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5 大襲撃

 朝食を済ませて、エルにちゃんとした服を着せた後、俺達は兵士達に見つからないようにしながら王都へと向かった。

 旅をしている間俺は、魔物討伐はもちろん、エルから剣を基礎から教わっていた。今後の事を考えると、きちんと戦い方を教わっておく必要があったから、元騎士のエルに指導してもらった。


「本当に武器はいいのか?」

「はい。これでも魔物相手に素手で身を守る術は身に着けています。人間相手なら尚更です。流石に、魔法使いが相手ではどうしようもありませんけど」

「まぁ良いけど」


 エルが今着ているのは、俺が武器屋のおじさんから貰った茶色い服とズボンであった。整った容姿以外は、完全に何処かの村人という感じであった。似たような服しかなかったので。靴も、普通の皮製のブーツを履かせた。

 だけど、不思議なの事にエルは頑なに武器を持とうとはしなかった。魔物と戦う時を除けば、俺の持っている武器を持とうとはしないのだ。

 理由を聞いても、「今のわたくしはただの奴隷です。奴隷に武器を持たせてはいけません」と答えただけであった。別に奴隷である事を示す術がある訳でもないし、そんな事は気にする事は無いと思うけど、変な所で律儀なエルはそれを最後まで貫く気でいるみたいだ。

 もちろん、何か裏でもあるのではないかと勘繰ってはいるが、今のところはこちらに被害はない。怪しいと思う行動はあるけど。


「もう一度聞くが、転移石は本当に1個だけなのか?」

「はい」


 淡泊に肯定しているエルだが、俺は知っている。実はエル、俺が持っている転移石以外にも持っている事を。

 その訳は、エルを一緒に行動するようになった日の翌日、エルは宝石に似た石を強く地面に叩きつけて、光と共に何処かへ消えていったのを俺は目撃した。

 それから2時間後に、何食わぬ顔で戻って、そして何食わぬ顔でスゥッと布団の中に入って寝たふりをした。いや、10分後には本当に熟睡をしたのだから寝たふりというのは間違いなのかもしれないが。

 エルが勝手に何処かに転移する事は、その日以来無かった。

 だけど、エルが誰かと密かにコンタクトを取っているのは間違いないので、そんなエルの事を信用する事が出来ない。

 しかし、今の所俺に攻撃を仕掛けてくる気配がないのだよな。仮に、あのクズ王とコンタクトを取っていたのしたなら、戻ってきた直後に俺から剣を奪って殺しにかかってくる筈だ。

 だけど、エルは俺に襲い掛かってくる気配が全く無いのだ。それどころか、コイツの本心を炙り出す為に頼んだ剣の指導も快く引き受けてくれて、更に平時は武器を一切握ろうとしないのだ。

 そんな日々を10日も続いた。


(単純に俺の信頼を勝ち取る為とも考えられるが、それにしては10日も耐えられるものだろうか)


 我慢強いというのも考えられるが、それにしてはエルの行動が全然読めない。俺と同行するようになったあの日も、ヘッジストーンという岩が本当にあるのか調べてみたら、フェリスフィア王国からかなり近い所に本当にあった。それでも、歩いて数日は掛かる距離にあった。まぁ、行った事もない所にいきなり行けと言われても、イメージできなければ意味がないがそれでもありがたかった。

 そもそも、あのクズ王とコンタクトを取っていたのなら、わざわざフェリスフィア王国の近くにある一枚岩の事まで教えないし、それ以前にあの時の転移から帰ってくるときにたくさんの兵を引き連れて来るよな。

