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45 鉱山の国と幽霊騒動

 バラキエラとゾフィルとの国境付近の村を出て8日が経ち、馬車に揺られながら俺はここ最近の日課となりつつあった鳳凰の鏡を眺めていた。鳳凰の鏡には、これから大襲撃が起こる国とその場所と、俺達聖剣士の現在地が分かるという先々代のフェニックスの聖剣士の遺産。

 その鏡では今、大襲撃が起こっている国が映し出されていた。

 だが、俺はその国へは行こうとは思わない。


「まったく。ヤマトに行ってからこれで2回目だな。キリュシュラインで大襲撃が起こったのは」


 そう。大襲撃が起こっている場所が、裏で悪魔と取引をして、大襲撃に加担していると思われる疑惑の国、キリュシュラインだからだ。

 キリュシュラインでの大襲撃は、エル曰くかなり生温いものだそうだ。怪物どもが本気で攻め込んでいる様子もなく、一般人や兵士に犠牲者が一人も出ていないからである。

 どんなに洗礼された統率があっても、あれだけ強力な怪物どもの襲撃を受ければ犠牲者は出てしまう。特に、魔法を使わずに剣や槍などの武器を使って戦う兵士の被害は相当だ。イルミドで起こった大襲撃は海上だった為、犠牲者の数も陸上戦よりも多かった。

 その上、魔人も強い奴が多く、回数を重ねるごとにどんどん強くなっていくそうだ。

 それなのに、犠牲者ゼロ、魔人を楽勝で倒せるなんてあり得ないのだ。そこに何の疑問も抱かず、当たり前の様に魔人を倒す石澤、もしくは犬坂。


「あの2人。特に石澤は、手加減をしてもらって煽てられているのが分かっていないのか」


 そんなやり方をしても、石澤なんて益々調子に乗ってしまい、更に思い込みが酷くなってしまうぞ。そんな石澤に信仰心を抱いている犬坂も、まるで神様でも見てるかの様に石澤を見るだろう。想像するだけでも頭が痛くなる。それが狙いかもしれないが。


「大方、聖剣士を自分達の側に引き込みたいのでしょう」

「けれど、挫折を味わってしまっては自分達の信用問題にもかかわるという事でござろう」

「……なの、2人ともくっ付き過ぎじゃない?」


 馬車の壁にもたれている俺の両側に、シルヴィと椿がピタリと密着していて、顔も頬が触れるくらいに近かった。


「そうよ。だから椿様、竜次から離れてくれない」

「シルヴィア殿こそ、日頃から竜次殿を独り占めしているではないか。拙者とて、もっと竜次殿とくっ付きたいでござる」

「今まで男を跳ね除けてきた女が言うセリフじゃないわね」

「シルヴィア殿にだけは言われたくないでござる」


 頼むから耳元で喧嘩するのはやめてくれ。うるさい。


「早くも正妻と側室の闘いが勃発ね」

「竜次様の器量が試されますな」


 向かいの壁に座っている宮脇とマリアは、面白そうにこの状況を眺めていた。というか、さっさと止めて欲しいぞ。


「竜次はもちろん、私を選ぶわよね」

「シルヴィア殿ばかりでは、竜次殿も飽きるでござろう」


 最終的には俺に判断を委ねてきた。だが生憎、俺の答えは決まっている。


「喧嘩するならどっちも選ばん。喧嘩両成敗だ。仲良くするまで話しかけるな」

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」


 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?じゃない。こんな喧嘩を毎日されては堪ったもんじゃない。

 ガッカリする2人を置いて、俺は御者台に座るダンテの所へと近づいて話しかけた。


「それで、俺達は今イリア村に向かっているが、王都には本当に寄らなくて良いのか?」

「ああ。王都には行かない。こんな事言うのは難だが、バラキエラの王様はあまり評判が良くないんだ」

「うわ」


 また評判の悪い王様かよ。ゾフィルの王様は、相手の意見を聞かずに自分の意志だけを押し通す度を越した頑固者だった。バラキエラの王様って、一体どんな奴なんだ?

