49 最大規模の大襲撃
先王一家と食事を行った翌日、王都中が大パニックとなった。
この国で再び大襲撃が起こり、しかも過去最大規模の数で押し寄せてくると分かると、住民が皆我先にと言わんばかりに王都から避難しようとしていた。
シンはダメ元で兵を募ったが、皆一回目の大襲撃で恐怖を抱いてしまったせいか誰も志願しなかった。その上、先王に対する不信感もかなり強くなり、誰も王族と共に戦おうという意思を見せなかった。
結局レイシンは、志願兵がたった36人しかいない中太刀打ちしなくてはいけなくなってしまった。
が、その36人も恐怖のあまり誰も戦おうとはしなかった。最大規模の怪物軍を相手にするのだから、おそれを抱くのも無理もないし、100パーセント全滅コースである。
シルヴィもレイリィを召喚して、何とか上代と秋野、桜様とアレンの4人を連れて来ることが出来た。召喚させたときのレイリィは、かなり寒そうに身体を丸めて震えていた。転移能力は何とか使うことは出来たが、4人を連れてきた後は寒さに耐えかねて自らの意思で帰って行った。10月末の気温であんなに寒そうにしていたから、11月以降は完全に役立たずになるな。ヤマトからイルミドに転移できたのは、転移先が年中常夏のイルミドだったからなのだろう。
やはり冬に大襲撃が起こると、その国の兵力だけで対応しなくてはいけなくなってしまう。今はまだ秋だけど、それでも殆ど冬と変わらないくらいに肌寒かった。日本の10月はまだ暑いのに。
夕方ごろには王都に住んでいた人達は全員避難できたけど、こんな少ない人員で過去最大規模の大襲撃に備えなくてはいけないという不安はかなり大きい。
最後に、今回の最大規模の大襲撃にキリュシュラインが協力をしようといってきたのだが、シンは俺がいるから必要ないと言ってその申し出を断った。その後あの国が何を言っているのか分からないが、石澤や犬坂の助けなんて借りたくなかっただろう。特に石澤と協力なんて死んでも嫌だろうな。
不安を抱えたまま俺達は、戦いの前に聖なる泉に行って水浴びをしていた。不思議な事に、外の気温が寒くなっているのに聖なる泉はとても暖かく、温泉に浸かっているような気分になった。湯気は全く上がっていないのに、不思議だ。
「大事な戦いの前なのに、呑気に水浴びをしてていいのかしら?」
「この世界のしきたりなんだから、仕方ないだろ」
初めて聖なる泉での水浴びを行う上代と、2度目の秋野は、肩が浸かるぐらいの深い所で少し戸惑った感じで何となく立っていた。
ちなみに2人の水着は、上代は膝上丈の青色の水着を、秋野は藤色のワンピースを着ていた。
「それにしても、この国の兵力って最悪ね。いくら7ヶ月前の大襲撃で大損害を受けたからと言って、たったの36人なんてあり得ないでしょ」
秋野の言いたい事は御尤もだ。前回100万もの兵を引き連れて、生き残ったのは100人にも満たなかったから、彼等が大襲撃に対して恐怖を抱くのも分からなくもない。
それにしても、国の危機に誰も立ち向かおうとしないなんて信じられないという秋野の気持ちも分かる。
「本来なら、100万人も投入して97人だけが生き残って残りが戦死し、しかも大敗を喫するなんてあり得ないなのだか、その頃からもう魔人は聖剣士でないと倒せなくなってしまったのだな。生き残った兵士のうち約6割も逃げるのも仕方なしだ」
「ファルビエでも大襲撃が起こったけど、自分達が今まで経験した大襲撃が生易しく感じてしまうくらいに苦しかった。第一、魔人があんなに強かったなんて思わなかった」
