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54 ロガーロの現状と奴隷の少女


「よし、入れ」

「ああ」


 あのゴーストタウンで一夜過した翌日、俺とシルヴィは予定よりも少し時間を掛けてロガーロ王国の国境に到達した。検問所では、やる気の感じられない厚着をした兵士が俺から金を受け取ると、身分の確認を行う事なくアッサリと通した。


「随分甘い警備だな」

「良いじゃん。銀貨260枚はかなり痛かったけど、難なく入国出来たんだから。以前より高くなっていたのはこの際流すとして」

「そうだな」


 まぁ、国がこんな状態ではやる気なんて起きないわな。

 入国して早々、俺達の目に入ったのはたくさんの人間と動物の白骨死体が雪原と、いかにも偽物臭い枯れ木がたくさん立っている光景であった。枯れ木の正体は、言うまでもなくマンイーターである。

 薄く積もった雪の下からは草が見えたが、よく見るとどれもこれもカチカチに凍っていて、踏んだら粉々に砕け散ってしまいそうであった。


「植物は育たないんじゃなかったのか?」

「雑草は何処にでも生えるから、こんな枯れた土地にも力強く自生しているみたいよ。ただ、吹雪きだすと凍り付いてパリパリになってしまうんだけど」

「みたいだな」


 とは言え、こんな劣悪な環境でも雑草くらいなら生える事が分かったのだから、この土地だってまだまだ救いようはある筈だ。残念な事に、人や草食の魔物が食べられるかと言われるとそうでもない。シルヴィ曰く、北方に自生する雑草は魔物が絶対に口にすることが無いのだという。理由は至って単純、不味いから。


「まぁ、どっちにしろ北方に草食の魔物なんて1体もいないのだけど」

「だから雑草が生え放題生えているんだな」

「ま、年がら年中0度を下回る極寒地帯だからね、大人しい魔物は凶暴な魔物の餌食になるか、人間に狩り尽くされた事によって絶滅してしまったのよ」


 だからこの地方の魔物は極端に偏っているのだな。


「それよりも、もうすぐ町が見える筈よ」

「え、もう?」

「ロガーロを初めとした北方の国は、国境の近くに必ず町が存在するの。吹雪の中を野宿させる訳にはいかないからね」

「へぇ」

「なんてのは建前で、実際は国境を越えた人達からより多くのお金を落としてもらう為なんだけどね」

「おい」


 そんなしょうもない理由で町を作るな。

 まぁ、こんな環境だから町と町の距離が比較的短い方が助かる。

 その後シルヴィの言う通り、国境検問所を超えて僅か1時間後にこの国で最初の町に到達する事が出来た。馬車があったら10分足らずで付けたと思うが、今更そんな事を言っても仕方がない。


「着いたは良いけど、活気が全然感じられんな」

「無理もないわよ。王都以外に住んでいるのは大半が男性で、しかも8割以上が70歳以上の高齢者ばかりだからね」


 それは流石に偏見が過ぎるぞ、と言いたいところだけどこれは確かに酷い。

 町に住んでいる人の殆どが高齢の人ばかりで、全員がガリガリに痩せ細り、顔からは生気が全く感じられず死んだ魚の様な目をしていた。若い人もいたが、今の所男性しか見かけておらず、若い女性が一人もいなかった。下心から言っている訳ではないが、事前にシルヴィから聞いたこの国の馬鹿馬鹿しい法律がもたらした影響を垣間見た気がした。


「これも初夜権の悪影響なのか?」

「かもしれないわね。自分が抱いた女をあの淫魔が他所の町に捨てる訳がないし、解放されたとしてもあの男の種から生まれた子供を抱えた女を受け入れる男なんてそうそういないわ。いなくもないけど、大半は帰るに帰れなくなってしまって王都でシングルマザーとして慎ましく暮らしているらしいわ」

「反吐が出る話だな」


 何でこの世界の男共は、女を性の対象として見ない奴が多いのだ。特に王侯貴族などの、身分の高い男共はその傾向が特に酷い。石澤は元から女たらしだったが、この世界に来てから更にそれが酷くなっているし、毒されて酷くなった可能性もある。