 バラキエラ国王についてはマリアが説明してくれた。


「バラキエラ国王は、とても嫌味な性格をしていまして、やたらと自国の自慢話ばかりをしてくるのです」

「自慢話ばかりか……」

「この国の魔法の普及率はかなり悪く、使っている人はもうほとんどいないに等しいのです。その代り、この国は化石燃料で発展していて、金や銀はもちろん、石炭が豊富に採れる鉱山がたくさんあるんだ」

「3年前まではかなり貧困な国でしたが、その化石燃料によって発展した成り上がり国家なんです」


 つまり、発掘した化石燃料によって国を豊かにさせたのか。そんでこの国の王は、それによって一気に富を築いた成金の王様なのか。それによって調子に乗って、やたらと嫌味な性格になってしまったのか。そりゃ評判も悪くなるわな。


「その代りに、未だに魔法に頼る私達を時代遅れだと言って罵ることが多いのです」

「確かに、化石燃料の発見はすごいが、そのせいでこの国の環境は悪くなった。病気する人も増えているし」

「二酸化炭素の濃度の上昇による温暖化、酸性雨による森林破壊や土壌汚染、硫黄酸化物や窒素酸化物による公害ね。人類の発展に大きく貢献する代わりに、自然や人体に与える悪影響が大きいという欠点があるのよね」

「流石は特進クラスだな」


 宮脇の言う通り、化石燃料は時代の発展に大きく貢献した偉大な発見であると同時に、この星の環境に悪い影響を与えてしまい、それが人間の身体によくない影響を与えてしまうのだ。四日市ぜんそくなどがその代表だ。

 その上石油まで発掘して、それを海に流すと、今度は水俣病という公害病を発症させてしまう。


「別に掘るなとは言わないが、魔法を蔑ろにしないで欲しいぞ。この世界は魔法によって発展したんだから」

「化石燃料によって国が発展するのは構わないが、それで自国がこの世界の頂点に立ったような言い方はしないで欲しいです」


 ダンテもマリアも、化石燃料の発掘や、それによる文明改革については否定していないが、それを理由に自国や他の国の悪口を言われるのは嫌らしい。そりゃ嫌われるわ。


「ま、フェリスフィアも石炭を輸入していますし、レイトの設計によって今蒸気機関車計画が立てられているのです。その際、魔法道具によって排出される煙を浄化させるそうです」

「でも、バラキエラ国王はそれを時代錯誤だと言って否定的に捉えているんだ。環境に配慮して魔法や魔法道具を使う事の何がいけねぇって言うんだ」


 あらら、想像以上に嫌われているな。これは、王都に行って国王に会うのはやめた方が良いだろう。

 ま、化石燃料のお陰で治安が安定していると考えればそんなに悪い国ではないかもしれないな。むしろ、良き国である。


「そんな訳だから、王都に行くのは勘弁して欲しい」

「分かった。それなら真っ直ぐイリア村に行くか」


 そのイリア村を出た後は、幾つかの村で行商を行いながら大陸の最東部に位置する国、レイシン王国に向かう予定になっている。


「もうすぐ着く予定だ。だが、行商は明日が良いだろう。今日は長旅の疲れを取る為に休んだ方が良いだろう」

「分かった」


 よく見ると、数百メートル先に村らしきものが見えた。地図で確認してみたら、あそこか目的のイリア村で間違いなさそうだ。これなら昼過ぎ頃には着くだろう。

 だけど、村の様子がなんだかおかしい。何と言うか、外から見ても分かるくらいにどんよりと暗い感じがした。中に入ると、その雰囲気は顕著なものとなった。


「一体どうなってんだ?」

「この時間帯は、職人達が石炭を求めて鉱山の中に入って作業をするんだけど、そんな様子が見られないな」


 ダンテから見ても、やはりこの村の様子がおかしく思えたみたいだ。

 俺達は馬車から降りて、更に町の様子を詳しく知る為に二手に分かれて住民から情報を聞き出す事にした。

 気になる一緒に行くメンバーだが、先程まで喧嘩をしていたシルヴィと椿に決まった。


「りゅ、竜次、もういいでしょ」

「もう喧嘩しないでござるから。ただ、少しは拙者の事も構って欲しいだけでござる」

「分かってる。もういいから」


 2人とも仲直りしたみたいだし、このくらいで許す事にした。このまま椿とも結婚する事になったら、俺達は一緒に暮らす事になるから正妻となるシルヴィとほぼ毎日のように喧嘩をされては困る。ファルビエ国王やリーゼの二の舞は御免だ。喧嘩がダメとは言わないが、家族は仲良くしなければいけない。


「にしても、全然活気が無いな。いかにも鉱山で働いていると言った感じの人も、働きに出かける気配が無いな」

「鉱山に危険な魔物でも住み着いたのかしら?」

「それなら魔物狩りをやっている者を雇えば良いだけでござる」


 確かに、魔物が住み着いただけなら椿の言う通り魔物狩りを護衛に付ければ済む話だ。一般的な魔物狩りではどうする事も出来ない程の魔物が、近くの鉱山に住み着いていると言うのか?

