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43 ヤズマ村の危機


「はぁ……何でまたこんな所に来てしまったんだ」


 ヤズマ村で梶原と再会した俺は、俺に対して怯えきった梶原を見て衝動的にアレンの家を飛び出して、気が付いたら王都まで戻ってしまっていた。巡回している騎士団に見つからない様に町へ入り、宿を取ってその部屋のベッドの上に寝転がって天井を眺めていた。


「まるで俺が本当にやったみたいな態度で……!」


 確かに、家族で一緒に出掛けたりした事はあったが、あの頃の俺は女子と2人きりで何処かに出かけようという発想が無かったし、家に上げるのも小学校を卒業して以降1度もない。可愛くなった梶原を見て、俺はそれまでの友達感覚で接する事が出来なくなり、1人の女の子として見るようになった。たくさんの男子に告白されている所を見て、正直言って面白くないなとも思った。

 だが、夏休み中に石澤と関わりを持ったことでアイツは変わってしまった。中2の2学期が始まってすぐ、石澤が付いた嘘に便乗して俺を陥れた梶原に、俺は石澤と同様の激しい怒りを抱いた。一体何故、梶原は俺を陥れてまで石澤とくっ付きたいと思ったのか。何であんな嘘を付いたのか、それが分からなかった。

 それ以来、俺の生活は地獄そのものとなった。

 周りからあからさまな嫌がらせを受けるようになり、時には石を投げられる事もあった。そんな状況になっているというのに、警察は全く動こうとはしなかった。石澤の言う事に何の疑いも抱かず、調査を行う事もなく一方的に俺を犯罪者呼ばわりして、石を投げられたりしても見て見ぬふりをするという最低な事をした。

 当然の事ながら、梶原とその家族との関係は崩壊し、それ以来全く交流を持たなくなった。


「考えてみれば、シルヴィみたいな子が特殊なのかもしれないな」


 通常であれば、この国の国王の様に噂の真偽はともかく、そんな噂が流れる様な奴を過剰に警戒するのが当たり前だ。フェリスフィアの同盟国という事で、キリュシュラインの様に俺を指名手配するという暴挙には出ないが、俺を支援するかどうかは別の話だ。

 アルバトとファルビエだって、ルータオとリーゼに会わなかったらどうなっていたのか分からなかった。イルミドの国王の様に、最初から好意的に接してくれる人も本来ならいる筈がない。

 そうなると、これから向かう東方の国々でも同じような事が起こるかもしれない。北方はかなり治安が悪いみたいだから、東方以上の苦痛を味わう事になるだろう。


(こうしてよくよく考えてみると、極少数の国以外は皆キリュシュライン側に就いているか、石澤の噂を真に受けて聖剣士を悪者扱いしているだろうな)


 それを考えると、フェリスフィアってかなり味方が少ない気がしてきた。

 魔人どもの大襲撃に備えながら、キリュシュラインの侵略行為にまで神経を使わなくてはいけないなんて。最悪過ぎる。

 そんな時、突然ドアがノックされた。丁寧にノックしていた為、ゾフィル国王の回し者ではない事は確認済みだが、こうなるともう信用できない。

 いないフリを決め込もうとした俺の意思を無視して扉は開かれ、焦げ茶色の服を着た農村の娘が入って来た。


「何だ、お前は?」

「このような格好で警戒されるのは仕方がありませんが、無視するのは流石にどうかと思われます」

「……あんたか」


 聞き覚えのある声だったから、入って来た女性が誰なのかすぐに分かった。何時も俺達の周囲にいて、必要な情報を与えてくれているフェリスフィアの諜報員の1人であった。


「あんたって、そんな顔をしてたんだな」

「これはお面です。諜報員たるもの、無闇に素顔を晒す訳にはいきませんので」

「さいで」


 その顔も変装だったのかよ。ま、そうじゃなかったら諜報員は務まらないわな。


「アバシアがキリュシュラインの属国になっていた事は、正直言って私達でも知る事が出来ませんでした。ここ最近あの国の警備が厳しくなりましたので、なかなかあの国に入る事が出来ませんでした。それを成し遂げるなんて、流石はヤマトの忍者です」