「だからこの国に住んでいる男達は、こんなにも憔悴しきっているんだな」


 理由はいたってシンプル。欲求不満だ。

 元気がある若者の大半は、王都に移住して王から解放された若い女を娶ろうと躍起になっていて、残っている男性は奪われてしまった愛する女性の事が忘れられず、今も帰りを待っている状態にある。


「まぁ、中には借金してまで女の奴隷を買って欲求を満たす奴もいるけど、大抵は破綻して共に飢え死ぬ事になるけどね」

「欲求よりも先ず、生きる事を優先すべきだと思うが」


 そんな事を口にしながら、俺とシルヴィは宿を取った。シルヴィに熱い視線を送る男の職員が気になったが、今はスルーしておくことにするか。

 チェックインを済ませて、部屋で軽く一休みをしてから町の外に出て魔物狩りへと出かけた。今後の事を考えると、銀貨はたくさん必要になる。欲を言えば金貨が良いのだが、生活状況が苦しい北方でそれは望めないだろう。


「狩ると一番喜ばれるのは、やっぱりマンイーターね。ただ、素材が薪にしかならないから基本的に安値で取引されるわ。それでも、この国の人達にとっては重要な素材ね」

「まぁ、薪がないと暖炉に火を焚く事なんて出来ないわな」


 安くしないと誰も買ってくれないし、マンイーターを狩る人もそんなにいないと思うから皆が喜ぶのも分かる。でも、だからと言って薪を高くする訳にもいかないわな。


「高いのを狙うのだったら、もちろんフロストドラゴンが一番良いんだけど、あれで結構遭遇率がかなり低し、他のドラゴンと違って人をあまり襲わないのよね。ま、それが厄竜に認定されなかった理由の一つでもあるのだけど」

「なるほどな」


 その遭遇率の低さと、人をあまり襲わない事が厄竜認定されなかった要因の様だ。


「お勧めはスノーボアという毛深い猪と、メルボーモという物凄く大きな牛の魔物ね。どっちも、毛皮と肉が高く売れるわ。喜ばれるという意味だと、マンイーターもそうだね」

「食料と薪が喜ばれるんか」


 まぁ、どちらも生きていく上でなくてはならないから、喜ばれる理由も分かる。特にメルボーモの肉は高級品らしく、王侯貴族が好んで買い取るそうだ。こんな地方の王侯貴族に売るのは癪だが、そんな事も言っていられない。次の目的地であるジオルグ王国の入国料は、ここよりも更に高いと聞いている為是が非でも金が必要だ。

 とは言え、メルボーモは滅多に見つからない魔物である上に、牛の姿をしているのに肉食で非常に凶暴というのだ。


「まぁ、スノーボアだってどんなに安くても銀貨30枚くらいで買い取ってくれるし、毛皮だったら銀貨50枚はするわ」

「そうだな。地道に稼いでいくしかないか。ちなみに、マンイーターの素材はいくらで売れるんだ?」

「指一本分だと銅貨2枚ね。丸々1体分で銀貨20枚って所かしら。薪が高かったら誰も買ってくれないし、火が焚けなかったら皆凍え死にしてしまうからね」

「そうか」


 確かに、薪がないとここの厳しい冬を越す事が出来ないからあまり高値で取引する訳にはいかないわな。

 だからと言って、危険なマンイーターを狩ってくれておいて安すぎるのも良くない。それに、銀貨20枚でもかなりの稼ぎになるからマンイーターに絞るのも有りだと思う。


「とは言え、今まで一体丸々連れてこられた魔物狩りは片手の指で数えられる数しかいないから、一気に何体も持っていくのはやめておいた方が良いわ」

「そりゃそうか。で、一体丸々持って帰った魔物狩りの名前は知っているか?」

「竜次もよく知っている5人で、その内の1人は今目の前にいるわよ♪」


 そう言ってシルヴィは、俺の前に立ってくるっと軽く回ってから自身の頬に指を指して俺の方を見た。

 確かに、魔物に詳しいシルヴィなら素材をあまり傷つけずに倒す事が出来るだろうな。というか、絶対に自慢しているだろ。

 ちなみに残りの4人は、マリア、椿、リーゼ、幸太郎様と顔見知りであり、名前を聞いて納得してしまった面々であった。一度に狩って持って帰った数が多いのは、リーゼの108体で未だに抜かれていないそうだ。