 気になった俺は、近くにいたいかにも鉱山で働いている人という感じのおっさんに近づいて聞いてみた。


「すみません。皆さん何だか暗い表情をしていますが、何かあったのですか?」

「ん?……あぁ、旅の人か。実はな、この村が管理している鉱山にとんでもない奴が現れちまってな」

「とんでもない奴?」


 普通に考えれば凶暴で手強い魔物だが、それこそ魔物狩りを雇って護衛に付けてもらえば済む。もしかして、雇う金が無いのか。


「ああ。信じてもらえないかもしれないが、俺達が発掘に行っている鉱山に最近物凄い数の幽霊が出るようになったんだよ」

「「幽霊?」」

「ゆ、幽霊!?」


 俺と椿が声を揃えて疑問に思っている中、シルヴィだけが声を裏返しながら叫んでいた。そういえば、幽霊やお化けの類が苦手だったな。ダンテの降霊術で憑依させる霊はだいぶ慣れたなのに。顔は背けるけど。


「1人や2人じゃない。とんでもねぇ数の幽霊が毎日湧いて出てきてよ、俺達に襲い掛かってくるんだ。魔物狩りを雇ってみたが、相手が幽霊じゃ手も足も出せねぇみたいですぐに逃げてしまった」


 まぁ、相手が幽霊じゃどうする事も出来ないわな。それで鉱山に向かう事が出来ずに、ここにいるって訳か。

 妙に納得していると、シルヴィが勢いよく俺の右腕にしがみ付いてきた。


「おい」

「ななな、何となく!そう、何となくよ!」

「顔が真っ青で、膝もガクガク震えているでござるよ」

「きき、気のせい気のせい!」


 思い切り声が裏返っていて、怖がっているのが丸分かりだぞ。

 その後も、他の人達にも聞いてみたがやはり皆幽霊が怖くて誰も鉱山に近寄らなくなったそうだ。

 その後、1時間後に宿に向かってマリアとダンテと宮脇の3人と合流した。


「いろんな人にも聞いてみたが、皆幽霊が怖くて鉱山に近づかなくなったって」

「こっちもです。このままでは職を失い、国王陛下からネチネチ文句も言われるって困ってもいました」


 確かに、鉱山で働く人が昼間から仕事もせずに町にいるというのは、石炭で生計を立てているこの国にとってはかなりの損失。職人にとっても、国王にとっても。


「実は国王陛下もこの事に頭を悩ませていて、自国の軍事力では幽霊に対抗できないと嘆いてもいたそうだ」

「何ナレーションっぽく言ってんだ、ダンテ」


 しかも、お札を額にピタリと貼り付けて唸るような声で言って。


「いや、この近くを彷徨っていた幽霊と憑依術を使って聞いてみたんだ」

「幽霊!?」


 幽霊という単語を聞いた途端、シルヴィは布団の中に潜り込んでビクビク震えていた。


「あぁ大丈夫。普通の幽霊は一般人には見えないもんだから。余程強い思念を持つ幽霊か悪霊でもない限り」

「だから嫌なんだよ!」


 布団を頭から被った状態で文句を言うシルヴィ。ちなみに、俺としては見える方が嫌なんだけど。


「で、その幽霊が言うには、国王陛下は村民に内緒で何度も討伐隊を送り込んだみたいだ。騎士はもちろん、魔物狩りや祓い屋までいろんな人を送り込んで。誰も解決できなかったみたいだがな」

「そもそも、この世界でも祓い屋はインチキな連中が多いらしいから、国王陛下はおそらくインチキ祓い屋ばかりにお願いしてしまったんでしょう」

「インチキって……」


 その言い方は真っ当にお祓いをやっている人に失礼だぞ、宮脇さん。確かに、そういう奴がいるのも事実だけど……。


「ま、一番手っ取り早いのは魔法で浄化する事だな。特別な方法ではなく、普通に魔法を使えば楽に払えるぞ」

「それだとダンテみたいな憑依術師や、お祓いをやっている人から仕事を奪う事にならないか?」

「ちなみに追い払うの払うで、お祓いの祓うじゃないぞ」

「さいで」


 更に言うと、この場合の払うは文字通りただ追い出すだけなので、お祓いをしたうちには入らないのだそうだ。もっとわかりやすく言うと、その場しのぎのお祓い、じゃなくてお払いなのだそうだ。

