50 決着と北方転移
「はあっ!」
怪物軍の中に入った俺とシルヴィは、ファングレオから降りて怪物達と交戦していた。いつもよりも数が多いせいか、魔法で一度に何百物数を屠ってもちっとも減っている気がしなかった。それは今までの大襲撃でも同じなのだが、今回は数がかなり多いという事と、後方から支援してくれる各国の討伐部隊がいない事が影響している。
たった11人で、過去最大規模の怪物軍に対応しなくてはいけないのだから、いくら倒してもちっとも減らないのは当たり前だ。
「もう!こんな時にリーゼがいないのが辛いわ!」
「そう言えばリーゼって、こういう一対多戦を得意としているんだったな!」
対象の血が必要になるが、あの魔法は同種族を一気に屠る事が出来る。大襲撃に出てくる怪物は、基本的にはどれも同じ姿をしている為マリアや椿よりも重宝される。
だが、ファルビエに言った時リーゼはポーションの材料を採取すると言って他所の国に行っていた為、連れて来ることが出来なかった。
「いくらシンが滅茶苦茶な魔法を使えても、この数では先に魔力が枯渇してしまうから迂闊には使えないわな」
「滅茶苦茶な魔法なら竜次だって使うでしょう。青色の炎なんて見たことが無いし、さっきだって一気に何百もの怪物どもを屠っているじゃん」
「炎というのは、実は赤よりも青の方が温度も高くて、力も強いんだよ」
炎の色と言えば赤という印象が強いが、実は赤く燃えているのは酸素が足りない状態、いわゆる不完全燃焼というものだ。勿論熱いのではあるが、酸素が十分に行き渡って完全燃焼を起こしている青色の炎の方が実は格段に熱いのだ。
なんて説明しても理解されないだろうし、そもそも天然ガスが存在するのかどうかも怪しいこの世界では時間の無駄だろう。
(化石燃料やウランが発掘されたくらいだから、そう遠くないうちに掘り出されるだろう)
尤も、ウランはとっとと破棄してもらいたい。完全に依存しきる前に、そんな危険な物から手を引いてもらいたい。地球はもう手遅れだけど、この世界はまだ間に合う。
なんて余計なことを考えている場合ではなかった。
その青い炎で怪物どもを屠っても、後ろから際限なく怪物達が押し寄せてきた。
「一体どれだけの数の怪物どもを投入したって言うんだ!」
「虫の息のレイシンを完全に滅ぼす気でいるわね」
「確かに。攻め落とすなら今と言った感じだな」
前回の大襲撃で多大な損害を受け、軍事力は大幅に削られ、先王の支持率も地の底につく勢いで落ちていた。
その上、今回の大襲撃で誰もこの国の為に戦おうとはせず、王都を捨ててでも他所へ逃げようとする始末。
もはやこの国がどうなろうと知った事ではない。
とにかく怪物や魔人から逃げたい。
そんな状況になっているのだから、攻め落とすには絶好の機会だと思うのは当たり前なのかもしれない。それにしては数が多すぎる気がするが、それだけ向こうが本気でこの国を滅ぼそうと考えているのかもしれない。
「ま、だからと言ってみすみす滅ぼさせる訳にはいかないがな」
「えぇ。そうと決まったら、こんな所でもたついている訳にはいかないわね」
そう言ってシルヴィは、怪物どもの群れの中に3つの召喚時を展開させた。
「出て来い!ファイヤードレイク!豪鬼!クラーケン!」
その呼び掛けの直後、召喚陣からシルヴィの呼びかけに答えて3体の巨大な魔物が出てきた。その中でもクラーケンが飛び抜けて大きかった。ファイヤードレイクと豪鬼が、ミニチュアに見えるくらいに。
(って言うか、クラーケンって陸でも活動できるのかよ!?)
