42 告げる勇気と聞かなかった後悔
シルヴィ視点が続きます。
次回からは再び竜次視点で進みます。
それから私達は、竜次にこの事を伝える為に麻美と一緒に竜次が入って行った森へと向かった。竜次としても、しばらくは1人になりたいのかもしれないけど、このまま放って置く訳にはいかない。ずっと誤解を受けたままにさせる訳にはいかないし、竜次にもあの時の真相を知って欲しかったから。
だけど、いくら気配を探っても竜次は見つからなかった。代わりに、竜次を追いかけていったダンテとアレンと合流した。2人も竜次を途中で見失ってしまったそうだ。
転移石を持っていなかったから転移はしていないが、全力で走ってヤズマ村からかなり遠く離れた所に行っても不思議ではなかった。
結局その日私達は、竜次を見つけることが出来ず森の中で野宿する事になった。
「竜次、一体何処に行ってしまったのかしら」
テントの傍で私は、何処に行ったのか分からない竜次の事を心配していた。
「あの時の竜次、凄く苦しそうにしていた。同時にその苦しみを与えた麻美に対する強い怒りも感じた」
女の子相手にあそこまで本気で怒るなんて最低、なんて綺麗事は言わない。3ヶ月以上前に見た竜次の記憶を見れば、一緒になって陥れた麻美の事を恨んでいて当然だ。それによって竜次の人生は最悪なものになってしまったのだから。
いくら無実を訴えても周りは誰も耳を傾けてくれず、学校の教師でさえ竜次を悪者扱いして不当な扱いをする始末。更には、町の平和を守る憲兵、麻美や明里曰くケイサツという組織もあの日竜次が何をしていたのかを全く調べようともせず、ただただ黒い方の証言だけを信じて事実を無理矢理捻じ曲げ、証拠までもでっちあげるというゲスな事をする始末。
事はもう謝って済む問題ではなくなってしまっている。
そんな状況に追い込んだ麻美を恨む竜次を、一体誰が止められるだろうか。咎める権利があるだろうか。黒い方も憎いだろうけど、それと同じくらいに麻美の事を憎んでいる。竜次にとっても、麻美にとってもこの5年間は最も辛い時だった。
「本当なら、竜次に酷い仕打ちをした連中に黒い方が犯した罪を晒したかったけど、この世界に来てしまった以上それはもう叶わなくなってしまった」
特に、竜次に酷い仕打ちをした中年の警察と若い女の教師には、黒い方の本性を目の当たりにさせて、それ相応の罰を受けさせたかった。
でも、ソイツ等はこの世界にはいない為竜次の無念と心の傷は完全な形で癒えることは無くなった。
それでも、この世界にはあの男がいる。全ての元凶であるアイツさえ罰せれば、竜次の痛みや苦しみは少しだけ軽くなる。
幸いこの世界には、私も含めて竜次の味方になってくれる人がたくさんいてくれる。元の世界みたいにはいかせない。
そんな私に、アレンが静かに近寄って来た。
「もう夜も遅いし、そろそろ寒くなる時期になります。1年中温暖な気候の南方でも、夜は肌寒いですから」
「肌寒いと言っても、エルディアやフェリスフィアに比べたら凄く温かいわよ」
そのエルディアはもう無くなっている。
キリュシュラインによって滅ぼされた。
父も、母も、兄も、2人の姉も皆殺された。
城に仕えていた家臣やメイドや執事全員が、掌を返したみたいにキリュシュライン側に就いている。
その時味わった怒りと理不尽は、今も忘れない。だから分かる。竜次の気持ちが。
「まったく、楠木様は本当に幸せ者ですね。男嫌いで有名なシルヴィア姫にここまで愛されて。それなのに、そんなシルヴィア姫を置いて何処かに行ってしまうなんて」
「あんたに何が分かるの?」
悪気があって言っている訳ではないと分かりつつも、私はアレンを睨まずにはいられなかった。
「私や麻美だけじゃない。竜次だって傷ついているのよ。親以外誰も竜次を信じてくれず、5年もの長い年月の間不当な扱いを受けて、差別されてきた竜次の苦しみが」
竜次は今も傷ついている。
その傷を完全になくすには、莫大な時間が掛かってしまう。
そして、その痛みと苦しみは私にも伝わる。
何故傷ついているのか、どういう理由で苦しんでいるのかが全て伝わってくる。
