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48 重い食事会と災厄の予知


「嫌よ」


 5日間の魔物狩りを終えて、王城へと戻った俺はすぐにシルヴィに昨夜の事を話し、レイシン国王と王妃と一緒に食事をする事を話した。それを聞いたシルヴィは、開口一番で「嫌」と言った。


「何であんな虚勢ばかりほざいて、他者を見下す事しか出来ない馬鹿な王と王妃と食事しなくちゃいけないのよ。というか竜次も、何でシン王子とそんな約束してしまったのよ」

「シン王子が自信満々に大丈夫だって言うから」

「シン王子だけならまだ良いけど、王と王妃も一緒なら話は別よ」


 ここまで嫌われているなんて、あの国王と王妃はこれまで一体何をしてきたというのだ。


「それにあのバカ王、戻って来て早々に私達が回収した素材を全てよこせって言ってきたのよ。自分達の国で回収された素材は、全てこの国の物だなんて訳の分からない事を言って。最終的にシン王子が止めたお陰で何とかなったけど」

「まぁ、あれに関しては俺も腹が立ったけど」


 そもそも、狩った魔物の素材は全て狩った人の物になるのであって、それをその国に献上する義務も決まりもない。それはどの国でも共通の決まりであり、国王であってもその決まりを破ってはいけない。手に入れた素材をどうするかは、狩った人の意思に委ねられるのだ。


「大体、あのキリュシュラインの暴君やアホ王女でさえその決まりを守っているのに、反故にしているのはこの国だけなのよ」

「この国だけって、治安の悪い北方でも破っていないんだ」


 そのせいか、レイシン王国の魔物狩りの人口はこの世界に存在するどの国の中もダントツに少なく、魔物が世界一多い国として問題視されているそうだ。初めて知った。

 シン王子が生まれた事で、魔物狩りの人口が世界一少なくても何ら問題ない、それどころかこの国こそが世界最強だと、当時の国王と王妃はかなりいきがっていたらしい。

 だが、7ヶ月前の大襲撃で大敗を喫しただけでなく、何千万もの国民が犠牲になった事で、2人の伸び切った鼻を根元からへし折られた。

 その上、100万人もいた兵士も99パーセントがその大襲撃で犠牲になり、生き残ったのはそのうち100人にも満たない。その後、生き残った兵士の大半が国王と王妃を見限ってやめていった為、現在ではたったの36人しかいないそうだ。当然の事ながら、軍事力はほぼ無しに等しくなり、この状態で他国からの侵略を受けると抵抗する事も出来ずに滅びる。

 そんな危ない状況だというのに、あの国王は他国からの支援を自ら跳ね除ける様な発言をしてしまい、その上エミリアがシン王子を裏切った事でアバシア王国との同盟関係が無かった事にされ、現在この国は事実上孤立無援状態になっているのだ。


「自分達の危機的状況が分かっていないのでしょう。そんな国の王様なんかと話す価値なんてないわ。悪いけど、断った方が良いわ」


 シルヴィは完全にこの国が滅んでも構わないと思っていて、国王と王妃を交えた食事への参加を拒否していた。

 ここまで拒絶すると、やっぱりマリアを連れて行った方が有意義な話が出来ると思う。

 しかし、シルヴィは俺のパートナーである為、俺が参加しているのにパートナーであるシルヴィが参加しないというのは、相手に対して失礼になる気がする。聖剣士とパートナーは2人で一つである為、一緒に行動する事に意味があるのだから。

 けれど俺は、今晩行われる食事はちゃんと意味を成すと思っている。その理由もある。


「まぁ、仲良くしろとは言わないが、あの2人が俺に対して敵意を向けていない以上参加しないのは不誠実に当たると思うぞ」

「どういう事?」

「戻った時、あの2人の気の色を確認したが、2人とも白色に変化していた」


 帰ってきた時は俺も信じられなかった。あんなにハッキリとしたオレンジをしていた気が、この5日間で白に変わっていたのだ。シン王子の言っていた通り、彼と親しい間柄だという事を示す事で、俺が悪い奴ではないという事を知る事が出来たみたいだ。石澤の一件があるから、聖剣士全てに対する敵意は完全に払拭できたとは言い難いが、それでも少しずつ歩み寄れるだろうと思った。