無理もない。キリュシュラインで起こる大襲撃は、お前達を調子付ける為にわざと弱くさせているのだし、指揮を執っている魔人が弱い訳がないし、一撃与えて倒れる程軟な訳がない。
ファルビエ王国が大襲撃を受けていた事は知っていたが、マリアと椿に止められたので応援に駆け付ける事が出来なかった。2人が言うには、秋野にも本当の大襲撃を経験させるべきだという事だ。
それに、ファルビエにはアレンがいる為あまり心配していなかったようだった。幸いなのが、ファルビエで起こった大襲撃はあまり規模が大きいものではなく、同盟国に協力を仰ぐほどではなかったという事だ。この時に秋野は初めて、聖なる泉での水浴びを行った。
「俺だって、エララメの町とイルミドの2回しか経験したことが無いから何とも言えないがな」
正しくは3回なのだが、キリュシュラインのあの生温い大襲撃は除外だ。あと、イルミドの大襲撃ではリバイアサンの相手をしていたからカウントに入れても良いのかも疑問だ。
「そんな事よりも、今回の大襲撃にどう対応するのかを考えた方が良いだろう」
「そうね。まさかレイリィが寒くなると役に立たなくなるなんて」
「今更言っても仕方がないだろ。それに、転移が可能な魔物がレイリィしかいなかったのだから他に手段がなかったんだ」
転移石は数が極端に少ない上に、1個につき1人しか転移できない。王族でも滅多に手に入れられない転移石が、何千人分も用意出来る訳がなかった。しかも、一度使うともうその転移石は使えない一回ぽっきりの石だ。単純計算で、送り込む人員の倍も必要になる。そんな数の転移石を用意できる訳がない。
ならばもうレイリィに頼るしかないだろ。確かに、寒い時期には役に立たないかもしれないが、レイリィのお陰でたくさんの兵を一度に転移させる事が出来たのだからかなり役に立っている。
(電話やスマホのありがたみを痛感するぜ)
「真向から戦っても勝ち目なんて無いから、最初は罠を仕掛けて身動きを取れなくさせるか、遠距離から攻撃を行った方が良いだろう。いずれにせよ、町への被害は避けられない」
「そうね。それが良い」
「一応、宮脇が作った爆薬と魔法を使おうと思う」
罠は前日にシルヴィと宮脇と協力して作って置いたし、更に爆薬と魔法を使って敵を混乱させようと考えている。古典的で誰もが思いつくような戦略だが、こちらにはシンという強力な助っ人がいる為問題ない。
「それはそうとあの国王と王女、よくも魔法なんて存在しないなんて嘘を付いたわね」
「俺も実際に見るまでは信じられなかった」
それもおそらく、石澤達が特別な存在なのだと思い込ませる為についた嘘なのだろう。そんな嘘を付いても、一歩他所の国へと出ればすぐにバレるのに。
「そんな国王と王女の言う事を、何の疑いもなく信じる石澤も大概だわ。しかも、冷静に考えれば既婚の女性や婚約者がいる女性を奪って婚約だなんてどうかしている」
「そうだな。しかも、石澤の奴この国の新国王の婚約者まで奪うなんて一体何を考えているんだ」
「石澤がそこまで腐った人間だったなんて思わなかった。私も含めて、あの学校の女子達は男を見る目が無さすぎるわ」
「確かに、秋野も石澤の言う事を何の疑問を抱かずに信じ切ってたからな」
上代に指摘されて、秋野は気まずそうに視線を明後日の方向へと向けた。
「仕方ないさ。印象操作は、石澤の得意分野だからな」