だからこそ分かる。この苦しみを軽んじてはいけないと。
「そうですね。でも、だからと言ってパートナーであるあなたに心配をかけさせても良い理由にはなりません。それでもあなたは、楠木様についていくのですか」
「パートナーだからというのはもうどうでも良い事。私は、私の意思で竜次の傍にいたいと思っているの。竜次には、私が必要だから」
そう言って私は、左手の薬指にはめてある指輪に指を添えた。それは、竜次が初めて自分の手で作ったアクセサリーであり、私の為に作ってくれた婚約指輪。
あの時の竜次の気持ちに嘘は無ない。
「竜次はただ、臆病なだけなの」
「臆病?」
「えぇ。人との関係がより深くなる事に、より繋がりが強くなる事に対して臆病になっているの」
竜次自身は気付いていないけど、無意識に人との関係を深くさせることに少しだけ抵抗を感じている所があった。
ファフニールとの戦いで、竜次は自分のせいで私が悲しんだと思い込んで離れていこうとした事があった。その事から竜次は、相手の事を好きになればなる程自分の手で傷つけてしまう事に忌避感を感じていたのかもしれない。私を抱いてくれないもの、私を傷つけてしまう事を恐れていた。竜次自身は、頭の中で思っていてもそれを違う理由に変換して目を逸らしていた。
そう。今回の事もそう。
「意外に思うかもしれないけど、竜次は麻美が5年前の事を後悔していた事を知っているわよ」
「えぇっ!?」
アレンは驚いているけど、私は最初から知っていた。竜次の気持ちが伝わるからこそ分かる。竜次は、麻美が5年前の事で深く後悔していた事に気付いていた。
けれど、麻美が許せないという気持ちもやはりあったので、あんな風に強く当たってしまったのだ。
「夢で竜次の気持ちに触れた事で、私は竜次を深く知る事が出来た。竜次がどんな人なのか、何でこんなにも傷ついているのか、信じて欲しいのに信じてもらえない苦しさも、全部伝わっているから」
今回だって、麻美が謝罪をしたがっている事はちゃんと理解していた。それでも、あんなに怯える麻美を見てしまった事で5年前の怒りが呼び覚まされてしまい、今回のようなトラブルが起こってしまった。私だって、事情を知らなかったら間違いなくイライラしていたと思う。
そんな私の様子を見たアレンが、柔らかい笑みを浮かべながらテントへと戻って行った。
「なるほど。敵わないな」
ボソッと呟いているが、私にはバッチリ聞こえていた。
「何度も言っているけど、私は竜次一筋よ」
アレンが私に告白したのは、2年前の私がまだ成人する前の事だった。当時の私は、従えた魔物を使ってたくさんの魔物を狩る為にいろんな国に行っていた。護衛役としてエルも一緒に。
そんな時であった、アレンと初めてであったのは。
最初は、私の魔物狩りに協力的なお兄さん的な存在だったが、私が母国に帰る前日にアレンが本気のトーンで告白してきたのだ。
しかし、その頃から竜次の夢を見ていた私は、アレンの気持ちに応える事は無かった。その翌年に、ゾフィル女王の護衛役として出席したパーティーで、私が王女で会った事を初めて知って恥ずかしい思いをしたと聞いた。
「あれからたった2年しかたっていないんだね」
アレンに初めて会ったあの日が、今はもう遠い昔のように感じてしまったが、たったの2年前の事なのだなって思った。
そのパーティーの1ヶ月後にキリュシュラインが攻めてきて、家族を人質に取られた私は地下牢へと閉じ込められた。
それから半年後に、エルが竜次を裏切って城に乗り込み、私を助け出した。でも私は、竜次を裏切ったエルが許せなくて酷い事を言ってしまった。エルディア王家は、信頼した相手を裏切る事は最も恥ずべき行為であって、それを犯したエルをどうしても許す事が出来なかった。
だが、今思えばエルがいなかったら私の一生はキリュシュラインの地下牢の中で終わっていただろうし、何よりも竜次と出会う事も無かった。
竜次はよく、自分は白馬の王子にはなれないと言っているけど、私はそれでも構わなかった。だって、竜次の夢を初めて見たあの時からずっと、私は竜次に夢中になっていたのだから。