「そもそもマンイーターの倒し方で一番ポピュラーなのは、火を使って燃やしてしまう事で、こんな小さな火種でもあっという間に全身に燃え広がるくらいによく燃えるのよね」


 自分の人差し指に炎を出して、分かりやすく説明してくれるシルヴィ。どのくらいの大きさかと言うと、蝋燭の火と同じくらいの炎であった。

 てか、こんな吹雪の中で良く消えないな。つくづく魔法ってすごいなって思う。


「そんなんだから、火魔法なんて使ったらバラバラに砕け散ってしまう上に、燃えて木炭になってしまうから倒すのも大変だけど、素材を回収するのもかなり骨なのよね。ま、だから薪としての需要が高いのだけど」

「なるほどな」


 更に補足情報で、木炭の状態でも売れなくないが、その場合は通常の半分の価格で取引されてしまう為、火を使わずに倒すのが理想なんだそうだ。


「実はあまり知られていないけど、マンイーターには火を使わずに一撃で倒す方法があるのよ」

「シルヴィなら知ってそうだな」


 実際それでマンイーターを木炭にさせず、一体丸々回収する事に成功したのだろう。

 今後の為に覚えておいた方が良いと思い、俺はシルヴィの言葉に耳を傾けた。

 シルヴィは、火を消した指を自分の眉間に当てた。


「眉間を長い刃物や氷の槍で一突きにすればいいわ。そうすれば、マンイーター共を一撃で倒す事が出来るわ」

「思い切り接近戦じゃねぇか」


 いや、氷の槍を飛ばせばわざわざ魔法を使わなくてもいいのだが、魔法が使えない椿と幸太郎様の場合は肉弾戦でマンイーターを倒したのだろう。桜様も精霊魔法を使えば出来そうな気がするが、シルヴィ曰く桜様は寒いのが苦手である為北方に来た事が無いそうだ。


「そんなに気負わなくても、要は捕まらなければ良いだけだから」

「簡単におっしゃりますな」

「あら、簡単よ。アルバトでの一件を基準にしているかもしれないけど、実際のマンイーターは動きが非常に遅いし、そもそも吹雪の間はジッとしていることが多いから、下手に刺激しない限りは動かないのよ」


 要するに、吹雪が吹いているこの時期は冬眠状態にあるらしく、敵に襲われでもしない限りは動く事は無いのだそうだ。


「でも、だからと言ってこれだけの数がいたら否応なしに目を覚ますと思うんだけど……」


 ようやく見つけたマンイーターは、さながら本物の枯れ木の様にその場に突っ立っていて、しかもざっと数えるだけでも100体を超える数が密集しているのだ。起こさないように倒せばいいと思っていたが、これでは近くで派手に戦うとすぐに目を覚ます気がしてならなかった。


「とりあえず2体でいいか?あまり多く狩り過ぎても怪しまれるだけだし、銀貨40枚でもかなりの収入になる」

「大丈夫だとは思うけど、分かったわ」


 幸いこの国は、町と町との距離が短い為その道中に丸々1体分をいくつも売れば何とかなると思う。その間に、メルボーモとスノーボアも見つけて狩っていけばいいだろう。メルボーモに遭遇するかどうかに関しては完全に運任せだけど。

 そんな訳で俺達は、あの町にいる間はここのマンイーターを1日2体狩っていく事を決め、早速一番手枚にいた2体の眉間に氷の槍を突き刺した。

 すると、眉間を貫かれた個体が突如目を覚まし、甲高い奇声を浴びながら根元から倒れていった。その時のマンイーターの顔が、あの有名画家の絵の顔に似ていた。

 そんな甲高い奇声が上がれば、周りにいる他のマンイーターが一斉に目を覚ますのも当たり前。俺達に気付いたマンイーターたちが、枝を伸ばして捕まえようとしてきた。

 その前に俺とシルヴィで、それぞれ1体ずつ倒したマンイーターを抱えてその場から去った。持ってみて分かったが、意外と軽かった。1人でも持ち上げられるくらいに。


(実は中がスカスカなんじゃねぇのか、コレ)


