44 遅すぎた後悔
アレンの家で休息をとった俺達は、赤鬼達の進行方向上に立って戦いの準備をしていた。明かりが全くない森の中ではあったが、気配を察知する能力のお陰で赤鬼達の正確な位置を把握する事が出来た。あと10分ほどすれば、赤鬼どもの姿が目視できると思う。
「さて、昼間の悔しさを晴らす時が来ました」
「今度こそ、1匹残らず駆逐してやるでござる」
世界最強の2人は、昼間赤鬼どもを取り逃がしてしまった事をかなり悔しがっている様子で、早くも剣と刀を抜いて準備していた。
「そんな事をしなくても、強い光りを放てば赤鬼どもの動きを封じる事が出来るのに」
「動けない隙に攻撃をすれば楽に倒せるという事だね」
シルヴィの言葉に、宮脇が納得した感じで頷いた。
「俺は最初から全力でいくぜ」
「俺は中盤まで剣だけで戦いますよ」
ダンテは早速憑依魔法を使って、自分の姿を変化させた。今回憑依させたのは、石澤との決闘で読んだ剣士の様だ。
アレンは魔力と体力を温存する為に、序盤は剣1本だけで戦うつもりのようだ。
「後ろの6人は緊張感が無さすぎ」
「俺はもう慣れた」
全然緊張感の感じられない6人に呆れる秋野だが、俺はこんなメンツと一緒に旅をしてきているから今更何とも思わない。
それはそうと、森の奥から黄色い光が無数確認し、それがこちらに向かって迫ってきているのが見えた。
間違いない。赤鬼どもの目であった。
「さて、行くか」
俺も聖剣を抜いて、皆より一歩前に出た。
「シルヴィ!」
「えぇ!」
俺の声に反応して、シルヴィもファインザーを抜いて一緒に走り出した。
「またシルヴィア殿だけ!拙者も忘れないで欲しいでござる!」
「全く見向きもされていませんね。三大王女の一人なのに」
「やかましいでござる!」
悔しそうにする椿にマリアが皮肉を言っているが、2人とも俺とシルヴィの後に続いて走っていた。更にその後ろを、ダンテとアレンと秋野の3人が続いた。宮脇はその場から動かず、強烈な光の玉を赤鬼の群れに向けた放った。その光はかなり強烈で、真っ暗な夜の森を昼間の様に明るく照らしてしまう程であった。
「何時の間にあんな凄い魔法を」
「こっちの世界に来てまだ1年も経っていないのに、本当に凄いわね」
確かに、俺なんて未だに上手く使いきれずに剣術ばかりに頼る所があるのに、宮脇はもうあそこまで魔法が上達していたなんて。本人曰く、剣術では限界があったから魔法に特化した戦い方を身に着けたと言っていた。
「お陰で助かったぞ!」
光を嫌う赤鬼どもは、突然現れた強烈な光に怯み、両手で顔を覆って動けないでいた。
そんな絶好な好機を見逃す訳にはいかない。強烈な光なんて言ったが、俺達には真夏の太陽並みであった。それでも、真っ暗だった森にいきなりそんな光が灯ったのだから間違いなく強烈だ。食らった直後は俺達も目を覆いたくなるくらいに眩しく、不覚にも数秒ほど動けなくなってしまった。
そんな光を食らって、赤鬼達は両手で目を覆ったまま動けないままであった。動けない赤鬼を倒すのは、兎の魔物を狩るよりも簡単であった。
先頭を走る俺とシルヴィで、前方にいる赤鬼達を粗方斬っていき、残りを椿とマリアと秋野が倒していき、光を避けて横に逸れようとする赤鬼をダンテとアレンが倒していった。
後方にいる宮脇は、氷の槍を飛ばして、真ん中辺りにいる赤鬼達の数を減らしてくれていた。文字通り槍の雨であった。
だが、やはり数があまりにも多すぎる。
いくら斬っても、森の奥からゾロゾロと湧いて出てくる。
「クソ!キリがないな!」
「スルトめ!一体何体の赤鬼を保有してんだ!全部送り込んだと仮定しても、この数は異常よ!」
シルヴィの言う通り、あの3人が送り込んだ赤鬼の数があまりにも異常であった。気配で探ってみても、数えるのが嫌になる程の赤鬼が未だに後方で待機していた。
(乱獲ってレベルじゃないぞ!クローンを複製する技術でもあんのか!)