そのせいで俺は5年間、毎日地獄のような日々を送る羽目になったのだから。しかも、女子の前ではやたらと甘いマスクを被って接している為、梶原の様な被害者でもない限り女子は誰も気付かない。気付いたとしても、女性側が石澤に恐怖を抱いている為誰も逆らおうとはしない。
キリュシュラインの後ろ盾があるだけでも面倒なのに、そんなゲスな男の正規のパートナーが世界中で指名手配されている最悪な殺し屋の女だから、益々手に負えない。まだパートナーの契約を行っていないのが、唯一の救いと言えるだろう。
「それにしても犬坂さんも、自分の正規のパートナー突っぱねてまで石澤の所に就きたがるなんて」
「俺も正直言って、犬坂があそこまでの石澤信者だったなんて知らなかった」
「俺も、ダンテに教えられるまで気付く事が出来なかった」
放って置いても、ゾフィル王国であんな酷い戦い方をすれば誰でも気付くと思うが、逆に言えばあれを見なければ誰も見破る事が出来なかったという事になる。犬坂もアホそうに見えて、大女優顔負けの演技力を持っていた。
「まったく、夢でもあんな風に自分のパートナーを拒絶したのかしら」
「それは分からない」
そもそも、聖剣士とパートナーが互いに別々で行動する事自体が考えられなかった。通常なら、磁石みたいに互いに惹かれ合うものなのだが、石澤と犬坂にはそれが見られなかった。
もし夢で出会っていたのなら、絶対に正規のパートナーの顔を忘れる筈が無いのだが、呪いを使ってのべつ幕無しにパートナーを作ったせいで記憶が薄れていったのだろうか。
しかしそれにも抜け道があって、秋野みたいに呪いで契約したパートナーと縁を切って、パートナーが再びいない状態でアレンに触れた途端に思い出すというパターンもある。
いずれにせよ、犬坂とダンテが互いを拒絶する理由が分からない。
そんな話を秋野としていると、近くにいた上代がポカンとした表情を浮かべて俺達を見ていた。
「どうした?」
「いや、お前等が言っている事が俺にはサッパリ理解できなかったんだが」
「どういう事だ?」
「楠木と秋野は、夢の中で自分のパートナーと出会う夢を見たと言うけど、俺は桜と出会う夢を見た事は一度もないぞ」
上代からの衝撃発言を聞いて、俺と秋野は互いの顔を見合わせてからゆっくりと上代の方を向いた。
「マジ?」
「そう言えば言ってたな。上代は夢で桜様と会った事が無いって」
「ああ」
ハッキリと答える上代。
やはり分からない。
聖剣士とパートナーは、出会う前にお互いに夢の中で出会って仲を深める筈だ。少なくても、俺はそういう風に聞いているし、出会ったばかりのシルヴィとの仲が深まったのもそのお陰だ。
「一体何が違うんだ?俺もこの世界に来る前も、来た後も何度かシルヴィと会う夢を見たし……」
「私も、アレンと契約した事でハッキリと思い出した。この世界に召喚される前、夢でアレンと会っていた」
秋野もこう言っているし、俺だけが夢で会っていたなんて事は無い。
なのに上代は、桜様と出会う夢を見ていなかったと言うのか。
「でも俺は、そういう夢を見たことが無いし、桜も見たことがないと思う。あの子の性格からしたら、契約した直後に話題に出すだろうから」
言われてみればそうだ。
桜様は、良くも悪くも無邪気な性格をしているから、上代の正規のパートナーと知った途端に身体全体で喜びを表現すると思う。
しかし、上代と契約を交わした時の桜様はとても落ち着いていたし、上代がパートナーであった事に安堵した様子もうかがえた。いくらニーズヘッグが目の前にいたとしても。
やはり桜様も、上代と出会う夢を見ていなかったのだろうか?
