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47 シン王子の実力

 迎えた翌朝。

 朝食を食べ終えた俺達は、武装したシン王子と共に王都を出て魔物がたくさん住んでいる森へと入って行った。

 オレンジ色の戦装束に金の装飾が施された鎧、腰に提げられた黒色の鞘に納められた剣と大きな矛を持ったシン王子は、何処か楽しそうにしながら先頭を歩いて行った。

 シン王子が戦装束を着ているという事もあって、俺とシルヴィとマリアも赤色の戦装束とマントを身に着けた。椿と宮脇とダンテだけは普段通りの服を着ていた。3人とも収納魔法が使えないのだから、用意できないのは仕方がない。


「ここにはかなり強い魔物がたくさんいるから、楠木様が来てくれたお陰で魔物狩りに行く口述が出来ました。そんじゃ、久々に暴れまくるとするか♪」

「現金な奴だな」

「それがシン王子だから」


 目の前を楽しそうに歩くシン王子を見て、俺とシルヴィは呆れていた。というか、俺を魔物狩りに行く為の口述に使ったのかよ。


「ついでに補足すると、シン王子って小さい頃から森で猪や虎を狩っていたらしいです。と言っても、実際は魔物狩りを遊び感覚で楽しんでいるうつけ者なのです」

「その度に、国王や王妃、更には宰相やメイド達にこっ酷く叱られているそうでござる。酷い時は、2週間以上地下牢に監禁させられたと聞いたでござる」


 はいきました。この世界の王族あるある。

 問題を起こした王子と王女は、その立場に関係なく牢に入れられてしまうのです。まぁ、逆に言えば悪さをすると地位や立場に関係なく厳罰させて、悪い事をさせなくさせるという目的もあるだろうけど。


「さて、そろそろ最初の獲物のご登場ですよ」

「言われなくても分かっている」


 なんて強気な発言はしてみましたが、本当はシン王子に言われるまで全然気付きませんでした。だって言われた後、今さっきこちらに近づいて来る大きな魔物の気配を察知したのです。それでも、200メートルくらい距離が離れているのだけど。

 遠くの魔物の気配を察知したシン王子は、危険な魔物狩りをしている人間とは思えないくらいに楽しそうに笑っていた。


「楠木様は下がっててください。先ずは私の実力をお見せしたいです」


 そう言ってシン王子は一歩前に出て、森の奥から姿を見せた体長3メートルを超える大きな熊の魔物が姿を現した。その熊の魔物に向かって、シン王子は大きな矛を片手で振り回し始めた。ただ振り回しているだけなのだが、そこから発生する風圧は凄まじく、小物の魔物なら簡単に吹き飛んでしまいそうであった。熊も魔物はというと、その風圧にひたすら耐えている様子であった。


「槍を振り回しただけでこれか!?」

「矛を振り回しただけでこんな風圧は発生しないわ、普通!」


 俺と宮脇が戸惑っている中、シルヴィとマリアと椿とダンテの4人はケロッとした様子であった。どうやらいつもの事の様だ。

 そして、振り回すのをやめたシン王子は矛を横薙ぎに振って熊の脇腹に当てて吹っ飛ばした。その時、熊の魔物の身体がくの字に曲がっていた。言うまでもなく、熊も魔物は絶命していた。


「熊の魔物を、魔法も使わないで一撃で……」

「宮脇にとっては信じられないかもしれないが、俺にとってはこれが普通なんだよな」


 何せ、俺の師匠と自称側室も似たような芸当が出来るのだから。そんな2人と同じ事が出来るのだから、シン王子も化け物クラスに強いという事になる。

 そんなシン王子に触発されたのか、マリアと椿までもがニヤリと口角を上げて笑っていた。


「拙者達も負けてはいられぬ」

「これは、後れを取る訳にはいきませんね。という訳で竜次様。5メートルクラスの大型魔物を最低10体狩りなさい。師匠命令です」

「何か知らぬ間に俺まで巻き込まれたんだけど!?」

「シルヴィア殿も強制参加でござる」

「何で私まで!?」


 完全に火が付いたマリアと椿によって、俺とシルヴィも訳が分からない大物狩りに強制参加させられる事となった。


「止めなくていいの?」

「やめとけ。とばっちりは御免だ」


 宮脇とダンテなんて、巻き込まれないようにする為に俺達から距離を取っているし。


「ちなみに竜次様、目標を達成できなかったら明日は1日中両手と両脚に50キロの重石を付けてもらいますよ」

「よし!とっとと10匹狩るぞ!」


 両手両足に50キロ、4つ合わせて200キロ。冗談じゃない!