そのくらい赤鬼達の数が多すぎるのだ。ざっと探っても、ヤズマ村の総人口の何十倍もの数はいた。100人にも満たないヤズマ村の総人口と比べるのが間違いなのかもしれないけど。
そんな異常な数に辟易としていた時、赤鬼どもの後方から物凄い速さで迫ってくる何かの気配を察知した。人の域を超えたその速さで、後方にいる赤鬼どもを次々と倒していっていた。この気配の主に心当たりがあった。
「竜次!」
「ああ、気付いている。まだ帰っていなかったんだな、犬坂」
アバシア国王から依頼されて、この国にいる赤鬼どもを退治しに来た犬坂も来ていたのだ。秋野に帰るように言われたのだが、聞かずに夜まで留まっていたのだな。
だけど、あの戦い方は良くなかった。
「ねぇ、止めに行きましょう!」
「ああ!」
何故この森の中で、俺達が大規模魔法を使えないでいるのか、それはこの森自体も大事な物だからだ。この国の木は、どれもこの国でしか生えないと言われている貴重な固有種で、国の許可もなく伐採する事はおろか、傷つける事も許されていない。もし見つかれば、とんでもない金額の罰金の支払いを命じられるか、30年もの懲役刑に課せられてしまうくらいに罪が重い。後ろから氷の槍を飛ばしている宮脇も、木を傷つけないように神経を尖らせながら飛ばしているくらいであった。
日中の戦いでも、そんな事情があったから俺達は思う様に戦う事が出来なかったし、アレンがいつもより神経を張り詰めながら飛翔剣を使ったのだ。
それを知らないのか、犬坂は赤鬼を倒す為とは言え何本もの木を傷つけ、更には切り倒していた。このままでは、あの頑固者の国王の聖剣士に対する印象が更に悪くなるだけではすまなくなってしまう。最悪の場合、俺だけじゃなく他の4人までも犯罪者呼ばわりされてしまう可能性だってある。ただでさえ風当りが厳しいのに、そんな事態になっては魔人を倒すどころではなくなってしまう。
そんな犬坂を止める為に、俺とシルヴィは赤鬼どもを躱しながら前へと走って行った。
「私も行く!今の犬坂さんは、石澤への妄信で頭が一杯だろうから、楠木君の言葉は届かないと思う!」
「俺も一緒に行く!」
「分かった!椿、マリア!」
「承知!」
「あとは私達に任せてください!」
あとの事は椿とマリアに任せて、俺とシルヴィは、秋野とアレンと一緒に犬坂の元へと向かった。当たり前だが、後ろの方に行くと光が届きにくい為、動ける赤鬼がちらほら見え始めてきた。そんな赤鬼どもの対処もしなくてはいけないのだから、俺達が犬坂のいる所に辿り着いたのはそれから10分後の事であった。
「ひでぇな」
自慢のスピードで赤鬼達を誰よりも多く倒している一方で、赤鬼を倒す為に近くにある木を何本も切り倒しており、近くにいた赤鬼をその木の下敷きにさせるというやり方もしていた。切り倒されていない木もあるが、何十本もの木の幹に深い切り傷が刻まれていた。ここまで酷いと何の言い訳も通じない。頑固者の国王でなくても怒る。
「犬坂!」
赤鬼達が疎らになった所で、俺は犬坂の名前を呼んだ。俺に声に反応した犬坂は、こちらの睨み付けながら近くにあった木を根元付近から聖剣で切り倒し、近くにいた赤鬼を下敷きにさせて倒してから近づいてきた。その表情から、明らかに狂っている事が分かった。元の世界にいた時とはまるで別人のようであった。いや、あれが本来の犬坂愛美なのかもしれない。
「何よ犯罪者が!あたしの邪魔をしに来たの!?もしかして、この赤鬼どもはアンタの仕業なの!?」
何処までも自分に都合の良い解釈をしようとする犬坂に腹が立ったが、今はそんな事を言い争っている場合ではなかった為グッと堪えた。
「赤鬼を倒す事に関しては邪魔しないが、この国の木を傷つけたり切り倒したりするのはやめろと言っているんだ」
その間も赤鬼どもは襲い掛かってくるが、氷の槍を飛ばして倒していった。数が疎らになっているとはいえ、後ろを振り返れば物凄い数の赤鬼がこちらを舌なめずりしながらじっと見ていた。その視線に恐怖を感じるが、今は我慢しよう。
「やっぱり邪魔しようとしてんじゃん!あたしは赤鬼どもを倒す為にやっているのよ!」
