51 今後の方針
「それで、楠木殿とシルヴィア王女は今?」
「分かりません。あの魔人が苦し紛れに転移をしましたから、今何処にいるのか分かりません」
シンの質問に、上代が代表して答えてくれた。
あの後、魔人は最後の抵抗として竜次とシルヴィアを巻き込んで何処かへと転移した。怪物達が一斉に姿を消したので、竜次とシルヴィアの2人が魔人を倒したのは確実だが、ともに行方が分からなくなってしまっていた。
正確な位置も分からない状態での転移である為、魔人自身も何処に転移したのかも分かっていないとあの場にいた4人は思った。
「まだギリギリレイリィが転移能力を使えるから、仮に違う所に転移されたとしてもレイリィを召喚すればすぐに帰って来られます。けれど、それが出来なという事は」
「国王陛下の予想通りと思われます。楠木とシルヴィア王女はおそらく、北方に飛ばされたと思われます」
「北方ですか……」
「最悪ですね」
「よりにもよって北方とは」
王族3人は、眉間に皺を寄せて悩んでいた。
北方がこの大陸で最も治安が悪く、王侯貴族が領民を苦しめて支配している最悪な独裁国家ばかりだという事は、異世界から召喚された上代と秋野でも知っている。
しかし、シンとマリアと椿の3人は何か別の理由があって悩んでいるように見えた。
「どう思われます?」
「ナサト王国でしたらいいのですが、それ以外の北方の国々は何処も自分勝手で支配欲と征服欲がやたらと強いですからね」
「拙者達がいくら話を付けても全く聞く耳を持たぬから、手に負えぬでござる」
なんだか不安になるような事ばかりを言う3人に、上代と秋野は益々不安になった。
「大至急捜索隊を派遣いたしましょうか?俺達も、楠木達の捜索に協力しますので」
「いや、北方は今吹雪でござろうから、迂闊には入れぬ」
「竜次様とシルヴィア様が、自力でこの国、もしくは隣国のドルトムン王国に辿り着くのを待つばかりです。けれど……」
「その場合、長くて春まで待たないといけなくなります」
「春までって……」
夏でも0度を下回るあの極寒の地方を、最も寒い冬の間をたった2人で旅をしなくてはいけなくなるなんて最悪過ぎる。
何も出来ず、ただひたすら待つ事しか出来ない上代と秋野の2人は己の無力を呪うばかりであった。
「やはり竜次様とシルヴィア様が心配なので、とりあえず我が国の諜報員を数名送ります。危険は承知ですが、あの2人に何かあっては大変です。フェリスフィアには、危険地帯に対する調査が行えるように訓練している諜報員がいますので」
「それでも、人数は必要最低限に抑えた方がよろしいと思います」
「そうでござるな。北方の国々はフェリスフィア王国を目の仇にしているでござるから」
「あの、状況がつかめないのですが、楠木が北方に行くと何かマズい事でもあるのですか?」
「そこは私が説明します、翔太朗様」
3人に変わって、上代の隣にいた桜が話してくれた。
「実は北方では、フェニックスの聖剣士は悪魔呼ばわりされていて、ナサト王国以外の北方の人達はフェニックスの聖剣士を激しく憎んでいるのです」
その事実に上代と秋野は、戦慄したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分達の現在地が分かった俺とシルヴィは、とりあえず除雪されている馬車道を真っ直ぐ進んで、近くの町か村を目指していた。
「しかしまぁ、よくここがトバリエ王国の領地だって分かったな。俺には何処同じ景色にしか見えないんだが」
「理由なら至って単純よ。下を見て」
「ん?」
俺は言われるがまま、自分達が今歩いている馬車道を見た。雪が積もっている以外は、何処にでもある石造りの舗装された道にしか見えなかった。一つ一つに同じ模様が彫られていたけど。
「よく見たら分かると思うけど、使われている石、温熱石って言うのだけど、全ての温熱石にこの国の国旗が刻まれているの」
「え!?」
確かによく見て見ると、長方形のど真ん中に大きな星が描かれていて、その周りに小さな丸が幾つも描かれていた。これが、トバリエ王国の国旗なのか。
「トバリエに限らず、北方のどの国の温熱石全てには、こんな風にその国の国旗が刻まれているの」
「何でそんな事をする必要があるんだ?」
「盗まれないようにする為よ。温熱石の内側には物凄い熱がこもっていてね、雪が積もると溶かしてくれるの。凍結防止にも役に立っているわよ。それ故に、温熱石の盗難が相次いでいて問題にもなっているの」
「へぇ」
そこまでしなくてはいけないなんて、北方では温熱石を盗む事件が多発していると言うのか?