「さて、私も寝るか」
明日は森の北側を探そうと思う。
今竜次は、1人で麻美にあんな罵声を浴びせてしまった事を後悔している。けれど、それと同じくらい麻美に対して強い怒りも感じる。
竜次と麻美、2人の心を救う為にももう一度竜次に麻美の言葉を聞いてもらわなければいけない。
そして、麻美には今度こそ勇気をもって竜次に打ち明けた後に謝罪をしなくてはいけない。
決意を新たに私は、女子4人が寝ているテントの中へと入って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
私達は竜次の捜索を再開し、捜索場所を森の北側へと移った。竜次の気配は探ってみたが、一向にそれらしい気配は見つからない。
「これだけ探して見つからないなんて」
「ねぇマリア様。『奇跡』の恩恵を使って気配を消す事って出来るのですか?」
「不可能です。気配を消すには、特殊な訓練を受けないと絶対に身に付かない物なのです。剣術を覚えて1年も経っていない竜次様に習得は無理ですし、第一『奇跡』なんて言っていますが、皆さんが想像している様な奇跡を起こす事なんて出来ません」
マリア様の言う通り。
恩恵「奇跡」は、皆が想像している様な力などではない。
確かに、身体能力や記憶力を向上させたり、雨を降らせたり、技術や業の習得が異様に早くなったりもするが、それだって本人が努力しないとまともに身に付く事が出来ない。不老不死に至っても、絶対に死なない訳ではない。老化はしないが寿命を迎えれば死ぬし、攻撃を受けた時のダメージはそのまま受ける。
ハッキリ言って、「奇跡」とは呼べない。
第三者から見たら奇跡かもしれないが、恩恵によって与えられたものを奇跡と呼んではいけないし、そもそもそんなものは人がその気になれば成し遂げられない物でもない。
それに何より、それらの力を使うには竜次自身が強く望まないと発揮できないし、大規模なものとなれば私の協力なしでは使う事が出来ない。竜次に限らず、他の聖剣士の恩恵も皆そんな感じだ。パートナーの力が無くては、真の力を発揮する事が出来ないのだ。
(今の竜次の精神状態で、気配を消して欲しいと強く願う余裕なんてあったとは思えない)
仮に出来たとしても、諜報員の目を晦ませることなんてできない。彼等は常に、私達の周りにいて様子を窺っているのだから。
その諜報員が私達の前に姿を現さないという事は、国境を超える程遠くには行っていないという事だ。どんなに遠くても、王都辺りが妥当だ。
ここでも見つからなかったら、王都に戻ってみるもの良いかもしれない。
「なのに、何で竜次じゃなくてあの女達がこっちに近づいてきているのよ!」
正面から近づいて来るのは2人。更に言うと、2人とも女性であった。その女性は、向かっている所は同じだが方向が違っていた。片方は左側から、もう片方は右側から来た。
このままいくと
「あら、アンタ達までこの国に来てたんだ」
「何でこんな所に犬坂さんがいるの」
もう鉢合わせしてしまった。
私達の前に現れたのは、ユニコーンの聖剣士の犬坂愛美と、亀の聖剣士の秋野沙耶であった。
「何で竜次じゃなくてアンタ達がここにいるのよ!」
「あたしはアバシア国王様から依頼を受けて、この国の赤鬼問題を解決しに来たのよ」
「私は何となく」
秋野沙耶の理由はよく分からないけど、犬坂愛美がここに来た理由は分かったし、アバシア新国王の狙いも読めた。
ゾフィル王国に恩を売って、その縁でこの国をキリュシュラインと同盟を結ばせようと考えているのだろう。しかも、聖剣士によって救われたとなれば世界的にも影響が強い。
「それよりも、何でここに梶原さんがいるのよ」
「そうね。死んだって聞いたのに」
「「「「「ん?」」」」」
私とマリア様と椿様、ダンテと明里は話が読めずにキョトンとしてしまった。だって、麻美はちゃんと生きているじゃない。
「その理由を話す訳にはいかないです。特に、アナタ方には。2人を通して、キリュシュラインでふんぞり返っているドラゴンの聖剣士の耳に入れる訳にはいきません」