「そんな事はどうでも良い。何しに来た」


 世間話をする為に、わざわざ変装をしてまで俺の部屋に入って来る訳がない。


「では、本題に入りましょう」


 2回ほど咳払いをしてから、諜報員は丸テーブルの近くに置かれていた椅子に姿勢良く座った。


「何時まで意地を張るおつもりですか?」

「……何のことだ」

「本当はご自身でも気付かれているのではないですか。梶原様が5年前に楠木様に行った事を後悔している事に」

「っ!?」


 この女、なかなかに痛い所を突いて来るじゃない。

 実を言うと、高校の時から梶原があの時の事を後悔している事に気付いていた。何度も俺に近づこうとしては、石澤や周りの女子達に止められて困った顔をしていたし、何時も俺の行動を気にしていた。キリュシュラインを離れて、ヤズマ村でひっそりと暮らしているのがその証拠である事も理解していた。

 だが、俺はあの時の梶原の付いた嘘のせいであんな目に遭った事には間違いない。だから俺は、アイツがいくら謝罪してきても赦すつもりが無かったし、話を聞いてあげるつもりもなかった。アレンの家で久しぶりに会って、俺を見え怯えきった顔をしたアイツを見て俺は堪らず飛び出して行った。


「楠木様もお気持ちを考えますと、梶原様の事が許せないのは分かります。ですが、貴方様もそれ以降彼女の気持ちを一度でも聞いた事がありますか。梶原様が怯えていたのは、赤鬼に襲われかけたのが原因であって、楠木様を見て怯えた訳ではございません」

「……けど」


 それでも、俺は梶原の事をどうしても赦す事が出来なかった。本当に俺に襲われたかどうかは、当事者である梶原自身が誰よりも理解している筈なのに、嘘を付いて俺を裏切った。それがどうしても赦す事が出来ない。あの時どんな事情があったとしても、俺は梶原を赦せない。

 そんな俺の事情を察した諜報員が、肩をすくめながら言った。


「赦してあげてなんて言うつもりはございません。楠木様が元の世界でどんな目に遭ったのかは、実際に見た訳ではございませんので気軽に赦せと申しても無責任なだけです。ですが、せめて彼女の言葉くらいは聞いてあげてください。そうでなければ、貴方様の心は一生彼女への憎しみに囚われたままです。そんな事では、この先貴方様が幸せを掴むことは出来ません」

「っ…………」

「彼女はいずれ罰を受ける事になるでしょう。例え5年前にどんな事情があったとしても、嘘の情報を口にしてここまで大きくさせてしまったのですから。ですが、それを後悔しているから死亡しているという事にしてまでこの国に亡命をされているのです」

「ちょっと待て!死亡していることになっているって!?」

「そのままの意味です。梶原様は、ドラゴンの聖剣士から逃げる為にこの国に来たと同時に死亡された事にしたのです」

「そんな……」


 そこまでして石澤から逃げ出したかったのか。そこまでの意思を知って、聞く耳を持とうとしない程俺は薄情ではない。そこまで薄情になりたくなかった。


「ホント、俺は甘いな……」

「それで良いと思います。無理に強がる必要なんてありません。貴方様には素晴らしいパートナーがおられるではありませんか。彼女の前には、ご自身の弱い部分を見せても良いと思います」


 その後諜報員は、それ以上何も言う事なく、優しい笑みを浮かべながらそっと部屋を後にした。


「……ま、どの道村に戻るつもりだったんだし丁度良いか」


 俺だってまさか王都まで戻るなんて思わなかったから、おそらく向こうではシルヴィ達が心配しているだろう。何も考えずに衝動的に走ってしまったから。


「明日は朝一でヤズマ村に戻るか」


 そう決めた俺は、そのまま眠りについた。すぐに戻らなかったのは、もう少し頭を冷やしておきたかったからであった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝。

