46 外伝 それぞれの思惑
今回の話は、3人の視点をそれぞれ見た後で少しだけ竜次の視点に入ります。
竜次の視点は入りますが、外伝として扱います。
竜次達がバラキエラ王国の幽霊騒動の真相を突き止めた日から1週間後。
キリュシュライン王城。
「チッ!フェニックスの悪魔め、また余計なことをしおって」
「私達の国から来た虫けらどもの犯した事に対して責任取れと、バラキエラ側からしつこく言って来ていますわ。あの男が余計な事をしたせいで」
自国の人間がバラキエラで石炭を独占する為に騒動を起こし、それを竜次が解決してしまった為にバラキエラ国王から厳しく批判されてしまった。それによってバラキエラはフェリスフィアと同盟を結び、竜次を支援する事を決めた。
その事に国王と女王は納得がいかず、腹を立てていた。
「それだけじゃない。イルミドでの大襲撃でも、あの悪魔は厄竜のリバイアサンを討伐したそうだ。それによってイルミドでの評判も上がったそうじゃないか」
「イルミドは元々フェリスフィアと同盟を結んでいる国ですから、私達の流した偽情報を信じる訳がありません。それに、リバイアサンと殺し屋・シャギナは完全に予想外でした」
「海からの大襲撃については、向こうが陥れる為についた嘘という事にしてしまえば良かったじゃないか」
「そうもいきません。後から本当に海からの大襲撃があったなんて言ったら、玲人様達の私達に対する信用を下げてしまいますわ」
だから王女は、あの時あえて海からの大襲撃がある事を肯定した。遅かれ早かれ、他の聖剣士達もいずれ経験する事になるから。
だが、その日から翔太朗の自分達に対する疑念が更に強くなり、宴会の場で竜次とシルヴィアのやり取りを見た沙耶までもが、自分達を疑う様になってしまった。結果、2人ともこの国から離れて、後に手を切られてしまい敵対関係となってしまった。
竜次以外4人の聖剣士を味方に付ける筈が、更に2人も離れて敵に回ってしまうなんて予想外であった。
「あの御方も、他所の国で大襲撃を起こす際はせめて陸上戦か海上戦かどちらかを告げて欲しいもんだ」
「無理言わないでください。お父様でさえ自由に謁見できないのですから、私が気軽に聞ける訳がありませんわ」
2人の言うあの御方との謁見は、月末の近況報告の時にしか会う事が出来ない。会うと言っても、顔を見られる訳ではない。
そんなあの御方に対する愚痴を聞いた後、王女はいつも通り王城を出て、更に王都を出て北側にある一際大きな建物の中へと入って行った。その建物は非常に大きく、キリュシュライン城くらいあった。
その屋敷に入ると、煌びやかなドレスを着た大勢の女性達がそれぞれ仕事をしていた。
この屋敷には王女も含めて1000人以上もの女性が、ある1人の男性の為に奉仕し、愛を育むために設けられた建物。表向きは大勢の人が急ピッチで建てたと言っているが、実際は遠い町や村に住んでいる男性魔法使いを奴隷のように働かせて建てたものだ。その男性魔法使い達は、過重労働によって次々に命を落とし、最終的には全員が死んでいった。
屋敷の中に入った王女は、そのある男のいる部屋へと入って行った。
「エル、お義父様との話は終わったのか?」
「えぇ。玲人様に早くお会いしたくて急いで切り上げました」
甘えるような口調で王女は、ソファーに座っているこの屋敷唯一の男性である石澤玲人の所へと歩み寄った。
ドラゴンの聖剣士でもあり、この屋敷に住んでいる全ての女性達の夫となる男でもあり、王女とも婚約をしている事もありこの国の次期国王の座についている。
聖剣士を利用しようと企んでいる王女だが、玲人の事は初めて会った時から気に入っており、政治利用の面はもちろんあるものの王女が初めて本気で好きになったただ一人の男でもあった。
そんな玲人も、イルミドでの大襲撃を経験してから今まで以上に毎日剣の稽古に励むようになった。その稽古を終えてお風呂に入った後なのか、玲人からほんのり石鹸の良い匂いがした。
「玲人様ったら、最近剣の稽古ばかりで私達の事をほったらかしにし過ぎではありませんか?」
「そうは言うけど、あのシャギナという女に手も足も出せなかったのが悔しかったから、アイツよりも強くなれるように稽古しないとな」
「ストイックですね、玲人様は」