ファイヤードレイクは口からブレスを履いて、怪物達を消し炭にしていった。
豪鬼はパンチやキック、噛み付きなどの肉弾戦を屈指しして怪物達をドンドン屠っていった。
最後にクラーケンは、8本の足を鞭のようにしならせて怪物達を弾いていき、時に捕まえて食べていった。
「大丈夫なのか?ファングレオもまだ出しているのに、更に3体も出して?」
「問題ないわ。竜次と一緒に旅をするようになってから、魔力量がかなり増しているのが分かるの。今なら契約している魔物全部召喚できるわ」
なんて言っているが、それはやめた方が良い。残りの契約魔物、レイリィ、ガラバカイ、イヴィの3体はこういった戦闘には向かない魔物だから。特にレイリィは、寒い季節に入りつつある今の時期には召喚出来ない。
それに、ファイヤードレイクと豪鬼はそれぞれ30分と15分しか召喚出来ないのだから、実質ファングレオとクラーケンだけで対応しなくてはいけない。
「心配しなくても、30分と15分もあれば最後部に近づけるわよ。竜次はまだ、ファイヤードレイクと豪鬼の本当の力を知らないのよ」
「本当の力?」
気になる所だけど、怪物どもと戦いながらその力の片鱗を呑気に眺める事は流石に出来ない。
「大丈夫。嫌でも目に入るから」
その言葉の直後、最初に動いたの豪鬼であった。
天に向かって大きく叫んだ後、怪物達の後方に分厚い黒雲が発生し、そこから黄色い柱が物凄い勢いで落ちてきた。柱と言ってしまったが、実際は物凄く大きな雷であった。あまりにも真っ直ぐすぎる為、遠目からは柱にしか見えなかった。
物凄い轟音と共に、黒雲の下には物凄く大きなクレーターが出来ていて、そこにいた怪物達は跡形もなく消し飛んでいった。
その直後、豪鬼の足元に召喚陣が浮かび上がり、住処へと帰って行った。
「まったく、シンの事をハチャメチャだの言っておきながら自分は」
「私はシン王子みたいに日頃から使いたくてうずうずなんてしてないわ」
まぁ、自分が使う訳ではないからそういう風に考えるのかもしれないけど、だからと言ってこれはやり過ぎだ。
「そんな事より、行きましょう」
「ああ」
「ファングレオとクラーケンは、マリア様と椿様とシン王子の援護をお願い。ファイヤードレイクは私達と一緒に来て」
近くにいる怪物を倒し、召喚した魔物達に指示を出してすぐ、シルヴィは俺と一緒に最後部を目指して走った。
その途中、すぐ横を背中に羽の生えた緑色の小さな女の子の姿をした妖精が現れた。その直後に、後ろからこちらに向かってくる4人が声を掛けてきた。
「おぉーい!」
「私達も行く!」
「こっちは粗方片付いた!」
「あとは、マリア様と椿様とシン様が何とかしてくれます!」
走って近づいてきたのは、上代と桜様、秋野とアレンの4人であった。どうやら、桜様が風の精霊に頼んでここまで運んでもらったのだろう。となると、あの緑の妖精は風の精霊だったのか。
「良いじゃない。魔人と戦うんなら出来るだけ多い方が良いと思うわ」
「そうだな」
今回の魔人は、これだけの数の怪物どもを引き連れてきたのだから、今までの魔人よりも格段に強いと思う。シルヴィの言う様に、人数は多い方が良いだろう。
そんな事を考えながら、俺達は最後部でふんぞり返っている魔人に向けて走り出した。
クレーターを抜けると、数百メートル先から再び先が見えない程たくさんいる怪物達が土煙を上げて向かっていた。
「まだいたのかよ……」
「一体どんだけ投入してきたんだ……」
「私、流石にもうクタクタ……」
こちらに向かって来ている怪物軍を見て、俺と上代と秋野はげんなりとしていた。
そんな時、頭上を飛んでいたファイヤードレイクが俺達の目の前に着地して、大きく息を吸い込み始めた。
「よく見てなさい。これが、ファイヤードレイクが厄竜と呼ばれる所以よ」
シルヴィのその言葉のすぐ後、ファイヤードレイクは口から大きな火球を吐き出して、遥か遠方にいる怪物軍の真ん中に落とした。
その直後、物凄い爆音と共に炎のドームが広がっていき、その中にいた怪物達は骨も残らず燃えていった。
けれど、俺達が驚いているのはそのドームの大きさであった。東京ドームどころの大きさではない。とんでもない大きさであった。
「なんて破壊力……」
「厄竜に指定される訳だ……」
「こんなドラゴンがいるなんて……」
あまりの出来事に、俺と上代と秋野は言葉を失った。シルヴィ曰く、溜めが非常に長くその間は一歩も動く事が出来ない為、椿はその隙に首を斬り落として倒すのだそうだ。一体どんな訓練をしているのだ、椿は?