「シルヴィは無理に仲良くなろうとしなくてもいい。ただ俺の隣で黙々と食事をするだけでいい。お前が傍にいてくれるだけで、俺も安心するのだから」


 正直言って俺も、国同士の外交に向かないシルヴィと一緒に行く事に不安は感じているし、マリアにも同伴して欲しいという気持ちはある。

 だけど、俺が歩み寄って手を取りあう事でこの国を更なる悲劇から救う事だって出来るだろうし、それに未来を見通す事が出来るシン王子がハッキリと大丈夫だというのだから安心できる。

 そんな俺を見てシルヴィは、諦めたように深く溜息を吐いた。


「まったく。竜次は本当に人が良すぎるわね」

「そうは言うけど、もし破断したら完璧に見捨てるつもりだ」


 差し伸べた手を払い除ける様な奴を助けるつもりはない。今回の食事で向こうが明確な拒絶と敵意を向けるのであれば、シルヴィの言った通り完全に見限るつもりでいる。そこまでされてまで助けようなんて俺も思わないから。


「はぁ……分かったわ。一緒に行ってあげるわ」

「ありがとう」


 こうしてシルヴィからの言質を取り、俺達はレイシン国王一家と一緒に食事をする事になった。マリアや椿の時とは違い、今回は何だか重苦しい食事になると予感してならない。

 シルヴィにはいつも助けられてばかりだ。




 それから時間は流れていき、あっという間に国王一家との食事の時間がやってきた。

 こういう場での服を持っていなかった俺とシルヴィは、シン王子の厚意でタキシードとドレスを貸してもらえることとなった。


「にしても、この国でタキシードって違和感ありまくりだな」


 てっきり始皇帝が着る様な衣装が用意されるのかと思った、まさかのタキシードだった。


「なんか場違いだね。私達」

「お、シルヴィも着替えた……か」


 更衣室から出てきたシルヴィは、スカートがふわっとした赤色のドレスを着ていた。普段はあまりしない化粧までして、いつもよりも更に美しく見えた。


「ちょっ!黙ってないで何か言ってよ……」

「ああぁ、ワリィ。その、凄く、綺麗だ」

「あ、ありがとう……」


 ヤバイ!

 こんなに照れるシルヴィは滅多に見られない為、いつも以上に胸の鼓動が高まる!


「まぁ、胸が凄くキツイのが難点だけど」


 それは言いっこなしです。というか、シルヴィが年不相応に大きすぎるのだよ。


「ま、まぁ、それはそうと、早くいこうか」

「そうね」


 準備が出来た俺とシルヴィは、国王一家と食事をする部屋へと歩いて行った。その時、シルヴィが俺の腕に手を添えてきたので凄きドキッとした。しかも、シルヴィの胸が大きすぎるせいでちょっと近いだけで腕に触れてしまう。押し付けている訳ではないが、お陰でずっとドキドキが止まらない。


(ま、まぁ、こういう時って男性が女性をリードするのが当たり前だし!少し肘を曲げた方が良いかもしれないな!)


 必死で平静を保とうとするも、どうしても顔が真っ赤になってしまうし、胸が腕に当たっているせいで口元がにやけそうになる。


(ヤバいぞ!食事の前から緊張しまくりじゃないか、俺!落ち着け落ち着け!そもそもこの世界に召喚される前はずっと何に対しても関心を持たなかったじゃないか!それが何だ!シルヴィの胸が当たっているだけで、いや、その前に俺だって男だからこんな状況で邪な感情を抱かない訳がない!というか、初めて会った時よりも大きくなってないか!?って何考えてんだ!意識するな!凝視するな!考えるな!前だけ見ていろ!そうだ円周率!)


 さっきからシルヴィが手を添えている腕を意識しすぎる俺は、円周率を頭の中で詠唱する事にした。


(π=3,14159265358979323846264338327950288419716939937510……)


「何悟りを開こうとしているのよ?円周率を唱えても緊張は解れないわよ」

「ちょっと待て。この世界にも円周率が存在するのかよ」


 その前に人の頭の中を覗かないで欲しいぞ!これもパートナーだけが持つ特別な力か何かか!?