甘ったるい声でソファーに寝転がり、玲人の太ももに頭を乗せる王女。元々才能があった玲人は、あっという間に剣の腕をメキメキと伸ばしていって、今ではこの国の騎士全員が一斉にかかっても敵わないくらいに強くなった。シャギナに負けたのが余程悔しかったみたいだ。
「でも、それはフェニックスの悪魔とシャギナも同じです」
甘ったるい感じから急に真顔になった王女は、玲人に無常とも言える事実を突きつけた。
「分かっている。こんなんじゃ、楠木の所に就いている彼女達を救う事なんて」
「それはどうでしょう。シルヴィア王女とマリア王女、それに椿王女に関しては自分の意志であの悪魔に就いていますわ。自分より強い相手になびく椿王女は仕方ないとしても、シルヴィア王女とマリア王女は完全にあっち側の人間です。悪魔に唆されているのではなく、自らの意思で悪事を働いています」
「やっぱりそうなのだろうか」
これだけ言っても信じられないと言った顔をする玲人。でも、王女は知っていた。あの3人の王女は、一度自分で決めた事は絶対に曲げない強い意志の持ち主である事を。その為、いくら玲人が説得しても聞く耳を持たない。
そんな3人を諦めてもらう為に、王女は決定打となる言葉を言った。
「シャギナと戦って知った筈です。あの女みたいに進んで悪事を行う悪い女もいるという事を」
「あっ」
「ですから、あの3人もシャギナと同類と考えるべきです。女性全てが、玲人様の助けを求めている純真で可憐な子ばかりではありません」
「ん……そうだな。あの女は金の為に進んで殺しを行っていた。そんなシャギナみたいな悪い女が他にもたくさんいてもおかしくないな」
「そうです」
王女としても、シルヴィアの召喚術を手放すのは惜しいとは思っているけど、竜次の正規のパートナーである事が分かった以上諦めるしかなかった。
この国では、フェニックスは悪魔の化身として忌み嫌われているが、そういう考えを植え付けさせるように指示を出したのもあの御方であった。流石に国民全員にその思想を植え付けさせるのは無理だが、それでも大多数の国民にフェニックスを悪魔だと思わせる事に成功した。
そんなフェニックスの聖剣士、竜次の正規のパートナーでるシルヴィアも同罪。
初めは何とか引き込もうとかなり強い洗脳を試みたが、聖剣士はもとよりそのパートナーには洗脳や呪い等に対する強い耐性を持っている為、いくらやっても跳ね除けられてしまう。ファルビエでの一件が決定打となり、苦渋の決断としてシルヴィアを諦める事にした。玲人はまだ諦めきれないでいるみたいだが、そこは強引に割り切ってもらうしかなかった。
「玲人様♪」
そんな張り詰めた空気を打ち破る様に、1人の女性が勢いよく扉を開けて玲人の元へと駆け寄ってきた。亜麻色の長い髪の毛に、小さめの低い鼻に幼さが残る顔立ち、平均より少し背は低いもののスタイルは同年代の女性よりも少し優れていた。町を歩けば誰もが振り返る美貌と、幼子の様なあどけなさも残る美女であった。
彼女の名は、エミリア・メアリー・フォン・アバシア。アバシア王国第一王女で、前の婚約者に無理やり関係を迫られた事に恐怖を抱き、玲人の元へと助けを求めに来た事をきっかけに婚約した玲人の未来の妻の一人。
正確には、そうエミリア王女に思わせる様に王女が仕向けたのであった。
玲人と共にたまたまレイシンを訪れた時、これまた偶然にも王城の浴場でエミリア王女と出くわした王女が、前の婚約者であるシン王子に酷い事をされて怖い思いをし、玲人に助けを求めさせた。
そして、シン王子を捨てて玲人を愛するように洗脳させたのだ。
「どうしたんだい、エミリア?」
「どうしたって、玲人様に会えなくて寂しかったから会いに来たのではありませんか」
「そうか。ごめんね」
そうとも知らずに、玲人は腕に抱き着いてきたエミリアの頭を優しく撫でてあげた。
もしも本当に、シン王子がエミリア王女を襲ったとしても彼女がそれを拒む訳がない。むしろ、喜んでシン王子を受け入れるだろう。
けれど、シン王子とエミリア王女のラブラブっぷりを知らない玲人は、そんな事があったなんて知る由もなくエミリア王女を温かく迎え入れた。