当然の事ながら、さっきの一撃で怪物達は全滅し、地面は溶岩の様にブクブクと泡を出して始めている。こんな中をどうやって進めというのだ?しかもファイヤードレイクは、時間切れにより故郷へと帰って行った。
「お前も大概だな、シルヴィ」
「良いでしょ。こういう契約魔物がいても」
だからと言って、弱みを握って無理矢理契約させるのはどうかと思うぞ。そのせいで30分しか召喚出来ないのだから。
「そんな事よりも、魔人が向こうから来るみたいですよ」
「どうやら、さっきの一撃が最後部まで届いたみたいです」
アレンと桜様が臨戦態勢に入った事で、俺達も聖剣を構えて周囲を警戒した。確かに、かなり殺気立った何かがマグマとなった地面をゆっくりと歩いて近づいてきていた。こんな所を歩いて来られるのは、魔人以外に存在しないだろう。
「さて、今度は一体どんな魔族が出てくるんだ」
「そんなに警戒しなくても、すぐ目の前に現れるよ」
「「「「「「わっ!?」」」」」」
一体何時ここに来たのだろうか。皮膚の色が紫色に染まり、額から3本の角を生やした魔人が、赤色の目をこちらに向けて笑っていた。
「また男性型。魔人って男しかいないの?」
「確かに、イルミドで戦ってきた魔人は全て男の姿をしていたな」
「そう言えば、エララメの町で俺が初めて倒した魔人も男だったな」
そんな重要な情報にならない事を秋野が呟き、俺と上代はそれに同意してしまった。
「だがコイツも、元は普通の人間だったんだよな」
「そうね。でも、だからって躊躇っては駄目よ。分かっているわよね」
「分かっている」
二度と元には戻れない以上、あの魔人が元は人間だったとしても生かしておく訳にはいかない。身も心も魔人なってしまった以上、殺す以外に救う道はないのだから。
「テメェ、最後部から一体どうやってここまで」
魔人に変えられた彼の事を考えるのをやめて、俺は魔人が一体どうやってここまで来たのかを問い詰めた。聖剣士かパートナーでしか殺せない為、ファイヤードレイクのあの攻撃では死なないだろうけど、あのマグマとなった地面から一瞬でどうやってここまで移動したのかを聞いた。
「訳ないさ。こうすれば」
「なっ!?」
俺達から10メートル離れた距離にいた魔人が、一瞬にして俺のすぐ目の前に現れて俺は驚きつつも、聖剣を下から袈裟懸けに振り上げて攻撃した。
しかし、聖剣が魔人を切る事は無く、魔人はまたさっきの場所に戻って腕を組んでいた。それを見て俺は、この魔人の持っている能力が何なのかをすぐに理解した。
「転移能力を持っているのか」
「ご名答。流石ですね」
パチパチと拍手をしながら、魔人は淡々と説明した。知られても問題ないと思っているのだろうか、魔人は自分に与えられた力を包み隠さず話した。
どうやらこの魔人は、これまでの魔人の様な変身能力は有していないようだ。代わりに、今までの魔人とは比べ物にならない程の力を有していて、何よりも転移能力を与えられた事で魔人の中でも五指に入る程の強さだと自慢していた。
「随分と自信過剰だな」
「転移能力があるってだけで強力ですからな」
ただし、この転移能力にも欠点はある。
それは、視界に入った所でないと正確な転移は出来ないという事だ。おそらく、正確な位置を把握していないとその場所に転移できないのだろう。
遥か遠方にも転移できるが、その場合正確な場所が分からない為、何処に転移してしまうのかが分からなくなってしまうそうだ。使えないな。
だが、戦闘においてはかなり厄介な能力であった。視界に入る所なら何処にでも転移できるのだから、突然背後に回って剣でブスリと一突きにするという事も出来る。
「さて、説明も終わりましたし」
次の瞬間、魔人が突然目の前から消えた。
その直後、背中から何かが突き刺さるような激痛が襲った。
「とっとと死んでもらいます。特に、フェニックスの悪魔には」
「竜次!?」
「このアマ!」
あまりの痛みに、俺は半ばヤケクソ気味に振り返って聖剣を振り下ろした。しかし、そこには既に魔人の姿が無かった。
「いったぁい!何なんですかアナタは!全然剣が刺さらないではありませんか!刺した瞬間に手が痺れました!」
