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40 凶作と問題の赤鬼


「ここが……」

「何と言うか、一面畑でいっぱいね」


 イルミドの王都を出発してから3日が経ち、俺達はようやくゾフィル王国へと入国した。国境警備隊に入国料を支払い、国境を示す壁を潜ると、そこには馬車道以外全てを覆う程の畑が広がっていて、たくさんの人達が畑仕事に勤しんでいた。見渡す限り畑の光景に、俺と宮脇は感嘆してしまった。

 更に奥には森があり、気配を探ってみたら魔物がたくさん住んでいた。ただ、殆どが人に対して無害の魔物であった。作物を荒らす奴ならいるかもしれないが。


「ゾフィル王国は、国土の約6割が畑となっていて、そこから収穫される作物の量はこの世界でもトップを誇っているのです」


 マリアの説明を聞きながら、俺と宮脇は流れる畑を眺めていた。

 地図でも確認してみたが、王都以外全てが農村となっていて、何処を見ても畑と森しかなかった。その王都の中でも、幾つか畑が存在していた。まさに農業大国と言った感じであった。


「この国は土壌が物凄く豊かで、土に含まれている栄養がかなり豊富なんだ。そのお陰で作物もよく育つし、収穫量もこの国だけでは処理しきれないくらいにたくさん採れるの」


 それだけたくさん取れるから、たくさんの国に作物を輸出出来て、その金で国が豊かになっているのだから悪い事は何一つない。

 だが、そんなゾフィルで今問題となっているのが、中央よりもやや北寄りにある村々で起こっている凶作と赤鬼である。

 北側は、2ヶ月前にキリュシュラインと同盟を結んだアバシア王国との国境が近くにあり、非常に緊張状態が続いている地域でもある。王宮も、そんなアバシア王国の対応に追われている状態にある。

 しかも、凶作は問題となっている北側を中心にどんどん広がっていき、そこには必ず問題の赤鬼が姿を現すのだという。


「んじゃ、先ずは王都に行くか。この国の王様からも話を聞かないとな」

「そうね。本当はあんな王には会いたくないけど、仕方ないわね」


 シルヴィにそこまで嫌われているって、一体どんな王様なんだよ。

 だけど、この国の王様なら詳しく知っているだろうし、挨拶もしておいた方が良いだろう。幸い、ここから王都まではそんなに離れていない。順調に行けば、到着は明日のお昼前になりそうだ。


「パッと見は凶作に悩まされているとは思えないくらいに、物凄い豊作な気がするけど」

「この辺はまだ影響を受けていないだけね」


 そう言ってシルヴィが指差す方向には、作物が埋まっている様子が見られない土だけのエリアが見えてきた。しばらく馬車を走らせると、それまで豊作状態だったのが一気に栄養の少なそうな乾いた土のエリアが見えてきた。

 そのエリアでは、草一本も生えていない枯れ果てた土地になっていた。土も、見るからにパサパサな感じになっていた。


「この辺りにも、例の赤鬼が来ているのだろうか?」

「だとしたら、早いところ殲滅しないといけないわね。赤鬼は夜行性だから、攻撃を仕掛けるのなら夜が良いわ」

「ああ」


 今はまだ日中だから心配は無いけど、夜になったら赤鬼どもの対処をしなくてはいけない。農家の人達の、恐怖と苦労が伺える。


「…………」


 乾ききった土地を見て、宮脇が何か気付いた事でもあったみたいで、突然馬車から飛び降りて畑に近づいた。


「どうした宮脇?」

「私も行く」

「2人とも危ないですよ!」

「っ!」

「ちょっ!?おい!」


 突然降りた宮脇に続いて、俺とシルヴィとマリアと椿も飛び降りたので、ダンテは慌てて馬車を停めた。

 宮脇はすぐに畑に近づき、実際に掬い取って土の状態を確認していた。


「どうした?なんか気になる事でもあったのか?」

「一見乾いて見えるけど、保水性と通気性があるから根にもしっかり酸素と水分が行き渡るし、よく見ると養分はたっぷりと含まれているわ。砂みたいにサラサラしている訳でもないし、粘土みたいに固くてねっとりとした感触もしていない」