 ちなみに、魔法でちゃんとしたお祓いをするとなるとやはりそれ専用の魔法でないと駄目らしい。

 まぁ、この世界では幽霊になってさまよう前に、元の肉体に戻ってアンデットになってしまうことが多いから、幽霊をあまり見ない人が多いのだろう。というか、見た事が無い人の方が圧倒的に多いだろう。


「そんな訳だから、魔法を使える人が一人もいないこの国では全然対処が出来なくて当たり前なのです」

「斬ることは出来なくとも、専用の魔法を使えば楽に祓う事が出来るのでござる」


 なるほど。マリアと椿が言おうとしている事が分かった。そんなマリアや椿に便乗して、俺と宮脇もダンテの方を見た。


「分かったよ。憑依術だけじゃなく、お祓い魔法も得意だからやってやんよ」

「サンキュウ、ダンテ。そういう事なら早速明日」

「この村を出よう。そして急いでレイシンに行こう」

「「「「「コラ」」」」」


 布団から顔を出したシルヴィが、真顔で堂々とこの村を見捨てよう宣言をしちゃっている。


「だって相手は幽霊よ。ヤマトの言葉にあるじゃない。『触らぬ神に祟りなし』って」

「それと今回の幽霊騒動は関係ないと思うでござるが」


 その言葉なら俺も知っているが、でもそれって幽霊や神様に関わってはいけないという意味ではなく、物事に関わりを持たなかったら災いに巻き込まれないよ、という意味なんだけどな。


「というかシルヴィア様は幽霊やお化けの類が嫌だから、さっさとこの国を見捨てて出て行きたいと思っているのではありませんか?」

「悪い?」

「開き直らないでください……」

「つうかドヤ顔で言う事じゃないぞ……」


 確かに、危ない幽霊と関わりたくないという気持ちは分かるし、怖いというのも分かる。

 だけど、このまま放って置く訳にはいかないし、お祓い魔法が使えるダンテがいるのに何もしないで逃げるのも何だか嫌だ。


「そんなに嫌なら宿で留守番してればいいじゃん」

「1人だけ置いてけぼりにされているみたいでそれも嫌」

「だったら諦めて付いて来い」

「そんな、幽霊騒動があるのはこの町だけで、この町の鉱山が閉鎖になったくらいではこの国の経済に影響なんて出ないわよ」


 もはや言い訳にしか聞こえないシルヴィの言葉を、未だに降霊術を使って幽霊と交信しているダンテが異を唱えた。


「そうでもないらしいぞ。ここに限らず何ヶ所もの鉱山で同じような幽霊騒ぎが起こっているみたいだぞ。ただ、この事を国王に知られたらネチネチ文句を言われるだろうから、皆幽霊を我慢して何とか働いているみたい。その代り、かなりの被害が出ているみたいだから、国王も頭を抱えているみたいだ」


 うわ、ここだけじゃなく他の所でも幽霊騒動が起きているのかよ。そんなにたくさん幽霊が出るって、もしかしてこの国って実は呪われた国なんじゃないの。

 国王も何とかしたいと思っていても、今まで散々嫌味を振り撒いてきたせいもありどの国も手を差し伸べてくれないのだそうだ。完全に自業自得だな。

 そしてそれは、布団に包まっているこのお姫様も他の国の代表と同じ考えであった。


「それもまた運命。緩やかに滅んでいくこの国を、私達は外から静かに見守る事になるのね」

「勝手に滅ぼすな」


 どうあっても関わりたくないシルヴィは、最悪この国が滅んでも構わないと思う様になっている。確かに、他に何ヶ所も同じ事件が起こっているのなら、全部対処してもキリがない為首を突っ込まない方がいいかもしれないが、同時に何ヶ所という部分に違和感を抱いた俺はこれが本当に幽霊の仕業なのかどうか疑問を抱いた。