アレンは事情を知っているみたいだが、キリュシュライン側に就いている2人には話したくない様子だった。
だが、その内容から何故死んだ事になっているのかが分かった。
おそらく麻美は、黒い方から逃げたかったのだ。調子に乗り過ぎて1000人以上という馬鹿馬鹿しい数の女性と婚約して、更に向こうで偉大な聖剣士として祭り上げられて傲慢になっている奴から。
その理由をこの2人を通して、キリュシュラインにいる黒い方の耳に入ったら大変だ。
「まぁ良いわ。梶原さん、帰りましょう。石澤君がずっと心配しているわ」
優しそうな顔をしているが、犬坂愛美の本性を知っている私には優しさから連れ戻そうとしていないのが分かった。
表面上は明るく優しそうに見えるが、その考えは黒い方にもっと好かれたい、その為なら何でも出来るという異常な崇拝と好意から来ている。
そんな犬坂愛美が手を差し伸べて、ゆっくりと麻美の方へと近づいてきた。私達は、そんな麻美を守る為に前に出ていつでも剣が抜ける態勢になった。
「ちょっと、邪魔しないで。梶原さんは、石澤君の彼女でもあり、楠木君の最初の被害者でもあるのよ」
「そうはいかない。麻美を黒い方に引き渡す訳にはいかないわ」
「黒い方って何よ!石澤君に失礼でしょ!」
「知った事じゃないわね」
アンタにとっては白馬の王子様に見えても、本心は目的の為なら相手の人生そのものを踏みにじる事も厭わない最低でクズな男。竜次も麻美も、そんな黒い方の被害者。そんなゲス男を、公の場でもないのに名前で呼ぶなんて絶対に嫌だ。
そんな私を見て犬坂愛美は、何かを察したような顔をして再び優しい笑みを浮かべた。いや、あれは絶対に察していない。都合の良い解釈をして、無理矢理事実を捻じ曲げようとしている。
「そうか。楠木君から名前で呼ぶなって脅されたんだね。そういう事ならもっと早く言えばいいのに」
「何勝手に決めてんの!」
出鱈目な内容に、私の怒りは爆発しそうになった。予想通りこの女、自分に都合の良い様に解釈をしている。
「だってそうでしょ。ううん。そうとしか考えられないもん。楠木君ったらとことん最低ね、こんなに可愛い女の子に脅迫までして石澤君から遠ざけようとするなんて」
ふざけるな!竜次がそんな事をする訳がないでしょ!
「全部石澤君から聞いていた通りね。自分の目的の為なら手段も択ばず、無理矢理関係を迫っては捨てるってね。実際、楠木君は何処にも見当たらないから、あなたも捨てられたんだね」
何を知った風に!全部あの黒い方が口から出まかせに言った事でしょ!それを何の疑いもなく信じて!
「でも、安心して。皆石澤君が助けてくれるから。だって石澤君は、困っている女の子を助けてくれる正義のヒーローなんだもん」
それはアンタの中だけの事でしょ!
「だからさ、一緒に行きましょう」
そう言って今度は私にも手を差し伸べてきた。
「冗談じゃない!あんなゲス野郎の助けなんて要らない!」
「またまた。もうそんな事を言う必要なんて無いのよ。全部石澤君が解決してくれるから」
もうダメだ!この女も黒い方同様に、こちらの言葉が全く通じない!とんだ狂信女だ!ドラゴンの聖剣もそうだけど、何でユニコーンの聖剣はこんな女を選んだの!マリア様と椿様なんて、今にも剣を抜きそうだ。
そんな狂信女の前に、秋野沙耶が前に出てきて制止させた。
「やめなさい。この子の言う通りかもしれないじゃない」
「何言ってんの?楠木君がここにいないという事は、好き放題弄ばれて捨てられたという何よりの証拠でしょ」
「たまたま逸れただけかもしれない。それに、死んだ事にして梶原さんがここに留まっている理由も引っかかる」
どうやら秋野沙耶は、先程のアレンの言葉から何故麻美が死んだ事にしているのに気付いた様子であった。だからなのか、狂信女がこれ以上私達に近づかないようにさせている。
「理由なんて関係ないわ。噂なんていい加減なものだし。梶原さんを助け出し、この子達も救出させれば全て解決なのよ」
「本当にそうかしら。私にはもう石澤君の、いいえ、石澤の言う事が信じられないわ」