「温熱石は、北方の人達にとってはなくてはならない重要な石なの。でも、同時に取り過ぎてしまって今は枯渇寸前まで追い込まれているの」
「そういう事か」
要するに、不足している分を他国から盗んで利用しようというのだな。
「国旗の刻むのは、この温熱石がこの国の物である事を示すと同時に、盗難防止の付与が施されている証でもあるの」
「盗んでも無駄だよという意思表示でもあるのか」
ちなみに、盗む側もいろいろと知恵を絞っているみたいだが、今の所国旗が刻まれている石は盗まれていないそうだ。
そう、今の所は。
「それだけ温熱石の不足が深刻化しているんだな」
「えぇ。しかも、温熱石は北方でしか発掘出来ないから、北方以外から輸入する事が出来ないの」
ここまでしなくてはいけないなんて、この地方の国々はどれだけ資源に困っているというのだろうか。
「ま、そう簡単に盗めるものでもないのだけどね。トバリエ王国の雪は、雪が降らない春から夏にかけて溶けていくのだけど、それでも5メートル、小さくても3メートルも積もったまま残るから、なかなか泥棒が出来ないの」
「まぁ、人目が付きやすい所で堂々と泥棒をするマヌケなんていないわな」
しかも、秋から冬にかけてはこの猛吹雪だ。盗みたくても盗めないだろう。その前に凍死するだろうし。
(てか、春や夏には一応雪は溶けるんだ。全部は溶けないみたいだけど)
そんな事を考えながらひたすら馬車道を真っ直ぐ進んでいるが、一向に村か町が見えてくる事は無かった。人が住んでいる所から、かなり遠くへと飛ばされてしまったのだろうか。
何時着くのか不安になっていると、遠くから複数の明かりが見えた。動いていないので、動物や魔物の目が光っているのではなく、人口の光だと確信した。
「村が見えたぞ」
「もうひと踏ん張りね、行きましょう」
「ああ」
「それと、村に入る前に注意した事を忘れないでね」
「分かってる」
吹雪のせいで普通に歩くよりもかなり時間は掛かってしまったが、俺とシルヴィは何とか最初の村に辿り着く事が出来た。その際、マントで全身を包んで鎧が人目につかないようにさせた。
「それにしても、全然活気のない陰気な村だな」
村に着いた時の感想はこれであった。
まだ昼間だというのに人は誰も出歩いておらず、家には明かりはついているが、カーテンで閉じられていて中の様子を見ることができなかった。
他に気になったのは、至る所に俺とシルヴィの手配書が張り出されていたという所だが、手配書の人相があまりにも悪すぎる為目の前にいても誰も気付かない。
「こんな吹雪の中を、わざわざ外に出ようという人なんていないわよ。それに、ここの領主が最低だというのもあると思うわ」
「ふぅん」
だとしても、誰も外を出歩いていないというのは違和感があるし、殆どの店も閉まっていた。活気以前に、この猛吹雪の中では誰も働こうとは思わないのだろうか?