そもそも何故、王女はこんな事をしているのかというと、一つは玲人に絶対的な権力を持たせる為であった。たくさんの女性を救った玲人は、国内でも高い支持率を確立していき、彼の言う事は全て正しいものだと国民は錯覚して何の疑いも抱かずに従う。特に女性は、玲人に対して崇拝にも近い感情を抱いて従う。そうなれば、国内での玲人の権威は絶対的なものとなる。
もう一つは、玲人自身が無類の女好きという事もある為、そんな玲人のハーレム願望を叶える事で王女の頼み事を何でも聞き入れてもらおうという思惑もある。流石に1000人以上はやり過ぎたかなと思ったが、玲人が望むのであれば更に1000人増やさしても良いとも考えていた。それで、玲人が自分の頼み事を何でも聞いてくれるのなら。
(その為にも、フェニックスの悪魔とあの王女は邪魔ね)
竜次の恩恵には、自分達が掛けてきた洗脳を全て解く力がある。事実、7ヶ月以上前にフェリスフィアで起こった大襲撃の後も、王女が洗脳したフェリスフィア兵を竜次の恩恵が解いて台無しにしてしまった。
その為、国王と王女、更にあの御方にとって竜次は邪魔な存在となっている。
そんな竜次にこれ以上活躍されては、王女にとってはかなり都合が悪い。
(幸いにも、北方の国々とは敵対関係にありますけど、疑う事を知らないあの連中は私達が流した偽情報をそのまま鵜呑みにしてくれますわ。それになのより、北方の人達にとってフェニックスの聖剣士は悪魔そのものですから)
西方はフェリスフィア以外全ての国を制圧し、実質キリュシュラインとフェリスフィアの2国しかない状態になった。
南方は、アルバト王国、ファルビエ王国、イルミド王国以外全ての国がキリュシュラインの属国となり、国王や王女の思い通りに支配する事が出来た。最近までフェリスフィアと同盟を結んでいたゾフィル王国も、頑固で愚かな王のせいで同盟が破棄されてしまい、アルバト王国に指示を出して無事に制圧する事に成功した。
ここまで行くと順調のように見えるが、問題となるのは北方と東方であった。
北方の国々は、放って置いても勝手に自滅する為無視すればいい。
ところが、東方でキリュシュラインと友好関係にある国は一つもなく経済の発展も著しく、急速に力をつけている国が多い。
戦闘能力の高い戦士もおり、ヤマト王国の椿王女はもちろん、レイシン王国にもシン王子という1000年に1人の天才がいる。そんなシン王子の指導によって、あの国は急速に力をつけていった。フェリスフィアやヤマトに迫る程の。
そんなレイシンの第一王子の婚約者を奪うなんて、自分の首を絞める行為ではあったが、玲人を喜ばせる為ならそのくらいどうという事も無かったし、危険を冒してまでエミリア王女を奪った甲斐があったと思っている。
後は数の暴力で押せば、いかに強い戦士がいたとしてもどうとでも出来る筈。そうすれば、あの御方の理想とする世界を作る事が出来る。
「それよりも玲人様、この後はどうされます?」
「昼食を食べ終えたら、王都の外れにある森に行って魔物の討伐をしようと思う。剣の稽古も兼ねて」
「お供いたしましょうか」
「いや、女の子をそんな危ない所に連れて行けない。エル達は俺の帰りを待っていてくれ」
「分かりました」
「お待ちしております」
王女にとっては、そこも玲人の魅力の一つでもあった。女性を決して戦いの場に赴かせず、全ての女性を守ってあげようとしてくれる。戦わなくて済む。
そんな玲人にうっとりしながら、2人は昼食の時まで玲人の部屋で過ごしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
更に所変わって、北方のとある大国。ジオルグ王国王城。
「どうなっている!あんな村の制圧に何を尻込みしている!」
「申し訳ありません!」
王城にある謁見の間で、長い金髪をポニーテールに結び、世の女性を虜にする程の二枚目の男性が、城に仕えている男性に罵声を浴びせていた。
彼の名は、デゴン・ガル・ジオルグ。
ジオルグ王国の第一王子にして、この世界で最も優れた容姿をした3人の王子、三大王子の一人でもあった。
その評判に違わず、パッと見は爽やか系のイケメン男子で、細いがかなりがっしりした体付きをしていた。青を基調とした服と、厚手のマントがこの男の魅力を更に引き出していた。
そんなデゴンが、物凄い剣幕で城に仕えている男性を怒鳴り散らしていた。デゴンに怒鳴られている男性は、この国の宰相であった。