戸惑っている俺と秋野を見て、上代はある仮説を立てた。
「おそらく俺は、本来召喚される予定ではなかった聖剣士だったのだろう」
「何言っているの?」
「何日か前に幸太郎様から聞いたんだが、聖剣士が5人いっぺんに召喚される事は本来無いんだって。2000年以上前に一度だけ5人全員が召喚された事があるらしいが、それ以降もそれ以前も聖剣士が5人召喚される事は無かったらしい。多くても3人までだそうだ」
「まさか……」
秋野は知らなかったみたいで、少し信じられなそうにしていた。
そう言えば、マリアも以前そんな事を言っていた気がする。通常は、5人の中から1人が選ばれて召喚される事が多いって。たまに2人、多くても3人までと言うが、おそらくそれも数えられるくらいの回数しかなかったのだろう。
「今回だって、夢でパートナーと会っていたのは楠木と秋野の2人だけで。会っていないのは、俺とおそらく犬坂、あと石澤も見ていないと思う。そうじゃないと、1000人以上という馬鹿げた人数の婚約者を作らないぞ」
「「ああぁ……」」
言われて納得してしまった。
犬坂は、ダンテと契約してすぐに別々に行動をしてしまった。
石澤は実際どうなのかは分からないが、上代の言う様にシャギナと出会う夢を見ていないだろう。
そして上代も、桜様と出会う夢を見ていなかった。桜様が人懐っこい性格をしていたお陰で、いつも一緒にいるが。
そんな3人の共通点は、いずれもパートナーと出会う夢を見ていないという事になる。ここまで聞くと流石に何を意味しているのかを知る事が出来る。
「つまり、パートナーと出会う夢を見ていない上代と犬坂と石澤は、本来召喚されるべき聖剣士ではなかったという事か」
「そういう事だ。で、パートナーと出会う夢を見た楠木と秋野だけが本来召喚されるべき聖剣士だったという事だ」
言われてみて納得した。
今回5人全員が召喚されたのは、キリュシュラインのあの暴君が欲張った結果起こった事であって、本当だったら俺と秋野の2人だけが召喚される予定だったのか。
「もし夢で会っていたのなら、2人みたいに互いに強く惹かれ合うものだから、喧嘩する事はあるかもしれないが険悪になって仲違いする事はまず考えられない。ま、俺の場合はパートナーが人懐っこい桜だったから仲違いせずに済んでいるけど、そうじゃなかったら俺も今頃犬坂みたいに自分の正規パートナーと険悪になっているだろうな」
「確かに、それではマズいわね」
「聖剣士とパートナーは2人で一つだから、常に一緒にいるものだ」
夢で出会わせるのは、犬坂とダンテみたいに険悪な関係になって仲違いさせるのを防ぐ為でもあるのかもしれない。そうしないと聖剣士は、与えられた恩恵の真の力を引き出す事が出来ず、途中で命を落とす事も考えられる。いくら恩恵があっても最初から強い訳がなく、下手をしたら召喚されて一週間もしないうちに死んでしまう事も考えられる。
恩恵の真の力も、ただパートナーが一緒にいるだけでは駄目だ。そのパートナーと強い絆で結ばれていないと意味がない。更に、聖剣士のパートナーは必ず異性が選ばれる為、ほぼ100パーセント聖剣士とパートナーは恋仲になる。
そのくらい強い絆がないと、恩恵はその力を発揮する事が出来ない。だから仲違いを避ける為に、召喚される前に夢で出会わせてお互いをよく理解させておく必要があるのだ。
「でも何で、夢で会わせる必要があるのよ。お互いが惹かれ合うのなら、わざわざ夢で会わせなくても自然に会うのに」
秋野の疑問も何となく分かる。
こう言うのって決まって、出会ったは良いがその相手と何度も衝突しつつ絆を深めていくものなのだが、夢で会わせてはそれをすっ飛ばす事になる。夢で相手の事を理解して、現実であっても初めて会った気にならないから衝突することが無い。喧嘩はあるかもしれないが。
星獣は何故、そこまでさせないといけないのだろうか?
そして、そうしなくてはいけない理由があるのだろうか?