 意外と馬鹿力のシルヴィはともかく、俺でさえ抱えられるくらいだから相当だ。

 その途中で兎の魔物にも遭遇したが、全て狩って町へと戻って行った。持って帰れなかった兎は、行商人の人を連れてその場で回収してもらった。


「合計で銀貨53枚と、銅貨89枚か」

「トバリエ王国で稼いだ分も含めると、銀貨は105枚ね。ジオルグの入国料はこれの倍くらいだから全然足りないわ」

「マジかよ」


 1人辺り銀貨を200枚も取るなんて、ぼったくりもいいところだ。この調子だと、メルボーモを狙って一気に稼がないとマズいかもしれない。

 だけど、あまりこの町に長く留まる事も出来ない。治安が悪すぎるという訳ではないが、シルヴィに向ける男達の視線がかなり気になる。向こうも国際問題だけは避けたいのだけど、若い女性がいないこの町では男共の欲求不満が危険域に達していてもおかしくない。


「夜中に襲われては堪ったもんじゃないから。明日の朝一番にこの町を発つか」

「そうね。流石の私も怖くなってきたわ」


 あのシルヴィを怖がらせるなんて、この町の男共の視線があまりにもあからさますぎるって事になるな。その原因を作っているのは、他ならぬこの国一番の色情魔ことロガーロ国王なんだけど。


「まったく、性欲の強さが石澤の上をいくんじゃねぇのか」

「黒い方も大概だけど、ジオルグのデゴンも引けを取らない程のクズでもあり、最悪の女の敵でもあるのよ」

「最悪だ……」


 この国のバカ王の様に初夜権を行使している訳ではないが、隣国の王子であるデゴンも美人の女性にはとにかく目が無く、シルヴィ以外の王女には手当たり次第に求婚しているそうだ。

 さっさとこの国を出て、ジオルグでの用事を済ませてさっさとドルトムン王国に向かいたい。いや、ドルトムン王国にはスルトの本拠地があるから出来る事なら素通りしたいけど、シェーラという幹部に呼び出しを食らっている以上無視する訳にはいかない。本当なら無視したいけど、部下を通して銀貨300枚もくれたのだから無下に出来ない。


「ッタク。あの魔人、とんでもない所に俺達を飛ばしやがって」

「まったくよ。私だって外交以外でこんな地方に足を運びたくなかったわよ。ナサト王国がマシなだけで、それ以外は何処も最悪な人間しか住んでないのだから」


 今更あの魔人を恨んでも、転移と同時に絶命し、今頃はスノーラットかモグラギツネの胃袋の中だろう。


(青蘭の呼び出しが無かったら、あの男から貰った転移石でさっさとレイシン王国に転移してたのに)


 青蘭は何故、ジオルグにあるデオドーラの洞窟に来いなんて言ってきたのだろうか。悪魔の洞窟とも呼ばれているあそこに、一体何があるというのだ?

 分からない事だらけだ。

 悩んでも何も事態は好転しない為、俺はシルヴィと一緒に夕食を食べる為に宿の近くにある飲食店に行った。


「とりあえず、一番安い料理をお願いします」

「私も同じのでお願いします」

「はいよ。銅貨8枚です」


 先に代金を払った俺は、シルヴィの手を引いて席に座った。周りには憔悴しきった男達が、俺とシルヴィをジッと眺めていた。


「なんか嫌な視線ね」

「若い女性がいないってだけで、ここまで腐るもんなのか?」


 実際にそういう状況に陥ったことが無いし、高校も男女共学の学校に通っていた為周りに男しかいないという状況があまりないので、彼等がどういう思いで日々を過ごしているのかは俺には分からない。

 男子校だったら、他所の学校の女子をナンパするなり手段はあるのだが、町に若い女性がいないという環境は地球ではまず考えられない。

 町がこんな状態になっているというのに、この国の王様は連れ込んだ若い女性を何故元居た町に返そうとしないのだろうか。一度抱いたらもう自分だけのもの、なんて馬鹿な事を考えているのなら石澤を超える最低なクズである。


「お待ち。あんた等が狩った兎肉のソテーです」

「俺達が狩ったって、あの兎肉はおたくが買い取ったのか」

「えぇ。兎肉はこの町にとっては大変貴重な食糧で、しかも安く提供できるからたくさん狩って頂いて助かりました」


 なんかお礼を言われたけど、周りの男達の視線が何だか分かった。

 一度に何体もの魔物を狩るなんて、他の地方ではよくある事でも北方では珍しいみたいだ。春や夏だったら珍しくなかっただろうが、吹雪が止まない今の季節ではそれが難しくなるからだ。