 王都までわざわざ徒歩で向かって、一体何のつもりのだ。


「それにしても、楠木殿は何故追われる身になっているのですか」

「聞いてどうする」

「いえ、ただの好奇心です。そんなに警戒しないで下さい」

「そうだな、そんなの俺が知りたいくらいだよ」


 好奇心で俺の境遇に興味を持つなんて、この女一体何を企んでいるのだ。先程の疑問に戻るが、一体何故王都に行きたがっているのだ。

 連れて行ってあげるとは言ったが、俺はまだエルの事を完全に信用する事が出来ない。そんなエルに、全てを話して大丈夫なのだろうかという疑心暗鬼があった。


「実は、あの場所でキャンプをする前に兵士の人から聞いたのです。あなたが複数の女性に性的暴行を加えて、罪もない人から金を強奪したと」

「ほぉ」


 もうそんな所まで情報が行き届いていたなんて、この国の兵士達にも転移石を持たせているのか。だとしたら、より一層慎重にフェリスフィア王国へと向かわないといけないな。

 というか、知っていたのなら何故聞いてきた。


「ですが、あの王女の言う事ですので信用なんて出来ません。そもそもあの王女の言う事は全て嘘ですし、嘘しか言わない様な最低な女なのです」

「随分と信用されていないな」

「当然です。何人もの人を、自分が気に入らなかったという理由だけで無実の罪をでっちあげて苦しめた程ですから」

「クズだな」


 俺以外にも被害者がいたなんて、ちょっと驚きだ。うん、ちょっとだけ。だって、あの王女ならやりかねないなと第一印象と偏見で思っていましたから。


「なので、一体どういう訳であの王女に目の敵にされたのか、その理由を聞いたのです」

「そうか」


 だからと言って、それをエルに気軽に話せるほど俺はエルに気を許していない。俺が必要以上に警戒し過ぎといわれればその通りなのだが、それでも俺はエルを完全に信用する事が出来ない。

 確かに、あの王女に対してそんな事を言うくらいだから、少なくともあのクズ王には従ってはいない可能性は高いだろう。


「それに、本当に手配書通りの人物でしたら、わたくしはとっくに襲われている筈です。ですが、この10日間楠木殿がわたくしを襲った事はありませんでしたので、すぐに嘘だと分かりました」

「それは良かったぞ」


 それで疑いが晴れたというのも何だか複雑なんだけど、信用してもらえてよかった。エルの方は、これでもちゃんと俺の事を信用してくれているのだな。俺の方は全く信用できないのだけど。


「それに、わたくしはあの王女が気に入りません。ただワガママというだけでしたら無視すれば良いだけですが、他人に平気で嘘をつきますし、気に入らない相手はとことん追い詰めて陥れますし、相手が絶望する様が好きという最低な女なのです」


 うわぁ、聞いただけでも嫌な気分になりそうだな。


「その上、自分が三大王女の1人に選ばれなかった事が気に入らず、その内の1人がいる国を襲撃し、王位を剥奪させたのです。そして、その空いた席に自分を無理矢理入れるくらいなのです」

「クソだな。……ちょっと待て、三大王女ってなんだ?」


 途中で聞き慣れない言葉を聞いたので、俺はエルに聞いた。この世界では知って当然の事かもしれないけど、生憎違う世界から来た俺が知っている訳がない。


「三大王女とは、この世で最も美しいと言われている3人の王女殿下の事です。その美しさは、この世のものとは思えない程といわれています」


 地球で言う、楊貴妃やクレオパトラの様な存在なのだろう。


「確か、3人ともまだ16歳で、いろんな国の王子や貴族の御曹司から執拗に求婚を申し込まれていますけど、誰も頷いたことが無いのです」


 まぁ、下心丸出しの男となんて結婚なんてしたくないよな。自分の今後の人生が掛かっているのなら尚更だ。3人とも、きっと迷惑しているだろうな。両親である国王と王妃は、娘が全然結婚をしないものだからもっと困っているだろうけど。


「1人は、楠木殿が向かおうとしているフェリスフィア王国の第二王女で、エレナ様といいます。非常に大人しい性格をした、心優しい性格をしたお方です。何でも、自分には他に好きな人がいるから、その人とじゃないと結婚しないと言っていました」


 その内の1人が、亡命先予定のフェリスフィア王国の第二王女だったか。大人しい系の女の子らしいけど、この王女様には既に意中の男性がいるみたいだな。求婚を断っている理由って、彼女の場合は絶対にそれだと思うぞ。