「この国の木はとても貴重な固有種だから、許可のない伐採や傷つける行為は重い罪に問われる事になるんだ」
「そんなのは赤鬼を倒す為と言えばどうとでもなるし、この国の王様だって分かってくれる!」
「無理だ。この国の王は頭が固くて、他人の言う事に耳を貸さずに自分の意見だけを意地でも押し通そうとする頑固者だ。そんな言い訳なんて通らないぞ」
女王だったら分かってくれるかもしれないが、その女王は今現在不在の為不用意な真似をしてあの頑固者の逆鱗に触れるような事をする訳にはいかない。聖剣士全員が犯罪者なんて呼ばれては、元も子もなくなってしまう。あの頑固者は、そういう事をやりかねない非常に危うい国王なのだから。
それらを懇切丁寧に説明したのに、犬坂はそんな俺の言う事を全く信じようとはしなかった。
「そんな嘘なんかにあたしは騙されないわ!そうやってアンタは、たくさんの女の子を誑かして、用が済んだらさっさと捨てるという行動をしてきたのか!」
「違う。俺はそんなことしない」
「嘘を付くな!そうやって自分を正当化して、石澤君を陥れようとしているんでしょう!アンタみたいな悪は、正義の味方の石澤君が必ず倒して見せるわ!」
「石澤は正義の味方なんかじゃない。いい加減に目を覚ませ」
「黙れこの悪魔が!」
やはりと言うか、俺の言う事全てを嘘だと決めつけて、自分に都合の良い様に事実を捻じ曲げて解釈している。石澤とは違った面倒臭さだ。
そんな犬坂を見るに見かねた秋野が前に出てきた。
「いい加減にして!楠木君が折角この国の木を傷つけては駄目だって言ってくれているのに、何で聞こうとしないの!それに、石澤はアナタの思っているような男なんかじゃない!アイツは自分が犯した罪を楠木君に全て擦り付けてふんぞり返っているゲスなの!」
「沙耶ちゃんまでその男の言う事を信じるの!?そんな奴の言う事なんて全部嘘に決まってるじゃん!」
「嘘じゃない!石澤玲人という男は、そういう奴なのよ!犬坂さんはいい様に利用されているだけだ!」
「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」
石澤に対する信仰が強すぎるせいか、犬坂は耳を塞いで「うるさい!」を連呼し始めた。ここまで石澤への信仰が強いなんて思いもしなかった。
「耳を塞がないで!このままでは犬坂さん自身も、取り返しのつかない事をしてしまうよ!」
「石澤君は悪い人じゃない!あそこまで完璧で、神様に愛された男子は他には存在しない!」
秋野の言葉にも耳を貸さず、犬坂はそんな俺達を無視して赤鬼達を次々に倒していった。それによって、切り倒された木の数もさっきよりも多くなった。
「ッタク!」
「あの狂信女!完全に周りが見えなくなっているわ!」
「狂信女って……」
犬坂に愛想を尽かしたのか、とうとうシルヴィに名前も呼んでもらえなくなっていた。だが、あの暴走は間違いなく狂信者だな。
けど、だからと言って放って置く訳にはいかない。あんな異常とも言える狂信者でも、俺と同じ聖剣士だ。そんな聖剣士が犯した不祥事を、ただ黙って見ている訳にもいかない。
俺はシルヴィと協力して犬坂の腕を掴み、その後素早く羽交い絞めの状態で取り押さえた。
「離して!あたしに触らないで!穢れる!」
「ちょっと竜次!この女、見かけによらずすごい力なんだけど!」
「耐えてくれ!」
正面から押さえつけているシルヴィでさえ、そんなに長く持ちそうにもなかった。正直言って、俺も犬坂にこんな力があるなんて思ってもいなかった。激しい思い込みと、激しすぎる狂気によって頭の枷が外れてしまったのだろう。今の犬坂は、火事場の馬鹿力を発揮している状態にあるのかもしれない。
「離せ!エッチ!変態!痴漢!」
「少し黙れ!それ以上言うと聖剣士でも殺すぞ!」
「2人とも落ち着け!」
犬坂の言葉にシルヴィまでもが怒りが爆発寸前になり、今にも犬坂を殺してしまいそうになっていた。
それに、赤鬼退治を完全に秋野とアレンの2人だけに任せてしまっている。こんな状態では、俺とシルヴィも戦いに参加するのが難しくなってしまう。拘束を解くと、犬坂は先程と同じ様にたくさんの木を傷つけてしまうだろう。
(一体どうすれば良いんだ!)