「ちなみに私の胸のサイズは……」

「それ以上言わないで。聞いたら今晩辺り襲いそうになるかもしれないからやめてくれ」

「あらそう♪確か、9」

「シャラップ」


 このムッツリスケベめ、わざとやっているな。顔がにやけているぞ。というか、相手が俺であっても自分の胸のサイズを言うものではありません。

 あと、言おうとしている時のシルヴィの気がピンク色に染まっていた。


「でも知りたいのでしょう。大きい胸が好きな竜次は」

「何時から俺が巨乳好きになった」


 …………まぁ、嫌いじゃないけど。


「大きいだけじゃなく、感触や形にも自信があるわよ。あと、水着姿を見たなら分かると思うけど、先端も」

「それ以上は言わないでくれ。マジで襲ってしまいそうになるから」


 耳元で囁くような小さな声で言うから、心臓の鼓動は余計に早くなってしまう上に、耳に吐息が掛かるから背筋もゾクゾクしていまう。


「良いじゃない。我慢しなくても。私は何時でもウェルカムよ」

「何時も言っているが、誘惑しないでくれ」

「本当は見たいんでしょ」

「大事な食事の前なんだから少しは自粛しなさい」


 こんな時に俺を誘惑しないでもらいたいぞ。幸いもうすぐ目の前に来ているからこれ以上は無いだろうけど、今晩辺り気を付けないといけないかもしれない。

 そんなシルヴィの誘惑に耐えた俺は、国王一家が待つ部屋へとゆっくりと足を踏み入れた。部屋では、長テーブルの右側には俺達を待っていた国王一家が先に座っていた。3人とも、始皇帝を思わせる衣装を着ていた。

 部屋に入って来た俺とシルヴィを、シン王子が立ち上がって席まで案内してくれた。


「来てくださり、感謝いたします。それよりも楠木殿、どうしてそんなに疲れた顔をされているのですか?」

「いえ、気にしないでいただけると助かります」


 こっちは煩悩と戦い過ぎたせいで、食事の前からドッと疲れてしまった。


「シルヴィア様も、いくらご婚約されているからと言って、あまり楠木殿を誘惑されないでください」

「あら、バレてたの?」


 シン王子に注意されて驚くシルヴィだが、おそらく未来予知でシルヴィが俺を誘惑する事を知っていたのだな。というかシルヴィも、隠す努力をしなさい。


「まぁまぁ、それはそうとお席についてください。もうすぐ料理が運ばれてきますので」

「はい」

「分かりました」


 ようやく腕から離れたシルヴィは、何事もなかったかのように俺の隣の椅子へと腰を下ろした。

 その途中、シン王子がすれ違いざまに


「まぁ、シルヴィア様のお気持ちに応えない楠木殿が悪いのですから、今晩はお2人の部屋には誰も近づけさせませんので存分に」


(コラ)


 けしかける様な事を囁いてきた。思わず頭の中で突っ込んでしまった。

 シン王子が席に着いたすぐ後に、前菜となる野菜メインの料理が並べられた。


「召し上がってください」

「では、いただきます」


 少し重苦しい雰囲気ではあったが、国王陛下に言われて俺とシルヴィは料理に箸をつけた。

 その料理を食べた感想は、辛い。おそらく、山葵の葉が使われているのだろう、辛さの後で鼻にツンときた。ご存知と思いますが、俺は山葵が大嫌いでございます。寿司でもサビ抜きを食べます。

 いけない!平常心と保たないといけない!せっかく出してくれた料理だ、嫌な顔をしてはダメだ!


「山葵の葉を使っていますのね。風味がとてもよろしいですね」

「えぇ。楠木殿が元居た世界がヤマトに似ていると伺いましたので、ヤマトの食材を使わせていただきました」

「そうですか。竜次への心遣い、感謝いたします」


 涼しい顔で前菜を食べて、感想を言うシルヴィ。俺が日本出身という事もあって、日本と似た特色を持つヤマトの食材を使ってくれたのだろうけど、王妃様もいらぬおせっかいを焼いてくれた。

 とは言え、せっかくの相手の厚意を無駄にする訳にはいかない為、俺は皆よりもかなり遅れて何とか前菜を完食した。せめて、山葵の葉を抜いて欲しかった。

 その間、誰一人として会話が無かった。マズイ。非情に空気が重苦しいぞ。


「お口に合いませんでしたか」

「いえ、そんな事はありません」


 美味しいとは思うけど、俺の嫌いな味付けであった。子供舌と言って馬鹿にしたければすればいい。辛い物と苦い物だけはどうしても駄目なんだよ。

 次の魚料理が来るまで一言も喋ることが無かった。非常に空気が重たい。シルヴィなんて、国王と王妃なんかとは話したくないという感じでずっと口を閉ざしているし。


(クソ!やっぱり外交に慣れているマリアも同伴させるべきだった!)