声がする方へと振り返ると、先程と同じ場所に魔人が立っていた。その表情は苦悶に歪んでいた。
「竜次、大丈夫!?」
「ああ」
この時ばかりは、寿命以外死なない己の身体に感謝するばかりだった。それでも痛いものは痛い。それにしても、手が痺れるなんて大袈裟だぞ。こっちは、恩恵が無かったら心臓を突き刺されていたのだぞ。
「テメェ!」
「クッ!」
何の前触れもなく攻撃を仕掛けてきた魔人に、上代とアレンが同時に飛び出して切りかかっていった。
だが、魔人は涼しい顔をして2人の攻撃を転移で避けていった。
「はっはっ!何処を狙っているのですか」
調子に乗った魔人は、上代の頭上に転移して剣で突き刺そうとした。
「させない!」
次の瞬間、秋野の聖剣から紫色の光の粒子か放出されて、それが上代とアレンの全身を包み込んだ。光の粒子に包まれた上代に、魔人の攻撃が弾かれた。
「チッ!」
大きく舌打ちをしながら魔人は、攻撃目標を秋野に切り替えて目の前に転移してきた。
魔人の剣が秋野に届く前に、地面から壁がドンと現れて攻撃を防いでくれた。よく見ると、壁の近くには黄土色の小さな精霊らしきものが飛んでいた。
「土と風の精霊達。この辺り一帯を警戒して、魔人の次の転移先を予想して」
刀を持った桜様が、土の風の精霊に指示を出して魔人の転移先を割り出すように言った。
だが、そう簡単に次の転移先を割り出すことは出来ず、俺達はポンポン転移能力を屈指して攻撃してくる魔人を相手に防戦一方の状態になっていた。
「クソ!」
「ポンポン転移して鬱陶しい!」
レイリィや転移石でないと転移できないこの世界では、転移能力を持っている敵との戦闘は経験がない為、全員が対応に困っていた。
(前に恩恵を使って転移能力を得られないか試した事があったが、その時頭の中に声が聞こえた事で願うのをやめてしまったんだよな)
出来たらいいな程度に考えていたというのもあるが、お陰で転移能力は得られなかったんだよな。
「攻撃を仕掛けようにも、転移で逃げられてはそれが出来ない!」
「カウンターを仕掛けられません!」
「逃げてばかり卑怯です!」
上代とアレンと桜様は、転移してばかりいる魔人にイライラしてきているみたいで、攻撃が荒っぽくなっていた。
「このままでは仲間割れが起こってしまうわ!」
「とはいっても、これ一体どうすれば良いんだ」
気配を探ろうにも、ちょくちょく違う場所に転移している為それが出来ない。俺とシルヴィは恩恵に守られている為、攻撃を受けても死ぬことはおろか怪我を負う事は無い。その代り、それと同等の痛みだけは受ける。
だが、他の4人は攻撃を受ければ普通に怪我を負うし、当たり所が悪ければ死ぬ事もある。
何とか打開策と打ち出さないといけない。
そんな考えを巡らせる前に、魔人が今度はシルヴィの真横に現れて、シルヴィの首に剣を思い切り当てた。
「ガハッ!?」
「シルヴィ!」
「チッ!パートナーの方も死なないのかよ!こんなのどうやって殺せって言うんだ!」
攻撃が通らないと分かると魔人は、すぐに転移して再び上代とアレンと桜様を狙い始めた。
攻撃を受けたシルヴィは、首を抑えて蹲り、苦しそうに咳込んでいた。俺のパートナー契約した事で、シルヴィにも不老不死が宿った為死ぬ事は無くなったが、苦痛は普通に受ける。
「すまねぇ。すぐに反応出来なかった」
「ゲホッ!ゲホッ!……気に、しないで……竜次はいつも、これ以上の苦痛に耐えながらいつも戦ってきたのだから」
「けれど……」
気にするなと言われても、やはりシルヴィにもあの苦痛を味合わせてしまった事に対する自分自身の不甲斐なさと、己の無力感に苛まれた俺は単身で魔人の所へと突っ込んだ。
俺が前に出てきた事で魔人は、標的を3人から俺に切り替えて何度も攻撃を仕掛けてきた。ずっと魔人の攻撃を受けていた3人は、疲労から肩を大きく上下させながら呼吸していて、その場から動けないでいた。そんな3人に秋野が掛け寄り、リーゼから貰ったと思われる体力回復のポーションを飲ませてあげた。
俺はと言うと、襲い掛かってくる魔人の攻撃の殆どを聖剣で防ぐが、完璧に防ぎきる事が出来ずに何ヶ所か攻撃を受けた。
(クソ!恩恵が無かったら致命傷になるような攻撃ばかり仕掛けやがって!)