完全に疑っている秋野沙耶に、先程の優しそうな微笑から一転して怒りに満ちた顔に変わった狂信女。
「何よ!石澤君が嘘を付いているって言いたいの!」
「よくよく考えたら、おかしな事だらけよ。仮に楠木君が噂通りの最低な人なら、何で彼女達は今もずっと楠木君と一緒にいるの」
「そんなの、楠木君に脅されているからに決まっているでしょ!」
「本当にそうかしら。少なくても、私は違うと思うわ」
「どうしてそう言い切れるのよ!」
「楠木君と王女様が、いい意味で活き活きとしていたからよ。何時も気怠そうに机に突っ伏せていた楠木君が、王女様と一緒にいるようになってから凄く前向きになっていた。王女様も、宴会の席であんなに楽しそうにお酒を飲んでいた」
「それがどうしたって言うのよ!」
「噂通りの人間だったら、目が淀んでいてやたらとベタベタひっ付いて来るもの。でも、楠木君の目は活気に溢れていて、泥酔している王女様に絡まれないように逃げていた。そして、王女様も楠木君の事を本気で嫌がっているのならあんな公の場でお酒を楽しそうに飲まない。それらを踏まえて、私は石澤の言う事に疑問を抱いたの」
秋野沙耶らしくない長文による説明に、イルミドでの戦勝パーティーで竜次を悪者にさせているあの噂に疑問を抱き、そこから一気に黒い方に対する疑いに発展したのだと。
だが、そんな内容を狂信女が納得する筈もなかった。
「いい加減にして!石澤君があたし達に嘘を付く筈がないわ!絶対に違う!」
「だったら梶原さん本人に聞けばいい」
そう言って秋野沙耶は、麻美の方を向いた。
「教えて。5年間に楠木君は、本当にあなたを襲ったの?私は今まで、その真相に何の疑問を抱く事なく楠木君に酷い事をしてしまった。でも、今はあの楠木君にそんな事が出来たとはとても思えない。お願い聞かせて、あの時何があったのか」
「何言ってんの!梶原さんは楠木君に酷いに遭わされて、その時の恐怖がまだ残っているのかもしれないのよ!そんな梶原さんにあの時の事を話させるなんて!」
「だとしても、言ってもらわないと分からないじゃない」
そこから言い争いに発展した2人を尻目に、私は麻美の方を向いて手を握った。その手はわずかに震えていた。
「勇気を出して。大丈夫、私が必ずあなたと竜次を助けてあげる。そして約束する。竜次に掛けられた汚名を全て晴らして見せると」
それが、竜次と一緒に行動をするようになった事で見つけた私の目標。これで竜次の怒りが収まるとは思わないし、心の傷が癒えるとも思っていない。
でも、竜次を陥れて自分を英雄として祭り上げているあの男だけは絶対に許せない。竜次がこんなにも苦しんでいるのに、罪を着せたあの男がのうのうと我儘放題に過しているのがどうしても許せない。絶対に死刑台に送ってやる。例え全人類を敵に回す事になろうとも、あの男は然るべき罰を受けさせなければいけない。そして、竜次を救ってあげたい。
「本当に強いね。竜次が惚れる訳だ。とても敵わないわ」
私の意思が伝わったのか、麻美はしっかりとした足取りで2人の前に出た。そんな麻美を見た瞬間、2人はピタリと言い争いをやめた。
「分かってくれたんだね。さ、帰ろう。石澤君もきっと喜ぶわ」
「触らないで」
「……え?」
まるで自分の事のように喜び、手を取ろうとする狂信女の手を麻美は力強く振り払った。狂信女は訳が分からず、ただただ呆然としていた。
「石澤の事を彼氏だなんて思った事なんて一度もないわ!あんな最低男の事なんて!」
声は震えていたが、しっかりとした口調で麻美はあの日の真相を話した。
「竜次が私を襲うなんて絶対にありえない!竜次は、私の事は仲の良い幼馴染程度にしか考えていないのに襲う訳がないわ!そもそも、事件当日竜次は地元を離れて家族と一緒に旅行に出かけていて家にはいなかったのよ!」
「確かに、旅行に出かけていた楠木君に犯行は不可能ね」
何か確信したみたいに秋野沙耶は、身体を麻美の方に向けて聞いてきた。
「なら聞かせて。5年前にあなたを襲った真犯人は誰なのかを」
絶対に聞いて来る質問に、麻美は身体を震わせて言葉を詰まらせるが、自分を奮い立たせる様に大きな声で真犯人の名前を言った。