「何にせよ、気になる事でもあるからここの鉱山だけでも解決させて、対処法を教えてからレイシンに向かうか」

「そんなぁ……」


 シルヴィ以外が俺の意見に賛同し、明日朝早くにその曰く付きの鉱山へ入る事が決まった。


「なに、いざとなったらこの町の幽霊騒動だけを納めて、俺達はさっさとレイシンに行く。そんでもって、ダンテだけをこの国に残して対処させるから」

「ちょっと待て。サラッとヒデェ事言うな」





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 そして迎えた翌朝。

 若干塩分過多の料理を食べた後、俺達は問題の鉱山の前までやって来た。職人達が石炭を取る為に作ったトンネルの前に立ち、ダンテが意識を集中させた。


「どうだ?」

「そうだな。特に霊的な何かは感じられないな。確かに、昔この近くに住んでいた人の霊魂は鉱山の周りをうろついているが」

「その前にちょっと待って。しがみ付くのは良いが、もう少し力を緩めて欲しいぞ」


 鉱山に着いてからずっと、シルヴィは俺の左腕にしがみ付いたまま離れようとしない。歩きにくい上に、今はそのしがみ付く力がかなり強くなっている為、恩恵が無かったら腕の骨がポキリといっちゃっている気がする。シルヴィって、華奢な見た目とは裏腹に腕力がかなり強いから。


「は、離れないでよ!」

「離れないから少し力を緩めてくれって言ってんだ。痛いんだよ」


 やっぱり置いて行くべきだった。

 こうなるともうただの役立たずだ。


「そんなに怯えなくても、この周りにいる幽霊はどれも人畜無害の浮遊霊だ。それ以前に、お前等には見えないんだからそこまで怯える事はねぇだろ」

「いや、見えないから嫌なんだけど」

「アンデットを相手にするのとは訳が違います」

「斬れない相手にどう対応すれば良いというのでござるか」


 宮脇とマリアと椿がそれぞれ呆れ顔のダンテに意見したが、俺としては見えない方が良いです。見える方が嫌です。


「まぁ何にせよ、まだ入り口付近だからというのもあるかもしれねぇから、もうちょっと中に入って調べてみるか」

「そうだな」

「中に入るの!?」


 いちいちうるさい。やっぱり置いて行くべきだった。

 トンネルの中は当然ながら真っ暗で、壁に取り付けられた松明に火をつけないと何も見えないくらいであった。その度にシルヴィが短く悲鳴を上げて、その度に腕が強く締め付けられていった。


「でも妙ですね。こういう洞窟には、蝙蝠や石ころの魔物が住み着いている物なのですが」

「確かに、蝙蝠がいなくとも、石ころの魔物なら居ても不思議ではない筈でござる。だが、その石ころの魔物の気配さえも全く感じられないなんて怪しすぎでござる」


 マリアと椿は、魔物が一匹も出てこない事に不信感を抱いていた。

 蝙蝠はともかく、石ころの魔物はこういった鉱山に住み着く習性がある。魔物と言うと危なく感じるかもしれないが、実際は無害なとても小さな魔物で、宝石や金を生み出す事が出来るという。


(ま、石炭を掘る為に作られたトンネルにいても邪魔なだけかもしれないけど)


 それでも、一匹もいないというのは逆に不自然だ。


「なぁダンテ。霊の気配は感じるか?」

「いいや。確かに、暗くてジメジメしているから幽霊が好みそうな環境ではあるが、ここまで来て幽霊の気配は全く感じられない。というか、いないぞ」


 いないと断言するダンテだが、それだと職人達のあの怯え方に説明が付かない。それに、国王が派遣した部隊も目撃して返り討ちに遭っているのだ。

 それなのに、霊感の強いダンテはハッキリといないと言った。


「訳が分からないな」


 職人の人達は見たってハッキリと行っているし、魔物狩りや祓い屋も目撃している。でも、実際に行ってみるとその気配はおろか痕跡すら見えなかった。


「もっと奥に行かないといないのかしら?」

「そうだな。行ってみるか」


 宮脇の予想通りなのだとしたら、もっと奥に潜んでいるという事になる。それこそ、普段石炭を掘っている所に。

 だが、その途中の事であった。



『出て行け……』



「ひいぃ!?」


 不気味な声を聴いて、シルヴィが俺の背中に飛び乗ってしがみ付いてきた。完全におんぶをしている状態になった。腕に強くしがみ付かれるよりはマシだけど。

 そして、その不気味な声のすぐ後、トンネルの奥から全身が半透明でボロボロの着物らしきものを着た人達が、のそのそとこちらに向かって歩いてきた。


「出たああああああああああああああああああああああ!」

「耳元で叫ぶな!」


 怖いのは分かるし、俺だってあんなの見たら悲鳴を上げたくなる。

 だけど、今の俺はそれ以上に命の危機を感じている。幽霊の姿を見たシルヴィが、俺の首に腕を回して強く締め付けてきたのだ。その上、顔のすぐ横で悲鳴を上げるから堪ったもんじゃない。何度も言うが、恩恵が無かったら死んでるぞ。死なない程度に手加減はしているかもしれないが。