 今更考えてももう手遅れではあるが、ついそんな事を思ってしまう。

 出された魚料理は、テレビで見た事がある(ふか)(ひれ)の姿煮に似た料理であった。


「いかがでしょうか?」

「とても美味しいです」


 はい。国王陛下との会話が終わった。一体何しに来たというのだ、俺は。

 かと言って、向こうも俺なんかと話なんてしたくないだろうな。向こうにとって、俺も石澤も同じなのだから。向こうは正義の為に戦っているつもりかもしれないが、被害を受けている人からすれば好き勝手に行動し、美人の女を手当たり次第に誑かしている女たらしに見えているのだろう。

 だけど、あんな男と一緒にされるのは御免だ。


「石澤がシン王子から大切な婚約者を奪った事は許されませんし、お2人が聖剣士を憎むのも分かります。ですが、俺はあんな男は違いますし、一緒にされたくありません」

「それは分かっている」


 石澤と同じにされる事に不服を言うと、国王陛下がその重い口を開いた。


「最初から分かっていた。ドラゴンの聖剣士と楠木殿は、同じ聖剣士であっても全然違うのだと。でも、シンとあんなに仲が良かったエミリア王女を別人に変え、シンを裏切るように仕向けて奪ったあの男の事がどうしても許せなかった。キリュシュラインに都合がいい様に吹き込まれていると理解しつつも、どうしても感情がそれに追いつかないのだ」


 やはりと言うか何と言うか、俺に対して強い敵意を向けていたのは石澤に対する怒りからきていたのか。

 次に、国王の左隣に座っていた王妃が口を開いてくれた。


「最初は、聖剣士なんていなくても魔人どもなんて倒せる、大襲撃を食い止めることが出来ると驕っていました。でも、7ヶ月前の大襲撃で誰も魔人を傷つける事が出来ず、怪物どもの蹂躙をみすみす許してしまいました。その結果、取り返しのつかない大惨事を起こしてしまいました」


 両拳を強く握りながら、王妃は当時の事を語ってくれた。そのくらいの時期から、魔人どもは聖剣士でないと倒せなくなってしまっていた。その為、いくらシン王子が強くても傷つける事が出来ない。だから、そうなる前に聖剣士を召喚させる必要があったのだ。

 当時の国王と王妃にはそれが絵空事の様に聞こえていた為、各国の主張に耳を傾ける事もなく自分達だけでこの国を、いや、世界を守る事が出来ると思い上がってしまっていた。


「今思えば、何て愚かだったのかと後悔するばかりです」

「7ヶ月前の大襲撃で大損害を受け、各国が支援を行おうとしてくれたのだが、それではご先祖様に顔向けが出来ないと思い、それを跳ね除けてしまった。今思えば、なんて馬鹿な事をしてしまったと自分を責めるばかりです。そのせいで、この国を苦しい状況に追い込んでしまった」


 2人とも苦しい胸の内を明かし、身体が震え始め、目尻から涙を流した。気の色も、深い悲しみを示す青色に染まっていた。


「たくさん失い、取り返しのつかない状況になってからようやく自分達の過ちに気が付くなんて、こんな過去に囚われてばかりの大馬鹿者を国王に持って、この国もつくづく不幸だね」

「おい、シルヴィ!?」


 いくら嘘が言えないからって、本人の前で言う事ではないだろ!嘘が言えなくても黙るくらいは出来るだろ!