「何処の誰とも知らん女とおっさん相手に、怖気づいてどうする!あんな余所者なんて、さっさと捕らえて排除しろ!」
「しかしデゴン様。そうは申されても、この天候と城壁の様に高く積もった雪のせいでなかなか行軍できないのです」
「弱気な事を言うな!第一、城壁の様に高く積もっただなんて大袈裟に言うな!」
デゴンが怒る理由は、王都から馬車で15日離れた所にある村に突如現れた2人の見知らぬ男女が勝手な事をしているからである。村の周辺に魔物除けの巨大な壁を作ろうとし、更にデゴン達王族が攻めてきたとの為の武器の製造もおこなっていたからであった。
正しくは、男の方は主に警備と犯罪者の拘束を主に行っていて、指揮を執っているのは女の方であった。
「何としてもあの女を、鹿島を葬れ!あの女は王族である俺様の言う事に楯突いて来るんだ!そんな事が許される訳がない!即刻死刑にすべきだ!すぐに兵を向かわせろ!」
「は、はい!」
宰相の男は、慌てた様子で謁見の間から出て行った。
「クソ!どいつもこいつも、王子であるこの俺様に歯向かうなんて!」
ジオルグ王国を初め、北方に位置する国の9割が王侯貴族絶対の国で、王族や貴族が言う事は全て通るのが常識となっている。例えば、一人の貴族が領民の一人に死ねと言ったら、その領民は必ず死ななければいけない程。
その命令権は上に上がれば上がる程強くなり、王族となればどんな無茶な事であっても必ず実行しなければいけないのだ。
ただ、これは北方に限った事であって、他の地方に行くと国際問題に発展してしまい、最悪の場合戦争が起こってしまう。いくら軍事力を強化しても、一年中0度を下回る極寒地域の北方ではまともな訓練など受けられる訳もなく、もし他の地方の国と戦争になってしまうと確実に負けてしまう程であった。特に、フェリスフィア王国、レイシン王国、ヤマト王国、そしてキリュシュライン王国、この4つの国とは絶対に争い事を起こしてはいけないと言われている。
「クソ!全部あの女のせいだ!あの女が俺様に恥をかかせたせいで!」
デゴンの言うあの女と言うのは、シルヴィアの事であった。
何年か前にデゴンは、今は滅んだエルディア王国のパーティーに出席した事があり、そこの第3王女のシルヴィアの美貌に当時心を打たれていた。
だが、シルヴィアはデゴンの誘いを断っただけではなく、デゴンに恥をかかせるような言動を行い、あまつさえ会場からつまみ出させるという王族としてこれ以上に無い程の屈辱を与えた。
以来、デゴンはシルヴィアの事を激しく恨むようになり、彼女が三大王女に選ばれてもその感情が治まる事は無かった。
そして今回は、何処の誰とも知らない鹿島までもが王族に楯突き、村の周囲に巨大な壁を築くという身勝手極まりない暴挙に出た。
「今思えば、シルヴィア王女が俺様に恥をかかせたせいで女どもが俺様の思い通りに動かなくなった!」
何か都合が悪い事が起こる度に、デゴンはそれを全てシルヴィアのせいにしてきた。それは今回に限った事ではない。
その度にデゴンはヒステリー状態に陥り、周りにある物を全て壊し尽くすという悪い癖がある
「はぁ、まぁいい。今の俺様にはあれがあるからな」
だが、今回はそんな事にはならなかった。
不敵な笑みを浮かべながら、デゴンは国王である父が座る椅子の裏に回り、そこに置かれていた手のひらサイズの球状の物を手に取った。
「これは神が俺様の為に下さった奇跡の鉱石、ウランを原料にして作り出した強大な爆弾。これから生み出される強大な破壊力は、たった一つで煩わしかった周辺諸国を滅ぼす程の力がある。これさえあれば、魔人どもはおろか、俺様よりもたくさんの女を物にした煩わしい聖剣士どもを全て滅ぼす事が出来る」
それは、この国の地下で発見された新たなエネルギーを秘めた石で、国を滅ぼす程の強大は力を秘めた危険な鉱石、ウランを爆弾として作り上げた物であった。
このウランの発見により、ジオルグ王国は実験と称して周辺にある国に片っ端から爆弾を落として崩壊させた。そして、その崩壊させた国を乗っ取って国土を広げていった。
被爆地に足を踏み入れた人間は謎の病にかかって死んでいる為、まだ人が住む事が出来ないというのが難点だが、その辺は時間が解決してくれるだろうとデゴンは楽観的に考えていた。実際は、そんなに甘いものではないが。