「お、楠木殿もやる気満々の御様子ですね。でしたら、この先を更に進みますと8メートル越えの魔物がたくさんいます。そちらへ参りましょう」


 俺がやる気を出していると勘違いしたシン王子は、意気揚々と前をスタスタと歩いて行った。あ、熊の魔物の素材はしっかり回収しました。肉も王都のレストランに渡せば、銀貨30枚くらいで買い取ってくれるそうだ。マリアがいてくれて本当に助かる。

 それから僅か100メートル進むと、今度は大きなゴリラの様な魔物が4体も姿を現した。大きさは……目測で7メートル。早くも5メートル越えの魔物が出てきてくれた。これであと6体。


「っやあぁ!」


 なんて思っていたらマリアが物凄い勢いで前に出てきて、ゴリラの魔物4体を斬撃と拳とキックと魔法で倒していった。時間にして、僅か4秒。文字通り瞬殺であった。


「ああっ!マリア殿ズルいでござる!」

「ズルいじゃなくて、弟子の獲物を師匠が横取りしないで!」


 そんな俺の悲痛な叫びなんて何処吹く風と言わんばかりに、マリアは「ふぅー」と大きく息を吐きながら剣を鞘に納めた。


「相変わらずお強いですね。流石は西方最強の剣士です」


 呑気に称賛しないでくれシン王子!こちとら、両手両足に合計200キロの重石を付けられるか否かが掛かっているんだよ!恩恵のお陰で力は上がったが、それでも両手両足に50キロずつというのはかなり辛い!


(もうこうなったら次だ!)


 なんて意気込んだはいいが、次に遭遇した大きなムカデの魔物5体は椿様が1人で倒してしまった。

 更にその次に現れた大きな蜘蛛の魔物3体は、シン王子が矛と剣を使って倒していった。

 宮脇とダンテも、中型の魔物をコツコツと倒していった。

 そんな中、俺とシルヴィが倒した魔物の数は、未だにゼロ。マリアと椿とシン王子、武闘派3人に獲物を横取りされまくったせいで。

 なので


「二手に分かれよう」

「日が暮れる頃に、ここに集合という事で」


 俺とシルヴィは共謀して、マリアと椿と何とか別行動をとれるように仕向けた。


「どうして別行動をとらなくてはいけないのですか?」

「もっと効率よくたくさんの魔物を狩る為だ」


 尤もらしい事をマリアに言って、俺達は何とか二手に分かれて行動するようにさせた。


「じゃあ、グーパーをして4、3に分かれましょう。やり方は竜次から教わっているわ。ジャンケンでグーとパーのどちらかを出せばいいみたい」


 事前にやり方を教えたシルヴィが、皆に説明してくれた。後は知っての通り、グーとパーでそれぞれグループに分かれるのだ。そんなに難しい事ではないので、マリアも椿もシン王子もダンテもすんなりと理解してくれた。

 早速始めると、予想外にも一発でグループが決まった。


「私と椿様、ダンテと宮脇様がグーですか」

「ダンテなんかとではなく、竜次殿が良かったでござる」

「なんか、は無いじゃないですか」

「ダンテの魅力なんて所詮その程度よ」


 グーを出したのは、マリア、椿、ダンテ、宮脇の4人であった。


「俺達は素材の回収だけに専念するか」

「肉はマリア達に任せればいいわよね」

「遺体の焼却なら任せて下さい」


 パーを出したのは、俺、シルヴィ、シン王子の3人であった。

 実を言うと、予めシルヴィと一緒にパーを出そうと決めていたので、後はマリアと椿の2人と被らない事を祈るだけであった。シン王子ならまだ許せた。


「そんじゃ、俺達は右側に行くから、マリア達は左側に行ってくれ」

「5メートル以上の魔物10体。絶対に忘れないでください」

「おう」


 そうじゃないと、俺の両手と両脚に50キロの重石を付けられてしまう。それだけは何としても避けたい。その為に俺は、マリアと椿と分かれて行動できるように仕向けたのだ。これ以上獲物を横取りされては堪らん。

 そんな事を歩きながらシン王子に話すと、何故か腹を抱えて笑われた。


「まさか、重石を付けられるのが嫌でシルヴィア王女と共謀してマリア様と椿様と別行動をとらせようとしたのですか!」

「合わせて200キロの重石を付けるなんて冗談じゃないぞ。しかも、5メートル以上の魔物10体なんて」

「私も同じよ。椿様と同じ訓練なんかさせられたら、身体が幾つあっても足りないわ。それに私は女なんだよ」


 あらら、シルヴィも似たような罰ゲームを椿に言われたのか。確かに、椿が普段行っている訓練は男の俺でもかなりキツかったもんな。いくら先代の獅子の聖剣士の血を引いているからと言って、シルヴィにあの地獄の訓練を耐えるかどうか。