「石澤よ!5年前に嫌がる私を無理矢理襲ったのは、石澤よ!」
真犯人の名前を聞いて、驚愕の表情を浮かべた狂信女に対して、秋野沙耶は納得した様子で頷いた。
「あの男の本性は貪欲なゲス野郎よ!自分が欲しいと思った女は、どんな事をしてでも手に入れようとする!でも、当時の私はまだそれを完全に理解していなかったから、親や警察にも相談する事が出来ずにずっと黙っていた!でも、それが間違いだった!そのせいでアイツは、自分が犯した罪を全部竜次に擦り付けて、私はあの男の脅迫によって一緒になって竜次を陥れてしまった!」
「石澤が企てた策略に従って、あなたも楠木君を犯罪者に仕立て上げたの?」
秋野沙耶の質問に、麻美は首を縦に振って頷いた。そんな麻美を見て秋野沙耶は、怒りに満ちた顔をして麻美の胸倉を掴んできた。
「何でそんな事をしたのよ!いくら石澤が怖かったからと言って、何の罪もない楠木君に罪を擦り付けて裏切るなんて許される事じゃない!あなたも怖かったかもしれないが、とんだ最低女よ!あんたは!」
最低女と言われても、麻美はそれを否定しようとしなかった。それこそが、麻美がずっと抱いていた後悔であり、麻美自身も自分の事を最低女だと思っていた。
「最低女、か。上代君にも言われたわ」
「上代君は知っていたの?5年前の真相を」
「うん。警察に嘘の証言をしてしまい、竜次をずっと苦しめてしまった事に対する罪滅ぼしの為に、上代君には全てを話して協力してもらうようにお願いしたの。石澤がなかなか尻尾を出さないから3年も掛かってしまった。でも、アイツの罪が晒される前にこの世界に召喚されて、今度はあの王女までもが大々的に竜次を陥れて、無実の罪を着せた。証拠集めも振出しに戻ってしまい、あの国は石澤を大々的に祭り上げた。私に出来ることはもうなくなった。これ以上あんな男の傍にはいたくなかった。だから、上代君の提案でこの国に亡命させてもらって、石澤が私を探しに来られない様にする為に死んだ事にしてもらったの」
そうして麻美は、この国に来たのか。キリュシュラインを出た当初は強い意志を持っていただろうけど、赤鬼に襲われかけた事で当時のトラウマが呼び覚まされてしまい、今の様な状態になってしまったのだろう。それくらい麻美にとって、5年前に黒い方に襲われた事は何よりの恐怖だったのだ。
そんな恐怖を乗り越えて、勇気を振り絞って麻美はようやくあの時の真相を語ってくれた。後は竜次にも、同じ事を聞かせてあげれば嫌われる事には変わりないだろうけど、誤解は解けるし恨まれる事もなくなるだろう。麻美だって被害者なのだから、きっと分かってくれる。
「竜次は、そんな私を今も恨んでいる。私がもっとハッキリしなかったせいで、村に来た竜次が苛ついて何処かに行ってしまった」
「楠木君は、この事を知らないのね。示談を成立させたのは、楠木君を助ける為だったのね」
「うん」
秋野沙耶は少し考えた後、胸倉から手を離した。
「でも、示談を成立させてもあの男や香田、そして周りの人全員が竜次を追い詰めてしまった。結果的に竜次を、更に苦しめる結果になってしまった」
改めてそれを聞いて私は、あの男に対する怒りが腹の底から込み上がって来た。
真相を聞いた秋野沙耶は、改めて麻美に聞いた。
「梶原さんはどうしたいの?」
シンプルな質問だけど、それはこれから先どうしていきたいのかという内容であった。
このまま恐怖のまま何もせず、黒い方の横暴を黙って見ているのか。
それとも、全てを公表して竜次の汚名を晴らし、黒い方を罰するのか。
2つに1つであった。
「……私は…………」
麻美は大きく深呼吸をしてから、声を震わせながらも決意を口にした。
「竜次の汚名を晴らしてあげたい。それで竜次が私を許してくれる訳が無いけど、それでも私のせいで竜次を不幸にさせてしまったから、その償いがしたい。それともう一つ、石澤を、あの悪魔の犯してきた罪を晒して、報いを受けさせたい。警察に嘘の証言をした私も、どんな罰でも受ける」
「そうね。お陰で全部納得がいった」