「良いんだ。驕っていた当時だったら追い返していたかもしれんが、国をここまで危機的状況に追い込んでしまった今はそんな事は出来ない」

「当時はまだアバシア王国からの支援がありましたし、それでどうにか出来るだろうと思いました。ですが……」


 エミリア王女に裏切られたのを皮切りに、アバシア王国が掌を返したかのように裏切り、同盟が破棄されてしまった。それが更にレイシン王国を厳しくさせてしまったみたいだ。


「どうか顔をお上げください」

「レイシン王国との同盟破棄は、我々の油断が招いた物でもありますから」


 遅すぎる後悔に打ちひしがれる2人に目を向けると、3人の後ろの扉から2人の男女が入って来た。

 男性の方は顎髭を生やした40代半ばくらいで、短い栗色の髪に右目に片眼鏡をかけた学者風であった。

 女性の方は30代後半くらいに見え、肩まで伸ばした銀色の髪をアップにまとめた何処か上品な感じであった。

 そして2人とも、とても高そうな服とドレスを着ていて、他所の国のお金持ちの家柄、もしくは貴族だというのが分かる

 そんな2人を目にした途端、シルヴィがスッと立ち上がってスカートの端を軽く上げて挨拶をしだした。


「ご無沙汰しています。アバシア国王陛下と妃殿下」

「え?……ええぇ!?アバシア国王と妃殿下ぁ!?」


 まさかここでアバシア国王と妃殿下が登場するなんて思っておらず、俺はシルヴィからかなり遅れて挨拶をした。


「2人とも頭をお上げください。今の私達は、国王でも王妃でもないのですから」

「え?」


 そう言えば、今アバシア王国を統治しているのは2人から王家を乗っ取った宰相だった筈。アバシア国王と王妃は、噂では殺されたと聞いている。


「お2人とも、何故ここに?」

「楠木様が来られていると聞き、あの時の事を話すべきだと思い参上いたしました」

「楠木様でしたら、我々の助けになってくれるかもしれませんので」


 どうやら2人とも、俺に助けを求める為にわざわざ来てくれたみたいだ。


「ここから先は、私と妻がお話いたします。我が国の元諜報員から得た情報も含めて」


 アバシア国王と王妃がシン王子の隣に座ると、アバシア国王はエミリア王女がどういう経緯でシン王子を裏切ったのか、そして国を出た後どうなったのかを話してくれた。

 エミリア王女が裏切る1ヶ月前。

 彼女はいつも通り愛するシン王子に会う為に王城を出て、馬車でレイシン王国を目指して出発した。その途中で魔物に遭遇し、偶然その場に居合わせた石澤とクソ王女に助けられて難を逃れた。丁度2人もレイシン王国に向かおうとしていた為、エミリア王女と一緒に行ったそうだ。

 その道中、石澤は執拗にエミリア王女を口説いていたらしいが、まだ洗脳されていなかったエミリア王女は、石澤の誘いを嫌そうな顔をして断っていた。石澤にはそれが照れ隠しに見えたのだろうか、それでもお構いなしに話しかけていたそうだ。


「確かに、エミリア王女ってかなりの美人だったから、女好きの黒い方が欲しがっていても不思議じゃないわね」


 そう言えば以前、シルヴィと椿がもしマリアと同じ様に三大王女に選ばれるのを辞退したら、代わりに誰が選ばれるのかを話した時にエミリア王女の名前が出ていた。となると、目を引く程の美貌だったのだろう。

 その後、レイシン王国に到着するとエミリア王女はシン王子の元へと駆け寄り、石澤の目の前でキスを交わしたそうだ。エミリア王女としても、自分とシン王子の関係の深さをアピールしたかったのだろう。それでも石澤は、何処か納得していない感じで、シン王子の事をずっと睨み付けていたそうだ。

 石澤とクソ王女がレイシン王国に来た目的は、レイシン王国にもキリュシュライン王国と同盟を結ばせる為に話をする為に訪れたそうだ。いや、この場合は脅迫だろう。

 でも、レイシン国王と王妃がそれをかなり酷い形で突き放し、2人を追い出そうとしたのだ。いくら国が疲弊していても、キリュシュラインと手を組もうと思う程落ちぶれてはいないみたいだ。そもそも、レイシンとキリュシュラインは敵対関係にあったから、いくら大襲撃で多大な損害を受けていても敵の情けを受けるのは嫌だったのだろう。そんな敵に側に就いた石澤も例外ではなく、レイシン側にとっては敵でしかなかった。