「それは2000年より遥か昔に召喚された聖剣士が、頑なにパートナーの存在を認めようとしなかったからなのよ」
そんな俺達疑問に、椿とマリアの所にいたシルヴィが近づいて答えてくれた。というか聞こえていたのか。
「丁度私達が近づこうとした時に、何故夢で会う必要があるのかという疑問が聞こえていたからね」
「さいで」
その証拠に、すぐ近くまで来ていた椿とマリアが笑みながら肩をすくめていた。
「普通に考えて、会った事もない異性といきなり仲良くなって世界の命運をかけて戦うなんて、御伽話でもないから普通は出来る訳がない。2500年前までは夢で出会うなんてことが無かったから、魔法も存在しない世界から召喚された聖剣士はそれを認めようとせず、パートナー側もそんな聖剣士の態度に嫌悪感を抱き、最悪な場合は目の前でどちらかが死にかけても見て見ぬふりをするとい奴がいたみたいなのよ」
「マジかよ」
実際にそういう問題があったから、聖獣は召喚される前に自分のパートナーとなる異性を夢で会わせるという対応を取ったのか。そこまでさせなくてはいけないくらいに、当時は聖剣士とパートナーの仲は最悪だったのか。
今でこそ、聖剣士とパートナーは互いに強く惹かれ合う関係にあるが、2500年前まではそうではなかったらしい。
それに、召喚に関わった国もその聖剣士のパートナーが誰なのかも分かる訳もなく、国王が見繕った相手と組ませるのが普通だろう。
当然ながら、それだと恩恵は何時まで経っても真の力を発揮する事が出来ず、世界を救う事が出来なくなってしまう。
「まぁ、普通はそうだよね」
「だけど、それでは世界を救う事が出来ない。石澤やかつての俺達みたいに、呪いで無理矢理パートナーを作っても恩恵の真価は発揮されないもんな」
「随分と意固地な聖剣士ばかりだったんだな」
でも、その当時の聖剣士の気持ちも分からなくもない。
召喚された聖剣士の殆どが地球から来るだろうから、いきなり訳の分からない世界に飛ばされてしまい、その上突然この人がパートナーですよと言われてもピンと来る訳もなく、向こうの勝手な都合で自分と相手の意思を無視して無理矢理くっ付けようとするのだ。お互いに嫌だと思うのも分からなくもない。
例えが悪いかもしれないが、親が子供の意思を無視して勝手に結婚相手を決めて結婚させるのと同じ為、一緒に戦いたいと思う訳が無い。それでも上手くやっていけるのは、ラブコメの世界だけだ。
この世界の上流階級では一般的でも、今の地球では政略結婚は認められておらず、無理矢理決められたパートナーと一緒に組もうとは思わなかったのだろう。
(100年くらい前だったらまだしも、今では反対意見が圧倒的に多い。一般人なら尚更だ)
だからなのかは知らないけど、当時の聖剣士達は頑なに指定されたパートナーと組もうとしなかったのだろう。
「まぁ、それでも何とかなったみたいだけど、2500年前に召喚された聖剣士とパートナーの関係は過去最悪で、互いにいがみ合い、争い合い、世界の危機なんてそっちのけにして聖剣士が集めた軍隊と、パートナーが集めた軍隊で戦争が起こってしまったの。その間に世界を危機に陥れた災厄はどんどん勢力を拡大していき、疲弊しきった聖剣士とパートナーではもう手に負えなくなってしまった。その結果、この世界が一度滅んでしまった事があるの」
「最悪だな」
その当時の災厄については何も記されておらず、災厄の正体が何だったのかについては現在も分からないそうだ。シルヴィの推測では、当時はその災厄よりも聖剣士軍とパートナー軍の争いの方が深刻だったのではないかという。
当時のこの世界は暗黒期と呼ばれていたらしく、世界の危機もそっちのけにして互いに殺し合い、戦争を起こしたとして、召喚された聖剣士とそのパートナーは生き残った人達から酷い仕打ちを受けた後に処刑されたそうだ。
想像でしかないけど、おそらく両者とも死ぬ直前になってようやく自分達の行いを後悔したと思う。
それから200年後に新たな聖剣士が召喚されて、パートナーと共に戦い、一度世界を滅ぼした災厄を討ち滅ぼしたそうだ。この頃から星獣は、召喚される前の聖剣士とパートナーを夢で出会わせるという処置を取ったそうだ。
「何と言うか、当時の聖剣士達も相当な馬鹿ばかりだったわね」
「気持ちは分からなくもないが、それでも世界の危機には代えられない筈なのに、滅びてからようやく己の過ちに気付くなんて」
「まるで、この国の先王とゾフィルの愚王と同じだな」
もしかしたらこの2人、その一度世界を滅ぼしてしまった聖剣士かパートナーの末裔だったのではないのだろうか?