あの2人の戦いを見ると、戦っているのはアレンだけで、秋野は聖剣で作った壁でガードをするばかりであった。アレンだけでは荷が重すぎる。
「シルヴィ!犬坂を抑え込めそうか!?」
「無理!せめて竜次と場所を変わってくれないと!」
シルヴィでさえ押さえきれないなんて、一体どれだけの力で抵抗しているんだ。だからと言って、今拘束を解くと絶対に逃げるだろうから、そこからまた捕まえるだけでもかなりの骨だ。
「仕方ない!俺が犬坂を抑えるから、シルヴィはアレンの援護に行ってくれ!」
「それしかないか!」
犬坂から離れたシルヴィは、再びファインザーを抜いてアレンに加勢しに行こうとした。そんな時、頭に血が上った犬坂は物凄い勢いでシルヴィの顔に蹴りを入れた。
「このクソ女!せっかく助けてあげようとしたのに、どうして分かってくれないのよ!」
「犬坂!」
シルヴィの顔を蹴った犬坂を地面に叩きつけて、柔道の寝技の要領の犬坂を抑え込んだ。その時、肘で犬坂の頭を地面に押さえつけた。
「大人しくしろ!この国でこれだけの木を傷つけただけでも大問題なんだから!」
「誰がアンタの言う事なんて!」
「竜次!」
「俺は大丈夫だ!シルヴィは行ってくれ!」
「分かった」
蹴られた頬を拭いながら、シルヴィは赤鬼の群れの中に入ってアレンと秋野と合流した。
「離して!私の邪魔をしないで!」
「別に邪魔するつもりなんてない!だが、この国の木を傷つけたり伐採したりするのだけはやめろ!」
「離して!私の初めて奪わないで!」
「んなもん興味ないし、お前なんてどうでも良い!」
もはや俺の言う事なんて届かない犬坂。完全に恋慕が暴走して、正常な判断が出来なくなっている。秋野の言葉でさえ届かなくなるほどに。
そんな犬坂の暴走を防ぐ為にも、俺は死に物狂いで犬坂を抑え込んだ。その間にシルヴィはアレンと共に赤鬼と戦っていた。秋野はそんな2人を、不可視の盾で守っていた。
でも、そんな秋野にアレンが苦言を呈した。
「沙耶って言ったか、あなたも守ってばかりいないで少しは戦ってくれませんか」
「だけど、亀の聖剣の恩恵はどんな攻撃から味方を守る防御特化だから」
「そればかりに固執して、攻撃する事から目を逸らして駄目です。あなたも亀の星獣に選ばれた聖剣士なら、時には前に出て戦わないといけません」
「でも」
仲間を守りながら秋野は、俺や犬坂、シルヴィとアレンを見た。
「私だって、本当は一緒に戦いたいわよ。でも、この聖剣は攻撃面では全く力を貸してくれず、通常攻撃しか出来ないの!私の腕っぷしはお世辞にも強いとは言えない!だったら、戦いつつも与えられた恩恵を活かす為に味方を守るしかないのよ!」
悔しそうに歯を食いしばりながら、亀の聖剣に宿る恩恵に対して不満をぶちまける秋野。守る事しか出来ない亀の聖剣は、剣でありながら攻撃面では聖剣士に全くと言ってもいいくらいに力を貸さない。
そんな秋野に出来ることは、亀の星獣が与えた恩恵をフルに使って味方を守る事であった。だから秋野は、あまり自分から攻撃に加わることが無かったのだ。
そんな秋野を見てアレンは、剣を左手に持ち替えてスゥッと右手を差し出してきた。そして、あえて強い口調で言ってきた。
「だったら攻撃は全て俺が行う。沙耶は防御の力を最大限に出せるように、自身の恩恵と向き合い、その力を最大限引き出せるようにして欲しい。俺が沙耶の分もたくさん攻撃する。あんたが守ってくれれば、俺は防御を捨てて攻撃のみに転じる事が出来る。俺があんたに力を貸してやる」
その強い眼差しに、秋野は自然な流れで聖剣を左手に持ち替えて、右手を伸ばしてアレンの右手を握った。
その瞬間、秋野とアレンの右の手の甲から金と銀の光が発せられた。よく見ると、アレンの右の手の甲から亀の紋様が浮かび上がったっていた。
「「あっ……」」
お互いが手を握った瞬間、2人は何かを思い出したかのようにハッとなった。
「思い出した……夢で、見た」
「俺もです……何で今まで忘れていたんでしょうか」