「まぁ良いです。そういう事でしたら、大きな魔物との戦闘はお2人に譲ります」

「そうしてくれると助かる」


 とか言っている間に、早速大きな魔物の群れの気配を察知した。


「この気配は、おそらくダークキマイラの群れですね。しかも、これ特大サイズです」

「ほほぉ」


 キマイラとは、複数の生き物を組み合わせたような姿をしたとても大きな魔物。確か東方では、頭と手足が獅子で、胴がヤギで、尻尾が毒蛇だった。

 その中でもダークキマイラは特に大きく、全身が闇色の毛で覆われていて、他のどのキマイラとは群を抜いて凶悪で、シルヴィも過去に契約を行おうとしたがあまりにも凶悪だったから全然屈服せず失敗した程だ。


「ダークキマイラの毛皮は、見た目とは裏腹に通気性が非常に良くて、夏に着ても全然熱くないし、防寒にも優れているの。それに、物凄く頑丈だから普通の剣の刃は全く通らないのよ」

「素材としてはかなり良いという事か」


 シルヴィからそんな事を聞いて、俺は俄然やる気を出して剣を抜いて前に出た。もうすぐ寒くなるから、そういう服があると非常に助かる。魔物の素材の加工技術には裁縫も含まれている為、毛皮を上着やマントにする事が出来る。

 早くもどう加工しようか考えていると、肩までの高さが10メートルと超える闇色の毛皮をした魔物が群れを成して姿を現した。群れを成しているのは分かっていたが、10や20なんてレベルではなかった。


「流石に多すぎるな」

「私もこの大きさは初めてだわ」


 1体だけでもかなり骨だというのに、この数は流石に参るぞ。


「この数なら2人で協力しても十分にノルマ達成になるわね」

「そうだな」


 1人で何とかしようなんて無茶は言わない。シルヴィと一緒に戦えば、ダークキマイラの群れなんてすぐに全滅させる事が出来る。シルヴィと一緒なら、それが出来る。

 俺とシルヴィの手の甲に紋様が浮かび上がった瞬間、俺達はほぼ同時に地面を蹴ってダークキマイラの群れの中へと突っ込んで行った。

 攻撃を躱しながら俺とシルヴィは、ダークキマイラの腹の下に滑り込み、2人で十字を描く様にして柔らかい腹を斬った。剣の刃を通さないダークキマイラの毛皮だが、腹にはあまり毛が密集していない為狙うのならここである。ちなみにこの戦い方は、マリアの受け売りである。

 そうして最初の1体を倒した直後、俺とシルヴィは左右に分かれてそれぞれダークキマイラを倒していった。


「出て来い、豪鬼!」


 直後にシルヴィは、群れのど真ん中に巨大な鬼の姿をした魔物・豪鬼を召喚させて、ダークキマイラ狩りを手伝わせた。

 俺はというと、魔法でダークキマイラの足元を凍らせて動けなくさせてから、ダークキマイラの腹を次々と斬って行った。シルヴィのお陰なのか、戦っている間は不思議と力が湧いて出てきている為すんなりと群れを全滅させる事が出来た。

 2人合わせて、48体。1人辺り、24体。

 これで、両手と両脚に50キロの重石を付けられなくて済んだ。

 ダークキマイラの素材は毛皮だけだが、1体剥ぐだけでもかなりの重労働であった。それが48体もいるのだから、面倒臭い事この上ない。毛皮を剥ぐだけで6時間もかかってしまい、あっという間に日が暮れてしまった。

 ちなみに、ダークキマイラの肉は反吐が出る程に不味い上に物凄く固い為食用には適さない。その為、全て焼却しました。


「まぁ何にせよ、凄く良い素材がたくさん手に入ったと思えば良いだろう」

「そうね、それにノルマも達成したのだし」


 結果オーライという事で、俺とシルヴィとシン王子で毛皮を持て合流場所へと向かった。合流場所には手ぶらのマリアと椿、宮脇とダンテが俺達を待っていた。

 俺とシルヴィの成果を報告すると、マリアは満足そうに俺達が持っていたダークキマイラの毛皮を収納魔法の中へと入れた。

 その内一体の毛皮を使って、俺とシルヴィは全員分のマントを作った。色は魔力を注ぐ事で好きな色に変える事が出来た。魔法ってすごいね。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 4人との合流場所で野宿をした翌日。