 エミリア王女が裏切ったのは、その日の夜だった。

 石澤とクソ王女が、半ば追い出される形でこの国を出るように言われたが、流石にすぐには帰さずに王城で一泊させたそうだ。

 そしてその日の夜、突然石澤の所にあられもない格好をしたエミリア王女が泣きついてきたのだ。理由を聞くと、シン王子がエミリア王女に無理やり関係を迫って来たので、恐怖を抱いたエミリア王女が石澤に助けを求めに来たというのだ。

 その時石澤は、自室で読書をしていたシン王子の所へと駆けつけて激しく問い詰めた。当然、シン王子にそんな事をした記憶などある訳もなく最初は抵抗したのだが、石澤に抱き着くエミリア王女を見て激しく動揺し、その後は石澤の罵声を一方的に浴びせられたそうだ。

 そして、エミリア王女の口からシン王子との婚約を破棄して、自分を助けて守ってくれた石澤と婚約する事を告げて、次の日の早朝に石澤とクソ王女はエミリア王女を連れて行った。


「話を聞いた時は、何を馬鹿な事をと思いましたが、満面の笑みを浮かべてシン王子との婚約を破棄させて、新たにドラゴンの聖剣士と婚約をしたと嬉しそうに語るエミリアを見て、私達は背筋が凍り付く程の恐怖を感じました」

「どうアピールすればシン王子をその気にさせられるのか、どんな下着を切ればシン王子をドキドキさせられるかを、母親である私に真剣な顔で相談したくらいです。そんなエミリアが、シン王子を裏切るなんてどうしても考えられなかったのです」


 実際に見た訳ではないから何とも言えないけど、シン王子とエミリア王女って周りが胸やけをしてしまう程のバカップルと聞いた。

 そんなエミリア王女が、関係を迫られたからと言ってシン王子を裏切るなんて考えられない。むしろ、喜んで受け入れていたとアバシア国王と王妃が断言した。おそらく、石澤の所に駆け込む前に何処かでクソ王女がエミリア王女を洗脳したのだろう。

 そんなエミリア王女と石澤が婚約した事で、当時の宰相がキリュシュラインとの同盟締結を改めて提言したそうだ。

 しかし、敵対関係にあったキリュシュラインと同盟を結ぶことを国王は認める訳がなく、その話は否決された。否決されたと思っていた、と言った方が正しいかもしれない。

 キリュシュラインとの同盟を跳ね除けた国王は、妻である王妃も連れてレイシン王国へと足を運び、エミリア王女の愚行に対して土下座をして謝罪した。

 その直後であった、アバシア王国がキリュシュライン王国と同盟を結んだという話が公になったのは。その際、国に残した王子が無実の罪を着せられて処刑され、宰相が新たな国王になったという最悪なおまけ付きで。

 そうして国に帰れなくなってしまった2人は、レイシン王国で身を隠す事になった。


「あの馬鹿が、ここまで事態を大きくさせてまだ正義の味方気取りでいるのかよ」

「呆れて言葉も出ないわ」


 アバシア国王と王妃の話を聞いた俺とシルヴィは、なんとも言えない表情を浮かべた。石澤のくだらない欲望のせいでまたたくさんの人間が傷つき、その上ここまで問題を大きくさせてしまったのだ。怒りを通り越して呆れてしまうぞ。


「本当なら、今すぐにでもドラゴンの聖剣士を問い詰めてやりたかったのだが、キリュシュラインの後ろ盾のせいでそれが出来ないでいるのです!」

「エミリアを奪い、シン王子を傷つけ、更には私達の国を乗っ取り、最愛の息子まで殺されて。もう、どうしたら良いのか分かりません!」


 辛い胸の内を明かしたアバシア国王と王妃は、声を上げて泣き出した。ここまでされては、レイシン国王が聖剣士の力なんて要らない。頼りたくないと思うのも仕方がない。その聖剣士のせいで、この国と唯一の同盟国の王は更に困窮する羽目になるのだから。

 キリュシュラインに就いている聖剣士というだけでも嫌なのに、その上大切な王子に無実の罪を着せてその婚約者を奪い、更には唯一の同盟国を奪ってしまったのだ。レイシン国王と王妃が、聖剣士全てを憎んで当然だ。