「土には何の問題もないのか?」

「えぇ。水分も多すぎず、少なすぎず、何で凶作になるのか不思議なくらいよ」

「そうか」


 畑には掘り返された後も、獣の足跡がある訳でもない。一体何が起こっているのか分からない。宮脇も、これで作物が育たない訳がないと不思議がっている。

 そんな俺達に、この畑の持ち主らしき男性が近づいて声を掛けてきた。


「土には何の問題もないよ。ここいらの作物が育たないのは、赤鬼が全部枯らしているんだ。いくら植えても、赤鬼どもは何処からともなくひょっこりと現れては、通っただけで作物はどんどん枯れていくんだ」

「やっぱり赤鬼が何か関係しているのか?」

「分からない。赤鬼に作物を枯らす力なんてない筈なんだけど」


 農家の人の話を聞いても、シルヴィは赤鬼が通っただけで作物が枯らすなんて考えられないようであった。

 しかも、赤鬼本来の生態も失われておらず、住民は怖がって家の中から出る事も出来ず、せっかく育てた作物を守る事が出来ないのだそうだ。


「この国の騎士達は、何もしないのですか?」

「そんな訳がないだろ。でも、数があまりにも多いから倒す事が出来ても次々に湧いて出てくるんだ。だからキリがないんだ」

「そうですか」

「北側の森の中から現れるんだが、そこいらには元々赤鬼は生息していなかったし、そもそも日中に討伐隊を派遣して討伐に向かったのだが、何処にも赤鬼はいなかったんだ。一体何処に潜んでいると言うんだ」


 この国の騎士達はきちんと対処していて、赤鬼も倒しているのだが、数があまりにも多いから対処しきれていないみたいだ。しかも、出現場所が分かっていても日中は何処にいるのかも分からず、そもそも何処にもいなかったのか。

 だったら、一体何処に潜んでいるというのだ。


「その上アルバト王国から、援助する代わりにキリュシュラインと同盟を結べと脅してくるから、女王陛下も国王は対処に困っているんだ。前はキリュシュラインの肩を持つような事はしなかったのだが、新しい国王になってからアルバト王国は変わってしまった」

「そうですか」


 キリュシュラインと同盟を結んだことで、思考が完全にキリュシュライン寄りになってしまったみたいだ。属国を増やして、一気に勢力を大きくしようと企んでいる。以前のアバシアでは考えられない行動らしく、宰相が新国王になってからまるで別の国みたいに変わってしまったそうだ。

 こんな状況では、前回の大襲撃でも兵を出す事も出来ないわな。凶作に赤鬼の対処、更に脅迫を続けてくるアバシアの対処など、とても兵を割いている余裕なんてない。


「赤鬼達は何時頃現れるのかは分かりませんか?」


 何か思うところでもあるのか、宮脇が農家の人に尋ねた。


「基本的に時間はバラバラだし、決まった行動パターンで動いている訳ではない。だから具体的ではないが、大体20時前後あたりにこっちに来ることが多い。一度枯らした村にも、何度も足を運んでくるから」

「通常の赤鬼も、そのくらいの時間帯に人里に降りてくる」


 宮脇は顎に手を添えながら、何か独り言の様な事を口にしながら考え込んだ。一体何に気付いたというのだろうか。


「楠木君、今晩はこの辺りに泊まりましょう。もしかしたら、赤鬼が作物を枯らす原因が分かるかもしれません」

「宮脇がそう言うのなら、間違いないだろう。分かった」


 宮脇の提案により、俺達は今晩この村に泊めてもらう事になった。一体何に気付いたというのだろうか?