 俺は巡回中の騎士達の目を掻い潜り、何とか王都を後にしてヤズマ村へと通じる道をのんびり歩いていた。


「戻るとは決めたけど、戻り辛いな……」


 丸一日村を出たきり音沙汰なしだったから、心配していると同時に凄く怒っているだろうな。当たり前か。

 そのせいか、どうにも足取りが重かった。そんな感じでダラダラと2時間以上も歩いていた。

そんな時、ヤズマ村の方から不穏な気配を感じた。普通の人では感じない、強い悪意を感じて。


「何だ?3人がヤズマ村に向かっている。一体何をする気だ?」


 そんな疑問を口にした瞬間、その3人の目の前から大量の魔物の気配を感じた。それまでいなかった筈なのに、突然その3人の目の前に現れた。これは、間違いない。


「チキショウ!スルトか!」


 大方、騎士団に追われて自棄になってしまったのか、たまたま近くにあったヤズマ村を標的にして襲おうと考えたのだろう。しかも、この国にとって送られては困るあの赤鬼を大量に送り込むという暴挙まで行って。


「クソ!100や200という次元じゃない!」


 どれだけの数の赤鬼を捕獲していたんだ!だが今は、赤鬼どもからヤズマ村を守らないと!幸い、赤鬼どもはまだヤズマ村に到達していない!


(その前に何とかしないと!)


 身体能力が強化されている今、全力で走れば王都からヤズマ村まで1時間も掛からない。しかも、大分ヤズマ村から近い所にいる為もっと早く着く事が出来る。お陰で、かなり早くヤズマ村に到着する事が出来た。だが、赤鬼どもは既にヤズマ村の中に入っていた。


「クソ!こんな事ならダラダラ歩いて行くんじゃなかった!」


 悔やんでも仕方ない。まだ枯らされていない畑を守る為、俺は聖剣を抜いて最前列にいる赤鬼どもの首を次々と刎ねていった。


「おぉ!フェニックスの聖剣士様が来てくださったぞ!」


 村人から歓声が聞こえたが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。

 既に畑に入ってしまっている個体は聖剣で、後方にいるまだ畑に入っていない個体は氷の槍を飛ばして串刺しにしていった。

けれど、数があまりにも多すぎてとても1人では対処しきれそうになかった。それどころか、後方にいるスルトの3人は更にたくさんの赤鬼どもを送り込んでいた。これではキリが無い。


(クソ!ここでは大規模な破壊魔法が使えない!)


 今は氷の槍で遠方にいる赤鬼に対処しているが、このままでは俺の魔力が尽きてしまうのも時間の問題だ。剣術や体術で対処してもこの数の赤鬼どもを押し留めるのは不可能だ。


「だったら、大元を叩くだけだ!」


 一旦後方に下がった俺は、左手を地面に叩いて大きな土の壁を作った。もとい、魔法で土の壁を作ったのである。赤鬼どもの数が多い為、土の壁はかなり広範囲に広がってしまった。


(だが、これで大体2時間くらいは持つだろう!)


 かなり分厚くしたのでちょっとやそっとじゃ壊れない筈だから、その間に俺は土の壁を乗り越えて、赤鬼どもの頭を踏み台にして敵の本拠地まで走って行った。こんな事が出来るのも、マリアからの特訓の賜物だ。


(見えた!)


 ほんの15分ほど走った所で、趣味の悪い黒のローブを纏い、フードを深く被った3人の男達が見えた。


「クソ!」

「捕まってたまるか!」

「このぉ!」


 男達はすぐに転移石で逃げようとしたが、その前に俺は氷の槍を飛ばして3人の両腕を掠めさせた。氷の槍が掠めたことで、3人は持っていた転移石をポロッと落とした。柔らかい芝生の上だったのが幸いしたのか、3個とも砕けていなかった。


「逃がすか!」


 赤鬼から飛び降りた俺は、その勢いで真ん中と右側にいた男の胸に飛び膝蹴りを食らわせた。その時、2人の胸がバキバキという音が聞こえて、膝がやけに深く入り込む感覚を感じた。

 2人の男から離れると同時に、近くに置いてあった円形の魔道具を聖剣で突き刺して砕いた。直径が10センチ程度の円盤型だった為、それが転送盤である事がすぐに分かった。これでもう、コイツ等は赤鬼を送り込む事が出来なくなった。


「はああぁ……!?」


 残った男は、尻餅をついて震えながらも落とした転移石を拾おうとした。


「させるか!」


 男が転移石を拾う前に、俺はその男の両腕に向けて聖剣を勢い良く振ってしまった。それと同時に、肉と骨を切るような感覚を柄から感じた。


「ああああああああ!」

「あっ……!?」


 男の悲鳴を聞いて俺はようやく冷静さを取り戻す事が出来た。よく見ると、男は両腕の肘から先を失っていて、その切り口から大量の血が流れ出ていた。


「お、俺は……」


 恐る恐る聖剣を見ると、その男の血と思われるものが付着していた。


(あの、肉と骨を切るような感覚の正体は……)