「とは思ってもみたものの、被爆地に行くと死ぬというのがあるから、国内ではポンポンと使いたくないんだよな」
出来る事なら魔法や既存の武器で何とかしたいが、先程の宰相の言っていた様に王都の外は5メートル以上も積もった雪があり、そこを抜けても雪のせいで足場も不安定である為にそう易々とは兵を向かわせる事が出来ないのが現状だ。
「まぁいいさ。あんな壁の建設が上手くいく訳がない。鹿島は知らないだろうが、この国、いや、北方の現実を」
過酷な環境によって餌が十分に取れず、生き物を狩って捕食する以外に生き残る方法がない為、北方に生息する魔物は全てが肉食で、他のどの魔物とは比べ物にならないくらいに凶暴であった。
そんな北方の魔物の頂点に君臨しているのが、厄竜の一種であるニーズヘッグであった。力は強くないが、相手の心の傷を抉るような幻覚を見せて、憎悪と憤怒に支配されて破壊の限りを尽くすように仕向けるドラゴン。
そんなニーズヘッグだけでも厄介なのに、北方には更にもう一種類危険なドラゴンが生息している。厄竜として認定されていないが、危険度は厄竜に匹敵すると言われている程凶悪なドラゴン。
そんな凶暴な魔物やドラゴンがいるだけでも危険なのに、その上北方では1年を通して0度を上回る時期が1日も存在しない上に、場所によっては1年の大半が雪という過酷な環境。その為作物は全く育たず、凶暴な生き物しかいない為獲物を捕らえるのも命懸け。水も殆どが凍っており、雪を火魔法で溶かして販売するという方法を取っている。その為、樽一本の湧き水が高値で取引されている程だ。
「さて、そんな死ぬのも地獄。生きるのも地獄のこの北方で、鹿島は果たしてどう生き抜くつもりなんだろうな」
そんな北方に位置する国の一つで王子をしているデゴンは、まるで他人事の様に高笑いをしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
更に所変わって―――
「情報は以上です。シェーラ様」
「ご苦労。もういい、下がれ」
とある国の王都の建物の中で、非常に露出度の高い服を着た若い女性が足を組んで座っていた。
年齢は20弱、腰まで伸びた長い茶髪と艶のある唇をしたスタイル抜群の美しい女性であった。
彼女の名はシェーラ。というのは偽名だが、本名は公表されていない。
「全く、うちの連中だけでも厄介なのに、キリュシュラインのドラ聖剣士に、ジオルグの馬鹿王子が掘り出したウランで作った爆弾。魔人と大襲撃で世界が危機に陥っているというのに、どいつもこいつも自分の事ばかり。本当に危ない状況になってから気付いても手遅れだというのに」
それを物語る事件が、半月ほど前に起こった。
ゾフィル王国の王が犯した愚行だ。
元々度を越した頑固者で、自分の言う事だけが正しいと思い込み、周りが言う事全てが間違っていると決めつけているような奴であった。自分の意志に真っ直ぐと言ったら聞こえは良いが、実際には他人の言う事全てを頭ごなしに否定して、自分の言う通りにしていれば間違いはないと思っているような男だ。
「女王もあんな男と結婚させられて、お気の毒に」
そんな愚王は、赤鬼事件の真相を解決してくれたフェニックスの聖剣士を犯罪者呼ばわりして、大々的に無実の罪を擦り付けて指名手配させた。当然ながら、あの国を支援していたフェリスフィア王国からも愛想を尽かされてしまい、同盟破棄という最悪な結果を招いてしまった。
これには女王も激怒したが、愚王は全く反省する様子もなく、むしろ自分は正しい事をしたのだと陰で誇る始末であった。
しかし、同盟破棄の情報を聞きつけた隣国のアバシアが攻め込んできて、女王と共に命を落としたそうだ。アバシア兵に紛れて調べていた彼女の仲間が言うには、殺される直前になってようやく自分が行った事が間違っていた事に気付いた様子であった。
この愚王の行いは、北方とキリュシュラインを除く全ての国で語られて、「バカな王の哀れな最期」と呼ばれるようになった。
「それにしても、あのエミリア王女がシン王子との婚約を破棄して、新たにドラゴンの聖剣士と婚約するなんて今でも考えられない」