 その後、俺達は日が暮れるまで農家の人達のお手伝いをして、夕食をしっかりと食べてからその時を泊めてもらっている家の庭でジッと待った。


「なぁ明里、一体何に気付いたってんだ?」

「黙ってて」


 ダンテの質問に対し、宮脇はただ黙る様に命令しただけであった。真剣な眼差しでジッと畑の方を見ている宮脇。


「シルヴィアさん。通常攻撃で赤鬼を倒す事が出来ます?」

「えぇ。斬撃や魔法はもちろん、通常攻撃で倒せない事は無いわ」

「ただ、筋肉が凄く固いから剣で簡単に切れないですけど」


 そりゃそうだ。マリアなら普通の剣でも倒せそうだけど、通常は剣ではなかなか倒せない魔物だ。

 そんな魔物に、宮脇は一体何に気付いたというのだ?


「楠木君とシルヴィアさんは、北の森の方に意識を集中させて。赤鬼以外の気配を感じたらすぐに駆けつけて。こっちは大丈夫だから」

「お、おう」

「分かったわ」


 言われた通りに森の方に意識を集中させてみた。


(確かに魔物は多いが、殆どが兎やリスといった小型で無害な魔物が多いな。たまに猪や熊もいるが)


 いずれも、魔物と言うよりも野生動物という表現がしっくりくる魔物ばかりだ。赤鬼らしき魔物の気配は感じられない。


「無害な魔物ばかりね」

「ああ。特に変わった奴の気配は……っ!?」


 それまで魔物の気配しか感じられなかった森から、人の気配を感じた。それも、かなり強い悪意を放って。突然現れたという事は、転移石を使って森まで転移してきたのだろう。


「竜次!」

「ああ、俺も感じた!人の気配を感じる!」

「人数は、3人!」

「やっぱり来たわね。たぶん、直後に赤鬼の気配も出てくると思うわ」


 宮脇の予想通り、そのすぐ後に赤鬼らしき魔物の気配まで感じられた。その数、およそ15。村に向かっていた。


「赤鬼達は私達に任せて、楠木君とシルヴィアさんは森へ行ってあの3人の確保に向かって」

「分かった」

「えぇ」


 相手に気付かれない様に、俺とシルヴィは怪しい3人がいる森へと近づいていった。少しずつ近づくと、森から全身赤色をした身長が3メートル以上ある見るからに鬼という感じの鬼がのっそりと出てきた。


「あれが、赤鬼」

「えぇ。でも、通常の赤鬼に比べると動きがのっそりとし過ぎているわね。それに、体付きももっとゴリゴリの筋肉質な体系をしているわ。あんなに痩せ細っていないわ」


 痩せ細っているって言っているが、俺からすれば十分に筋肉質な体付きをしていた。いわゆる細マッチョ的な感じ。あれで細すぎるって事は、本来はボディービルダー並みのゴリマッチョなのだな。

 そんな赤鬼達を見送った後、俺とシルヴィは気配を殺して、物音を立てずに慎重に森の中へと入っていった。

 本来なら、明かり一つもない森の中なのだが、奥の方から自然の光ではない明らかな人為的な光がポウと浮かんでいた。


(明らかに人為的な光だな)


 ま、夜は誰も魔物が住んでいる森の中へは入らないから警戒をしていないのかもしれない。

 でも、俺達に見つかったのが運の尽きだ。

 相手に見つからないように俺とシルヴィは少しずつ、相手に気付かれないようにそっと後ろから近付いた。


(3人とも男か)