 今度は7人一緒にもっと奥へと進んで行った。シン王子曰く、山を2つ超えた所にはもっと凶暴で大きな魔物が住んでいるという。本当なら行って戦いたいところだけど、国王と王妃に止められている為行く事が出来なかったそうだ。


「昨日でだいぶ準備運動が出来ましたし、椿様やマリア様がご一緒であれば皆も文句は言いません」

「どんだけ行きたがってたんだ……」

「今日もシン王子は平常運転ね……」


 呆れる折れたとシルヴィを他所に、テンション高くスタスタ歩くシン王子。

 確かに悪い人間ではないが、止める相手がいないとハチャメチャしかねない奴だな。力を持って生まれたから、その力を存分に出す機会に常に飢えているのだろうな。マリアと椿みたいに、騎士団の遠征に参加させてもらえないのだろう。まぁ、シン王子の性格を考えると仕方が無いのかもしれない。これだけ力を出し切る事に飢えていれば、何か問題を起こさないか国王と王妃が心配知るのも分かる。


「それにしても、そんなに危険な魔物が住んでいるのに王都に住んでいる人達はちっとも怯えている素振りがないわね」

「危険と言っても、彼等の縄張りに足を踏み込まなければ襲われる心配は全然ないし、そもそもこの国に住んでいる魔物の殆どはやたら無闇に人の住んでいる所に足を踏み入れたりはしないわ。人間が魔物達を怒らせるような真似をすれば、その限りではないけど」


 宮脇の疑問に、魔物に詳しいシルヴィが解説してくれた。つまり、こちらがちょっかいを掛けなければ安全という事か。


「それじゃ、俺達が足を踏み入れるのは駄目じゃないのか?」

「いや、そうでもないわ。数が増えすぎると、餌に困って人里に降りてくる事もあるの。一度人間の味を覚えてしまうと、向こうも何の躊躇いもなく人間が住んでいる領域にドカドカと踏み込んでくるようになるわ」


 確かに、人間の味を占めた肉食動物はかなり危険だと聞いた事がある。魔物は増えすぎると危険でしかない為、定期的に狩って数を調節しているのだ。


「だから魔物狩りをしている者が、定期的に足を運んで魔物を狩っているのでござる。拙者達も、あそこに住んでいる魔物を狩る為に足を運んでいるでござる」

「その代りに、手に入れた素材は全てレイシン国王に売る事になっているのが納得いきませんけど」


 そんな不満をマリアが呟くと、シン王子は申し訳なさそうにしていた。せっかく手に入れた素材を全部取り上げられれば、不満を抱くのは仕方がない。ま、それに見合ったお金を出してくれるだけまだ良いみたいだけど。


「父上や母上が何と言うのか分かりませんが、今回の魔物狩りで手に入れた素材は、必要な分だけ買い取らせてもらいます。無論、渡したくないとおっしゃるのでしたらそれでも構いません」

「シン王子は話が分かるだけまだ良いけど、この国の王様と王妃様はやたらとケチつけてくるからな」

「返す言葉がありません」


 ダンテの容赦のない指摘に、シン王子はバツが悪そうな返しをするだけであった。どんだけ信用されていないのだ?


「それはそうと、そろそろ気を引き締めた方が良いんじゃない」

「えぇ。縄張りに入って来た私達を敵と認識して、たくさんの魔物がこっちに向かっているわ」


 俺とシルヴィが臨戦態勢を取ると、他の皆も武器を手に周囲を警戒していた。まぁ、気配を探らなくても地面が揺れる程の物凄く大きな足音が地面から響いて来て、こちらへと徐々に近づいてきているのがすぐに分かった。


「足音を鳴らす程って、一体どんなデカイ魔物が近づいてきてるんだ?」

「いいえ、デカイ魔物じゃないわ。たぶん、大きさは3メートル弱で、それでいて5トン越えのヘビー級の魔物が群れを成して一斉に近づいているのだと思うわ」


 ちょっと待て、シルヴィアさん。

 体長が3メートルもないのに重さが5トン越えって、一体どんな魔物が近づいてきているというのだね。


「竜次と明里は初めてかもしれねぇな、ゴウバフロって言う滅茶苦茶太った牛の魔物」


 初めて聞く魔物の名前に俺と宮脇が首をかしげると、ダンテが鎌を構えて説明してくれた。

 全身が真っ黒な毛で覆われた大きな牛で、非常に凶暴な性質をしているのだそうだ。通常であれば2メートル弱なのだが、それでも体重が2トンもあるらしく、見た目もブクブクに太った闘牛の姿をしているのだという。