「2人目は、ここより更に東の果てにある極東の島国、ヤマト王国の第一王女、大和(やまと)椿(つばき)様です。美しさだけでなく、剣の腕も天下一といわれていまして、世界最強の武人とも言われています。このお方は、自分より強い男とでないと結婚しないと言っていますので、一番結婚から縁遠い人とも言えます」


 異世界でまさかの和名が出てきた。この国の時代背景から考えるに、そのヤマトという国はおそらく江戸時代辺りの日本に似た国なのだろうな。名前からして、日本かぶれをしているのは間違いないだろうけど。

 それにしても、強さと美しさの両方を兼ね備えているなんて、何処の漫画の世界の強キャラなのかってんだよ。しかも自分より強い相手って、世界最強の武人より強い奴なんているのかよ。ご両親はきっと泣いているだろうな。


「そして3人目が、わたくしがお仕えしていたエルディア王国の第三王女、シルヴィア様です。見目麗しく、絶世の美女とも言われている程のお方です。ですが、美しい容姿とは裏腹にとても気の強い性格をされていて、求婚してきた男性に罵声を浴びせるのも一度や二度ではありませんでした。本当にじゃじゃ馬なお方で、わたくしもかなり手を焼かされました」


 エルが仕えていた国の王女という事は、王位を剥奪されたのはそのシルヴィアという王女なんだな。それにしても、求婚を求めてきた男に罵声を浴びせて突き放すなんて、下手をしたら国際問題に発展しそうだな。王様と王妃様も、ずっと冷や冷やしていただろうな。

 というか、エレナ様以外の2人は、容姿は美しくても性格に難がありそうだな。


「確かに、まだ成人して1年しか経っていませんが、いい加減婚約者を決めてもらわないと国王陛下と妃殿下が悲しまれるというのに、シルヴィア様は頑なに求婚を受け入れようとはしませんでした。酷い場合は、次顔を見せたら斬り殺すと言って剣を向けて脅してきたくらいでした」


 気が強いどころか、かなり激しい気性の持ち主みたいだな。一体シルヴィア様は、何故そこまでして求婚を拒むのだろうか。剣を向けてまで、その相手の何が気に入らないというのだろうか。

 更に聞くと、もっと酷い場合はその相手を切り殺そうとしてきたくらいであった。その時はエルが何とか止めたが、流石に国際問題に発展したらしく、地下牢での1ヶ月の謹慎処分が下ったくらいであった。王女様なのに地下牢に入れられるなんて、かなりの問題児なのだろうな。

 シルヴィア様の世話をした事があるのか、エルには心当たりがあるみたいだけど、それ以上は語ろうとはしなかった。


「本当に手を焼かされましたが、正義感は人一倍強く、自分が一度信頼した相手は決して裏切らないような人でした。なので、心の底から尊敬に値するお方だとわたくしは思いました」


 そういう所は、俺も素直に好感が持てると思った。


「わたくしの力が及ばなかったばかりに、シルヴィア様が……」


 懐かしそうにシルヴィア様の事を話した後、悔しさを滲ませながらエルは血が出る程強く拳を握りしめ、歯を強く噛み締めた。そのシルヴィア様を守り切れなかった事が、エルの最大の後悔なのだろうな。

 だが、お陰でエルがあのクズ王と密かにコンタクトを取っていたという可能性は消えた。自分の国を滅ぼし、更には自分が忠誠を誓っていた王女を手にかけた相手なんかに忠誠を尽くす筈がない。