「私達、夢で会っていた」
「俺も思い出しました」
お互いが夢で出会っていた事を思い出した瞬間、2人の紋様から金と銀の強い光が発せられた。その光りを目にした赤鬼達が、両手で顔を覆いながら狼狽していた。
そんな赤鬼の群れを、アレンと秋野は同タイミングで見た。
「アレン、飛翔剣を使って。今なら遠慮なく仕える」
何かコツみたいなものを掴んだのか、秋野が赤鬼達に聖剣の切っ先を向けて、そこから紫色の光の粒子が飛び出し、それが赤鬼達の周囲にある木々を覆った。
「なら信じよう。『飛翔剣術』」
秋野の指示通りに、収納魔法から複数の剣を飛ばした。宙に浮かぶ剣は、日中の時とは比べ物にならない速度で赤鬼の群れへと突っ込んで行った。勢いがあり過ぎるから何本か木にぶつかりそうになった。
だが、そんな時剣が木をすり抜けてその後ろにいた赤鬼の身体を貫いた。信じられない光景に、俺は思わず息をのんでしまった。
「私の力で、攻撃は全てすり抜けられるようにさせた。今なら全力で攻撃が出来る」
「おう!」
それを聞いたアレンは、収納魔法から更にたくさんの剣を飛ばして赤鬼を攻撃した。一体幾つ剣が収納されているのだろうか。何百、いや、何千もの剣が赤鬼達を次々に倒していった。
気が付いたら、契約が成立してから僅か1分後に赤鬼の群れは全て倒されていった。
「スゲェ……」
あんな力があったら、周りの状況を気にする事なく思い切り攻撃が出来るというものだ。それなら犬坂の拘束を解いてもいいじゃねぇと思うが、何万もの剣が飛び交う光景に目を奪われてしまって解くのを忘れてしまった。シルヴィもその光景を前に呆然と立ち尽くしていた。
「ちょっと!いい加減に離せ!」
「すまん」
拘束を解いた瞬間、犬坂は素早く俺から離れて全身の毛を逆立てて威嚇する猫の様に俺を牽制した。俺はというと、あっという間の出来事に呆然と座り込んだままであった。正直言って、犬坂の事なんて眼中にも無かった。あんなに苦労したのに、呆気なく全滅させたのだから無理もない。
「ありがとう。力を貸してくれて」
「俺の方こそ、魔力を回復させてくれてありがとうございます」
「パートナーなんだから、敬語はいらない」
「そうか。だったら、ありがとう」
そんな俺達の視線なんて構わず、秋野とアレンは改めて互いに手を握った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
連絡を受けた国王が、騎士団を引き連れてヤズマ村までやって来た。これだけの数の赤鬼に、駆けつけた騎士団の人達はかなり驚いていたが、村の被害が少なく済んで少し胸をなでおろした様子であった。
だが、国王はそれよりも国の大事な木の被害に激怒し、俺がやったのだと思い込んで胸倉を掴んで殴りかかろうとした。寸での所でアレンが止めて事情を説明したが、国王は全く聞き耳を持とうとせず頑なに俺がやったのだと言い続けた。
そこへ犬坂がやってきて、羽交い絞めにされた事を強姦に遭ったと様の思わせるような捏造された事実を発した為に益々拗れる結果となった。その内容というのが、赤鬼を退治しようと瞬間俺に捕まり、その場で手を出そうとしたと。
そんな内容に秋野が激怒したが、犬坂は震える様な素振りで国王に助けを求めた。国王も、そんな犬坂の言葉の方を信じ、秋野やアレンの言う事を全く信じなかった。
その結果、森の被害も村の被害も全て俺の犯行という事にされてしまった。そんな国王の愚行にシルヴィ達はもちろん、ヤズマ村に住んでいた全村民から反発の声が上がった。
しかし国王は、そんな村人達の言葉を聞こうとせず、自分の意見だけを無理矢理押し通す様な真似事をした。
これには流石のマリアもかなり怒り、ゾフィル王国との同盟を破棄すると宣言した。柔軟な思考が出来、まともな考えが出来る王であれば、この判断を下される事がこの国にとってどんなにマズイ事なのかをすぐに理解するのだが、頭に血が上っているこの国王には何も響かなかったようでアッサリと同盟破棄を受諾した。