納得した様子で秋野沙耶は、狂信女の方を向いて強い口調で言った。
「帰れ。この国をキリュシュラインなんかに取り込まさせない」
「ちょっ!沙耶ちゃん!?」
帰れと言われると思っていなかったのか、狂信女は驚愕して声を荒げた。
「聞いたでしょ。石澤の言っていた事は全部嘘で、楠木君は悪い事は何もしていなかった。石澤は、自分が犯した罪を楠木君に擦り付けたのよ」
「石澤君はそんな事をする人じゃない!何かの間違いよ!」
「梶原さんの口から直接聞いてもまだ信じないの」
「楠木君にそう言う様に脅されたんだよ!そうに決まっている!石澤君を悪者にさせるように仕向けているんだ!」
「今の梶原さんを見て、楠木君に脅されていたなんて絶対に考えられない。そもそも、高校に入ってから楠木君は梶原さんとろくに顔を合わせようともしなかった。いくら家が隣同士だからと言っても、ここまで関係が冷めきっていてそれは無い」
「石澤君は悪い人なんかじゃない!」
「冷静になってよく考えて、石澤君がこの世界に来てからの行動を。聖剣士なんて呼ばれて調子に乗っているのか、やりたい放題に振る舞っている。それに、何よりも婚約者を1000人以上作るなんてどうかしている」
「この世界は一夫多妻が普通なのよ!」
「度が過ぎる。それに、極少数ではあるが一夫一妻制の国だってある」
「いちいち上げ足を取らないで!石澤君のせいなんかじゃない!絶対に違う!それに、石澤君の事を悪く言うという事は、この世界の希望を無くそうとしているのと同じよ!キリュシュライン王国や王女様や王様だって悪い人じゃない!皆すごくいい人じゃない!沙耶ちゃんだってよく知っているでしょう!知っているなら、自分が守っている国を悪く言わないで!」
頑なに黒い方の罪を認めようとしない狂信女に、秋野沙耶は力なく首を横に振った。
「だったらこれまでよ。私は今日限りで、キリュシュラインとは手を切る。あの国にはもう二度と戻らないし、キリュシュラインに危機が迫っても私は一切手を差し伸べない」
「そんな……!?」
「今日から私も、犬坂さんや石澤、そしてキリュシュラインの敵。もう、これっきりよ」
無常とも言える宣言に、狂信女はそれまでの明るく優しい仮面を剥ぎ取って、石澤教の信者としての本性を現した。
「何なのよ!どうして皆、石澤君の事を悪く言うのよ!あんなに完璧な能力と、完璧な頭脳、完璧な成績、完璧な身体能力、完璧な性格、そして完璧な容姿を持つ石澤君が悪い事をする訳がないでしょ!あの人は神様に愛された完璧な男子なのよ!だからそんな完璧な石澤君の言う事が全て正しく、それ以外の人間の言う事は全て間違っているのよ!それこそが正しい世の中の在り方なのよ!」
「もう何を言っているのか分からない。話にならない」
狂信女の本性を知って、秋野沙耶は動じる様子もなく背を向けた。
「そんなに石澤を信仰したいのなら、さっさとキリュシュラインに帰ってアイツの傍で媚びを売ればいい。私はそんなの御免だ」
完全に愛想を尽かした秋野沙耶は、私達の方へと近づいてここから離れるように促した。
「犬坂さんの事は放って置きましょう。あそこで気が済むまで叫んでいればいいわ」
「信用してもいいかしら」
「信じなくて結構。でも、今は信じて。私はもう、キリュシュラインとは手を切ったから」
後ろでギャーギャー騒ぐ狂信女を置いて、私達は一度村の方へと引き返した。そこから今度は、王都側を捜索しに行くつもりだ。
「それにしても、随分とあっさりとした掌返しね」
「イルミドとアバシア、そしてこの国を旅していろいろと知った。キリュシュラインがこれまで行ってきた悪行を、向こうでは英雄視されている石澤が実際には何をしてきたのかを。知れば知る程、反吐が出る程のゲスだったことを知った。キリュシュラインでは美化されて広まっていたから、それが本当の事なのだと信じてしまった」
「キリュシュラインがやりそうなことです」
「身内が犯した悪事も、あの暴君が全て揉み消して、情報を改竄して相手が悪い事にするのでござる」