もしかして、レイシン王国が長年抱えていた恨みというのは、当時の聖剣士がパートナーに向けていた物なのだろうか?その逆でも同じ事だし、もしそうなら本当に執念深いぞ。
まぁ、2500年も前の事だから真相は分からないけど。
「逆に言えば、そのくらいしないと俺達はなかなか手を組まないと思ったのだろう。いや、実際にそういう事が起こったんだからそう思っているに違いない」
「そうね。私も正直言って、夢でアレンと会わなかったら今でも会う事は無かったと思う。会ったとしても、いきなりこの人と手を組めと言われても困ると思う」
上代と秋野の言う通り。
漫画やラノベだったら、この人がパートナーですよと言われたら嫌でも何とか一緒に戦おうとするが、現実は命令されて一緒に戦えと言われても出来る訳がない。特に、平和な世界から来た地球人なら尚更だ。そもそも、聖剣士として戦わなくてはいけないという現実から逃げると思う。
今回俺達が戦いに身を投じる事が出来たのは、ハッキリ言って運が良かっただけだ。もちろん、二度と帰れないから仕方ないという諦めに似た感情もなくはないと思う。
石澤の場合は、女子に良い格好を見せてハーレムを築きたいという不純な動機で戦っているがな。犬坂にしても、崇拝する石澤の役に立ちたいという一心で戦っているだろう。
普通なら誰も望んで戦おうなんて思わない。実際に戦って死ぬかもしれないとなると、そこから逃げ出して何とか元の世界に帰ろうと考えるものだ。
「今更考えても仕方がないと思ったからな。それに、石澤なんかに任せてもいけなかったからな。そこに今度は犬坂の暴走まで加わっているから、あんな聖剣士じゃいずれこの世界は滅びるからな」
石澤や犬坂の様な奴には任せられないと思ったから、上代は仕方なくその運命を受け入れただけだと語った。分からなくもない。
「私は当初はそんなに乗り気ではなかった。与えられた恩恵が防御関係だから、守ってさえいれば良いと思っていた。でも、アレンと出会う事が出来て、アレンと関係を深めれば深める程私もこの世界の為に戦いたいと思えるようになった」
まぁ、剣でありながら防御メインの亀の聖剣では攻撃に転じようなんて思えないし、そもそも秋野も本当は聖剣士なんて役職を押し付けられて迷惑だっていたみたいだ。
だけど、パートナーであるアレンと出会って絆を深めていく事でそういう気持ちはなりを潜め、自分も戦っていこうという意思を固める事が出来たみたいだ。
俺と同じだ。だって、夢で会っていた相手に現実でも会えるなんて思ってもいなかったもんな。柄にもなく、運命を感じてしまった。
「俺もだよ。シルヴィと無事に会う事が出来たから、俺も戦う事が出来たと思うし、自分の意志でこの世界の為に戦おうと思えるようになった」
「そうね。私もアレンとなら一緒に戦えると思ったし、大切だと思えるようになった」
「まぁ、最終的に戦うかどうかは本人の意思に委ねられるが、大切な人が戦おうとしているのに自分が逃げる訳にはいかないからな」
そう言って俺と秋野と上代は、それぞれ自分達のパートナーの所へと泳いでいった。俺は既に目の前にいる為、シルヴィの肩を持ってゆっくり引き寄せた。
「シルヴィがいてくれたから、俺はこの世界の為に戦おうと思えるようになれたんだ」
「私も、夢で竜次に会えて本当に良かったって思う」
互いの存在の大切さを認識し、俺はシルヴィの背中に腕を回して抱き締めた。シルヴィも、俺の首に腕を回して抱き着いてきた。それと同時に、俺達の紋様が浮かび上がり強い輝きを発した。
同じ事が、秋野とアレン、上代と桜様にも起こった。
石澤と犬坂にも、この気持ちを分かってもらいたいものだ。あの2人も、ちゃんと自分の正規のパートナーと向き合えるようにしてもらいたい。例え生まれる前から決められた関係でも。
その後、水浴びを終えた俺達は戦装束に着替えて、武器と鎧を装備した。
準備を終えたらすぐに、怪物軍の進行方向上にある草原を見渡せる崖の上へと移動した。程なくして、物凄い数の怪物軍が土煙を上げて王都に向けて進軍しているのが見えた。