おもむろに椅子から立ち上がり、窓の外を眺めながらシェーラはアバシア王国のエミリア王女の下した決断が未だに信じられないでいた。
いあの2人の仲は睦まじく、見ていて胸やけがしてしまいそうなくらいであった。
そんなシン王子ラブのエミリア王女が、無理矢理関係を迫られたからと言って婚約を破棄するなんて考えられなかった。
「やはりキリュシュラインの暴君と馬鹿王女が、何かしらの洗脳を行っているのかしら」
一口に洗脳と言っても、言葉巧みに洗脳するタイプと、洗脳魔法を使って洗脳するタイプの2つが存在する。
言葉巧みに洗脳するタイプは、恐怖やトラウマを植え付けさせて、それが最初から当たり前なのだという事を何日もかけて行っていく。言うなれば刷り込みの応用のようなもので、これによって相手を完全に別人にさせてしまう。主に、軟禁状態にある人間を洗脳するのにつかわれるタイプだ。このタイプの洗脳は、解いて元の人格に戻すのに大変時間が掛かり、最悪の場合二度と元に戻れない場合がある。
次に洗脳魔法による洗脳は、その言葉の通りで魔法を使って相手を洗脳して人格を別人に変えてしまうタイプ。一瞬で出来てしまう為、前者の様に時間が掛かってしまう事は無いが、解けると洗脳時の記憶は綺麗サッパリ無くなってしまい、完全に元の人格に戻ってしまう。
どっちも解くのが面倒だが、シェーラとしては言葉巧みに行うタイプの洗脳の方が厄介だと思っている。洗脳魔法の場合は、聖なる泉で水浴びをさせれば瞬く間に解く事が出来るのだが、言葉巧みに行う洗脳は解くにの莫大な時間が掛かってしまうからだ。
キリュシュラインの場合は完全に洗脳魔法だと思われるが、それにしては違和感があった。
(いくら洗脳魔法を使ったと言っても、あそこまで完璧に洗脳出来る訳がない。恐怖やトラウマが無いから、いろいろとムラが出るのだけど、あのドラ聖剣士の周囲にいる女どもはまるで最初からそうであったかのように媚を売っている)
それが、2つのタイプの違いである。
言葉巧みに洗脳するタイプは、恐怖やトラウマが強い為完全にそうだと思い込んでいて疑わない場合がある。
対して、洗脳魔法の場合はそれがない為何処かで元の人格がポロッと出てしまう場合がある為、シェーラにとっては見分けようと思えば簡単に見分けられる。
(ドラ聖剣士の傍にいる女どものあれは、どう見ても洗脳魔法による洗脳には見えない。でも、言葉巧みに行う洗脳でもない。彼女達が何処かに軟禁されたという事実はないし、そもそも初対面でいきなり恋人や婚約者を裏切ってドラ聖剣士に恋慕を抱くなんて、洗脳魔法でないと絶対に出来ない)
まるで両者の長所だけを組み合わせたものだが、そんな洗脳は存在しないし、仮にあったとしてもシェーラの率いる諜報部隊が入手していない訳がない。
「ッタク!この世界は一体何時からこんなにも混沌とした世界になったのよ!」
苛立ちをぶつけるようにシェーラは、近くにあった椅子を蹴飛ばした。
「世界が大変な時なのに、どいつもこいつも危機感が無さすぎる。デゴンにしろ、うちのボスやキガサにしろ!」
シェーラが所属している組織は、世界的に恐れられている巨大犯罪組織ではあるが、シェーラと彼女に就いている人間は真っ当な情報屋を営んでいる為、いずれは分離独立を願っている。
そんなシェーラからすれば、この世界はあまりにも歪み、混沌としていた。
「何としても、フェニックスの聖剣士のボウヤ、楠木竜次殿には頑張ってもらいたいわ」
竜次の情報はすぐにシェーラの耳に入り、犯罪者として世界中に広められていても尚魔人や大襲撃から人々を守る為に戦い、自身が所属している組織の陰謀も打ち砕いてくれた。
そんな竜次は、シェーラにとってはまさに最後の希望であり、お気に入りの男でもあった。
何としても守っていきたいと思っている。
「出来るだけ情報は与えたいけど、ボスとキガサの目が黒いうちはそれが叶わない」
ボスもキガサも、この世界の為に戦ってくれている竜次を目障りな存在として認識しており、何度も殺そうと暗殺部隊を送った。その前にシェーラの部隊が返り討ちにしている為、全て未遂に終わっている。情報の隠蔽も、彼女の得意分野であった。
そんなシェーラでも、キガサは無下に扱う事も出来ず、されども全く好感を持たれていない為完全に目の上のたん瘤状態であった。