 俺が、この男の両腕を切り落としてしまったからだった事に気付いた。

 更に後ろを振り返ると、飛び膝蹴りを食らわせた2人の男が白目をむいて口から泡を吹いて痙攣している姿が目に映った。

 冷静になった頭で思い返すと、飛び膝蹴りを食らわせた直後にバキバキという何かが砕ける音が聞こえ、膝が深く食い込んでいた。それは間違いなく、勢いが強すぎるせいで2人の肋骨を折ってしまい、その先にある肺や心臓に強い衝撃を与えてしまったのだ。下手をしたら死んでしまう程の強い衝撃を。


「く……!?」


 覚悟を決めた筈なのに、俺の攻撃によって死にかけている3人を見て俺は震えが止まらなかった。どうしても、この3人にトドメを刺す事が出来なかった。


「クソ!動け!動けよ、俺の身体!」


 俺は魔人を殺した!魔人だって元はただの人間だったのだから、人を殺すのはこれが初めてではない筈だ!

 なのに、なのに何で、この3人を殺す事をこんなにも躊躇っているのだ!俺は!

 魔人は人ではないとでも言う気なのか!そんな事を言ったら、今まで俺を差別してきた連中と同じになってしまう!俺は、そんな連中と一緒になんてなりたくない!

 それなのに、どうして俺の身体は動かないんだ!

 いい加減に覚悟を決めろよ、俺!

 どうしても動けない俺に、赤鬼どもが迫って来た。


「無理に人を殺す必要なんてないわ!」


 聞き覚えのある声と共に、俺が両腕を切り落とした男の首が宙を舞い、首を失った身体が力なくバタンと倒れた。

更にそのすぐ後に、泡を吹いていた2人の首も刎ねられていた。すぐ近くには、赤色の剣に付着した血を拭き取る長い金髪の少女が立っていた。血を拭き取り終えると少女は、満面の笑みを浮かべて俺の方を向いた。


「シルヴィ……」

「ようやく見つけた!」


 赤色の剣、ファインザーを鞘に納めたシルヴィが俺の胸に飛び込んで抱き着いてきた。


「無事で良かった。楠木君」


 赤鬼どもは秋野の聖剣から展開された壁によって阻まれていた。壁の横から近づいて来ようとする赤鬼には、マリアと椿とダンテとアレンの4人が対処していた。宮脇は少し離れた所で梶原を守っていた。

 マリア達はともかく、秋野が何故ここにいるのかという疑問はあったが、それよりも俺は俺に抱き着いているシルヴィの方に視線を向けた。


「シルヴィ。ごめん。お前にコイツ等を殺させて……」


 シルヴィを守る為なら何でもすると決めた筈なのに、結局この3人を殺す事が出来なかった。そのせいでシルヴィの手を汚させてしまった。俺が弱いせいで。


「馬鹿!今まで一体何処にいたのよ!心配たんだから!」


 シルヴィはそんな事はどこ吹く風と言った感じで、俺の心配だけをしていた。シルヴィにはその覚悟が出来ているのだと実感した。


「すまない、心配をかけてしまった」


 心配させたことを謝罪した直後、シルヴィは一旦俺から離れた後、俺の頬をつまんでゆっくりと引っ張った。


「竜次が無理して人を殺す必要なんてないわ。その役目は私がやるから」

「ふぇも……」

「気にしなくていいわ。竜次が召喚される前から、もう両手の指では数え切れないくらいたくさん殺しているわ。椿様に至っては1000人を超えているし、マリア様だって戦場でたくさん人を殺めているわ」

「…………」


 マリアと椿は何となく想像していたし、シルヴィも思い返せばキリュシュライン兵の首をへし折った事があると言っていた。キリュシュラインの進行を食い止める為に、またはどこかの国の戦場に赴いてたくさん殺してきたのだろう。その事について3人とも、既に覚悟が出来ていたみたいだ。