「周りが気になるのは分かるけど、まずは服を買いましょう。それと、大きめのリュックと何か役に立ちそうな道具も」
「そうだったな」
このままの格好で旅をする訳にもいかない為、俺達はまず服を買う為に服の絵が描かれている店に入った。
「いらっしゃい」
店員のおじさんはかなり暗い表情をしていて、身体もげっそりと痩せ細っていた。お腹が空いたと言うのが、顔を見ただけですぐに分かる。
「服とリュックを買いたいです」
「服は、お一人様何着買われますか?」
速く用事を済ませろと言わんばかりに急かす店員だが、こちらも早くこの服と鎧を脱いでこっちの服を着ておきたかったので好都合であった。
「とりあえず、3着ずつください。リュックも大きいのが良いです」
「分かりました。お好きに手に取ってみて下さい。万引きはご勘弁していただきたいですが」
「しねぇよ」
「リュックはこちらで用意します。お会計の時は呼んでください」
そう言って店員は、店の奥へと引っ込んで行った。客を接待する店員としては失格だが、今の俺達にはこの方が都合良かった。
誰にも見られていないのを確認してから、俺達はせっせと服選びをした。
「竜次、聖剣は小さくさせたでしょうね」
「ああ。この通り」
ポケットから家の鍵くらいまで小さくさせた聖剣を出し、それをシルヴィに見せた。
「うん。北方にいる間はその状態にしておいた方が良いわ。服も鎧も、フェリスフィアの国旗が刻まれているから早く着替えておかないと、北方どころかこの国を出る事も出来ないわ」
「分かっている」
選んだ服を持って、俺達は更衣室に入ってすぐに着替えて、鎧と服をマントで包んで分からなくさせた。
馬車道を歩く前にシルヴィは、俺達の身元を隠しておくよう強く言われた。その理由が、北方に住んでいる人達は全員がフェニックスの聖剣士を憎んでいるのだというのだ。
その為、俺が新たに召喚されたフェニックスの聖剣士だという事が知られると、キリュシュラインにいた時の様に面倒な事になってしまう。
北方の人達が俺を、いや、フェニックスの聖剣士を憎んでいる理由はシルヴィでも分からず、以前北方のとある国の国王に理由を聞いても、頭ごなしにフェニックスの聖剣士を罵声するばかりで全く話が通じなかったそうだ。
「もちろん、疑う事自体を面倒臭がって深く考えないというのもあるけど、ハッキリ言ってこの地方のフェニックスの聖剣士に対する憎しみは尋常じゃないわ。それこそ、あのキリュシュラインの暴君でさえドン引きしてしまうくらいに」
「あの国もフェニックスを悪魔呼ばわりしていたけど、北方の国々はそれに輪をかけて酷いのか?」
「いいえ。フェニックス自体を悪く言っている訳ではないみたいよ」
なるほど、彼等が憎んでいるのはフェニックスの聖剣士であって、フェニックス自体を恨んでいる訳でもないのか。その理由に関して聞いても、向こうがヒステリーを起こす為結局分からないままなのだそうだ。
だから俺達は、鎧と服を見られないようにする為にマントで身体を包みながらこの村を目指し、着いて早々すぐに着替える為に服を買いに来たのだ。幸い、何かあった時の為に銀貨10枚をヘソクリで持っていた為お金には困らなかった。
それでも、今後の事を考えるとやはり少ない。ゾーマも馬車も、荷物も食料も残りのお金も全てレイシン王国に置いたままだ。
買い物を終えた俺とシルヴィは、店の奥へと引っ込んだ店員を呼んで会計を済ませた。銀貨5枚という儲けを手にしても、店員はあまり嬉しそうにはしていなかった。
「金ではなく食い物が欲しかった……」
と小声で呟いていたのが聞こえた。