「ま、太った外見とは裏腹に滅茶苦茶速く走るらしいから、一発でも体当たりを食らうと人間なんて即死するからな」

「「ええぇ……」」


 ダンテ曰く、ブクブクに太っている割には熊よりも早く走るらしい。しかも、かなり凶暴らしいから肉食の魔物でも滅多に近づかないそうだ。


「ちなみに、ゴウバフロの角は鉄並みに固いから矛や盾として作られ、更に肉は少し筋っぽいけど赤身がとても美味しいのよね」


 詳しい説明ありがとう、シルヴィ。

 とにかく、あまり傷つけないようにして狩らないといけない訳か。角を傷つけても駄目だし、肉を傷つけすぎても食品としての価値が下がってしまう。危険な暴れ牛なのに、神経を削って倒さないといけないなんて。


「そんなに緊張しなくても、心臓を一突きにすればいいだけです」

「それか、首を刎ね飛ばすのも有りでござる」


 現役の姫様2人の口から、そんな物騒なアドバイスを頂くとは思いませんでした。

 要は、あまり傷つけすぎない程度に仕留めろと言う事ですね。

 そんな事を考えていると、目の前から土煙を上げてこちらに向かってくる黒色のメタボな牛の姿が見えてきた。あれがゴウバフロ。


「太って見えるけど、実際は筋肉の塊なんだよね」


 サラッと恐ろしいこと言わないでシルヴィ。メタボに見えて実は筋肉の塊だったのかよ。


「まぁ何にしろ、これで今晩の夕食はかなり豪勢になるって事だ」

「拙者達も負けてはおれぬでござる」

「えぇ。私達もたくさん狩りましょう」


 気合十分と言った感じで、シン王子と椿とマリアの3人は臆する事なくゴウバフロの群れの中へと突っ込んで行った。

 マリアは剣ではなく、魔力を纏わせた拳でゴウバフロの脳天を殴っていった。殴られたゴウバフロは、手足をビクビクと痙攣させながら気絶していた。後で絞めるつもりなのだろう。

 椿はというと、愛刀で次々とゴウバフロの首を刎ね飛ばしていった。

 そしてシン王子は、矛で1体のゴウバフロの心臓を一突きにした後、腰に提げてあった剣を抜いてゴウバフロの首筋を斬っていった。更に、後方にいるゴウバフロには足下を凍らせて動けなくさせていた。


「攻撃の切り替えが早い上に、その場の状況に応じて適した魔法を使ってくる。確かに、凄い天才だ」


 剣の腕は、マリアや椿にも匹敵していて、力もかなり強い。魔法を放つ速度に関しても、リーゼや宮脇にも引けを取らない。しかも、まるで先が見えているみたいに行動が早い。確かに、こいつは凄い天才だ。


「感心しているけど、シン王子の魔法の腕はまだまだこんな物じゃないわ」

「ん?」


 そんな俺の疑問に答えるかの如く、全てのゴウバフロを倒し終えた後更に後方からまた別の魔物が群れを成してこちらに向かってきた。目を凝らすと、ゾーマと同じくらいの大きさの狼の魔物であった。


「今度は狼か。それだったら、久々にいくか」


 何やら指を鳴らす様な事をした後、シン王子の左手から大きな炎がボォーと出てきた。


「ちょっとシン王子!ここでその魔法は!」

「その魔法を使うと、また地下牢に入れられるでござるよ!」


 ちょっと待て、武闘派お姫様方。あなた方は一体何を焦っているのでしょうか?


「くらえ!」


 そんなマリアと椿の制止も聞かず、シン王子は狼の魔物の群れに向けて魔法を放った。というか、放たれた炎はまるでレーザー砲の如く真っ直ぐ伸びていき、しかもかなり範囲が広いから散り散りになって避けようとした狼全てが飲み込まれていった。周囲にある木も巻き添えにして。

 そして、放たれた赤いレーザーは目の前にあった山を轟音と共に吹き飛ばしていった。

 あまりの光景に、俺は言葉を失った。

 シン王子の目の前には、魔法によって半円形に大きく抉られた地面があった。まるでクレーターだ。ちなみに、クレーターがあった所には大きな山があった。


「ふぅー!気持ちいい♪」


 スッキリした、と言わんばかりに声を弾ませるシン王子。ちょっと待て、こんな魔法を作り出すなんて、しかも使いたがっているなんて頭がおかしいぞ。ハチャメチャをするって、こういう事なのかよ。