それでもシェーラは気にする事なく、独自の方法で2人の邪魔をして竜次を守っていた。
「竜次殿は今、レイシン王国にいる。シン王子は大丈夫だとしても、国王と王妃が問題ね」
レイシン王国第一王子のシンは、多少ズレた感性の持ち主ではあるものの、レイシン王国で最も信頼できる王子として期待されている。
彼が生まれる前のレイシン王国は、過去の栄光と虚勢と屁理屈ばかりとごねる人間が多く、他人の物を平気で奪ってはそれを自分の物だと嘘を言う事があった。しかも過去の、それも数百年、数千年も昔の恨みを何時までも抱くという人としても破綻していて、王族は特にその傾向が強かった。シン王子が生まれるまでは。
シン王子は、そんな遠い昔の恨みに全く関心を持たず、積極的に他国との交流を深めようと行動していた。当初は異端児扱いされたが、自分に反感を抱いた身内や家臣達を一掃し、更にまるで未来でも見ているみたいな発言を何度も繰り返していて、このままいったらこの国に未来は無いと力強く言った。
その甲斐あって、10年前からレイシン王国は古い風習や考え、恨みを捨てていろんな国の人達と仲良くなっていった。今のレイシン王国は、シン王子によって作られていると言っても過言ではないくらいに。
だが、彼の両親、すなわち現国王と王妃は、表向きは人の良さそうな顔をしているが、実際は今でも古い習慣や恨みに囚われていて、その恨みを晴らす事で国が繁栄すると今も信じて疑わない阿呆であった。その先に待っている悲劇を見ないと目が覚めないくらいに。
「まったく、本当に取り返しのつかない事態にならないと何で気が付かないのかしら。人間ってそこまで馬鹿な生き物なのかしら」
この世界の先行きに不安を覚えながら、シェーラは竜次が何事もなくレイシン王国を過ごせるように祈るばかりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……なんか一気にタイムスリップした感じがする」
「奇遇ね、私もよ」
レイシン王国の王都に着いてすぐ、俺と宮脇が抱いた感想はこれだ。
俺達がこれまで訪れた国は、建物や町の雰囲気はどれも中世ヨーロッパ辺りの時代背景をしていたが、町に住んでいる人達の服装は意外にも進んでいて、せいぜい100年くらい前に遡った感じであった。ヤマトでさえ、時代背景が明治後期から大正辺りなのだから存外遅れているとは思えない。機械文明が発達していない為、地球とは全然違う世界観ではあるのは間違いないが。
だが、レイシンの時代背景は更に2000年以上も時代が遡って紀元前に突入していた。
「町の感じや、皇族たちの服装から察するに紀元前200年くらい前の秦の時代辺りだと思うわ」
「おいおい……」
確かこの国の王子様の名前って、確かシンだったよな。
いや、単なる偶然に決まっている。第一あの人は将軍様であって、王族ではないのだから。そもそもフルネームが全然違うのだからそんな筈はない。
それから馬車は、これまた紀元前200年くらい前の宮殿を思わせる王城に着いた。そして、始皇帝を思わせるような恰好をした青みが掛かった短い黒髪をした若い青年の格好が出迎えてくれた。
「ようこそ、レイシン王国へ。フェニックスの聖剣士様、お会いできて大変光栄です」
「どうも。楠木竜次です」
「存じております。レイシン王国第一王子、シン・シルド・レイシンと申します。以後お見知りおきを」
「ああぁ、は、初めまして」
まさかの王子様だった!?というか、この好青年がシン王子なのか。確かに、噂に違わぬイケメンで、しかも好青年風であった。前に会ったルータオとは違ったタイプであった。何か腹が立つ。
そんなシン王子に案内されながら、俺達は宮殿の中へと通された。内装までもそれっぽかったから、思わず周りをキョロキョロと見渡してしまった。
「ちょっと竜次。恥ずかしいからあまりキョロキョロしないで」
「わ、ワリィ」
流石に恥ずかしかったのか、シルヴィが小声で俺に注意してきた。
「それから、あまりここの人達を見ない方が良いわ。こう言ったらあれだけど、レイシンの人達って何かと付けていちゃもんをつけてくる事が多いのよ」
「なんだ、それ?」
意味が分からず、俺は思わず聞き返してしまった。