「落ち着け。あんな子供騙しにいちいち悲鳴を上げるな」

「「「子供騙し?」」」

「え?」

「どういう事だ?」


 どう見ても幽霊にしか見えないそれを、ダンテは何故子供騙しなんて言ったのか。この時の俺達には理解が出来なかった。


「要するに、こういう事だ」


 ダンテは右手を前に出して、掌から強い光を発した。幽霊はそんな光に臆する事なくゆっくりと近づいてきた。


「やはりそうか」


 だが、そんな事は想定の範囲内だと言わんばかりにダンテは落ち着いており、最後に鎌で幽霊を次々と切って行った。

 …………え?切った?更に言うと、その切られた人が倒れる度に周囲にいた幽霊が次々と消えていった。


「目を光から守る為の魔法を施し、更に自身の身体をぼかす魔法をかける事でいかにも幽霊っぽく振る舞っているが、所詮は生きた人間だ」

「「「「「人間!?」」」」」


 ちょっと待て!?コイツ等幽霊ではなく、正真正銘の生きた人間だと言うのか!?


「さっき光魔法でコイツ等の身体を調べてみたが、やはり身体の表面に自身が半透明に見えるようにする魔法が掛けられていた。半透明なんて言うが、光にかざしてよく観察したら本体が見えるんだよな」


 だからあの時強い光を発したのか。


「更に幻惑魔法を使ってたくさんいるように見せたみたいだが、こんな低次元な幻惑魔法じゃ術者と同じ動きしか出来ないから、冷静になってよく観察したらすぐにバレるんだがな」


 それは霊感が強いダンテだから出来た事であって、普通の人では見抜くのは困難を極めるぞ。事実、俺なんて全く分からなかったぞ。

 だから騎士団や祓い屋が役に立たなかったのか。幻が相手では、斬る事はおろか除霊も通じないもんな。


「後は、コイツ等の身元を調べるだけだが、思いの外あっさりしているじゃん」

「ん?……ああぁ」


 確かに、一目見ただけですぐに分かる。だって、ご丁寧に左胸に自分達の母国の国旗が刺繍されているのだから。


「キリュシュライン王国」

「確かに、キリュシュラインの国旗で間違いないわ」


 俺と宮脇でも一目見て分かった、殺された人達は全員がキリュシュラインからやって来たのだ。

 おそらく、この国で発掘された石炭を独り占めする為に幽霊騒動を起こして、鉱山に人が入れなくさせるつもりだったのだろう。


「あの暴君が、こんな事をしてまで石炭を手に入れようと企んでいたのか」

「いいえ。あの暴君の指示じゃないと思うわ」


 俺の立てた予想を、横にいたシルヴィがアッサリと否定した。一体何故?


「聞いた事があります。キリュシュライン国民の約7割が貧困に苦しんでいて、生きる為に他所の国へ行って盗賊紛いな行動を起こしているって」

「その国で盗んだ物をキリュシュラインで売って、明日を生きる為の金を稼いでいると聞いた事があるでござる」

「要するに、コイツ等はキリュシュラインの王都からかなり離れた、貧しい人達が暮らす街からきたのか」


 確かに、よく見るとコイツ等の身体は痩せ細っており、腕も足もかなり細く、顔はげっそりとしており、白目が黄色になっていて、されどお腹はかなり膨らんでいた。

 十分な食事がとれず、栄養が不足している上に、見て分かる程に肝臓が肥大していた。確かに彼等は、非常に貧しい生活を強いられていた。見て分かるくらいの栄養失調だ。


「まぁ、あの暴君も一部の自国民がこんな事をしているのは認知しているし、知っていてあえて放って置いているのよ」

「そこで盗んできた物を、駐屯している騎士達が最安値で、いいえ、相場よりもかなり安い値段で取引して買い叩いているのです」

「それでも彼等が生きていくのに必要な分は稼げているのでござる」


 お姫様3人は冷静に語っているが、これってかなり深刻な国際問題な気がするのだけど。という事は、他の鉱山でも同じ事が起こっていることになるのか。


「でも、何でわざわざキリュシュラインの国旗の刺繍が縫われた服を着てんだ?これじゃ何処の国の差し金なのかを公表しているも同然なのに」

「そんなのは知らぬ存ぜぬでゴリ押しているの。コイツ等は国旗の刺繍が縫われた服を着れば、いざとなったらあの暴君が助けてくれると信じて疑わないの。実際は助ける気なんてないのに」