しかもダメージだけは普通に受けるし、もし受けたらその後どうなるのかもそのまま再現される為、正直言って立っているのもやっとの状態になっていた。
(全身が焼ける様だ!口から血の味がする!)
実際には傷一つ受けていないのだが、その攻撃を受けた時の痛みと状態だけで既に満身創痍の状態だ。
「はは!そういう事ですか!いくら死ななくても、痛みと苦痛だけは普通に受けるのですか!それなら執拗に攻撃を加えて苦しめるのもありですね!」
「……チッ!」
やっぱりバレたか。
こんなにたくさん攻撃を受けた事は無かったから、その苦痛に身体と精神が耐えられる訳がないのだから、動きが悪くなってしまうものだ。強い奴ならそれに気付かない訳がない。
「それならわざわざ殺さなくても、同等の苦痛を与えて戦意を喪失させましょう!」
そう言って魔人は、膝を付いている俺の頭上に転移して、落下の衝撃を利用して斬撃を繰り出そうとしてきた。
「…………チキショウ……!」
身体が言う事を聞かない。
動けない。
そんな俺を嘲笑うかのように、魔人は俺の後頭部に向けて剣を勢いよく振り下ろしてきた。
その直後、俺の頭上を何かが覆い、魔人の斬撃から俺を守ってくれた。年不相応に大きく育ったそれが視界に入った事で、誰が俺を庇ったのかすぐに分かった。少し視線を上げると、苦痛に顔を歪めるシルヴィの顔があった。
「うぅっ!」
「シルヴィ!?」
痛みと苦しみに苛まれる自分の身体に鞭を討ち、攻撃から俺を庇ってくれたシルヴィの身体を引き寄せて、魔人に蹴りを食らわせようとしたが、直前に転移されてしまった。
「何であんな事をしたんだ!」
「それはこっちのセリフよ!またあんな無茶をして、苦しい思いをして、いくら死なないからって人を心配させていい理由にはならないわよ!それに苦痛は普通に受けるのだから、少しは自分を大切にしなさいよ!」
「ううぅ……」
本気の説教を前に、俺はこれ以上何も言えなくなってしまった。
俺の事を想って怒っているのは理解しているけど、やはり怒った時のシルヴィにはどうしても敵わない。喧嘩になったら、100パーセント俺が負けるだろうな。この場合は、逆らわない方が得策だ。
「す、すまない」
「ッタク!立てる?」
「あ、ああ」
シルヴィに手を引かれながら何とか立ち上がり、俺達は再び魔人と対峙する上代とアレンと桜様に加勢する為に走り出した。
そんな中、守りに徹していた秋野が俺達と共に魔人と戦っている3人の所へと駆けつけてきた。
「皆!強く眼を瞑って!」
言われるがまま、俺達は目を閉じた。
すると、瞼の裏からでも眩しい光が発生した。
「ああああああああああああ!」
同時に、苦しみに悶える魔人の声が聞こえた。
しばらくすると光が治まったので目を開けると、そこには両目を抑えておぼつかない脚でフラフラしている魔人の姿が見えた。
「アンタ言ったわよね。視界に入る所なら何処にでも転移できるけど、逆に正確な場所も把握せずに転移すると何処に転移するのか分からないって」
「まさか!?」
「そのまさかよ。両目を潰せば、アンタの自慢の転移能力は使えないって事よ」
なるほど。だから秋野は、魔法で強い光を発して相手が目を開けられない状態にさせて転移能力を使えなくさせているのだな。正確には使えるのだが、正確な場所が分からない状態での転移は相手だって怖い筈。下手をすると海のど真ん中か、火山の中に転移してしまう事だってある。
いくら聖剣士の手でしか殺せなくても、そんな危険を冒してまで転移しようなんて思わない。どうしようもなく、やむを得ない場合は別だが。
悔しそうにする魔人に向かって桜様が走り、刀で魔人の両目を切った。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
「目を潰すのでしたら、徹底的に潰さないといけませんね」
「おっかねぇ」