まぁ、それはそれとして、俺は青色の、シルヴィはピンク色の防寒着に似た服を着て、一緒に買ったリュックに戦装束と鎧を入れて、それを背負って店の外へと出た。俺が普通の剣を提げているのに対し、シルヴィはファインザーを腰に提げていた。
北方の人達が憎んでいるのはフェニックスの聖剣士であって、フェニックス自体は憎んでいる訳ではない為、ファインザーを帯剣しても白い目で見られる事は無いそうだ。
「さて、2~3日はこの村の近くで魔物を狩って、素材を売って金を稼がないといけないな」
「そうね。でも気を付けた方がいいわ。この国はまだ大丈夫な方だけど、北方の国に生息している魔物は全てが凶暴で、全てが手強いやつばかりよ。特に危険なのは3種類。ニーズヘッグとフロストドラゴンとマンイーターね」
ニーズヘッグとマンイーターなら戦ったことがあるが、フロストドラゴンは資料でしか見たことがないな。なんでも、ニーズヘッグがいなかったら、フロストドラゴンが北方の厄竜に指定される程強いドラゴンだと。
「他にも凶暴な魔物はたくさんいるけど、いちいち上げたらキリがないし、そもそも北方には大人しい魔物なんて1体もいないのよ」
「1年中0度を下回る極寒地帯で、植物も育たない環境だから他の生き物を食って生き延びる以外に方法がなかったんだろう」
正確には、植物は生えているのだが、大抵がその植物自体が魔物である為迂闊には近づけないのだ。この国を出れば雪があまり積もっていない草地もあるが、シルヴィ曰くかなり苦い為動物は絶対に口にしないのだという。
「そんじゃ、予定も決まった事だし、さっさと宿を取るか」
「そうね。あ、そうだ竜次」
「ん?」
「宿に着いたら一つお願いがあるのだけど」
「何だ?」
そのお願いを聞いた後、俺達は服を買ったお店から5分ほど歩いた所にある宿にチェックインした。一泊一部屋食事付きで銀貨1枚は、今の俺達にとってはかなりの高額であった。
なので、シルヴィと相部屋にする事で出費を銀貨1枚で済ませた。
部屋について早々、俺は早速シルヴィの要望に応えた。
「本当に良いのか?」
「えぇ。私が竜次の、フェニックスの聖剣士のパートナーだという事は、おそらく北方でも既に知れ渡っているでしょう。加えて私は、北方ではかなり嫌われ者だからね」
「もう少し愛想よく出来なかったのか?」
「無理ね。あんな支配欲がやたらと強い独裁者に、愛嬌よく笑顔を振りまける訳がないわ」
「あ、そう」
そんな話をしながら俺は、シルヴィの長くて美しい金色の髪を鋏で切った。
シルヴィのお願いというのは、髪を短く切って欲しいという事であった。鋏は、フロントの人にお願いしたら快く貸してくれた。
「ここまで伸ばすの、結構時間が掛かったんじゃないか?」
「竜次の身元がバレるのを防ぐのが優先だし、それに短くした方が誰も私だって気付かれないでしょ」
「そうだけど」
やっぱり惜しいと思ってしまう。
腰まで長く伸びた艶のある金髪は、シルヴィの魅力の一つ。そんな髪をバッサリと切ってしまうのは、俺としては抵抗があったがシルヴィの言う事も一理あるので切る事にした。名残惜しいけど。
「それに、この髪も売ればいくらか金にもなるでしょう」
「シルヴィはそれで良いのかよ」
「名残惜しくないと言ったら嘘になるけど、身元がバレる訳がにはいかないから構わないわ。それに、切ってしまえばもうただのゴミでしかないから、売って金にしてしまった方がこの先困らないでしょ」
年頃の女の子が言うセリフとは思えないな。シルヴィくらいの女の子なら、髪の手入れには余念がなく、長く伸ばした髪をバッサリ切るのに僅かながらも抵抗はある筈だ。
それなのにシルヴィは、それをアッサリとやってのけてしまうなんて。
