞いた時よりも値段が上がっているぞ!

 流石のシルヴィもそこまでは知らなかったみたいで、俺と一緒に驚いていた。


「金貨8枚なんて一般人が払える訳がないでしょう!何考えてんの、ジオルグのバカ王は!」

「というよりもデゴンですね。アイツが増額させたのです。しかも、貴族や大商人だったらその3倍に跳ね上がるので面倒です」


 ふざけているだろ。

 そんなにたくさんの金を巻き上げて、デゴンは一体何を考えているのだろうか。大方の予想はつくけど、それを国民や他所の国から来た人から取るなんてどうかしている。

 ただでさえ生きるのが困難な環境に住んでいるのに、その上そんなにたくさんの金を巻き上げたら国民や周辺諸国の人達が生きていけなくなる。

 ルビアの話を聞いたシルヴィが、親指の爪を噛みながら怒っていた。


「あのボンクラ王子め!次会ったら絶対に殺してやる」


 怒りではなく殺意を抱いていた。


「まぁ、それ以前にそれだけの金があっても、税金の徴収という名目で騎士団の連中から8割以上持っていかれてしまいます。他所の国から来た人であっても例外なく巻き上げるのです」

「トバリエ王国と全く同じやり方だな……」


 まぁ、北方は何処も同じだと聞いていたのでもしかしたらとは思っていたけど、こうして地元民から改めて聞くと気分が萎えてしまう。最悪だ。

 こんな所で立ち話をしても仕方がない為、俺達は一先ず町に戻って換金しに行く事にした。


「まぁ、ただの騎士だったら住民が徒党を組めば簡単に撃退できます。ここに限らず、北方の騎士達はただの喧嘩にも負けてしまう程弱い連中が過半数を占めていますので」

「シルヴィから話は聞いてたけど、それで良く騎士が務まるな」

「屋内外問わず凍えるほど寒いから、誰も訓練に参加しようとはしないの。まともな装備と防寒着を与えれば、少しは違っていたと思うけど」


 聞けば聞く程、何故こんな土地に国を築こうと思ったのか、当時の人達が何を考えていたのかが分からなくなった。地球でも北極や南極に長期滞在するには、それなりの準備をしてからじゃないと駄目だし、寒さ対策だって必要になる。

 事実、この世界だって暑さや寒さに対応した建物の構造や服装、魔法を使った冷暖房がある。

 なのに、この世界の北方の王と騎士達は寒さを言い訳にして何もしようとしない。国民から税金の徴収と言って、大量の金と食料を巻き上げるなんて怠慢どころではない。国民が寒さに耐えて必死に生きようとしているのに、自分達は何もせずに楽な方へと逃げている。

 そうやって楽な方へと逃げ続けていった結果、今の北方が出来上がってしまったのだろう。


「でも、3年前にロアがこの国の騎士に志願した事で全てが狂いました」

「ロア、ね。この国に留まらず、北方で最強と言われている剣士だったわね」

「噂しか聞かないけど、ロアって一体何者なんだ?」


 この国に住んでいるルビアなら、ロアについて何か知っているのではないかと思い聞いてみた。


「そうですね……燃え上がるような短い赤髪と、吸い寄せられるような黒色の瞳をした非常に整った容姿の女性です。年齢は18歳で、目測ですけど上から87・57・86で、身長は163センチくらいですね。一般人にしておくにはあまりにも惜しいくらいの超絶美人ですね」

「いや、外見的特徴が知りたいんじゃない」


 知ってて損はないだろうけど、スリーサイズと超絶美人の所はわざわざ言う必要があるのだろうか。というか、そんな特徴ならシルヴィだって知っている筈だから、どういう性格をしているのかとか、国民に対してどんな態度で接しているのかとかが知りたいのだ。


「それ以外の情報が知りたいのでしたら、残念ながら私でも知りません。だってロアは、この国の騎士団長でもあると同時に過去が明らかになっていない非常に謎の多い人なのですから」