マリア様と椿様の言う通り、キリュシュラインとはそういう国なのだ。王国とは呼べない、王族の言う事は絶対の独裁国家。そんな国の王女に気に入られている黒い方が行った悪事も、あの暴君によって全て揉み消されて、美化されて国内だけじゃなく世界中に広めているのだろう。尤も、キリュシュラインと敵対している国はそんな戯言を信じていないけど。
「それに、石澤の演技がかなり上手かった。特に女子の前では完全な好青年を演じていた。その上、あんな情報操作が行われていては気付くのは難しい」
「でしょうね。それに、婚約をした女達も異常だった。やたらと石澤を求めていて、石澤のやる事全てを喜んで受け入れていたわ。私は上代君のお陰で逃げる事が出来たけど」
「その理由は、あの最低王女によって皆洗脳されていたんだから」
その確証を得られたのは竜次のお陰。竜次がいなかったら、本当に全員が黒い方を好きになってしまったのだと思ってしまっていた。黒い方は、皆が自分を選んでくれたのだと思い込んでいるみたいだが。
「正常な判断が出来ていれば、10人以上集まった時点で疑うものなんだけど、石澤君にとってはそんな事情なんてどうでも良いのでしょう」
明里の言う通り、普通ならその時点で何かおかしいと気付くものなのだが、女たらしでもある黒い方は何の疑問も抱く事なくそれが普通なのだと思い込んでいるのだろう。聞けば聞く程、あの男の醜い部分が浮き彫りになってくる。キリュシュラインの後ろ盾が無かったら、すぐにでもその地位を剥奪させて、裁判を起こして極刑に課せられるのに。
「でも、あんたも人の事は言えねぇぞ。あのゲス野郎の言う事に何の疑いも持たず、竜次を追い詰めたんだから」
「そうですね。そのせいで、元の世界でどれだけ辛い思いをされてきた事か」
「分かっている。楠木君の言葉に耳を傾けなかった私も悪い。知らなかったとはいえ、いっぱい酷い事を言ってしまった」
ダンテとアレンに責められて、秋野沙耶はシュンとなってこれまで竜次にしてきた行いを後悔した。例え疑問を抱いたとしても、周りが全員黒い方の言う事の方が正しいと思い込んでいる為、この女もそんな周りの連中と同じという事だ。
「それでも、気付いてくれたのならちゃんと竜次に謝ってあげて。許してくれるかどうかは、流石に保障しかねるけど」
「それでもいい。許してもらえるなんて思っていないし、謝罪程度で楠木君の怒りが収まってくれる訳が無い。それでも、ちゃんと謝りたい」
「それが良いと思う」
許してはくれないかもしれないけど、秋野沙耶の謝罪はきちんと聞き入れてくれると思う。周りが皆敵ばかりという状況の中でも拗ねずにいられたのは、何があっても竜次を信じてくれたご両親の支えがあったから。私も一度会って、きちんとご挨拶がしたかった。
そんな時、ヤズマ村の方から煙が立っているのが見えた。
「ちょっとあれ!?」
「……100……200……ううん、もっとたくさんの赤鬼の気配を感じる。それに、そんな赤鬼どもの後ろから3人の人の気配も感じる」
「アイツ等!」
ゾフィルの騎士団に追われたスルトのメンバーが、自棄になって赤鬼をたくさん村に送り込んできたのだね。秋野沙耶も、赤鬼どもの正確な数を把握する事が出来ないでいる程のどんでもない数の。
「……っ!?」
そんな時、王都側からヤズマ村に向かって走る1人の気配も感じた。その気配を察知した瞬間、私は胸の奥が熱くなった。
「行きましょう!」
「王女様?」
「どうしたの、シルヴィアさん?」
「感じるの!村を襲う赤鬼どもに立ち向かう気配を!」
「竜次の気配を!」
その瞬間、私は無我夢中で走った。皆も私の後を追って走り出した。
そう。さっき私は、村に向かって走る竜次の気配を感じた。どうやら竜次は、王都に戻っていたみたいだった。一晩1人でいて頭が冷えたから、ヤズマ村に戻ってもう一度麻美に会って話を聞こうとしているのが分かった。竜次の気持ちが、考えている事が全部伝わってくる。
そして今は、ヤズマ村を赤鬼どもやスルトから守る為に1人で戦おうとしている。
「竜次!竜次!」
今度は絶対に離さない!
竜次に会いたい!
ただそれだけを考えて、私はヤズマ村まで走って行った。