ここまで伸ばしたのだから名残惜しくなくもないけど、それでも俺の為にここまでしてくれるのだからありがたくもあり、申し訳なくも思う。
「すまんな。俺が不甲斐ないばかりに」
「良いわよ。それに、これはいい機会だと思ったの。マリア様や椿様は長くても気にしていないし、慣れている様子だったけど、私は長いと結構邪魔だと思っていたわ。だから、この機会にバッサリ切っておこうと思ったの」
「そうか」
確かに、普通なら戦闘において長い髪はかなり邪魔になるから、椿みたいにポニーテールにするか、もしくは短く切ってしまうという人もいる。シルヴィの考えは後者の様だ。
そうして慣れない手つきで髪を切る事1時間。
腰まであった髪は、現在では肩にギリギリ触れるくらいのショートボブになり、清楚なお嬢様タイプから活発なボーイッシュタイプになったシルヴィが鏡に映った。短く切っても、元の美しさに何の影響も出ず、これはこれでかなりの美少女だと思った。
「へぇ、初めて切る割には凄く上手に出来たじゃん。可愛さが3割増しになったわ」
「こちとら内心ビクビクだったんだぞ」
「でも、ありがとう」
シルヴィにお礼を言われた俺は、いそいそと床に落ちた髪を拾い集めて、綺麗にまとめてから紐で縛った。この紐も、フロントの人から貰った。
シルヴィの髪を売るのは抵抗があるが、本人がそれを希望した以上俺からはもう何も言えない。
「自分で言うのもなんだけど、銀貨8枚くらいはするんじゃないかしら」
俺なら金貨100枚は出す、と言いかけて飲み込んだ。この村の経済状況を見ると、金貨1枚でも出し渋るだろうな。
(良くても銀貨10枚。悪くても銀貨5枚もらえれば良いだろう)
「明日はそれで生計を立てた方が良いと思うわ。馬車道を歩いて分かったと思うけど、トバリエ王国は生き物の数が極端に少ないのよ。生き物が少ないという事は、魔物の数もかなり少ないのよ」
確かに、ここまでの道中魔物はおろか普通の生き物の気配すら感じられなかった。普通であれば、こんな環境でもうまく適応できるように生き物というものは、何百年もかけて進化していくものなのだ。
だけど、この世界の生き物はあまりにも過酷すぎる環境から逃げて、より暮らしやすい、もしくはマシな環境で生きていく道を選んだみたいだ。
「まぁ、別にいなくはないけど、他のどの国よりも数はかなり少ないわね。トバリエ王国は、北方にある国の中でも特に厳しい環境下にあって、こんな所でよく人が済んでいられるなって思えるくらいに過酷な環境なの」
「そんなに厳しいのなら何で誰も他所の国に移住しようと思わねぇんだ」
とは言ったものの、これだけ吹雪が吹いていて、尚且つ馬車道以外は見事に雪で埋まってしまっているのだから、移動だけでもかなり命懸けだろうな。
「まぁ、北方にしかない特別な魔道具があればゾーマと馬車を使って移動も可能だけど、その魔道具は王族や貴族しか所持する事が認められていないから、一般人は吹雪が止む春から夏の間しか外に出られないの」
「それで誰も働かずに、家でジッとしているのだな」
体感温度ではあるが、マイナス50度をかなり下回り、しかも秋から冬はほぼ毎日のように雪と強風に見舞われる。こんな環境ではまともに働く事なんて出来ないし、それ以前に人が出歩く気配なんて微塵も感じられなかった。
こんな環境だからなのか、魔物は殆どこの国から逃げ出してしまっている為、狩る魔物が殆どいないに等しいらしい。
「いてもスノーラットかモグラギツネくらいね。というか、その2種類しかいないわね。魔物としては小柄だけど、どっちも人間を襲う凶暴な魔物よ」
「えぇ……」
その2種類しかいないって、どれだけ過酷なのだよこの国は!?