「でも、だからと言って聖剣士全てを敵に回してはいけないと思いました」


 目の前で両国の国王と王妃が黙っている中、シン王子は意を決したみたいに口を開いた。


「このままでは、この国に未来は無い。憎しみに囚われ、復讐に駆られていては破滅を招くだけです。それこそご先祖様に顔向けが出来ないという事です。だから私は、ドラゴンの聖剣士とユニコーンの聖剣士の2人を除く、3人の聖剣士と手を取り合わねばならないと思いました」


 一番の被害者であるシン王子が、この中の誰よりも聖剣士を憎んでいる筈なのに、それを押し殺して俺なんかと手を取り合おうと自ら近づいてきた。本当に強い奴だ、シン王子は。


「それに、私が真に復讐したいのはドラゴンの聖剣士ただ1人だけです。他の聖剣士を巻き込むのは間違いなのです」

「普通は他の聖剣士も同じくらい恨むものなんだけど、シン王子は本当の強いな」


 回りが見えなくなるくらいに、エミリア王女がシン王子に夢中になる理由が分かった気がする。

 過去の憎しみや恨みに囚われる事無く、常に前を向いてこの国と国民を第一に考えてくれる。地球では絶対に存在しない、心がとても強い人であった。

 改めて決心をしたシン王子は、勢いよく立ち上がって俺に頭を下げてきた。


「お願いします。我々もあなた方に協力させてください。その為の支援なら、何でも致します」


 ここまでされて、俺としても断る理由なんてない。シルヴィと一度会いコンタクトを交わしてから、俺は首を縦に振って頷いた。

 そんな俺とシン王子のやり取りを見て、レイシン国王は何か諦める様に首を横に振った。


「もう、私達の時代ではないのかもしれないな」


 小声でつぶやいた後、レイシン国王はゆっくりと立ち上がってシン王子の方を向いた。


「父上?」

「いい機会だ。私は、王位をシンに継承させる。シン、お前がこの国を新しく生まれ変わらせるのだ」

「退位されるのですか?」

「ああ。これからはシン、お前の意思でこの国を導いて欲しい」


 まさかこんな所で退位を宣言するなんて。けれど、逆に言えばそれだけ追い詰められていたのかもしれない。昔の思想では、この国をかえって困窮させてしまう。だけど、今更手を取り合ってもどう接すれば良いのか分からず、高圧的で傍若無人に振る舞ってしまう。

 7ヶ月前の大敗をきっかけに自分達が間違っていた事に気付くも、過去に囚われてばかりいた為に素直にそれを正す事が出来ず、自分は何も間違っていないのだと言い聞かせる事で自分自身を守っていたのだろう。

 だけど、過去に囚われず常に新しい道を見出し、前に進もうとするシン王子に感化されてようやく決心がついたみたいだ。

 未来予知で予想していたのか、シン王子は特に動揺したそぶりも見せずに右手を胸に当てて頭を下げた。いや、これからは新国王だな。名前もシンだから、ちょっとややこしいけど。


「必ずこの国をより豊かに、より平和に致します」

「頼む」


 簡単なやり取りを終えたシンは、俺達の方を向いて頭を下げられた。


「楠木殿には感謝です。父上も母上も、貴方に胸の内を話した事でようやくつっかえが無くなりました」

「だから俺とシルヴィを招いたのか……」


 外交が目的ではなく、ずっと憎んでいた聖剣士の一人に内に秘めていた事を話させ、自分達の過ちを改めて自覚させる為に、そして憎んでいた筈の聖剣士と近づけさせる事で、石澤以外の聖剣士に対する考えを改めさせるきっかけを作ろうとしたのだな。


「でも、それなら何故こんな回りくどい事するのよ」

「フェリスフィア王国の次期女王であらせられるマリア様がおられると、どうしても外交関連の話になってしまいそうです、それでは父上も母上も益々見栄を張って問題が解決できなくなりますから」