 それにしても、そんな王と王女が統治して、よくもまぁこの国は今まで存続できたな。そんな奴等は、普通は廃嫡されてもおかしくないのだけど。

 そんな疑問をぶつけると、エルが淡々と答えてくれた。


「理由は分かりませんが、どんな相手もあの王と王女が一言命令を下すとまるで掌を返したかのように言いなりになり、王に絶対忠誠を誓うと言われているのです」

「はぁ、何で?」

「分かりません。ですが、中には従わない人もいましたが、そういう人は大抵殺されています。例外はいますが」

「ふぅん」


 という事は、自国を滅ぼした王に付かないだろうという考えを改めないといけない。それに、その例外というのが気になるけど、今はそんな事を聞いている場合ではなさそうだ。


「あれって何だと思うか?」

「王に絶対服従を誓っているこの国で内戦が起こるとは考えられません。おそらく」


 目の前のそれが見えた瞬間、俺とエルの表情は険しくなった。森を抜けた瞬間、自分の手配書を確認した最初の村が見え、その村から黒煙が上がっているのが確認できた。それも、一ヶ所ではなかった。


「あれが」

「はい、魔人が怪物の大群を引き連れて村や町を襲撃する、『大襲撃』だと思います。わたくしも戦った事がありますが、町一つなんて簡単に壊滅させてしまう程のすごい数の怪物を、たった1人の魔人が従えて攻め込んでくるのです」

「あれが……」


 この世界が直面している危機であり、俺達が解決すべき問題。


 大襲撃。



「僭越ながらわたくしは、急いで王都に向かうべきだと思います。魔人軍の対応に追われているという事は、王都は今手薄状態になっている筈です。入るのでしたら今です」


 一刻も早く王都に入りたいエルとしては、魔人軍の襲撃なんて放って置いて先に進みたいのかもしれない。エルにしてみれば、自分の国を滅ぼした国の危機なんてどうでも良いのだろう。

 それにしても、一体何故そこまで王都にこだわるのだろうか。転移石を使えば一瞬なのに、それを使わないなんて。もしかしたら、行ったことがないからイメージが出来ないのかもしれないな。

 そんな疑問はあるが、今はそんな事を考えている場合ではない。気に入らない国で起こっている事とはいえ、目の前で危機に瀕している人達を放って先へ進む事なんて俺には出来なかった。


「悪いが、俺もあの戦いに参加しないといけない」

「何故です?」

「それが、俺がこの世界に召喚された理由だからだ」


 俺はゆっくりファインザーを抜き放ち、右の手の甲にフェニックスの紋様を浮かび上がらせた。


「その紋様、まさか楠木殿が聖剣士様!?」

「そうらしい。でも、この国ではフェニックスは忌み嫌われているから、俺は冤罪を掛けられて今の状況になっているんだ」

「そういう事でしたか。……っ!?そうでしたか、貴方が」


 何か納得した様にエルは、小声で何かと呟きながらコクコクと頷いていた。


「何だ」

「何でもありません。楠木殿が戦うというのでしたら、わたくしも共に戦います。命を助けていただいた恩人を残して、1人だけ逃げるなんて騎士の名折れです」

「そうか。なら、背中に背負ってある剣を使え。流石に素手で魔人軍を相手にするのはキツイだろ」

「ありがとうございます」


 エルは、俺の背中から剣を抜いて俺の後に続いた。


「楠木殿の実力でしたら問題ないかもしれませんが、後れを取らないでください」

「分かっている。先生は厳しいな」


 そんな他愛もない話をしながら俺達は、今戦場となっている村の中へと入っていった。村の中は、逃げ惑う住民達と、小型の恐竜に似た怪物が応戦する兵士達を次々に食い千切っていく光景が目に入った。小型といっても、大きさは成人男性くらいあった。


「酷いな」

「ヴェロサは先兵にすぎません。後方にはもっと大きく手強いか物がいます。指示を出している魔人は、一番後ろにいます」

「分かった」


 とにかく俺は、住民を襲っているヴェロサを中心にファインザーで切っていった。エルは兵士に襲い掛かっているヴェロサを集中的に倒していった。

 元騎士というだけだって、怪物相手に臆することなく果敢に攻撃を仕掛けていった。しかも、剣の腕もかなりのもので、剣道部時代に培ってきた技術と技が全然通用しせず、俺はただ一方的にやられるだけであった。

 だが、お陰で初めて目にする魔人共が率いる怪物たち相手に全く攻撃を受ける事無く倒す事が出来た。何にせよ、あんな激痛を味わうのはもう御免だから習っておいて正解であった。