 見るからにチンピラという感じの男3人が、不敵な笑みを浮かべながら森の向こう側、村の方を見て言っていた。


「ははは!豊作の国もここまで困窮すればもう終わりだな」

「ああ。モルドレ王国も、これで安泰だな」

「そもそも、この国が出しゃばりさえしなければこんな事にならなかったんだよ」


 聞き慣れない国名に、俺は思わずシルヴィに聞いてしまいそうになったが、今は目の前にいる男3人を捕縛する事に集中しないといけない。

 そして、手が届く所まで近づいたところで、俺とシルヴィは3人の首筋に手刀を叩き込んで気絶させた。存外呆気なかった。


「さて、赤鬼どもはマリア達で何とかなったみたいだな」


 まぁ、こっちに世界最強と2位の剣士がいるから、たかが15体の赤鬼なんて瞬殺だろうな。


「んじゃ、さっさと連れて戻るか」

「そうね」


 念の為、手足を縛るのも忘れていない。あと、シルヴィが男2人をひょいと抱えているのを見ると、この子も獅子の聖剣士の血を引いているなと感じた。

 森を出て止まっている農家さんの家の前に着くと、マリアと椿、ダンテと宮脇に倒されたであろう赤鬼の亡骸が山積みになっていた。やっぱり瞬殺ですか。


「おかえり。その3人以外に人はいなさそうだった?」

「まぁ、見える範囲ではあるが3人だけだった」


 一応気配も探ってみたが、この3人以外に人はいなかった。


「そっちも済んだみたいだな」

「えぇ。赤鬼どもの身体を解剖してみたら、こんな物が身体の中に埋め込まれていたわ」


 俺達に近づいてきた宮脇が、赤鬼の身体から摘出した物を見せてきた。その手に握られていたのは、血の様に真っ赤な宝石のような石。この石には見覚えがあった。


「進化の石」

「楠木君も知っているみたいね。魔物を強制的に進化させる違法の結晶よ」


 宮脇の言う通り。

 進化の石とは、埋め込まれた魔物の身体を変質させて進化を促す石だ。

 だが、進化した魔物は想像以上に強力な上に危険で、更に埋め込まれた魔物は制御が利かなくなる為この石の製造や販売は禁止されている。あのキリュシュラインでさえ製造を禁止させる程だ。

 けれど、この石の製造と販売を今も行っている組織が一つだけ存在する。


「まさか」

「そのまさかよ。この事件には、世界最大のマフィアのスルトが関与しているわ」

「スルト」


 以前アルバト王国で、南方に適したマンイーターをルータオ新国王の元婚約者のミエラに売って、その野望に加担した犯罪組織。最悪の殺し屋・シャギナとも深い関わりを持つ、裏社会ではトップを牛耳るマフィア。


「でも、明里がスルトの事を知ってたなんて意外」

「違法とされている改良魔物の販売や、進化の石や麻薬などを売っているような組織よ。嫌でも耳に入るわ」


 むしろ宮脇は、何故それを聞いてきたのか分からないと言った感じでシルヴィに返した。


「だが、関わるのはやめた方が良い。スルトはアンタッチャブルだ。国であっても関わる事が憚られるくらい恐れられているんだ」


 ダンテの言う通り。

 そんな組織を国が放置する筈が無いのだが、あまりにも巨大すぎるが故に国も手を出す事が出来ないのだ。


「だからと言って、このまま放置という訳にはいきません」

「国が動かなくとも、拙者達でいずれは壊滅させてみせるでござる」


 マリアと椿なら本当に出来そうな気がするが、出来る事ならあまりちょっかいはかけないで欲しい。


「そんな事より、コイツ等の身包みを剥いで縛り上げた方が良いわ。何処に武器を隠しているのか分からないんだし」

「とか言いつつ、俺達の了承を聞く前にもう剥いでるじゃない」


 俺達がスルトの事について話をしている間、シルヴィは捕らえた3人の服を剥ぎ取り、パンツ一丁の状態にしてから再び縄で縛り上げていた。ちなみに、服を脱がす際に隠し武器や転移石、そして見た事もない円盤系の魔道具が見つかった。


「何なんだ、この円盤状の魔道具は?」

「転送盤と言ってね、魔力を注ぐとこれと同じものが置いてある場所から魔物をこっちに何体か転送させる事が出来る、言うなれば魔物専用の転移魔道具よ」

「魔物専用って、そんな物があるのか!?」


 シルヴィから詳しく聞くと、元々は発掘頻度が物凄く悪い転移石の代わりになる物として開発された物らしいが、10年か前に試作段階のこの魔道具を使って魔物を町に放つという事件が起こったそうだ。

 犯人はすぐに捕まり、反逆罪として斬首刑に処されたそうだ。

 事件後にこの魔道具を調べた所、魔物に対してのみ転送出来るようにさせ、対して肝心の人間を転送させるには適していないが判明した。この事が露呈すれば開発がストップされ、会社も潰れてしまう恐れがあった。