「ここから見ても分かるくらいすごい数だな」
「こんな数の怪物軍は見た事が無いわ」
シルヴィの言う通り、草原全体どころかその後方の森が怪物どもで真っ黒に染まっていた。今までは、無理に正面突破をすれば30分以内に最後部に到達し、指揮をとっている魔人の所に就く事が出来た。
だが、今回の大襲撃は何時になっても最後部に到達できる気がしないくらいにたくさんいて、この国の半分を埋め尽くすのではないかと思うくらいであった。実際に見ると気後れしてしまいそうであった。救いがあるとすれば、飛行型の怪物が1体もいなかったという事だろう。
「私もこの数の怪物軍は初めて見ました」
「拙者もでござる」
大襲撃によく参戦していたマリアと椿でさえ、この規模は初めてだというのだから相当だ。2人も戦装束を身に着けていた。
マリアは赤色の戦装束に豪奢な鎧を身に着けていて、いかにも身分が高い人という雰囲気を見に纏っていたのに対して、椿が今回身に着けている戦装束は歴戦の猛者という感じの和装で身分の高さは感じられなかった。青色の着物に、黒い甲冑を身に着けていた為強い武士という感じがした。椿の戦装束と鎧は、上代と桜様を連れて来る際に一緒に持ってきてもらった。
ちなみに他のメンバーはと言うと、上代と桜様は椿と同様に青色の着物と黒色の甲冑姿をしていた。秋野とアレンは紫色の戦装束に、ファルビエの国旗が刻まれた銀色の鎧を身に着けていた。宮脇とダンテだけは、普段通りの格好をしていたがこの2人なら問題ないだろう。
「さて、どうします?今回はレイトがいない上に、エレナの支援魔法もありません。最悪なこの状況でどうやって、あの数の怪物軍に立ち向かうつもりですか?」
「ま、全滅は不可能だし、魔法と宮脇が用意した爆薬を使って混乱を起こさせようと思う」
正直言って、ファングレオやファイヤードレイクに乗って一気に最後部に飛んでいくというのも有りだが、怪物どもが易々と俺達を通す訳がないし、何よりもその間に王都に到達してしまう可能性だってある。
その為、魔法と爆薬を使って最前列にいる怪物どもを混乱させて、統率を乱れさせようと考えている。たった36人しかいないレイシン兵を前に出して、みすみす死なせる訳にはいかない為王都の前で待機してもらった。
つまり、今ここにいるメンバーは
俺、シルヴィ、マリア、椿、宮脇、ダンテ、上代、秋野、桜様、アレン、シン
以上11人だけで挑む事になった。無謀だと言う奴もいるかもしれない。
「最大規模の大襲撃に対して、こちらは最悪な兵力。普通に考えれば勝ち目なんてある訳がない」
「そうね。でも、シン王子の実力を知ればそこまで最悪ではないと思える」
上代と秋野も、このような状況に対してあまり危機感を感じる事もなく楽観していた。
その訳はもうすぐ分かる事になる。
それよりも、あの大群が王都に到達する前に何とかしないといけない。
その為の下準備は既に終えてあった。
次の瞬間、前方を走っていた怪物軍の足元が崩れ、物凄く長い大きな地割れのような穴の中へと落ちていった。
これは前日に作っておいた罠、いわゆる落とし穴である。それも、恐竜並みに大きな怪物どもが這い上がれないくらいに深く、一度にたくさんの怪物どもを落とせるよう幅広に作ってもらった。
そんな怪物達の頭上に向けて宮脇が、風魔法を使って大きな布袋から黒い粉上の物を満遍なくかけた。
その次に粉に向けて小さな火の玉を飛ばした瞬間、物凄い轟音と共に大爆発が起こった。その爆発を受けて、地割れに落ちた怪物達は見るも無残な亡骸になっていた。
「魔法でちょっと小細工しただけでダイナマイトを超える爆発力ね」
「どうやって作ったかは知りたくもない」
お分かりとは思うが、黒い粉の正体は宮脇お手製の爆薬であった。元々はただの黒色火薬を、魔法で一粒でもダイナマイト並みの威力を持つ爆薬に変えたのだ。もろに違法だが、異世界だし関係ないよな。関係ないよね?