しかも2匹とも、小柄と言った割にはかなりデカかった。スノーラットは大型犬くらいの、モグラギツネはヒグマくらいの大きさはあった。シルヴィ曰く、北方に生息している魔物の中では比較的小柄らしい。恐ろしすぎるぞ、北方。
「ちなみに、その2匹の素材は?」
「毛皮は両方とも共通の素材だけど、モグラギツネは他にも爪と肉が売れるわね。スノーラットの肉は、臭い上に物凄く不味いから最安値で買い叩かれるからお勧めできないわ。それでも、この国の人達にとっては貴重な食糧なんだけどね。でもスノーラットの肉って、不味いだけじゃなく食べると食中毒を起こすから捨てた方が良いわね」
「マジか……」
ラットと名が付くくらいだから大きな鼠なのだろう。となると、病原菌や寄生虫などが身体に入って食中毒を起こすのだろう。鼠って、たくさんの細菌を保有しているらしいから。
「ちなみに定価は?」
「スノーラット1体分の毛皮で銅貨10枚ね、モグラギツネの毛皮だったら銅貨30枚、爪だったら銀貨2枚、肉は銅貨80枚って所かしら」
「安過ぎず高過ぎずだな」
それがこの国の一般人が出せる限界の金額なのだろう。しかも、稼いだ金額の9割は税金として国に支払う義務が発生してしまうらしいから、手元には銀貨1枚も残らないそうだ。
だからあの服屋の店員、お金よりも食べ物を欲しがっていたのか。銀貨を貰っても、税金としてほぼ全額支払う事になるから全然店の利益に繋がらないから。
けれど、それでも貴重な収入源である事には変わりがないから、明日以降はその2匹を探しにいかないといけないな。
「他に高収入が期待できそうな仕事とかはないのか?」
「そうねぇ……海に行けば魚も採れるし、海に生息している魔物もたくさんいるけど、この時期の海は分厚い氷で覆われているから漁なんて出来ないし、海の魔物達の肉は全て王族と貴族が最低金額で買い叩くわ。酷い場合は銅貨1枚も出さないで取り上げるわね」
「最悪だな……」
しかも、町の人達に与えられるのは、魔物や魚の骨や内臓だけらしいから餓死する人が後を絶たないそうだ。
ちなみに、魔物の内臓は人間が食べると食中りを起こし、最悪の場合は死んでしまう事があるから絶対に食べては駄目だそうだ。
「完全に搾取されるだけの生活だな」
「そうね。そのくせ、支払わなければいけない税金は馬鹿みたいに高くて、払えない場合はその場で殺されてしまうから、奴隷商に子供や奥さんを引き渡してでも金を払わないといけないのよね」
「完全に悪循環じゃない」
そんなんでよくこの国は存続できたな。領民から金と食料を搾れるだけ搾り取って、自分達は暖かい部屋で満たされた生活と、美味しい食事を毎日いっぱい食べているのだろうな。
国家というよりは、王族と貴族が一般人を奴隷のように扱って苦しい生活を強制させているように見えるぞ。
しかもこのスタイル、トバリエ王国に限らず北方のどの国でも行っているらしく、毎年何万人以上もの死者を出しているそうだ。
唯一の例外であるナサト王国は、北方の中でも比較的大陸の中央寄りに位置している為、他の北方の国に比べると比較的暮らしやすい環境をしているそうだ。
「過酷な環境だという事を差し引いても酷過ぎないか?」
「そうね。ナサト王国以外の北方の国々は、国民を使い捨ての駒としか見ていないからね。お父様も何度も注意したけど、向こうは全く聞く耳を持たないのよ」
「そうか」
そうなると、こんな地方はさっさと出たいところだけど、悪天候のせいで思う様に前に進む事が出来ず、ドルトムン王国に着く頃には春になっているという始末。
こんな最悪な環境の中で、最悪な独裁国家をいくつも通らないといけないなんて…………。しかもその間に冬が終わってしまっている。シルヴィの誕生日を、こんな所で祝う事になるなんて。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。北方にある国って、王都以外はここみたいにこじんまりした村や集落しかないから、余程変な行動でもしない限りは目立つ事もないし、他所の国から来る冒険者には、例外はあるけど基本的にノータッチっていうのが暗黙の了解になっているから」