結局俺達は、追い出さるかの様にバラキエラ王国へと行った。
その前に、今回の被害に対するかなり高額な損害賠償を求められたが、マリアがそれに異議を申し立ててくれたお陰で金貨1枚も支払わずに済んだ。払ったらこちらの非だと認める様なものだから、絶対に払っては駄目だとの事だ。
その後、犬坂は何食わぬ顔で転移石を使ってキリュシュラインへと帰って行った。
秋野とアレンは、ゾフィル国王の愚行に愛想を尽かしてしまい、ヤズマ村の住民全員を連れてファルビエ王国へと移住する事を決めた。何故ファルビエ王国なのかというと、フェリスフィア王国と同盟を結んでいる国の中で一番農業に適した環境だからだ。
梶原は、そんな秋野とアレンと一緒に付いていった。
秋野は、今まで俺に酷い事をした事に対する罪滅ぼしとして、これからはどんな事があっても協力すると約束してくれた。
さて、長くなってしまったが、俺達は今バラキエラ王国の国境の近くにある村で一泊していた。
「それはそうと、何で皆俺の部屋に集まっているんだ?」
一緒の部屋に泊まっているダンテはともかく、何故女子4人が迄もが俺の部屋に集まっているんだ。
「「「「何となく」」」」
「何となくなら自分の部屋に戻れ」
狭いのだから、そんな大人数で来られるとかなり窮屈なんだけど。
「それはそうと、今回の事を諜報員の者を通じてお母様にも報告させてもらいました。お母様もゾフィル王国との同盟破棄に賛成してくれました」
あらら、女王がアッサリ承認するなんて、あの頑固者は相当嫌われていたのだな。
「今回の同盟破棄にはゾフィル女王もかなり怒っていました。竜次様を一方的に追い詰め、犯罪者として国中に広めただけに飽き足らず、赤鬼の襲撃も大切な木の破損の罪も全て擦り付け、我が国との同盟を破棄させてしまったのですから、ゾフィル女王の怒りも計り知れません」
「そうか」
会った事もない女王の心中を察しながらも、俺は何処か他人事の様に漠然と聞いていた。あんな目に遭えば、あの国がこの先どうなろうと知った事ではないと思うものだ。
「更にもう一つ。今回の件でスルトに依頼をしたモルドレ王国国王のシュバルトが、何者かによって暗殺されたそうです」
「ま、暗殺といったらあの女しかおらぬでござるが」
「シャギナか」
間違いなくスルトの誰かが、シャギナにモルドレ国王の暗殺を依頼したのだろう。スルトの情報を漏らす訳にもいかないし。
その後、モルドレ王国はキリュシュラインの攻撃を受けて滅ぼされてしまったそうだ。単なる偶然なのだろうけど、タイミングが良すぎるぞ。前々から狙っていたのだろうな。
「そうなると、ゾフィル王国も危ないでござるな」
「私達の後ろ盾を失いましたので、間違いなく隣国のアバシア王国に攻め滅ぼされるでしょう」
「前の国王でござったのなら、そのような事をせぬのに」
椿とマリアの言う通り、俺達の後ろ盾も無くなり、更に今まで国を守ってくれていたアレンにも見放されてしまったのだ。この先ゾフィル王国がどんな目に遭うのかは容易に想像がつく。
「放っとけばいいわ。竜次の話も聞かずに勝手な行動をしたのだから」
「そうだな。だからお前が気にする事なんてないぞ」
「聖人君子も良いけど、滅ぼされても自業自得だから楠木君は気にする事なんてないわ」
シルヴィもダンテも宮脇も、なかなかに冷たいな。椿とマリアも、そんな3人の意見に同意しているし。
ま、俺もあの国がどうなろうともう知った事ではない。ここまで酷い事をされて助けようと思う程、俺はお人よしではない。
その後俺達は、この国の何処を回るのかを話し合った後、夕食を食べに宿を出て近くの飲食店に行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
所変わってゾフィル王国王城。
「貴方という奴は、今日という今日はもう許しません!」
フェリスフィア王国から帰って来た女王が、帰って来て早々好き勝手な事をした夫である国王に怒りをぶつけた。