 事件を起こした男は、この魔道具の開発をストップされるのを阻止する為に、魔物を町に放ってこの魔道具の有用性を証明したかったのだそうだ。例え人間を転送できなくても、魔物を転送させれば敵に大打撃を与えられるという事を伝えたくて。


「有用性って、要は戦争に使えるって事じゃないの。そんな物の開発が認められる訳がないじゃない」


 宮脇の指摘通り、戦争の引き金になりうるとして開発を担当した国の王が開発の中止を発表し、製造会社も倒産してしまった。

 当たり前だ。魔物だけじゃなく、遠い僻地に住むドラゴンまで転移されてはたまったものじゃない。結果として、会社を守る為に起こした行動が会社の倒産を招き、多くの失業者を出す結果となってしまった。

 その後、魔物を転送させる魔道具として転送盤の開発が国際的に禁止され、今では開発をしている所は存在しない程であった。ただ一つ、ある組織を除いて。


「そうか。だからコイツ等が、スルトのメンバーだという事が分かったのか」

「えぇ。世界的に開発が禁止されている中、スルトだけが未だに開発に着手しているって聞いた事があるわ。それも、開発した会社の元社員を雇って」


 シルヴィの話を聞いて納得してしまった。

 10年前に倒産した会社の社員は、言うまでも無く職を失い路頭に迷う羽目になってしまった。

 ある人は、職を奪われた事に対するやり場のない怒りをぶつける為に暴力事件を起こして投獄された。

 ある人は、自暴自棄になってしまい酒浸りの日々を送り、借金生活を送っている。

 ある人は、家族の為に新しい職を見つけて慎ましくも真面目に働いていた。

 そしてある人、否、半数以上がスルトの甘い言葉に惑わされ、メンバーとなって再び転送盤の開発に着手しているのだそうだ。


「まぁ、職を失ってしまった人達に対する補償もしないまま会社を潰したからな。失業者の半数以上が、新しい職に就く事が出来ずに犯罪組織のスルトに入って、再び転送盤の開発を行うという事態を招いてしまったわけだ」


 あっけらかんとした態度で言うダンテだが、これは物凄く重大な事かもしれないぞ。こんな物を未だに開発しているという事は、世界に概して喧嘩を売っているのと同じで、下手をしたら国際問題に発展する事案でもある。


「って事はこの事件、アバシア王国がスルトと手を組んで起こした事件という事か」

「いいえ、それは無いわ」

「私もシルヴィアさんの意見と同じよ」


 ダンテのバッサリと切るシルヴィと宮脇。ま、俺も2人と同意見なんだけど。何故ならこの3人の口からは、アバシアではなく聞いた事もない国の名前を言っていたから。

 そもそもキリュシュラインが関与しているのならば、同じくアバシアの隣国であるイルミド王国にも似たような事件を起こしていないなんておかしすぎる。


(何よりも、今までの傾向からキリュシュラインは侵略する国に対しては戦争を吹っ掛けている。戦いに勝って、属国にしようと考えている国に対しては理不尽な要求をし、従わない場合は脅しや圧力など強硬的な手段を使ってくる)


 故にキリュシュラインが関与しているとは考えられない。

 それに、スルトに依頼して、この国に改良された赤鬼を送り込んで凶作を起こさせようとした国なら、3人の内の1人が口にしていた。


「この事件を起こしているのはモルドレ王国ね」

「モルドレ王国ですか」

「確かに、あの国ならやりかねないでござるな」


 シルヴィの予想に、マリアと椿のお姫様組が納得した。

 確か、モルドレ王国ってゾフィル王国と同じ様にたくさんの作物を栽培して、いろんな国に輸出販売をしている国だったな。ただし、物価が非常に高い上に品質があまり良くない為に、北方の国々以外はこの国からは作物をあまり輸入していないそうだ。


「断っておくが、品質があまり良くないと言ってもモルドレの作物も決して悪い物ではないんだ。ただ、ゾフィルで栽培される作物が高品質な上に安価で取引されているから皆この国から作物を輸入してんだ」