「マリア様とエレナ様も、過去に地形を変える程の魔法と使った事があるけど、あの2人は一度地下牢に入れられたことで懲りて、それ以来使っていないわ。でもシン王子は、何度地下牢に入れられても懲りずに何度も使いたがるのよ。魔物相手に」

「はは……」


 そりゃ、確かにこんな山奥に行かせられないわな。地形が変わるだけでなく、せっかくの魔物の素材が台無しになってしまうのだから、国王と王妃が怒るのも仕方なしだ。おまけに、自然豊かな山を荒野に変えられては堪らんだろう。


「まったく、そんなんですから遠征に連れて行ってもらえないのです」

「そもそも何故、こんな魔法を作ろうと思ったのでござるか?」


 明らかな呆れ顔で、マリアと椿はシン王子に尋ねた。

 そして、それに対するシン王子の答えは


「そりゃもちろん。普通の魔法を使うよりは、派手で威力の強い魔法を放った方がかっこいいだろ。男の憧れって奴さ」


 極めて幼稚な内容であった。まぁ、若干甘さがあってハキハキとしていなかった昔のルータオに比べたら幾分かマシだが、シン王子は何と言うか、無邪気というか、お気楽というか、少々子供っぽいところが目立つ気がする。


(三大王子と三大王女、どちらも容姿だけで選ばれている気がするな)


 蓋を開けてみれば、三大王子はそれぞれあまりハキハキしていなかったり、無邪気で子供っぽかったり、他者を見下すゲスの様な性格をしている。

 三大王女にしても、3人ともかなり気が強い所があり、負けん気が強い所がある。


「まったく、三大王子にしろ、三大王女にしろ、外見だけじゃなく中身まできちんと見てもらわないと、石澤君みたいな歪んだ男にコロッと騙されて酷い目に遭うわよ」


 俺がチラッと考えていた事を、宮脇が代わりに言葉に出してくれた。


「そんな事言ったって、各国の王様達が一堂に集まって勝手に決めたのよ。私達の意思もへったくれもないわ」


 あっけらかんとした態度で答えるシルヴィ。その表情からは、もう諦めが感じられた。


「そもそも、外見だけじゃなく性格も良い王族なんてそうそういないわよ。私の知る限りでは、該当するのはナサト王国のアリエッタ王女だけね。何で選ばれなかったのか不思議なくらいよ」


 あまりにもあっけらかんとし過ぎているぞ、シルヴィ。しかも、その三大王女の一人に自分も入っているくせにまるで他人事の様に言っている。


「他人事よ。だって私はもう王女でも何でもないし、私が抜けた分の穴はキリュシュラインのクソ王女が無理矢理入れたじゃない」


 そんな事を言うと、シルヴィは何を今更という感じで返した。

 確かに、あるのかどうか定かではないが書類上ではシルヴィが抜けて、代わりにあのクソ王女が入っているという事になっている。けど、世間的には今でもシルヴィが三大王女なのである。

 それを自覚していないから、さっきみたいにあっけらかんとした態度で返したのだろう。もう自分は関係ないと言わんばかりに。


「まぁ、それはそうと先へ進みましょう。それに、正直言って私は自分が三大王子に選ばれた事なんてどうでも良い事ですから」


 意気揚々と矛を担いだ後、シン王子は軽快な足取りで自分の魔法で作った一本道をスタスタと歩いて行こうとした。


「それに、私はエミリアにだけ好かれればそれで良かったのです。それ以上は何も望みませんでしたし、特に女性からモテたいなんて思った事もありませんでした」


 と思ったら、急に表情に影を落とすシン王子。やはり、何の前触れもなく婚約者の態度が急変して、身に覚えもない罪を着せられた上に婚約を破棄されたのだ。いくら無邪気に振る舞っていても、その時の心の傷は決して癒える事は無い。しかも、その婚約者を石澤に奪われるというおまけ付きだ。

 こんな事をされては、宮殿に残っている国王と王妃が同じ聖剣士の俺に対して強い敵意を向けるのは仕方がない事。石澤も、自分の馬鹿な行動のせいで聖剣士全体の印象を悪くさせているという自覚があるのだろうか?いや、無いだろう。そうでなければ、あそこまで好き勝手にしないだろう。

 そんなシン王子を心配しながらも、俺達はシン王子と魔物狩りを続けた。




 シン王子の言う様に、奥へ進めば進むほど3メートルを超える魔物がたくさん出てきて、マリアと椿とシン王子の3人が無双状態になってたくさん狩った。俺とシルヴィはというと、そんな3人が取りこぼした魔物を地道に狩っていく事しか出来なかった。