「でも、竜次は違う。戦場とは無縁の平和な国から来たのだから、人を殺める覚悟が出来ないのは仕方がない事だし、私も竜次が人を殺す事を望まないわ」


 それを言った後、シルヴィは俺の頬を離した。


「女にそんな事をさせて、なんて考える必要なんてない。私にとってはそれが当たり前なのだから、周りや黒い方、一国の王が何を言おうが気にする必要なんてない」

「だけど、俺は魔人を殺したんだ!彼等だって元は何の罪もない一般人だったんだぞ!」

「え?」


 俺の言葉に、赤鬼どもの進行を防いでいた秋野が反応して振り返った。


「どういう事?魔人の正体が人間だというの!?」

「集中しろ!」


 俺に問い詰めようとした秋野に、赤鬼と戦っていたアレンが強い口調で秋野に言った。


「そんな事は後で聞けばいい!今はコイツ等に集中しろ!」

「……後でちゃんと説明して!楠木君!」


 気になる気持ちを抑えて、秋野は再び赤鬼達に集中した。当たり前だが、秋野がその事実を知っている訳がない。魔人の正体が、魔剣によって姿を変えられた人間だという事を。

 だから初めてではない。人を殺めるのは。

 その筈なのに。


「あのまま魔人にされたまま生きろと言う方が、変えられた人達にとって一番の悲しみよ。それに、もう二度と元に戻せないのだから倒す以外にあの人達を救う方法は無いわ」

「シルヴィ……」


 無理に理由をつけて言っているだけなのは分かっているが、それでも俺の迷いと葛藤を和らげるには丁度良かった。わだかまりが消えた訳ではないが、今は割り切るしかない。

 でも、やはり俺1人ではここまで考える事が出来なかった。


「やっぱり俺にはシルヴィが必要だ」

「知ってる。竜次に必要にされて、嬉しいわ」


 お互いに指を絡ませるように手を握り、俺とシルヴィの右手の紋様が浮かび上がり、強く輝いた。


「でも、後で今回の事のお説教は受けてもらうわよ」

「お手柔らかに」


 それは甘んじて受けよう。年甲斐もなく感情に任せて行動をしてしまったと反省している。


「お二人さん、イチャイチャしないでこっちも手伝ってください」

「拙者を差し置いてまた!シルヴィア殿ばかりズルいでござる!」

「そうだな」

「私達も行こうか」


 師匠ともう1人のお嫁さんに言われれば、もうこれ以上甘い雰囲気を出す訳にはいかない。ヤバイ、自分で考えて背中がむず痒くなってしまった。


「いいえ。ここは俺に任せてください」


 何を思ったのか、秋野の前に出たアレンが左手を前に出して、赤鬼達の前に円形の空間の穴をあけた。あれは確か、マリアも使えた収納魔法だ。


「よく見ておくといいわ。アレンの得意魔法を」

「アレンの得意魔法……」


 ゾフィルに入国する前に聞いた事があったが、それを実際に見るのは初めてである為ちょっと興味があった。


「『飛翔剣術』」


 その直後、収納魔法から複数のそれぞれ形の違う剣が飛び出してきて、それぞれがまるで意思があるみたいに飛びながら赤鬼に突き刺したり斬ったりしていった。


「あれが、飛翔剣」

「魔力で剣を飛ばして相手を攻撃する魔法で、高度な魔力の調整と空間認知能力がないと出来ない魔法なの」

「スゲェな」


 しかも、ただ飛ばすのではなく、斬る、刺す、不意打ちなどの操作も同時に行っている。アレンの頭の中では、全ての剣に別々の指示を出しながら動かし、周囲の空間を瞬時に認識して正確に敵を攻撃している。頭の回転が速く、尚且つ魔力を送り続けるだけの集中力もずば抜けていないと出来ない魔法だ。

 その代り、術者であるアレンはその場から動く事が出来ないという欠点がある。その為、マリアと椿との模擬戦では全ての剣を躱された上に、接近して無防備なアレンを叩いたそうだ。一体どんな訓練をしたらそんな事が出来るのだろうか。少なくとも、常人ではほぼ不可能だそうだ。


「まるで〇〇〇〇みたい」


 秋野よ、それは思っていても言うな。


「アレンはあぁ言ったけど、私達も戦う準備をした方が良いわ。当たり前だけど、あの剣はアレンの魔力で飛ばしているの。アレンの魔力量は私やエレナ様よりも多いけど、無限という訳ではない。そもそも、無限に魔力がある人なんてこの世には存在しないわ」