 ダンテの言う通り、モルドレの作物も決して悪いわけではないのだ。

 後で知ったが、この国の土壌は世界でも類の見ないくらいに恵まれていて、作物の育ちが早い上に通常の何倍もの量が採れるそうだ。しかも、ただ育ちが早くて量が多いだけではなく、味も栄養も品質も世界でもトップクラスを誇っている。その為、小国でありながら世界で最も多くの作物を輸出販売している国として発展してきているそうだ。

 だが、同じく農業で生計を立てているモルドレ王国にとっては面白くない事だ。

 とは言え、この3人の証言だけではモルドレ王国が深くスルトに関与しているとも限らないし、尋問した所で正直に話すとは思えない。事件の解決には至らないだろう。


「だったら、正直に言わせればいいでしょう」


 何か考えでもあるのか、宮脇が縛られている3人の前に出た。ちょうどそのタイミングで3人とも目を覚ました。


「貴様等!」

「俺様達に手を出して、ただで済むと思ったか」

「俺達が貴様等から不当な乱暴を受けたと言えば、この国も俺達の方を信用するだろうよ」


 あくまでも白を切り、自分達は被害者なのだと訴えるつもりでいる3人に対し、宮脇は不敵な笑みを浮かべながら右手を前に出した。


「そんな余裕が、何時までも続くと思ったかしら。丁度良いから、この魔法の実験体になってもらうわ」


 次の瞬間、宮脇の右手から霧のようなものが出てきて、それが3人を覆うように漂った後に霧散して消えた。

 その直後、3人の男から生気が抜け落ち、目が半開きの状態になってボォーとなった。


「これは洗脳ではない。相手の思考を鈍らせ、知っている事を全て正直に白状させる為に作った自白を目的とした魔法、催眠魔法とでも名付けましょう。非人道的というならその通りかもしれないけど、必要だと思ったから試行錯誤の末に完成させた魔法よ」

「俺もこの魔法の実験に何回も付き合わされたわ……性癖から恥ずかしい黒歴史まで…………」


 宮脇の催眠魔法を見て、表情に影を落として視線を逸らすダンテ。おそらく、いろんなことを洗いざらい吐かされたのだろう。ダンテが宮脇に逆らえないのはそのせいなのか?

 催眠魔法によって判断能力が鈍った3人は、ぼんやりした表情を浮かべながら宮脇の顔を見た。


「アナタ達は一体何の目的でこの国に来たのかしら?」


 最初の質問に、右端にいた男から順に答えた。


「この国に凶作をもたらして、国力を消耗させるだけでなく、この国の信頼を地に落とすのが目的です」

「凶作にさせる事で、この国から二度と作物を輸出されなくする為です」

「小国でありながら、作物の輸出量が世界一なのが納得いかないと依頼を受けました」


 思いの外正直にアッサリと吐いた3人。この国が凶作に陥る事で、得をする国は一つしかない。


「では、一体誰の依頼でこの国に来たの?」

「我らスルトに依頼してきたのは、モルドレ王国国王のシュバルト・ヴァン・モルドレ」

「一国の国王自らが、アナタ達に依頼を出したの?」

「はい。シュバルトは、この国の事を目障りに思っていました。この国がしゃしゃり出なかったら、自国が世界最大の農業国家として発展した筈なのにと」

「それで、ゾフィルを凶作に陥れて、自国の作物を高く売ろうと企んでいたの?」

「はい。そこから得た莫大な金で、自国を更に発展させたかったのです」


 宮脇の質問に対して、3人の男は包み隠さずに全てを自白した。

 モルドレ国王は、ゾフィル王国が小国でありながら自国以上にたくさんの作物を輸出し、莫大な利益を得ている事に以前から激しく嫉妬していたみたいだ。

 その嫉妬心から、この国を凶作に陥れて自国の作物を高値で輸出させようと企み、犯罪組織であるスルトに依頼を出した。

 そもそも、モルドレ王国の作物が北方以外で売れないのは定価の3倍以上もの値段で出しているからだそうだ。モルドレ国王は、農家の人達に見合った金額だと公の場では言っているが、実際には自分の懐を潤わせたいという身勝手な思惑があったからだそうだ。