 前に出られないと踏んだ宮脇とダンテは、諦めて魔法で俺達の支援に徹した。

 そんな感じで魔物狩りは進んでいき、気が付いたらあっという間に5日目の夜を迎えていた。明日は朝一で、シルヴィがレイリィを召喚させて全員で一斉に帰る事にした。


「何と言うか、マリアと椿とシン王子がやたらと無双した5日間だったな」

「あはははは、面目ありません」


 乾いた笑いで返すのは、無双した張本人の一人のシン王子であった。

 他の皆がテントで就寝している中、俺はシン王子から話があると言われてテントから出てきた。


「でも、お陰でスカッとしました。久しぶりに存分に戦う事が出来ました」

「それは良かったな」


 シン王子の実力は、一言で言うのであれば規格外であった。剣の腕はマリアや椿とも引けを取らないし、攻撃魔法の威力もかなりのものであった。というよりも、完全に歩く核兵器という感じであった。


(こんなハチャメチャ王子に、よくマリアと椿は勝ったな)


 シン王子曰く、マリアと椿は別格らしい。


「まぁ、どんなに先が見えても、あの2人は素の力が強いですから勝ち目なんてありません。その上、まだ幼い桜様や幸太郎様も椿様に匹敵する強さを持っていますから」

「そう言えば、あの2人も強かったな」


 桜様は分からないけど、幸太郎様は子供とは思えないくらいに強かった。先々代の獅子の聖剣士の血を引いているというのを差し引いても、かなりの実力者である事は間違いない。


「それなら……」

「ロア様なら勝てると思いますが、アレン様に関しては飛翔剣を使われると勝ち目がありません」

「おい」


 人が言おうとしている事を先に言わないで欲しいぞ。というか、何で俺が言おうとしている事が分かるのだ。

 ジト目でシン王子を見ると、まるで降参したと言わんばかりに両手を上げる行動をして、ぱたんと仰向けに倒れた。


「楠木様の実力もかなりのものでした。今はまだ私に劣りますが、まだこの世界に来て1年も満たないのですからそれは仕方がありません」

「そりゃ、あんな滅茶苦茶な魔法を使われれば勝ち目なんてないって」


 無理に特攻を仕掛ければ勝てなくもないが、その場合地獄のような痛みが全身を襲う事になる。死ぬことも、傷つく事も無いけど。


「ですけど、1年も経っていないのにここまで実力を伸ばすとはすばらしいですし、来年度には私を抜いていますよ。私だけでなく、マリア様や椿様をも超えています」

「ハッキリと言い切るんだな」

「はい。分かるんです」

「ほぉ」


 そこまで言われて気付かない程俺は馬鹿ではないし、そもそも5日間も一緒に過せば何となくでも気付くというものだ。


「もうご存知だと思いますが、私には未来を見る力、違う世界の知識を取り入れるがあるのです」

「やはりな」


 予想通りシン王子には、未来を見通す力と違う世界の知識を取り入れる2つの力があるみたいであった。だから魔物の次の動きが読めて、それにいち早く対応する事が出来たのだ。


「何故私にこの力があるのかは分かりませんが、幼い時に目覚めて以来この力を使ってこの国の危機を救ってきたのです」


 それを聞いて俺は、シン王子が何故過去に縛られる事なくいろんな国とも友好的に接してきたのを理解した。全ては、この国を滅亡から守ろうとしたからであった。2つの力の中でも、未来を見通す力をかなり重宝しているみたいだ。

 だが、それなら一つ疑問があった。


「それならシン王子は、エミリア王女があなたを裏切って石澤と婚約する未来も見えていたのではないのですか?」

「はい」


 力なくシン王子は頷いた。


「本当の事を言うと、どうすればエミリアを取られなくて済むのかも知っていました。聖なる泉で水浴びをさせればいいだけでした」

「知ってたのならどうして実行しなかった?」

「エミリアは、カナヅチなのです。それも、かなりの」

「ああぁ……」


 つまり、泳げないから王族のしきたりである聖なる泉での水浴びが出来なかったのだな。嫌がる女の子を無理やり連れて行く訳にもいかないし、かなりのカナヅチとなるとおそらく水に顔を浸ける事さえも嫌がるだろうな。水着姿が見たいと言えばまだどうにか出来た気もしなくもないが、その場合自分は入らずにシン王子1人だけが水浴びをする事になるだろう。


「だから私は、その未来を受け入れるしかなかったのです。正直言って、ずっと愛していたエミリアに裏切られるのはとても辛かったです。相手の意思を捻じ曲げて無理矢理未来を変えると、もっと酷い結末を迎える事になりますので」