普段は無邪気で子供っぽい桜様だけど、戦場に出ると身に纏っている雰囲気が椿と同じになっていた。そういえば、姉の椿にも匹敵する実力を持っているって聞いてたな。
「転移できなければ、もう怖いものなしです。『飛翔剣術』」
次にアレンが動き出し、収納魔法からそれぞれ形の違う複数の剣を飛ばした。飛んでいる剣が魔人に到達する前に、桜様は後ろに向かって低くジャンプして下がった。
それと同時に、宙を漂っている剣が一斉に魔人に向けて飛んでいった。
「馬鹿にするな!」
両目を潰されているにも拘らず、魔人は襲い掛かってくる剣を自分の剣で全て弾いていった。
「なんて奴だ」
「魔人にされる前は、武術の達人か何かだったのかしら」
「もしくは、キリュシュラインに滅ぼされた国の元近衛兵だった可能性もある」
いずれにせよ、ただの自信家ではなく、ちゃんとした実力の持ち主であるのは本当の様だ。
「だったら」
「俺達聖剣士」
「3人がかりで行くわ」
「私も行くわ」
そう言って俺、シルヴィ、上代、秋野の4人で前に出て魔人と交戦した。4体1、しかも両目が潰れているという状況であるにも拘らず、魔人は俺達4人を相手に一歩も引かない戦いをしていた。
「私を馬鹿にしては困ります!確かにこの目で転移を使うのは危険ですが、見えなくたってまだ音と気配でアナタ方の行動を察知する事が出来ます!」
その言葉の通り、魔人は両目を潰されているにも拘らず、まるで俺達の動きが見えているかのように戦っていた。そんな魔人に、上代と秋野は悪戦苦闘していた。
だが
「それがどうした!」
そんな魔人よりも強い師匠、マリアに毎日しごかれている俺は魔人の剣の動きを正確に見切り、攻撃を加えることが出来た。斬撃に関しては、残念ながら全て防がれているが。
「貴様!どうして私に攻撃を加えられるんだ!?」
「さっきまで丁寧口調だったのにどうした?」
マリアの方が魔人よりも格段に強い為、転移能力さえ封じてしまえばもう何も怖くない。
だが、相手もかなりの実力者。僅かな音を聞き取り、紙一重で避けていった。これでは何時まで経ってもトドメを刺せない。
「楠木君、シルヴィアさん、下がって!」
秋野の声を聴いて、俺とシルヴィはほぼ同時に後ろへ下がって魔人から距離を取った。
その直後、魔人が苦悶の表情を浮かべて両手を前に出した体勢で動かなくなった。まるで、見えない何かに圧迫されているみたいに。
いや、間違いなく見えない何かに圧迫されているのだ。
秋野に視線を向けると、アレンと手を繋いで聖剣の切っ先を魔人の方に向けていた。よく見ると、2人の紋様が光っていた。
「剣の動きは読めても、不可視の壁の動きまでは読めないみたいだね」
「目が見えてもその存在を確認出来ないのですから、簡単には防げません」
どうやら秋野は、アレンの力を借りて不可視の壁を3つ作って魔人の周りに展開させ、押し潰す感じで動きを封じてくれていた。
「だったら、次は俺だ!」
「私も協力します!」
次に動いたのは上代と桜様。
2人の紋様が光り輝いた瞬間、上代は聖剣を地面に突き刺した。
その瞬間、上代の前から魔人に向かって地面が割れていき、あっという間に地割れが出来た。その地割れの中に、不可視の壁に圧迫された魔人が落ちていった。
そんなに深い地割れではなかったが、底の方はかなり狭くなっている為益々身動きが取れなくなった魔人が苦しそうに悶えていた。
「トドメを刺せ、楠木!」
「あとは任せた!」
「ああ!」
「私も行く!」
トドメを任された俺は、シルヴィと共に地割れの中へと飛び込み、聖剣とファインザーで魔人の身体を突き刺した。飛び込む際、俺とシルヴィの紋様が光り輝き、身体の奥底から力が湧いて来るのを感じた。
聖剣とファインザーに身体を貫かれた魔人は、口から大量の血反吐を履き、虫の息となっていた。
「クソ……こうなったら、最後の手段です……!