 今の話から、事件にはキリュシュラインとアバシアは関与していないと思われるが、念の為に俺は真ん中にいる男に質問をしてみた。


「今回の事件で、隣国のアルバト王国が便乗してキリュシュラインと同盟を結ぶように強要している可能性はあるか?」

「いいえ。そもそもシュバルトの息子、モルドレの王子は婚約者をドラゴンの聖剣士に奪われた事に激しく怒り、イルミドで大襲撃が起こると知った際に、あのシャギナ・ウェルッシュハートに殺しの依頼をしました。なので、モルドレがキリュシュラインと手を組む事はあり得ません」

「なるほど」


 どうやら石澤の行動がモルドレ王家の怒りを買い、その石澤が滞在しているキリュシュラインをかなり敵視していたみたいだ。

 モルドレはキリュシュラインを、もとい石澤の事を殺したい程に嫌っていて、シャギナに依頼してイルミドに送り込んだくらいだ。あの時、シャギナに依頼を出した相手はモルドレの王子だった事も分かった。


「では次に、アナタ達の他にスルトのメンバーは何人いるのかしら?そして、ソイツ等は今何処にいるの?」


 確かに、この3人だけで動いているとは思えない。小国と言っても、関東地方と同等の広さを誇っている為たった3人だけでこれだけの事件を起こすなんて不可能だ。絶対に他にも何人か潜り込んでいて、今も赤鬼を送り込んでいるに違いない。

 そんな宮脇の予想は的中し、捕まえている男達の他にもあと7人ものスルトのメンバーが潜り込み、組織の地下で管理している改良された赤鬼を送り続けているそうだ。その正確な場所も、日中の潜伏先も全て白状してくれた。


「他の仲間の潜伏先も分かったし、後は憲兵に身柄を引き渡しましょう」

「その前に、俺からもいいかな」

「なに?」


 今後の事を考えて、俺は3人にこんな質問をした。


「お前等のボスの名前は?」


 この先スルトが関与した事件に巻き込まれないとも限らない為、予めボスの名前を知っておいた方が良いと思った。ラノベや漫画だったら後の方まで引っ張って、物語後半で主人公が自力で調べ上げるのだが、俺はそんな面倒な事は御免だ。知る機会があるのならそれを逃す訳にはいかない。


「すみませんが、ボスの名前は分かりません」

「ボスの名前を知っているのは、キガサ様とシェーラ様の御2人だけです」

「そもそもボスは、幹部クラスの人間にも素性を明かしませんので」

「知らんのか」


 頭の片隅でそうではないかと思ったが、実際に聞くと思いの外落胆が大きい。


「それと、シェーラ様はフェニックスの聖剣士についていろいろと調べています」

「俺について?どういう事だ?」


 右端の男から気になる言葉を聞き、俺はその男に聞き返した。


「詳しくは知りませんが、シェーラ様はフェニックスの聖剣士の今後の動向や現在地、更にはその周辺についていろいろと調べていました」

「何で俺なんかを……」


 確かに、アルバト王国での一件で初めてスルトの存在を知ったが、情報として耳に入っただけでちょっとでも関与した事なんて無い。


「理由は分かりませんが、シェーラ様はフェニックスの聖剣士にとても強い興味を抱いていました」

「犯罪組織のお偉いさんに興味を持たれても嬉しくないな」


 しかも、ボスの素性を知っている幹部の一人だというから迷惑極まりない。


「シルヴィ。シェーラという奴は知っているか?」

「えぇ。スルトの情報収集担当の幹部よ。かなり位が高くて、キガサに並んでスルトの次期ボス候補とも言われているわ」

「うわぁ……」


 そんなとんでもない奴にマークされていたなんて…………最悪だ。


「気持ちは分かるけど、もういいかしら?」

「ああ、すまない」

「気にしないで」


 そう言って宮脇は、パンと手を叩いた。その音を聞いた3人の顔から生気が戻り、気まずそうに顔中から脂汗を流した。どうやら、催眠魔法をかけられている間の記憶が残るみたいで、自分達が白状した内容がいかにマズイ事なのかを悟ったみたいだ。