「うわ、最悪」


 要するに、コイツ等の動向には見向きもしない上に、何かあっても簡単に切り捨ててしまうという事だ。生きる事で必死になり過ぎているコイツ等は、その可能性を考える事無く、国旗の刺繍が縫われた服を着ていれば何時でも助けてもらえると思い込んでいるのだ。


「ま、コイツ等の殆どは侵略された国に住んでいた住民達で、彼等が苦しんでいようがあの暴君が手を差し伸べる訳がないんだよな」


 そう言ってダンテは、彼等の遺体を一ヶ所に集めて、その山に向かって祈りを捧げていた。


「幽霊の正体が分かればもう何も怖くも何ともないし、騎士団でもどうにかできる。コイツ等は相手を騙す魔法は使えても、戦闘能力は皆無だから」


 そう言ってダンテは、鎌を背負ってローブの内ポケットから匕首を出して前に出た。自慢の鎌を使う程の相手ではないという事なのだろう。


「こういう連中って、戦う事よりも欺いたり逃げたりする事に特化しているのよね」

「幽霊じゃないと分かった途端に元気になりやがって……」


 さっきまでの恐怖はどこへやら、幽霊の正体が生きた人間だと分かったシルヴィは剣を抜いて意気揚々と奥へと進んで行った。

 これは、思っていたよりも遥かに楽に解決できそうだ。


「何だか拍子抜けですね」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花、でござるな」

「私はこの方が助かるけど」


 つまらなそうにガッカリするマリアと椿に対し、ホッと胸をなでおろす宮脇。というか、国際問題に直面しているのに何でガッカリしたりホッとしたりするんだ。


(ま、いいか。早く終わりそうならそれで)


 かく言う俺も、この問題について何の関心も無いのだからどうでも良いと思っている。

 その後のはもう予想通りというか、奥へ行けば行く程その場で陣取っているキリュシュラインの盗賊?どもがわんさか出てきて、その度にダンテとシルヴィとマリアと椿によって気絶させられていった。申し訳ありません、俺と宮脇は出番がありませんでした。

 ソイツ等の話によると、わざわざキリュシュラインからここまで馬車を乗り継いで何万キロも移動してきたのだそうだ。密入国の古典的且つ典型的な手口だな。そんであと1週間ここにい座って、大量の石炭を担いでキリュシュラインに帰ろうと考えていたそうだ。


(何て無駄な労力……)


 こんな事をするくらいなら、近くの町や村へと移住してちゃんとした仕事に就いた方がもっとたくさん稼げる気がするんだが。アンタ等の事情を知らないから軽くそんな事を考えているけど、何万キロも離れたこの国まで来るくらいの余力があるのだから、辛い仕事でもこなす事が出来る気がするのだけど。

 この事を村の人達に伝えると、当たり前だが皆物凄く怒っていた。アイツ等のせいで仕事を奪われたのだから。捕縛した賊は一人残らず憲兵に突き出した。

 この村での幽霊騒動を解決した俺達は、翌朝に村を出発してレイシン王国を目指して馬車を進めていた…………という訳にはいかなかった。


「何でこうなるんだ」

「私も聞きたいわ」

「拙者もでござる」


 今現在俺は、シルヴィと椿と一緒に部屋に籠っていた。

 何故かって?