「そりゃそうか」


 当たり前だが、あれだけの数の剣を操るにはそれ相応の魔力が必要になるし、その上集中力も普通の魔法とは比べ物にならないくらいに必要となる。魔力の消費が激しいだけでなく、常に神経を張らなくてはいけない為、体力的にも、魔力的にも、精神的にも疲弊が激しいのだ。

 その後、アレンは肩で大きく息をしながら剣を何本か収納魔法の中に戻していった。

 この魔法の欠点は、長時間の使用が出来ないという事か。


「ああっ……」


 魔力が尽きたのか、はたまた体力が尽きたのか、あるいはその両方なのか、アレンが飛ばした剣を全て収納してその場に膝を付いてしまった。


「行くぞ」

「えぇ」


 俺とシルヴィは、赤鬼がアレンに襲い掛かる前に聖剣とファインザーで撃退した。

 だが、あの3人が馬鹿みたいにたくさん転送したせいでとんでもない数の赤鬼どもがヤズマ村の近くに現れた為、俺やシルヴィやダンテはもちろん、流石のマリアと椿も対処しきれないみたいだ。いや、魔法を使えばどうとでも出来るのだが、実はこの国の木が大切なこの国にしかない固有種である為、無闇に傷つける事が出来ないという状況では魔法を使う事が出来ない為肉弾戦のみでの対応になる。

 それに、どうしても派手に戦えない事情があるのだ。

 そんな事情や、あまりに多すぎる赤鬼どもの数を前に、俺達だけでは対処しきれないみたいだ。体力的には問題なくても、あまり長引くと俺が作った土の壁が崩壊して大量の赤鬼がヤズマ村に雪崩れ込んでしまう。

 そんな時、赤鬼達の動きが突然止まった。


「どうした!?」


 俺が疑問を口にした瞬間、赤鬼達は何かに怯える様に森の奥へと逃げて行った。


「どうやら、日中での活動限界に達したみたいね。赤鬼は元々夜行性で、太陽の光を嫌っているの。進化の石で強化されても、日中での活動に限界があるみたいだね」

「つまり、太陽に助けられたって訳か」


 転送させた3人も、これだけの数を送り込ませれば短時間で村の作物を全滅させられると踏んだから、日中であるにも拘らず転送させたのだろう。そこへ、俺達という邪魔者が入ったから陽の光を嫌う赤鬼どもは薄暗い森の奥へと逃げて行ったのだろう。


「とりあえず、何とかなった訳か……」


 無論、まだ危機的状況であることには変わりないが、俺達は何とかヤズマ村を守る事に成功した。


(お天道様に感謝だな)





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 その後、ヤズマ村に戻った俺達を村の人達は温かく迎え入れられて、たくさん感謝された。

 けれど、取り逃がした赤鬼の数があまりにも多かった為、今晩また戦いに備える為にしっかりと休息を取る事にした。その前に、俺はシルヴィに昨日の事でこっぴどく叱られてしまい、戦う前から精神的に参ってしまった。


(いつまでも子供じゃないんだな)


 そう実感した瞬間であった。

 夕食を食べる前に、俺は改めて梶原から5年前の話を聞いた。俺が家族と旅行に行っている間に、梶原が石澤に襲われて心身共に傷ついていた事も、そんな石澤に恐怖を抱いていた為あの時石澤の言いなりになって俺を陥れてしまった事も、石澤に罪の報いを受けさせる為に上代に協力をお願いした事も全て話してくれた。上代の言っていた協力者というのは、梶原の事だった。

 その後梶原は、涙ながらに何度も俺に頭を下げて謝った。ただ、あの時の梶原も石澤がまさかあんな行動を取るなんて思ってもみなかったそうだ。

 梶原があの時石澤に恐怖を抱いていたのは分かったし、梶原も実は被害者でずっと傷付いていた事も初めて知った。

 けれど、だからと言って梶原を赦す事が出来なかった。あの時、梶原に石澤のあの意見を否定する勇気が少しでもあれば、俺は元の世界であんな酷い目に遭わなくて済んだ。簡単に勇気を出せとは言ったものの、あの時の梶原が抱いていた恐怖心を考えると無責任に勇気を出して欲しかったとは言えない。