だが国王は、全く悪ぶれた様子を見せていなかった。
「あんな聖剣士とは呼べない罪人なんかと手を組むなんて御免だ。私はこの国の為に正しい判断をしただけだ。あんな男を擁護する国も、信用できん」
「楠木様の功績も何も知らないで!」
「今回召喚された聖剣士というだけで、信用できない。それにあの男は、我が国の大切な固有樹木を傷つけた。本来なら万死に値する大罪だ」
「それを本当に楠木様がされた事なのかどうかちゃんと聞いたのですか!」
「聞く必要もない。アイツがやったに決まっている」
「またそうやって自分勝手に決め付けて!」
全く話を聞き入れようとしない国王に、女王の怒りは最高潮に達した。フェリスフィアとの同盟が破棄されただけでも大問題なのに、いろんな国を回ってはその国の危機を救ってくれた竜次を悪人呼ばわりして、徹底的に追い詰めたのだ。
そんな国王の、愚かで自分勝手な行動のせいで自国が大変な目に遭っているというのに、その自覚が全くない。
その上、この国最強、否、南方最強と呼ばれているアレンにまで見限られ、ファルビエ王国に移住させてしまった。
今のこの国には、自衛をする手段が全くないというのに、この国王ときたらそれが全く分かっていない様子であった。
そんなイタチごっこにも等しい口喧嘩を繰り返す2人。
そもそも女王は、こんな男と結婚なんてしたくは無かったのだ。実は女王には、この国王とは別に想いを寄せていた相手がいた。だが、その相手は王位継承一位の立場だった一国の王子の為、王位継承権を持った女王とは結婚が出来ない運命にあった。
なら何故、好きでもないこんな男と結婚をしたのかというと、親同士で勝手に決められてしまい、女王の意思を聞く事もなく勝手に結婚式を催したからであった。言うなれば、政略結婚である。
それでも、この国の女王となる身として私情は一切捨てて、この国の発展の為に尽力を尽くし、跡継ぎを生まなければいけなかった。
だが、この国王は女王が思っていた以上に頑固で自分勝手で思い込みが激しい愚かな性格をしていた。常に自分こそが正しいと信じて疑わない為、相手の言う事や忠告に一切耳を傾ける事無く、自分の言う事だけを聞けばいいとばかり言っていた。
その上アホなくらいに2人の娘を溺愛し過ぎて、せっかく生まれた王子を邪魔者扱いし、政略結婚で他所の国へと追い出そうと言い出したのだ。
無論、そんな事を女王はもちろん家臣や使用人達が容認する訳がない。今までは女王がその実権を使って上から抑え込んできたが、ドラゴンの聖剣士が1000人以上もの女と婚約したと聞くと瞬く間に聖剣士全てを目の仇にし、特に元王族のシルヴィア王女と共に行動をしている竜次に対して激しい敵意を向けるようになった。それによって、国王の暴走はエスカレートしていき、何時抑え込みが効かなくなるかも分からなかった。
そんな国王の暴走に巻き込まれないようにする為に、女王は3人の子供、王子と王女2人を連れてフェリスフィアへと渡った。万が一のことを考えて、王女2人には向こうの公爵家の嫡男と婚約させ、王子をフェリスフィア女王から国務を学ばせるという名目で避難させた。
そして、帰って来てみれば竜次を重罪人として指名手配させて、それによってフェリスフィアとの同盟が破棄されてしまい、更にはアレンの移住まで許してしまった。こんな暴挙を、女王としては黙って見過ごす事が出来なかった。
何の罪もない竜次に罪を擦り付けて、重罪人として指名手配させるという行為は、敵対国であるキリュシュライン王国とやっている事が全く同じであった。
竜次を支援しているフェリスフィアの次期女王であるマリアが激怒し、この国との同盟が破棄されるという最悪な事態を招いてしまった。
そんな最悪な状況に追い打ちをかけるかのように、今回の国王の愚行に愛想を尽かしたアレンがこの国を出てファルビエ王国へ移住してしまった。
女王はもう我慢の限界を迎えて激怒した。
「貴方は自分がしでかした事がどれだけ愚かな事か、本当に分かっているのですか!」