 実はあの後、今回の幽霊騒動の真相を知ったバラキエラ国王が急遽この村に駆け付けてきて、俺とマリアにしつこく話を聞いてきた。

 この国の王様は何と言うか、子供向けの絵本に出てきそうな古典的な王様と言った感じの姿をしていて、歯は金色になっていて見るからに成金と言った感じの王様であった。

 今回の騒動をきっかけに、王様は魔法を蔑ろにしてきた事を反省して、改めて魔法使いの派遣をフェリスフィア王国から依頼すると同時に、自国もフェリスフィア王国と同盟を結ぶと宣言したのだ。

 ここまで聞けば凄く良い話のように思えるが、同時に俺とマリアは王様からこの国の自慢話を何時間も聞かされる羽目になったのだ。しかも、何だか物凄く嫌味たらしい喋り方で、後半は完全に自分の自慢話がメインになっていた。

 最後に、俺は王様から自分の娘を嫁にどうかと勧められたが、流石にそれは丁重にお断りした。

 そして今日は、王様が同盟の締結に向けての話し合いをマリアとするという事で、2人は今村長の家で話し合いが行われていた。かれこれ3時間も。


「長いな」

「大方、あの成金から余計な話も聞かされているんでしょう。お喋りと自慢話が好きだから」

「これもフェリスフィア王国次期女王の定めでござる。拙者達は付き合わなくて良いだけマシでござる」

「「そうだな」」


 逆に、あの成金王様のどうでも良い話を聞かされているマリアは気の毒だが。


「それはそうと、キリュシュラインでも石炭は高値で取引されているのか?アイツ等が占拠してまで狙っていたくらいだから」

「そうね。高いと言えば高いけど、あの暴君は石炭の価値を全然理解していないから、持っていても使い道が無いからハッキリ言って死蔵されているだけね」

「あの王女はその石炭を、北方の国々に定価の10倍もの値段で転売しているそうでござる。勿体ないでござる」


 まぁ、魔法が発達したこの世界の住民に石炭の価値を教えてもなかなか理解してもらえないだろうな。


「そう言えば発掘で思い出したけど、最近ジオルグ王国で確かとんでもない物が掘り出されたって言ってたわね」

「あぁ、なんか近くに置いておくだけで病気になって死ぬというアレでござるか」

「アレ?」

「宝石の原石にも似ても似つかない訳の分からない鉱物だけど、物凄い力を秘めていると同時に凄く危険な物で、デゴンはその鉱物にウランって名前を付けたわね」

「ウラン!?」


 ちょっと待て!そんな危険な物まで掘り出されたと言うのか!?


「フェリスフィアとその同盟国を除くあらゆる国、特に北方では新しいウランを求めているけど、ジオルグはウランを転売する気が全くないみたいで完全に独占している状態ね」

「そうか」


 早くもいろんな国が、ウランの価値に目をつけているみたいだが、今の所ジオルグが独占しているお陰で世界中に広まっていないみたいだ。


「何でフェリスフィアは求めないんだ?」

「レイト殿に止められているからだそうでござる。レイト殿曰く、あれは災いを招く危険な原石であるからけっして手にしてはいけないとの事でござる」


 どうやらレイトは、ウランの危険性にいち早く気付いて取引しないと言っているみたいだ。何で知っているのか分からないが、フェリスフィアとその同盟国は求めていないみたいだ。


「ま、レイトがそう言うのだったら、私達はウランには手を付けないわ」

「父上も、レイト殿の事を高く評価しているので、そんなレイト殿が危険な物とおっしゃるならヤマトも入手しないでござる」

「それで良い。俺の元の世界でもウランが存在しているが、それを使うと世界を滅ぼすとされている危険な物なんだ」

「って、竜次の世界にもあるの?ウランが」

「ああ」


 事実、放射能による汚染はかなり深刻で、もし再び戦争が起きて核兵器が使われると世界は確実に滅ぶと言われているくらいだ。そんな危険な物に依存するなんて、地球の人達は存外馬鹿なのかもしれないな。そんな俺も馬鹿な地球人の1人なんだけど。

 人間は一度便利な物を手に入れると、それがどんなに危険な物であっても絶対に手放さずに依存する。例えそれが、世界を滅ぼしてしまう程の物であっても、絶対に破棄しようとはしない。


「とにかく、そんな危険な物は依存しきってしまう前にさっさと破棄した方が良い。依存してしまったらもう二度と抜け出せなくなってしまうから」


 この世界にも、俺達の世界と同じ悲劇を味わって欲しくない。願わくは、ウランの世界規模の転売が行われない事を祈るばかりだ。




 その後、マリアが帰って来たのは、夜中の12時過ぎであった。その時の顔が、かなりげっそりとしていて疲れ果てていた。





今回の話に出た国は、この回限りのたった1回の儚い出番です。切ないねぇ。同情はしないけど。

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