 そのせいか、北方には強い兵士や騎士、魔物狩りがあまりいない。雪が積もる中、なかなか訓練が行えずにダラダラ過ごすことが多いというのもあるが、誰も好き好んで吹雪いている外に出ようなんて思わない。

 なので、この国に仕えている北方最強剣士のロアが、ここの国ではいかに貴重な存在なのかが分かる。だから色情魔の国王も、ロアには手を出さないのだろう。

 だからさっきから、周りの男達の俺達の見る目が変わったのだ。吹雪の中、一度に何体もの魔物を狩ったのだからかなりの金を持っているだろうと。

 やがて、ガラの悪そうな3人の男がゆっくりとこちらに近づいてきた。


「おいあんちゃん。その兎、あんちゃんが討伐したんだろ」

「だったらさぁ、アンタ等は金には困っていねぇのだろ。俺等にもいくらか出してくれねぇかな」

「理想としては、一人当たり銀貨30枚くらいは欲しいな」


 一人当たり銀貨30枚って、合わせて90枚もよこせと言っている様な物じゃねぇか。今銀貨は105枚もあるけど、ジオルグに入国する事を考えると出す訳にはいかない。というか渡す訳がない。

 相手にするだけ馬鹿馬鹿しいので、俺とシルヴィは3人を無視して黙々と食事を続けて、あっという間に完食した。


「ごちそうさまでした」

「宿に戻りましょう」

「おい!聞いてんのか!」


 無視をする俺達に苛立った1人が、俺の肩を掴もうと手を伸ばしてきたが、直前でシルヴィが相手の腕を掴み、まるで枝を折るかのようにぽきりとあらぬ方向へ曲げた。


「あああああああああああああああああああああああ!」


 激痛のあまり悲鳴を上げる男を見て、他の2人が男を置いて逃げて行った。というかこれ、心臓の弱い人が見たら絶対に発作を起こすぞ。


「行きましょう、竜次」

「お、おう」


 呆気に取られている俺の手を引き、俺達は店の外に出た。何かする前に終わってしまい、俺はただ呆然とするだけであった。カッコ悪すぎる。


「だけど、私も考えが甘かったわ。この町では若い女だけでなく、金にも困っていたなんて。エロ王が若い女にしか興味がないと思って油断してたわ」

「俺も、行商人を呼ぶべきではなかった」


 とは言え、せっかく狩った魔物をそのままにしては他の魔物に取られてしまうのは確実で、かと言って全部抱えて持っていくなんて事も出来ない。


「こんな時、収納魔法が使える人がいたらなって思う」

「そんな事言ったって、マリア様は今遥か東のレイシン王国にいるわ」

「だよねぇ」


 1月の後半から2月の頭くらいにナサト王国に着くと思うし、更にその隣のドルトムン王国に着く頃にはもう3月になっている。マリア達と合流できるのも、おそらくそのくらいになると思う。転移石は一回ぽっきりの使い捨てである為、手元にある1個を使うともう駄目だ。レイリィもおそらく今の時期は呼んで欲しくないだろうし、出来るだけ無駄遣いはしたくない。

 今はまだ11月のだから、約2ヶ月半はこの極寒地獄を味わい、更に荒み切った人が住んでいる町を通らなくてはいけないのだ。

 収納魔法が使えない苦しみを、こんな形で味わう事になるなんて。


「とは言え、こればかりはどうする事も出来ないわ。収納魔法は先天性のもので、生まれた時から身に付いている魔法なの。だから、私達が逆立ちしても習得する事が出来ないの」

「それは分かっているんだけど」


 やはり魔物の素材を保管する魔法がどうしても必要だ。



「そんなお2人に朗報です」



「「っ!?」」


 突然後ろから声を掛けられて、俺とシルヴィは咄嗟に剣を抜いて声の主を睨んだ。声を掛けてきたのは全身黒尽くめの男性で、仮面を被っていて顔は分からなかったがこの男が何処に所属しているのかはすぐに分かった。