「愚かなのはお前の方だ。後々分かる、私の言う事が正しかった事を」
「貴方って人は!」
自分が正しい事をしているのだと信じて疑わない国王に、女王は近くにいた騎士から剣をひったくって抜こうとした。
そんな時、外から無数の火矢が窓を突き破って飛んできた。
「何事ですか!」
「一体何が起こっているんだ!」
ただ事ではない様子に、女王と国王は窓から城下の様子を眺めた。
そこで目にしたのは、辺り一面火の海と化した城下町であった。
「これは一体……」
「何が起こった……」
異様な事態に呆然とする2人に、扉を勢いよく開かれて、そこから大量の兵士達が雪崩れ込んできた。身に着けている鎧から、アバシア王国である事が分かった。
そんなアバシア兵に傍にいた騎士達は呆気なく殺され、2人は瞬く間に包囲された。
状況が全く読めない中、1人のアバシア兵が2人の前に出て書状のようなものを開いて読んだ。
「この度、ここゾフィル王国は我等アバシア王国の領土となる。聡明にして偉大なアバシア国王の命により、この国の無能で愚かな王と女王を処刑せよと命令が下った」
「なっ!?」
「処刑って、何を言って!?」
国王には言っている意味が理解できなかった。
確かに、ここ最近のアバシア王国の情勢は最悪で、何時この国に攻め込んできてもおかしくない状況ではあった。
だが、そんな状況の中でもアバシア王国は一向に攻め込んでくる事は無かった。その事で完全に安心しきっていた国王は、何故今になってこの国を攻めてきているのかが全く理解できないでいた。
対して女王は、何故今になって攻めてきたのかを理解していた。
理由は3つ。
1つは、唯一味方になってくれるかもしれない竜次を追い詰めて、重罪人として指名手配してしまった事。
2つ目は、この国最強の剣士であるアレンを失った事。
そして3つ目が、これまでこの国を守ってくれていたフェリスフィアとの同盟が破棄された事であった。
それによって今まで守ってもらう立場だったゾフィル王国には、アバシア王国からの攻撃に対抗する力を持っていなかった。
そんな好機を、キリュシュライン寄りの現アバシア王が見逃す訳がなかった。
「この状況は、全部貴方が招いたのよ」
「な、に……」
「楠木様を迫害し、アレンの移住を許し、フェリスフィアとの同盟破棄を承認させたせいで、この国は今滅びようとしている」
「滅びるって、そんな……!?」
そんな訳がないと信じたい国王が異を唱えようとする前に、女王はアルバト兵によって首を斬り落とされてしまった。
「あああ……」
いがみ合っていたとはいえ、目の前で妻が殺され、更に国が焼かれるところを目にした事で、国王はようやく自分が行った事の愚かさに気が付いた。
「私は、間違っていたと言うのか……」
全てはこの国の為だと信じて疑わず、その意志のままこれまで突っ走ってきた国王。その為、女王や他の皆の忠告を戯言だの、妄言だの、被害妄想だのと思ってまともに聞き入れようとはしなかった。
自分がしっかりリードすれば、この国は更に良くなるとずっと信じて疑わず、真っ直ぐ付き進んできた。
だが結果は、女王や周りの皆の忠告通りの結末になってしまった。
女王が子供達を連れてフェリスフィアへ行く前に、女王から竜次を手厚くもてなせとしつこく言われてきたのに、国王はそれを無視して自分の考えを押し通して迫害した。
その結果、今まで守ってくれていたフェリスフィア王国からも見限られ、更にはこの国の為に今まで戦ってくれていたアレンまでもこの国を、否、国王を見捨てた。
それによって、ゾフィル王国は滅びてしまった。
「私は、ただ、この国の為に、良かれと、思って……」
国を焼かれ、大切な家族を失うという取り返しのつかない状況になって初めて、国王は竜次の言葉を聞いてあげず、あまつさえ犯罪者に仕立て上げて追い詰めてしまった事を後悔した。
だが、今更後悔してももう全てが手遅れであった。
そんな後悔の念に押し潰されながら、国王の首はアバシア兵によって斬り落とされた。