 でも、それでも俺は梶原を赦すことは出来なかった。以前のような恨みはもうないが、赦すかどうかはまた別の話。

 その後俺は、食後の食休みを取る為にアレンの家の縁側に座ってのんびりとしていた。


「あと1時間ほどで赤鬼どもがこっちに来るのは確実だ」


 逃げた赤鬼達は、村の近くにある山の洞窟に避難している事が諜報員の情報により分かり、日が暮れた今赤鬼達はこの村を目指してゆっくりと進んでいる事も分かった。気配を探れる距離がまた長くなった気がする。


「キリュシュライン王女が言うには、常に神経を張り詰めて置けば探れる気配の範囲が広くなるそうよ」

「ま、敵意や害意のある奴の気配しか探れないという欠点はあるがな」


 それ故、後ろから近づいて来る秋野の気配を察知する事が出来なかった。何故秋野がここにいるのかも後で聞いたが、1ヶ月以上掛けて3ヶ国も渡って旅をしていたそうだ。この国の、この村に来たのは本当にただの偶然らしい。

 イルミドのパーティーに出て以来、キリュシュラインや石澤に対して不信感を抱く様になり、キリュシュラインから離れて独自に調べてきたそうだ。

 そして、今回の梶原の話を聞いて正式にキリュシュラインと決別する事を決めたそうだ。

 そんな秋野が、縁側の前に置かれた草履を履いて俺の前に立ち、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい」


 そして、謝った。


「石澤の言う事に何の疑問も抱かず、ずっと楠木君に酷い事をしてしまった。赦して欲しいとは言わない。でも、ちゃんと謝りたかった。本当にごめんなさい」


 今まで知らなかったとはいえ、ずっと石澤とクソ王女の言う事に何の疑問も抱く事なく信じ込んでしまった。キリュシュライン以外の情報を集めてようやくおかしいと気付き、梶原の話を聞いて確信を持つなんて、こいつは絶対に男に騙されるタイプだな。結婚詐欺の被害に遭いそうだ。


「もういいから、頭を上げてくれ」


 何時までも頭を下げられると、こっちが何か悪い事をしているみたいになってしまう。


「でも勘違いするな。お前も梶原も赦すつもりは無いからな」

「それでもいい。楠木君が今まで受けた誹謗中傷を考えると、そう簡単に赦せるものじゃない」

「ふん!」


 頭を上げて真顔で言われると、俺としてもこれ以上何も言えないじゃない。まぁ、反省しているみたいだから一応良しとしよう。一応な。


「それにしても、キリュシュライン内と他所の国とでは俺や石澤の印象がそんなに違うのか?」

「全然。180度も違う」


 180度って、キリュシュラインの中と外では全然違うという事じゃないか。


「ただ、北方の国々は完全にキリュシュラインの流した印象をそのまま鵜呑みにしているわ。仲が良いという訳ではなく、単純に真相を調べるのが面倒臭いだけみたいだけど」

「はぁ……」


 何だか北方に行くのが怖くなってきたのだけど。いくら治安が悪くても、諜報員くらいはいるだろう。そこは面倒臭がらずにきちんと調べておけよ。


「で、秋野は今後どうする気だ?」

「そうね。しばらくは楠木君達とは別にいろんな国を旅して回ろうと思う。今回召喚された聖剣士は役立たず揃い、なんて酷い噂も流されているみたいだから、地道に聖剣士らしい活動をしていくつもり」

「1人でか?」

「まずは正規のパートナーを探す。これも調べて分かった事だけど」

「なら、説明は不要だな」


 聖剣士には必ず共に戦う異性のパートナーがいる。そのパートナーとは、召喚される前に夢の中で出会って互いの気持ちを相手に伝える事が出来るみたいだ。俺の場合はシルヴィに俺の気持ちを一方的に読まれてしまったけど。