「10年くらい前までのレイシンの人達って、過去の栄光ばかりを主張してやたらと屁理屈や無理難題な要求をしてくる事が多いのよ。そのくせ、自分達は何もしようとはしない」
「おいおい……」
「でも、こんなのは序の口。一番最悪なのは、自国の領土拡大を目的とした他国への侵略戦争を頻繁に起こしてくる事ね。しかも、その領地があたかも最初から自分の領地であるかの様に主張して文句を言ってくるのよ」
「げ……」
「その上、国内で他所の国の人達が変な行動をとると、それを大袈裟に騒ぎ立ててすぐに国際問題に発展させて、賠償金の要求までしてきたのよ」
「面倒くせぇ」
いちゃもんってレベルじゃねぇぞ。やっている事が完全にキリュシュラインと同じじゃねぇか。そんな国に来て大丈夫なのか。
「まぁ、シン王子が10歳の時に大幅な意識改革が行われたから多少は改善されたけど、古い貴族や重鎮達は未だにそういう考えが根強いのよ。だから変な事はしないでね」
「ああ」
シン王子のお陰で多少は改善されたと言っても、意識改革が行われたのはたかが10年前。シン王子の事を支持しつつも、そういう昔からの考えを捨てられない人はたくさんいる。そういう人達の目に留まると、どんな事を言ってくるのか分かったものではない。
なので、あまり向こうの機嫌を損ねるような行動は控えた方が良いだろう。いくらシン王子がまともでも。
「ただ、エミリア王女の件があるでござるから、話だけ終えてさっさと次の国に行きたいでござる。けれど」
「そうだよな」
レイシンを出た後の次の目的地は、あのドルトムン王国。世界最大級の犯罪組織、スルトの本拠地がある国。
出来る事なら入国したくない国だが、ドルトムン国王は悪い人ではないらしいから挨拶くらいはしておきたいそうだ。
「父上、母上、楠木様御一行がお着きになりました」
そんな事を考えているうちに、俺達は国王と王妃が待っている部屋に到着した。シン王子が扉を開くと、赤色の太い柱が何本も立った歴史を感じさせる部屋に通された。
その奥では、シン王子よりも豪華な衣装を着た2人の男女が立っていた。雰囲気からして、この2人が国王と王妃みたいだ。
「よく来てくれた。ソナタ達を歓迎する」
歓迎するなんて言っているが、国王の目は全然歓迎していないし、何よりも気の色が強い敵意を現すオレンジ色に染まっていた。俺達に、いや、この場合俺に対して強い敵意を向けているのが明白であった。おそらく、大切な一人息子の婚約者を奪った聖剣士が許せないのだろう。
(奪ったのは石澤であって、俺は関係ないんだけど……)
何か、ゾフィルの愚王みたいな感じだ。違いがあるとすれば、この国はフェリスフィアと同盟を結んでいないという所だ。悪く言うと、何時でも切り捨てる事が出来るという事だ。
それから何やら、シルヴィとマリアと椿が国王と王妃と話をしているが、正直言って内容についていけなかった。というよりも、何だか社交辞令という感じが強くお互いに親し気という雰囲気が全く感じられなかった。
そんな中、ただ1人俺達に対して友好的に接してくれる人が俺達に声を掛けた。言うまでもなくシン王子だ。
「では、本日は旅の疲れを癒す為にごゆるりと宮殿で休まれてください。それと楠木様」
「あ、はい」
突然名前を呼ばれて、俺は思わずかしこまってしまった。そんな俺を気遣う様に、シン王子は温和な笑みを浮かべながら言ってくれた。
「明日は私と共に皆様方と5日ほど魔物狩りに行かれませんか?」
「魔物狩りに?」
「はい。楠木様の実力をご拝見したいのです。まぁ、単なる好奇心ですのでどうか気兼ねなく、肩の力を抜いてください」
「一国の王子に誘われては、断れません」
心からの本音だ。だって、ノーと言ったら向こうの両親が何を言ってくるのか分かったもんじゃない。
まぁ、シン王子はこの国にいる連中の中でも一番信用できそうな奴なので大丈夫だと思うが、シン王子の突然の提案に国王と王妃が頭を抱えて首を横に振った。どうやら、毎度の事らしい。
「決まりですね。では明日は、この7人で一時的なパーティーを組みましょう」
「何だか楽しそうですね、シン王子」
「そういう人なのよ、シン王子って」
そんな訳で俺達は、ほぼなし崩し的にシン王子と一緒に5日間王都を出て魔物狩りをする事となった。