「へぇ、宮脇殿の作る火薬ってこれ程の威力があったのですね」
「いや、普通の黒色火薬にはあんな爆発力は無いから」
「そもそも何処で作り方を知ったのよ。材料だけならググればすぐに知る事が出来たと思うけど」
感心するシン王子とは対照的に、やや呆れ気味に上代と秋野呟いた。
だが、お陰で前方を走る怪物達の動きが止まり、それによって後続の怪物達の隊列が乱れ始めた。
「では、次は私ですね」
そう言って桜様は、指を鳴らすジェスチャーをしてから右手を前に出した。
「土と木の精霊達よ、彼の者達を捕らえ、駆逐せよ」
その直後、怪物達の中に複数の茶と緑の光が現れ、地面から円錐状の突起が伸びてきたり、木の根っこのようなものが地面から生えてきたり、葉っぱが回転して怪物達の中を飛び回ったりしていた。おそらくあれで捕縛と攻撃の両方を、桜様の声にこたえた精霊達が行っているのだろう。
これによって、怪物達は総崩れとなった。
「では次は私と楠木殿の番です」
「はいはい」
張り切るシンに促され、俺も立ち上がって魔法を放つ準備をした。
最初にシン王子が、魔物狩りで見せた赤いレーザー砲のようなものを怪物の大群に向けて放ち、地割れの手前に幅100メートルの溝を作った。いや、溝まで作れと言っていないのだけど。
「まぁ、あの程度の深さなら問題ないから良いじゃん」
「ダンテは楽観し過ぎだ」
だけど、怪物達を退ける事には成功し、その溝に向かって皆が風魔法を使って移動した。残った俺とシルヴィは、最後の仕上げをする為の準備をしていた。
「あれを使うのは久しぶりだけど、大丈夫かな」
「これだけたくさん怪物どもがいれば大丈夫でしょうし、私の魔法で遠くまで飛ばすから竜次は気にしなくていいわ」
「その前に」と言ってシルヴィは、俺が魔法を使う前にファングレオを呼んで召喚させた。
それを確認した俺は、右手に小さな黒い球状の球を3つ出して、それを後方にいる怪物の大群に向けて思い切り投げた。と言っても、俺が投げてもその飛距離なんてたかが知れている。
そこへ、シルヴィが魔法で強風を発生させて黒い球を遥か後方にいる怪物達に向けて飛ばした。
その直後、3つの黒い球は周囲にいる怪物達を物凄い勢いで吸い込んでいった。あの黒い球は、エララメの町を防衛する際に使用した極小サイズのブラックホールである。
たった1個で、後ろ半分にいた怪物軍を吸い込んで消滅させたほどなので3個も飛ばせば先が見えない程たくさんいた怪物達が、一斉にブラックホールの中へと消えていった。
それでも、数が多すぎた為全滅には至らなかった。
「良いわよ。このくらい減らす事が出来れば、あとは魔法でどうにか出来るし、椿様とマリア様とシン王子に文句も言われずに済むわ」
「それもそうだな。あと、シンはもう王子じゃなくて国王だから」
「そういう竜次こそ、新国王を呼び捨てにしてるじゃん」
「俺はいいんだよ」
あと、新しい王様という意味の「新」なのか、名前の「シン」なのか区別がつかないから。
「そんな事よりも、私達も行くわよ。乗って」
「ああ」
シルヴィに促され、俺もファングレオに跨りシルヴィの後ろに乗った。
「まずは怪物どもの掃討からだ!」
「えぇ!ファングレオ!」
シルヴィが指示を出すと、ファングレオは大きく咆哮して怪物軍の中へと突っ込んで行った。