そう言って魔人は、最後の力を振り絞って不可視の壁を壊し、俺とシルヴィの袖を強く掴んだ。
「楠木!王女様!」
「楠木君!シルヴィアさん!」
「楠木様!シルヴィア様!」
「楠木殿!シルヴィア王女!」
「「なっ!?」」
魔人に袖を掴まれた瞬間、周囲の景色が一変して吹雪が吹き荒れる薄暗い所へと変わった。
環境が変わると同時に、魔人は大量の血反吐を噴き出しながら絶命した。
完全に死んだのを確認してから、聖剣とファインザーを魔人の身体から引き抜いて鞘に納めた。
「「さっぶっ!」」
気が抜けた瞬間、あまりの寒さに俺とシルヴィはくっ付いて温め合った。
「チキショウ!あの魔人、最後の最後でとんでもない事をしやがって!」
「うう、海のど真ん中に落ちるよりは、ずっとマシだと思うけど!」
「そうだけど!」
だが、この寒さはとてもではないが耐えられそうには無かった。
(考えろ!このままでは凍え死ぬ、事は無いだろうけど、何とか俺とシルヴィの周囲の温度を温かくさせないと!)
この寒さから何とか逃れたいと思った俺は、無意識にそう強く願った。
その瞬間、俺とシルヴィの紋様が光り輝き、身体の周りの温度が徐々に上がっていった。若干肌寒さは残るが、それでも動く事が出来るまでに改善した。
「助かったわ、竜次」
「まぁ、全く意識していなかったけど、結果オーライだな」
俺とシルヴィの周りだけではあるが、恩恵を使って暖かくさせることが出来た。完璧ではないが、十分であった。
「さてと」
その後、改めて自分達が置かれている状況を確認した。
辺り一面は分厚い雪に覆われて、生き物の気配がまるで感じられなかった。生き物どころか、植物も見られなかった。
「死ぬ直前に俺とシルヴィも巻き込んで、何処かに転移させたのか」
「何処に転移するのかまでは分かっていなくても、運が良ければ海のド真ん中辺りに転移できるだろうと思ったのでしょう」
まぁ、結果は海ではなく極寒の地に転移してしまったけど、今の俺達の置かれている状況は良くなかった。
こんなに寒いと、暖かい地方出身で寒いのが大の苦手なレイリィは召喚出来ないだろう。
「ここから歩いてレイシン王国に向かわなくてはいけないのか」
「そうだけど、ここからレイシンはもちろん、次の目的であったドルトムン王国までかなりの距離があるわ。春になる前、3月くらいには何とかドルトムン王国に着けると思うけど」
「ちょっと待て。3月くらいには何とかって事は、冬の間はこの寒い地方を旅して回らないといけないのか!?」
「えぇ」
最悪だ。
まだ冬になってもいないのに、こんなにも気温が低くて雪が10メートル以上も高く積もっている所で冬を越すなんて。寒さがピークに達する季節を、大陸でもっとも寒い地方で。
ここまで分かりやすい特徴があれば、俺達が今居る所がどういう所なのかは容易に想像がつく。
「ちなみに、ここが何という国の領地なのか分かるか?」
回りが雪しかない環境で、ここが正確に何処なのかは分からないだろうとは思ったけど、シルヴィはどうやらここが何処なのか分かっているみたいだ。
「私達は最悪な所へと飛ばされたわ」
「ここは、大陸の最北端に位置する独裁国家の一つ、トバリエ王国。つまりここは、独裁国家ばかりが集まる北方よ」
やはりと言うか何と言うか、俺達は独裁国家が非常に多い地方である北方に飛ばされていて、その中でも最北端に位置するトバリエ王国という国に飛ばされてしまったようだ。