「返す言葉もない」


 もう聞かれても大丈夫だと言わんばかりに、シンはこの食事の目的を実の両親に全て話した。流石に、アルバト国王夫妻の登場は予想外だったらしいけど。


「まったく、掌の上で踊らされているみたいで良い気分はしないな」

「その点については謝罪しますが、この国がこれ以上困窮しない為にはどうしても必要でしたので」

「相変わらず食えないわね、シン王子は」


 あのシルヴィ、もう王子じゃないのだけどね。


「それに、次に訪れる危機に対応する為にはどうしても楠木殿や他の聖剣士の力が必要なのです」

「危機って、まさか!?」


 嫌な予感がした俺は、すぐさまタキシードの内ポケットに入れてあった鳳凰の鏡を取り出して魔力を注いだ。シルヴィも顔を近づけて鏡を見た。目の前にいる5人は、シン以外は少し戸惑った表情を浮かべていた。

 だが、そんな事を気にしている場合ではなかった。


「嘘だろ……」

「しかも何なの、この数は!?」


 鳳凰の鏡が映し出したのは、レイシン王国の王都と、そこに向けて西側から物凄い数の怪物軍と、50時間48分12秒という時間が映し出されていた。

 そう。ここレイシンで2度目となる大襲撃が予知されていたのだ。しかも、たったの2日と2時間後に。


「楠木殿?」

「この鏡には、次に大襲撃が起こる場所と時間が映し出される鏡で、それによると大襲撃はこの国で再び発生し、2日後には王都に辿り着く事になっています」

「何だと!?」

「まだ全然復興できていないのに、また大襲撃を受けるというのですか!?」

「はい。しかも、今回の怪物どもの数は過去最大と言ってもいいくらいのとんでもない数です」

「そんな……」


 過去最大級の規模での大襲撃が起こることを知り、先王夫妻は絶望しながら力なく椅子へと座った。次に大襲撃が起こり、しかもここ王都が壊滅したら今度こそこの国は滅びてしまう事を悟ったのだろう。


「志願者を募っても誰も集まらないだろうし、今残っている兵士達ではとても太刀打ちできない」

「でも、私達にはまだ希望があります」


 そう言ってシンは俺とシルヴィの方を向いて改めて懇願した。


「お願いします。謝礼は弾みますから、どうかこの国を救ってください」


 それでシンは、少し強引な手段を使って俺達と仲良くしようとし、先王夫妻の中にある聖剣士に対する恨みを無くそうとしていたのか。


「もちろん協力は惜しみません。けれど……」


 一つ困った事がある。それを確認する為に俺はシルヴィの方に顔を向けた。次の瞬間、シルヴィは首を横に振った。


「この時期からレイリィの力は十分に発揮できないわ。今日は何とかなったけど、明日からまた気温が下がると思うわ。気温が下がれば下がる程転移能力はうまく仕えなくなり、正直言って今の時期に100人も転移できるかどうか分からないわ」

「やっぱり厳しいか」


 レイリィは、温暖な南方に生息している魔物。その為寒いのは非常に苦手で、15度以下になると力が発揮できず、最悪死んでしまう事がある。つまり、秋から冬にかけてレイリィの転移能力は使えなくなってしまうのだ。恩恵でどうにかするという手もあるが、それだと進化の石を使って無理矢理魔物を強化するスルトとやり方が同じになってしまう為、この手段は使いたくなかった。一度に転移できる数を増やしておいて何を今更と思うが、身体の構造そのものを作り変えるのはやはりやりたくない。

 今はまだ辛うじて使えるけど、イルミド王国で起こった大襲撃の対応の様に何千もの兵を一気に転移させる事が出来ない。

 過去最大規模の大襲撃が起ころうとしているのに、同盟国と協力して兵を転移させる事が出来ない。最悪な時期にとんでもない大襲撃が起ころうとしている。

 当然ながら、いくらマリアや椿が規格外だからと言っても、2人だけでこの数の怪物軍の進行を食い止めるなんて不可能だ。


「住民の避難はこちらに任せてください。聖剣士様とパートナーだけでも構いません。お願いします」


 もう後がなく、レイリィが明日以降も使えるのかどうかも分からない。

 でも、それでもシンは俺達に頼る他なかったのだろう。多少強引な手段を使ってでも。


「分かった。だけど、怪物どもを1体も王都に入れないようにするのは無理です」

「それでもお願いします」


 今まででないくらいに最悪な状況の中で、俺達は4度目となる大襲撃に対応しなくてはいけなくなった。




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