「じゃあ、楠木君も夢で王女様と?」

「ああ、会った」


 夢で会ったパートナーとは、召喚されてからそう遠くないうちに出会うのだそうだから、秋野もそのうち正規のパートナーと出会う事が出来るだろう。

 その話を聞いた秋野は、何か思い老ける感じで月を眺めた。


「どんな人なんだろうな。私の正規のパートナーは。元の世界では見ていたと思うけど、その相手の顔がどうしても思い出せないんだ」

「思い出せないって、呪いの影響か?」


 呪いというのは、聖剣士が正規のパートナーとパートナー契約を行わずに別の誰かと契約を結ばせるもので、正規のパートナーが聖剣士と出会う前に死んでしまった時の為に必要なのだそうだ。呪いなんて呼ばれているが、万が一正規のパートナーが死んでしまった時の為の保険として備わっているのだ。

 ちなみに、正規のパートナーと契約を結ぶと自動的に呪いが使えなくなってしまうそうだ。呪いを使った後でも、正規のパートナーと契約を結ぶことが出来る。


「でも、そんな話をするという事は秋野も夢でパートナーと会っていたのか?」

「えぇ。言っても誰も信じてくれないから黙っていたけど」

「そうか」

「何となくこの国に来たと言ったけど、本音を言うとこの国に私の正規パートナーがいる気がしたからなんだ」

「なら、会えると良いな」


 やはり、聖剣士とパートナーは磁石のS極とN極みたいに自然と惹かれ合い、必ず出会って心を通わせ合う間柄になるのだな。例え呪いを使った後で覚えていなくても、それだけは変わらないみたいだ。


「だったら何で俺に話すんだ?」

「何となくだけど、楠木君も夢で王女様と出会う夢を見たのだろうと思ったの。王女様が、出会って間もない楠木君の事を大切にしていたから何となくそうじゃないかって思った」

「ふぅん。まぁ、そうなんだけど……」


 でも、シルヴィの場合は正直すぎるからあそこまでストレートに自分の意志を伝えられるのだと思う。

 でもここで一つ疑問に思う事がある。

 俺と秋野は夢でパートナーと出会っていたが、上代と犬坂と石澤の3人にはそんな様子が全く見受けられなかった。

 上代にも聞いてみたが、桜様と出会う夢を見たことが無いそうだ。呪いの影響かどうかは分からないが、秋野みたいに朧げに覚えていたという感じでもなかった。

 犬坂に至っては、ダンテと正規の契約を交わしてもまったく態度が変わる事もなく、ダンテの事なんて知らないと言った感じだった。

 女好きの石澤が、正規のパートナーであるシャギナの事を覚えていないなんて考えられない。覚えていなかったとしても、秋野みたいに何となしにシャギナではないかと思うものだ。

 それだけでも疑問に思うのに、更に相手側も一緒に戦う聖剣士の事を知らないでいた。桜様は俺に抱き着こうとして弾き飛ばされるまで、自分が聖剣士のパートナーだという事を知らなかったみたいだ。桜様がまだ子供だからと言われればそれまでだが。

 でも、それだったらダンテとシャギナが朧気でもなく全く知らなかったというものおかしい。そもそも両者は、必ず出会って常に傍にいるものだ。それなのに、互いに別々に行動をする事を選ぶなんておかしい。契約をしていないからという理由は、ダンテの様な例を見ればすぐに違うと分かる。


(一体何故、こんなにも差が出てしまうのだろうか?)


 俺はシルヴィの事を大切に思っているし、秋野も自分パートナーを会う為にわざわざこの国に足を運んだ。顔を忘れてしまっても、やはり正規のパートナーの事が気になっているのだろう。

 いくら呪いの影響だからと言って、最初から大切なパートナーの事を知らないなんてあるのか?聖剣士とパートナーは、聖剣士が召喚される前に必ず夢で出会って互いの事をよく知り、関係を深めてからこの世界で出会う様になっている。

 なのに、お互いが大切なパートナーの存在自体を認識していないなんて事があるのだろうか?俺と秋野と、上代と犬坂と石澤とでどう違うというのだ?

 そんな時、それまでのんびり歩いていた赤鬼達が突然は知ってこちらに向かっている事が、気配で察知した。


「おい」

「えぇ。まったりする時間はおしまい。戦いの準備に入るよ」

「ああ」


 ったく、疑問に思っていた事を考えさせる時間も与えてくれないのかよ。何処までも空気の読めない連中だ。魔物だから読めなくて当然か。

 俺と秋野はすぐに縁側を後にし、皆と一緒に赤鬼達の進行方向上に向かった。





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