「いくら死ななくても、痛みを受けては意味がないからな」


 聖剣士としての恩恵はあっても、身体能力はそのままなのだから恩恵に頼りきりになってはいけない。その結果、俺は何百、何千と死と同等の苦痛を味わう羽目になる。それでは誰も守ることは出来ないし、何より自分自身を守る事が出来ない。

 その為にも、俺自身がレベルアップしていかないといけない。体力と身体能力はそのままだから、旅をしていく中で少しずつ上げていけばいい。恩恵に頼ってばかりはいられない。


「へぇ、意外ですね。楠木殿って、戦いになると勇ましい武人に変貌するのですね。少し見直しました」

「そういう風に言われるのは初めてだよ」


 集中しなければならない所で集中できないと、やられるのは自分。剣道だって、一瞬の気の緩みが敗北に繋がる。集中力を切らしたらその時点で負けが確定してしまう。

 その為、日頃から体力づくりに勤しんでいるが、実戦となるとそんな物では到底追いつかなくなってしまう。今以上に体力をつけて、今まで以上に集中しないとまたあの苦痛を味わう羽目になる。

 ただ、何もない時に集中するのはしんどいから無気力な状態になっているが。


「それにしても、切っても切ってもうじゃうじゃと湧いて出て来るな」

「先に言ったではありませんか。町一つを壊滅させられるほどのすごい大群で攻め込んで来るって」

「それにしては多すぎだろ」


 ヴェロサだけでも厄介なのに、他にもサーベルタイガーに似た怪物やヤマアラシに似た怪物なども出てきて、俺とエルはあっという間に囲まれてしまい徐々に劣勢に追い込まれていた。俺とエルは、背中合わせになって襲撃に備えた。


「これ、全滅させられるのか」

「全滅させる必要はありません。最後尾にいる魔人を倒せば、怪物どもは影の中に引き込まれて姿を消します。おそらく、魔人共を操っているボスの所に戻されるのだと思います」

「それを先に言え」


 それならわざわざこんな所で時間を潰すよりも、さっさと前に進んでしまった方が効率的じゃないのか。

 と思ったけど、これだけの数を相手にしていては前に進みたくても進む事が出来ない。どの道、コイツ等を倒さないという選択肢は存在しないのだ。


「楠木殿、魔法は習いましたか?」

「この世界に来て一月も経っていない上に、追われる身になっていてそんな暇があるか」

「それでしたら、わたくしがレクチャーいたします。一度しか言いませんので、よく聞いてください」


 俺は怪物たちの攻撃に備えつつ、エルの言葉に耳を傾けた。


「魔法を使うのに一番大事なのは、魔力の制御とイメージです。魔力は誰の中にも等しく存在していて、日々の鍛錬によって制御できる魔力の量も増えていくのです。その方法はさまざまで、地道に魔力を高める方法もあれば、体力と筋力をつけて増やしていく方法もあります」


 つまり、エルとの訓練でも俺の中にある魔力を高める事が出来たのだな。


「次にイメージです。例えば火を出すのでしたら、どうやったら火は激しく燃えるのか、そもそも火はどうやったら燃えるのかなど、イメージの仕方は様々です。その中で、どういう魔法を使うのかを正確に頭の中で形成していくのです。形、威力、規模を正確にイメージしないと、魔法は暴発してしまいますのでそこはしっかり集中してください」


 魔法っていろいろと複雑なのだな。頭の中で正確にイメージして、更には形や威力や規模までも、細かくイメージしていかないといけないのだから。


「最後に、その魔法をイメージしたら全神経を集中させて」


 次にエルは左手を天にかざし、掌から大きな火の玉を形成させていった。


「そして、放つ」


 次の瞬間、エルの掌の上にあった巨大な火の玉は勢いよく上空へと放たれて、100メートル程の高さに到達した所で弾け、ソフトボールサイズになった火の玉が隕石の様に落下していき、周りを取り囲んでいた怪物たちを蹴散らしていった。