「スルトの諜報員か?」

「いかにも」


 俺の問い掛けに、男は迷う事なく頷いた。

 見覚えのある仮面を着けていた為、この男が何処の組織に属しているのかがすぐに分かった。なんせトバリエ王国で会っていたのだから。尤も、あの時の男とは別人みたいだ。


「そんなに警戒しなくても大丈夫です。私はシェーラ様のご指示で貴方を遠くから見守っているのです」

「監視しているの間違いじゃねぇのか?」

「どう捉えてくれても構いません。ですが、今の貴方方に必要な人材がいる所に心当たりがございます」

「…………」


 なんかタイミング良すぎるし、都合が良すぎる。

 今の俺達に必要な人材というのは、収納魔法が使える人物の事を指していて、そして尚且つ俺達の味方になってくれるという人の事だろう。

 だが、そんな人間がそう都合よく見つかるとは思えない。

 何か企んでいると勘繰りたくなってしまう。


「まぁ、疑って当たり前だと思いますし、私もあの少女を見つけたのは本当に偶然でしたので」

「少女?」

「会わせたい人というのは、女性なの?」

「はい。シルヴィア様と同い年くらいの子です」

「あぁあぁ」


 この時点で、その少女が今何処にいるのかすぐに分かってしまった。若い女性がいないこの町で、唯一若い女性と会う事が出来る場所と言ったらもう決まっている。


「では、付いて来てください」

「おい待て」

「私達はまだ行くとは言っていないわ」

「今のペースで魔物狩りを続けても、ジオルグ王国に入国する事が出来ません。今後の事を考えますと、やはり収納魔法が使える人は必要です。意地を張っている場合でも、世間体を気にしている場合でもありません」


 そこまで言われるともう何も言い返す事が出来ない。

 この男の言う通り。今のペースで進んでもジオルグに入国するどころか、この国から出られるのかどうかも危うくなる。最悪の場合、永遠にデオドーラの洞窟に行く事が出来なくなる可能性もある。いや、転移石を使ってナサト王国から入国すれば良いのだが、どうあがいても面倒な事になるし、1個しかない貴重な転移石をアッサリと使う訳にはいかない。


「シルヴィ」

「えぇ。悔しいけど、今のままではロガーロから出る事が出来ないのも事実。転移石を使うのも有りだけど、青蘭の誘いを無視する訳にもいかないから」


 シルヴィからも承諾を得たので、俺達は男の後を付いて歩いた。

 辺りが暗く成る頃、俺達は外装が派手な建物へと案内されて、男に誘導される形で中に入った。中に入ると、派手な格好をした小太りのおっさんが俺達を出迎えに来た。


「いらっしゃいませ。今なら初夜権を行使される前の若い処女の女が、最近新たに3人も入っています」

「人を商売道具のように言いやがって」

「仕方ないわよ。奴隷商というのはそういう所なんだから」

「そうなんだけど……」


 この世界では普通の事であっても、地球から来た俺からしたら人が人を売り買いするという行為そのものに抵抗があった。

 そう。俺達が入った建物は奴隷商で、男が言っていた収納魔法が使える人というのは奴隷の事であった。

 建物の中には、獣が入るような大きな檻がぎっしりと入れられていて、ボロボロの布を着せられたたくさんの若い女性がその中に1人ずつ入れられていた。


「どの奴隷を買うかについては、自分達の目で見極めて決めます。少しだけ席を外しては貰えないでしょうか」

「分かりました」


 男の提案に、奴隷商人は一旦口を閉じて遠目から俺達の様子を窺った。

 俺とシルヴィは、男の後ろを歩きながら周りの様子を窺った。檻に入れられている奴隷は全員若い女性で、いずれもシルヴィとそんなに歳が変わらない子ばかりであった。

 檻の中には汚れた皿と、濁った水が入ったコップと、毛布1枚だけが置かれていた。そのせいか、全員が寒そうに震えていた。だけど、俺達が入った途端に毛布を脱いでその姿を晒した。


「毛布を脱がなくても良いのに」

「自分の身体を見せているんだと思うわ。少しでもマシな所に行けるようにする為に、自分を買ってもらう為に」

「それならなぜ自らを売って奴隷になった」


 いくら噂に聞く色ボケ王に純潔を奪われるのが嫌だからって、何もここまでする必要なんてないだろ。奴隷になったら苦痛な毎日を過ごすだけなのに。

 そして、少しでもマシな所に買ってもらう為にまた自らを売って、買ってくれた人の為に夜伽を行う。結局は同じだろ。


「間違っても、全員を助けようなんて思わないでね。きちんと責任を取れるのなら止めないけど、お世辞にも竜次にそんな甲斐性があるとは思えない。可哀想だけど、目的の奴隷だけを買いましょう」