「どういう事だ?」

「ロアの事を知るのは良いけど、今はそれどころではないわ」


 シルヴィが腰に提げてあったファインザーに手をかけて、周囲を警戒しているのを見た瞬間、俺も周囲にいる魔物達の気配を感じ取った。


「かなりデカいな」

「おそらく、ドラゴンゾンビね。北方で死んでいったドラゴンは、大抵は素材となる皮と牙と角だけを持っていかれて、それ以外は野晒しにされてしまう事があるの」

「大抵はスノーボアやホワイトキングが食べるのですが、極稀に食べ残しに魂が宿ってアンデットになる事があるのです」

「面倒だな」


 しかも、ドラゴンのゾンビ化は北方にしか見られない現象らしく、北方ではニーズヘッグの次に甚大な被害を出しているのだそうだ。

 ちなみにホワイトキングとは、通常の何倍もの大きさを誇る非常に毛深い白熊の魔物である。


「何で残した残骸をきちんとした処理しないんだ?」

「北方の気温のお陰で遺体が凍った状態でそのまま保存されて、長期間置いても疫病が蔓延する事なく置いておくことが出来るというのが一つの要因ね」

「せっかく手に入った大きな肉ですから、町で保存するよりも雪に埋めて冷凍保存した方が備えになるのです。尤も、その前にドラゴンゾンビになって蘇ることが多いので完全に悪循環ですね」


 雪が天然の冷凍庫になっていたみたいだが、その冷凍保存が仇となって最悪な事態を招いてしまったのだな。

 ドラゴンの肉ってかなりの高級食材らしいから、他の地方ではあっという間に捌かれてしまうので、結果的に1週間もしないうちに内蔵何も残らなくなる。


「厳しい環境だから、すぐに食べきるよりも非常食として残しておきたかったのでしょう。判断としては間違っていないけど、こうなるともう一般人の手に負えなくなってしまうわ。ファングレオ、ルビアを乗せて安全な所に」


 シルヴィの指示を聞いたファングレオが、ルビアを背中に乗せて空高く飛び上がった。

 ルビアとファングレオの姿が見えなくなった食後、50メートルを超えるドラゴンだった魔物の群れが俺とシルヴィを取り囲む様に姿を現した。

 現れたドラゴンゾンビは、1体1体肉体の損傷具合の違いはあれど、どの個体も全身の皮が剥ぎ取られ、牙と角も無くなっていて、剥き出しの筋肉は毒々しい紫色へと変色していた。


「こんな物を食おうなんてよく思ったな……」

「ゾンビになる前は新鮮そのもので、十分に食べられる状態だったのよ」


 それがゾンビになった事で、こんな毒々しくて不味そうな色になってしまったのか。当たり前だけど、こうなるともう食べられない。


「で、ドラゴンゾンビの倒し方は?」

「簡単よ。火魔法か雷魔法で消し炭にしてしまうか、首を斬り落とす事よ。でも、息には強力な呪いが宿っていて、浴びると全身に黒色の斑模様が浮かび上がって死んでいくから一応気を付けて」

「了解」


 だったら俺とシルヴィが受けても関係ないが、苦しい思いをするのは真っ平なので瞬殺しようと思う。


「素材は無しか?」

「ドラゴンゾンビの胸の部分に赤色の魔石があるから、それが高く売れるわ。燃やしても傷一つ付かないから、遠慮はいらないわ」

「そういう事なら、遠慮なく」


 俺は右手を前に出して、掌から赤色の炎を噴きだした。青ではなく赤色の普通の炎にしたのは、中にある魔石を無駄に傷つけないようにする為の保険である。

 シルヴィの言葉通り、ドラゴンゾンビの身体は非常に燃えやすく、マンイーターと同様にあっという間に全身に燃え広がった。違いがあるとすれば、ドラゴンゾンビは蝋燭の炎ごときでは全く燃えないという事だ。