 仕方がなかったと割り切ってもいて、シン王子の目から涙が零れ落ちていた。


「確かに、エミリアがこの国にいる間はずっと傍にいましたし、イチャイチャしていました。でも、一度だって彼女に手を出した事はありません。そういう願望が無かったかと言われれば嘘になりますが、まだ結婚もしていないエミリアを抱く勇気は私にはありませんでした。なのに……」

「石澤に都合よく事が運ぶように、あのクソ王女が仕向けたんだろう」


 俺も同じ被害を受けているからなのか、シン王子の苦しみが痛い程に分かる。元の世界にいた時はまだそこまで酷くなかったのに。


「そのせいで、父上と母上はドラゴンの聖剣士を初め、全ての聖剣士を敵視するようになってしまいました」

「知ってる」


 2人が纏っている気の色が、強い怒りを表すオレンジ色に染まっていたのだから。嘘探知魔法って、嘘を見抜く以外にもいろんな用途で使えるからすごく便利だ。


「でも、誤解しないでください。ゾフィル国王の様な愚行に走る事はありません。そこは約束できます」

「その根拠は?」

「実は7ヶ月前にも、この国は一度大襲撃による被害を受けた事があるのです。その時我が軍は、およそ100万の兵士を引き連れて対応していました」

「100万って……」


 普通それだけの数の兵を集められないぞ。それだけ力のある大国って事なのかな?


「父上も母上も、これだけの兵を揃えれば例え聖剣士がいなくてもこの国を、いや、世界を救う事が出来るといきがっていました。ですが」

「結果は惨敗」

「はい。それどころか、100万人も投入しておいて生き残ったのはたった97人なのです。魔人も倒すどころか傷つける事が出来ず、我が国は多大な損害を受ける事になり、父上の支持率は一時地の底に着くくらいに落ちてしまいました」

「なるほど」


 だから、俺がこの国で迫害される心配がないと言い切ったのだな。その頃にはもう魔人は聖剣士でないと倒せなくなり、この国の軍事力ではもはや対処できなくなってしまったのだと自覚したのだな。

 ちなみに、その魔人と怪物軍はその後どうなったのかというと、誰にも止められる事なくまっすぐ進み、フェリスフィア王国のエララメの町を目前に討伐されたそうだ。あの時の大襲撃は、レイシン王国から始まって、それからエララメの町まで真っ直ぐ行軍していたのだ。


「兵力がかなり消耗してしまった今、大襲撃を食い止めるには聖剣士に頼る他ないと父上と母上は何よりも痛感しています。遺恨が無いわけではないですが、それでも聖剣士に頼るしかないと感じています」

「そうか」

「確かに、父上も母上も過去の栄光に縋り、先祖の恨みを何時までも引きずっている所がありますが、そんな事を言ってこの国が滅んでは意味がない事をしっかりと分かっています」

「しっかりとって、一度取り返しのつかない事態に陥ったから分かったんだろ」

「そうとも言えます」


 それは決して納得のいく内容ではないが、シン王子曰くとりあえず協力はするのだそうだ。フェリスフィア王国と同盟を結ぶかどうかについては、シン王子は推奨していても最終判断を下す立場にある国王が渋っている為それが出来ないでいるそうだ。


「今回の魔物狩りを提案したのも、私と仲良くする事で楠木殿が悪い人ではないという事を父上と母上に伝えたかったのです。楠木殿だけではありません、上代殿も、秋野殿も、我々の敵ではないという事を知って欲しかったのです」


 上代と秋野の名前が出るという事は、あの2人がキリュシュラインと手を切った事も既に知っているのだな。


「帰った後、楠木殿とシルヴィア様には私と一緒に一度父上と母上と交えた食事を行っていただきたいです。そうすれば父上と母上も、楠木殿が悪い人ではない、敵ではないという事を理解されます」

「俺とシルヴィの2人だけで?」

「はい。それをお願いする為に楠木殿を呼んだのです」

「ああぁ……」


 いや、シルヴィがいるだけまだましかもしれない。俺1人だけだったら、間違いなく通夜の様な食事になるだろうな。かと言って、外交に不向きな性格をしたシルヴィでも不安は大きい。せめてマリアも同席して欲しかった。


「……分かった」


 とは言え、ここで拒否して国王と王妃に喧嘩を売ってもこっちに何のメリットもない。仕方なく俺は、明日の夜シルヴィと一緒にレイシン国王一家と食事をする事になった。




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