「分かってる」


 自分の無力がもどかしくなる。

 こんなにもたくさんの人が助けを求めているのに、俺は彼女達全員を助ける事が出来ない。面倒を見る事も、養う事も、守ってあげる事も出来ない。


「ご心配なさらなくとも、後で私からシェーラ様に伝えてお助けいたす事を約束いたします。尤も、買取という形になると思われますが」


 男はこう言っているが、そのシェーラという幹部がまだ信用できない以上不安は拭えない。

 しばらく歩いていると、男はある檻の前で立ち止まった。


「見つけました。この方です」


 男の前にある檻に目を向けると、長い灰色の髪をしたシルヴィと同い年くらいの少女がガクガクと震えながらも、俺達に笑顔を向けてアピールしていた。

 肌は雪のように白く、手足は細く、髪もボサボサで何本か枝毛が見えた。見るからに栄養不足で、不健康そうに見えた。顔立ちは良く、儚げな感じのする可愛らしい子ではあるが、健康的とは言えなかった。


「こちらの奴隷の名はルビアといい、奴隷になる前はそれなりに裕福な家庭に育ちました。年齢は、15歳です」


 淡々と紹介をするのは、俺達の様子を遠目で窺っていた奴隷商人の男であった。立ち止まったから、この子にしようか迷っていると思ったのだろう。


「裕福な家庭で育ったのなら、何故奴隷になっているんだ」

「理由については、お客様もご理解されていると思われます」

「……そういう事かよ」


 要はこの子も、ルビアもロガーロ国王の初夜権から逃れる為に自ら奴隷になったのか。


「この子は1年もここで奴隷として過ごしていますが、ご家族はこの子を奴隷にさせた事で国王の怒りを買い、一族諸共皆殺しにされたのです。無論、若い少女がいたら殺さずにつれ帰っているのですが」

「クズだな」

「否定は致しません。この国の王は、あのフェニックスの悪魔をも超える最低なお方です」

「そう」


 さり気なく俺をディするな。シルヴィも、怒りを抑えて。

 幸いにも、奴隷商人は俺達の正体に気付いていない。知らんふりを貫こう。

 というか、自国の王様がクズだと言われているのにそれを否定しないなんて、相当嫌われているのだな。


「それはそうと、こちらがお求めの奴隷ですか?」

「ん……」


 奴隷商に改めて聞かれて、俺は思わず言葉に詰まってしまった。やはり奴隷を買うという事に抵抗を感じてしまい、言葉に詰まってしまった。

 この世界で暮らしていくと決めた以上、割り切らなくてはいけない事なのだという事は理解していても、どうしても決断が出来なかった。


「そうね。この奴隷を買わせてもらうわ」


 決断を渋る俺の代わりに、シルヴィがルビアの購入を決めた。俺が煮え切らないばかりにシルヴィにこんな決断をさせて、本当に申し訳ない。

 本当は女の奴隷を買うのは嫌なのかもしれないけど、今後の事を考えると嫌とは言えないみたいでルビアを買う事を承諾した。

 購入される事が決まり、ルビアの顔は笑っているように見えるが、目はとても悲しそうにしていた。


「ありがとうございます。こちらの奴隷は少しお高めで、銀貨2000枚となります」

「にっ……」

「にせん……」


 当たり前だけど、奴隷がそんなに安値で取引されている訳がなかった。そもそも買ったことが無かったから、相場自体が分からなかったというものある。フェリスフィアで聞いた事があった気がするが、それはもう何時の話なんだってんだ。