「それで良いのかよ……」
まぁ、向こうも見ず知らずの外国人や魔物狩りに関心などある訳もなく、入国してきたとしてもスルーする場合が多いだろう。自分達の生活の事で精一杯なだけかもしれないが、俺としてはかなり好都合であった。
「それから竜次、この国でどんなに理不尽な事を目の当たりにしても絶対に首を突っ込もうとしないでね」
「ん?」
「竜次はフェニックスの聖剣士で、この地方の人達が何よりも憎んでいる存在なのよ。目立つような行動をして、脚色された悪い情報を世界中にばら撒かれては、フェリスフィア王国でもカバーしきれないわ。それどころか、キリュシュラインが更に調子に乗ることだって考えられるわ」
「分かっている」
北方の人達が何故フェニックスの聖剣士を憎んでいるのか、その理由が分からない以上俺が深く関わっては、かえって事態は悪い方向へと傾くばかりだ。
この国の人達がどれだけ苦しんでいても、目の前で助けを求めていても、俺がフェニックスの聖剣士である以上助けることは出来ない。そんな事をすれば、俺やシルヴィだけじゃなく、俺の支援をしてくれているいろんな国にも迷惑が掛かってしまう。
それに、助けたとしても彼等は絶対に感謝などしない。それどころか、事を全て俺のせいにしてあらぬ罪をでっちあげて広める可能性だってある。
いや、既に似たような事件が起こっているのだから迂闊な行動は出来ない。
これもここまでの道中で聞いたが、何年か前にフェリスフィア王国から来た魔物狩りの人がここで魔物を狩ると、その国の人達は自分達の国を魔物の血で穢すな、等と訳の分からない事を言ってその人を罵倒したのだそうだ。しかも、彼等の愚行はそれだけに留まらず、魔物狩りをしたその人にありもしない罪をたくさんでっち上げて、それをその土地を管理している貴族や、国王に報告して大々的に広めたのだ。
何故こんな事をしたのかと言うと、理由はいたってシンプル。その人がフェリスフィア王国出身だから。ただそれだけ。
当然の事ながら、女王は反発した。だけど、向こうは女王がフェリスフィア王国、先代のフェニックスの聖剣士が建国した国の女王というだけで罵声を浴びせ、激しく非難したのだ。一緒に立ち会ったシルヴィの父親から聞いた話だと、ただひたすら女王に憎悪をぶつけていただけに見えていたそうだ。
「北方の人達が、フェニックスの聖剣士を憎んでいる確かな理由が分からないのが痛いな」
「えぇ。でも、あそこまで狂った憎悪をぶつけるくらいだから、北方の人達のフェニックスの聖剣士に対する憎しみはかなり深いわね」
「ああ」
この村以外にも搾取されている村や集落はたくさんあるのに、俺は何もしてあげる事が出来ない。してあげたとしても、罪を着せられた魔物狩りの人と同じ轍、もしくはそれ以上の仕打ちを受けるのはもはや火を見るよりも明らか。感謝するどころか、事を悪い方向へと湾曲させてそれを大々的に広めようとする。
それくらい北方の人達は、フェニックスの聖剣士を憎んでいるのだ。
「だけど、やっぱり魔物の素材を売るなりなんなりする上では、人との関わりは避けられないからな」
「なるべく別人に成りすました方が良いわ。竜次の手配書は既に北方でも出回っているだろうし」
「あんな人相書きでは、誰も俺だって気が付かないって」
そもそも、あの人相書きと俺達の顔があまりにも似て無さすぎる。悪そうに書こうとした結果、あそこまで酷い人相書きになってしまったのだろう。いずれにせよ、あれでは目の前に本人が現れても絶対に気付かれない。
とは言え、シルヴィの言う通り楽観も出来ないので細心の注意は払った方が良いだろう。
「とりあえず、明日の予定も決まったんだし、今日はもう夕食を食べて寝るか」
「そうね」
いろいろと不安になる事はあるが、それをいちいち掘り下げてもキリがなく、周りの目を気にして行動するとかえって目立って怪しまれてしまうから、ここはあえて堂々とした方が良い。
その後、夕食を食べた俺とシルヴィは、部屋に戻ってここまで疲れを癒す為に、しばらく食休みをしてから就寝した。
そして俺とシルヴィは、とても不思議な夢を見たのであった。