 だけど、ドラゴンゾンビもただやられるだけという訳ではなく、呪いの効果がある吐息を俺達に向けて吐いてきた。


「クサッ!」


 吐息を浴びないよう、俺とシルヴィはドラゴンゾンビの攻撃を躱しながら攻撃を繰り返していった。

 だけど、その吐息は離れていても鼻が曲がってしまいそうなくらい酷い悪臭を放っていて、嗅いだだけでも気分が悪くなってしまいそうであった。


「酷い悪臭だな!」

「そりゃ、身体が腐ってるんだから吐息の悪臭が酷いのは当たり前でしょ」


 いやいや、アンデットと戦った事なんて今までなかったから、悪臭の事を知っている訳がないだろ。シルヴィだって、鼻に木製の洗濯バサミで挟んで嗅がないようにしているし。

 本来なら、吹雪の中で火を放つのは非常に危険なのだが、魔法で放たれた火は一直線にドラゴンゾンビへと向かっていき、更に強風のお陰で火が更に大きく燃えていき、15分もしないうちに周囲を取り囲んでいたドラゴンゾンビは全焼した。周りに植物や建物が無かった為、被害はゼロであった。


「よし。あとは魔石を回収するだけか」

「そうね。その前に火を消さないといけないけどね」

「分かってる」


 ドラゴンゾンビが完全に動かなくなったのを確認してから、俺とシルヴィは水魔法を使って火を消した。同時に、ファングレオに乗っていたルビアも降りてきた。

 そして、ここからが本当に大変であった。

 ドラゴンゾンビの体内にある魔石は、俺が想像していた以上に大きかった上に、身体の深い所に埋まっていたのだ。

 それが何を意味しているのかというと、


「クッサァ……芯まで黒焦げになっている筈なのに滅茶苦茶臭いぞ」

「流石にこれは私も予想外だったわ……」

「ここまで焦げても、ホワイトキングなら問題なく食べると思います。この時期は特に凶暴で、獲物への執着が非常に強いですから」

「まるで冬眠できなかった熊みたいだな」


 いや、実際に熊の魔物なんだった。


「だとしたら、早い所全ての魔石を回収しないとな」

「えぇ。ホワイトキングは鼻が利くから、こんなタイミングで遭遇するとかなり面倒だわ」


 一応ファングレオが周囲の見張りをしてくれているけど、それでもこれ以上の面倒事は御免なので、俺達はホワイトキングが来る前に何とか全ての魔石を回収する事が出来た。

 回収した魔石は、全てルビアの収納魔法の中に入れた。やはりこういう時、収納魔法が使える人がいると便利だ。マリアには本当に感謝しないといけない。


「気にしないでください。それが私の役割ですから」


 淡々とした感じではあるが、ルビアは何の文句も言う事もなく回収した魔石を収納魔法の中に入れた。


「全部回収したみたいね。ファングレオ、ありがとう。戻って良いわ」


 シルヴィから戻って良いと言われ、ファングレオはせっせと召喚陣の中へと突っ込む様に入って行った。やっぱりファングレオも、寒い所は苦手だったみたいだ。それでも、シルヴィが契約している他の魔物よりは融通が利くらしい。何せ、シルヴィが契約している魔物はレイリィも含めて北方の寒さが苦手な奴ばかりなのだ。

 ファングレオはまだ大丈夫だけど、それでも8時間も召喚させるのは可哀想という事ですぐに帰してあげたそうだ。

 シルヴィ曰く、そもそも北方に来ようなんて考えた事もなかったから、その寒さに耐えられる魔物との契約もしていないとの事だ。

 まぁ、こんなに寒い上に王侯貴族がどいつもこいつもクズ揃いだから行きたくない気持ちも分からなくもない。

 その後、俺達は魔物と遭遇する事なく何とか町に戻る事が出来た。

 回収した素材のうち、マンイーターだけを売ってその日は夕食を食べて宿へと戻った。魔石は、違う町で換金する事に決めた。





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