 シルヴィは知っていたけど、想像よりも高くてびっくりしているみたいだ。


「おかしいでしょ!どんなに高くても、銀貨1000枚までが限度の筈よ!倍も取るなんて何考えてんの!」

「知りません。払えないなら諦めてもらうだけです」


 食い下がるシルヴィだが、奴隷商人はそれでも値切るつもりがないみたいだ。そりゃ、買っても皆飢え死にするよ。それどころか、借金しなくちゃ買えないレベルだ。

 どうしよう。

 買えない。


「私がお支払い致しますのでご心配なく。ただし、ツケなのでドルトムン王国に着かれた際に返していただければよろしいです」

「……スルトに借金するのは癪だが、この際やむを得ない」


 男にお金を払ってもらい、奴隷商人は檻から出したルビアに何やら魔法をかけていた。その魔法をかけられている間、ルビアは物凄く苦しそうに顔を歪めていた。


「あの魔法は一体」

「隷属魔法よ。奴隷が主を裏切らず、絶対に逆らわなくさせる為の呪縛術。聖なる泉にでも入れない限りは絶対に解けない。普通の呪いなんかよりもかなり質が悪い魔法よ」


 シルヴィも、こんな魔法と商法を承認している訳がないというのは分かってはいるが、それをやめさせると困る人がたくさんいるという事でやめさせられないでいるのも事実。決して認めている訳ではないが、やめさせる訳にはいかないというのだから複雑だ。幸か不幸か、その魔法が使えるのは奴隷商人だけで、奴隷や魔物以外で使おうとすると心臓が握り潰される様な激痛に襲われるそうだ。

 術が終わると、ルビアは息を荒げてその場に座り込んだ。


「これで、この奴隷は貴方様の物です」

「分かった」


 人を物扱いする奴隷商人の言葉に腹が立ったが、今の俺にはどうする事も出来ず、下手な言葉でも言って変に勘繰られても困るので頷くしかなかった。


「立てるか?」

「……はい…………」

「そうか」


 手を差し伸べようとしたが、ルビアは俺の手を取る前に立ち上がって俺の傍へと歩み寄った。

 やる事を終えた俺とシルヴィは、ルビアにまともな食事をさせてから今日泊まっている宿の方へと戻って行った。その時、ルビアに物凄く驚かれた。奴隷の身でまともな食事が出来るなんて思ってもみなかったみたいで、涙を流しながら食べていた。

 男は奴隷商を出ると同時に、何も言わずに俺達の前から去って行った。

 宿に着くと俺は、すぐにルビアの分の代金を払おうとしたが、宿の人はその金を受け取ろうとしなかった。何でも、奴隷は人として扱わないらしいから、本来なら部屋には泊めないのだそうだ。主が許可を出せば可能だが、その殆どが夜の営みを行うのだそうでかなり虫唾が走った。

 そんな風に勘違いをしていたのか、部屋に入ってからルビアは妙にソワソワした感じで落ち着きがなかった。まったく勘弁して欲しいぞ。


「とりあえず、詳しい説明は明日するから、今日はもう遅いから寝るか」

「ご、ご一緒しましょうか!?」

「そんな事私が許すと思った?」

「で、ですが!?」

「別に緊張しなくても何もしないって。シルヴィとルビアはベッドを使ってくれ。俺は床で寝るから」

「え?」

「えぇ!?」


 そう言うのはもう少し段階を踏んで、しっかりと愛を育んでから行うものであって、快楽の為に行うものではない。

 ならシルヴィは良いんじゃねって思うかもしれないが、俺達はまだ籍を入れていない為そういうのはまだ早い気がするんだ。


「よ、よろしいのですか?」

「竜次が床で寝るのなら、私も床で寝るわ」

「俺は大丈夫だから。2人はベッドを使ってくれ。明日はいろいろと準備があるから」

「は、はぁ……」

「分かったわ。寒くなったら言ってね。添い寝してあげる」

「その前に爆睡してるって」


 2人をベッドで寝かせた後、俺は魔法で自分の周囲の温度を高めた後静かに眠りについた。明日はルビアの装備と服を買った後、再び魔物狩りに出かけるのだから。

 その前に、ルビアに俺達の事を話さないといけないな。


(俺がフェニックスの聖剣士だという事を知った瞬間、ルビアは一体どうするのだろうか)


 奴隷なので裏切る事は無いだろうが、ルビアはかなり嫌な気分になるだろうな。何せ彼女は、フェニックスの聖剣士を憎んでいる北方出身の人間なのだから。

 明日説明しようと思ったのも、彼女が俺を憎むだろうと予想してしまったが故の逃げなのかもしれない。

 それでも、何時までも秘密にしておく訳にもいかないから、明日朝一で伝えなくてはいけない。


(良好な関係は築けないだろうけど、それでも今は彼女の力が必要だからな)






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