「要約すると、頭の中でイメージを固めて、具体的に形を形成する事です」

「理屈は何となく分かったが、すぐにやれって言われても出来ないと思う」

「それは仕方がありません。徐々に身に着けていけばいいのですから。今回はわたくしが魔法で援護いたしますので」

「それは助かる」


 エルが魔法で支援してくれたお陰で、俺は怪物の大群をかき分けて前に進む事が出来た。

 だけど、ここで一つ困った事に遭遇した。


「クソ。アイツ等も来てたんか」


 後方に近づけば近づくほど、大きくて手強い怪物が出てきたのだが、それ自体はエルの協力もあって難なく突破する事が出来た。

 だが、それは同時に他の聖剣士、つまり石澤と上代、犬坂と秋野の4人と出くわす事を意味していた。事実、あの4人は今指示を出している魔人の護衛をしているティラノサウルスに似た怪物と戦っていて、俺の存在に気付いていない。まぁ、出くわすと言っても、目に見える範囲にいるというだけで、距離はかなり離れている。


「他の聖剣士様は、もうすでに魔人の所に到達しているみたいですね」

「ま、遅れてきた俺が、アイツ等に追いつける訳がないもんな」


 それに4人とも、何だか高そうな服と鎧を身に着けていた。これも恩恵なのか、こんなに離れていても4人がどんな格好をしているのかがよく見えた。

 石澤は、黒色の服と鎧を身に着けていて、更に黒色のマントまで身に着けていた。何か、聖剣士というよりも悪の親玉という感じであった。「コー」と呼吸音がするマスクを被せたら、更にそれっぽくなるかも。

 上代は、緑色の服を着ていて、首には白色のスカーフの様な物が巻かれていた。鎧は、胸と腰を覆うだけの銀色の軽装を身に着けていた。

 犬坂は、黄色と白のツートンの服を着ていて、ブーツと手袋を身に着けていた。そして何故か、走るのには不向きなスカートを穿いていた。

 最後に秋野は、紫色の服の上に鎧をびっしりと身に着けるといったかなりの重装備で、更に左手には大きな盾が握られていた。まさに、防御主体と言った感じであった。

 そんな4人がそれぞれ攻撃を加えた事で、護衛をしているティラノサウルスに似た怪物は呆気なく倒され、後ろに控えていた魔人は石澤の放った火球によってアッサリと倒された。せめてどんな姿をしているのかくらいは知っておきたかったが、こんな状況では指揮を執っていた魔人の姿を確認する事が出来なかった。

 だけど、お陰で怪物たちはまるで吸い寄せられるかの如く影の中に引き込まれていった。おそらくこれで、ひとまず解決したのだろう。


「本当に残った怪物共も消えていったな」

「はい。理由は定かではありませんが、怪物たちを全滅されては困る理由が敵側にあるのでしょう」


 だとしたら尚更、こんな大襲撃を行う理由が分からない。一体何の目的をもって、魔人共はこんな襲撃を繰り返すのだろうか。

 何処か腑に落ちないと言った感じでエルは、俺に剣を返してくれた。


「どうした?」

「いえ、何だか簡単すぎる気がしたのです」

「簡単すぎる?」

「はい。以前経験した大襲来はこんな物ではなかったですし、いくら聖剣士様の力があっても、あんな村なんてものの30分で壊滅できるほどに」

「マジかよ」


 あれで簡単すぎるって事は、前にエルディア王国で経験した大襲撃はこれよりも更に激しかったというのだな。

 だとしたら益々分からなくなってきた。魔人共の狙いも、何故大国のキリュシュラインには手を抜いて、と言ったら悪いかもしれないが、他の国には本気で攻め滅ぼす勢いで攻め込んでくるのだ。あのクズ王は、かなり深刻そうに話していたけど、エルの話を聞く限りではそこまで深刻になる事は無いと思う。

 魔人共と、キリュシュライン王国の数々の嘘、そして、俺達が召喚された訳、この世界で一体何が起きているというのだ。

 訳が分からないまま俺とエルは、4人に見つからないように村へと戻っていった。




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