「さて、これだけ白状してくれたらもう用済みね」

「ふふふ……ねぇちゃん、アンタうちの幹部のキガサ様と似たような尋問を行うんだな」

「キガサ?そういえば、ボスの素性を知っているもう一人の幹部だったな」

「シェーラに並んで、スルトの次期ボス候補なのよ」


 2人目の次期ボス候補か。家名が分かっていないから、おそらく2人とも偽名である可能性も高いだろうな。


「尤も、キガサ様が使うのは催眠ではなく洗脳だがな」

「洗脳して逆らえなくさせた状態で、全てを吐かせるんだ」


 3人の男は、笑いながらも諦めにも似た表情を浮かべていた。確か、スルトの情報収集能力はかなり優秀で、失態を犯した人間を必ず殺しに来ると聞いた事がある。そして、その情報を集めているのがシェーラという幹部だったな。

 おそらくこの3人も、そう遠くないうちに殺される事を悟ったみたいだ。という事はシャギナが動くだろうと思ったが、今はこの凶作問題を解決するのが先決。シルヴィもそれを分かっているみたいで、シャギナへの怒りを一旦引っ込める為に深く深呼吸を行った。


「どうせ殺されるんだし、ついでに教えてやんよ。俺達は10以上の国々、特に北方になる国の王家とは太いパイプを持っていて、その国王から何十年にも渡って高額で転移石を大量に買い取っているんだ」

「だから、あんなにたくさん持ってたんだ」


 男共から押収した転移石は、個人が持つにはかなりの量であった。そもそも、王家でもあまりたくさん持つ事が出来ない程の希少な石をこんなにたくさん持っていた理由が、何十年も前から深いつながりのある国の王から買い取っていたからなのだな。その内の何個かを、依頼する度に報酬としてシャギナにも渡していたみたいだ。


「まぁ尤も、繋がりの深かった国の半分はキリュシュラインに乗っ取られてしまったから、組織もキリュシュラインを相当毛嫌いしていたみたいだから、スルトがキリュシュラインと手を組む事は無いから安心しろ」


 とりあえずスルトは、キリュシュラインと手を組んでいない事は分かったが、だからと言って安心して良いものでもない。

 今の所、俺達の周りで目立った動きはないが、シェーラに俺達の情報が筒抜けになっている以上、何時牙をむいて来るのか分からない。油断できない。

 最後に真ん中にいる男が、不敵な笑みを浮かべながら言った。


「お前等は既にボスとキガサ様に目を付けられている。聖剣士とそのパートナーゆえに洗脳は聞かないだろうから、全力で貴様等を潰しに来るだろうな。スルトの邪魔をした奴を、ボスとキガサ様が見逃す訳がない。特にボスは、相手が国王であっても容赦しないからな」

「だから何だ。俺の仲間に手を出そうというのなら、その前にソイツを潰すまでだ」


 マリアと椿、宮脇とダンテ、そしてシルヴィはこの世界で出会った大切な仲間。特にシルヴィに危害を及ぼすというのなら、その組織に在籍している人全てに報復をする。


「ふ、なるほど。シェーラ様が惚れ込む訳だ」

「どういう事だ?」

「お前等が安心して旅が出来るのは、シェーラ様がしばらく泳がせておくべきだと進言したからさ。どうやら、相当気に入られているみたいだぜ」

「ついでに言わせてもらうと、シェーラ様は見目麗しい若い女性だぞ」

「だとしても、犯罪組織の幹部に気に入られたくない」


 そんな女に好かれても、ちっとも嬉しくない。


「他に言う事は?」

「もうない。駐屯兵にでも何でも差し出せ。どうせ俺達は殺されるんだから」


 もはや諦めにも似た感じで、3人は自分達が知っている事を全て話した後、俺達から視線を外して明後日の方向を向いた。決して協力しようと思っている訳ではなく、俺達ではスルトに太刀打ちできないと判断したからだろう。

 その後、村人達が呼んだ駐屯兵に3人の身柄を引き渡し、俺達は明朝に王都に向けて出発した。




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